Coolier - 新生・東方創想話

姫様の耳はうさの耳

2014/06/26 22:27:31
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 兎の耳は不吉なものである。
かつて兎の耳は衣食住に使われず捨てられていた。食では筋張っていて美味しくない。加工もしづらいので、衣にも使われない。住は言わずもがなである。だから兎の耳は使われず捨てられていた。しかし兎の耳は兎そのもので、兎の耳は兎のどの部位よりも目立ち、兎の象徴、兎の魂と同義であって、それが山の中で野ざらしになっているのは気分が良くない。ましてそれがいつの間にか消えてしまうのは、動物や虫や細菌が捨てられた死体を取り払う自然の摂理を知っていても、まるで打ち捨てられた兎が幽魂となって彷徨いだした様で不気味に思える。だから昔の人人は兎の耳を捨てる事すら忌み嫌い、兎を食す時は兎の耳をしっかりと集め、定められた方法で処分していた。また民間伝承を集めた本に兎で人を呪う村が載っていた。その村では兎が最も霊的な存在として扱われ、兎を見た者はその日は納屋の中に閉じ篭もり、穢れを祓うまで外に出なかったという。巫女は山の動物に食われた兎の死体から耳や目だけを集めて壺に収め、人を呪う道具としていた。そもそも兎というのは不気味なものであって、あの世と深く繋がっている。稲羽の素兎やかちかち山を読めば分かる通り、神の婚姻や悪の誅滅等、天上世界から振り下る絶対的な運命を象徴している。また稲羽の素兎が川を渡ろうとして皮を剥がれる伝説は、奪衣婆に衣を剥ぎ取られる亡者そのもの。多くの物語で兎はこの世界に居てはならない存在として描かれている。
 あくまでこれらは、過去やお伽噺の中の象徴であって、今の私が置かれた状況とは関係無いが、こういった事を念頭に置いてみると、この永遠亭に招かれた時点で既に私は逃れられない穴に落ちていたのだろう。

 仕事を終えて一週間ぶりに我が家へと帰ろうとしたその日、終電はとうに過ぎ去った深夜に、タクシー代を浮かそうと山の中を歩いたのが悪かった。月明かりを頼りに真っ暗な遊歩道を歩んでいると、いつの間にか進む道が獣道の様相を呈し辺りには竹が生い茂っていた。今までも何度か山の中を歩いた事はあったが、そこは全く見た事の無い場所であった。そもそもその山に竹は生えていないのだから、どう迷っても現れない光景の筈だ。
 ありえない筈とはいえ、現に竹林は広がっており、何が起こったのか分からぬままに、不気味な雰囲気を感じ取って慌てて来た道を戻ろうとすると、闇の中に白ずくめの格好をした少女が浮かび上がった。驚いて腰を抜かし、声を失ってただ少女の事を見つめ続けていると、少女はくすくすと笑いながら近付いて来て、道に迷ったのかと問うてきた。その頭には兎の耳が生えていて、言葉の調子に合わせて明らかに神経が通った様子で動いていた。ただの飾りだと己に言い聞かせたが、耳の動きはあまりにも真に迫っていて、本当に頭から兎の耳が生えているとしか思えなかった。闇の中で現れた兎の耳を生やした幽霊。不気味さが喉の辺りから込み上げてきた。道に迷ったのかと再び兎が問うたので、私は何度も首を縦に振って自分が道に迷った事を肯定していた。少女の言葉に逆らう事が怖かった。少女は笑いながら、近くに家があるから泊まっていくかと重ねて問うてきた。怪しげな少女の誘いに乗るなど御免蒙りたかったが、自分が何処に居るのかも分からない状況で、夜深く静まった山の中では帰る当てが全く無い。縋るものはその少女の提案しか見出だせず、泊まらせてくれるのかと問い返すと、少女は肯定して歩き出した。
 ゆらゆらと蠢く兎の耳に疑いの目を向けながら少女の後についていくと、しばらくして屋敷が見えた。暗い竹林の中に突如として現れた門構えの威容に驚きつつ門をくぐって、そこに広がる大きな庭と豪勢な屋敷にまた驚いた。永遠亭へようこそ、と自慢気に胸を張る少女の姿に、私はようやくこの場所が私の知る山の中ではない事を知った。こんな屋敷があれば近隣住民は誰もが知っていなければならないが、こんな屋敷見た事も聞いた事がない。
