Coolier - 新生・東方創想話

比那名居天子がもう一歩

2014/08/07 01:49:35
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   1

「済みませーん。道に迷ってしまいましたー。開けてくれませんかー?」
 トントンと、家の戸を叩く音と共に女性の声が聞こえた。
 私は手に持っていた布を机に置く。ドール用の洋服作りは一旦中断だ。
「はいはい。いま出ますよ」
 と返事をし、ドアの方へと足を運んだ。
 私の家は瘴気漂う『魔法の森』の中にある。時々、その森に軽い気持ちで入り出られなくなる人間がいるのだけど、見捨てるのも目覚めが悪い。ということで私はそのマヌケを一日だけ泊めたり森の外まで案内したりしているのだ。
 今は午後の六時過ぎ。『これは一泊コースかな』と思った辺りで私は玄関前へと辿り着く。そしてドアを開けると、そこには見覚えのある人物がニコニコ笑顔で立っていた。
「こんばんは、アリス・マーガトロイドさん」
 黒い帽子に、そこから伸びる赤いリボン。ぱっつんぱっつんの服に、赤い羽衣。
「……えっと。確か永江衣玖、だったかしら?」
 永江衣玖は笑顔を崩さぬまま、「はい」と答えた。
「どうしたのよ一体、こんな所へ……」
「ですから、先程も申しましたように道に迷ってしまいまして」
「はぁ? アンタの住まいって雲海でしょ? 真上に飛んでいけばいいだけじゃない」
「ああいえ、」と永江衣玖は苦笑いをし、スッと体を横に反らした。その先には……私が以前、弾幕ごっこで負かされた相手がいた。長く青い髪に、桃の付いた帽子を被った少女。天人である――
「アンタは……比那名居天子、だっけ?」
 天子は何も答えなかった。というか私の顔を見ようとすらしないでいる。今の曇り空のように『ムスッ』とした表情でそっぽを向き、時おり足首をグリグリと解すように動かしているだけ。
 そんな天子に代わって返答したのは永江衣玖。
「ええ此方に居られますは比那名居天子さまです。……でですね。道に迷ってしまったのは私ではなくこの総領娘さまの方でして……」
「……いや、コイツだって上に飛んでいけばいいでしょ。住まいは天界なんだから」
「いやいや、確かに家に帰ることならば簡単なのですが」
 ……まさか。
 そう思いつつ私は口にしてみた。
「もしかして、『人生の道に迷いまして』とか阿呆なことは言わないわよね?」
 すると永江衣玖は態とらしい驚き顔を見せた。
「おや、どうして分かったんです? 如何にもその通りです」
 私は刹那言った。
「帰れ」
 しかし永江衣玖は全く物怖じした様子なく言い返してくる。
「はてどうしてでしょう? 貴女は道に迷った方を助けてあげていると風の噂に聞いたのですが」
 ……こいつ、分かってて言ってるんだろうから始末が悪い。
「だからそれは森に迷った奴を助けてあげてるだけ! 人生相談は承っていません!」
 私は怒鳴ったが、それでも永江衣玖は微笑を絶やさない。
「まあまあそう仰らずに」
「仰ります。一体どうして私がそんなこと、」
「そんな、一泊ぐらい良いじゃないですか。……それにほら、何とも間の悪いことに――」
 と、永江衣玖が口にした瞬間だった。私の肩にポツリと水滴が跳ねたのは。
「困りましたねぇ、雨が降って来てしまいました。貴女にも解るでしょう? 雨の中の飛行は顔に水が当たるので、結構しんどいものです」
「……いや、それはまあ分かるけどさぁ……」
 そう溜息混じりに答えた私。
 ……ていうかこの女、雨が降ること知ってやがったわね多分。余りにもタイミングが良すぎる。確かコイツって『空気を読む程度の能力』持ちだっけ? 気圧とか湿度とかから察したのかしら。
 などと考察をしていた私に、永江衣玖があけらかんと言ってきた。
「あ、分かってくれましたか。では総領娘さまを宜しくお願いしますね。私はこれで失礼しますから」
 そして飛び立とうとした永江衣玖。私はそんな彼女に驚いて、慌てて制止の声を掛けた。
「は? ちょ、ちょっと待って! 別に泊まることを認めた訳じゃ……ってか、アンタは帰るのっ?」
「はぁ。帰りますけど?」
「帰りますけど? じゃないわよ! そもそも雨の日はしんどいって言ったの貴女じゃない。なのに貴女は帰って天子は帰れないってのは可笑しいわよ!」
 そう言うと永江衣玖は――「ああいや、なにも可笑しくはありませんよ?」
 そう、永江衣玖は――とてもうざったい事に屈託無く笑った。
「私はほら、魚類ですから」
 そして一礼した永江衣玖は、「水、大好きです」と付け加え、雲の中へと消えていった。
「…………」
「…………」
 聞こえるのは、次第に激しさを増してゆく雨音だけ。
 ……その場に残された比那名居天子は未だ一言も喋らず、此方を見ようともしない。
 私は頭を抱えつつ、天子に言った。
「取り敢えず……家に入りましょう。ここにいても濡れるだけだわ」


