Coolier - 新生・東方創想話

戦闘妖精氷風 巫女の価値を問うな

2005/09/24 17:16:46
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 彼女にとってカエルは遊びの対象でしかなかった。
 カエル防衛の使命感に燃える大ガマがそんな彼女の心を知ったなら、
 激しい口調でこう言っただろう。
  「そんなことでは生態系は乱れてしまうぞ」
 彼女はそんな批難に対してこのように答える女だった。
  「それがどうした」




 外界のとある学校にて。

 「先輩達。私たちの文芸部に入りませんか。『ザ・ファンタズマゴリア』の想像力、素敵でしたよ。」

 「あれは一応・・・。まあ創作ということでいいわ。悪いけど遠慮しとく。」

 「はぁ、あの子今日も来たのね。本当の体験なのに。」

 「まあ仕方ないよ。」 
 
 そう言って、二人の少女は青空を見上げる。空だけは地球のどことでもつながっている。幻想郷の空も、ここと変わりない色をしているだろう。

                         *  *  *

 チルノには、自分がいつ頃この世に姿を現したのかは分からない。もともと考える事が苦手な彼女の最古の記憶は、人間にいたずらを仕掛けたり、弾幕ごっこで遊ぶといった、現在やっていることと変わらない光景ばかりだった。特に弾幕ごっこは、お互いの紛争解決の手段どころか、ちょっとした挨拶代わりで行う事さえある、幻想郷のスタンダードな行為である。また、おもに男性よりも女性、それも、少女、ないしは少女の風貌と性格を持つものにこの名手が多いようである。

 そして、年に一度ほどの割合で、幻想郷の営みを乱しかねない異変が起きたときも、やはり弾幕少女たちが解決に当たる事が多い。なぜそうなのかについて考えたことのあるものはめったにいない。異変解決に少女たちが出向くのは当たり前、だから弾幕少女が戦うのであり、チルノにとっても考えるまでも無い常識だった。

 だがある日チルノは、それが常識ではない、という男に出会った。その男はこういった

 「異変解決を少女たちにさせる必要はない、僕のような者がやればいい。」 と。


 「君たちが危険な思いをする必要は無いんだ。」

 隣の男が話し掛けてきた。神社のおなじみの宴会で、チルノはひとり萃香の酒を飲んでいた。

 「雰囲気でわかる、君は弾幕っ子だろう。」

 「あんた誰よ。」

 「僕は森近霖之助 、古道具屋を営んでいる。」 彼は握手の手を差し出す。がチルノは応じなかった。

 「噂どおり妖精は勝手気ままな種族らしいね。」 霖之助は笑った。

 「勝てるかい、君。」

 「チルノ。」

 「チルノ、ミコミコナイトに。僕が弾幕戦闘用に作った自動式神、これを使えば、もう危ない思いをして異変解決に当たる必要は無いんだ。たとえ妖精でも、複数の自動式神には勝てないと思うよ。」

 「たいした自身ね。」

 「あ~とうとうチルノに絡んだか。」 傍らで飲んでいた魔理沙が口をはさんだ。

 「ねえ、この人どうしてこんなことしてるの。」 魔理沙に聞くチルノ。

 「何でも、自分にも異変解決に参加させろ、って言うんで、私が参加メンバーのうち、一人でも弾幕ごっこで負かしたら神主に頼んでやってもいいぜ、といったんだが・・・。」

 「最初は私に挑んで負けて、次に魔理沙に挑んだんだけど、これも失敗。咲夜さんにもほぼ完敗。ミスティアにも敗退。で、最弱っぽいチルノになら勝てるかも知れないと思ってるのよ。」 霊夢がその先を継いだ。
  
 「最弱?どうもこの妖精最強のチルノさまの力が分からないと見えるな。」彼女は胸をはって言い放つ。

 「どうやらお相手させてもらえるようだね。」 霖之助も不敵な表情だ。

 「調子に乗るなよ香霖、私たちには勝てなかったんじゃないか。」 

 「ふっ、それはまだ調整が不完全だっただけだよ、魔理沙。じゃあ勝負を受けてくれるかい。」
  
 チルノはだまって神社を出た。皆の談笑する声が聞こえる。

 幻想郷は不思議な空間である。この島国特有の巫女や鬼がいるかと思えば、西洋風の魔法使いや吸血鬼も存在する。月からやってきてどこかに隠れ住んでいるなどと言う者もいる。多様な人妖が織り成す世界だった。

