Coolier - 新生・東方創想話

命と引き換えにする覚悟で内臓を消費し急成長を遂げたルーミアがスルメのような背伸びをしたせいで口から黒い御柱を出すSS

2014/07/26 20:20:25
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 守矢神社で昼寝をしていた時の話だ。ルーミアは、珍しく守矢神社へやってきていた。
 ちょうどその時は色違いの巫女がおらず、天気も快晴でのんびりと昼寝ができる日だった。
 本来ならば、ルーミアは自分が住む場所で昼寝をするべきなのだろう。だが、つい昨日大雨が降ってしまった。
 主に森の中を住処とし、また十分な家を造る技術のないルーミアは、その大雨に耐えられる家を造る事ができなかった。
 家など無くても昼寝はできるが、かといって不快さを感じないわけでは断じてない。いくら今日がカラカラとした晴れ空でも、森の木々から伝う雨粒は鬱陶しい。
 龍神様は、時たまこうやって異常なほどの大雨を降らすから困る。
 今が梅雨だからだろうか。視察に来るのは良いけれど、それならせめて雨くらいほどほどにして欲しいものだ。
 
 そういうわけで、ルーミアは適当に飛び回った結果この守矢神社に辿り着いたのだった。
 ここは良い。守矢神社の屋根に転がりながら、ルーミアはにへらと笑い瞳を閉じた。
 日は暖かいし、景色は綺麗だし、匂いも良い。強いて難点を挙げるならば、神様の匂いとでも言おうか。神力が肌に沁みるのが一番かつ唯一の難点であろう。
 神社である以上それは当たり前なのだろうが、幻想郷の最果てにある博麗神社はそんなこともない。というより、あそこにはなんの神が祀ってあるのかわからないのだ。だから神力も感じない。
 元から何も祀られていないのか、それとも既に名すらも残らぬ神なのか。どちらにせよ、あそこはもう神社である意味もなさそうだ。なにを祀るのかわからないのだから。刀の鞘だけがあって刀が行方不明みたいなものだ。なんの役に立つのだろう。いや、遠くの物を取るときくらいは役に立つかもしれない。
 さて、対して一方ここ、守矢神社は本当に敬虔というか真摯というか、いかにも『神社』なのである。神を敬い、祀り、讃える。来歴不明の博麗神社より、こちらの方が良いとして参拝客も多い。博麗神社の方が昔からあるのだが。
 もっとも、恐るべきは博麗の巫女がその事に大して危機感を覚えていないことであろう。それどころか、あそこには幻想郷中の化け物が蠢く魔窟であるという噂まである。しかも事実なのだからなお笑えない。
 もちろん守矢神社はそんな事もなく、神様の力が色濃く辺りに溢れている。
 そういう場所に妖怪であるルーミアがいるのは至極不自然であることなのだが、まあそこは幻想郷。常識に囚われてはいけない。だいたい、妖怪の山という魑魅魍魎がこれでもかと言わんばかりに跋扈する山に守矢神社はあるのだ。そちらの方が遥かにおかしいのだから、ルーミアがこんなところにいても何も問題はない。

「だからって、神様として無視するわけにはいかないんだけどね」
「んー?」

 ルーミアがふと右隣に気配を感じて、思わず目を開く。そして横に顔を向けた。
 そこには青髪の女性が、ルーミアと同じく仰向けで寝ていた。
 この守矢神社に祀られる神、八坂神奈子である。
 神の威厳もへったくれもない姿だ。どこにだらしなく昼寝をする神がいると言うのか。よりにもよって妖怪の前で。
 
「細かい事は良いんだよ。最近は、威厳を出すよりもフランクな神様が人気なの」
「そーなのかー。で、追い出したりしないの?」
「無視するわけにはいかないだけです。だからこうして監視してるのよ」

 神奈子はそう呟くと、再び昼寝を始めてしまった。それで良いのか、神社。

「ってかあなた、日光浴びたら死ぬんじゃなかった?」
「人を吸血鬼みたいに言わないで。そりゃまあ、ちょっと力が弱くなるけどね」
「ならなんでわざわざ出てきてんのさ」
「気持ち良いからに決まってるじゃない。人間も月光浴とかするでしょ?」
「物好きねえ」