   2

 わたしを自宅へと手招きしたアリス。わたしは黙って彼女に着いていく。
 なんで……なんでこんな面倒臭いことになったんだろ。……って、ううん、分かりきってるじゃない衣玖のせいだ。森の人形遣いが迷い人を家に泊めたりしてると知るや否や、わたしをここまで無理やりに引っ張ってきた衣玖のせいだ。
 ……バカ衣玖。なに考えてるのよ本当にもう……
 そんな思考も、もうこれできっと十回は軽く超えている。それに先刻していた衣玖とアリスの会話後には、『この人(アリス)は、わたしの事を迷惑に思ってる』と、薄々だったのも確信へと変わって……
 気分が晴れないわたし。そんなわたしの目が一体の人形を捉えた。わたしとは正反対の笑顔を浮かべた人形が、アリスの前にフヨフヨと近づいてきていた。
 ……あれは確か、弾幕ごっこの時アリスと一緒にいた人形? 曖昧ながらそんな記憶はあった。
 人形はバスタオルを持っていて、アリスはそれを「ありがとう上海」と言うのへ受け取った。そしてそのバスタオル。重なっていたようで二枚あったらしく、アリスはその内の一枚をわたしへと差し出してくる。
「ほらタオル。濡れたままでいると風邪引くわよ」
 わたしは「……どうも」とタオルを手に取った。まず顔を拭く。その際、何となく気になって匂いを嗅いでみる。……少し、いや中々良い香りが――
「貴女、晩ご飯はもう済ませたの?」
 アリスの質問にちょびっとビックリしたわたし。アリスはワシワシと髪を拭いていたので、はしたない所を見られたって訳じゃないんだけど……なんというか、この香りのせいで油断してしまっていたから。
「え、あっ……まだだけど」
「そう。じゃあ今日は二人分ね」
 そう言い、雨に当たった箇所を拭き終えたのかアリスは、タオルを人形に返し歩を進めた。
 そうしてリビングへと辿り着くと、
「天子、貴女はココで待ってなさい。一時間もあれば用意できるから」
「ん……分かったわ」と了承したわたしを置いて、アリスは細い通路へ入っていった。恐らくあの先がキッチンなのだろう。
 一人残されたわたし。
 わたしはスカートが濡れていないことを確認して、そしてソファへと腰を下ろす。
 このソファ、柔らかくて座り心地が良い。ソファ前にある、楕円形のガラステーブルの趣味も悪くない。
「……ふぅ」
 と一息吐いた後、わたしは改めて周りを見てみた。
 ……うん。西洋風の調度品が多い、かな。
 セピア色の壁紙と、余り身長の高くない観葉植物が落ち着いた雰囲気を醸し出している。本棚にはビッシリと魔導書らしき本が収められていて、その横には一人用の小さな机。卓上には何やら作業途中っぽい布切れの束とミシン、オシャレなランプが置いてある。
 そこまで確認した時、「シャンハーイ」という声が聞こえた。
 その方向を見ると、先程の人形がアリスの入った通路からリビングへと出てきた所で、なんだか可哀想なことに、自身の体ぐらいの直径はある丸いトレイの縁を両手で抱えていた。
 人形はわたしの前まで来るとトレイをガラステーブルの上へ置く。それから更に、トレイ上のカップをわたしの前に置いた。そして一緒に持ってきたティーポットを傾け……するとカップの中に段々と、薄紅色の液体が満ちていった。
 僅かに、柑橘系の爽やかな香りが鼻腔を擽る。これは……飲んだことはないけど知識として知ってはいる。『アールグレイ』だったっけ?
 わたしはカップを手に取って、早速一口。
「……んっ」
 ……少し苦いし、渋みもあるか。でも嫌いではないかな? 何となくだけど一人で「うん」と頷いたわたし。
 そんなわたしを見守っていた人形は、コチラが一旦カップをガラステーブルに戻すとトレイに乗せていたもう一つの容器――ミルクジャグを差し出してきた。
 アールグレイはミルクと相性がとても良い、らしい。
 ちょっととはいえ、わたしの心が安らいだのはアールグレイの香りの為か、それともこの人形の気遣いからか。
 どちらにせよわたしは、「ありがとう」と、少しだけ頬を緩ませつつミルクをカップで受けた。


