Coolier - 新生・東方創想話

河城霧雨探訪記

2014/06/30 00:07:15
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河童は幻想郷の技術者である。
数多の実験を行い、失敗を繰り返し、技術や道具を生み出す。
河童は少し変わりものでもある。
「必要は発明の母」とは、人間が生み出した諺である。求められてこそ、新たな技術が生まれるものだ。
しかし彼らにとっては。
発明の母たるものはすなわち己自身に他ならず。技術は需要を飛び越して、てんでばらばらなほうへ枝分かれをして、実生活の不便などには目もくれず、彼らは夢と興味を追い続けるのだ。
河童とは、そんなやつらである。
川の底では日夜、新型の歯車や水中発火装置や超水圧兵器について熱い議論が交わされ、しかしその熱はあぶくほども外界には伝わらない。
一見穏やかなこの川底では、河童たちの情熱と汗と涙の結晶が、砂金の光をもかき消して、それはそれはぎらぎらと輝いているのだ。



さて、一匹の河童が戦いに敗れ、川の底へと帰ってきたところである。
玄武の沢から少し離れた、流れも速く水深の深い、流れの曲がり角。その底に、彼女、河城にとりの工房はある。

「ううむ、しかし派手にやられたもんだ」

ボロボロになった装備を引きずって、耐水コーティングの施された木製の扉を開く。
石を組み上げ、野蒜を編み、ススキを内壁に張り巡らし、藻を植えつけたその建造物は、彼女の言葉を借りれば、「違和と調和を兼ね備えた」彼女の秘密基地である。
外壁の内側には、彼女自身の水を操る能力を保持する結界が張られており、室内に水が入ることはない。現状こればかりは能力を使うしか無いが、彼女はそれをすら内心悔しく思っている。

「強度の面で改良が必要かな。耐熱性……いやしかしアレは例外だろうか……」

迷彩機構はあとかたもなくなり、ところどころ焦げ付いた光学迷彩スーツを作業台へ放り出し、四角い木製の、無骨な椅子にどかりと腰をかける。
先刻、彼女はこの、新作の光学迷彩スーツの性能を試しに里へ降りようとしたところ、一人の人間と出会った。
河童は、げげ、と、それは驚いた。こんな山奥に立ち入る人間などいない。
噂の異変解決業者の巫女かと思ったが、どうやらそうではないようだった。

「あいつは本当に人間だったろうか」

更にそいつは、人間とは思えない強さの持ち主であった。
彼女と遭遇した際、にとりは驚きのあまり身を隠してしまった。河童は人見知りなのである。
山へ迷い込んだわけではないらしい。そのまま草陰から、白黒の人間の様子を見ていると、次から次へ飛び出す妖精たちを蹴散らし、ずんずんと上流へ、里へ帰るどころか山奥へと進んでゆくではないか。
もしかすると、こいつは。
この人間は、巫女ではないにしろ、その同業者だろうか。
だとすれば、あのやっかいな神様をどうにかしにきたのか。ならば好都合だ、しかし――
この上は天狗様の領域だ。そこへ人間がひょっこり現れれば、当然騒ぎになるだろう。追い返されるだけで済めばそれでいいが、無残に食料になるかもしれないのを見過ごすわけにもいかない。
それに警告を怠れば、天狗様からおとがめを受けるかもしれない。それも嫌だと河童は思った。
ならば仕方あるまい、私の出番だと、にとりは意を決し、スーツの迷彩機構を働かせ、こっそりと近づき、そして――
惨敗である。こてんぱんである。
あの様子なら、たとえ天狗様に追われても、少なくとも逃げおおせることくらいはできるだろう。安心と落胆をかかえて、にとりは帰途についたのである。
その道中頭も冷え、図らずもスーツの実験を兼ねることとなった、さきほどの戦闘を思い返してみる。
迷彩機構が上手く働かなかったのだろうか。いや、
自ら弾幕を放てば位置が発覚するのは、あたりまえのことである。それに気付いたのは、川面を跳ねる小魚の水しぶきを見たときであった。