 ルーミアは闇の妖怪である。
 基本的な活動時間は夜だ。特に新月のような、光がまったくない世界はルーミアにとって最も快適な一日でもある。
 だからと言って、日の光をまったく浴びないわけではない。夜に出歩く人間なんてほとんどいないし、最近はタダでさえ人間が襲われてくれないのだから、昼に活動することだってもちろんある。
 夏の日だとか、そう言った強い日差しの時は能力を使って日光が当たらないようにするが、今日は幸いそこまで日光が強くない。
 こういう日は、ルーミアも心地良く感じる。
 吸血鬼は可哀想ねえ、とルーミアはぼんやり思った。なんといっても、この日差しを堪能する事ができないのだから。
 そんな事を考えていると、今度はルーミアの左隣に奇妙な帽子を被った少女が現れた。守矢神社に祀られるもう一柱、洩矢諏訪子だ。

「はあ……まったく、あんたはちょっと緩すぎない? いくらなんでも、妖怪を神社に放置しとくのは感心しないね」
「とか言っときながら、お前もだろう? 諏訪子」

 諏訪子は神奈子と同じく仰向けで寝ており、その状態でそんな言葉を吐いても説得力なんて欠片ほどもない。むしろマイナスである。

「じゃあ、ここで退治する?」
「私、悪い妖怪じゃないよ」
「やめなよ。めんどくさい」

 物騒な会話が飛び交うが、誰もそこから動いたり立ち上がろうとはしなかった。なんだかんだで、神様も妖怪も釘付けにしてしまうほど暖かな陽気というのが、そこには満ちていた。
 
「あの巫女は?」

 ルーミアが尋ねた。それに答えたのは神奈子だった。

「ああ、早苗? あいつは里に買い出しへ出かけたよ」
「神奈子が酒をがぶ飲みするせいでね」
「ぬかしおる。お前もだろ」
 
 あの緑の巫女の名は、早苗と言うらしい。つい最近この神社ごと幻想郷へ引っ越してきた巫女だ。
 あの巫女は紅の巫女と同じく物騒というか、なんというか。
 恐ろしさで言えば博麗の巫女の方が上である。無言で作業でもするような瞳のまま、無造作に無遠慮に無配慮に無慈悲に踏み潰すかのごとく妖怪を退治していくのだから洒落にならない。絶対あれは食べられないタイプの人類だ。食べたら多分腹の中で爆発する。良薬というよりは劇薬だろう。
 一方緑の巫女は巫女で問題がある。あれは妖怪退治を愉しんでいる。間違いなく。退治民族だ。
 普段の巫女は、お守りを売ったり神様に祈ったりと真面目なのだが、その反動とでも言えるのだろうか。
 いや、反動ではなく副作用か。真面目だからこそ、人間ああも恐ろしくなれるのだ。神様という正義を振りかざしている。あれも食べられないタイプ。むしろ下手をすれば逆に食べられる。いや、下手をしなくても食べられる。
 しかし幸運な事に、幻想郷の妖怪退治というのは、基本形だけのもの。それ故死ぬことはない。スペルカードルールという、人間に犠牲なき勝ちを、妖怪に安全な負けを与えたもの。それを利用するのが今風の妖怪退治である。
 だが妖怪にとって、退治されることは恐ろしいことではない。退治されるからこそ妖怪。退治されるまでが妖怪なのである。かと言ってわざと退治されてやる訳でもないが。
 しかしなによりも、忘れられる事が一番怖いのだ。
 忘れられれば、幽霊にもなれやしない。肉体があるかどうかなんて別にどうでも良いのである。死ねば復活すれば良いだけの事。できなけりゃ、幽霊にでもなれば良い。しかし、忘れられたら妖怪はそこで終わりなのである。恐れられる以前の問題だ。
 だが最近は、妖怪よりも人間ーー巫女の方が恐れられているのではないかと思う。幻想郷であれだけ物騒な奴らも珍しい。他に物騒なのは、紅魔館のメイドと白黒魔法使いくらいだろうか。驚くべき事に全員人間である。やはり妖怪より人間の方が凶暴なのだろう。
 
「あの巫女は凶暴ね」
「まあね。家の自慢の風祝ですから」
「褒めてないってば」

 のんべんだらりと緩やかに、暖かい陽の中会話する。
 妖怪にとって凶暴で恐ろしいという事は、人間にとっては真面目だという事なのだろうか。
 いやしかしそれもそうだろう。人間達にとって妖怪は害なのだから、それを熱心に退治していく様は確かに真面目である。
 
