Coolier - 新生・東方創想話

二人の魔法使い それぞれの想い

2005/10/16 23:05:01
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辺りが薄暗くなってきた。
少々気の早い月が、うっすらと顔を出している。
空の青が次第に深くなり、やがて黒へと変わり始めるこの時間。
身体へ吹き付ける風からは肌寒ささえ感じる。
どこか寂しさを感じる季節。それが秋。
秋といえば……

「秋といえば弾幕だぜ。」
「何で弾幕なのよ?。」
「秋になると私の星弾は黄色が増える。」
「何よそれ……。」
「確かめてみるか?」
「ちょ、ちょっと!こっちに向けたら確かめるどころじゃないわよ!……それにそんなの嘘にしか聞こえないわ。」
「嘘じゃない。冗談だ。」
「あーもう!」

魔法の森の秋の風物詩、魔理沙とアリスによる冬季用の薪争奪戦の幕開けである。
冬の準備をするには些か早い時期かもしれないが、お互いに『相手に遅れをとってなるものか』という考えが働いている為、ここ数年で開始時期が早まってきているのだ。

「さて、じゃあ始めるとするか。」

魔理沙は手にしていた箒に力を籠め、ツイと上空へ舞い上がる。

「そうね、暗くなって来たし、早いとこ決めちゃいましょ。」

アリスも上海人形を従えて魔理沙に続く。
今日の賭け品は中サイズの丸太数本。数本とはいえ、薪にすれば冬には貴重な燃料となる。
これをめぐっての勝負が正に今始まろうとしていた。





視界が開ける森の上空。
月の姿も先程よりはっきりと見て取れる。
それだけ空が黒に近づいたという事なのだろうか。
薄暗闇の中、上空で対峙する二人の魔法使い。
そんな二人の間に地上のものよりも強い風が吹き抜ける。
風上なのは魔理沙側。
先に動いたのも魔理沙だった。

「行くぜ、アステロイドベルト!」

大型の星型弾が正面から、小型の星型弾が迂回して左右から、それぞれアリスに迫っていく。
風に乗っているのか、正面から来る星型弾はいつものそれより速度が速い。

「あら、いきなりスペル発動?少し勝負を焦っているんじゃない?」
「そいつはお言葉だな。私の弾幕のコンセプトは火力だぜ。火力というのはな、ある程度のスピードがあって初めて生きるんだ。そら!スターダストレヴァリエ!!」
「私には貴女が勝負を焦っているようにしか見えないわね。」

飛び交う星の間を擦り抜け、アリスは的確な位置に剣を持った人形を繰り出していく。
魔理沙もアリスのそれに応じて、人形の狙いから僅かに身体をずらす。

「よっと。どこを狙わせているんだ?」
「それで避けた気?今よ!アーティフルサクリファイス!!」
「む……?」

アリスが声を上げる。
その場にいた全ての人形が身を翻し、隊列を組み、魔理沙へと切りかかる。
……いや、全てではなかった。
アリスの声に反応できなかった人形が一体……二体……。
それらは力無く、森へ吸い込まれていく様に落ちていく。

「あ……!?」

アリスは、すぐにその二体の異変に気付いた。
追い掛けて行って診てやりたいのは山々なのだが、今ここで勝負に背を向ける訳にも行かない。

「上海、あの子達をお願い……。」

仕方なく、上海人形に彼の人形達を任せ、自分は魔理沙に向き直る。
魔理沙は人形達の猛攻をちょうど避け切ったところだった。

「お、もう終わりか?」

どうやら魔理沙は今の一連の事に気付いていないようだ。

「ま……、まだよ!」

とにかく、今は魔理沙との勝負に集中しよう。
そう自分に言い聞かせる。





今までこんな事は無かった。
あの二体がどうしたのかなんて全く見当がつかない。
はっきりしているのは、この事が人形使いであるアリスに少なからず動揺を与えたという事だけだ。

「でも……、上海が一緒だから大丈夫……よね?」
「あ?お前何言ってるんだ?」

アリスは無意識の内に思考を口に出していた。
魔理沙の一言で我に帰るが、それでも胸の内は不安で一杯のままだ。
何故あの子達はああなったのか?
上海に任せただけで本当に大丈夫なのか?
やはり自分が行ったほうが……。
…………。

