Coolier - 新生・東方創想話

奇跡は人の為ならず

2014/08/27 04:17:14
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割合を示す言葉がある。

1/2ならhalf。

1/4ならquarter。

ところが、1/8からは特別な名前がない。one eighth、one sixteenth…以下、無限に続く。

なぜ1/8以降はこれといった名前がないのかって?

………神だからって、何でも知ってる訳じゃないんだ。そういうことは数学得意な狐さんあたりにでも訊いてくれ。
いや、どっちかって言うと英語か?となると…わからん。何でもいいや。

まあ、それ以上小さい割合にわざわざ名前をつけても、使いどころがほとんどない、ということなんだろう。

ならば、あの子はどうだ。英語で書いても解りにくいだけなので、数字で書くことにしよう。
私の子孫が皆、25歳で子を生んだと仮定すると、ざっと計算して10^-18。
つまり

1/1000000000000000000

と、いったところか。
…ふふっ、もっと解りにくくなったかな。

正確には、私の子どもや孫、つまり私の血が濃い者ほど、長寿であるはずだから、子を生む歳も人間のそれとは差があるかもしれない。
だが、半人半霊のような「種族」とは違い、こちらは単純な掛け合わせなので、当然代を継ぐにつれ血は薄くなり、寿命も短くなっていき、そしてすぐに普通の人間と変わらない寿命になる。いや、すぐに人間と変わらなくなる、と言った方が適切かな。
神と人の間に生まれる混血児は、所詮純粋な神とは比べ物にならぬほど脆く、儚い存在なんだよ。


以上から察するに、あの子に神の力が携わる可能性はどれほどであっただろうか。


言うまでもない。ゼロだ、ゼロ。あり得ない。というより、あってはならないんだ。
もし仮に。人間という余りにも小さい器に、神力のような負担の大きい力が備わってしまったら、どうなってしまうのか。可能性は一つのみ。
当人の意思に関わらず、身に余る力に体がもたなくなり、遂には壊れる。
当然だ。リミットを明らかに超える能力が備わるということは、容積が1の桶に、10の量の水をそそぐのと同じことだ。
普通は水が入りきらず、溢れる。それでも、無理矢理詰め込んだら?
桶は破裂し、水が辺りに飛び散る。見るも無残に。

つまり、神力を持つ持たない以前に、それに耐えうるだけの人間離れした身体を持たなければ、万に一つの可能性も生まれない。それが自然の摂理というものだ。
それが私の子、神の血を濃く引く者なら、その可能性も無きにしも非ずだが、あの子の代になって神力とそれに耐えうる身体を持つなど、繰り返すようだが、まずあり得ない。それは最早、人から神が生まれるに等しい。
私の子でさえも、人よりいくらか長生きはしたはずだが、神力を使うなんて話は全く聞かなかった。

それが、突然変異の如く、神力を使いこなす子が生まれる。しかもその子は、神の血を全体の10^-18ほどしか引かないと来るんだから、これを奇跡と呼ばずして、何を奇跡と呼ぼうか。
そう、あの子が起こした一番の奇跡は、あの子が生まれたことだよ。これ以上の奇跡なんてない。

尚、先の10^-18という数字には、或る別名がある。
それは「刹那」。あの子が起こした奇跡は、まさに「刹那の奇跡」と呼ぶに相応しい。

ちなみに、恐ろしくどうでもいいことだけど、10^-13は模糊、10^-15は須臾と呼ぶ。
…あいつら、やっぱり仲いいんじゃないの?

そうそう、で、お前に訊きたいことがあるんだが……


どうした、如何にも下らなさそうな顔をして。
自慢話は聞き飽きた、だと?

