Coolier - 新生・東方創想話

百年

2014/07/30 21:09:07
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 鳥獣の鳴き声や風音のない、妙に静かな夜だった。私が慧音の枕元に座っていると、彼女は静かな声で「私はもう死ぬ」と言った。その声は嫌に際立って私の耳に響いた。
 場所は竹林にある私のボロ小屋である。壁は竹で組んだ骨組みに土を塗りたくった粗末なもので、調度と呼べるものは何もないから、妙に広々として寒そうに見える。その何もない部屋の真ん中に蒲団が延べられ、そこに慧音は黙然と横たわっている。私は黙って慧音の顔を眺めた。
 彼女の顔には生きてきた長い時間が皺となって刻まれて、見るからに弱々しい。目が閉じられているから、起きているのだか眠っているのだか、一目では分からない。もう死んでいるようにも見える。
 慧音は浅い呼吸を繰り返して、時折苦しげに呻きをあげた。それで生きていると知れたが、長くはもつまい。これはもうすぐにでも死んでしまうなと私は思った。思った途端に両の目から涙がこぼれ出して、同時にひどく悲しくなってしまった。
 それを見たのか、慧音は静かに「泣くな妹紅」と言った。そして手を伸ばして私の頬を優しく撫でた。それは死にゆく者の手だった。冷たくシワだらけの、朽ちるだけの手だ。
 私は慧音のその手を取り、「お願いだから死なないで」とすがるように言った。このようなことを言っても慧音を困らせるだけだと分かっていたが、言わずにはおれなかった。それは私の心からの願いであった。
 慧音は案の定困ったような顔をして、「妹紅、これは仕方のない事なんだ」と諭すように言ってきた。仕方がないと言いつつも、彼女の目は悲しげであった。その目を見て私はたまらなくなり、さらに涙が流れてとめどなかった。
 そうして泣いているうちに、私はふと自身の生がどうでもよくなってきた。このまま独り惨めに生き続けるくらいなら、いっそさっぱりと死んでしまったほうが幸せかもしれない。しかし私は蓬莱人であるから、首を落としてもすぐにくっつくし、燃やし尽くしても残った灰から蘇ってしまう。どうあっても死ぬことはない。私は自分が救いがたい哀れなもののように思えてしかたがなかった。
 慧音はしばらく黙って、泣いている私を見ていたが、いきなり思い切ったように「妹紅、百年待っていてくれ」と言った。私は彼女の方を見た。その目には先ほどの悲しみはなく、ただ悲愴な決意と申し訳なさだけがある。慧音は「私が死んだら燃やしてくれ。そうしてできた灰を、竹林の上から夜風に乗せて撒いて欲しい。そのあと私の墓を作って、墓前で百年、待っていて欲しい。なんとかして、頑張って会いに来る。妹紅を独りにはしない」と一息に言った。私はもう一度慧音に会えるのだと思い、泣き止み笑って「ああ、いつまででも待ってやる」と言った。この言葉に嘘はなかった。慧音に会えるのならば万年でも億年でも待ち続けてやると思った。
 彼女はそれを聞き、泣きそうな顔をして、一言「すまない」と言った。そうしてそのまま死んでしまった。
 私は言われたとおり、慧音の遺体を自身の能力で焼いた。ボロ小屋の脇にある、竹の生えていないだだっ広いところで焼いた。慧音の体から立ち上る煙が、一面の鈍色雲に吸い込まれて、何やらもの哀しげであった。私は燃やしたあとに残った灰を集め、粗末な作りの壺に入れた。この中に慧音が入っているのだと思うと、なんでもない壺が途端に愛おしくなった。私は壺をぎゅっと抱きしめた。
 夜になるのを待ってから、私は空に向かって飛んだ。曇っているから星は見えない。私の出している炎の翼以外の全てが闇に沈んでいる。竹林を眼下に見下ろせるところまで来ると、私は抱えている壺から灰を一掴み取り出し、そのまま闇夜を薙ぐようにして撒いた。炎の発する光が灰を照らし、一瞬闇の中に浮かび上がらせたが、それはすぐに暗がりに溶けていった。私はひたすら灰を撒いた。撒くうちに慧音が死んだという実感が湧いてきて、そのまま泣いてしまいそうだったけれど、百年後に慧音が帰ってくるんだと自分を奮い立たせ、必死に泣くのを我慢した。少しして灰は全て撒きおわった。
 下に降りた私はすぐに慧音の墓を作った。それは墓と呼ぶのもおこがましい、ただ手頃な石をいくつか積んだだけの粗末なものであった。しかしその飾らなさが慧音にぴったりだと思った。私は出来上がった墓の前に腰を下ろした。墓を作っているうちに晴れた空に、いくつもの星が浮かび上がるようにして見えた。
 そのうちに朝日が昇った。日光が闇を押しのけ、世界の隅々を照らすように思われた。慧音もいつかは蘇り、私の、この悲しみを照らしてれるだろう。そう思うと途端に百年が待ち遠しくなった。
 日はそのうちに向こうの空に消えていったが、しばらくするとまた昇ってきた。昇ったと思うとまた沈み、沈んだと思うとまた昇る。その度に闇と光は交互に地上を覆って、世界が死んだり生き返ったりしたする。まるで私みたいだと思った。死ぬに死ねず、死んでもすぐに生き返る。
 どれくらい時間が経ったか分からない。墓石に苔が生え、石自体も風化しだした頃に、墓の下からひょろひょろと一本の茎が伸びてきた。それはそのままぐんぐん伸びて、私の眼前で止まり、先端に付いた蕾を花開かせた。それは百合の花であった。慧音がそのまま花になったような美しさだった。
 私は百合の花に手を伸ばし、その花弁にそっと触れた。柔らかくツヤツヤして、少し露に濡れている。それは生命に満ち溢れていた。命の象徴のように見えた。そのまま永遠に咲き続けるように思えた。
 しかしそのうちに百合の花は枯れ、墓石は磨耗し崩れ果て、後には小さな石ころがいくつか転がっているばかりとなった。日が幾度も私を照らし、月が何度も私の上を過ぎていった。それほどの時間が、飛ぶ矢のように流れた。どれだけ待っても慧音は姿を見せず、百合の花ももう生えてこない。
 私は孤独に震え、膝を抱えた。百年はまだ来ないのか思った。まだ来ないのかと思いながら、もう百年は来ないのだろうとも思った。私は膝に顔をうずめて泣いた。そうしながら一心に祈った。
 ただ、慧音に会いたい。それだけだった。
『夢十夜』面白いよね。
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コメント



0.140簡易評価
2.80奇声を発する程度の能力削除
うーむ、何とも…
6.80dai削除
雰囲気は好き。