これが、現在までのいきさつである。

「一体何者なんだろう。あの白黒は」

河童は困惑していた。あまりに理解し難い。あの人間のことだ。
見たところ、あいつは正真正銘の魔法使いというわけではなさそうだ。本物の魔法使いというものはあんなに騒がしくないはずだし、異変を解決しに山へ登るほど活動的でもないはずだ。
ならばただの人間ということになるが、あんな魔法をそんじょそこらの人間が使うはずもない。
そう、あんな魔法。
光と熱をぶちまけて、馬鹿力でもって四方まとめて照らしあげてふき飛ばすような、あんな魔法をはたして人間が扱えるものだろうか。そもそも扱おうとすら思わないかもしれない。
しかし素人目ではあるが、この河童の目にそれらの魔法は、
無骨ながらも美しく、そう映ったのである。
河童は激しく好奇心をかきたてられた。あのまばゆい魔法に、あの白黒の人間に。
知りたい、調べてみたい。それはまさに未知への探究心とでもいうべきものだった。
こうなったら止まらないのも、また河童である。
しばらく山は騒がしかろうな、そう思ったせいもあるかも知れない。彼女は荷物をすばやくまとめ、ふたたび川を下り始めた。



霧雨魔理沙、その人間が、山の神様と対面している、ちょうどそのときてあった。
なぜ河童は山頂へと向かわないのだろう。

「真実へは徐々にアプローチしていくものさ。まずは外堀を埋めることだよ」

河童は人見知りであり、また、天狗様は恐ろしいものなのだ。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



晩秋の清流といえば、山のあらゆる景勝のうちの最も素晴らしいものだろう。
水は深く透き通り、たしかな力強さをもって穏やかに流れる。両側の斜面はどこまでも燃えるような赤や黄色に色づき、昼下がりの太陽がその色彩をいっそう強めていた。そこから舞い落ちる葉は今や水面をも染め抜かんとしている。
その景色を眼下に眺めながら、河城にとりは河口の湖へと向かっていた。背中に背負った大きなリュックサックからは巨大な竹とんぼのような回転翼が飛び出し、ばたばたと音をたてて回っている。
湖へと向かう理由は、先日配られた天狗様の新聞の記事を思い出したからだ。

「紅魔館図書館にまたも白昼強盗 恒例の弾幕決闘再び勃発、被害甚大」

こんな見出しが三面記事の端っこにあったのをちらりと見かけた。紅魔館といえば霧の湖のほとりに建つ、かの吸血鬼の館である。そんなところに押し入る強盗などよほど暇を持て余した強力な妖怪くらいのものだろう。この記事を最初に見た時、にとりはそう思った。
しかし事実はそうではなかった。
記事の隅には小さく写真があった。おそらく天井付近から撮影されたであろうその写真には、空中を横切る巨大な光の柱が写っている。それに照らされた床の本棚が濃い影をのばしていた。光の出処を見ると、小さく人の影があった。
箒に乗って空をとぶ、大きな黒い帽子が見て取れる。
戦いに敗れ川底へと帰ってきたにとりは、その写真を思い出した。先ほど戦った相手と特徴がぴたりと一致した。奴はこの山に乗り込んでくるばかりでなく、悪魔の館で強盗を働いていたのだ。

(なんてこった)

こんなことのできる人間がいるものか、見間違いかと思い返してみたが、あのとき対峙したのは間違いなく人間だった。
そして湧き上がる好奇心のままに川を飛び出し、事の詳細と奴の正体を知るため紅魔館へと向かったのである。



湖面には今日も深い霧が漂っていた。西に傾きかかった太陽の光線は大気にまんべんなくのばされて広げられて、淡い橙色をぼんやり浮かべている。霧に紛れた妖精どもに弄ばれてはたまらないとにとりは霧をくぐって高度を高く取り、湖の遥か上を飛び越えていく。水はけのよい河童の衣服にはこの霧も染みこむことはなく、丸い水滴となってつるりと滑り落ちる。
向こうの岸辺から少し離れたところに、どろりと赤い屋根が見える。白い壁に取り付けられた窓はどこも小さく細く、屋敷そのものが日陰のように佇んでいる。屋根から突き出した時計台には鋭利な書体のローマ数字が黒く刻まれた大きな時計があり、短針は「Ⅳ」のあたりを指していた。

