Coolier - 新生・東方創想話

時間よ止まれ(後編)

2003/10/05 08:58:34
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 途切れる事無く続く人の波。天を衝く様な建物群。鳴り止む事の無い音の洪水。

 私は、間違いなくこの世界に帰ってきたのだ。



「………ふう………」
 買い物を済ませた私は、寝床に戻ってきた。と言っても、長い間この世界にいなかった私には、帰る家なんて無いし、行くあても無い。たまたま見つけた廃ビルの中で寝起きしているだけだ。
 そして、買い物と言っても僅かばかりの食べ物だけ。荷物の中に残っていた財布の中身が今の私の全財産。いつまでもつかは分からない。そんな生活が、毎日続いていた。
「……疲れた……。もう、寝よう……」
 知り合いもいなければ、身分を証明するものも無い。
 私には、何も無い……


「………ん………」
 体と心は疲れきっているのに、習慣とは恐ろしいもので、メイドだった頃の事を体が覚えているらしく、朝早くに眼が覚めてしまう。
「……何をやっているのかしらね……私は……」
 もう、紅魔館のメイドではないと言うのに。
 いや、幻想郷の住人ですらない。私は、この世界の住人―――
「―――どの世界の住人だっていうのよ……?」
 自嘲的な笑みが零れる。確かに私は元いた世界に帰ってきた。しかし、だから何だと言うのだ? 私はこの世界で何もしていない。何も出来ない。もし私がこのまま野垂れ死にしても、誰も気付かないだろう。

 能力があった頃は違った。
 恐れられてはいたが、私が必要になった事もあった。大概、碌な事ではなかったが。
 しかし、いざ能力が無くなると。

 そう。結局私は、元の世界でも不要な存在だった。



「………………………」
 無為な時を過ごす。壁にもたれかかり、外から聞こえてくる雑音を耳に入れてはそのまま出す。まるで私だけ、時が止まったかの様。

 皮肉な話。今の私は能力を使えないのに、使っている。私は時間を止めている。

 ―――私が生きていると思える時を。



「………………………」
 無為な時を過ごす。もう何もする気力が無い。
「………………………夜」
 何かが聞こえる。
「……………咲…………」
 どうして、聞こえてくるんだろう。もう聞く事は無いと思っていたのに。
「…………咲夜……………」
 幻聴だろうか。じゃあ、私の前に立っている、アナタは誰?
「………咲夜………起きて………」


「………………………お嬢………様………………………」


 忘れようとしても、忘れられない。忘れる訳が無い。―――忘れたくない。

 私の、御主人様。この世に、たった一人の、私の―――


「お嬢様……何故、ここに……?」
「あのすきま妖怪に頼んで探してもらったのよ。そして、連れてきてもらった。いてくれて、良かったわ」
 普段の調子で喋るお嬢様。私が紅魔館を去った時のあの険しい表情は、微塵も感じられない。そんなお嬢様の背後には、空間の揺らぎが見えた。
「どうして…来たんですか…?」
「決まってるじゃない……あなたを連れ戻す為よ」
「え……?」
「さあ、帰りましょう」
 そう言って、お嬢様は私の手を取った。
「でも……私は…仕事は…辞めて……」
「何言ってるのよ」
 あっけらかんと、言い放つ。
「あなたは退職届を出していないわ。だから、あなたは紅魔館のメイドなの」
「……ぇ……」
「……皆あなたの事をを心配しているわ。メイド達だって、あなたがいなくなってから元気が無いわ。………あなたが必要なのよ、皆には。………私には」

 きゅっと、抱きしめられた。

 その力は強くはなかったけれど、私の中のものを吐き出すには、充分すぎる程の力だった。

「………お嬢様………お嬢様………おじょう…さまぁっ………!!」
 今まで私の中に溜まっていたものが、全て涙となって流れ出す。
 悲しい時も、辛い時も、お嬢様に叩かれた時も、流れなかったはずの涙が。
 お嬢様は、そんな私の頭を、ただ黙って撫でてくれた。

 私の、御主人様。この世に、たった一人の。失いたくない、私の、大切な人―――



「……咲夜……落ち着いた……?」
「……はい……お見苦しい所を見せてしまって、申し訳ありませんでした…」
「ふふっ、いいのよ。咲夜のそういう顔、もっと見てみたい」
 悪戯っぽく微笑むお嬢様。
「え…そんな、恥ずかしい、です…」
「うふふ……」
「もう、お嬢様ったら………それでは、これからどうされますか?」
「え?」
 何を、といった顔になる。
「このまま幻想郷に帰りましょうか…?」
 そう言って、私は空間の揺らぎを指す。ここを通れば幻想郷に帰れるのだろう。
「…それなんだけど…私、この世界を少し見てまわりたいわ」
 お嬢様は、意外な提案をした。
「え…? この世界を、ですか……?」
「咲夜が住んでた世界を見てみたいの」
「ですが……」
 正直、この世界がお嬢様のお気に召すかどうかは、分からない。
「……駄目? せっかく、咲夜を二人きりになれたのに……」
「…!? お嬢様!? それは、どういう……!?」
 意味ですか、と聞こうとした。
「せっかく、久し振りに咲夜と一緒に過ごせるんだから…色んな事がしたいわ」
「…あ、ああ。そうでしたか……」
 お嬢様の言葉に、何故か必要以上にどきどきしている自分がいた。
「咲夜、最近私の相手をしてくれなかったから、少し寂しかったの……。だからあの時、つい『出て行け』なんて言ってしまったの…ごめんなさい」
「!!」