「アースライトレイッ!」
「え!?」

突如、足元や背後から襲い掛かってきた光線を辛うじて避ける。

「あぁ……。」

スカートの裾が少し焦げてしまっていた。

「おいおい、何ボーッとしてるんだ?いつもなら何て事無いだろうに。」
「う……五月蝿いわね!ちょっと考え事してただけよ!!」

それを聞いた魔理沙は思わず笑い出す。

「勝負の最中に考え事とは随分余裕じゃないか。」
「くっ……。」

確かに魔理沙の言う通りだ。
弾幕勝負は一瞬の油断が勝敗を分ける事もある。
それだけ激しい代物なのだ。
確かに人形達の事は心配……。
だが、勝負にも集中しなくては……。
どうする?
考えてる暇なんてない。
こうしているうちにもあの子達は……。
…………。

「リターンイナニメトネス!!」
「ぬ!」

今度はアリスが奇襲をかけた。
辺りに散らばっていた人形達が、先程とは比べ物にならない程の密な隊列を組む。
アリスは人形を更に増やし、新たな隊列を組ませつつ取って置きの人形を呼び出す。

「行きなさい!蓬莱!!」

人形達が飛び交い、蓬莱人形が更なる攻撃を加える。
魔理沙がいた筈の場所に……。

「…………ふう……。」

肩で息をしながら溜息を漏らすアリス。
一度にここまで叩けばさすがの魔理沙も……。

「……勝負を焦ってるのはお前の方じゃないのか……?」
「!?」

瞬間、アリスは頭の中が真っ白になった気がした。
声が聞こえたのは背後から。
慌ててその方向に振り向くと、そこには術の構えをした魔理沙がいた。しかも人形達の攻撃を受けた形跡も無い。

「どうしたんだよ?いつもなら避ければすぐに人形達が追ってくるのに、今日はそれが無いじゃないか。」

そこまで言って魔理沙は構えを解く。
言われてみれば先の二体といい、人形達の調子がどこかおかしい。普段なら、一度隊列を組めば暫くはその目標を攻撃し続ける筈だ。
その事に漸く気付いたアリスに、魔理沙は更に言葉を続ける。

「今日の勝負はお預けだ。」
「…………どういうつもりよ?」
「今日のお前に勝っても何だか余りいい気分じゃない。それだけだ。」
「…………。」
「賭け品の分配は半分ずつという事でいいな。」

そう言うと魔理沙は高度を下げ、森の中に消えて行ってしまった。





「この子達だって調子の悪い時くらいあるわよ……。」

一方的にその場に残されてしまい、魔理沙が消えて行った辺りの木々を見つめるだけのアリス。
不意に、何者かにクイと袖を引っ張られた。

「ん……、あぁ上海……。」

見ると、そこにはこちらを見上げる上海人形がいた。

「あの子達は?」

すると上海人形は手招きをして森の中に降りて行く。
アリスが人形達を集めて後を追って行くと、そこには木に寄り掛からせられた二体の人形がいた。
木に寄り掛かっているのは、上海人形が彼女達を見つけて助けた時にそうしたからだろう。

「貴女達大丈夫?どうしたの?」

しかし、人形達は返事と取れる動きを示さない。それどころか全く動く気配が無かった。
アリスは上海人形を見る。
が、上海人形は「分からない」と言うかの様にただ首を横に降っただけだった。
暫く考え込むアリス。
原因から何まで分からない事だらけだ。

「………………。」

ふと、ある予感が脳裏に過ぎる。

「もしかして……。」

アリスは二体の人形達をよく調べてみた。

「うーん、やっぱりね……。」

アリスの予感は的中。
二体の人形から魔力が感じられない。

「上海や他の子達は少し不調みたいだけどちゃんと動けるんだから、きっとこの子達自身に何か問題があると思うんだけど……。」

マーガトロイド邸の人形達は、アリスからの魔力の供給をもってして命を吹き込まれているようなもの。
恐らく、何らかの原因でアリスからの魔力をその身体に留めておけなくなったのだろう。

「とにかく、家に戻りましょ?上海、蓬莱、この子達を運んであげて頂戴ね。」

アリスは上海人形に加えて蓬莱人形にも指示を出すと、自分は魔理沙が半分残していった丸太が置きっ放しにされているであろう場所へと飛んでいく。

「どうしたのかしら……。まあ、診てあげないと何とも言えない、か。」



―――今日のお前に勝っても何だか余りいい気分じゃない―――



「魔理沙の奴……。」

アリスの頭の中には魔理沙が言った言葉がしつこい位に残っていた。










それから数日が経った。
結局、あの人形達の異変の原因は分からずじまい。後で再び魔力を吹き込んで力を取り戻させた筈なのだが、次の日にはまた力を失ってしまっていた。
それどころか、この数日で事態は悪化の一路を辿る一方だった。

