Coolier - 新生・東方創想話

狐と狸の化け比べ

2014/06/24 00:21:27
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ストーリー

仙人たちの騒動が終わり,変わらぬ日常が戻った頃,八雲藍は橙をつれて幻想郷の境界を歩いていた。
先の騒動の最中,結界に大穴が空いたのでその修復をしていたが,ようやく終わったためである。
自分の仕事ぶりを見せて,ちょっとした自尊心を満たそうとしたのかもしれない。
自分ではそんなことに気がついていないが・・・。
橙にも幻想郷の結界を触らせ,いつしか仕事を手伝ってもらえたらなどと考えていた。
そうなるには,まだかなりの時間がかかるが,子供の内からこんな仕事に触れるのもよいことだと思っていた。

そんな思案をしながら,橙の手を引き,歩いていく。
修復箇所に近づくにつれて,いやなにおいが漂ってきた。
車とか言う乗り物から出る排気ガスのにおいだ。
胸騒ぎがする。
修復箇所に近づくにつれて,結界のひびが目に入った。
橙を置いてあわてて駆け出す。

橙「・・・随分,大きな穴ですね」
橙が穴を呆然と見ている藍に追いつき言った。
しかし,言葉にならない。
修復を行ったのはつい先日だ。
修復したはずの結界が同じように大きく口を開けている。
丁度,窓ガラスを石で割ったような大穴が2箇所,並んであいていた。

藍「一体? 誰が?・・・」
こんな場合の対処は,結界のひびが進む前に修復することなのだが・・・。
あまりの出来事にショックを受けて,頭が回らない。
見れば結界は外側から圧力を受けて破られている。
結界内の草が内向きに倒れているのだ。
外側から破ったものがいる。そして,そいつは現在幻想郷の中だ。
八雲紫に報告しないといけない。
外側から,結界を破る危険人物が,幻想郷の中にいる。
藍はそこまで考えると,橙に対して紫に報告に行くよう指示を出す。
自分は一人残って,結界の修復と破った人物の手がかりを探すことにした。
まず大急ぎで,結界のひび割れを止めないといけない。
応急処置として,紫が作った札を貼り付けて,簡易的な結界で穴にふたをする。
ひとまずこれでよいはずだった。
後は,こんなことをした人物の調査である。
穴がふさがれ,排気ガスのにおいを風が流す。
次第に,穴を開けた人物のにおいが鮮明になってきた。
眉間にしわがよる。

藍「・・・あいつか!」
一人はすぐにわかった。
命蓮寺に居候している大妖怪,「封獣 ぬえ」だ。
同時に,先日分の大穴を空けたのもわかった。・・・ぬえだ。
破り方が酷似している。おそらく,外に出て行くために結界を破り,
帰ってきてまたぶち破ったのだろう。
しかし,隣に開いた穴は?
ぬえと同程度の実力が無ければこうはならない。
しばらく,においをかいでみるが,知っている人物で思い当たる節は無い。
しかし,不快である。まったく相手の人物像は出てこないが,自分が大嫌いなにおいだ。
強い狸の匂いが残っているのである。イライラが募る。
狸だけは生理的に受け付けない。間違いなく向こうもそうだろう。
狸と狐は昔から仲が悪いのだ。

紫「・・・何,眉間にしわ寄せてんのよ。」
大体の調査が終わるのを見越したのか,それともただの偶然か,
不意に八雲紫が現れた。
とっさに取り繕おうとしても苦虫を噛み潰したような表情は変わらなかった。

藍「別に,何のこともありません。
  それよりも,結界の穴のことですが・・・」
紫が穴を見てため息をつく。

紫「ぬえか・・・。あの子ももうちょっと考えてほしいものね」

藍の目が開く,まだ何も言っていない。
紫は藍の反応に満足すると,続けた。

紫「もう一人は・・・誰?」

藍は,まだ特定できていないことを告げる。
しかし,狸だ。ぬえと同格の狸は数えるほどしかいない。

紫「なるほど,そうすると,有名どころで,行部か,八百八狸,佐渡の二ツ岩ってとこかしら?」
そのまま,ぶつぶつと思考,推論を重ねる。
が,すぐにやめると,本人に聞いたほうが早いといって
藍をつれて境界を操り命蓮寺に向かった。