「……んっ……」
「あら? 起きたの?」
 アリスの声が聞こえた。
「あれ……わたし寝ちゃって……?」
「疲れてたのかしら? まあ、晩ご飯には保存魔法を掛けといたから問題はないのだけど」
 時計を見ると八時三十七分……結構長い時間寝ていたらしい。
 反対側のソファに座っていたアリスは、読んでいた本と掛けていた眼鏡を机に置き、「さ、着いてらっしゃい」と立ち上がった。
 わたしは素直に従い、アリスの誘うままに足を運ぶ。疲れていたのは――きっと気疲れのせいだ。衣玖が無理やりわたしをここへ連れてきたからだ。
 思いだし、また少しムシャクシャしてきたわたしだったけど、そんな気持ちはダイニングルームへと着いた途端に一気に消し飛んだ。それまでは寝ぼけ眼だったのに、目だって自然と見開いてしまっていた。
 伏せてあるグラスの横には、上等そうな赤ワインのボトル。テーブル端のバスケットには、たったいま焼き上がったかのようなキツネ色の焦げ目が付いたロールパンの山。その隣には、瑞々しいレタスと可愛らしいプチトマトで周囲を彩った美味しそうなポテトサラダ。トマトペーストがタリアテッレに良く絡んでそうなボロネーゼもあり、レモンとハーブの香りが食欲をそそる、鶏肉の香草焼きも中央にあった。
「こ……これ全部一人で作ったのっ?」
 思わずわたしは声を大にして訊いていた。
「ええそうよ?」
 何でもない事のように答えるアリス。
「いや……手ぇ込みすぎでしょ幾ら何でも……」
 と言うと、アリスはわたしに対して初めて照れたような笑みを見せた。
「ああ、私は魔法使いだから食事は摂る必要なくてね。だから料理も単なる趣味なのよ。でも、そういう生きる上で必須じゃない事には人って逆に凝っちゃう事があるの。そういうものなのよ」
「…………」
「……天子?」
 わたしは名前を呼ばれて我に返る。
「あっ、いや、早速食べましょう! 冷めたら勿体ないわ!」
 アリスは「ええ、そうね」と、今度はクスクスと笑った。
 そんなアリスを見てわたしは『…………あれ?』と思った。
 なんていうか、今のコイツの顔……
 わたしは、何だか心にモヤモヤしたモノを感じた。
 なんだ。コイツ冷たい表情しかしないと思ってたけど……あんなにも可愛く笑うんじゃない……
 わたしは赤くなってしまっているだろう頬をアリスに悟られぬよう、目を伏せたまま椅子へと座る。そして、そのまま黙って料理を食べ始めた。どうしてか抱いてしまった照れを吹き飛ばそうと、ガツガツと。
 そんな、お世辞にも上品とは言えない食べ方を始めは『敢えて』した。……んだけど、途中からは料理に夢中で、『敢えて』なんて考えは綺麗さっぱり消えていた。
 ……凄い。見た目通り、アリスの作った料理は本当に美味しい。絶品と言ってもいい。わたしが天界のくそ不味いモンばっか食ってるのを差し引いても――仮に地上暮らしをしていたとしても――その感想は変わらなかったと思う。
 そんな訳で興に乗ったのかも知れない。料理を食べつつ、わたしは大して親しくもないアリスに色々と話し掛けたりした。
『なんで此処に住んでいるの?』とか『どうして魔界から幻想郷へ越してきたの』とか。
 アリスは、『この森は魔法使いの魔力を高めるのに最適なのよ』と――。『そうね、まあ一人暮らしがしたかったのと、魔法使いの修行の為かしらね』と。
 思い返してみれば、まあ大抵、そんな風にわたしが訊いてばっかだったかも。
 でも、なんだか少しアリスとわたしの距離が縮まったと思う。だから今、食事が終わり皿洗いをを開始したアリスの背に、わたしはこんな質問をした。
「ねえアリス、アリスはこのあと何をするの?」
「ん……そうね」とアリスは答える。「ドール用の洋服作りが途中だったから、その続きかしら」
「洋服……?」
 ああ、あの机に置いてあった布切れって洋服の生地だったのか。
「天子はどうする? おフロはもう沸いてるし、お酒が抜けたら先に入っちゃってもいいわよ? 布団は敷いとくから、そのあと直ぐ寝ちゃってもいいし」
 わたしは「んー……」と悩んだ。そうして、
(……そういえば服ってどう作られるのか見たことない、かな)
「ちょっとだけ洋服作り見てもいい?」
「洋服作りを? 別に見ていて面白いものじゃないと思うけど」
「いいのよ。……で、いいかしら?」
「あ、ああええ。構わないわよそれぐらい」
「じゃあ、見る」
「そう。なら行きましょうか」と言ったアリスの手元から蛇口を締める音が聞こえた。それとほぼ同時に、ステンレスを叩く水音が止まる。どうやら皿洗いはもう終了したらしい。『拭かないの?』そう思ったが納得。アリスの横で人形が二体、せっせと活躍中だった。
 アリスはその人形達に「頼むわね」と声を掛け、それからタオルで手を拭った。それからリビングへと向かって歩き出したアリス。例の如くわたしはそれに着いていく。
 布切れが置かれたままの机まで来たアリスは、近くから一人掛けの椅子を持ってきて、それを元から設置されていた椅子の隣に置いた。きっとココへ掛けろという事だろう。
 わたしが座ると、その後アリスはその隣に座った。
『パチン』
 突ぜん指を鳴らしたアリス。すると、中指の先に炎が浮かび上がる。その小火で、彼女は卓上のアンティークランプを灯して、