(さて、どうしたものかなぁ)

例の強盗事件の犯人に興味があるんです、などと言ったら不審がられて追い払われるのは当然だろう。下手をすれば自分の肉が今夜の食卓にあがることになるかもしれない。吸血鬼は河童も喰うだろうか。どうにかごまかしてあちらに取り入らねばならないと思った。
そんなことを考えているうちに、湖のふちを越えて対岸の上空へと辿り着く。その瞬間、眼前の空気をきらびやかな弾丸が数発、斜め下方から貫いた。にとりは驚きに身を固めて、弾丸の行方を目で追った。弾丸は空へと昇り、見えなくなった頃に炸裂して空中に虹色の光をばらまいた。

「何だ」

呆然としていたにとりははっと気が付き、弾丸のやってきた方向に目をやる。見ると、屋敷の門の前でなにかの格闘術めいた構えを取り、こちらをきっと見据える者がある。その眼からはこれ以上の接近を許さないという明確な意志が見て取れた。
これはまずいことになったとにとりは慌てて後方へ下がり、霧の中へ身を隠した。こうなっては妖精など怖がっている場合ではない。

「おーい、どちらさまですかー」

霧の向こうから飛んできたのは、意外にも朗らかな声であった。

「侵入者ですかー、それともなにかご用件が」

門番らしきその声は続けた。問答無用で攻撃されることはないらしい。

「山の河童、河城にとりという者だ。決して怪しいものではない。大図書館管理人パチュリー殿に面会願いたい」

一歩間違えばどんな目に遭わされるかわからない、という恐怖がそうさせたのだろう。むしろ不審なくらいに芝居がかった調子でにとりは返した。

「わかりました。ではまずこちらへ来てもらえませんか」
「いいのかい」
「ええ、ちゃんとしたお客さんには攻撃しませんよ」

柔らかい調子ではあるが、腰を低くして出迎えてくれるわけでもなさそうだ。にとりは警戒しつつ霧を抜けて、屋敷の前へと降り立った。
門番は背丈が大きく、端正な目鼻立ちをしていた。腰のあたりまで伸ばした赤い髪がつやつやと輝き、すらりとしたその立ち姿は美人といってよかった。表情に先程までの威圧の色はなく、むしろ人当たりのよい印象を受けた。

「すみませんね、てっきり塀を越えていこうとしてるものかと」
「こちらこそ悪かったね。物騒な真似をするつもりはないから安心しておくれ」
にとりは思案した。どうすればこの門番に信用してもらえるだろう。
ふと、新聞記事の強盗の姿が頭をよぎる。

「で、パチュリー様にご用件とは」
「いや、実は」

共通の敵を持つ隣人は味方に見えるものだ、とどこかの本だかに書いてあった。にとりはその教えに従って少々嘘をついた。

「天狗様の新聞に強盗事件の記事が載っていたのを見てね、実は私も奴にはほとほと困っているんだ。こう言っちゃなんだけど同じ被害者として、パチュリー殿に力を貸していただけないかと思ったのさ」

我ながら良い口実だと思った。これなら警戒されること無く、奴の情報を聞き出せる。
「はあ、なるほど。あの白黒、山でも泥棒を働いていたんですか」

「そうなんだよ。仲間の中にも何人かやられたのがいてね、彼らの代表としてここに来た」

ふむ、と門番は少し考えて、

「わかりました、案内しますよ。パチュリー様が会ってくれるかどうかはわかりませんけど」
「助かるよ」

どうやら芝居はひとまずうまくいったものらしい。にとりは安堵しつつ礼を言った。



門をくぐり、建物正面の大きな両開きの扉を抜けると、玄関というにはあまりに広い空間が現れる。エントランスホールと言えば的確だろう。にとりは目を見張った。

「へえ、こりゃあすごいもんだ」
「幻想郷にはこんな建物他にありませんからねぇ」

床には真っ赤な絨毯が真っ直ぐ敷かれてそれが途中で二股に分かれ、空間の両脇、壁に張り付くように上る階段へと続いている。階段の先には通路があり、その両端には屋敷内部へと続く扉がある。通路と階段の手すりには細やかな装飾が施されていた。
今、にとり達は二股に分かれる赤絨毯の分かれ目から真っすぐ歩いている。正面の壁には扉があり、それは地下へと続く下り階段であった。