「一体何だって言うのよ……。」

先の二体に続いて、力を失い動けなくなる人形が次々と……。
そのおかげで、アリスは不安と焦りで気が立ちっぱなしだった。
家にある本を端から端まで探しても、解決策になりそうなものは見つからない。
かと言って、放っておくことなどできない事態だ。
一体、今はどれくらいの人形達が動けるのだろう……。
そんな事ばかり考えるようになってしまった自分に嫌気が差す。

「あら、上海に蓬莱……。準備できた?」

それまで部屋のテーブルに突っ伏していたアリスのもとに上海人形と蓬莱人形がやってきた。
この二体には、『此間の丸太を使って薪割りをするから全員を外に集めておくように。』という指示を出しておいたのだ。それが完了したのだろう。
上海人形と蓬莱人形はアリスの問いにこくりと頷くと、そのまま次の指示を待っていた。

「分かったわ、先に外へ行ってて。私もすぐ行くから。」

二体は再び首を縦に振り、部屋を出ようとした。
が、その時、蓬莱人形が一瞬ではあるが浮力を失い、床に落下しそうになるのをアリスは見てしまった。
それに気付いたのか、上海人形が慌てて蓬莱人形の腕を引っ張りそそくさと部屋を出て行く。

「まさか……、あの子達もなの……?」

アリスはたった今の出来事を信じたくなかった。
数多くいる人形達の中で、一番頼りにしていて最も信頼のおける上海人形と蓬莱人形の二人組。その二体まで動かなくなったら……。
いや、そんな事は考えたくない。
今はとにかく、人形達を待たせている外へ行こう……。
そう思い、アリスは部屋をあとにした。





薪を割る為の小型の斧や鉈を持って外へ出るアリスだったが、いざ外へ出てみて、そこに集まっている人形達の数に驚いた。

「……思ったより少ないのね……。」

集まっていたのは、上海人形や蓬莱人形を含めても十数体程度の数だけだった。
これは早々に何とかしなくてはという思いがアリスの中を駆け巡る。
人形達も仲間が次々に動けなくなっていく様子を見てか、どこか暗い表情をしている。兎死狐悲(兎死して狐悲しむ)と言うのはまさにこの事だろう。

「それじゃあ、みんな手伝って頂戴。」

そんな人形達を元気付けるように、アリスは指示を出した。
五、六体の人形が力を合わせて斧を担当し、アリスは鉈、他の人形達は木材運びと役割分担を決めて作業に取り掛かる。
暫くは薪割りの乾いた音が辺りに響いていた。
ところが、ここでも事態の悪化はその歩みを止めることはなかった。



―――ガラン



金属音。

「?」

音のした方に振り返っては見たものの、アリスは何が起こったのかすぐには理解出来なかった。
勝手に混乱していく頭で唯一認識できていたのは、たった今まで自分を手伝っていた人形達全てが唯の人形と化してしまっていた事だけ……。

「……また……なのね……。」
 
とうとうマーガトロイド邸の人形達は完全にその力を失ってしまった。
あの上海人形や蓬莱人形までも……。
アリスは次第に平静を保っていられなくなる。

「…………どうしてなのよ!一体何がいけないのよ!何でこの子達がこんな目に……!!」

アリスにとっては大きなショックだった。
今まで繕ってきた数多くの人形達。その全てがこの短い間に元の唯の人形へと戻ってしまう事など、今まで経験した事も無ければ想像した事すらない。
アリスは完全に人形使いとしての自信を失ってしまった。

「そうだわ……紅魔館、あそこの図書館なら……。」

何か手掛かりになりそうな物が見つかるかもしれない。
そう思ったアリスはすぐに紅魔館に向けて地を蹴る。
しかし……。

「あ!!」

視界が大きく揺らぐ。
アリスの身体は重力から解放されなかった。
浮力を得られなかった身体は、そのまま地面へ俯せに倒れ込んでしまう。

「………………。」

ゆっくりと無言で立ち上がり、服の汚れを掃う。
アリスの目には涙が浮かんでいた。

「……私は……、飛ぶ事も出来なくなったの……?」

ここにアリスは、魔法使いとしての自信をも失った。
たが、皮肉にもこの出来事のおかげで人形達の異変の原因がはっきりした。
その原因とは、人形達の主、即ちアリス自身の魔力の減退だ。

