Coolier - 新生・東方創想話

朧月に朗律を

2005/09/29 13:01:27
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 目を上げると、とても綺麗な月夜だった。
 丸く切り抜かれた空の月は、その向こう側も透けて見えそうなほどに明るく、竹林に包
まれた暗い夜道もまた、珍しく歩きやすい姿となっている。
 竹林をすり抜けるように視線を下へ向けると、道の先に見えるのはちらほらと星のよう
に光を灯す人間の里だ。

 そしてその視線の主はというと、縁側に通じる障子を開け放って、縁側に腰掛け、ぷら
ぷらと落ち着かなさげに両足を揺らしていた。まるで祭りを待ち遠しく思う子どものよう。
 歳の若い、銀色に青の混じった髪の少女。
 不思議なことにその頭には片方にリボンを巻いた二本の角と、後ろからは毛皮を丸めた
ような大きい尻尾がふかふかと伸びている。

 別に、彼女に限っては不思議なことではない。
 満月の晩は、どうしても白澤の血が元気になるから、そちらの面が強く出るのだ。
 上白沢慧音。里と守り、歴史を司る、世にも珍しいワーハクタクだった。
 もちろん歳も見た目どおりではないが、聞くと怒られるので知っている人は少ない。

「む」

 ふと、慧音は小さく息をついた。
 背筋の辺りを、秋らしい涼しげな空気が掠めていた。
 合わせて、回りの竹や笹も風に吹かれてさらさらと音を立てる。
 雲の進みは変わらない。なら自然の風ではないだろう。

「や。起きてるなんて珍しいね」

 果たしてその通り。かすかに風を孕んで、人影が一つ舞い降りた。
 妹紅だ。
 彼女のまっさらな銀髪が風に流れて、月の光を跳ね返している。

 ―――月の精。

 そんな感想を、慧音は思い浮かべて、すぐに笑ってなかったことにする。
 そんな風に言うには必要条件が多すぎる。一つは黙っていれば、一つは服装。もう一つ
は今の姿だ。あちこち煤けていて、着ている服も破けている。
 というかほとんど半裸に近い。少しは恥じらえ、と思った。

「……それ、どうした?」
「ああ、これ? 輝夜が寝かせてくれなかったのよ、けっこう激しくてぼふっ」

 とりあえずなんだか致命的な発言が続きそうだったので替えの服を投げつけて黙らせた。
 もごごー、と抗議の声らしきものが聞こえるけど気にしなかった。


 ○ ○ ○


「で、何やってたの?」

 もそもそと服を着替えながら、妹紅はそんなことを聞いた。
 破れた服の修繕は、いつも通り慧音がやっている。
 どうも不器用らしく、本人曰く「針を指に刺したときの痛さがすごくイヤ」とのことだ。
 ちなみに慧音自身は、しょうがない奴だな、たまには自分でやれ、などといつもぶつぶ
つ言っているが、その実、頼られるのが嬉しいらしく、今もそれがはっきりと見うけられ
る。おもに尻尾がぱたぱた振れている部分から。

「どうも気持ちが昂ぶっていてな。それで起きていた。途中まではいつも通り書を綴って
いたのだが、それでも落ち着かなくてな。どうしようかと思っていたところなんだ」

 手馴れた様子でぐりぐりと針を動かしながら、慧音。
 驚いたことに、ぼろきれと変わらなかった服はもうほとんど元通りになっている。どう
やら手っ取り早く歴史を弄って直したらしく、今は補強兼装飾用の御札を縫いつけている
だけだ。
 妹紅のほうはおもむろに月を見上げたかと思うと、ぽつりと呟いた。

「ああ、こんなに綺麗じゃそりゃ落ち着かないわよね」
「ん……お前もなのか?」
「まあね。こうやってずっと眺めてるとね………なんていうか」

 そこで言葉を切ると、妹紅は何かをこらえるように身震いして、ごろんと畳に転がる。
 そのままごろごろと、慧音のそばまで転がり、

「……ね?」
「いやよくわからん」
「なんだか体じゅうが粟立って、いてもたってもいらんなくなるんだよ」

 むー、と不満そうに妹紅は唇を尖らせる。
 いや、それで分かれというのは無理があるだろう、と慧音は苦笑した。
 
「あ、それでさ、慧音」
「なんだ?」

 ふと思いついたような声。妹紅は起き上がると、

「そんなわけで、楽器か何か持ってない?」
「楽器? 話が見えないんだけど」
「こういう落ち着かないときはそれに限るの。いいからいいから」

 早く早くー、と子どもみたいにはしゃぐ妹紅を見て、里の童と変わらんなあ、とため息
をついて、笑った。
 腰を上げて、さて楽器などあったかなあと首をかしげて、ふと慧音は思い出した。