「ところでさ」

 諏訪子がのんびりとした声で呟いた。

「なに?」
「あんた、何の理由で守矢神社に来たの?」
「ほら、昨日大雨が降ったでしょ? だから、いつも住んでいるとこが使えないのよ。で、ちょうど日当たりが良さそうなここにやって来たってわけ」
「ふーん……」

 諏訪子は自分から聞いたくせに、投げやりな声を出した。
 なんだ。神社に来たからには、参拝でもしろという事か。

「そういう事よ」

 神奈子が言った。

「さっきから不思議に思ってたんだけど、あなた達しょっちゅう私の思考を読むよね? それも神様の力って奴?」
「神様に不可能はないわ」
「ふーん。急に現れたり、急にフランクになったり、最近の神様はわからないわね」

 本当にわからない。神様とは理解し難い存在であるということだけは理解できた。
 それっきり会話も途切れ、ひたすらぼーっとしていく。
 元より、お互い込み入った用があるわけでもない。楽しい話のネタもなければ、決闘の申し込みに来たわけでもなく、かと言って二柱にとってはルーミアを退治する理由もない。妖怪であるという時点で退治する理由はあると人間は言うが、触らぬ神に祟り無し。神も妖怪も元は同じなのだ。
 
「そうですねぇ。妖怪退治も楽しいですが、今日くらいは見逃してあげましょう」
「あら、巫女じゃない」
「お帰り早苗」

 今度は、ルーミアの真上から声が聞こえた。諏訪子がぶらぶらと手を振る。
 仰向けのまま顔を上げてみると、そこには現人神、東風谷早苗の顔が逆さまに映っていた。
 ルーミア達は屋根の斜面に川の字で寝ている。対して早苗は、屋根のてっぺんに座るようにしてルーミアの顔を微笑みながら見下ろしていた。
 東風谷早苗は、風祝とかいう巫女の亜種みたいなものであり、人間であり、神でもある。

「でも、なんのお咎めもなしというわけには行きません」
「どうするの?」
「タンスに足の小指をぶつける呪(まじな)いでもかけておきましょう」
「私の家にタンスはないの」
「なら、何かに小指をぶつける呪(まじな)いで」
「足の小指に拘るのね」
「あら、結構痛いわよ?」
「だからお断りよ」

 東風谷早苗は俗に言う外来人だ。
 ただ他の外来人と違うのは、《外》から幻想郷に『迷い込んだ』のではなく、《外》から『入り込んだ』点だろう。
 結界を超えて、意図的に《外》からやってきた人間である。
 なんでも、《外》は大変優れた文明を持っていて、既に夜の闇は消え失せつつあるらしい。

「贅沢ですね。二兎を追うものは一兎をも得ず。常識ですよ」
「微妙に使い方間違ってない?」

 二兎を追うものは一兎をも得ず、というのは、二択を選ばず両方得ようとするものの事である。ルーミアは一択しか選択していないのだが。

「ああ言えばこういう、こう言えばああ言う。最近の妖怪とは傲慢ですね」
「その理屈はおかしいと思うわ」
「ここは一つ、弾幕ごっこで決着を付けようじゃないですか」
「あなたそれやりたかっただけでしょ」
 
 早苗が立ち上がる。
 ルーミアもやや遅れて立ち上がった。

「おー、弾幕ごっこかい。がんばれや」

 諏訪子が仰向けのまま、だらりと手を振る。
 弾幕ごっことは、即ちスペルカードルールの事である。このルールの上で幻想郷の仕組みは成り立っている。妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する。その関係はリスク無しには得られないものだったが、それは昔の話。
 わずかに歪んだ自然的な人妖関係は、幻想郷に平和をもたらしていた。
 ルーミアと早苗はそのまま浮かび上がって、神社の境内で向かい合った。早苗はお祓い棒みたいなものを両手に持っている。ルーミアはそれを見て、ゆっくりと聖者が十字架に磔られたかの如くポーズを取る。
 神奈子は上体を起こし、あぐらの姿勢で、諏訪子は足を広げ手を足の間に着いた姿勢でそれを眺めていた。