 チルノは氷付けになって眠る。

                        *  *  *

 チルノのことだから、翌日目がさめたときは全て忘れていた。

 今は春真っ盛りだというのに、この季節には咲かないはずのさまざまな花が開花している。美しい風景を作ってはいるが、どうも彼女にはしっくりこない。この季節本来の花はともかく、他はとってつけたような気がしてならないのだ。

 気分転換にかえるでも凍らせようと思う。魔力を右手に込め、あらかじめ捕まえておいたかえるに向かって放つ。後で確実に蘇生させるには、体の表面から内部まで、時間差を与えず全体を一気に凍らせる必要がある。凍り、そして溶かす。かえるは飛び跳ねて去っていく、成功だ。チルノは一人笑いする。陰気なようだが、一番落ち着くひと時でもある。空を見上げると、紅白の巫女がのんびり漂っている。というわけでもなさそうだ。なにか落ち着かなさそうな顔をしている。

 「あっ、霊夢だ。おーい、こんな朝早くから湖になんか用?」 声を聞いた霊夢は地上に降り、近くの岩場に腰かける。

 「なんかも何も、霖之助さんがあんたと弾幕勝負をしたいんだって。」

 「そんなに言うんなら受けて立つわ。」

 「なんだかみんな実験台にされているようで嫌な感じなんだけど、口のうまい人でね、古道具屋よりセールスマンの方が似合ってるわ。霖之助さんにはそれよりやってほしい事がたくさんあるのに。」

 「やってほしい事って何かしら。」

 「順を追って説明するとね、最近全ての季節の花が咲き乱れているでしょ。」

 「うん、妖精たちも神様の贈り物だって喜んでいるわよ。でもなんか変な気がする。」

 「その通り、贈り物どころか異変なのよ。つまり、あんたや私の出番。それでね、武器のお札とか、新しいお払い棒を霖之助さんに作ってもらうよう頼んだんだけど、あの人ったら例の式神だか人形だかに熱中していて遅れっぱなしなのよ。だから催促しにいくつもり。」

 「異変、やっぱり、で、いつ私は出て行けばいいの。」

 「作戦名は名づけてKED(花映塚)83、五日後に決まったの。だからさっさとあの人を諦めさせないといけないわね。多少痛い目にあわせてでも、ね。」 霊夢がちょっと黒い笑いを浮かべる。 

 「じゃあちゃっちゃっと済ませよう。ねえ霊夢、あの人の弾幕はなに?。」

 「ミコミコナイト、かばんの中に小さい妖精ぐらいの人形が10体ほど入っていて、いざという時は空に飛び上がって、弾幕を生成する。操る人、霖之助さんの意思でいくらか動きを操る事が出来るけれど、全部を手足のごとく、というわけにはいかないみたいね。」

 「じゃあ使い魔みたいなモンじゃん。たいした事無いなあ。」

 「でも武器が問題なのよ。」 霊夢は服の中から焦げた紙片のようなものを取り出した。

 「魔導書の断片、これが弾幕のエネルギー源。これくらいの断片でレーザーを一発打つ事が出来るんだけど、一切の予備動作なしに撃てるのよ。エネルギーをためる時間もなしに撃ててしまえるの。」

  霊夢はチルノが言葉を飲み込むのを待って続けた。

 「まだ弾幕を放つ動作を見せてないから安心だ、って思っていると意外と苦戦するわ。まあ、私が軽く5体ほど落としちゃったらほとんど敵じゃなかったけど。」 

 「とにかく、ここに詳しい事が書いてあるわ、霖之助さんが落としたのを拾ったのよ。」

 一冊の小冊子をチルノに渡す。よく見て研究しろと霊夢はいった。

 「まったく、私も準備に忙しいというのに、霖之助さんたらあれで結構道楽好きなのね。」

 「霊夢の準備って何?」

 「そりゃあ、心の平静を保つために、お茶を飲んだり、友達とお酒を飲んで緊張をほぐしたり。お賽銭を要求してみたり。あと弾幕ごっこを誰彼かまわず挑んで、技量の維持。」

 「じゃあいつものぐうたら巫女じゃん。」

 「失礼ね。」

 互いにラフに弾幕。

                          *  *  * 

 「うーん、どう見てもこりゃだめね。」

 チルノは霊夢から渡されたミコミコナイトの記録を読んでみた。その結果、どう考えてもこの自動式神に弾幕少女の代わりをさせるのは不可能としか思えなかった。

 「持主が念じたとおりに人形が動く。でも細かく命令できるのは1~2体が限界。」

 あの店主が弾幕ごっこ未経験であることもあわせて考えると、とうてい霊夢や魔理沙の代わりは勤まらないだろう。むりやり多くの人形式神を同時に稼動させるとなると、個々の式神の動きが大雑把になってしまう。