 いつの間にか空が朝焼けに燃えていた。気が付かぬ内に一晩中歩き続けていたらしい。それだけ歩いたのならば、何処か知らない山へ辿り着く事も可能かもしれない。仕事に疲れて朦朧とした意識が何処か遠くへ私を運んだのだろう。
 少女に案内をされて屋敷の庭を歩いていると妙な事に気が付いた。やけに兎の数が多かったのだ。そこいらを兎が跳ね回っている。更に建屋に上がると、廊下にまであちらこちら兎が跳ねていた。それを見ても少女は驚いた様子を見せない。野生で無いのは間違いないが、飼っているにしてもあまりに数が多い。時にはひしめく様に廊下の隅に集まっている様子も見られた、寄り集まってひくついている兎の耳を見ていると、段段意識を抜かれていく様な奇妙な錯覚に陥った。一羽一羽はただの兎だが、数が集まりそこら中で見かけると、気分がおかしくなってくる。金持ちの道楽だとしても常軌を逸していた。
 限界が来て眩暈を覚えていると、少女がある襖の前で立ち止まり屈み込むと、平伏して、姫様と声を掛けた。しばらくして襖の向こうから声が返ってきた。聞くだけで声の主の美貌を想起させる声で、聞いている内に不思議な心地になって、いつの間にか私も少女の隣に正座していた。
 少女は襖の向こうに向かって、道に迷っていた私の事を伝え、しばらく逗留させる許可を願い出た。襖の向こうから歩んでくる音がして襖が開き、女性が顔を覗かせた。その瞬間、私は忘我してそれからしばらくの事を覚えていない。女性の顔すらもはっきりとは思い出せない。ただこの世のものとは思えない程美しかったという印象だけは心に焼き付いている。
 気が付くと、廊下を歩いていた。少女の後をついていく間、この場所の事を聞かされた。ここは幻想郷という村の永遠亭という屋敷で、近隣では医院として知られている。先程の姫が主であるが、実質屋敷を取り仕切っているのは少女の師匠で、治せない病気の無い名医なのだという。それを聞いてその名医というのがどんな大人物なのか興味が湧いた。かつての山村では、医者や呪い師が神の如く扱われていた。こんな豪勢な屋敷に住んで居るとなれば、どんな伝承が生まれたか。本の中でしか知らない実体を目の当たりに出来ると思うと、不気味な状況だというのに、興奮が湧いてきた。
 少女が再びある襖の前で立ち止まってお師匠様と呼び掛けると襖の向こうから足音が聞こえてきた。名医とはどんな人なのだろうと期待している私の前で襖が開かれる。そうして現れた人物を見て、私は拍子抜けした。現れたのは少女で、私を案内してくれた少女よりも年上に見えたが、それでもまたまだ年若く、立ち居振る舞いにも威厳が無い。少なくとも伝説に残る大人物には見えなかった。本当に名医なのか訝っていると、現れた少女は咎める様にてゐと言った。てゐというのが何なのか分からなかったが、後で私を案内してくれた少女の名前なのだと知った。現れた少女は鈴仙という名で、威厳が無いのも当然、名医の弟子なのだという。この少女も本物にしか見えない兎の耳を頭に生やしていた。
 てゐが私を泊める旨を説明すると、鈴仙は師匠に確認を取ると言って、奥へと引っ込み、しばらくして許可が出たという答えを持って帰ってきた。てゐは頷くと私を伴って客室へと向かった。
 この頃になると、自分の置かれた状況や少女に生えた兎の耳への恐れが消えていた。その時の私は一生お目にかかれない様な豪邸に宿泊出来る事への喜びすら感じていた。相手から敵意や悪意が感じられなかったのが原因だろう。今考えると甘い考えであったが、私は完全に兎の耳を生やした少女へ心を許し、気安い調子で医者に会えないのかと聞いていた。
 私の何の気無しの問いに、てゐは幾分沈んだ調子で、名医は寝込んでいると教えてくれた。何でも前日に倒れ生死の境を彷徨ったらしい。一日経っても起き上がる事が出来ず、臥せっているのだという。