「妖怪退治は人間の常。退治されるは妖怪の常。さあ、悪しき妖怪よ。偉大なる神の奇跡に退治される時よ!」
「奇跡は二度起こらない。神の力も所詮そんなものよ。さて、あなたはどんな味かしら」
 


 スペルカードルールとは、実力に左右されない公平な勝負である。
 つまり、天に名を轟かす大妖怪が脆弱な人間に負けることだってあり得るし、低級妖怪が高名な陰陽師に勝つことだって当然ある。
 しかし、必ずしも下克上が起こるわけではない。弱い者が必ず勝つ、そういうルールではないのだから。
 スペルカードルールには、スペルカードルールなりの戦法というものがある。スペルカードルール上での強さというものがある。
 さて、東風谷早苗は人間であり巫女だ。当然、異変解決だってするし、スペルカードの経験は豊富だろう。
 一方ルーミアは、特に何もない妖怪である。頭に変なリボンが着いているが、それ以外は至って普通の妖怪である。異変解決なんてしないし、弾幕ごっこをするような経験自体あまりない。
 かたや経験豊富な歴戦の巫女。かたや経験豊富でもないただの妖怪。
 勝敗はもちろんーー。

「弱い者いじめは良くないと思わない?」
「虐げる立場の妖怪が何をおっしゃいますか」
「最近の巫女は凶悪なのね。人道を外れてるわ」
「一応神様ですから」

 早苗の圧勝だった。
 早苗は無傷と言っても過言ではないほどで、弾幕ごっこを始める前となんら変わりがない。対してルーミアは、服もボロボロで、浅い傷がいくつか付いていた。
 
「さあて、じゃあどんなお呪(まじな)いをしてあげましょうかね」
「呪(まじな)いっていうくらいだから役に立つようなものにして欲しいわ」
「呪(まじな)いは呪(のろ)いとも読むのです。良かろうが悪かろうが、神様にお祈りし、相手に影響を与えるのは変わらないわ」
「神様が神様に祈るの?」
「あなたは目上の人に頭を下げないのかしら」
「私は妖怪だからそういうのとは無縁なの」
「それもそうですね」

 妖怪でそんな機会があるのは、天狗くらいではないのだろうか。天狗はこの妖怪の山に独自の社会を築いているが、それはもう大変な上下社会であるらしい。
 もちろんルーミアはただの野良妖怪なのでそんなことは無い。

「ふーむ、何が良いでしょうか……」
「思いつかないならもう何もないで良いじゃない。それか、私の願いを叶えるとか」
「なんで敗者の願いを叶えなければならないのかしら」
「神様、どうかこの妖怪に慈悲をくださいな」
「棒読みすぎて笑いも出ませんね」

 やはりダメか。

「じゃあ……能力で決めちゃいましょう」
「能力の無駄使いよ」
「財産は使わなければ意味がないの」

 早苗はそう言うと境内へ降りていった。
 ルーミアもそれに続いていく。
 早苗は神社の賽銭箱の前に立つと、目を閉じてお祓い棒を左右にぶんぶんと降り始めた。
 
「……」

 そんなに真面目に考えなくたって良いのに。
 ルーミアがあくびをしながら神社の屋根を見た。早くあそこに戻りたい。
 そこでは、神奈子と諏訪子が何やら楽しそうに話していた。

「……出ました!」
「きゃっ、もう、びっくりしたなあ」
「闇の妖怪さん、あなたにかける呪(まじな)いが出来ましたよ!」

 早苗は笑顔でルーミアを見ている。
 ーーなんだろう、とてつもなく嫌な予感がする。

「さて、どんなお呪(まじな)いなのかしら」

 ルーミアが尋ねてみると、早苗はとても良い笑顔をさらに深くして、盛大に言い放った。

「口から黒い御柱が出てくる呪(まじな)いです!」

 ーーは?