「パチュリー様は地下の図書館にいらっしゃいます」

門番は扉をあけてみせる。長い階段が下へと続き、ぽつぽつとその天井には照明があるが、薄暗い。しかもその照明はどうやらロウソクやランプの炎ではないらしく、淡い紫色の輝きがゆらめいていた。

「あの炎はなんだい、妙な色をしているけれど」

こつん、こつんと階段を下りながらにとりは門番に尋ねた。

「このあたりの灯りは全てパチュリー様の魔法で灯されているんです。あれは魔導の炎ですよ」

私もよくわからないんですけどね、と門番は答えた。
なるほど、ランタンのようなものの内側をよく見れば、円の中に四角や三角をたくさん重ねあわせた不思議な紋様が描かれている。いかにも魔法使いらしい。
階段を下りながら、にとりはこれから出会う魔女の姿を想像してみた。皺だらけの老女だろうか、それともあの強盗のような騒がしい輩だろうか。少なくともこの階段室を見る限りは、前者のほうがしっくりくるように思われた。


階段を下り終え、小さな扉を抜けると、またしても広大な空間が現れた。

「うわあ」

地下室とは思えぬほどに天井は高く、床の面積も先程のエントランスホールの比ではないほどに広いものだった。壁や天井、あちこちから照らす紫色の炎がぼんやりと浮かび上がらせるのはずらりと並ぶ、見上げても上端が見えないほどの高さの本棚たちだ。それらが十数本もの通路を作り、またそれは向かいの壁が見えないほど遠くまで続いていた。

「これは」
「驚きますよねぇ、これもパチュリー様の魔法です」

これも魔法とは、いったいどういうことか。にとりはそれを尋ねた。

「空間の広さそのものがちょっといじくられてるんです。あんまり本が多いもんで」

パチュリー様お一人の力ではないのですけどね、と門番は付け加えたが、そもそもにとりには言葉の意味がよくわからなかった。空間を広げるなどと、そんなことは魔法とは縁遠い世界に生きてきた河童には理解し難いものだった。そしてそんなことをやってのける、これから自分が出会う魔女を恐ろしく思った。

「すごいな、パチュリー様はそんなことまで」
「ええ、本当に助かります」

少々的はずれな答えが返ってきたが、にとりは特に気にしなかった。
二人は本棚の間の通路を進む。本に挟まれると、古びた紙の黴臭いような臭いが鼻にまとわりついた。両脇の本たちをちょこっと手にとってみたりするが、ほとんどがよくわからない文字で書かれていて読むことができなかった。これが魔導書というやつだろう。
七つか、八つ目の本棚を通り過ぎたあたりで門番は通路を左に折れた。その方向の壁には小さな木製の扉が見えた。

「あの奥がパチュリー様の私室です。会ってくれるかなぁ」
「どうかお願いしたいね」

ここまで来て会ってくれない、となると、好奇心のやり場に困る。今やこの河童の興味は、白黒の強盗よりも目の前にいるであろう魔女へと向いていたのだ。こんなふうに、目の前に現れるあらゆるものに好奇心をたかぶらせるのもまた河童の抜き差しならぬ性であった。
小さな引き扉の前にたつと門番はこんこんこん、と扉を三回叩いた。

「パチュリー様、いらっしゃいますか」
「何かしら」

扉の向こうから返ってきたのはか細く、しかし鋭く突き刺すような声だった。

「面会希望の河童さんが来ているのですが」
「河童?どうして」

門番は手招きをして、にとりを扉の近くへと促した。

「あ、あー、はじめましてパチュリー様。わたくし山の河童、河城にとりともうします」

にとりは緊張したのか、ぎこちなく名乗った。心細げに扉に耳を近づけて、目をしぱしぱさせている。
がちゃり、と突然扉がにとりの側へわずかに開いた。にとりは驚いて飛び退いた。扉の隙間から魔女は頭だけをこちらにのぞかせている。眠気をこらえた猫のごとき目が、にとりをじろりと見つめる。