 医者の不養生という冗談が口から出かかって噤んだ。未だに姿を見ていないが、周囲から尊敬を集める名医というと、老人の姿が思い浮かぶ。それが倒れ、生死の境を彷徨ったなら、長くないに違いない。何かの病気なのかと問うと、てゐは首を横に振った。やはり老衰なのかという思いは、続くてゐの言葉で打ち破られる。
 姫様の兎耳を見たからだ。
 抑えられた声でそんな事を言った。意味を尋ねたがそれ以上の事は教えてもらえなかった。兎の耳を見たから倒れたというのはどういう事なのか。何か言い知れぬ不気味な印象が心に残った。初めにてゐと出会って感じた兎の耳への恐怖が次第に湧き出始めた。兎の耳を生やした少女、あまりにも豪奢な永遠亭、夜道を歩いていきなり竹林に辿り着いた状況、それ等のおかしな齟齬が急に気になりだして、圧迫感を覚える様な不安が胸を締め付けてきた。
 姫様の兎耳を見たからだ、という言葉の意味は、今になってもまだ分からない。目通りした姫の顔をはっきりとは思い出せないが、頭に兎の耳が生えていなかった事だけは断言出来る。他にも姫様と呼ばれる人物が居るのかとも思ったがそれも考えづらい。同じ場所に姫様という呼称の人物が二人も居たら、区別をつける為に別の呼び方をする筈だ。
 奇妙だった。
 部屋へと通された私は、歩き疲れた所為か、不安も何も忘れて、日が高く昇るまで眠った。起きだすと、部屋の文机の上に出来立ての膳が置かれていた。一眠りしたからか、眠る前に感じていた不安は消えて、古めかしい屋敷の静謐さに何だか心が蕩かされていく様な心地を覚えた。食べ終えると見計らった様に鈴仙がやって来て膳を下げながら言った。残念ながらまだ山から出られない。何故かと問うと、外への移動手段を持つ八雲という人物が留守で会えなかったからだという。地図でも貸してくれたら自分で歩いて帰ると提案してみると、不可能だと突っぱねられた。出るには八雲という人物の助けを借りないと絶対に出られない。私はそれを聞いて大人しく引き下がった。鬱蒼とした竹林から分かる通り、この幻想郷は余程山の中にあるのだろう。外へ出る為には、車かトロッコか何かを使わねばならず、それを管理しているのが八雲という人物であるに違いない。恐らくこの村の地主か何かか。
 そんな事を考えていると、帰れない事に落ち込んだと思われたのか、鈴仙が明日にはきっと帰れる様になると元気づけてくれた。急ぐ身では無いので気を使う必要が無いと言うと、鈴仙はすぐ笑顔になって、今日の夜に祭りがあるからそれに参加したらどうかと提案してきた。山村の祭りに興味が湧いたので、参加する事にした。ふとまれびとや六部と言った単語が思い浮かんだが、その時は祭りへの興味で塗り潰され、ほとんど気に留めなかった。今にして思えば、その時に意地でも帰っていれば良かったと思う。
 鈴仙は最後に、寛いでくれて良いが、今日は姫様の故郷から大事な客人が来るからあまり出歩かないで欲しいと言う。屋敷の中を見て回れないのは残念であったが、泊めてもらっている身で無理も言えず、応諾した。鈴仙は安堵し切った様子で膳を持って去っていった。何故大事な客人が来るというのに私を泊めたのか、という単純な疑問が浮かんだものの、あまり深くは考えなかった。
 部屋に見た事の無い小説があったので読み耽っていると、日が落ち始めた頃になって、遠くから談笑する様な声が聞こえてきた。客人だろうかと耳を澄ましたが、声はほとんど届かず、話の内容は分からなかった。遠くから聞こえてくる笑い声が気になりだして、本に集中出来なくなった。どれも若い女性の笑い声で、鈴仙達と同じ年頃なのだろうと想像がついた。しばらく聞き耳を立てていると、笑い声は聞こえなくなったが、静かになったと思った途端、今度は今までも聞こえていた兎の足音が気になりだした。兎達が妙に慌てた様子であちらへこちらへ行き来していた。数が数であるから、大きな子供が走り回っている様な騒騒しさで、透明な無数の子供達が屋敷中を走り回っている様な気がして怖くなった。何だか聞き耳を立てている事も恐ろしくなって、再び本に集中しようと目を落とすと、突然遠くからくぐもった悲鳴が聞こえた。それに呼応した様に、兎達の往来が激しくなった。