「ふむ、楽器、楽器―――ああ、そういえば以前貰ったものがあったな」

 ぽん、と手を叩いて座敷の奥へと引っ込む慧音。
 ほどなくして、小さ目のつづらを持って戻ってきた。
 軽くほこりを払って開ける。その中はまるでおもちゃ箱のようだった。
 翡翠らしき石、巻物、よく分からないが絵のようなもの、随分と古いお札に、鏡。
 その一番上に、細長いものが柔らかそうな布にくるまってしまわれていた。

「いい出来になったから差し上げます、と言われたのだが。あいにくと私にそっちの心得
はなくてな。……って、そういえばお前はできるのか、妹紅? 歌とかは苦手だと前に」
「む、楽器は得意なんだよ。鬼と一緒に演奏して笛もらった話、知らない?」
「それはお前じゃなかろう。それにお前が葉二つを持っていたなどという話は聞かん」
「……むー、いいわよいいわよ。見てなさい。目ン玉飛び出させてやる」

 何だかよく分からないがものすごい自信だ。
 慧音は苦笑しながら、その包みを妹紅に手渡した。
 受け取った妹紅はするり、と絹に似たような感触の布を軽く剥いでみる。と、

「わあ、随分いい拵えじゃない」

 どこか弾んだ声で、呟いた。
 それは横笛だった。
 やや長めの細身の竹に明るい紅の漆が塗られ、小さく何かが彫り込まれている。
 何だろうと月明かりに映してみるが、ちょっと光量が足りない。
 見上げると朧がかかってしまっている。これでは見えづらい。
 ただ、こういうときに蓬莱人はちょっと便利だ。
 ぱちん、と指を一つ鳴らす。すると、指先には蝋燭のような火。
 それでもう一度笛を照らす。今度はくっきりと見えた。
 燃えているような鋭さを持った羽根が、たわむようにして二対。

「鳥の翼、ねぇ。面白いもの彫ってるなぁ。銘はあるの?」
「ああ、お前に合うかも知れんな。銘は……確か“鳳翼”だそうだ」
「……“鳳翼”?」

 慧音が口にしたその名前に、妹紅は眉をひそめた。
 さすがにこれは都合が良すぎないだろうか。鳳翼だなんて、それはまるで―――
 気になって、ふと慧音を見やると。
 ……ものすごく、にやつかれていた。なんでだ。

「それを作った奴はな、竹林で不死鳥を見たんだそうだ。それで何か閃いたらしくてな、
そのとき採ってきた竹と、拾ってきたお前の羽を材料にしてそれを作った、とのことだ」
「………慧音。これ、分かってて渡しただろ」
「無論さ。けっこう里のに好かれてるぞ、お前」

 即座に戻ってきた返答を聞いて、顔が赤くなるのを自覚する。
 慧音が意地悪そうな笑みを浮かべている。見なくても、妹紅には分かった。

「で、吹かんのか?」
「吹くよ。……ったくもう、回りくどいことして」

 まー、笛を贈ってくれるのは風流だけど、と小さく呟くと、妹紅はあぐらをかいて座り、
笛にかかっていた布を全て払う。
 それをゆったりと構え、そっと桜色をした唇に当てる。
 そして、吹き込んだ。

 音が、小さな笛からあふれだした。


 その音色に、慧音は目を閉じて、ただ静かに聞き入っていた。
 気を抜けば、すぐに途切れて消えてしまいそうな儚い音色は、しかし、強い芯が入って
いるかように、決して掠れることなく、庵へ、竹林へ、夜気の彼方へと広がっていく。
 美しい。素直にそう思える。そんな音だった。