 「なになに、一応人形式神の自己判断で戦わせる事もできる、でもそのさいの知能は妖精並、失敬な。」

 でも、今回のような異変は、仲間の妖精たちには確かに荷が重い。やはり、戦いには弾幕少女が必要だ。

 「しかしなぜだろうな。」

 チルノはつぶやいた。なぜこの世界、幻想郷の異変に自分たちのような弾幕少女が出て行かなければならないのかと考えてみる。異変解決に弾幕少女が出て行くのは当たり前、だから戦うのであり、それ以上のことは考えた事も無い。自分たちの世界は自分たちで守るのだというが、この幻想郷には男の人もいれば、大人や老人もいる。中には相当な魔力を持つものも少なくない。

 別にチルノは、女性は男性に守られるべきだとか、逆に女性もどんどん矢面に立つべきだとかというような思考には興味が無かった。弾幕少女が出て行く必要は無い、と霖之助に言われて生じた反発心は、自分の存在意義を否定されたような気がしたのが原因だが、それを差し引いても、異変解決の場から弾幕少女がいなくなるとは到底思えなかった。

 「戦いには弾幕少女が必要だ。」 チルノは口に出して、自分の言葉を吟味した。なぜ。そう思うのか。

 「たぶん。」 とチルノは言ってみる。 慣れない考え事のために、頭が加熱して煙が出そうだ。いや、実際に湯気が出て溶けかかっている、氷の精だから。

 「神主さまの趣味ッ!」 身もふたも無い事を言う。「あるいは。」

 「私たちは、誰かが作った人形で、この前のアリスみたいに、だれかにのぞかれてそいつを楽しませたり、よからぬ妄想を膨らませているんじゃ・・・。」 頭がシューシューと音を立てる。処理速度が落ちる。

 「もし私たちが人形なら、私たちが何を考え、どう行動しても、そいつは・・・それは・・・、ただの、ただの、ぷろぐらむに、すぎない、ことなの? じゃあわたしたち、なんの、ため・・・。」

 ぼんという音とともに、チルノの思考がとまり、その場に倒れ伏す。意識が飛ぶ瞬間、自分の思考が行ってはいけない場所に達しかけたような気がした。

 妖精冷却中

 冷却完了。単純なだけに回復も早い。

 「ようは私たちは神主さまか神様みたいなのに愛されていて、それで活躍の機会を作ってくれる。私たちは選ばれし存在ってわけね。うん、納得納得。」

 思い切って単純化していると、霊夢と魔理沙がやってくる、箒にまたがる魔理沙の後ろに霖之助が座っている。降りてきて、彼はチルノと改めて向き合う。

 「やあ、弾幕ごっこを受けてくれて嬉しいよ。」

 「ふふん、返り討ちにしてやるわ。」 

 「霊夢、魔理沙も僕の戦い振りを見ていてほしい。そうすれば、僕が頼りない存在じゃないって分かってくれると思う。」

 後ろの二人を振り返って言う。どうやら自分の力をチルノよりも、霊夢や魔理沙に認めてもらいたがっているようである。 

 「それじゃあなんだか、私があんたの引き立て役みたいじゃないのよ。」

 「そういう風にとってもらってもかまわない。」

 「ねえ二人とも、あんただってこいつの実験台にされたんでしょ。なんか言ってやってよ。」

 「まあでも、いいウォーミングアップになるんじゃない。異変の元凶だと思えば?」 霊夢はのん気そのものだ。

 「この妖精最強の弾幕っ娘に向かって、いまさら、『さあ練習しましょうね。』なんて、見くびられたものね。独り言よ。」

 「これは弾幕ごっこだ。」 黙っていた魔理沙がぽつりと言った。 「だから腹も立たん。」 

 チルノは魔理沙の言った意味を理解した。要は落とされずに帰ってくればいいわけだ。

 「さっそくやろう、といいたい所だが、まだ準備が整っていない。明日の昼、博麗神社にきてくれないか。」

                           *  *  *

 翌日の博麗神社。春なのにひまわりやコスモスなど、この季節には咲かないはずの花がここでも無秩序に咲き乱れている。博麗霊夢は神社で魔理沙や霖之助と一緒に、やはりのんきにお茶を飲んでいた。