聖「あら,いらっしゃい」
命蓮寺の住職,聖白蓮である。
突然現れた紫にも驚かず,丁寧な挨拶を交わしてきた。

紫「お宅のぬえちゃんに用事があるんだけど?」
紫も紫である。余分な挨拶などせずに,単刀直入に用件だけ言う。

聖「ぬえですか? あの子は今,手が離せなくって
  何でも,外の世界の友人らしいのですが・・・
  勝手につれてきてしまったようで・・・」

紫「丁度いいわ,その外の子のことよ」

聖「あの・・・,何か不始末でも?」
すさまじいしかめっ面をしている藍を見て白蓮が聞いてきた。

紫「・・・別に,追い出したりしないわよ。
  この幻想郷にいる以上はルールを守ってもらわないと・・・
  その確認だけよ」

聖「そうですか。陽気な方ですからその点は大丈夫だと思いますよ。
  案内しましょう」

白蓮が紫を案内し,無言で藍が続く。
白蓮や紫には気にならないだろうが狸のにおいが充満している。
仏頂面にもなろうというものだ。

聖「こちらです。・・・マミゾウさん,入りますよ?」

マミゾウ「ん? ああ,よいぞ」
ふすま越しに声が聞こえる。藍の耳が過剰反応する。
ふすまを開けて狸を確認した。つくろおうとしても無理だ。顔にいやみが出てしまう。
向こうも一瞬目を見張るとたちまち警戒の表情になっている。
藍は舌打ちすると紫に告げた。

藍「紫様,申し訳ありませんが,私はここで下がります。
  寺の入り口で待っていますよ」

紫「もう遅いわよ。警戒されちゃったし,そばにいてくれない?
  さすがにこの面子で3対1はごめんだわ」

良く見れば部屋の奥にぬえがいる。
狸ばかりに視線が行って気がつかなかった。
紫は改めて姿勢を正すと名乗った。

紫「はじめまして,八雲紫です」

マ「おおう,こちらこそ,はじめまして 二ッ岩 マミゾウじゃよ
  ・・・そっちの後ろの狐は何者かのう?」

藍「八雲紫の式神が一人,八雲藍です。
  ・・・はじめまして・・・」
言葉は丁寧だが,顔がゆがんでいる,いやみが隠し切れない。

マ「・・・なんじゃい,やっぱり狐は狐じゃのう」

狸はこちらの態度が気に入らないらしい。
こちらも嫌悪感を抑えるので手一杯だ,表情まで手が回らない。
視線がにらみ合いに変わる。

紫「二人で何やってんのよ・・・」

マ「んん? すまぬ,すまぬ,狐は仇敵じゃからのう。
  紫さん,何のようかね?」

紫「幻想郷に新たにいらした。妖怪にご挨拶をと思いまして・・・
  ついでに幻想郷について簡単にご説明いたしますわ」

八雲紫が幻想郷について説明を始める。
簡単なルール説明と各勢力の分布や実力者たちについてだ。
狸はうなずきながら説明を聞いている。
殊勝じゃないか,狸の癖に・・・

紫「今までので,ざくっとした説明はおしまいですわ。
  後はあなた次第ですわ」

マ「・・・念を押されんでも,一線を越えたりせんよ」

藍はそれはどうだかという顔をしている。
大体,この狸は結界を破って入ってきている。
横にぬえがあけた穴があるのにだ。
藍の心象を狸への嫌悪感が後押ししている。
言葉には出さないが顔に出てしまった。
狸が藍をみて続ける。

マ「あー,狐は除外じゃがな・・・」
狸がこちらをにらみつける。
二人の仲は一気に最悪まで行きつめてしまった。

紫「二人ともいい加減にしなさい。・・・何でこうなるのよ
  藍,あなたもしっかりしなさい。私の式でしょう?」

藍「私は何も言っていませんが・・・」
珍しく,口答えをした。
式になって以来,こんな風に感情をあらわにしたのは
滅多に無いことだ。

紫「顔にでてるのよ。・・・珍しい」

藍「紫様こそ,良く平静ですね。
  結界をぶち破られたのに・・・
  外からこいつらがあけた穴のせいで変なものでも進入したら大変ですよ?」

紫「そのためにあなたがいるんでしょう?」

藍「狸の不始末を私に押し付けるのですか?」
顔に不満が出ている。

紫「はぁ,あなたの言うとおり外で待ってもらったほうがよかったかもね
  まあ,いいわ今ので話したいことは終わりだから。
  後は,ぬえちゃん・・・結界を抜けたいときは言ってくれる?
  緊急とはいえ破るのはいただけないわ」
寝そべって,つまらない話を聞いていたぬえは顔を上げて答える。