「いいじゃないこれ、気に入った」

 ふと、口を放し、妹紅が満足げに笑う。今のは試しただけのようだ。
 あぐらを崩して縁側へと下ろす。それから、改めてまた吹き始める。

 今度は、鮮やかな旋律を描いて音色が流れた。

 凝った音をほとんど使っていない、簡素な曲。
 しかし、それは妹紅のかすかな息遣いに合わせて、滑らかに表情を変えていく。

 明るく、暗く、高く、低く、そして静かに。
 どこまでも、どこまでも――――


 気がつくと、月にかかっていた朧はすっかり流れ去っていた。
 それと申し合わせたかのように、妹紅は笛を下ろし、大きくため息をついた。

「……青山なんて知っていたのか」

 ほう、と感嘆のため息をついて、慧音。
 拍手をしようにも、余韻を壊したくないという気持ちが手を止めさせてしまう。
 その掛け値ない賞賛に、妹紅は照れくさそうに笑った。

「ふふん、少しは見直してくれた?」
「ああ。かなり。……なあ、もう少し聴かせてもらっても、いいかな?」
「ん、もちろん。慧音の頼みならいくらでもいいよ」

 微笑みうなずいて、妹紅はもう一度笛を口に当てると、

「そうねぇ、私も聞かせてもらっていいかしら?」

 ぶぴー。

 そこはかとなくとんでもない音が出た。
 どうやら突然かけられた声に吹き出したらしい。
 ごほごほ咳き込みながら、慌てて周りを見る。
 いた。

「て、輝夜!? それに永琳も!!」
「あらあら、せっかくの笛に変な音出させちゃ駄目じゃない。
 それとてるよって言うな蜂の巣にするわよ」

 いつの間にか、屋根の上に人影が腰かけている。
 一つは小柄で、もう一つはそれよりも少し背が高い。
 どちらの顔にも、柔和な笑み。ただし片方は目が笑ってない。
 月から来た姫と薬師、蓬莱山輝夜、そして八意永琳だ。

「……お前から出向くとは珍しいこともあるものだな」
「いや、落ち着いてないで追い返さないと。このあたり火の海にするかも」
「あらあら、焼き鳥の不始末を私に押し付けないで欲しいわねぇ」
「焼き鳥じゃない。煙草だ。鳥だとしてもお前のところよ」
「……妹紅、お前が落ち着け。向こうは殺気だっていない」

 ため息をついて、慧音が仲裁に入る。
 なにやら怖い目つきでにらみ合う二人だったが、別段殺し合いに来たという様子はなさ
そうだ。輝夜はいつも使っている宝具を持ってきていないし、永琳も手ぶらだ。

「……はあ、まあどっちにしろ、やる気はないんだけどね。無粋だし。それで何か用?」

 仲裁は功を奏して、妹紅がため息とともに引き下がる。まだ眉はしかめていたが。
 輝夜はただ笑うと、屋根から飛び降りて妹紅と同じ場所に立った。

「ううん別に。こんなに月が綺麗なら散歩もしたくなるものよ。
 そこになんだか良い音色の笛が聴こえてきたから寄ってみたら、あらびっくりというと
ころよ。あなたって楽器扱えたのねぇ。和歌駄目なのに」
「うるさい。そういうあんたはどうなのよ」

 くすくすと笑う輝夜に妹紅はさらに眉をしかめると、吐き捨てるように問う。

「うふふ、それは……」
「私が教えているけど、あまり芳しくないわねぇ。もともと姫、音痴だし」
「ちょ、えーりんっ!? そんなこと妹紅に教えちゃ駄目よ!!」

 予想外の攻撃に、輝夜が顔を赤く染めて振り向いた。
 ついでに、そのあまりの狼狽振りに妹紅が吹いた。

「いいではないですか。今ではそれなり……まあそこそこ……ええ、きっとぼちぼちの腕
前にはなっている、と思いますわ。たぶん」
「なんでそんなに自信なさげなのよ!! その前に評価下がってるじゃない!?」

 ほとんど悲鳴に近い抗議の声も意に介さず、永琳は柔和に笑っている。
 輝夜の後ろでは、いまだに妹紅が腹を抱えてけたけたと笑い転げていた。
 ……まあ当然、殴られた。

「……なんだよ。私のときは散々笑ったくせに。卑怯だー」
「うるさいわねぇ。結構気にしてるのよ、私は」

 頭を押さえてぶーぶーと文句をつける妹紅に、輝夜はそれだけ言い返す。
 ちなみにまだ顔は赤い。
 そんなに恥ずかしいものだろうか、と慧音は首をかしげる。
 別に音痴程度、気にするほどでもないと思うが。価値観の違いだろうか。