「今はね、夏用のワンピースを作ってるのよ」
「夏用? 人形用でしょ?」
「ええそう。ま、察しの通りドールに暑さ寒さなんて関係ないけどね。でも例えば夏にコートなんか着てたら周りが暑苦しいって印象を受けるでしょう? あとは、そんな服装だと季節柄浮くし」
「なるほど」
「で――残りの作業だけど、フリルも作ってあるし、あとは各パーツを縫い合わせるだけなのよね」
「つまり、すぐ終わるってこと?」
「そうね。そんな訳で見てても面白くない……から、」
 そこで言葉を切ったアリスは椅子から立ち上がり、その椅子をわたしに向けてきた。
 ランプの明かりに照らされたアリスの顔が、微笑む。
「どう、やってみない?」
 ……え?
「えっ……え? わたしが?」
「そうよ? 他に誰が居るのよ?」
「いやいや、そんなこと言っても、わたし本当ド素人よ?」
「大丈夫よ。……ああ天子、いま別に酔っぱらってないでしょ?」
「まあ、酔ってはいないけどさ」
「ならそんなに難しくはないわ。やり方も私が教えるから」
「ほらほら」と言われるまま、わたしは今までアリスが腰を下ろしていた方の席へと座らされる。反対に、今までわたしが座ってた方の席にはアリスが。
「ど、どうすればいいの?」
 黒く、立派な手回しミシンを前に困惑するわたし。
「ええ先ずはね。袖にフリルを付けるの。中表……つまりこっちの胴部分とフリル部分が両方表になるように合わせて、最初はしつけ縫いをするのよ」
 そう言い、作業途中の布切れを手に取るアリス。
「片腕側は私がやるから、取り敢えずはそれを見て流れを覚えて?」
 頷いたわたしにアリスも頷きを返し、それから針を持った。
「こうやって、そんなに精密でなくてもいいからしつけ縫いをしたら、次は袖周りをバイアス布の折り目に合わせてミシンで縫って……」
 アリスは説明しながら作業をしていく。見やすいよう、わたしの目の前まで手を伸ばした遣りにくそうな体勢で。その癖、素人目にも分かるぐらい早く、上手い。アリスは魔法使いだけど、本当に魔法を使っているかのように裁縫は進み、あっという間に片腕側には可愛らしいフリルが付いていた。
「…………えっと、」とわたしは呟く。
「? どうしたの天子。なにか分からない所でもあった?」
 呆然としていたわたしにアリスが訊いてくる。
「……早い」そうわたしが答えると、
「えっ……あ、ごめんなさい。もっとゆっくりやれば良かったわね……」
 アリスは『やっちゃった』といった感じでチロッと舌を出した。『もっと』ってことは、これでもわたしが理解しやすいようゆっくりはやっていた。という事だろう。
「ま、まあ流れは分かったでしょう? さあ天子。やってみましょう」
「う……うん」
 わたしは返事をし、アリスから作りかけのワンピースを受け取った。
 そして作業開始……したけど、
「……これ……」
 ……思ったよりも難しい。針に糸を通すだけで一苦労だし、しつけ縫いの時点で酷くずれて何度もやり直すことにもなったし、ようやくミシンを使う行程に移れたものの、やっぱりと言うか何というか、全然真っ直ぐに縫うことも出来ない。
 だけどそんなわたしにアリスは一度も怒らず、呆れず、何度も優しく教えてくれた。それは時には言葉で、時にはわたしの手を取って。
 わたしは疑問に思って、訊いた。
「どうして……どうしてアリスはわたしにやらせようと思ったの?」
「え?」
「だから、裁縫。自分でやってれば今頃はもう、とっくに終わってた筈じゃない」
 アリスはわたしが失敗したミシンの縫い目を、手で解きながら答えた。
「別に、少しぐらい眠るのが遅くなっても構わないわ。それに天子。天子は洋服作りを見たいって言ったでしょう? 見たいってことは興味があるって事で、それはやりたいって事でもあると思ったから……なんだけど。違ったかしら」
 わたしに確認してきた際には頬を掻き、苦笑いをしていたアリス。そんなアリスにわたしは首を横に振った。どうしてか自分でも分からないけれど慌てて。急いで。
「いやっ、ええと、多分見てたら、やりたくなってたと、思う」
「そう? 良かった。面倒臭いって思われてたらどうしようかと思ったわ」
 今度は微笑んだアリス。
 思わず――わたしはアリスから顔を逸らした。
 いま、アリスの顔を見ることは出来ない。理由は分からない。けれど出来ないモノは出来ない。そう言うしかない。
 わたしは次第と苦しくなってくる胸のことを忘れる為に、振り払う為にミシンへと向かった。こうやって誤魔化すのは晩ご飯の時に続いて二度目だ。なんか、今日のわたしはだいぶ変だと自分でも思う。
 思いつつ、わたしは叫んだ。失敗した縫い目を解き終えたアリスから布をひったくって。
「ほらアリス! これでいいのっ? ここを真っ直ぐ縫えばいいのよねっ?」
 きっと、唐突にテンションが変わったわたしにアリスは驚いたと思う。多分、今は目をパチクリとさせているはずだ。そんなだからこうして、わたしへの返答までに少し間が空いたのだろう。
「え、ええ。……あ、ジグザグ縫いにするのを忘れないでね?」
 アリスはやっぱりちょっと、困惑声だった。