ぬえ「だってさ,聖徳王だぞ? 大急ぎで妖怪の戦力を整える必要があったんだ。
   私だって幻想郷は居心地がいいから,守りたいって思ったんだ」
いちいち,その口ぶりが耳障りだった。
守りたいだって? いたずら好きのお前がか?
おまけにこいつのおかげで仙人騒動のあと休むまもなく結界修理に駆り出されたのだ。
加えて,つれてきたのが最悪なことに狸だ。
思わず悪態をつく。

藍「結局間に合わなかったがな・・・」
ぬえはショックを受けた顔でこちらを見る。
触ってはいけない傷口に塩を塗りこんだ。

ぬ「だって,・・・だって,マミゾウがなかなか見つからなかった・・・」

マ「ぬえよ,お主は悪くない。タイミングが悪かったんじゃ。
  ・・・にしても,わざわざ言わなくてもよいことを・・・
  ・・・流石狐じゃな!!」

紫「やめなさい二人とも」

聖「そうです。争いは何も生みませんよ?」
白蓮と紫が止めに入る。
藍は藍で,結界の修理で橙にいい顔をしようとしたのをつぶされて
腹が立っている。
マミゾウはぬえを口撃され非常に機嫌が悪い。
加えて元々の狐と狸の相性が最悪だった。
いつの間にかに一触即発になっている。

藍「紫様,私が,この狸共にスペルカードルールでお灸をすえてやりますよ」

藍が袖からカードを取り出そうとしている。
マミゾウもそれに答えるように口元をにんまりとえみづくった。

マ「・・・なるほど,紫殿の提案したルール,実験台は狐でよいのじゃな!!」

紫はあせって藍をとめた。
藍は紫の式である。藍の状態が手に取るようにわかった。
藍はきっと暴走するだろう,以前,白玉楼で博麗の巫女とやりあったときと同じだ。
その藍が激昂に身を任せて攻撃を始めたらたまらない。
前は白玉楼だったが,今度は人里である。
この調子では藍が全力でもって狸の相手をするのは目に見えている。
スペルカードルールの項目に完全な実力主義を否定するとあるのにだ。
紫の式の筆頭たる藍が幻想郷のみんなが守っている紫のルールを守らない。
何が起こるか・・・目に浮かぶ。
レミリアやフランドールあたりが非常にまずい。
萃香や,幽香もだ。
藍がこのまま,連中の見てる前でルール違反などしようものなら,
幻想郷で全力が出したくても出せない連中が黙っていない。
「ちょっとぐらい・・・」,なんていって,あたり一面焼け野原だ。
絶対に止めなくてはならない。

紫「藍,・・・待って,ちょっと考えて御覧なさい」

藍「いえ,紫様,ほんの10分ですよ。徹底的に懲らしめてやります」

紫(全然わかってねぇ!・・・頭痛いわぁ~まったく)

マ「ほれ,さっさとかかってきたらどうじゃ?」

聖「挑発はやめなさい。寺の中では決闘は認めませんよ?」

マ「・・・聖もいまいちわかってないのう。狸と狐は不倶戴天の敵同士じゃよ?
  狐が頭を下げるならまだわかるが,態度がこれではのう」

藍「フッ,いわせておけば! ぼこぼこにしてやる!!」

今にも飛び掛りそうな藍を抑える。本当にどうしたらいいのだろうか?
聖を見るが,聖も困っているようだ。
何か,スペルカードルール以外で,藍とマミゾウが納得し,且つ全力で闘り合うことの無いルール・・・
・・・そんなものあるだろうか?
しばらく高速で思考をめぐらすが,いい案が一向に浮かばない。
浮かぶビジョンは藍がマミゾウに拳を見舞っているところだ。
どんなルールであろうと,直接対決で実力勝負ができなければ二人は納得しないだろう。