 壁にホワイトボードがかかっており、今月の日程が書かれている。人里での祈祷や結界作りというような、霊夢がよくやる仕事もあれば、『紫と隙間探索、食料ゲット』といったわけの分からない予定もあったが、全体的に予定の仕事は少ない。今日から四日後の日付にKED83と書いてある。
 
 「よく来たね、さあやろう、と言いたいところだけど、ここから遠く離れたところで勝負しよう。」

 「なんで?」 

 「マヨヒガの方から文句がきて、みょんなことをやるなって。こないだ、春の陽気に当てられた妖精のせいで、橙が撃墜されただろう。それでやつらカリカリきてるんだ。ひまわり妖精がブンブン飛んでいる。訓練どころじゃないんだ。」

 霖之助はそういうと、背嚢のなかから、どうやって押し込んだのか分からなくなるほどの大きさの何かを取り出すと、自分の背中にくっつけた。そして、神社の境内に出ると、それを広げ、骨組みに紙か布を張ったような翼が現れた。

 「このグライダーで空を飛ぶ。魔法力のアシストで、君たちに負けないほどの速さで飛べるよ。」

 霖之助は飛び立った。チルノも後を追う。霊夢と魔理沙が後に残された。

 「行かないのか。」

 「別に、あの二人なら大丈夫でしょう。」

 「ならいいか、ところで羊羹おかわり。」

                            *  *  *
 
 眼下に幻想的な森や湖が広がる。しかし季節問わず咲いた花のせいで不気味な印象さえ受ける。他の妖精たちは素直に喜んでいるが、チルノにはなにか違和感を感じずにはいられなかった。霊夢が言ったとおり、ちょっとした異常気象どころではなさそうだ。この勘が彼女を自機キャラたらしめているのだろう。右前方を霖之助のグライダーが飛んでいる。

 「ここらで始めよう。本気で撃墜するつもりできたまえ。」 彼が大声で叫んだ。

 「じゃあ、あんたを落とさせてもらうわ。」

 チルノは速度をあげ、スペルカードを手に取る。霖之助は気がついていないのか、動きに変化は無い。

 「そんな広い翼じゃ、モーメントが大きすぎて避けにくくなくて?」

 突如前方から三体のミコミコナイト、霊夢の形をした人形(ヒトガタ)式神がレーザーを放ちながら突進してくる。チルノがそれを避けて、追いかけようとする。すると今度は左右から一体ずつの式神が弾幕を放つ。囲まれてたら勝ち目は無い。

 「くそー、なんなのよこいつらは。」

 無理やり加速して人形式神たちを引き剥がす。逃げる事は出来ても一網打尽にするのは難しい。元を断つしかない。グライダーを探していると、式神の群れが二手に分かれて襲ってくる。

 「これはきっと囮。」

 頭を振って周囲を確かめる。視線の片隅に何かがいる、こいつが本命か、他には目もくれず一体だけで自分を狙っていた式神を撃つ。当たった。式神の群れに動揺が走ったような気がする。操っている霖之助が作戦を見破られて焦ったのだろう。と急に式神たちの動きがばらばらになる。ある者は逃げたり、あるいは距離を詰めてランダムな位置からレーザーを放ってくる、様式美を追及し、弾幕展開にパターンを加える少女同士の勝負より美しくないが、厄介だといえる。