全く素直じゃないな。羨ましいなら羨ましいと言えばいいのに。

安心しな。確かにあの子は紛うことなき天才だが、それはあくまでスタートに過ぎない。
私らの世界で生まれ私らの世界で過ごし、普通の人間に囲まれ学校に行きながら修行してきた天才と、幻想郷で生まれ幻想郷で過ごし、強力な妖怪や神が闊歩するこの幻想郷で必死に努力してきた凡才、二者の力に大きな差はないだろうね。
それに、この幻想郷では必ずしも神>人ではないからね。あの子は確かに所謂「現人神」だが、だからと言って人間より格上とか、そういう訳じゃないよ。
結局はスタートが違うか、周りの環境が違うか、それだけだ。

そうだな。あの目出度い色の巫女も、確かに天才だ。しかも、早苗のそれとはレベルが違いすぎる。あっちは……ガチでやっても、私じゃ歯が立たないだろうね。一回遊んでみて、わかったよ。
が、そもそもあいつと早苗とじゃあタイプが違う。
あれは、謂わばこの世界の「秩序」、私らの世界でいう「法律」みたいなものね。
法律は絶対的でなくてはならない。そう作られているんだから。つまり、天才なのはむしろ当たり前なんだよ。敢えて言えば、人間というより幻想郷そのものに近い……

いてっ!なんだオマエ!
うわっ、わかった!わかったからやめろって!悪かった!

ったく、アイツのことになるとすぐに熱くなるな、お前は…
別に悪気があったワケじゃないんだけどねえ。
心配しなくても大丈夫だって。あの巫女は博麗の巫女であるにも拘らず、自我を持っているようだから。
私は、それはそれで凄いことだと思ってるけどね。

まあいい。要するに、あの子はあの巫女とは違う、フツーの人と人の間に生まれた、奇跡の天才なんだ。
確かに私の血が混じってるからと言えなくもないが、さっき説明した通りだ。気休めにもならない薄さだよ。
そう、あの子には私らの世界が小さすぎた。
もともとは彼奴が、自分の為に勝手にこの世界に引っ越してきたんだが、たぶん一番喜んでいるのはあの子だよ。最初の内は、自分の力がそう簡単に通用しないことにショックを受けてたみたいだけど、あの子のことだ。それ以上に、楽しくて仕方がなかったろう。
聞くと、やはり幻想郷がとても気に入ったらしい。あくまで一人間が、妖怪だらけのこの世界を、ね。
これがどんなに凄いことか、たまにこの世界に迷いこむ可哀想な人間の末路を考えればわかる話ね。

だが勘違いするな。あの子はあの巫女みたいに、才能だけであそこまで強くなった訳じゃない。現人神になれたのも、素質と修行の賜物だ。
いくらあの子がケタ外れの才能をもって生まれたからと言って、奇跡をそう簡単に起こせる訳がないだろ?
さっき言った通り、あの子も私らの世界で、私らの世界なりに、修行してきたんだ。日々の努力の積み重ねで、あそこまで力を使いこなせるようになったんだよ。何もしなくても、私らの世界では十分すぎるほど人間離れした力はあるのに、あんなに真面目に努力する人間なんざそうはいないよ。
多少はまあ、自惚れているところもあるが、決して努力を怠らない、本当に健気な子だ。まるで誰かさんみたいじゃないか。ま、スタートや環境は全然違うけどね。

ちなみに私も、ここがとても気に入ったわ。
なるほど、確かに妖怪の信仰心は人間のそれを遥かに上回る。数は決して多くはないが、生きていくには十分すぎるくらいだ。
しかも、この世界では神の存在が当たり前であり、かつ信仰すべき対象とされている。そのおかげか、この世界の信仰は、まるで友達感覚だ。一緒に酒を呑んで笑いあう。これが信仰というのだから、素晴らしいじゃないか。私らの世界の信仰と比べたら、まさに月と鼈ね。
そして何より、スペルカードルールという決闘方法が気に入った。この前、お前と初めてやりあった時も、いくらお遊びとは言え、正直負けるとは思わなかったよ。
お前の言う通りだった。いくら地の力は私の方が遥かに上とはいえ、弾幕ごっこの経験は当然こっちは皆無だからね。その点においては、確かにお前は私の先輩ね。いやー、あの時はほんと、先輩には参りましたわ。
それに、仮に経験の差がなかったとしても、10回に1回は私が負けるかもしれない。そこがこのルールの、一番称賛すべきところだと私は思う。実力差がどんなにあっても、よほど圧倒的でない限り、勝機はある。それも、かなりの確率でね。
つまり、努力次第で人間が神と肩を並べられる、弾幕ごっこはそんな力比べなんだ。私らの世界じゃ、天地が引っくり返ってもあり得ないことだよ。
ちなみに、里で昼間っから酒呑んでるおっさんじゃ1000回やっても私には勝てないだろうね。まあそれだけやってる内に、相当強くはなれるだろうけど。
お前は確かに凡人だが、努力だけは本当に惜しみ無く積んできたようだからな。いくら遊びとはいえ、仮にも神に勝つということは、もうそこらの人間からしたら、既に神に近い存在になってるかもね。
もしお前が私らの世界に来たら、そりゃもうオリンピックで金メダルも夢じゃないよ、きっと!一度、お前たちで言うところの「外の世界」に、来てみないかい?へへ。