聖「紫さん,悪いですけど藍さんを連れ帰ってもらえますか?
  マミゾウさん,暴れるなら,寺を出て行ってもらいますよ?」

いい加減引かない二人を相手に聖が痺れを切らしたらしい。
一触即発の雰囲気に心労を重ねていたのは紫だけではない。

マ「何じゃ? 白蓮は味方してくれんのか?」

聖「そうは言ってません。ただ暴れるのなら,寺の外にしてもらえませんか?
  今境内には参拝客も大勢いるので,けが人を出したくないのです。」

紫が藍の隙を突いてスキマに押し込んでいる。
紫が苦笑いしながら聖に礼を言っている。

紫「この件は私が預かります。ちょっと藍をつれてきたのが不用意だったみたいね。
  また日を改めて伺いますわ」

聖「ええ,お願いします。」

紫「・・・藍,いい加減になさい・・・」

紫が怒鳴り声を残しながらスキマに消えた。
聖がマミゾウを見るがマミゾウは明らかに不機嫌だ。
聖はため息をつくと無駄と思いつつも聞いてみる。

聖「仲良くはできませんか?」

マ「無理じゃな」

一言できって捨てられた。


・・・


ここは八雲亭である。
紫が頭をひねっていた。
藍の件である。昼間の態度から,少しでもガス抜きを・・・それも見ているところでさせないと,
今の藍を放っておくと狸を闇討ちしかねない。結末はルール違反よりもたちが悪い。
気がつけば,橙がこちらを見ていた。
橙は普段ならこの屋敷に入れない。しかし,藍の様子が狸の所為で明らかにおかしいので,気晴らしの相手として入れたのだ。,
・・・藍の部屋から追い出されたらしい。こちらを見て途方にくれている。

橙「紫様・・・藍様はどうしたのですか?」

紫「・・・狸を見て気が高ぶっているのよ」

橙「それで,あんなに荒れているのですか?」

紫「荒れてる? って,藍は今,何をしているの?」

橙「すごい勢いで術式を組んでます。決戦用だって言って・・・
  危ないから下がってなさいって言われました。」

紫「・・・あの馬鹿・・・」

紫が頭を抱える。ガス抜きどころではない,ガス爆発だ。
どこでそんなにストレスを抱えたのだろうか?
仕事はそんなに・・・・?・・・原因は私か?
そういえば,いろいろやらせていた気はする。

炊事,洗濯,掃除,結界修理,境界調査,人里の監視・・・土日なしでだ。

だが,そんなことはどうでもいい,この私だって紅魔の紅茶パーティに出たり,守矢の酒宴に出席したり,
博麗神社の花見を主宰したのも私だ。仕事はきっちりやっている。お互い様である。
そして,今大事なのは藍の溜まったストレスを平和的にガス抜きする方法である。
一向に思い浮かばない。下手すると,術式を組み終わったらそのまま飛び出していくかもしれない。

橙「それにしても相手は狸さんですか?
  絵本みたいに化け比べでいいんじゃないですか?」

紫「橙,考えたけどそれ無理よ。化かし合いなんてやらせたが最後,
  互いに化け合って,他人同士のふりして結局けんかするわ。
  例えば互いに魔理沙と霊夢に化けて,そのまま殴りあいよ」

橙「えっ? 殴り合いですか?」

紫「そうよ,丁度二人とも妖怪退治の専門家だし,互いの正体に気付いた上で,
  「妖怪め,退治してくれる」ってね」

橙「そうですか・・・」

紫(全く子供ねぇ,でもそういえば・・・
  藍も橙の前でそんなことはしないかしら?
  狸のほうも子供の前でそんなはしたないことをするかしらね?
  ・・・子供(橙)はもしかしたら使えるかもしれないわね?)

紫はルール上に橙を混ぜることを思いついた。

紫「橙,そういえば,あなたどのくらい化けられる?」

橙「えっと。・・・ばけるのはそんなに・・・
  姿変えはこの姿しかできません。」

紫「じゃあ,丁度いいから,勉強しない?」

橙「勉強ですか?」

紫「そうよ,勉強。うまくすれば狸の術も見れるかもしれないわよ?」

紫は橙を口車に乗せた。
橙の目は輝いている。興味津々と言ったところか,さすがに好奇心旺盛,子供で猫だ。
紫は橙を暴力の歯止めとしてルール上に組み込み,二人に化け比べをさせることを思いついた。
もちろん,互いの暴力は禁止である。
ただし,橙がいない場合はルールでいかに暴力禁止と書いたところで,無意味だった。
今度は子供が入っている。さすがに橙の前で殴り合いの大喧嘩に発展するとは考えにくい。
そうだ,1対1で考えるから,よい案が浮かばないのである。
2対2なら・・・
マミゾウ&ぬえと藍&橙なら暴力なしで勝負が成り立つだろう。
この組み合わせにおける戦闘では圧倒的に藍が不利だ。だから,橙をつれてまで喧嘩を売ることがまず考えられない。
問題はマミゾウのほうだが,昼間に「狐相手以外ではルールを守る」と公約している。
コンビ同士であれば,互いに暴力に発展することは無いはずだ。
残りはどういう化け比べをするかだけだが。これはすぐに思いついた。
人間をだますのである。
妖怪では数が多すぎるし,下手に実力者を化かしてしまうと後が怖い。
人間であるなら候補は霧雨 魔理沙,東風谷 早苗,魂魄 妖夢,
博麗 霊夢,聖 白蓮,十六夜 咲夜,上白沢 慧音,八意 永琳,
蓬莱山 輝夜,藤原 妹紅,森近霖之助といったところか。
最近復活した仙人共は妖怪を眼の敵にしすぎるので却下である。3人はともかく橙が危ない。
比那名居天子も同様だ,あの不良天人は後でどんないちゃもんつけてくるかわからない。
この候補の連中は一時的な化け比べといえば特に問題ないはずだ。