 ワンピース作り……が終わったのは一時間ほど前だった。
 わたしは暗い部屋の中、窓を叩く雨を見ていた。なんとなく「ざーざーざーざー……」と、意味のない言葉も呟いている。
 そして、暇だったからかな? わたしは頭に浮かんだ歌を口ずさんだ。
「……あーめあーめ降ーれ降ーれ母ーさんがー、じゃのめでお迎いうーれしーいなー……っと、」
 歌ったら、自分がまだ小さかった頃のことを思い出した。もう、遙か昔のことだ。過去に思いを馳せたのも、随分と久しぶりのことだなぁと思う。
 そんな取り留めもないことを考える位やることがなかった。既におフロには入り、あとは寝るだけなのだ。ただ、まだ眠くないから起きてるだけで……
 アリスを話し相手にしたいが、彼女は今おフロに入っている。
 そういえば、わたしがおフロに入る前のこと。『遅くなったし一緒に入る?』なんてアリスが言ってきたけど断った。『女同士なんだし恥ずかしがる事もないじゃない』とも言っていた。まじか。地上ってそんな感じなのか……と、そう唖然とした。
 今のわたしは、フローリングに敷かれた敷き布団の上に三角座りをして、膝に顔を埋めている。着ている物はアリスに借りたパジャマ。身長はわたしとそう変わらないのに、なんか少し裾が長いのは胸の分か。ガッデム。
 そんな虚しい怒りを覚えていると部屋の扉が開かれた。どうやらアリスがおフロから上がったようだ。
「あら? まだ起きてたの?」
 わたしはアリスに答えた。
「うん。夕食前に少し眠ったし、まだそんなに眠くないのよ」
「ああそっか。――で、何してたのよ? 窓の方に体を向けて」
「いや別に。わたし雨って嫌いじゃないのよね。……ああ、勿論、空を飛んでるときに顔に当たるのは嫌だけど。見てるのは嫌いじゃない」
「ふぅん」と、アリスはわたしの隣にあるベッドに座る。次いで『カチ』とランプに明かりを灯すと、黒かった部屋にセピア色が戻った。
「ま、なんとなく解るわそれ。なんというか雨音って落ち着くわよね」
「うん。それに天界って雲の上だからね。雨なんか降らないのよ。だから物珍しさってのもあるかな」
 言うと、アリスは少し首を傾げ、
「……それって、天界はどうやって水を補給してるの?」
「……あー。いや、そういうのはわたしには分かんないわ」
「えぇー……。日常的に使う物じゃない。把握しときなさいよ」
 と言って、アリスは呆れ顔ながらも笑った。
 と――その時だった。微かにだけど、『ゴロゴロ』という音が聞こえたのは。
「あら……雷かしら?」
 窓の外へと視線を向けたアリスは眉を顰める。
「雷? ……ああ、これが、」
 そう私が喋った時にもまた雷が鳴った。この二度目の『ゴロゴロ』は、さっきよりも確実に大きな音を響かせていた。
「……ねぇアリス。雷って、こんなに大きな音だったかしら?」
「……まあ、そうね。やっぱり天界には雷も無いのね」
「ええ、ないわね。天界じゃこんな黒い雲は見たことないし……。幼い頃、まだ地上にいた時に聞いた覚えがある。その位かしら。……あ、あとは衣玖が放つ雷か。でもあれはもっと小規模だし、」
 その瞬間、部屋がピカと明るくなった。乾いた木を割った――なんて表現が生易しい位の、とんでもない音を立てて。
「――ッ」
 声こそ出さなかったけど、わたしの体は自然と硬直してしまっていた。
「……今のは近かったわね。天子、大丈夫? 慣れてない人にとっては怖いかも知れないわ」
「……恐くないわよ」
 私は答える。本心とは正反対の言葉を、何故か強がってしまって。
「そう。それならいいんだけど……それじゃあそろそろ寝ましょうか?」
 私が「……うん」と返すと、アリスはランプの明かりを消した。
 わたしはタオルケットに潜り込む。「おやすみ」というアリスに、「おやすみ」と返して。
 ……ゴロゴロは、まだ鳴り止まない。そこまで大きくはないけどピシャンという、不安を煽る嫌な音も時たま鳴り響く。
 これが布団なら大丈夫だったんだろうけど、薄いタオルケットだから雷光まではっきりと視認できてしまう。
「……アリス、起きてる?」
 耐えきれなくなってわたしはアリスに声を掛けた。
「ええ、起きてるわ」
 アリスの声が聞こえて少し安心する。……だけど、用なんて別にない。恐かったからタダ呼んだだけなのだから。
 でも『恐かったから』なんて口に出来なかったわたしは、頭を絞って話題を探した。
 ……ああそうだ。
 雷が鳴って忘れてたけど――
「アリス、ごめんね。あのワンピース。酷い見てくれだわ」
 これは正直な気持ちだった。完成させた時にはそう思わなかったけれど、アリスがおフロに入っている時に改めて見に行ったら……その余りの酷さに愕然としたのだ。それまでのちょっと誇らしい気分なんて雲散霧消。だからちゃんと謝ろうとは思っていたのだ。
 しかしアリスは「大丈夫よ」と言った。
「初めてにしては寧ろ上出来だったわ。それに、上海が貴女のことを気に入ったみたいだからね。あの子なら喜んで着るわ」
「上海……。あの人形よね? わたしに紅茶を持ってきてくれた」
 わたしはミルクティーを作ってくれた人形の笑顔を思い出す。
「ええ。そうよ」
「あの子、やっぱり自動人形なの?」
「そうね。といっても完全自律はしてないわ。私が定期的に注入している魔力をエネルギーとして、基本的にはプログラムしてある行動を取るだけ。でもまあ最近、多少個性は芽生えてきたみたい。私が褒めれば喜ぶし、腹筋しろと命じればブーブー文句垂れるし。そういう感情の機微はプログラムしてないんだけどね」
 ……いや。
「……つーか何故、人形に腹筋を……?」
「あ、いや例えばよ?」
 そんな会話中も、もちろん雷はゴロゴロ鳴り続けている。鳴り続けているからわたしは話を止めない。止められない。
「上海以外にもそういうのはいるの?」
「ええいるわね。蓬莱ってのが多分、上海についで強い自我を持っているかな」
「他のは?」
「そうねぇ……仏蘭西、オルレアン、和蘭、露西亜、倫敦……その辺りは自我があると言えるわね」
「意外と多いわね……その子ら、今日は見てないけど?」
「いえ、二体は見てると思うわ。お皿を拭いてたの蓬莱とオルレアンだし」
「ああ、あの赤いのと青いのか……」
「……そうね」
「で、アリス。あのどっちが蓬莱でどっちがオルレア――」
「天子」
 わたしの語尾を待たず、アリスが口を開いた。
「な、なに?」
「貴女、別に蓬莱の事とかそこまで興味があって訊いてる訳じゃないでしょう? ただ会話を続ける為だけに、どうでもいいことを話してるだけ」
 ズバリ、アリスに図星を指された。……けれど、
「そっ、そんなことはないわよ」
「なら、その話は明日にしましょう? 悪いけど今日はもう、私は眠いのよ」
「…………そぅ」と、私は口にする。
 あぁダメ……かな。これ以上、話を引き延ばすことは出来そうにない……
「……そ、そう、ね。じゃあ、その……」
 心細さからか、語勢が段々と弱まっていく事にもわたしは抗えない。
 そして、「……おやすみ」わたしが意を決してそう告げて……その数秒後だ。アリスが言ってきた。
「天子、こっちへ来なさい」
「……えっ?」
 思いも寄らぬ言葉にわたしは聞き返していた。
「だからこっちのベッドに来なさいって言ったのよ」
「……な、なんで?」
「なんでって、アンタ雷が恐いんでしょ? そんな女の子をほっぽってなんて、寝にくいったりゃありゃしないもの」
「こ、恐がってなんかないわよ!」
「じゃあ、私が雷こわいからコッチへ来てって言い換えるわ。それならどう?」
「え、あ……それなら……っていやっ、そもそも一つのベッドで寝るなんて恥ずかしいって!」
「大丈夫よ。誰も見てなんかいないし、私も誰にも言わないわ」
「…………ぅ、あ……」
 わたしはちゃんとした返事が出来ない。『じゃあお言葉に甘えて』なんて言うのはどう考えても恥ずかし過ぎるし、『結構です』なんて言うのは……後ろ髪を引かれて。
 だから、
「ほら、来なさい?」
 そう言ったアリスに何も答えず、わたしはただ黙って立ち上がった。そしてコチラを向いてるアリスに顔を背けながら、ベッドに膝を乗せた。
 わたしはモゾモゾと体を横に倒す。アリスからは背を向け、体は丸めた。くっついてなんかいない。でも心なしか、背中にアリスの体温を感じたような気がした。
 その時だった。また――雷が落ちた。
「……ひあっ!」
 それは初回と同様、心臓が跳ねてしまうかのような大音量だった。しかし今回は体だけじゃない、情けないことに悲鳴まで上げてしまっていた。
 そんなだから、恥に感じてわたしは更に体を縮込ませる。まるで胎内で眠る赤ん坊のように。
 そのわたしの肩に、すっと、アリスが手を乗せてきた。
「……アリス?」
 問うわたしに「大丈夫」と、アリスが囁くように言う。そう言って、
「大丈夫よ天子。朝、目を覚ませば雷なんて止んでるわ。そしてきっと、暖かな日の光が貴女を迎えてくれる。だから安心してお眠りなさい」
 アリスは左手でわたしの体を柔らかく抱いてくれた。右手でわたしの背中を優しく……『トン、トン』と、ゆったりとしたリズムで叩き続けてくれた。
 わたしはアリスの左腕を両手に取る。そうしてギュッと抱き抱えた。
「アリス……いい匂いがする」
「バカねぇ。同じ石鹸で体を洗ったのだから、貴女も私と同じ匂いがするはずよ?」
「そう……かな? 暖かくて、懐かしくて、優しい匂いがするの」
「……そう。どう天子、眠くなってきた?」
「……うん」
 私は頷く。確かに瞼が重くなってきていて、頭もボーッとしてきて……
「ねぇアリス……地子ちゃんって、そう呼んでくれない……?」
「……地子?」
「……」
「…………ええ。お休みなさい。地子ちゃん」


