Coolier - 新生・東方創想話

桜下死体考(下)

2005/09/19 13:04:52
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 冥界においてさえ暑いと感じられるこの時期、日中の現界にでることは愚行以外の何物でもない。妖夢も、せめて日が落ちるまでまっていたかったのだが、目当ての人物がどこに居るのかがわからないので早めに出発する事にしたのだった。
「暑いわ。ねえ妖夢、あなたの剣は暑さを切れないものかしら」
「無理ですよ。そこまで達してはいませんし、自分で付いてくるって言ったんですからこのくらいは我慢してください」
「あなたは半分幽霊だからそんな事が言えるのよ」
「幽々子様は全身霊でしょうが」
 結界を飛び越えて現界へ入った幽々子と妖夢は、山のふもとに近い位置を川に沿って飛んでいた。どこから手に入れたのか、幽々子は白いワンピースに麦藁帽子という出で立ち、妖夢は普段通りの格好だった。
「大体、こんなんで見つかるんですか?」
「万全よ。こうして蝶の群れを背に人里へ向けて飛んでいれば・・・」
「止まれ、そこの亡霊!」
 凛とした声が、恨めしいほど晴れた空に響き渡る。
「ほら」
「人間の里に何の用だ」
「本当に見つかりましたね」
「私のいうことに間違いはないのよ」
「無視するな!」
 声の主は、紺のワンピースに身を包み、同じ色の帽子を被った少女だ。妖夢に近しい生真面目そうな、しかし数段威厳のある雰囲気を身に纏っている。を名を上白沢慧音といった。
「あなたに用があって来たの。今日のところは里の人間に手を出す気はないから安心していいわ」
「今日はといわず、金輪際手を出さないでもらいたいな。で、私に何の用だ」
「今回は話を聞いてくれるのね。何時ぞやの夜には問答無用で弾幕撃ってきたのに」
「一応は知った顔だからな。あの時は里を襲うのが目的じゃなかったようだし、聞いてみるくらいはいいと思った」
「ここで、里の人間20人の魂を差し出せといったらどうなるのかしら。あなたの甘い判断は致命的な隙になっているかもしれないわね」
「何!?」
「幽々子様、わざわざ話をややこしくしないでください!」
 慌てて妖夢は止めるが時既に遅く、もとより警戒の色に染まっていた慧音の双眸は怒りのそれへと変わっていた。
「僅かでもおまえらを信用した私が馬鹿だったようだ」
「ですから里の人間には用はないんですってば」
「あなた如きに何ができるのかしらね」
「少し黙っててください!」
「ここで成仏させなおしてやる!」




