Coolier - 新生・東方創想話

さみどりの庭 4

2014/08/17 02:02:29
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http://coolier.sytes.net/sosowa/ssw_l/198/1406649585 1話
のつづきです



 霧雨魔法店の寝室の黒檀の机には私記が保管されていた。
 そう、確かにひどい悪筆で心の動きを捉えた私記が保管されているはずだった。
 けれどそれは私記を八雲紫に盗まれるまでの昨日の世界の話で、いま私は蒼天の神社で、私記の抜粋の厳かな朗読を聞かされていた。この恐るべき暴挙を必死に制止しようと四肢を張って力むが、まったく動かず、声も出せなかった。
 押さえきれない愉悦が八雲紫の朗読のオクターブを上げる。
 私は彼女の口上を前に、自分が解剖され陳列される苦しみを味わっていた。
 朗読は、閻魔についての私の考えの部分にさしかかった。
「『……人は自分で見たい夢を見ながら死んでいくと認めなければならない。自らを恨み、両親に呪詛の念を吐き、神を侮辱し、貧困に頭が朦朧としようとも、見たいものを見ているつけは全て死後に用意されている。死後の審判は私の敵だ……』」
 そう、閻魔は心の機序に全能であるが故に、内なる正当性は賊徒だろうが聖哲だろうが等しく認めるだろう。だったら罪人全員が心の内では正しくなるので、情状を斟酌する余地はないだろう。という主張から成り立っていた。
 私の行為はゲスだが、意志は崇高である。ただし、減刑を主張しても閻魔の前では生活音であり、裁かれるべき行為において裁かれるであろうから、間抜けのように審判を座して受けては具合が悪いのだ。
 ではどう解決するのか。しかるに私の手記は、融通の利かない閻魔に向かって多大なる反省を要求し、少しは意思と行為の因果というものを勉強した上で、私のような崇高な意思について斟酌し、要するに私が多少あくどいことをしたからといって罪とするべきではないのだと、首根っこを掴んで説教していた。
 もっと情けないことには、次の瞬間、霧雨魔理沙は自らの意思を把握していないので、崇高な意思とやらの定義については留保しなければならないと告白しているのだった。八雲紫は情感たっぷりに涜神のクライマックスである私の言い訳をなぞっていた。
「『……私は私となった最初の瞬間に今も殉じる。問題は私たちは自分がどのような動機に支配されているのかを忘れてしまうことだ。それは皮肉にも死後に閻魔の能力を持ってしか知りえない。私たちはかつて存在し、また決定的であった一つの達し得ない祈りを持っており、もしも閻魔が真面目に仕事をするとすれば、まさにこれを傾聴すべきだろう。私たちはこの最初の祈り、自分でも忘れてしまった動機のせいで、残りの人生はうつろな残響となり、訳もわからず、欲する理由を失えども欲し続け、魂の傾斜に応じて精神生活の暗い螺旋を降りていくのだから。そのとき、意思を限定することは私が私ではなくなることだ。私が先へ進むのならば、全てであらねばならならない。……』まあ、あなたなかなかの詩人ね。『魂の傾斜』ですって。角度の話題かしら」
 首を斜めにむむむ、と八雲紫は手帳を見詰めて唸り声を出す。
 私は恥辱を隠して精一杯の守勢的な表情を取り繕うしかなかった。
「何がおかしい。閻魔は最初にその人間が人生において欲し飢えを感じたものを知るべきだし、生涯をかけてそれを取り戻そうとしたのかを判断すべきなのだ。何が奪われたのか、何を奪い返そうとしたのか……。そこから目を反らす限りは、過去の自らの願望のエコーが生活しているだけに過ぎない。そして、自らに立ち直り、自らであろうとした人間を行為を罪とするべきではない」
「そうかしら。素晴らしい価値感ですが、他人もそうであるとは限りませんよ。ただ、裁きについてはその通り。あの方は思想信条を考慮しません」