「はじめまして、あなたが河童さん」
「はい、どうも。わたくし川河童の河城にとりともうします」

ついさっき名乗ったばかりなのも忘れて、にとりは怯えたように応答した。猫の目はにとりの頭から爪先までをじっくりと舐めるように観察している。当のにとりはすっかりうろたえしまって目を泳がせていた。

「話は聞きましょう、どうぞ」

卒然魔女は口を開いた。何を問い詰められるかと内心びくびくしていたにとりはあっけにとられて、

「は、はい」

と、おぼつかない返事を返すことしかできなかった。

「あの」

後ろで見守っていた門番がそっと肩を叩く。にとりはそれにさえ驚きを隠せなかった。

「ひッ、はい」
「あの、パチュリー様は確かに何を考えてるかわかりませんけど」

不安げな一匹の河童を見ていたたまれない気持ちになったのだろう。門番は優しく続けた。

「悪い人じゃないですから、安心してください、ね」


招かれたパチュリーの私室は案外に心地の良いものであった。常識的な高さの天井を持っていることににとりはまず安心した。

(書庫があんなんだから、もっと陰気な部屋だと思ってたよ)

本棚が所狭しと並んでいるせいで部屋の全貌は把握できないが、どこからか紅茶の香が漂ってくるあたり健全に生活できる設備は整っているものと思われる。天井にはぽつぽつと等間隔に豆電球のようなものがあり、それらが優しい暖色の光を放って部屋全体を甘い色調に照らしている。本棚に収まる分厚い魔導書も、暖かな空間の一部分としてこの部屋によく馴染んで見えた。
パチュリーは黙ったまま部屋の奥へと本棚の隙間を縫って歩く。にとりはあちこちに物珍しげな視線をやりながら付いていった。
本棚の迷路が少し落ち着き、八畳か十畳くらいの空間が現れる。その隅には彼女の読書机と思われる机があった。高めの背もたれのついた、木製の西洋調の椅子のあるほうを除いた三方を本棚に囲まれ、当の机の上にも本が積まれているのでひどく窮屈そうではあるが、この魔女にはちょうどいいだろう。真上からは周囲の豆電球よりも大きめの照明設備が細い棒につながって下を向き、机に向かって光を投げかけているので明るさは保たれている。秘密の隠れ家、といった趣もあり、にとりにはこの部屋の趣味がそう悪いものには思われなかった。同時にこの魔女に対する印象もいくぶん変わったようであった。

「河童さんは紅茶とか、飲むのかしら」

こちらを向くこともせずぼそりと問いかける。パチュリーは机の前の椅子を両手で引っ張りだして腰掛けた。なにやら机の上の本をひっくり返してみたり、本棚へ戻したりしている。

「ああ、紅茶は好きだよ。里にたまに買いに行くんだ」

茶を出すくらいの気は利く奴なのか、と意外に思ったのは隠しておいた。にとりのそばにはいつの間に用意されたのか、それともはじめからここにあったのかわからないが来客用と思しき椅子があったので、それに座った。

「そう。じゃあ二人分お願いね」

パチュリーは机の横の本棚のさらに向こう側へと話しかける。おそらくそっちに台所があって、そこには使用人なりいるのだろうとにとりは想像した。

「ところで、話っていうのは何かしら」

相変わらずこちらを向きもせずに話を切り出す。

(もうちょっと人当たりよくふるまえないもんかね)

突然押しかけた客の立場でありながらこんなことを思うのは失礼かもしれないが、ともすれば話を聞く気などないのではないかとも思ってしまうような態度である。無理もなかった。