   3

「んー…………」
 どうやらこの辺りは、昨夜はかなり雨が降ったようですね。魔法の森の地面は大分、ぬかるんでいるみたいです。まあ、今の私は空を飛んでいるので関係ありませんが。
 しかし、やはり雨が降った後というのは空気が澄んでいて清々しいものです。風景も輝いて見えます。朝日を受けて、草木の先端にキラリと朝露が光ります。
 そんな朝露と同じく、光るものが見えてきました。黄金色の髪です。洋風の家の前で大きく伸びをした少女――アリスさんの髪です。
 いやはや、相変わらず人形のように整ったお顔立ちです。ホント、『アリス』という名前が似合いますね。とはいえ一番有名なアリスは黒髪でしたが。
 私はアリスさんの前に降り立ちます。
「おはようございます。アリスさん」
「あら……衣玖。早いわね。おはよう」
「はい。総領娘さまがお世話になりました」
「いえいえ、そんなに手は掛からなかったわよ?」
「そうですか。それは良かったです。……ところで、」
 私はキョロキョロと辺りを見回します。
「総領娘さまは家の中ですか?」
「ええ。今はお皿を洗ってくれてるわ。朝ご飯を作ってあげたから、何か恩返しがしたくなったんでしょうね。第一印象はアレだったけど、別にそこまで悪い子じゃないわね」
「ええ、ええ。総領娘さまは良い子ですよ?」
「良い子は神社を倒壊させたりはしないと思うけど」
 アリスさんはちょっと呆れ顔で言いました。
「まあ、あれは幾ら何でも大それたこと過ぎて私も叱りましたけどね……」
 私も困った顔で同調しておきます。それから言葉を続けます。
「でも、可哀想ではあるのですよ。あの時の総領娘さまは道に迷っていました。それも余りに長い時間すぎて、精神が限界に来てしまっていたのです。もはや闇雲に剣を振り回すことしか出来なかった。それを自重する心の余裕など、どこにも無かったのでしょう」
「そういえばアンタ、天子は『人生の道に迷ってる』とか言ってたっけ? なに? 『あの時の』って事は、アンタの口ぶりじゃ天子はもう迷いから抜け出せたみたいだけど……何に悩んでたのよアイツは。恩返しに皿洗いを申し出るようになれることが、衣玖のいう解脱?」
「ふふっ」と私は笑います。
「良い兆候ではありますがね。流石に皿洗いが解脱とは言いません。ですが、確かに総領娘さまは無事、迷っている状況から一歩抜け出せたようです。お見事です」
「良く分かんないけど……」とアリスさんは頭を掻きました。
「……というか、ただ単に遊びに来たかっただけでしょう? 道に迷ったとか、回りくどいにも程があるわよ」
「そう言わないで下さいよ。総領娘さまにとっては大変なことだったのです。総領娘さまは臆病なのですから」
「臆病? 馬鹿みたいにケンカ強いアイツが?」
「いや確かに殴り合いはお強いですけど」
「じゃあ、雷のことかしら?」
 おどけた顔で首を傾げたアリスさん。
「あ、総領娘さま雷ダメでしたか? まあ、考えてみると自然の落雷は見慣れてませんものねぇ。……ああ怯えた天子さま、いいですねぇ。いやぁ見たかったです」
 言ってから、少し私に引き気味となってるアリスさんに気が付きました。
「アンタ……本当に良い性格してるわね。ちょっとトリップしてたわよ。天子さまとか呼んでるし」
「おや済みません。ついつい二人きりの時の呼び方が出てしまいまして……お恥ずかしい限りです」
 アリスさんは未だに私を『じとーっ』と見ていますが、
「……で? 天子が臆病って?」
「ああそうそう。総領娘さまは臆病になってしまわれていたのですよ」
 私はそう前置きを入れてから、話し始めます。
「総領娘さまは幼い頃、お父様の上司が神霊となられた際に、ついでに近い形で天人となられました。その時に無論、総領娘さまは地上のご友人ともお別れになりました。それから生活が一変した総領娘さまでしたが、総領娘さまは頑張りました。自分も天人になったのだからと一所懸命に勉強をし、知識をため込み、礼法も覚えました」
 そこで話を一旦区切り、私は「オヨヨ」と態とらしく袖を目元に当てます。といってもコレは、半分は演技ではありませんけど。
「しかし、幾ら勉強をしても総領娘さまが認められる事はありませんでした。何の修行もせずコネで天人となった者。不良天人。周りの天人様たちはそのような考えを改めはしませんでした。そんなだから、総領娘さまにご友人は出来ません。他の天人様たちは、自分の子に『あの子とは遊ぶな』と、そう躾けていたのでしょう」
 アリスさんは少し顔を険しくされました。まったく、嬉しいことです。総領娘さまの不遇に腹を立ててくれているのですから。
「……それ、その天人の子供たちだって何もせずに天人じゃない」
「ええ。おかしいですよね。矛盾しています。ですが天人様たちも自分の子は可愛いモノのようですし、キチンと修行を積んだ自分の――『真っ当な』天人の子でもありますし……。恐らく、そんな所なのでしょう」
「……」
「で……話を戻しますと、」
 と、私は閑話休題。
「総領娘さまはずっと独りぼっちでした。地上のご友人方を懐かしみもしましたが、どうしようもありません。普通の人間と天人の時間の流れは違いますから、総領娘さまがあらゆる教養を頭に叩き込んだ時にはもう、全員が逝ってしまわれていました」
「……逝って? え? じゃあなに、天子は最低でも五十年とか勉強してたわけ?」
「そうですね。まあ、実際にはその倍はしましたけど」
「百っ……」
「ええ。しかし、それでも他の天人様は総領娘さまをお認めにはなられませんでしたがね」
 アリスさんは吐き捨てるように言いました。
「……腐ってるわね。天人って」
「それは立場上、私は何も答えられませんよ。ただまあ、私も弁護はしたくありませんが、人間から天人へと至った方々が修行に費やした期間は、たった百年程度ではないということは言っておきます」
 アリスさんは少しのあいだ口を噤みました。その後、私に訊いてきます。
「……あんたは違うの?」
「はい?」