「審判だか何だか知らないが、行為において裁かれるなど、散文的な話だ。だが、……だけれどもね! 何がしたいのですか。私に何か怨みでもあるのですか。こんなの、誰にも見せるつもりなんてなかったのに」
 私はついに精神が崩壊し、感情が輻輳し笑いと涙の情動が一緒に出てきた。八雲紫は私の敬語を聞いて、にっこりとアルカイックな笑みを浮かべ、頭を撫で、気を落とすなと慰めた。消えてなくなりたかった。
 脈絡もなく、脳裏ではエトナ山に身を投げる哲学者が脳裏に数多返り止むことなく、延々と復活し焼失した。私は彼をうらやみ、ここから解放されたらすぐに身辺整理をして火山に身を投げようと誓った。
「この日は論点が変わり、この告白で締められています。『……人間として生まれ数十年を無為に過ごした私は自らであることができなかった破産者として生きねばならない。私には破産者の宗教が必要だ。それは原罪の購い方に通じるだろう……』原罪とは大きく出ましたね。この調子が終りまで保たれているのですもの」
「まだ読むのか。ひどい、ひどすぎる。私が、私が何をしたっていうんだ」
 八雲紫は鼻先が接触するほど顔面を近づけた。私は彼女の甘い吐息と体臭と、その美貌に覚えず後ずさってしまった。
「結界に穴を開けましたね」
「なにを、しかしあれは……」
「で、し、ょ、う」
「そ、それで駆けつけてきたという訳か。離せ、離れろよ。やはり先ほどの妄想は、結界を越えかけていたのか。ふん、私の個人的なトリップ体験が、なぜか八雲紫の持病の窃見症状を惹起したとという訳か」
「私は貴方を霊夢と同じように心憎からず思っています。強固な状態の結界を自恃のみに越えるとは尋常のことではありません。心身に問題を抱えてはいないかと、手を尽くし調べるのは悪いことですか。日記を見た事実を敢えて伏せなかったことが真摯の証明になることを期待します。そして霧雨魔理沙、あなたは今大きな一つの問題を抱えています」
「ホルモンバランスの話なら、パチュリーにいい薬をもらうさ。ぺらぺらと、まさに大妖怪様のお得意の沈黙的雄弁だ。いや、雄弁的沈黙かな。放っておけよ、私だって外の世界に放り出されて生きていけないことぐらい知っているからね。まだ何かあるのか?」
 殺意を込めた目線をくれてやる。
「長いお話になるので、場所を変えましょう。私はあなたの気がすむようにしますよ」
「わっ」
 足下に隙間が開き、私は吸い込まれた。私は自宅の椅子に座っていた。
「お邪魔しますよ。お茶はまだですかな。お茶お茶お茶」
 対面の八雲紫は身を乗り出し、けらけら笑ってテーブルの下で足をばたつかせた。
「にしても、相変わらず汚い部屋ですねぇ! これでは誰もお嫁にもらってくれませんよ。ところで、私はいつでも宴会明けにはダージリンを飲むのです」
「ご承知だろうが、切らしているよ」
「ま、つれないの。ちょうどいい塩梅に外ではシーズンですから、新葉を拝借しましょう。邪魔なものはぽいぽーいと」
 言うが早いか紫は散らかったテーブルを腕のひとふりで蹴散らした。端から書物がどさどさと雪崩を打って崩れ落ちた。鉛筆がころころと家具の下に隠れていった。薬品を入れた瓶が飛散した。カビの生えたコーヒーも床に吸いこまれた。そいつを顔面にぶちまけられたら爽快だったろうに、武器よさらば、と私は心で別れを告げた。
 そして最後に紫が何食わぬ顔で靴で床を踏みにじると、インクは滲み、ガラス屑が散らばったが、すぐに綺麗な板張りがそこにあるだけになった。彼女は空いたスペースに湯気の立った陶杯をふたつ用意した。
「どうぞ」
 しずしずと紫は湯気を立てるマイセンをこちらへ差し出す。
 この未開で野蛮なお祭り騒ぎは均整あるビーダーマイヤー主義の霧雨魔理沙邸にはそぐわなかった。茶を喫する気分を減退させたのも無理からぬ話といえた。
 私は悔し紛れに悪口を言いまくってやった。
「いよっ、さすが古強者の八雲紫さん、先史時代の茶道とは。だけれども、この古のヴァンダル族の半地下式住居での茶道は、場所が違うのじゃあないのかな。それとも、今更二千年前からの躾けの悪さをあげつらうのは非礼だったか」
「しっ、静かに。今はお茶を飲んでいるのよ。お口に合いませんか」