「ああ実は、例のここに押し入った強盗の話なんだけどね」

そうにとりが言うと、パチュリーはぱらぱらめくっていた本を静かに閉じ、にとりの方へ顔を向けた。

「……魔理沙のこと?あいつ山でも何かやらかしてるの」
「そうなんだよ。いやあ参っちまうね」

あの白黒魔法使いの名は魔理沙というらしい。にとりは続けた。

「ちょっと前から山にあいつが現れるようになってね、そのたんび仲間たちを叩きのめしては大事な試作品なんかを奪っていくのさ」

勿論そんな被害にあったことはない。そもそも奴と出会ったのは今朝が初めてだ。魔法使いが河童の道具など盗んだりするものだろうかと少々疑ってみたが、作り話のタネになるのはこれくらいしかない。

「天狗様の新聞を見て驚いたよ。まさかあいつがこんなところでも同じことをしていたとはねぇ。人間だてらによくやるよ全く」
「つまり、同じ被害を受けた者どうし協力できないか、ということかしら」

相槌くらい打ってくれたっていいだろう、とにとりは内心むっとしたが、察しがいいのには助かる。この即席の作り話がここまで信用を得るとは正直思っていなかったが、ならばいっそこのままこの魔女と手を組んで奴を本当に引っ捕らえてみるのも面白いかもしれないなどと考えた。
しかし、次のパチュリーの言葉は意外なものだった。

「私は別に、あいつを捕まえようとか思っていないのだけど」
「へ」

思わず間の抜けた返事をしてしまった。にっくき強盗を捕らえる気がないとは一体どういうことだ。
と、そこへ一人の妖怪が本棚の隙間を横歩きで抜けてきた。両手には白いポットとティーカップがのった盆を持っているから、きっと先程パチュリーが呼びかけた使用人だろう。

「ありがとう」
「またそうやって呑気な事を言って」

パチュリーよりも若干幼い見た目をしている。背中にはコウモリの羽のようなものが生えており、ここがこの魔女ではなく吸血鬼の館なのだとふと思い出した。使用人は盆を手渡すなり説教めいた口調をパチュリーに向けた。

「あいつが来るたびに本棚の点検やら掃除やら、命じられる身にもなってください。二人とも大きな魔法を撃つから大変なんです。やるなら外でやってください」
「外の空気は苦手なのよ」

パチュリーはポットから紅茶を注ぎながら受け流している。奴を捕まえる気がないというのはどうやら嘘でも方便でもなく、本心であるらしい。
どうぞ、と手渡された紅茶をひとくちずずっ、と啜ってからにとりはあらためて口を開いた。

「捕らえる気がない、というのは一体」
「言葉通りだけれど、そうね、本を盗みに来る相手を捕まえないなんておかしいと思うでしょうね」

パチュリーはなんのことはないというように、紅茶を飲みながら話している。その調子は返事というよりは半分独り言のようで、こちらを見ようともしない。

「私だって懲らしめようとはするのよ。でも懲りずにやってくるんだからしょうがないじゃない」
「嘘だぁ、本当はいい遊び相手とか思ってるくせに」
「迷惑してるわよ、私だって」

呆れた様子でいる使用人を尻目にぼんやり本棚に視線をやりながらそんなことを言っている。遊び相手というのはいうまでもなく戦う相手として、ということだろう。この魔女はあの白黒との追いかけっこを楽しんでいるというのか。あえて警備を手薄にして、図書館に侵入させて本を盗ませた上で、それを追いかけることを娯楽にしているということか。確かにこんな場所に閉じこもって本ばかり読んでいては退屈するのも無理はないだろうが、それならば何か他のことをすればいいだけのことではないか。

「けれど捕まえられなくて実際に本を持って行かれてしまっているんだろう、それは困らないのかい」

にとりは至極もっともな疑問を投げかけた。しかし帰ってきた答えはこれまた腑に落ちないものであった。

「ああ、本ね。あれはいいのよ別に」
「あれはいい、って」

良くないですよぉ、と横でコウモリ羽の少女が口を尖らせているがそれを気にするふうもなく続けた。

「外の棚に並べてある本はほとんど私の書いた魔導書。それも昔のものだし、あのあたりの魔法の内容はだいたい頭に入ってるから盗まれたって困ることはないのよ」
「はあ」
「そんなわけで、あなたの計画に進んで協力する気にはなれないわね。もちろんそれなりの報酬を考えてくれるのなら別だけれど」