 ああ、そうだったのか。仕事にかまけてお嬢様に寂しい思いをさせていたなんて、気付かなかった。

「―――申し訳ありませんでした、お嬢様。お詫びに、この世界を、少しだけですが案内させて頂きます」
「……本当?」
「ええ。と言っても、この町ぐらいですが…」
「…いいわ。咲夜、ありがとう」
「…はい。それでは行きましょうか、お嬢様」
 私は、お嬢様の手を取り歩き出す。離さない様に、ぎゅっと―――


「―――この世界は、人間が多いのね」
 日傘を差し、辺りを見回すお嬢様。何と言うか…結構目立っている気がする。確かに、お嬢様の様な格好をしている人は少ないのだが。まあ、コウモリの羽で騒がれないだけマシというものだろう。
「それに、とても騒がしいわ」
 私とお嬢様は並んで歩いている。傍から見て、私達はどう見えるのだろう?
「あら…あの二人は、何をしているのかしら?」

 お嬢様の視線を追うと、その先には、仲睦まじいカップルと思しき二人組が、人目を憚らず、熱い口付けを交わしていた。
「…お嬢様。あれは、あまり見ない方が…」
「…そう? …でも、あの二人は何をしているのかしら……?」
 お嬢様は、キスの事を知らないと見える。
「…咲夜、あれは何?」
「…お嬢様。あれは……そうですね……ごく親しい二人が、互いの愛情を確かめる為にする行為と言うか、何と言うか……」
 いざ説明するとなると、難しい。と言うより、恥ずかしい。
「ふうん……そうなの……?」
「……まあ……私の考えですが……」
 私は、適当な言葉でお茶を濁した。お嬢様は釈然としない表情だったが、それ以上追求される事も無く、私達はまた歩き始めた。

「幻想郷とは全然違うわね、この世界は」
 いつの間にか、私の前を歩いているお嬢様。その先には、横断歩道。信号は、赤。
「お嬢様。お待ち下さい」
 そのまま進もうとするお嬢様を引き止める。
「…何?」
「あの光が赤の間はしばらくお待ち下さい。そのまま行くと、危険です」
「へえ…そうなの。ややこしいわね」
 そりゃあ、幻想郷に横断歩道と信号機は無いもの。
「あの光が緑になったら、進めますよ」
「分かったわ」
 そうして、私達は信号が変わるのを並んで待った。

 しばらくして、信号の色が変わった。待ちきれなかったのか、お嬢様はすぐさま横断歩道を渡りはじめた。
「お嬢様…! そんなに急がなくても、大丈夫ですよ―――」

 ―――――――――プアーーーン………………………


 その時。右折してきたトラックが、お嬢様目がけて――――――


「――――――お嬢様っっっ………………………!!!」


 手を伸ばす。間に合わない。どうして。
 離れない様に、離さない様に、確かに握ったはずの手なのに。

 失いたくない。失いたくない。だから、お願い。


 時間よ、止まれ。
 時間よ、止まれ―――――――――



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 世界が、色を失う。世界が、音を失う。

 そして、時は――――――――――――

 ――――――――――――止まった。

「―――お嬢様っっ!!」
 お嬢様に向かって、駆け出す。お嬢様の体をしっかり抱いて、この場を離れる。
 そして、路地裏に来た時、世界が色と音を取り戻した。
「―――あれ? ここは…? …咲夜?」
 不思議そうに辺りを見回したお嬢様が、私を見る。
「お嬢様…! 良かった…!」
「え? え?」
 お嬢様は、未だ状況を掴めていなかった。


「良かった…。能力が戻ったのね?」
 私が能力を再び使える様になった事を知ったお嬢様は、喜んだ。
「…ありがとうございます。これで、やっと私もお嬢様のお役に立てます…」
 本当に、安心した。
「…咲夜……何言ってるのよ」
「……え……?」
 何か、まだ至らない点でも……?
「役に立つとか立たないとかじゃないのよ? あなたは…私の傍にいてくれれば、いいのよ。だから…これからも、よろしくね?」
「………」
 お嬢様の言葉が、どこまでも私に染み込んでゆく。

 私を満たしてくれるのは、能力ではなく、お嬢様の存在。
 そう。能力が無くても、私はお嬢様のお傍に、いたかったのだ―――



「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか」
「はい、お嬢様」
「今日は、楽しかったわ」
「…ありがとうございます」