「何か一つは欠点もあったほうが愛嬌も出ると思うけどなあ」
「うるさい、そこのハクタク。琴の一つも弾けない貴族なんて情けなさ過ぎ……」

 輝夜はそこまでいいかけて、いきなりうずくまった。
 ……自分で言っていて鬱になったのかも知れない。
 さすがに哀れに思ったか、妹紅が心配そうに声をかける。

「あー、うん。あんまり気にしない方がいいわよ。得手不得手なんてみんなあるし」
「あなたに言われても嬉しくなんてないわよ………ううう」

 完全にいじけている。
 ふと慧音が永琳のほうへ目を向けると、おどけたように肩をすくめている。
 ……たまには良い薬です。
 薬師らしい言葉が聞こえた気がした。従者としてはどうかと思うが。

「さて、とりあえず姫は置いておきまして。良かったら改めて奏してもらえないかしら?
 私も聴きたいし」
「言われなくてもするつもりだったわよ。邪魔が入んなかったらね」
「それは失礼しましたわ」

 妹紅の皮肉げな笑みに、永琳は苦笑した。
 そこに、引きこもり状態から戻ってきたのか、輝夜が口を挟む。

「あら、邪魔だったら追い出せばよかったのに」
「なんだもう立ち直ったのか。……ふん、黙って聴いてる分には気にしやしないよ」
「優しいのね。うふふ、好きになっちゃいそうよ」
「馬鹿ぬかせ」

 くすくすと笑う輝夜。妹紅は仏頂面を強くしたが、それだけで大して何も言わない。
 そんな様子を見て、慧音は感慨深く思う。
 ……変われるものなのだなあ。
 初めて出会ったときは、それこそ抜き身の刃物みたいな雰囲気をまとっていたのだが。
 それが今ではどうだろう。さっきまで彼女が奏でていた笛の音のようだ。
 そんなことを考えていると、妙に嬉しくなって、自然と言葉がこぼれた。

「妹紅……お前も、ずいぶん丸くなったものだなぁ」
「う、うるさいよ慧音。黙って聴いてな」

 それがどういう意味かをすぐに悟って、妹紅は顔を赤くしてそっぽを向いた。
 なんでこういうことを普通に言えるのだろうか、と常々思う。
 しかもよそ心なく、真っ直ぐに伝えてくるのだから、なお性質が悪い。
 ……でも、そういうとこ、好きなんだけどね。
 言葉には出さないでおいた。輝夜に何を言われるものか分かったものではない。

 だから、笛をそっと唇に当てただけで、応える。

「それじゃ、お代は聴いてのお帰りで。―――秘曲『青山』」




 竹林を、鈴虫の斉唱が静かに響く。
 その中を縫って、穏やかな笛の音が月明かりに乗って、高く遠く揺れていた。
 その音色は、世明けまで続いていった。

 笛が一本欲しいです。

※こっそり何か追加。
世界爺
[email protected]
http://blog.livedoor.jp/generalshaman/
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コメント



0.3240簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
いいお話でした。
綺麗な流れの中にちょこっと入っているスパイスもいい感じです。
こういう楽器を使った話というのは大好きです。
ごちそうさまでした。
5.100ハッピー削除
良いお話ですね・・・。
妹紅の笛の音のように柔らかい余韻が残るお話ですね。
妹紅の手に渡った笛は、これから永い時を妹紅と共に過ごすのでしょう・・・
20.90名前が無い程度の能力削除
何というか、こういう時間がゆっくり流れるような日常風景を書ける人はホントに凄いと思います。
21.90銀の夢削除
とても静かで優しい文体。こういうのは好きです。
月影の中響く笛の音はとても繊細で。鈴虫を従えた笛は、冷たく澄み渡った秋の夜空に高く歌うのでしょう。

読んでいってすうっと入ってくるSSでした。お見事。
25.70床間たろひ削除
月の綺麗な夜は眠るのが惜しくなる。
楽器の一つも奏でりゃ良いが、生憎そんな技量(うで)はない。
ならばと、鼻歌でも歌ってみれば「喧しい」と怒鳴られる。
侘びも寂びもありゃしない。

凹む輝夜にシンクロしちゃいました。良いお話でした♪

40.90名前が無い程度の能力削除
とても美しい作品だと思います
ちょっと抜けてる輝夜さんと辛口な永琳さんの会話がいい感じでした
それはさておき妹紅さん、冒頭の発言はよからぬ意味ととってもよろしいでs(パゼスト
50.70おやつ削除
ほぅ……
読み終わってため息が漏れました。
73.80名前が無い程度の能力削除
綺麗なお話だ