そうと決まれば,詳細をつめていけばいい。
告知は天狗に任せて・・・内容を聖に確認させる。
ようやく,頭の痛い問題が解決しそうだ。

翌朝,聖の下に紫が現れ,化け比べのルールを確認する。
昼間には天狗に化け比べの概要を配らせる。こんな内容である。

=======================
----化け比べのお知らせ----
開催日時 明日の正午~7日間
     7日目に命蓮寺で結果発表

対戦者

八雲 藍 & 橙  VS 二ッ岩 マミゾウ & 封獣 ぬえ

対戦ルール
1.ターゲットを化け学で出し抜き,ポイントの多いほうを勝者とする。
2.化かした証拠として,ターゲットの持ちものと特定できるものをひとつ奪うこと。
3.奪ったものを奪われた本人以外が取り返すことを禁ず。
4.奪ったものを取り返された場合はポイントとしてカウントしない。
5.化かす際には暴力を禁止する。
6.対戦者同士の暴力を禁止する。
7.対戦者同士の妨害を禁止する。
8.同一ターゲットを複数回化かしてもポイントは最初のポイントのみとする。
9.奪ったものを破損させた場合はポイントとしてカウントしない。
10. 当事者同士同意の上でのポイントのやり取りを認める。
11. 化け比べは7日目の正午までとする。

ターゲット ()内は得点
霧雨 魔理沙 (1)
東風谷 早苗  (1)
魂魄 妖夢   (1)
博麗 霊夢 (1)
聖 白蓮 (1)
十六夜 咲夜 (1)
上白沢 慧音 (1)
八意 永琳 (1)
蓬莱山 輝夜 (1)
藤原 妹紅   (1)
森近霖之助   (1)

八雲 藍  (3)但し,対戦者が化かした場合に限る
橙  (1)同上
二ッ岩 マミゾウ (3)同上
封獣 ぬえ (1)同上

化かされた方は7日目のポイントカウントのときに品物を返却します。
関係者は7日目は11時までに命蓮寺にお集まりください。 以下略
by 紫
========================

一同が命蓮寺に集まっている。明日の正午から化かし合いが始まる。

紫「どう? 藍,これなら思いっきりやれるでしょう?」

藍「紫様,何で橙を入れたのですか?」

紫「勉強よ,勉強。あなたは化け比べで勝ち,橙は化け学の勉強をする。一石二鳥でしょう?」

藍「それはそうですが・・・単純に化け比べだけなら,2対1でも私だけで勝って見せますが・・・」

紫「そうでしょう。だから橙の分はハンデよ。2対1で勝てるのを表向きは公平に,その実,橙は単なる飾りだからね。
  たぶん,単純に化かされるから,結構いい勝負になるでしょうよ。」

橙「藍さま! 紫さま! 私は化かされたりしませんよ!」

ぬ「これ・・・私も対象なのか?」

マ「大丈夫だ,ぬえよ,化かされぬようにする秘策がある」

藍「たいした秘策でもないだろうよ」

マミゾウが藍をにらむが,藍はどこ吹く風だ。
聖が割ってはいる。

聖「それより,私も入っているんですが,いいんですか?」

紫「何が?」

聖「つまり,露骨にマミゾウさんに協力しても?」

紫「ああ,それ,別にいいわよ,ハンデよハンデ
  ぶっちゃた話,それでも藍が勝つわ」

たいした自信,いや信頼だ。紫は藍の勝利をまるで疑っていない。
はっきり言ってマミゾウは聖と橙の2ポイント分を先行しているようなものだ。

紫「こんなのハンデにならないでしょうよ」

聖「?」

紫「あなたにはわからないかもね。
  聖人ですもの。人を化かすなんてことは無いでしょう?」

聖「それはそうですが・・・」

紫「人ってね意外に化かすのに準備とか情報が要るのよ。
  その点,藍のほうが幻想郷暮らしは長いし,このリストの人間は全員知ってるわ。
  でも,あなたたちはねぇ・・・,新参者だし,このリストの中で
  何人知っていることやら・・・ましてや,つい一週間前までいなかった人はねぇ。
  前情報なしで何人化かせることやら・・・」