 さあ、帰ろう。お嬢様の住む、幻想郷へ。私達の住む、幻想郷へ―――










 薄暗いヴワル魔法図書館。その中で、二人の魔女が机に置かれた水晶玉を覗き込んでいた。
「……あ。二人共、帰ってきた」
「…て事は、作戦成功か?」
「そうみたい。良かったわ」
「しかし咲夜が向こうの世界に行った時は少し焦ったな。向こうでどうなったか、こっちは全然分からないし」
「…でも良かった。無事に帰ってきて」
「ああ。…しかし、よっぽど堪えたのかな? 能力が使えなくなった事…」
「…たぶんね。後で謝らなきゃ」
「あの後レミリアに慰められて関係修復してめでたしめでたし…だったんだけどな、こっちの計画は」
「何とか丸く収まって助かったわ」
「しかし、やっぱりパチュリーは凄いな。『能力封印魔法』なんて、ヤバすぎるぜ」
「…魔理沙が手伝ってくれたからよ。ありがとう」
「礼はいいさ」
「……そう?」
「ああ。…しかし、全くフランドールにも苦労させられるぜ。『最近姉様が咲夜と一緒にいられなくて寂しいみたいだから、何とかして』とはね…」
「…全くね。でも、結局二人の為になったから、いいんじゃないの?」
「あー、まあな」
「少し荒療治だったかしら?」
「今更、だぜ」
「それもそうね」
「ところで、咲夜にかかってる『能力封印魔法』はどうなったんだ?」
「…解けてるわ。…もしかして、自力で解いた?」
「…本当か? 恐るべし、メイド長…」
「……愛の成せる技ね、きっと」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、何も? ……ところで、魔理沙」
「何だ?」
「…やっぱり、お礼したい」
「いいって…」
「…そうだ。お礼に、今度デートに連れて行ってあげる」
「…待てパチュリー。それはお礼というよりお願いだ」
「……いつがいいかしら……? 服は何がいいかなあ……? 館の見える丘で、二人だけでお弁当食べて……それから……うふふ……」
「おーい……聞いてる?」
「うふふふふふ………」










 こうして私は紅魔館に戻ってきた。私がいなかった間の分の仕事は大変だったけれど、それでも毎日お嬢様のお相手をする事にした。
 そんなある日。

「あ……咲夜」
 夕食後、仕事をあらかた終わらせた私が自分の部屋に向かっていると、前からお嬢様が歩いてきた。
「お嬢様、こんばんわ。何か御用ですか」
「うーん…特に、用事って訳じゃないんだけど」
「……?」
「ねえ……眼、つむって」
「……はい」
 言われるままに、眼をつむる。すると、お嬢様の両手が、私の頭を包み込む感覚。
 次に、その手でお嬢様に引き寄せられる感覚。
 そして――――――

「―――――――――――――――――――――――――――」

 私の唇に、何か柔らかいものが触れている。

 それは、お嬢様の、唇。

 一瞬、何が何だか分からなくなった。

 何を、と言おうとした。しかし、唇は塞がれていて、何も言えない。
「………………………ぷはぁ」
 お嬢様が、唇を離す。そのまま息継ぎをしながら、わたしの顔を見て、言った。

「―――これが、私の気持ち。……咲夜だから。咲夜じゃなきゃ、私は」
「……お嬢様……」
「…それだけ。それじゃあ、お休みなさい……!」
 くるりと踵を返して、元来た廊下を走って行ってしまう。一瞬見えたお嬢様の顔は、耳まで真っ赤だった。
 そんなお嬢様の後ろ姿を見ながら、私は呟いた。
「………はい………お嬢様………私も、です………」

 やっぱり、私の御主人様は凄い方だ。

 私の名前は十六夜咲夜。紅魔館のメイド長だ。
 私はある能力を持っている。それは、『時を止める能力』。
 しかし、そんな私の能力も、あの方の前では霞む。

 私の主人である、レミリア・スカーレット様。

 お嬢様の唇が触れた時、確かに私の時間は止まったのだ。



 私は、この世界で生きてゆく。


 
 お嬢様の口付けと共に永遠に刻まれた、この幸せな時を胸に止めたまま―――
という訳で、後編です。間に合いました。しかし一部パチュ×魔理が入っている様な(ぉ

黒幕は、パチュリーと魔理沙です。くろまく~。しかし真の黒幕はフランドール?
謎のザコ
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コメント



0.4450簡易評価
1.50nanashi削除
萌え氏にそう…
2.無評価jimii削除
締め方がすげぃ
3.50jimii削除
点数付け忘れた…
4.40もち削除
萌え(´д`*)
5.50すけなり削除
最終的にそうきましたか。良い感じに〆られてますね。しかし黒幕がいたとは(笑
6.10773+1削除
『能力封印魔法』…。凄いオチのつけ方だ。
7.50bon削除
すごくいい話だったと思います。また一つ咲夜さんが好きになりました。
72.40コン㌧削除
能力封印魔法には興味がありますね・・・
他のキャラもこのネタでいけそう
咲夜が能力使えなくなった時は自分もやるせない気持ちになりました