 暑いとはいえ、まだ夏本番とは言い難いこの季節、木陰の下で陽光が遮られればそれなりに涼しかった。
「西行妖にまつわる歴史を知りたいって?」
「そう、根元に何かを埋めたとかいう出来事はないかしら」
 弾幕ごっこが終わり、撃墜された慧音に幽々子は用件を伝えた。幽々子の代わりに撃ち合いをさせられた妖夢はすぐ傍の木に手を付いて休んでいる。日照りの中で戦ったのはさすがに辛かったのか、珍しくだらけた表情で息をついていた。
「埋蔵金でも探しているのか」
「死体が埋まってるはずなの」
「・・・・・・まあいい、少し待て」
 慧音は煤塗れの服を叩く手を止めた。その手を上げ、こめかみに指を添えて目を伏せる。件の妖怪桜について思い出しているのだろう。観音像を思わせる理知的な風情であった。彼女は幻想郷の全ての歴史を知るといわれる半人半獣だった。
ボロけた服と煤と痣だらけの顔が幾分か間の抜けた印象を加えてしまってはいるが、差し引きすればまだ神秘的な方向に傾いている。
「・・・・・・!」
 慧音の目が見開かれた。幽々子の顔を見遣る。
「西行寺の!?」
「何かわかったのね」
「・・・・・・ああ」
 どこか口ごもるように、しかし慧音は頷いた。
「誰が埋まっているの?」
「・・・・・・おまえは、知らないのか」
「知らないから聞いているんじゃない。私も永く生きているけど、それにも増して昔のことらしいのよ」
「・・・・・・歌人だ。千年以上前、一人の歌聖がいた。桜を愛してやまなかった彼は生前から、自分が没したならば桜の木下に亡骸を埋めて欲しいと願い、その願いは果たされた」
「その歌聖が、西行妖の下に?」
「そうだ、用はこれで済んだな。とっとと冥界へ帰るがいい」
 と、言いながら踵を返そうとした慧音の顔に自分の顔を寄せて、幽々子は慧音の目を覗き込む。
「本当にそれだけ?」
「!」 
 焼けた石にでも触れてしまったかのように、慧音はびくりと肩を震わせた。
「ど、どういう意味だ?」
「あなたって妖夢と似てるわよ。嘘が付けない性分ね」
「嘘を言ったつもりはない」
「おかしいでしょう。なんで桜の花によってその死体を封印する必要があるの?」
「・・・・・・桜を愛した歌聖のために、その花を手向けとしたのかもしれないな」
「桜から花を奪い独り占めに? 歌聖と呼ばれた人物の望みにしては随分と風流でないわね」
「遺族が彼の心を分かっていなかった、という事もあるだろう。私は歴史を知ってはいるが、そこに纏わる人々の想いまでは与り知らぬ事だ」
「私の見た記録によれば、その死体は輪廻を巡ることさえ止めさせられる者であるはずなの。今、あなたの教えてくれたこと以外に、何かあるんじゃないの?」
 言葉を詰まらせる慧音。無意識に一歩後ずさる彼女に、幽々子もまた一歩詰め寄った。逃しはしないとでも言うように。
 しばしの沈黙。途絶えた言葉をセミの鳴き声が埋める。沈黙と騒音が空気を呑み難く変えていくのを恐れてか、慧音の口は何かを言おうと幾度か開閉するが、放たれる言葉はなかった。
 そして沈黙が更に続き、離れて見ていた妖夢すら疲れを覚え始めた頃、ついに慧音の喉は声を紡ぎだした。
「・・・・・・さ」
 傍目にも苦しげであると解る様子で、震えた声が絞られる。
「西行妖は危険な妖樹だ。その美しさによって人を死に誘う。だからその花を封印するために人柱が必要だった」
「その人柱が歌聖だった、と言いたいのね。遺族も酷いことをするものだわ」
「そう、だな。しかし、それほどに美しい桜と共に眠るなら彼も本望だったかもしれない」
「それもそうかもしれないわね。取り立てて矛盾した内容でもない。でも、そんなに言い辛い話には思えないけど、何で黙り込んだりしたの?」
「え、その・・・・・・そう、随分昔のことだったのでな。ど忘れしてしまっていたんだ。思い出すのに必死でな、済まない」
 はは、と無理矢理に笑ってみせる慧音。
「そういえば、あなたはさきから歌聖のことを『彼女』でなく『彼』と呼んでいるけど、記録には『富士見の娘』とあるのよね」
 笑みが凍りついた。
「まあ、いいわ。あの木の下には歌聖だけが眠っている。そういうことにしておいてあげる。教えてくれてありがとう」
「いや、このくらいに礼など要らない」
「じゃあね。いくわよ、妖夢」
「え、それでいいんですか?」
「いいのよ」
 飛び去っていく幽々子を追って、妖夢も晴天の空へと飛び立った。
「気をつけて帰れよ。それと西行寺家の娘、歴史ならば私が覚えておく。必要以上に過去を気にする必要はない。歴史を蔑ろにしてもいけないが、おまえが生きているのは今なんだ」
「もう死んでるんですけど」
「そうか、そうだったな」
 しどろもどろの慧音をあとに、幽々子は去っていった。