マ「ふっふっふ,紫殿,それは侮りすぎじゃよ。
  大体期間が1週間もある。全員が全員,白蓮クラスでもあるまい?
  人は皆化かしてしんぜよう。」

ぬ「いいぞ! マミゾウ! その調子だ。私も精一杯手伝うぞ!」

マ「さて,そうと決まれば作戦会議じゃ,ぬえよ,一緒に来てくれ」

そういってマミゾウはぬえを連れて出て行く。
藍はその後姿をにんまり笑いながら見送った。
連中は気付かなかったようだ。リストの中にとんでもない奴がいる。
八意 永琳である。こいつだけは例外だ。白蓮クラスどころではない。
人間のポイントは押しなべて1点だが,紫の手口だろう。
実力に合わせてポイントを配分したら,永琳だけ得点が跳ね上がる。
だがそんなことをしたら,何も知らなくても警戒する。
警戒する機会すら失って,うかつに挑めば手痛いしっぺ返しを受ける。
永琳を化かすためにはかなりの手を打たねばならない。
連中が全員化かすのを失敗しているのを尻目に私がパーフェクトを決めてやろう。
口がゆがんでいるがとめられない。

橙「藍様,顔が怖いです」

藍「おおっと,私としたことが・・・」

橙「藍様,私は何をすればいいですか?」

藍はすっかり,橙のことを忘れていた。
何をやらせようか?
しばらく考えてみる。確かに,複数でかかって化かしたほうがよい人間もいる。
ただ,一人でやったほうが,橙に手伝わせるよりも成功率が高いようにも感じる。
せっかくだから,橙には狸の監視でも頼むか?
それがいいかもしれない。そばにおいておけば私も気にかかる。
成功するものも成功しない。
それなら,狸の監視をさせ,手口を探っておいたほうが得策だ。
そう決めると,橙に命令する。

藍「必要があったら呼ぶから,それまで狸の監視をお願いしようか。
  但し,邪魔はしないように,遠くから見て,誰を化かしたか,手口はどうだったか
  良く見て,報告するように。」

橙「監視だけでいいんですか?」

藍「ああ,良く見て,相手の手口を勉強するように。
  ・・・そうだ,少し,私たちも作戦会議をしようか」

橙「はいッ!」

威勢よく返事をし,藍に続いて命蓮寺を後にする。

聖「なんだか,大事になりそうですね」

紫「大事にはならないし,させないわよ。でも7日目はお祭り騒ぎでしょうね。
  それにしても守矢や紅魔館の連中に話を通すのは面倒だったわ~
  この寺は功労者に対して何が出てくるのかしら?」

聖「それはそれは,お疲れ様です。お茶でもいかがですか?」

実際には,守矢の神にも,紅魔の悪魔にも「そんな面白そうなイベントなら」と一も二も無く快諾されている。
本当に面倒くさいのは永遠亭の連中だが,化かすターゲットだし,黙っておいた。
今日いきなり天狗が現れるはずである。
・・・永琳は何かするだろうか?
・・・たぶん何もしないだろう。
実害が無いからだ。たぶん,自分が化かされようと化かされまいと完全無視するはずである。
全く,自分の式は得点が1点の意味を正しくわかっているだろうか?
・・・なんとなく,わかってなさそうである。・・・まあ,それでも藍が勝つだろう。
自分はのんべんだらりと決着を待てばよい。
しばらく人里の騒がしさを味わいながら・・・,なかなか楽しい一週間になりそうだ。


・・・


マ「のう,ぬえよ,このリストの連中はどんな奴らじゃ?
  さっきは大見得を切ったが,さすがに何もわからんと化かしようが無いわ」

ぬえがリストのメンバーの大体の人柄と居場所,特徴を話す。その中で,ぬえとかかわりの薄い連中が浮かび上がってきた。
例によって永遠亭の連中と森近霖之助,十六夜 咲夜だ。
はっきり言って,情報が乏しすぎる。
ぬえが知っている連中も「霊夢と早苗が巫女」で,「魔理沙が魔女」レベルの情報である。
一連の話を聞いていたマミゾウが笑った。