ん、霊夢?ああ…

……これはあくまで推測だが、あの巫女は恐らく、私らの世界ではただの人間と何も変わらないんじゃないか……?

あ、ああ、何でもない。ただの独り言さ。

しかし、なんだ。どうやらあの子は、お前やあの巫女が偉く気に入っているようだから、気を悪くせずに付き合ってやってくれないか。
あの子には出来る限り、幸せになってもらいたくてね。

……実は、私が自分の血を引く人間と話すのは、あの子が初めてなんだ。
私の子と話したことも、ただの一度もない。生んだ直後に、私の国のとある民家に授けたからな。
いくら神とのハーフだろうがクォーターだろうが、人の子は人の子だ。神にはまず、なり得ない。神にとって人の血ってのは、それほど穢れたものなんだよ。一緒にいれば、いつか痛い目を見る。これは謂わば、常識みたいなもんなんだ。
ああ、辛いさ。当然だ。そこは神も人も同じよ。自分の子供に会いに行けないのが、どれだけ辛いか。どれだけ苦しいか。
お前も大きくなったら、あの古道具屋の店主の子を生むんでしょ?そしたらお前もそれがわかっ……

あいたっ!すまん今のは私が悪かった!
おいっそんなムキにならなくてもいいだろ!

ったく、いつも皮肉たっぷりに嫌味を言うくせに、そんな大袈裟に反応すりゃむしろ逆効果だろ……

まあまあ、要は神が人の子なんか生んだら後悔するよってこった。
私もそれをわかっていながら、人の子を生んだんだけどね……

また少し長い話になるが、まあ我慢して聞いてくれ。

そもそも、仮にも人間に「神」と呼ばれ、崇め奉られる存在が、人の子を生むということ自体、本来あってはならない禁止事項なんだ。
なぜなら、それを許すことにより、人と関係をもつ神が増えてしまったら、時を経るにつれ神と人は入り混じり、共存し、そして―

やがて、神と人は対等な存在になるだろう。

神は、人間の信仰があって、初めて神で在れるんだ。ところがそんな事態に陥ってしまっては、元も子もない。
恐らく、そんなことが起こる前に、神は滅んでいるはずだ。まあ、あくまで私らの世界での話だがね。
神は神で在らなければならない。そんな最低限のことを護るための規則なんだよ。

ところが実際は、進んで人間と子を作ろうなどと思う神など、まず存在しなかった。当然だ。そんなことをしても、ただ自分が損をするだけで、何の利益も得られないからね。
第一、神が人と関係を持ったところで、上手くいく訳がない。そう、これは最早常識なんだよ。
先ほど述べた規則も、一応形式的に存在しているのであって、その実あってもなくても変わらない、故に決められた罰則などもない、完全に名前だけの規則と化していた。


私がその禁を犯した時も、特に何ということはなかった。ただ、他の八百万の神に哀れむような目で見られた気がする。なんて馬鹿な奴だ、とね。


私は元々、ミシャグチという祟り神を使役し、恐怖で国民を支配する神だった。
だが、大和の軍神に、そうだ、彼奴に、私の国は攻め込まれ、私は戦い、そして敗れた。
まあ、本気でやれば私が勝っていただろうが、そうなると私の国や国民が確実に巻き添えをくらってしまうから、他の被害が大きくなる前に私から降参してやったのよ。
…言っとくが、負け惜しみじゃないからな?