 意味が解らず聞き返した私に、アリスさんは解りやすいよう言い直してくれました。
「あんたは天子の友達じゃないのかってコトよ」
「ああ……」私は考えます。「どうでしょうね。私は総領娘さまの、幼い頃からのお目付役みたいなものです。『仕事上の付き合いだから衣玖は自分と一緒にいる』と、そこまでドライな関係だとは思われていないと自負していますが、少なくとも友達ではないでしょう。どちらかというと家族の方が近い。……一妖怪と天人様がっていうのは、恐れ多いですけどね」
 そう答えて、私は話を続けます。
「先程――『総領娘さまは迷っている状況から一歩抜け出せた』と私は言いましたね? それから『総領娘さまは臆病だ』とも言いました。つまりですね。総領娘さまはご友人を作るということに臆病なのです。これまで他の天人様たちに幾度となく拒絶されてきたとはいえ、拒絶されることに慣れることはありません。総領娘さまは強がって表には出しませんが、拒絶されることに恐怖を抱いているのです」
 猶も、私は話を続けます。
「例えば……そうですね。昨日ここへ来る途中も、何度も引き返そうとなさっていました。『自室の窓を開けっ放しにしてきたかも』とか、そんな理由を逐一付けて。仮に本当でも窓なんて、夜前には使用人が閉まってるか確認してくれるでしょうに」
 更に続けて、私は話します。
「アリスさん。貴女は昨日今日と、総領娘さまに優しくなさってくれたのでしょう。そして、総領娘さまもその恩を返そうと自ら皿洗いを申し出ました。それは一応、持ちつ持たれつの関係です。ですので、きっとまた貴女の家にご厄介になる時が来たら、総領娘さまはドキドキはするのでしょうが今回の時ほどは怯える事はないと思います」
「……私は、天子の友達第一号ってこと?」
 久しぶりのアリスさんの発言に、私は頷きました。
「ええ、そうあってくれたら私も嬉しいです。総領娘さまは自らが引き起こした異変で貴女方と知り合いました。そして今回でその『知り合い』から『もう一歩』先へと踏み出せました。『迷ってる状況から一歩抜け出せた』とは、そういうことなのです」
「……でもそれ、私以外の奴を前にしたら、また臆病な天子が出てくるんじゃないの」
 私は「はい」と答えます。
「そうでしょうね。その可能性は高いです。ですがこういうことはほら、『一歩一歩』ですよ」
 その言葉を言い終えた時でした。アリスさんの家のドアが勢いよく開かれました。
「アリスーっ、皿洗い終わったわよー……って、衣玖じゃない」
「はい。お迎えに上がりました総領娘さま」
「早かったわね。わたしはもう少しゆっくりでも……」
「ですが、アリスさんは人形作りや人形劇などで忙しい身です。総領娘さま、どうせ昨日はその邪魔をしたでしょう? 時々甘えるのはいいですが、甘えすぎてはいけません。アリスさんにもご迷惑が掛かります。解りますか?」
「わ、解ってるわよそれ位」
 ぶっきら棒に仰る天子さま。先程まではアリスさんに『終わったわよー』とか、フランクな感じに語尾を伸ばしていたというのに……私の前では偉ぶりたいのですね? そのまま素の天子さまを私にも晒け出して欲しい気持ちもありますが、これはこれでまた可愛らしいものです。
「じゃあ、アリスさんにご挨拶しましょうか」
「そ、そうね」
 と言って、天子さまはアリスさんの方へと向き直ります。
「それじゃアリス。昨日今日と世話になったわ。感謝してあげ――」
「総領娘さま?」
 ちょっとドスを利かせた私の声に、オドオドし始めた天子さま。
「あ、いや、その、うん。お世話してくれて……ありがとう。じゃ、じゃあまた――」
 そこまで告げた所で、天子さまの恥ずかしさメーターは限界だったのでしょう。もう少し勇気が足りないようです。お顔を真っ赤にされてフワリ、空へと浮かびました。既にアリスさんの方を向いてもおりません。
「ほ、ほら衣玖! 帰るわよ!」
 ……はぁ。本当にもうこのお方は。
 私はアリスさんに何か助け船を出して貰おうと目配せをしました。しかしアリスさんは私がそういう行動を取ると解っていたのでしょう。手の平を私に見せました。言外に『大丈夫』と、『分かっているわ』と、そう仰っているようでした。
 そんなアリスさんが口を開きます。
「天子」
 天子さまの体が、ピクと動きました。
「次は、お酒でも持って来なさいよ?」
「…………」
 ……暫くして、天子さまはアリスさんの方へとクルリ、向き直りました。顔は依然として赤くされたままです。ただ、とても嬉しそうな笑顔でもありました。
「し、仕方ないわね! とびっきりの持ってきてあげるから、たっ楽しみにしてなさいよ!」
 そう言い切ります。言い切って、天子さまは、「じゃあ……」と。
 それに対し、アリスさんは微笑み手を振りました。その隣には……なんでしょう? 何やら拙いワンピースを着たお人形さんがピョコと現れ、アリスさんと同じく天子さまに手を振っております。
「ええ。じゃあまたね」
 アリスさんが言いました。
 天子さまは目を大きく見開いていました。『またね』という、アリスさんが言ったその一言が何よりも嬉しかったのでしょうか? 天子さまは元気一杯に、満点の笑顔でお答えしました。
「うん、またね!」
 そう挨拶をした天子さまのお顔を見て私は……
 私は、とても驚きました。
 私は見たことありません。見たことありませんが、天子さまのお顔に幼い天子さまの――地子ちゃんの顔がダブって見えたからです。
 そう。まだ人の汚さを何も知らない無垢な人間の子供だった頃、地上のご友人方と遊び終えた地子ちゃんは、夕焼けをバックにこんな風に笑っていたのだろう。そんな確信にも似た思いを抱きました。
「ほら衣玖! 帰るわよ!」
 飛び立つ天子さま。私はアリスさんに一礼をして、その跡を追いかけます。
 そうして追いついたとき横目で見た天子さまの表情は……。ええ、ええ。アリスさんに預けたのは大正解だったようですね。
 まるで今の天気のように、それはそれは晴れ晴れとしておりました。