「私は今どんなリアクションをするのが正解なの?」

 ルーミアは困惑した。
 むしろ、困惑しない妖怪がいるのだろうか。いれば顔を見てみたいものだ。
 とうとうこの巫女は、常識だけでなく、頭のネジすらも投げ飛ばしてしまったらしい。
 頭を抱えながら、ふと屋根の上を見てみると、神奈子と諏訪子の二柱が腹を抱えて笑っていた。

「笑えば良いと思いますよ。神奈子様、諏訪子様みたいに」
「そーなのかー」
「と言いつつも、笑わないのですね」
「巫女。考え直さない?」
「なんで」
「逆に聞くけど、なんでその呪(まじな)いなのよ。もう呪(のろ)いよりおぞましいわ」

 口から黒い御柱が出てくるとは、いったいどういう事か。
 もちろん、本当にわからないわけではない。口から御柱が出てくるのだ。それはわかる。
 ルーミアは、ふと想像する。
 まず、自分がいる。
 そして、その自分が大きく口を開いた。すると、口からどーんと黒い御柱が出てくる。
 なるほど。

「……バカじゃないの?」
「でも、もう掛けちゃったので」
「直せ。今すぐにだ」
「なんで敗者の言うことを聞かなきゃならないのかしら。この言葉は二回目ですよ」
「三度目の正直」
「仏の顔も三度まで、です」
「あなた巫女でしょ」

 口から黒い御柱って、そりゃあいったいなんの冗談だ。ルーミアは本気で叫びたくなった。

「嘘だと思うのなら、口をしばらく開けてみてはいかがでしょう? きっと、黒い御柱が出てきますよ」

 そう言う早苗の顔はとても綺麗な笑顔で、ルーミアはその笑顔を思いっきり殴り飛ばしたい衝動に駆られた。殴りたい、この笑顔。
 確認の意も込めて、ルーミアは口を少し開けてみた。

「……!?」

 すると、しゃっくりのような波が腹の底から迫ってきた。そして次の瞬間、ルーミアの口からぽん、と軽い音を立てて黒い御柱が出てきたではないか。
 ルーミアはそれを心底驚いた表情で見つめた。同時に、自分の体は目の前の緑色の悪魔によって得体の知れない改造を施されたのだと、はっきり自覚した。

「ね? 言ったでしょう?」

 早苗が首を斜めにしながら笑う。震えるルーミアを見下ろして、二柱の神までもが、笑いに笑いを重ねたかの如く大笑いしている。
 
「……これ、いつ直るの?」
「さあ?」
「さあ? じゃないわよ」
「術者を倒さないと術は解けない。常識ではありませんか?」
「巫女の常識は歪んでるのね」
「いや、普通に常識だと思うけど」

 どうやら、早苗を倒さないとこの摩訶不思議奇妙奇天烈な呪(のろ)いは解除されないようだ。
 冗談ではない。口から黒い御柱など、それこそ悪い夢である。生活にも不便だ。寝ている間に口を開けてみろ。すぐさま御柱発射だ。ルーミアはシミュレーションをしてみた。
 まず、ルーミアは仰向けに寝ていて、御柱が発射される。そして重力に引かれて、自分の顔面に黒い御柱が直撃。ーーものすごく、危ない。
 大変危険な術を掛けられたものだ。この東風谷早苗という巫女、神とか巫女というよりは、まるで退治して然るべき妖怪のようですらある。
 ルーミアは、はあ、と憂鬱そうに息を吐いた。この御柱の呪い、多分本気で解除してくれないだろうなと悟ったからだ。
 しかし、それはまずい。危ないし、笑いものになる。あの新聞記者……そう、射命丸 文にでも見つかってみろ。あの好奇心旺盛な天狗の事だ。すぐさま光と同じ速さで記事を書いて、幻想郷にばら撒くだろう。
 口から御柱が出てくるなど、闇の妖怪としてのルーミアが持つイメージを崩壊させてしまうかもしれない。いや、崩壊どころか、そのインパクトは闇妖怪としてのイメージを容易く塗りつぶして、『黒御柱の妖怪』へと変形してしまうだろう。
 それは、大変まずい。人間にとってはタダの恥さらしで済むが、妖怪からすればそうも行かない。
 妖怪とは恐怖で成り立っている。
 さて、もしルーミアの印象が『恐ろしい闇の人喰い妖怪』から『黒い御柱を吐き出す謎妖怪』に変わり、ルーミアが笑いものとなったとしよう。
 その場合、ルーミアへの恐怖は限りなく薄れるに違いない。となれば、ルーミアの力は極端に低下する。妖怪なのに恐れられないのだから当然だろう。そして最悪の場合ーー妖怪としてのルーミアは、消滅してしまうかもしれない。
 俄かに考え過ぎではある。妖怪が忘れられたのでもなく、恐怖が得られないから消滅するなんてのは、滅多にある話ではない。
 けれど、ゼロではないのだ。起きる可能性は、決してゼロではない。当たり前だが、ゼロでない以上それは起こりうることなのだ。
 言うなれば、今のルーミアはバンジージャンプをやっているようなものだ。失敗する可能性は限りなく低いが、しかしもしかしたらあり得るかもしれない。そんなくらい。
 そもそも、妖怪にとっての恐怖とは誇りと自信の証でもある。
 そして、その二つは精神に大きな比率を置く妖怪にとって大変重要なものなのだ。大妖怪と呼ばれる者たちは、皆傲慢とすら取れる己への限りない自信と誇りに溢れているのが何よりの証明。