しかし、彼奴に負けた代償は、予想以上に大きかったよ。

恐怖という感情は、強さへの畏れから生まれる。
国民は、自国を治める神、つまり私の力の強大さを畏れ、また誇りに思っていたんだ。
ところがその神が、他国からやってきた敵にあっさり敗れてしまったとなっては、国民のメンツは丸つぶれだ。

結局、私への信仰は一瞬で消え失せ、しかしそれでも国民の心の奥底に根付いていた、最早何に対してなのかすらよくわからない「恐怖」という感情だけは拭いきれず、これ以上ないほどバランスの悪い国と民だけが後に残った。
彼奴は何とか国を立て直そうとしていたが、ああなってしまっては、そう容易くどうにかなるものではない。ほどなくして匙を投げたよ。


少し話は逸れるが、私の国はほとんど山で出来ていてね。その山々に棲む他の神々も統べていたことから、私は山の神とも呼ばれていたんだが、彼奴は私に勝ったのをいいことに、勝手に自分のことを「八坂」と名付けやがったのよ。彼奴はもともと風雨を司る神だったから、山とは無縁だったクセにさ。
おまけにあの馬鹿は、私がよく蛙の姿で祀られると知るやいなや、あのセンスの欠片もない縄を背中につけて「蛇は蛙を食んだ」とか言って、もうマジ死ぬかと思ったわ。
一体どこの馬鹿が背中にでっかいドーナッツくっつけるんだよ。第一、お前蛇でも何でもないだろって。ネタに走るのもいい加減にしろってね。
考えてみれば、昔から彼奴はうちのギャグ担当だったなあ。いやー面白い奴だよ。
そんな感じでやたら調子付いてた彼奴が、私の国を立て直せずに途方に暮れていた様子を見るのも、それはそれで面白かったな。

そういえばお前も、彼奴の突飛な計画のせいで一苦労した人間の一人だったっけ。まああの時は私も一枚噛んでたから、人のこといえないけどね。あの巫女にも、そのことで叱られたよ。
っていうか、なんか聞くところによると、お坊さんが復活したのも仙人が復活したのも、元を辿れば私らのせいだって話じゃないか。
詳しい経緯は知らんけど、そこまで影響が出るとは…さすがに予測できないよ。悪かったね。
でもまあ、それはそれで結構楽しいんでしょ?この世界の人間は、非日常が大好きみたいだからね。

え?お前も彼奴について何か知ってんの?ほう、是非聞かせてくれ。
何々…?
別の神に喧嘩売って?
ボコボコに返り討ちされて?
私の国まで逃げてきた挙句に?
「この国から出ないので許してください」??
あっはははははwwwwwwなんだそれwwwwww苦しいwwwwww
はー、あいつはほんっとにネタ要員だなー。あーおもしろ。
ああ、悪いけどそれは多分嘘だよ。それってあれだろ?あの着物の子の初代が編纂したっつー本。
早苗から聞いたんだけど、その本は当時の権力者が自分の氏神の顔を立てるために、色々虚実ないまぜに書かせたって説が有力らしいよ。中には、その権力者自身が書いたんじゃないかって説もあるくらいだし。まあ、あの着物の子がこの世界にいる以上、それは違うんだろうけどね。
大体、彼奴が始めて私の国にやってきた時は全くそんな雰囲気じゃなかったし。彼奴はそんなへなちょこ根性なしじゃないからね。馬鹿だけど。
しかし、流石に博識だねえ。伊達に盗むほど本読んでないってか。

ん…待てよ?随分昔だからうろ覚えだけど、その頃の権力者って…もしかしてあれじゃないか?あの不死鳥の父親!
言われてみれば当時、色んな権力者から求婚を迫られたことで有名な姫が、月へ帰ったって噂があったようななかったような…そうか、そういうことか!
しかもあれだろ。これも早苗が勉強してるのを見て覚えたんだけど、この前復活した仙人の付き添いの亡霊さん。あれの一族を滅ぼしたのって、不死鳥の親父の親父でしょ?
いやーーーーー!すごいね、ここは。私は寺子屋のお姉さんみたいな歴史マニアじゃないが、私らの世界ではちょっとした有名人が、因縁の敵同士こうも一同に集まると、さすがに少しワクワクするわ。
全く、なんて楽しい場所なんだ、この幻想郷は、ってね。