 「熱っ。」 ついに被弾するチルノ。

 こちらも妖精たちに応援を頼もうと高度を下げる。すると茂みから10体近くの妖精に化けたミコミコナイトがチルノの体に取り付き、ミニチュアの陰陽玉で殴りつけてくる。

 「ムソーフイーン。」 ガッ。 「ムソーフイーン。」 ガッ。 「ムソーフイーン。」 ガッ。

 「いたたたたた、やめろやめろ、わかった、私の負けよ。」

 「了解、チルノ。二度やられた気分はどうだい。」 式神を介して霖之助が話し掛けてくる。

 「不意打ちなんてずるいよ、こんな弾幕ごっこ、見たこと無いわ。」

 「正直に言って、まともにやりあったらぼくに勝ち目はない。だから、弱いやつなら弱いなりに頭を使うのさ。」 

 「この弾幕ごっこは仕組まれたものよ。こんなやりかたで勝って満足なの?」

 「大いに満足だ、チルノ。ナイトは実に頭がいい、予想外の戦況判断力を発揮してくれたよ。」

 「今のは、完全自律攻撃だったのか。」

 「そうだ。」 楽しそうな霖之助の声。 「降参するかね。」

 チルノは黙った。反論できないのが悔しかった。負けたのもそうだが、弾幕少女は戦わなくてもいいという霖之助の持論が証明されてしまいそうで辛かった。彼はこの異変解決に参加したがっていた。そして、参加メンバーの誰かに勝ったらそうさせて貰えるようなことをいっていた気がする。でも他の参加メンバー全てに負けて後がなく、そのため今回の弾幕ごっこにはルールにはない細工をしたのだろう。そのことよりもチルノは、他の人間や妖怪がいくら強くなっても、「幻想郷から弾幕少女はいなくならない」という気持ちをうまく表現できない自分に焦りを感じた。 
 
 「だから言っただろう。もう君たち繊細な女の子たちが危険を冒す必要はないんだ。」

 「あんたは弾幕ごっこの経験はあるの。スペルカードを実際に扱い、戦った事は。」

 「ない。」

 それではわかるはずもないな。そうチルノは思った。霖之助は弾幕ごっこをしてるとはいえない。弾幕少女の気持ちなどわかるはずがない。レティやアリスならこのことを理解してくれるだろうか。もしかしたら「あんたは活躍できるだけマシよ。」と返されるかもしれないけれど。

 少女帰投中。チルノは何も考えなかったが、霊夢が出してくれた冷やし茶 ―熱いお茶だと溶ける―
を飲んで一息つくと、結局霖之助には勝てなかったのだという思いがさらに彼女の気分を重くさせた。

 「凄かったかしら。」 霊夢が訊いてきた。

 「負けちゃった、でも聞いてよ二人とも、あの変態店主ずるい手を使ったんだから。本来なら私が勝ってたはずよ。」

 「フム」と霊夢はうなずいた。チルノの心情を理解したようだった。

 「まあ、いくらなんでもあの人に主役をさせるほど、神主さまもトチ狂っちゃいないでしょうね。」

 「戦いには弾幕少女が必要だ。」 唐突にチルノは言った。 「でもどうしてだろう。」

 「幻想郷の異変はそれすなわち、その花形である弾幕少女に売られた喧嘩だからな。全てを男の人や大人に任せるわけにはいけないだろうさ。誰かは知らないが。」 と魔理沙は答える。

 「なるほどね。よく分からないけど。要はそいつをぶちのめせばいいのね。」

 チルノはいつもの単純化モードに戻る。ミコミコナイトが完璧になって困るのは異変の元凶であって、自分ではない。もうあの変態店主のことは忘れよう、弾幕ごっこは終わったのだ。

                         *  *  *

 霖之助との腐れ縁はそれで切れたとチルノは思っていた。だがKED83を三日後に控えた翌日、湖で遊んでいたチルノの元に霖之助がやってくる。聞くと彼はチルノをたいそう気に入ったらしく、自分がやられたらミコミコナイトの誘導権を託したいとのことだった。小さな指輪を渡され、これを指にはめて念じれば式神が動かせる、チルノなら自分より大きな魔力を持っているだろうから、多くの式神を同時に細かく制御できるだろう。と言った。彼女は最初プロポーズと勘違いする。

 「人間の男が妖精に恋を? 冗談じゃない、第一実際の妖精は物語に出てくるほど純情で優しくなんかない。幻想を押し付けるんじゃないわよ。」 と自分が幻想の存在である事を棚に上げてまくし立て、誤解に気づくと、顔を真っ赤にして小声でわびた。

 チルノは一応霊夢に相談に行く。
 
 「また決闘を申し込まれたのかしら。」

 「違うの魔理沙、実戦よ。KED83、あの人、どうあっても私たちの手伝いをするつもりらしいの。意気揚揚とグライダーに乗って。」

 「まあ、邪魔にならなければいいんじゃない。」 霊夢が気だるそうに反応した。

 「だめよ。もしそんなことしたら・・・、華麗な少女弾幕のイメージぶち壊しよ。」

 「あの人に異変解決の能力があれば役に立つでしょうよ。それよりチルノ、まず自分のことを心配すべきじゃない? 最近花がたくさん咲いてるからって、仲間の妖精さんが狂喜乱舞してるでしょ。あの子達が邪魔になるかも知れない。その時の覚悟はあって?」