「……みんな……ごめんね…………、私はもう…………。」

そう呟くと、アリスは家の中へフラフラと消えて行ってしまった。





「あー……、何なんだこれは?」

その日の夕方になってマーガトロイド邸を訪れたのは、先日の勝負を保留にした張本人である魔理沙だった。
そこで魔理沙が目にしたのは、放りっぱなしにされている小斧と鉈、そして辺りに散らばったまま動く気配の無い人形達……。

「おい、何かあったのか?」

手近な人形に声を掛けてみるが返事は無い。

「……全くしょうがないな……。アリスは一体何をしているんだ?」

ふと家の方を見れば扉が開いたままになっていた。魔理沙は軽く溜息をつきながら家の中へと入っていく。

「アリスー?いないのかー?入るぞー?」

呼びかけながらアリスの部屋のノブを回す。
するとそこには、テーブルに突っ伏した状態のアリスがいた。

「何だ、いるんじゃないか。玄関の扉が開けっ放しだったぞ?」
「…………何か用?」

空いている椅子に勝手に座る魔理沙に、アリスは突っ伏したまま答える。

「いや、別に用があった訳じゃないんだがな。それより外の人形達はどうしたんだよ?みんな動かないじゃないか。」
「………………。」

アリスは答えない。

「やれやれ、主人までだんまりとくるか……。まぁ、話したくないのなら別に構わないがな。」

被っていた帽子を椅子の背もたれに引っ掛け、部屋の本棚を物色し始める魔理沙。
どうやらここに来た目的は漁りだったようだ。
アリスは、魔理沙のそんな様子を横目で見ながらポツリと尋ねた。

「魔理沙……。貴女は自分の力をどう思ってる……?」
「……何だって?」

アリスの突然の問いに面食らった様子の魔理沙。
構わずアリスは続ける。

「人間でありながら貴女が持つ魔法を扱う力……。そんな力を貴女自身はどう思ってる?」
「んー、そんな事急に言われてもなぁ……。それに『人間でありながら』なんて言ったって、私以外に霊夢や咲夜だって空飛べたり特殊な事が出来たりするじゃないか。」
「……そうね。でも、貴女はどう思っているかを今聞かせて欲しいの……。」
「どう思っているか、ねぇ……。」

そう呟きながら、魔理沙は椅子に戻る。

「ま、嫌いじゃないぜ、この力。こいつのおかげで毎日が退屈しないし、飽きることも無い。それに、お前達に出会えたのもこの力があったからこそだと思うしな。」

天井を見上げながらどこか嬉しそうに語る魔理沙。その姿は、彼女を一人前に鍛え上げたあの師匠を思い浮かべているようにも見えた。
その答えを聞いて、アリスはテーブルに突っ伏していた体を起こす。
しかし、表情には明るさの欠片も無い。

「そう……。なら、もし貴女のその力が無くなってしまったら……?」

自身の力を失ってしまったら、
普段から依存している力を失ってしまったら、
今ある自分の切っ掛けとなった力を失ってしまったら……。
自分以外ならどうだろう。
それが魔理沙ならどう思うだろう。
やはり自分と同じく全ての自信を無くしてしまうのだろうか。

「……アリス?」

魔理沙にはアリスが何を言いたいのかが今一つ理解できていなかった。

「お前、此間から何か変じゃないか?あの時だって勝負に集中していなかったし……。それに『力を無くしたら』なんて……。」

そこまで言って魔理沙はハッとする。

「まさか、あの時人形達がどうも変だったのは……。」
「……違うわ。」

アリスは暗く悲しさを帯びたような、しかしはっきりとした声で魔理沙の言葉を遮った。

「あの子達が変だったんじゃないのよ。……あの時みんなが不調だったのも、今外で動けなくなっているのも全部私の所為……。」
「………………。」
「……ねぇ魔理沙、私……空……飛べなくなっちゃった……。」
「アリス……。」

アリスの頬では涙が一つの筋を作っていた。

「私はもう、あの子達の主にはなれない……。笑っちゃうわよね、魔法使いが魔法を使えなくなるなんて……。……終わりね……私も。」
「待てよ……。」
「力を無くした魔法使いなんて……存在する意味が無いわ……。」
「……やめろ。」
「力が消えるなら……、いっその事、私も一緒に消えたかった……。」
「やめろって言ってるだろ!!」