それもこれも、彼奴がこの世界に引っ越してくれたおかげね。一応感謝してるんだよ?これでもさ。
いつの時代も、飽きさせてくれない奴だよ、本当に。


さて、話を戻すか。

結果的に私は、信仰を失い、国を失い、国民を失って、最早生きる意味も方法も失っていた。
死にたい、という訳じゃなかったが、今後どうやって生きていこうか、見当もつかないまま適当にぶらぶらしてたよ。

そんな時だ。信仰を失いすぎて、国民にも私の姿が見えなくなってきた頃、とある人間の青年と出会った。綺麗な青い髪をした、小柄な人間だ。私が言えたことじゃないけど……

それまではあくまで一国を治める神として、人間とまともに話すことすらただの一度もなかったんだが、いざこんな状況になって人間と話してみると、それが結構楽しいんだよ。
しかもそいつがまた面白いやつでねぇ。私が恐怖で国を治めていたことくらい知ってるのに、ちっとも私を怖がらずに話しかけてくれるんだよ。
なんでそんな態度を取れるのって訊いたら、折角面と向かって話してるのに下手に畏まる方がむしろ失礼に値するとかなんとか……とにかく変な奴だったのよ。
でまあ、これからどうして生きていこうか悩んでるって話をしたら、とりあえず子どもを生めば、その子どものために嫌でも生きていかないといけなくなる、って答えてきてさ。
ねぇ、なんつーかね。ある意味羨ましい性格してたなあ。

結局、子どもは生んだよ。そりゃそうよってやつね。
もちろん例のルールのことは頭にあったさ。けどま、どうせ他にすることなんてないし、大したことにはならんだろって、軽い気持ちで無視したんだ。

でもねー、私が子を生んだ直後に、その人間は死んじゃったんだよ。当時流行してた疫病にかかっちゃってさ。
さすがにショックだったよ。人間がどんなに脆い生き物か知ってたつもりだったんだけど、あの時ばかりはね。
で、私の子だけが残ったんだけど、改めて神と人の立場の差に気付かされた私は、結局その子を裕福な民家に授けたよ。
おーとも、泣いた泣いた。私は案外泣き虫なのよ?
さっきも言ったろ。神とのハーフだろうがなんだろうが、人の子は人の子なんだよ。やはり神とは相容れない存在だったんだ。自分の考えの甘さ、浅はかさにもっと早く気付いておけばと、それはそれは後悔したよ。

それから私は、一刻も早くその子のことを忘れようと躍起になった。何か楽しいことでもすれば忘れられるんじゃないか、とか、生きる目標を作ればそれに必死になれるんじゃないか、とかね。
でも、思わぬことでその心配の必要がなくなった。
彼奴が、国を立て直す為に力を貸してくれと、私に持ちかけてきたんだ。
正直呆れたねー。正気かこいつは、と。自分との戦いに敗れ、国を奪い取られた張本人に、その国の為に手伝えなんて、余程の馬鹿か天然じゃないと言えないよな。
だけど……まあ、よく考えたら断る理由もないなと思って、手を貸してやることにしたんだ。私もさすがにまだ、このまま何もせずに死にたくはないしね。
ところが結果的に、それのおかげで子どものことも忘れられて、自分の国がみるみる復興していって、おまけに私への信仰も復活して、何かよーわからんけど色々上手くいったのよ。
つっても実際のところ私は陰の立役者みたいなもんで、目立ちたがりかつ見栄っ張りの彼奴は、ひたすら国民の前で演説を繰り返してただけだけどさ。
まあ、あーゆータイプこそ国の先頭に立って国民を率いていくべき統率者に相応しい、と、言えなくもないのかもしれんね。
しかも彼奴は、いつの間にか私の神社に住んでやりたい放題やってやがったから、私が手伝うことになってからは一つの神社に二柱の神が住まう、カオスな神社になってしまったよ。
ま、その辺はぶっちゃけ、今でも変わんないんだけどね。なんだかんだ、賑やかなのが好きなのさ、私は。