マ「本格的に情報が無いのう」

ぬ「うん。でも,マミゾウなら何とかできるだろう?」

あっけらかんとぬえが答え,マミゾウもしれっと答える。

マ「なんともならんわい」

ぬ「えっ? マミゾウ 冗談だろ?」

マ「主に冗談は言わんよ。真実じゃ。
  わしではどうにもならんわい。」

ぬえがしょぼくれる。

マ「ふっふっふ,ぬえよ。しょぼくれることは無い。
  わしには無理じゃが,狐にはできるわい」

ぬ「お前なぁ~。あいつにできても意味無いだろうが!!」

マ「そこが頭の使いどころじゃよ。何もくそまじめに挑む必要はないわい。
  狐のやり方を盗むんじゃ」

ぬ「どうやってさ?」

マ「なに,簡単じゃよ,あとをつけるだけじゃ」

ぬ「ばっ,おまえ,あいつ相当勘がいいぞ,それにあいつがどこから狙うかわかるのか?」

マ「いや,わからん じゃからな,それをするのは難しい連中だけじゃ。
  全員そんなことしたらさすがにばれるし,狸としてもプライドが許さんわい。
  リストの年も顔もわからん奴に丸をつけてみい。」

ぬえがリストに丸を書き足す。・・・意外に多い計4人だ。
十六夜 咲夜と上白沢 慧音は人里に頻繁に現れる。一般人ならともかく力のある人間の顔は忘れない。
ほんとにわからないのは,八意 永琳,蓬莱山 輝夜,藤原 妹紅,森近霖之助だ。
但しこれなら,幻想郷の狸を数匹味方に雇い狐の手口を連絡させればよいだけだ。
難易度はさほど高くない。その間に自分は他のものを化かしておき悠々とポイントを稼げばよい。
狐は単独行動が多い,これは狸にとって決定的な欠点に映っていた。
唯一の問題はこの特に難しい人間を狐が7日目に化かすことだが・・・
それでも高々1~2ポイントである。いかな狐といえど,
いや狐だからこそ7日目だけで4人なんて無茶はしない。

マ「とりあえず,後で幻想郷の狸の協力でも取り付けようかい。
  勝負開始は明日の正午からじゃから十分に間に合うわい」

ぬ「さすがだなマミゾウ!」

マ「な~にこんなことなんでもないわい。
  なあ,ぬえよ。主を泣かした礼は必ずしてやる。狐をボロクソに泣かしてやるわ!!!」

ぬ「あははは,やっぱりマミゾウをつれてきたのは大正解だ。これなら勝てる!!」

マ「まだじゃよ,狐を泣かすには奴のポイントも取らんと。」

ぬ「まだ何か手があるのか?」

マ「いや,まだ無いぞ。じゃがな この一週間の間に必ず見つけるぞい,狐の弱点をな!!」

ぬえはマミゾウの言動に頼もしさを覚えながら,作戦会議を続けた。
幻想郷の地理や,できる限りの情報を集めるために明日の行動を打ち合わせる。
丸一日分偵察に費やす予定だ。本格的に始動するのは2日目から・・・
その間に狐が動けば儲けものだ。手口も実力も把握できる。
ぬえは明日が・・・,いや8日後の狐の泣き顔が待ち遠しかった。


・・・


八雲藍は明日に向けて準備を進めていた。
白蓮はどう化かすか? 巫女は? ・・・
そして永琳は?
八雲藍の優位な点はリストのメンバー全員と面識を持っていることである。
そして,その特徴,親しい間柄,何に弱いかも知っている。
どのように化かすか念入りにシュミレーションする。
やはり,後半戦になり,各個人の警戒レベルが上がると,一人では厳しい。
橙も呼んで二人がかりの場面も出てくる。
なるべく短期決戦で,前半で決めたいところだ。
そこまで考えて不確定要素のことを考える。狸だ。
狸本体はいまいち特徴も嗜好も不明である。
新参者というのは本人しか詳しい情報がわからないのである。
こんな相手にはたっぷり時間をかけて調べないといけない。
前半戦で人間を一通りばかし,後半戦を全力で狸に傾けたいところだ。
ゆえに橙に狸を探らせる。手口や行動を分析すれば,ぼろのひとつも出るものだ。
問題は狸が閉じこもってしまった場合だ。
そのときはさすがにあきらめざるを得ない。
その場合は人間で稼いだポイントのみで勝敗が決する。
そうすると,鍵になりそうなのは永琳と橙だ。
永琳が化かされるか,橙が化かされるかで勝敗が決まる。
橙にはすこし,狸のやり方の手ほどきが必要かもしれない。
明日は,橙に化け学の基本を叩き込む,手本も見せよう。実際に行動するのはその後だ。