 私はどんな音も逃すまいと耳を澄ませたが、もう悲鳴は聞こえず、兎達のけたたましい足音しか聞こえてこない。我慢が出来なくなって悲鳴の方角へ向かおうと廊下に出ると、向こうから駆けて来た鈴仙に見つかった。悲鳴が聞こえた様だから様子を見に来たと伝えると、鈴仙は首を横に振って心配には及ばないと言った。そんな訳が無い。確かに悲鳴が聞こえたのだ。尚も何があったのか問い重ねると、観念したのか鈴仙が重重しい口調で、お客様が倒れられたと呟いた。客人が倒れたというだけでは何の説明にもなっていない。更に理由を尋ねると、鈴仙は言葉を濁しつつ、兎の耳の所為で心臓が止まり倒れたと語った。また兎の耳だ。医者も兎の耳の所為で倒れたと聞いた。今度はやって来たばかりの客人まで。まるで呪いの様だ。兎の耳とは何なんだ。姫の兎の耳が原因だと聞いたが、鈴仙とてゐに生えているのに、肝心の姫には生えていない。まだ見ていない誰かが居るのか。その兎の耳がまるで呪いの様に人を死に至らしめるのか。幾ら質問しても、私からは何も言えないと俯くばかりで、それ以上詳しい事は語ってくれなかった。
 夕餉が運ばれてきても、異常で危険な状況に巻き込まれている事をはっきりと認識した私は食べ物が喉を通らなかった。ひたすらに正体の分からない兎の耳が恐ろしい。そもそもおかしいのだ。鈴仙とてゐにまるで本物の様な耳が付いている事自体が。飾りであると信じようとしていたが、やはりあれはどう考えても本物の兎の耳だ。それが頭に生えているなんて、化け物でしかあり得ない。だとすれば、あの二人は私をこの家へと招き入れ何をしようとしているのか。兎の耳が医者と客人に何をしたのか考えれば、嫌な想像ばかりが思い浮かぶ。この屋敷は兎に乗っ取られたに違いない。逃げ出してしまいたかったが、外は既に闇が深く落ちていた。勝手の知らない山の夜を歩けば、どうなるかは容易に想像がつく。逃げられない。
 どうすれば良いのか分からず部屋の中でじっとしていると、突然外から祭り囃子が聞こえてきて、私は大いに驚いた。今夜祭りがあると言っていたからその音だろう。参加すると言ってしまった手前、機嫌を損ねない為にも参加せざるを得ないが、参加すればどうなるか。二目と見られない姿になった自分が頭の中にちらついている。
 私はせめて何かの抵抗をしたくてこれを書き始めた。迎えが来る最後の瞬間まで、ここで私の見聞きした事を書き続ける。それが何になる訳でもなく、ましてすぐに見つかって破り捨てられるだろうが。
 こうして書いている間にも祭り囃子の音はどんどん高く速くなっている。外からは人人の笑い声が聞こえてくる。屋敷の中を行き交う兎の足音が消え、人間の足音ばかりになった。日が暮れるまでは居なかった筈の沢山の人間が屋敷中を往来している。時偶、誰かが私の部屋の前を通り過ぎて行く。そうすると月の光で出来た影が一瞬障子に映る。その頭には明らかに兎の耳が揺れている。往来する者達皆兎の耳を生やしている。
 もはや窮極まったと思われる。間も無く迎えが来て、兎の耳が私を殺すだろう。容易に想像出来る最期が間近に迫り、胸を締め付ける苦しさが増してきた。
 声だ。私を呼んでいる。聞くだけで声の主の美貌を想起させる声が聞こえる。私の部屋へ近付いて来る。
 私の部屋の前に立った。影が見える。月の光で姫の姿が映っている。その頭にははっきりと兎の耳が見える。しょうじがひらく。さようなら。
兎の鳴き声はぷーぷー。可愛い。
烏口泣鳴
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コメント



0.290簡易評価
2.60名前が無い程度の能力削除
あははははは。姫様にはかなわん。
3.100名前が無い程度の能力削除
カモを見つけたてゐちゃんが楽しそうでなによりです
6.90名前が無い程度の能力削除
発狂したのかしてないのかわからない
というか発狂しているのならそもそも推測すら無意味
推測できそうで出来ないのが烏口ワールド
とりあえずオリキャラさんの思考回路がおかしいしこれがエイリンや姫様なのかしら