突然、バンッとテーブルを叩いて魔理沙が叫んだ。
途端、頬を叩く音が部屋に響く。
だが、頬を押さえているのは魔理沙の方だった。

「魔理沙には分からないわ!人間である貴女なら、例え魔法を使えなくたって諦めがつくかもしれない。だけど私は人間じゃないの。魔法使いという種族よ?それが魔力を無くしたなんて……、自信どころか、これから生きていく気力なんてもう……。」

再び乾いた音が響いた。
気が付けば、魔理沙は椅子から立ち上がりアリスの方へ乗り出してきていた。

「ふざけるな!魔法使いだから何だと言うんだ!!人間なら諦めがつくだと?何故そんな事が言える!お前と出会ってからというもの、私が『魔法使い』のお前にどれだけ憧れてきたか、お前の魔力の大きさをどれだけ羨んだことか……。それこそお前には分からないだろうけどな、私にはお前から掠め取りたい技術がまだまだ沢山ある。だから……、力を無くした……その位でお前に落ち込まれてちゃ私が困るんだよ!!」

魔理沙の思わぬ反論を受け、アリスは叩かれた頬に手を当てたまま俯いてしまう。

「……それだけじゃない。もしお前がこのままだったら、あれだけお前を慕っていた上海や蓬莱、それに他の人形達だってどうなる?あいつらだってお前と一緒にいたいと思っているんじゃないのか?」

アリスの視線は無意識のうちに窓の外へと向けられていた。

「……私だって……、私だってあの子達と一緒にいたいわよ……。あの子達を失いたくなんて無かったわよ!」

アリスの頬は再び涙にぬれる。

「だったら……、本当にそう思うんだったら……。……アリス、まだまだ今の私の目標足りえる奴であり続けてくれ……。」

魔理沙の声ももう荒ぶってはいなかった。



そして沈黙……。



二人共窓の外に視線をやったまま何も話さない。
何とも形容し難い程の重い空気が二人を襲う。
沈黙を破ったのはアリスだった。

「……私だって魔理沙に憧れてたわ……。」
「……アリス。」
「貴女は、私からすればほんの僅かな時間でどんどん力をつけていっちゃうんだもの……。魔理沙に置いて行かれない様に…………それだけを考えた時だってあったわ。だけど、私が追いつく前に貴女は先へ行ってしまう。追いつけない自分に腹が立ったわ……。」
「………………。」
「魔理沙……。私、どうしちゃったのかしら……。」
「あー……それは私にも分からないな。でも諦めるにはまだ早いぜ。」
「………………。」

そう言って、魔理沙は椅子に引っ掛けてあった帽子を手に取る。

「なあアリス、お前は誰だ?」
「…………え?」
「お前は……誰なんだ?」
「わ、私は……。」
「答えなくてもいい。だけど、そいつはお前が一番よく分かっている筈だ。あいつらの為にも、それにお前がこれ以上自信を無くさない為にも、そいつを絶対に見失うんじゃない。」

そう言うと、魔理沙は静かに部屋を出て行った。

「私は……。」

部屋に残されたアリスは再び俯いてしまった。

「私は…………。」










翌日、マーガトロイド邸の前には大きな魔法陣が描かれていた。
陣の中心には数多くの人形達。

「貴女達で全員ね。」

家の中から上海人形と蓬莱人形を抱えたアリスが出てきた。
そして他の人形と同じ様に、陣の真ん中に二体を置く。

「さあ、始めるわよ。」

アリスは昨夜一晩、考えて考えて考え抜いた。
そして気付いた。
人形達が動かなくなった原因を引き起こすに至ったもの、すなわちアリス自身の魔力を衰退させたそもそもの原因が何かという事に。

「みんな、ごめんなさいね。魔理沙の言う通りだったわ。私、自分の事を見失ってた。でもね、それは私の心が弱かったから……、憧れるだけで終わってしまっていたから……。だから、私に宿ってた魔力に愛想を尽かされちゃったみたい。でももう大丈夫、目が覚めたわ。」

アリスはそこまで言って魔法陣の外へ出る。

「上手くいくかは分からないけど、何としてでも貴女達をまた動けるようにして見せるわ。無くした自信を取り戻す為にもね。」

確かにアリスは立ち直ったが、その身に魔力が戻ったかどうかの保証は無い。
確かめる方法は幾らでもあるのだが、アリスは人形達を元に戻すこの術でそれを確かめたいと思っていた。