「……そうなると、あんたを倒すしかないってわけね」

 ルーミアはめんどくさそうにため息を吐くと、早苗を見据えた。

「そうですね」
「仕方ないわね。本気で戦ってあげる」 
「あら、じゃあ今までのは本気じゃなかったと?」
「そうよ」

 ルーミアは、目の前の巫女を倒すことを決意した。
 倒して、なんとかして術を解かせねばならない。それこそ命を懸ける覚悟で。ここは妖怪の山。いつあの鴉天狗が来るともわからない。なんと言っても、妖怪の山は天狗達の住処なのだから。
 
「さあ、覚悟は良い?」

 ルーミアはふわりと浮かび上がると、静かに瞳を閉じた。
 すると、ルーミアの辺りを闇が覆い尽くしていく。闇色の粒子が辺りに舞った。

「おお……なんだか本当に妖怪みたい」

 早苗が、声を漏らした。
 ルーミアの周りには黒い嵐が渦巻いている。それらは波のように境内を闇色に染め上げていく。
 その大きさは尋常ではない。夜が辺りを覆い尽くしていく。昼間だというのに、そこだけがぽっかりと暗闇となった。
 守矢神社は今、新月の夜の如く闇色である。
 その中に、ルーミアはいた。瞳を静かに閉じながらその闇の中にいた。
 闇の中は静かだった。嵐の目は雨も風も起きない。ルーミアという嵐の中心部はとても静かなものだった。
 その暗い静粛の中、ルーミアは静かに力を解放した。
 今回ばかりは、本気だ。命懸けですらある。ルーミア自身の誇りと、生存がかかった戦いだった。
 己の身体の一部を犠牲にし、それを妖力に転換。僅かな時間ながらも、その力を増大させる。
 犠牲にする身体の部位は、内臓。五体の内どれか一つでも欠ければ戦闘に支障が出る。
 その点、内臓ならば戦闘に支障は出ない。内臓を無くした人間は死ぬが、妖怪ならそんな事はない。こういう時、妖怪の丈夫な身体は役に立つ。
 ルーミアの身体に変化が訪れる。幼げな少女だった身体は、ぐんぐんと成長していく。身体の柔らかな部分が増え、シルエットも大きくなっていく。闇の中で静かに脈動する鼓動のみが、辺りに響いていた。
 やがて若いながらも女性と呼んで差し支えないほどに、ルーミアは成長した。
 かっ、と目を開いて、ルーミアは辺りを腕で薙ぎ払った。闇が、晴れていく。

「おおー」

 闇は晴れたとはいえ、未だ黒色の粒子が舞っている。その闇の残滓のまた向こうに、巫女の驚いた表情が見えた。
 ルーミアはそれを見て微笑むと、静かに、けれど激しくスペルカードを構えた。

「さあ、恐れなさい人間よ。そして、夜の闇と恐怖を思い出せ! 原始の恐怖をその胸に刻みつけてやる!」



 ルーミアは確かに強くなった。
 大妖怪、とまではいかずとも、あるいはそれに匹敵するほどの妖力はあったかもしれない。
 けれど、幻想郷での決闘方法は『弾幕ごっこ』である。
 強い者による理不尽な勝利を無くし、弱い者の理由無き敗北を殺した勝負方法。
 その前では、ルーミアが増した力というのもやはり、無意味だった。

「なんだ、呆気もない」
「むきゅー」
「それはあなたのセリフじゃないでしょう」

 早苗が見降ろす。ルーミアは境内にぺたりと座り込んでいた。服は以前にも増してボロボロである。早苗は、やはり無傷であった。
 弾幕ごっこは基本、強いものだけが一方的に勝てるようには作られていない。でなければ、目の前の巫女は異変を解決できない。博麗の巫女ならいざ知らず。
 