「よかったんですか、どう見ても何か隠してましたけど」
「あんなに必死になられたらね。あれ以上追い詰めるのも可哀想でしょう?」
「今日は、随分とお優しいんですね」
「あら、引っかかる言い方ね」
「幽々子様はもっと意地の悪い方だと思ってました」
「まあ酷い。それは言葉の暴力よ、妖夢」
「私あいてだったら、あんなものじゃ済まないじゃないですかっていたた、抓らないでくださいよ~」
 冥界の結界が近づいてきた。場所は空高く、空気の薄まりが感じられる高さだ。
足元から昇ってきていたセミの鳴き声も遠くなり、暑い現界から逃れることができると実感できた妖夢は、抓られた手の甲を擦りながらもほっとしていた。たった今口にした疑問についてはそれほど興味もなかったらしく、深く追及しはしない。
「こんなこと、妖夢にしてみればいつもの事なんでしょうね」
 幽々子が妖夢には訳のわからない命令を下すことも、納得できない行動をすることも、珍しくもなんともないことだ。取り立てて気にするような事ではなかったのだろう。
口元を扇子で隠し、こっそり溜息をついて、幽々子は慧音のことを思い返す。
 彼女は嘘をついていた。根が真面目なのだろう、無理をしているのが哀れなほど明白だった。
(私には言えないこと、なんでしょうね)
 紫はともかく、あの実直そうな少女までが誤魔化そうとしたのだ。悪意から来る行為ではないだろう。
(必要以上に過去を気にする必要はない、か。それってつまり、桜下の死体についてこれ以上詮索しないほうがいいってことよね)
 慧音の言葉だ。気遣い、なのだろうと幽々子は確信していた。幽々子に教えれば人間の害になるような事柄だったという可能性もあるが、彼女が答える間、目を覗き込んでいた幽々子にはそうは思えない。慧音は、悲しそうに幽々子をみていたのだ。
(あんな顔をして隠されたんじゃ、悪い気がしてもう探れないじゃない)
 諦めるしかなかった。もう、この事は忘れよう。
「妖夢、何か面白い事ないかしら」
「面白い事、ですか?」
「富士見の娘は諦めようと思うから、代わりに何かないかしら。ファラオの遺跡とか」
「古い死体に思い入れでもあるんですか? ・・・・・・あ、そうだ。いつも池の傍に居る幽霊がエアロビクスを始めたそうなんですが、一緒にやってみてはどうでしょう」
「それはいいかもしれないわね。じゃあ妖夢、まずはあなたがやってみなさい。効果があるとわかったら教えてね」
「私が試すんですか?」
 二人は結界を飛び越えた。薄くなった結界は上を越えなくても綻びを見つける事ができるのだが、急いでいないときは以前と同じように飛び越えていく場合が多かった。境界を越えた途端、肌に感じていた熱が消え、僅かに届いていたセミの音も失せる。隔てられた空は墓石のように冷ややかで、静謐な空気で満たされていた。眼下には冥界が広がっている。生けとせず生きていないもの達が陽気に空騒ぎをする死後の世界。その中心に構える西行寺家の広大な庭に並ぶ桜の中に、西行妖はあった。幽々子の知る限りの時の中で、ただの一度も満開の花を咲かせた事のない桜。その根元に死体を埋めるという桜。立ち並ぶ葉桜の中でその一本だけが一糸纏わず佇んでいた。ただ一本だけ季節から、時の流れから取り残されているかのように。
(永遠に転生することなき富士見の娘も、同じなんでしょうね。残された場所が冥界であったことは、幸いだわ)
 流転していく魂たちの中で、その娘は桜に縛られ取り残されていく。娘と桜はいつまでも白玉楼に留まるのだ。両者に違いがあるとすれば、富士見の娘は一人で残されるわけではないということ。ここには永遠に生まれ変わることなき霊たちがいる。幽々子の招いた永遠の客人が。西行妖の如き孤独の内に居ないのは、素直に喜ぶべきことだろう。どうであるにせよ、彼女を取残して流れていった時は、もう戻らないのだから。
 妖夢の調べた限りでは、富士見の娘について知る者は白玉楼に居なかった。彼女は本当に、時に埋もれてしまっていたのかもしれない。呆れるほど永く、死骸は誰からも気に掛けられることなく桜の下で眠り続けているのかもしれない。
(手向けくらいは、あってもいいかしらね)
 思い立ったが吉日だった。
「妖夢、今すぐやって欲しいことがあるんだけど」
「え? エアロビクスはどうするんですか」
「私は食べても太らないたちなの。それより・・・・・・」