なるほど、そんなものなのか。しかしにとりは、もしも自分がパチュリーの立場だったらと考えてみると、そんな鷹揚な態度はとっていられないだろうなとも思った。いくら古いものとはいえ、自分が苦心して作った道具や設計図を持ち去られたらどうするだろう。厳重に警戒をして、二度と泥棒などには入られないように対策するに違いない。もしも犯人がぬけぬけと再び現れるようならひっ捕らえて、盗品を全て渡すように迫るはずだ。けれどもそのあたりは種族の違いか住む環境の違いか、とにかくこの魔女にとっては、自分の過去の作品を持っていかれることなどはさほど腹の立つことでもないのだろう。それと引き換えにあの白黒の魔理沙とかいう奴と『遊ぶ』ことができるのならばそれでいい、くらいに思っているのかもしれない。
しかしこの河童は、もう一段深く想像してみた。ずず、ともう一口紅茶をすする。
自分が、自分の作った物を渡しても良いと思う相手とは誰だろうか。
たとえ強盗と戦うことを娯楽として楽しむとしても、何処の誰とも知れぬ輩に自らの努力の結晶ともいえる道具や設計図をやすやすと無償で渡すことは決して気持ちのいいものではない。ましてやその物の価値もわからない相手に盗まれるなどたまったものではない。

(逆に言えば、だ)

その物の価値のわかる相手、それを有用に活用してくれると自分が認めた相手であるからこそ、この魔女は自分の魔導書を魔理沙に渡しているのではないか。

(同族意識か、それとも後輩への施しのつもりか)

だとすれば使用人の言う『遊び』も、この魔女なりの指導なのだろうか。実戦でもって弟子の力量をはかり、及第点であれば新たな教材としてお目当ての本を渡して逃がす。まだそれには及ばないと思えば少々厳しい攻撃を加えて退散させる。そんなほほえましい師弟関係が、当の魔理沙も気づかぬうちにこの二者の間に築かれていたりするのだろうかと他愛もない想像をしてみると、

(こいつ本当はものすごくいい人なんじゃないか)

そんなふうに思えて、頬が緩むのを禁じ得なかった。

「なにか面白いことでも」

魔女がぶっきらぼうに尋ねてくるが、それさえその真実を隠すための言葉だと思うとますます面白い。

「いや、変わったお方だなと思ってね」

くく、と笑いさえこぼしながらそんな返事をした。パチュリーは不審そうににとりを見ている。
事実を言えば、パチュリー本人と使用人の言葉以上の意図はパチュリーにはない。単なる暇つぶしの相手であって魔法の指南をしているつもりなど蚊ほどもないのだが、この河童はすっかり、この魔女が魔理沙を可愛い後輩と思い、先輩として回りくどいながらも指導監督にあたっているものと思い込んでいる。それゆえ甚だ勝手ではあるが、にとりはパチュリーのことが気に入ったようだ。

「そうかぁ、それなら無理は言えないね。我々で何とかしてみるさ」

にとりは自らの作り話の設定を守り、その体で仕方ないなというように立ち上がった。

「そう、期待に沿えなかったようで申し訳ないわね」
「いいや平気さ、こちらこそ邪魔したね。紅茶ごちそうさまでした」
「それじゃあ出口まで案内してあげて」

パチュリーがそういうと、コウモリ羽の少女は本棚の隙間をすいすいと抜けて扉の方へ向かっていった。

(全く魔法使いというのは、人付き合いが下手なんだなぁ)

にとりはそんなことを思いながら使用人について歩く。

「あんたも難儀な主人を持ったね」
「ええ、本当ですよ」

使用人はそう返事をしたが、おそらく自分の意味するところには気づいていないのだろうとにとりは思い、また可笑しいような気持ちになった。
にやにやと笑う河童を、使用人は不思議そうに眺めていた。

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