「はいはい。頬っぺたが落ちるよ。壊したものはあとで弁償しろよ」
 香りの強さが遥かに常飲しているものより勝っていた。果実味がする液体を下のうえに馴染ませて、八雲紫の胸元の皮膚をみていた。わずかに血管らしきものが通っているのが分かった。
 そこにどのような液体が流れているのか、八雲紫の血管に類似したそれは何のために存在する器官なのか、私は好奇心を起こした。そして私はため息をついた。
「……紫。ここだけの話でもないが、八雲紫は立派だよ。私は大妖怪の時間を割いて退屈な告悔を聞かせるのは心苦しいのさ。用事があるのなら、素直に聞くよ」
「巫女になる気はないかしら」
 ふむ、と頷く。
 私はそれが冗談ではないと本能的に感じ取り、考量が必要だと判断した。
 単純に「何故私が巫女に誘われたのか?」と問えば、きっと八雲紫はこの話を仕舞いにするだろうという予感があった。私は知りたいことを冗談めかして探れる言葉を探した。
「霊夢はクビか。そりゃいい、あいつは一生野良仕事に生きるべきだ」
「どうです、誰でも巫女になれるという訳ではないですからね」
「適格要件を満たしているのは誇らしいよ」
「ふふふ」
 紫が含みのある笑いをし、謎めかしをした。
 私は遊ばれているのだ。こうなると私の中の魔女が騒ぎ、つい半畳を入れてしまうのだった。
「相変わらず品のいい笑顔だな。時々私はこう考えて自分を慰めるんだ。微笑一点張りになった八雲紫の頬にバチンときつい張り手を一丁お見舞いし、『言葉を使いやがれスベタが』と怒鳴りつける勇者が、いつか人々の望みに応えて幻想郷に現れるのだとな」
「それが本当に望まれているのなら現れましょうよ。まさにその望みが問題なのです。それで、お答えはいかがです」
「巫女は」
 私は答えを期待せず、時間稼ぎの世間話のつもりで八雲紫に質問した。
「象徴として以外の意味はあるのか。幻想郷を変えることができるのか。本当に結界の管理を行うことができるのか」
 意に反して部屋が静かになった。
 私は覚えず八雲紫から窓の外に視線を移した。魔法の森では季節を通じて発情している狂ったきのこの胞子達が、隅から隅まで大気を満たしている。
 そんな魔法の森にも時折の木漏れ日が地面を舐めることがある。晴れた空からの陽光は優れた微温で体をほぐしてくれるだろう、絶好の散歩日和だった。アリスと一緒に散歩に出かけたときなど、人形がそれをスポットライトに擬して、踊り、舞う様はとても綺麗だった。
「私たちはただよく在り続けることだけです」
「それは、私の質問に答えてくれているのか」
「巫女の言葉を私たち妖怪は聞き留めるでしょう。ですが幻想郷はよく在り続けることだけを望みます」
 お茶を入れなおした八雲紫は、ココナッツのムースを口に運びながら続けた。それはバターのような油脂を持ち、それだけで甘く、溶けるような柔さを持っていたが、宴会明けには不向きだった。
「幻想郷の設計を引き直したいですか? 私、八雲紫をユートピストだと仮定して、お前は私の信条に誠実でない、と憤ることは当を得た振る舞いとは言えません」
「幻想郷はすばらしいと思うよ。外界に比べてあらゆることが可能だし。でもね、その可能なことが平等でもなければ、自由に享受することもできないのはおかしいじゃあないか」
「それは社会制度の話ですね。私は理想社会の設計図を真剣に考えたりはしません。あり得べき理想社会は、それが理想であることがそのまま弱点になるのです。私は楽園は現実にのみ存在しえると信じています」
「どういうことだ?」
「さまざまな意味を持ちます。あなたのような人間が納得しやすくいうのなら、理想は悪魔的な懐疑者には敗北あるのみです。ですから私は幻想郷が危機に陥らない限りは、過去の良き習慣と良心の導きに従うのみです」
「無方針を自慢しているのか」