 西行妖は鮮やかな花に彩られていた。
とはいえ、開花したわけではない。今は夏も盛り、盆に差し掛かかっていた。桜の花ならば花弁の一枚も見つかるはずのない季節だ。それ以前に、桜は桜色以外の花を咲かせはしないだろう。菖蒲、百合、紫陽花、竜胆、等々。多種多様な花々が西行妖を囲んでいた。膨大な数だ。花畑というにも、多すぎる。西行妖を中心として環状に見渡す限り広がる不揃いな色の群れは、むしろ花の海とでも称した方がいいのかもしれない。
邸内から歩いてきた幽々子は、花々の外縁に更に一抱えの向日葵を加えた。
「なんとか、間に合ったかしらね」
「これは、桜が見れなかった腹いせか何か?」
 不意に、背後から質問を受ける。よく知った声だった。
「あら、紫。今年も来たのね」
「来るとわかっていたってことは、お茶請けに期待してもいいってことかしら?」
「数百年物の霊魂でいいなら庭から適当に見繕っていいわよ」
「そいつらがあと数百年ほど若ければ素敵なおやつなんだけど」
 つまり、生きているなら。
 幽々子は振り返る。そこに居たのは八雲紫だった。二匹の式神、八雲藍とその式である橙もその後ろに控えている。
「ご無沙汰しております」
「お久しぶりで~す」
「どうも、いらっしゃい」 
毎年のことだ。盆になると紫は白玉楼を訪ねてくる。理由は聞いても答えなかった。もとより、紫の行動のわけなどは幽々子にでもわからない場合が多々ある。
「何物かが幻想郷中から花を奪っていったそうじゃない」
「そうなの? 初耳だわ」
「まあ、別にいいんだけど。この花は何なの?」
「西行妖に供えようと思って」
 一瞬、紫の表情が強張る。単に瞬きをしただけだとでも説明されれば納得してしまうような、微かな変化に幽々子は気づかなかった。
「誰が埋まっているのかは知らないけど、随分永く弔われずにいるのでしょうしね。私は盆にも参りに行く墓がないから、適役でしょう」
「そう」
 ただそれだけを答えて、紫は西行妖へと向き直った。
「これだけ花があれば十分よね」
「こんなに花があれば万分よ。献花に向日葵っていうのもどうかと思うし」
「ここは冥界よ。ここに居れば死者は安らぐもの。眠っている死骸も、大げさに騒がせてやるくらいが調度いいの」
「・・・・・・そうかもね、陽気でいればいいと思うわ」
「せっかくだからあなたも弔っていきなさいな」
「ええ、そうさせてもらうわ」
 幽々子は懐から線香と種火入りの小箱を取り出して地面に置いた。線香に火をつけると、足元の土へ直に突き刺して立てる。紫もそれに倣い、彼女の従者も同様に線香を立てた。盆にだけは魂も現界へと帰る。この時期だけは冥界の騒がしさも鳴りを潜めていた。風のない庭で、煙は揺らぐことなく昇っていく。
「私にも弔わせてもらっていいか」
 今度は数週間ほど前に聞いたばかりの声が、俄かな静けさを破る。遠慮がちに尋ねてきたのは上白沢慧音だった。
「どうぞ」
 幽々子は頷く。何となく、彼女も来るのではないかと思っていた。
数珠を手にした所で、幽々子はそれが自分の分しかないと気づいたが、紫たちは必要ないといい、慧音は自前のものを持ってきていたので白玉楼に取りに戻る必要はなかった。
幽々子と慧音は手を合わせ、紫と式神はただ頭を垂れて、花の海に浮かぶ大樹へと黙祷を捧げる。そうして、その場には音を放つものが無くなった。遠くから、帰る家を忘れて居残った幽霊たちの騒ぎが聞こえる。
 幽々子は記録にあった一文を胸中で繰り返し、自らもまた願った。
(願うなら、二度と苦しみを味わうことの無い様)
名も境遇も知らぬ娘が、苦しみを忘れこの冥界で永遠に安らめるように、と。
突如、爆音が響いた。
 厳粛な空気を出し抜けに破られて、一同が弾かれたように振り向くと、音のした方向、冥界の入り口側から人影が飛んできていた。いや、吹き飛ばされてきていた。
 遥か上空を黒煙を曳きながら吹き飛ぶ人影は妖夢だ。そしてもう一つ、彼女を追うようにこちらへ向かってくる影があった。
「あ、魔理沙だ」
 橙には見えるらしい。目が良いのだろう。遠すぎて幽々子にはまだ判らなかった。
「花を持ち帰るところを見つかったのかしら。やっぱり前科者は使いにくいわね」
「あんな奴にやられるなんてね。ちゃんと鍛錬させてるの、幽々子?」
「無茶な命令に従う身にもなってみてはどうでしょうか」
 妖夢への幽々子と紫の評に何か思うところでもあったのか、藍の口調は渋い。 