 ヘッターです。二作目です。このお話は一作目と並行して書いていたため早く完成させることが出来ました。故にこの作も一列四十文字です。変になってるかも知れません。というか創想話って何文字で書くのが正解なんですかね? 分かりません。

 アリスは表面上は冷たいけど、実は優しい。そんな子。
 天子は簡単に言えば、中々素直になれない甘えん坊。
 衣玖は……天子を愛しています。ただしそれは自分の娘に対する愛情に近いです。また、サドでもあります。

 あと今回の天子、アリスに恋愛感情を抱いたかのような箇所が所々ありましたが、それは一人で何でも出来て、しかも綺麗なアリスに対する、女としての憧れみたいので心が揺さぶられただけなのでしょう。
 天子は知識はありますが対人関係を筆頭に人生経験が薄いので、憧れも友情も、様々な種類の愛情もゴッチャになりやすく、自分が相手に対し抱いている気持ちが不明になりやすい、と、そんな感じです。

 ※なお、作中にて使った童謡「あめふり」は、作詞者・作曲者ともにお亡くなりになってから五十年以上経過しているのを確認しました。ですので、著作権的に問題はないと思います。

 読んで頂いた皆々様、ありがとうございました。

 追記。
 某掲示板を覗いた所、ありがたく、そして嬉しいことに『縦書きだと開くのに時間が掛かる』というご意見を頂いておりました。
 ですので、表示形式を『指定しない』に変更しました。(読みにくかった場合、縦書きにして頂けると助かります。恐らく、エラーが出たとしても『処理を続行』を選択して頂ければ、いずれ表示されると思います)ご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

ヘッター
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コメント



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4.90名前が無い程度の能力削除
組み合わせが自分好みでした
内容はひねったところはないですが、読みやすくてスッキリする終わりかたでした
11.100名前が無い程度の能力削除
天子かわいいよ天子
16.100名前が無い程度の能力削除
もっと評価されるべき
天子かわいいね
18.100名前が無い程度の能力削除
天子らしくて良かった
天アリもいいですね