 「大丈夫よ、何度痛い目にあっても復活して、懲りずに悪戯ばっかりしてくる。それが妖精の本質よ、邪魔するなら容赦なく叩き落してやるわ。」
 
 「まるで自分が・・・。」
 
 妖精じゃないみたいな言い方ね。と霊夢は言おうとしたがやめた。妖精同士にもいろいろとあるのだろう。何にも考えていそうにないこの氷の妖精も、生きていく限り悩みが存在するのだろうか。彼女の屈託のない笑顔の中に潜む想いは何だろう。

 「えっ、霊夢、今なんか言った?」

 「ううん、ただ、あんたひょっとして、妖精仲間からいじめられたりしてない?」

 「いじめられていようとなかろうと、異変の原因を探り、味方を犠牲にしてでも帰還せよ。そんな非情な任務を非情とも思わない非情な妖精、それがこのチルノさまだ。」

 いつも自信たっぷりな話し方をするチルノだが、今の口調はわずかに違う。何パーセントか虚勢の匂いがする。霊夢の勘はそう告げる。彼女には触れてほしくない話題なのだろう。ならその気持ちを汲んでやろう。

 「そうね、あんたなら自機キャラの勤めを十分果たせるわ。」

 「おうともよ。じゃあ私はこれで、さよなら。」 

 でも。

 「そうそう、最近外界では環境破壊が深刻でね、もしここの湖も水質が悪化して住めなくなったら、神社に引っ越してきても構わないわよ。何も無いけどね。」

 チルノの後姿に声をかける霊夢。チルノは一言、「ありがと」と言い。飛び立っていった。

                         *  *  *

 KED83。その大掛かりな作戦は、浮遊している霊魂を撃ち落とす事から始まった。紅魔館からはメイド長の十六夜咲夜が飛び立ち、霧雨魔理沙と喧嘩して撃墜された。咲夜はしょうがないので家に帰った。霊夢は勘の命ずるままに妖精をあしらったりお弁当を食べたりしながら、なんとなく異変の奥深くへと進んでいき、魔理沙と鉢合わせして弾幕ごっこになった。チルノはそんな二人のはるか後方5キロのところでリリーホワイトともめている。さらにその後方三百メートル、チルノのスカートの中を窺うようにして同高度で待機する霖之助のグライダーとミコミコナイトの姿があった。

 「せっかく春が来たんですよ~。寒い妖精は引っ込んでいて下さい。」
 
 無数の弾幕を放つリリー。

 「バカ、これが異変だって言う事が分からないの? このままほっとくと、あんたにも影響があるかもしれないのよ。」  

 リリーの弾をかわしながらチルノが説得する。

 「おバカ妖精は冬まで出てこないで欲しいです。」

 「言ったな。じゃあ弾幕言語で!」

 スペルカードを取り出そうとしたとき、二人を怪鳥の影が覆う。チルノとリリーはその飛行物体を見て目が点になる。 

 それはグライダーにぶら下がった霖之助だった。それだけなら何の違和感も無い。二人を驚愕せしめたのはその格好である。

 「ちょっとあんた、なんでふんどし一丁なのよ。」

 「この赤フンを締めてると気合が入るんだ。この晴れの舞台にピッタリじゃないか。」

 「何が晴れの舞台にピッタリよ。」

 「君たちがもたもたしてるのなら、僕は先に行かせてもらうとするよ。ハッハッハ。」

 霖之助の自信に満ちた声をチルノは訓練時とは違う思いで聞いていた。訓練のときは疎ましかったのだが、いまは幼い子供の自慢話を聞かされているような気分だった。危ないとチルノは思った。いろいろな意味で。

 「この先は妖気が濃くて危険よ。変態店主、すぐにナイトを発進させて、どっか行ってなさい。」

 どうしてかと霖之助は聞いた。チルノがナイトの誘導権を欲しがっている。そう邪推したのかもしれなかった。  

 「この変態・・・、いえ、霖之助さん、これは訓練じゃない。あんたにも敵は向かってくる。それとも避けて通ってくれると思ってるの?」

 「君の命令は受けない、ほら、僕の威容に押されて、あの妖精が逃げていっただろう。」

 確かに。威容ではなく、異様にだが。

 霖之助は速度を増し、チルノを追い越していった。同意にミコミコナイトを放出する。ナイトの弾幕、というより、霖之助のあまりにもアレな姿と自信に気おされて、妖精たちが逃げていく。