そんなこんなで随分と長い間、彼奴とのんびり生きてきたよ。居心地は悪くなかったし、色々楽しく過ごせたと思う。
ところが、あの戦いから1300年ほど経った頃からかな、人間が急に私ら、神を信仰しなくなっていった。
いや、というより、神という存在自体を否定し始めたんだ。
「この世の事象は全て科学で解決できる」だの何だのってさ。こっちからしてみりゃ、巫山戯るのも大概にしろってね。
挙句の果てに、所謂「風祝」―彼奴が風雨を司る神であることから、彼奴の巫女は代々、雨や風を起こしたり鎮めたりする秘術を一子相伝で受け継がれていたらしい。そのことから、彼奴の巫女のことを「風祝」と言うんだが―なんとそれさえも、私らの姿が見えなくなってしまうというザマだ。
まあ実のところ、そんな奇跡をただの人間に起こせる訳もないんだけどね。なぜなら、実際に雨や風を起こせるのは、他でもない神奈子のおかげだからさ。
いや、正確に言えば彼奴の力を借りて起こしている、ってところかな。
その秘術ってのは、あくまで神奈子の力を降ろす為の、謂わば召喚術みたいなもんなんだ。
だがその風祝すら、私らの存在を信じなくなってしまったという訳だ。大方、自分の力で奇跡を起こしてると思い込んでいたんだろう。ただの人間が、勘違いも甚だしいと思わないか?

あ、ちなみに早苗の奇跡は自分の力だけで起こしてるよ。言ったろ?あの子は神力を使いこなす人間、其れ即ち神だ。そんな人間と一緒にしてもらっちゃあ困る。無論、神奈子や私の力を降ろすこともできるけどね。

まあ、そんな神の姿すら見えないような人間が、神を召喚するなんてのも、無理な話だ。その秘術とやらも、形だけのものになっていったらしい。
彼奴もそのことに頭を抱えてたよ。ただでさえ人間が私らを信仰しなくなったって言うのに、自分を祀る巫女でさえ自分を信仰しなくなったと来れば、そりゃもう大慌てさ。ま、私は割とどーでもよかったんだけどね。

そんな時だよ。彼奴が幼いあの子を…早苗を、風祝として迎え入れたのは。

彼奴は自分を見ることが出来る、信仰してくれる人間を新しい風祝にしようと、結構必死に探したみたいだ。期待とは裏腹に、全然見つからなかったようだけどね。
自分に気づいてくれる人間も極稀にいたらしいが、その人間にしてみれば、見えるというよりも何となく変な感じがする、という程度だったらしい。ハッキリと自分の姿を見てくれる人間は全くいなかったそうだ。
そんな中、また自分に気づいた東風谷早苗という人間に出会った。ところが、その人間は赤子だったんだよ。
その子の母親、恐らく私の血を引いた人間も、彼奴をうっすらと感じることが出来たらしいが、その赤子は少し近づいただけで自分に気づき、反応したという。信仰どころか、言葉すら碌に話せない赤子が、だ。
さすがにおかしいと思った彼奴は、とりあえず様子を見ることにした。だが程なくして、その赤子の母親は亡くなったらしい。
これはあくまで予想なんだが、恐らくあの子を生んだせいだろう。理由は先に述べたのと同じだ。あの子を生むということが、ただの人間には負担が強すぎたんだろうな。
あの子を見つけた時はすでに父親は居なかったから、結局彼奴は身寄りのないあの子を風祝として育てると決めたらしい。全く、自分勝手な奴だよ。

そんな中で私はと言うと、こうなってしまった以上、この世界に特に未練もなければ、このままゆっくり消え行くのもよしと、何もせずに毎日ぐーたらと過ごしていたよ。いい加減、彼奴と二人で暮らすのも飽きてきた頃だったし。どうにでもなれって感じかな。
すると、詳しい経緯は当時の私は知らなかったが、とにかく新しい赤子の風祝を連れてきたと彼奴がうるさくてしょうがないから、とりあえずその風祝とやらを見に行ったんだ。


一目で分かった。分からないはずも無かった。
甦る、苦い記憶。
心臓を掴まれるような、この感覚。
声にならない、声。


どんな気持ちだったと思う?
忘れたはずの、忘れようと心に決めたはずの存在がどういう訳か、今目の前にある。私は、どうすればいい?