「既に良い気風の土地ですからね。私は楽園を住人の性質が阻害されていない状態と捉えています。方針といえば、それだけです。考えてもみてください。幻想郷は形を変え続いていくでしょう。そしてその都度達成された楽園が存在します。現実を前にしては、懐疑者にこそ夢物語を語る仕事が残されるでしょう。私は理想の贅肉を拒絶することによって、いかなる身勝手な理想からも幻想郷を守るでしょう」
「だがいまの幻想郷が楽園だとどうして分かる」
「実際に妖怪や人間が種々それぞれにぞれぞれの本分たり得ていますからね。私は殺伐とした外界に対して幻想郷は楽園だと言うこともできますし、他の理想都市に対して奔放な気風を誇ることができるでしょう。しかし本質は本分の発露にあります。一人の人間の不幸が現れることもありましょう。しかし偶発的な不幸は幻想郷特有の欠点ではありません。むしろ幻想郷はそれを見守り、癒やす機序を持ち得ています。今のあなたに対してのように」
「癒やす、癒やす? いいだろう。だが、対症療法を繰り返す医者がいい医者か。お前なら次の良い何かを幻想郷にもたらす計画が立てられるはずだし、能力ある者にはその責任がある」
「私たちは神ではありません。無限の計画をすることは不可能です。……俊英な妖怪であろうと同じことです。予言の程度は誰も追随できないほど、誰も誤りに気付かず、したがって本人も誤りに気づき得ないでしょう。一歩先のことは各々に応じて誰であろうと分かりません。悪手と最善手がひっくり返る恐れは、私にもあります。ですから、習慣と良心が重要なのです」
「無限の未来というたわごとはともかく、ふつう何かの計画というのは目標と時間の制限の内にあるんじゃないか。無力を装ってはいるが、10年以内に人間を労働から解放し、寿命と能力を伸ばすことはできるはずだ」
「それは人間の本分でありません」
「馬脚を現しやがったな。それが過去の良き習慣か」
 それはこういうことだ。私は琥珀色の薫香を飲み下す。
 農民が外界の権威ある農園のダージリンのセカンドフラッシュを飲むことは一生できないということで、あるものは仔牛を食べあるものは雑穀を食うことで、肥溜めに手を突っ込むことを推奨されているのに、結界の管理への参加は推奨されないということだ。
 つまり、紫が言っているのは、まるで有史以来、農民は農民の本分があり、貴族は貴族の本分があるというのと同じように、人間と妖怪の身分制度が天からの贈り物だから守っていこうとしているわけだ。
 と、ここで私はつい反論に熱中し、私の言葉が事実と乖離してしまっていることに気づく。
 里人が何かから解放されると進歩するなどといった素朴な啓蒙思想など間違いであって、俗な里人どもを無為無策に解き放つなど百害あって一利なしなのだ。
 今までそれなりに苦労して米を作ってきたものが、指先の一ふりで作られた米とパンとパスタを選び、今まで飲もうとも思わなかった洋酒で晩酌し、外の化粧品で着飾るようになればどうなるか。仕事の価値を馬鹿し、費やすことしかできず、快楽を享け、虚無の支配を準備するだろう。
 生の意味は人間の造作を突き放し観察したうえで逆説的に保護される。私たちは苦労して米を作ることでどういうわけか充実感を得る奇妙な生き物であり、臆面もなくこの事実にあぐらをかくことで実存を得ることができると認めなければならない。それ以上は個々に求めればいい話だ。
 それでも私記の恨みから、敢えて付け加えた。
「ぐだぐだ人間がどうの、妖怪がどうの、と管を巻いているがな……。物資と結界を管理する手段が全住人に共有できるようにしないのはどうしてだ? 混血を促し人と妖怪の真なる平等を目指さないのはどうしてだ? これらすべてがただこの土地がよく在り続けるという理由のために説明されるのか? 人間はもっと自由になれるのでは?」
「自由と平等は方便であり本質的には悪なのです。過ぎた能力もまた然り。霧雨魔理沙、あなたは人間も妖怪も理解していません。あなたの語る人間の生き方は、妖怪の生き方なのです。そして、妖怪は哀れな存在です。私たち妖怪は人間の心のありようの一部を固定した存在なのですから、もしも、ありようが人間の心の有り得べき形でなくなれば、そのまま失われてしまうのです」
 お説ごもっとも。話は終わった。