「幽霊が里帰りした隙を狙うなんてね。狡猾な空き巣だわ」
「多分お前には負けるぜ。春に続いて幻想郷中の花まで盗んだんだから大した泥棒だ。冬には霜焼を盗んでくれると有り難いな」
 西行妖の真上、鮮やかな海を足元に、黒き魔は亡霊の譲と対峙する。
「春にも言ったじゃない。あなたが来ると、花が散ってしまうの。それは困るわ」
「困っているのは私も同じだ。盆なのに墓に供える花がないじゃないか。あいつは動く気がないみたいだし」
「花鰹でも使ったらどうかしら」
「おまえが釜茹でにされるときは出汁を鰹にして欲しいってことか?」
「そもそも、花は個人の所有物じゃないから、泥棒じゃないわ」
「環境破壊は油炒めの刑だぜ」
「残念ね。ここであなたが居なくなれば証拠はなくなるわ」
 互いに、用意はできていた。あとは試し合うだけ。
「あなたも木の下で安ませてあげるわ」




 慧音は頭上を飛び交う弾幕を見上げていた。白昼の空を星と幻蝶が行き交う非現実的な光景。一時目を逸らせば消えてしまいそうな昼の幻。その渦中で蝶と共に幽々子は舞い、星と共に魔理沙は奔る。
「おまえも、あの死体を弔いに来ていたのか」
 視線を巡らす。紫は花々の岸に立っていた。
「生前からの知り合いだったから」
 紫が手を差し出すと、控えていた藍がどこからともなく一輪の露草の花を取り出してその手に渡す。その露草は献花の外端に添えられた。
「これ、探すのが大変だったんだけど、本人が集めていたとはね。今朝、どこにいっても花が無かった時は正直焦ったわ」
 そう言って苦笑してみせる。胡散気のない、いたってありふれた笑みだった。
「ここの花、人間の里にも持って帰ってやりなさい。撃ち合っているうちがチャンスよ」
「そのつもりだったが、いいのだろうか?」
「気にすることはないわ。これは、あいつにとっては気まぐれでしかないんだから」
 紫は上を見上げる。扇子を指揮棒のように振り霊魂をけしかける幽々子。相手を追い詰めたかに思えたその攻撃は轟音を纏った光の滝に押し流された。そのまま迫る光線の射線から遁走する幽々子の手には、既に次の札が構えられている。
「幽々子は哀れむほど不憫ではないわ。悼んでやるのは桜の下の記憶だけで万分よ」
「・・・・・・そうかもな」
 慧音は花の中へ分け入って、花が固まっている部分を見つけると、両手で抱えられるだけ抱えあげる。その時にはもう、紫は姿を消していた。慧音もまた長居することなく帰途につく。葉桜の陰をこっそりと。
 庭を出る前に一度、西行妖へと振り返ると、軽い黙祷をあげて、慧音は去った。
 閑散としてしまった庭へ向けて、爆音が轟き決着を告げる。
 爆風に散らされた花が、葉のない夏桜を置いて何処にか流れていった。
 強いて言えば、最も不憫なのは一番苦労してる割に影の薄かった妖夢だと思うということ(ぉ
葎灰
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コメント



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14.60吟砂削除
幽々子が西行妖の下に有るものを知るのは禁忌という感じもしますし、
これはこれでいい話なのかなと思います。
少し淡々として盛り上がりに欠けた感も否めないですが・・・
綺麗に纏められてさっぱりした感じは好ましいです。
個人的にはこういう話好きですね。

遠く離れた時の果てに捧げられた記憶への鎮魂、
幽々子以外が捧ぐは知り得た歴史へ、或いは色褪せた悲しい記憶へか・・・
駄文失礼しました。