呼吸を整え、精神を集中させる。
多少の不安を隠せないのは仕方ない。
印を結ぶ。
魔法陣が輝きだす。
不安が少し取り除かれる。
術を唱える。
光が人形達に集まっていく。
不安が少しずつ自信へと変わる。
術の完成を宣言する。

「彼のもの達に、生命の息吹を再び……。」

光が消え―――







人形達が動き出した。







「上海!蓬莱!それにみんな!」

駆け寄るアリスの胸に、上海人形・蓬莱人形をはじめ、沢山の人形達が飛び込んできた。
アリスにぴったりくっついて離れようとしない者、仲間同士で喜びを分かち合う者。その誰もが、『物』ではなく『者』としてアリスと再会できたことを喜んでいた。

「よかった……。本当によかった……。」

この術に対するアリスの不安はもう一つあった。それは人形達の記憶。術を完全に成功させなければ、人形達に記憶までは戻らない。しかし、人形達の様子を見てその心配も無さそうな事にアリスは更なる嬉しさを覚えた。

「もう貴女達をあんな目に遭わせたりしないから……。」

アリスは人形達を優しく抱いてやる。
その頬には、昨日とは違う涙が流れていた。





「お礼をしに行かなくちゃね。」

至福の時を一頻り過ごした後、アリスは徐にそう言った。
人形達は何の事かと顔を見合わせていたが、アリスから『薪に出来そうな丸太を用意する』という指示を貰うと、思い思いの方角へ飛んで行った。
暫くの後、人形達が戻ってくる。そして人形達が集めてきた十本ほどの丸太をアリスは用意したロープで束ねた。

「じゃあ行くわよ。みんな付いてきて。」

そう言ってアリスは飛び立つ。何の抵抗も無く身体が浮力を得てくれたことが嬉しく思える。
向かう先は―――

「魔理沙ー!」
「ん?アリスか?」

部屋で読書をしていた魔理沙は、突然の来客に珍しく途中で本を閉じる。

「おおっと、どうしたんだそんな大勢で。」

いつもの帽子を手に取り外へ出た魔理沙は、その来客の多さに驚かされた。

「力、戻ったんだな。」
「ええ。そのお礼をしに来たのよ。」
「礼か。それにしちゃ随分物騒だな。」

苦笑いする魔理沙。

「それとも礼と言うのはその丸太の事か?」
「これは賭け品よ。」
「賭け品?」

なるほど、と頷く魔理沙の手にはいつの間にか愛用の箒が握られていた。

「お前がその気なら、私はいつだって相手になるぜ。」

そう言って魔理沙はスッと飛び上がる。

「それなら早速申し込むわよ?」

アリスと人形達も上空へと飛び立つ。



空は青く澄み、雲も殆ど無い。まさに秋晴れだった。
心地よい風が吹き抜けていく中で、魔理沙とアリスは対峙する。

「此間の続きだから、始めからとばしていくぞ?」
「貴女はいつもそうでしょ?でも、今日は私もそうさせてもらうわ。」

今日のアリスはどこか自信に満ち溢れている。それは間合いを置いている魔理沙にも十分伝わってきていた。
だから、敢えてこの事を問う気になったのかもしれない。

「改めて聞くぜ?」
「何かしら?」
「お前は誰だ?」

昨日のアリスなら答えることすら躊躇っていた問い。しかし今なら、自信を取り戻した今のアリスならそれも造作の無い事だろう。

「私はアリス。アリス・マーガトロイド。魔法使いにして人の形を弄ぶ人間以外。七色の人形遣いとは私の事よ!」

その答えに、魔理沙は満足そうに「そうか」とだけ呟いた。

「いいかしら?」
「いつでもいいぜ。」
「なら行くわよ!リトルレギオン!!」
「させるか!スターライトタイフーン!!」







違いがあるから競い合う。
競い合うからこそ友となる。
種族という大きな違いを越え、二人の少女は共に飛び続ける。


lesterです。気付けば前回の投稿から一ヶ月以上も空いてしまいました……。書き始めた頃はまだ秋も始まったばかりだったのに……。

今回は少し落ち着いた話をと思ってこの二人に(余り落ち着けてないかもしれませんが…)。私は魔理沙とアリスのこんな間柄が気に入ってます。結構ありがちな話かもしれませんが、一度書いてみたかったというのが本音です(ぉ。書いた動機がそんなんだから至らない箇所とか多そう……。
次に書く時は一ヶ月以上も空かないようにしなくては……。

誤字・脱字の指摘、その他の指導等御座いましたらそちらも宜しくお願いします。ご読了ありがとう御座いました。
lester
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