 しかし私が言葉尻を捉えてやりとりを続けたため、話題は結界へと移り変わることになった。
「外界ではそうだろう。だが」
 ためらいの末、この際吐き出してやれ、と放言した。
「幻想郷において、妖怪は幻想郷の内なる人間の認識には何も頼っていない」
 紫は莞爾と微笑んだ。
「何故そう思うのです」
「結界があるからだ。あの結界は、単なる線引きではない」
 推察するに、大結界は人間のもつ「ここではないどこか」という想いを掌握し、現実ではない世界を全て支配し、全てを飲み込み拡大するよう創られた幻想の帝国主義とでも呼ぶべき産物である。
 外界の神話や宗教の体系が崩壊し、うろ覚えになり、ゆるやかに習合されていく歩調と合わせ際限なく拡大していくだろう。現実の裏側として、人間の空想力が存続する限り存続する性質の、外界が続く限りは嫌でも続かざるを得ない半永久的な、私ではとても及ばない偉大な創作物だ。
「道教儒教仏教歴史上の登場人物や、吸血鬼も魔女。それぞれの体系が融和し、まるで子供の夢のように一箇所に住むぐらいになり、そしてやがて丸ごと忘却されたとしても、それでも人間は「ここではないどこか」を失うことはできない」
 具体的な幻想的産物は喪失しても非現実性そのものは人間は喪失することはできない。
 従って幻想郷は体系の崩壊を包括する受け皿として、外界がある限り続いてく。
「全ての創作上の幻想の産物をここに併合し、一大幻想帝国となったあとは、ここ以外の全ての幻想はなくなり、ここは非常識そのものに成り代わるだろう。 それは成るだろう。いつ成るかは分からないが、とにかく成るように作られている」
「ほう」
「そして一度取り込まれた幻想は、誰も存在を知らぬ妖怪であっても存続できているところからみて、種として保存され得る。だから、結界のこちら側にいることがすでに認識作用の恩恵を受けているよう作られていることが分かる。おそらくそれが非現実性の認識を外界からまるごと盗んだあの結界の力であり役割なのだ」
「苦労した仕事に興味を持っていただけるのは悪い気分ではないわ」
「だから純粋な人間はもはや郷では不要であり、不如意な点は克服すべきではないのか」
 私は気づいていた。人間を代表するような話は、知識も経験も半端だからこそ出る言葉で、恥じ入るべきなのだ。
 だって、私のような人間が、野良仕事をして寿命で死ぬことを選ぶなら、それはそれで良いだろうし、逆に個人主義に走り、個として、妖怪として成長し、自己の能力を追い求めるならそれで良いだろう。話は終わりだし、八雲紫が言わんとしているのも同じことだ。
 結局、いつものように私の知識の立派なサマルカンドが不具合をきたしたのだ。
 半端な陶冶が、「人間種族という種族を代表した人間の能力の向上」という、人間の種族の利益の話をしているのか、自分の利益の話をしているのかよく分からない、一種の革命家のような使命感を生み出しただけだ。
 これでは決して正しく誤らない八雲紫との妥協点は見いだせない。
 いやまったく、あほらしい。私はつべこべ言っているが、大妖怪に張り合って自分の考えをひけらかしたいだけなのだ。
 八雲紫は、2杯目の紅茶の香りを嗅ぎながら、会話を引き取った。
「私だって随分と気を遣っていることではありませんか? 私、これでも過激な改良論者なのですよ。生活水準はほら、お医者さんとか、電力とか、物資も、知識もそう。せめて快適に過ごせるように。人間を決してないがしろにしている訳ではないわ。美味と科学技術の導入には積極的なのです」
「科学は敵ではないだろうが、八雲紫の口から聞けるとはね」
「ええ、取り入れるものは取り入れます。たとえば核融合を歓迎するのは奇妙なことではなく、むしろ当然のことです。電気は生活を楽にしてくれますからね。それに、核融合は頭の堅い科学技術アレルギー患者の妖怪に対しても効果覿面ですのよ。だってあれはほぼ幻想的な科学技術で、幻想の統制下に扱え、導入の容易さと生活技術の向上を兼ね備えた素晴らしい発想ですからね。進歩にショック死を起こす科学技術アレルギー患者へのちょうど良いワクチンなのです。だから私も協力したのですよ」