 これを見ていると、確かに弾幕少女は必要ないような気がする。というより、あんなのが派手に主役を飾るくらいなら何もしないでいたほうがマシだ。もし関係者と思われたら最悪だし。

 とそこでチルノは強烈な閃光を目にした。思わず目をつぶる。

 その閃光が消えた後も、目には光の余韻が焼きついている。

 ものすごい勢いで、前方から魔理沙が飛んでくる、珍しく泣きそうな表情をしている。

 「チ、チルノか? 今、とんでもないやつに出くわした。ふんどし一丁の男の姿をした妖怪がいたのよ。そいつは両手を広げて『やあ魔理沙』なんて声をかけてきて。マスタースパークが間に合わなけりゃ、もう汚されると思ったんだから。」

 思わず女言葉になり、チルノの胸に抱きつく魔理沙、その瞳ははかない少女そのもので、不謹慎ながら美しいとさえ感じられた。私のほうがはるかに永い時を生きているのだ。守ってやらなければ。

 「よしよし、じゃあ異変解決は霊夢に任せて、紅魔館で紅茶でも飲も。ね。」

 「ううう、今回だけは負けでいい。」

 いや、とチルノは思った。あんたは負けていない、むしろ勝った。その傷ついた心を奮い立たせ、ある意味異変の元凶を倒したのだ。
 
 残りのミコミコナイトはいくつだろう、コントロール用の指輪をはめる。残りの式神人形の反応を三つ感じる。来い、と強く念じる。程なくして、三体の式神人形が飛んできた。

 「ぐすっ、その人形は何だ?」

 「私の使い魔みたいなものよ。」 あの霖之助の人形と知ったら、回復不可能な精神的ダメージを受けるだろう。

 紅魔館はどこの方向だろうとあたりを見回していると、突如刺すような妖怪の気配を感じる。魔理沙はびくりと体を震わせる、まだショックから回復していないようだ。ミコミコナイト三体に、魔理沙を守れ、と命令を下す。人形たちはこくりとうなずき、魔理沙をかばうようにして地上に降り、彼女を囲んで簡易結界を張った。これでひとまず安心だろう。

 チルノは妖気の元と相対する、相手も少女の姿をしていた。

 「もう分かった、絶対に弾幕少女が異変解決にあたるべきよ。」

 強い心身を持つはずの魔理沙は心に傷を負った。なぜか、これは弾幕少女の戦いだからだ。これは当たり前すぎるほど当たり前だった。しかしそれが当たり前でなかったとしたら。あの変態店主が異変を起こし、似たようなやつが解決に当たる、道中の雑魚キャラもみんなあのふんどし店主だったとしたら。チルノの背にぞっとしたものが走る、氷ではない感触。

 やはり弾幕少女が主役でいるべきだ、言葉にならない思考でそう思う。後に続くであろう未来の弾幕少女たちに、あんな経験をさせてはならない。スペルカードを取り出し、魔力を練る。

 「必ず帰る。」

 チルノはそうつぶやいた。とにかく魔理沙を守ってやらなければならない。考えるのはそれからだ。時間はたっぷりある。生きてさえいれば。

 やっとできた、例のシリーズ第二作めです。元ネタを知らない方には、チルノが毎回毎回誰かに絡んだり絡まれたりするシリーズと思ってくださればいいと思います。失礼しました。

 06/1/15 少しパクリ文章追加。
とらねこ
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コメント



0.1310簡易評価
15.70葎灰削除
「戦いには弾幕少女が必要だ。」で吹いた。
神林会話してるチルノと霖之助とか凄い光景だw
17.80HABAKI削除
フムン。
……マジで続きやがった!
次は「スキマ戦域」?
それとも「スーパー不死鳥」?
18.90名前が無い程度の能力削除
「少女帰投中」に被弾。
21.70日間削除
「互いにラフに弾幕」に被弾。
原作アレンジとオリジナル部分の兼ね合いがよろしく、ニヤニヤしながら読んでました。次は幻想ブン屋の登場かっ?
27.90名前が無い程度の能力削除
うまいな