「じゃ、私が勝ったからもう一つお呪(まじな)いをかけてあげるわ」
「そんな〜」
「じゃ、奇跡の力でもう一度」

 早苗が再び目を閉じて、お祓い棒を振る。
 ルーミアはしかし、言葉とは裏腹に静かにそれを見ていた。
 正直な話、ルーミアは早苗の呪(まじな)いに対した興味を抱いてはいなかった。それよりも、この御柱の呪(のろ)いを解除する事に思考の全力を尽くしていた。
 さすがにルーミアも、口から御柱よりひどい呪(まじな)いがあるはずがないと思っているのである。
 それもそうだろう。ルーミアとて、少なくともそこらの人間よりは永く生きた人間である。
 その生の中で、ここまで奇妙かつ異質かつ異常かつふざけた呪いというものを見たことがなかった。だから、高を括っていた。

「んー……出ました!」

 早苗がお祓い棒を止めて、瞳を見開いた。
 ルーミアはそれを見て、一応尋ねてみる。

「あんまり聞きたくないけど、今度はどんな呪(のろ)いなのかしら」
「ふっふっふ……これです!」

 早苗がもったいぶるような笑みを浮かべたあと、その後さきほどよりも深い深い笑みを浮かべた。

「スルメのような背伸びをするスルメになる呪(まじな)いです!」





「ねえ」
「はい?」
「どうして私は物干し竿に干されているの?」
「スルメだからです」
「いや、どっちかと言えば首吊りなんだけどこれ……わぷっ」

 ルーミアは、すぐさま拘束されて守矢神社の物干し竿に干された。スルメのように身体が伸びてしまっている。
 ルーミアは何か注連縄のようなもので拘束されていた。簡単に引きちぎれるかと思いきや、異常に硬く、千切るどころか解く事すらできない。
 しかも、この謎体勢のせいなのか、黒い御柱がかなりの頻度で出てくるのである。
 
「けぷっ」
「御柱二本目。ふふふ、もっと吐き出すがいいや!」
「……」

 ルーミアは、半分悟ったような表情で虚空を眺めていた。
 ああ、早く終わらないだろうか。この謎状況。言葉にして表すなら、『命と引き換えにする覚悟で内臓を消費し急成長を遂げたルーミアがスルメのような背伸びをしているせいで口から黒い御柱を出している』だろうか。
 ……言葉にするとなおさら訳がわからない。

「早苗、派手にやるじゃない!」
「これから毎日人を吊るしてみる?」
「あなた達……」

 とうとう神奈子と諏訪子までノリ始めた。
 ルーミアはついに、思考を放棄した。頭の中を空にしたのである。このままでは、ルーミアの頭が容量オーバーで壊れてしまう。
 どことなく死んだような瞳でルーミアは空を見上げる。しかし注連縄が邪魔で見れなかった。
 
(……なんなんだろう、これ)

 ルーミアはため息と黒い御柱を吐きながら、大きく、大きく、ため息を吐くのだった。
 
 なにかいてるんだろうおれ(困惑)
 正直ヤケクソだった。ついカッとなってやった。反省はしているが後悔はしていない。

 こんなおぞましいものを読んでくださって本当にありがとうございました!
灰皿
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コメント



0.380簡易評価
6.無評価名前が無い程度の能力削除
月には今……
7.20名前が無い程度の能力削除
前書きと後書きがネガティブ過ぎて作品を読み終わってすぐイラッとする。
9.無評価灰皿削除
>>6名前がない程度の能力様
 感想ありがとうございます!月には永琳の匙が舞っていることでしょう…。

>>7名前がない程度の能力様
 感想ありがとうございます!
 むむ、確かに当時は自信なかったとはいえ、ネガティブですね…。貴重なご意見ありがとうございました、直してみます!
11.20名前が無い程度の能力削除
ギャグとして書いてるんだろうけどなんかルーミア苛めてるだけにしか見えない
13.70名前が無い程度の能力削除
書き方は丁寧で好感が持てる。
干されたりオンバシラ射出したりするルーミアがかわいかったのだけど、最後はもう少しいい所に着地して欲しかったかな…。