 付け加えれば、発達した科学技術の享受と、幻想を信じない科学的態度とは全く別の問題だ。思想としての「科学的態度」は幻想の一種であり、科学が最高度に発達し人間が全ての幻想を等しく受け入れたとき、それは最後に幻想入りし幻想郷を完遂する鳩となるだろう。
 唐突に会話が途切れた。
 小娘の思いつきの議論に付き合ってくれている八雲紫こそお優しいことだ。お優しい、最近やけに、他者が優しい……。
 夕食について考える。昨夜まで煮込んでいたスープ鍋から、特製のブーケ・ガルニを取り出すのを忘れてしまっていた。パエリアを作るつもりだったが、きっと苦くなっているだろう。
 ふと、私は巫女にならないか、という最初の質問に返答をし忘れていたことに気づいた。
 私が本当に巫女になったとしても、結界を消すことも改良することもできないで、単なる維持管理をさせられるだけだ。
 ちょっと強くはなるだろうが、そんな無為な仕事はご免であり、そもそも今の自分と何が変わるかといえば、内面では何も変わらぬ悩みが続くのであり、益なしなのだと判断した。
「巫女にはならない」
「ではあなたを外界に放逐するか、死を与えなければなりません」
 思いもよらない強い言容に、私は覚えずおびえ指先が痙攣し、ガチン、と派手に茶器が触れあう音が気まずく部屋に鳴り響いた。
 混乱しつつ、八雲紫に似つかない強情の背景を知りたくなった。
「何故? 言いたいことを言えよ」
「霧雨魔理沙は幻想になりつつあります」
 八雲紫はこちらを見ている。
 私は真に受けた。
「どういうことだ」
「私たち妖怪は、 人間から生まれ出でた存在であり、精神の様式を共有しています。従って」
 木々が風にさざめくような音が聞こえた。間違いなく、それは心が乱れることから来る幻聴だった。
「妖怪もまた、幻想を生み出します。保護したい、わかり合いたい、打ち倒されたい、……そのような、理想の人間を……。最近、妖怪とやけにうまく行っていると感じてはいませんでしたか」
 まるでこのたび初めて述べるに至った白状的な開陳であり、どう会話していいのか分からないといった体の八雲紫の言葉だった。私は自分の耳を疑った。
 八雲紫が私の目を見ていると分かった瞬間、私は声を荒らげた。
「それが本当だとして、私の進退にどうかかってくるというんだ!」
「私たち妖怪は、恐怖、失望、友情、原泉に関わらず自分の人間を創造してきました。鬼は源頼光、鵺は源頼政、玉藻前、吸血鬼もそうでしょう。何故ただの人間が妖怪を討ち取ることができたのだと思いますか? それは望まれた人間であったからです」
「それでは彼らは人間ではなかったのか」
「いいえ、人間よ」
 八雲紫が指先でよっていたスプーンで紅茶をかきあげるようにし、そのまま私へと向けた。
 それは私の人生の転調を告げる指揮棒に見えた。
つづきます
ちょっと間が開くかもしれません
tama
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
面白くなってきたね
人は選ぶだろうけど好きだよ
2.90名前が無い程度の能力削除
え?
先が た の し み だ ぁー
4.90名前が無い程度の能力削除
魔理沙はただの人間にしては理想的すぎるところはありますね。
続き期待してます。
5.90名前が無い程度の能力削除
いやぁ1話で厳しめの点入れたのは失敗だったなぁ
面白くなってきた
6.90名前が無い程度の能力削除
魔理沙の出力が男性的すぎるのでは。
展開にやられました。
続きをお待ちしています。
7.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです

自分の都合と自分が理想とする社会は一致するぐらいで丁度いいと思う
理想の社会は自分の都合のいい社会
自分の都合と感情をさも正義のように理論武装して社会に押し付けるぐらいが自然な社会正義への態度だと思う