とりあえず、訳も分からず泣いたよ。体内の水分を全て放出してしまうかのような勢いでね。
それから何をして、何を考えたかは、残念ながら覚えていないんだが…

ただ一つ、「生きたい」と思ったことだけは覚えてるんだ。

とりあえず彼奴に事情は話したけど、実際どうすればいいか、本当に悩んだよ。いくら血の繋がった私とはいえ、あの子の将来を決める権利なんてあるわけないからね。
……その顔、どうせ育てる以外の選択肢は考えてなかったって思ってんだろ。マジで真剣に考えたんだよ?
何度も言ってるように、早苗は人の子だ。本来ならば、私らとは生きていくべきでない存在なんだ。
実際、私らがあの子を育てるとしたら様々な障害があることは、考えるまでもなく明らかなことだった。
例えば、物心がつく頃には、自分が他と明らかに違うことに、嫌でも気付かされるだろう。
「自分にはなんで親が居ないのか」
「親でもないのに自分を育ててくれる、この二人の神とかいうのは一体何なのか」
「どうして私だけ、そんな訳の解らない環境で生きていかなければならないのか」
当たり前だが、私らが育てるということは、普通の人間とはかけ離れた環境で生活しなくてはならない。それはあの子にとっても、私らにとっても、相当な苦労になりなかねないからね。
今ならそう、あの時みたいに、誰か他の信頼できる人間に授けることも、まだ間に合う……

しかし、私はこの子に、ある僅かな希望を抱いていた。

この子はあわよくば、神になる存在、奇跡の子なんだ。信仰心も何もない純粋な赤子なのに、私らを見れるということが、それを如実に証明している。これに関しては、確信に近い自信を持っていた。何せ、私の子孫なんだからね。
神と人は相容れない、そんな「常識」を覆してくれる、奇跡を起こす可能性を秘めた子に違いない、と。
どうせこんな碌でもない時代に、神の立場もへったくれもあったもんじゃない。ならば賭けに出てみるのも、悪くない!
私に生きる希望を与えてくれた早苗と、一緒に生きていきたいと!!


後は大体想像はつくだろう。
結局私ら二人で、あの子を育てることに決めたんだ。風祝としての修行をさせつつ、もちろん普通の人間と同じように、学校にも通わせたよ。にしても、あの子の成長速度は半端じゃなかったねー。

で、あの子が小学生に上がる頃から、いつ例の疑問が飛んでくるかと内心ビビってたよ。当然覚悟はしたつもりだったし、その時はどうするかも決めていたけどね。
ところが、訊いてこないんだよ、あの子が。いつも笑って私達に話しかけてくれるもんだから、何だかせっかく決めた覚悟が空回りしちゃってさ。
思わずこっちから訊いてしまったんだ。「早苗は他のみんなと違うのが、イヤだったりしないの?」って。
そしたらね。そしたら
「私は、他のみんなと違っても、諏訪子様や神奈子様とは一緒なので、幸せです」ってさ。
どういう意味で「一緒」って言ったのか、今となっちゃわかんないけど、あの子ときたらさー……ったく……

その言葉のおかげで、迷いと後悔の念は完全に消え去ったよ。あの子は自分を取り巻く環境に文句ひとつつけることなく、立派に逞しく成長してくれた。
そして当時はその存在すら知らなかったこの幻想郷に、まるであの子が導いてくれたかのように私らは移住し、三人仲良く暮らす今に至る、とさ。


ま、私の思い出とあの子の生い立ち秘話は、こんなところだ。
長々とつまらない話をして、悪かったな。
こんな話を他の誰かにするとは私自身思ってもいなかったが……お前が将来、人として人の天寿を全うするか、魔法使いになってこの世界で永い時間を過ごすか、迷っていると聞いてね。
正直なところ、あの子がこの世界でどれだけ生きていけるのか、私には見当もつかないんだ。
人間としての寿命は短いが、恐らくあの子は神として永い時間を生きていくことも可能なんじゃないか、ということさ。
だけど、まず純粋に神霊として生きていくには相当な信仰の量が必要になる上に、基本的に神霊ってのは、人間が死んで亡霊になった後に信仰を集めてなるものだ。
つまり、生きていた時は亡霊になるほどの強い想いを抱きつつ、亡霊となった後に人間の信仰を集めることができて、やっと神霊となれるんだ。確か、彼奴もそんな感じだった気がする。
当たり前だが、そうそううまくなれるわけがない。それに、そもそもその方法だと亡霊となるきっかけになった強い想いが、神霊となる際に大きな影響を及ぼすことは明白だから、生前の面影を残すのは難しいんじゃないかな。

だから早苗が早苗として、幻想郷を末永く生きていくには、生きたまま信仰を集めて神霊になるしかない。だが早苗だからこそ、きっと出来る。
仮にも私らの世界では神として、信仰を集めた人間だ。まあ、こっちに移ってからは信仰なんてさっぱりだろうから、今は人間として生きるしかないだろうが、あの子の性格、人格、ポテンシャルなら、こっちで信仰を集めることも不可能ではないはずだ。
……少し買い被りすぎたか?ふふ、まあ親バカってことで許してくれ。

しかし、問題はあの子にその気があるのかどうか、ってところなんだよ。
あの子のことだから、恐らくはできるならば長生きしたいと思っているだろうが、こればっかりは本人に訊かないとわからないからねえ。まだ時間はあるから、とりあえず現在進行形で考慮中の、お前の意見を聞くついでに、あの子について話してやろうと思ったまでさ。

そうね、確かに私が気にすることじゃない。でも、気にせざるを得ないんだよ。何しろ、もしあの子が死んだら、私は一体どうなっちゃうのか、想像もつかないよ。
そのまま後を追えれば楽なんだが、神サマというのは中々厄介でね。そんな柔には出来てないのさ。
軽く刎ねちゃうのが手っ取り早いっちゃそうだけど、それはそれで人の手が必要だし、体に宿っている魂が分離しちゃって、向こうでおかしなことになりかねない。まあ逝くにしても、徐々に信仰を失ってゆっくり死んでいくしか、今は思い付かないな。
私も出来るだけ長い間楽しく生きていたいから、あの子にも長生きして欲しいんだけど、それはあくまであの子が決めることだ。私が口出しすることじゃない。
その時はその時、私が言うのも変な話だが、神のみぞ知るってね。

そういうことだから、とりあえず弾幕ごっこでもやろうじゃないか。私が勝ったら、人間をやめることについて、お前の意見を聞かせておくれ。
よーし、リベンジには良い機会だ。今回は少し本気で、いっくよー!

あん?なんだい、突然すぎるなんて。こっちでは当たり前なんだろ?

この幻想郷では、常識に囚われてはいけないってね!
書いてる内にネタを詰め込みすぎて、結局何が言いたいのかわからなくなってしまった可能性が……色々と申し訳ありません。
もともと諏訪子様と早苗の関係について、もう少し堅めに表現するつもりだったのですが、どちらかというと幻想郷の一種の世界観を描いたような文章になってしまいました。
今回はかなり出来の悪いものになっていそうで不安……
非常に稚拙な文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。

諏訪子様はモンペだと思います(確信)
さくか
http://twitter.com/kiransoh
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コメント



0.130簡易評価
5.90名前が無い程度の能力削除
魔理沙が随分とケロちゃんに気にいられていますね
信頼してるとか気に入っているとかもありますが早苗と同じ年なので魔理沙のことも娘みたいに思えるのかも知れません
6.100名前が無い程度の能力削除
早苗の生い立ちについて詳しく書かれてて好感
最後あたり少々雑な面もあるけど、結構よく練られてて良い感じです
7.90奇声を発する程度の能力削除
こういうお話は良いですね