ーーーーーーーーーーーーーー化け比べ1日目 聖 白蓮のケースーーーーーーーーーーーーー

化け比べの初日,結局,ぬえとマミゾウは命蓮寺に戻ってこなかった。
作戦会議とやらが盛り上がっているのであろう。
白蓮はいつものことと読経を始めた。
今日の正午から化け比べが始まる。
読経を終えると座禅を組む。
座禅を組みながら,今回巻き込まれた人たちのことを考える。
霊夢や魔理沙はいいだろう。
早苗や妖夢も許してくれそうだ。
しかし,本格的に面識の無い人たちはどうだろうか?
紫は大丈夫といっていたが・・・少々不安である。
マミゾウが幻想郷に受け入れられるかが今回の件で決まる。
うまくやってくれるとよいのだが・・・ふふっ,雑念だったかな?
そういえば,藍はどのような手で私を化かしにくるのだろうか?
マミゾウに協力する気なら,まずは藍にポイントを与えないようにしないといけない。
千年僧侶をやってきた。その内,8割は魔界だったが・・・自負はある。
そんじょそこらの妖怪になら,化かされない自信がある。・・・が,相手は九尾の狐である。
いつ来るだろうか? あの九尾なら来る来ると思わせておいて疲弊させ,
7日目までやきもきさせて化かしに来るなんてことも考えられる。
ふふふ,意外に楽しみかもしれない。他の人たちもこんな風に感じているのだろうか?
勝負に巻き込まれた緊張感からか,いつもと違って一日に張りが出る


正午のちょっと手前にマミゾウが戻ってきた。
かなりの酒のにおいがする。作戦会議の残り香だろう。だが,ここは寺だ。
少し注意をしないといけない。

聖「マミゾウさん。あまり言いたくないのですが,
  ここは寺です。禁酒ですよ」

偽マ「むあ? ああ,すまんの~。夜にな,ぬえと話こんでな~」

マミゾウが酒のにおいを駄々もれさせながら,しゃべりだす。所々のろれつがおかしい。

聖「あまりお酒のにおいをばら撒かないでもらえますか?
  少し横になりたいのなら,奥の部屋を用意しましょう」

偽マ「いや~,それにはおよばん。またすぐにぬえのところにいくのでな~。」

聖「そうですか。でも,少し奥で話をしましょうか。
  ここは寺の本堂ですから。」

偽マ「おお,そうか。そうか。悪いことしたの~。」

聖はため息をつく,大分酔っている。自分は禁酒の生活をしていたので
酒のことは良くわからないが,飲み比べでもしたのだろう。
横になったら寝てしまうのではないかと思う。
そんなことを考えながら奥の部屋に連れて行こうとする。
そういえば何のために戻ってきたのだろうか?
赤ら顔のマミゾウを横目に疑問に思う。そういえばぬえはどうした?

聖「そういえば,ぬえはどこですか?」

偽マ「ぬえはの~,狐の監視じゃ。
  ・・・ちょ~と,寺の正門を盗み見てみい,子猫がおるじゃろ?」

聖が正門を見る。橙と目が合った。
橙はすばやく身を隠すが,こちらを伺っているのがわかる。

聖「・・・橙ちゃんですか」

偽マ「そうじゃ,狐の奴,子猫にわしの監視をさせるようじゃの~」

聖「もう始まっていたのですか?」

まだ正午までには30分はある。若干フライング気味ではないか?

偽マ「ま~の,化け比べの開始は正午でも,監視の開始は決めてなかろう。
  それにこちらもすでに手は打っているぞ,おあいこじゃろう」

聖「そうですか・・・,そういえば,何のために戻ってきたのですか?」

偽マ「あ~,そうじゃった。ちっと聖に頼みごとがあっての~」

聖「? 何でしょう?」

偽マ「飛び倉というものを貸してくれんかの?」

聖「飛び倉を? 何に使うんですか?」

偽マ「ちょっとした目印じゃよ。狐の奴の上に浮かべるんじゃ,わしが術をかけて,
  ぬえが操る。奴がどこにいるか一目瞭然じゃ。」

聖は首をかしげる。相手の居場所がわかったところで,何かメリットがあるだろうか?
わかりやすくやったら妨害になりマミゾウが反則負けを取られる。

偽マ「何じゃ? その顔は? 妨害なんぞに使わんわい。
  単に狐と鉢合わせたくないだけじゃよ。」

聖「そうですか・・・では,少し待っていてください。とってきます。」

聖が本堂の奥へと消えていく。マミゾウは大きく伸びをすると橙をみる。
橙はきらきらとした目でこちらを伺っている。
正午までには,まだ時間がある。

白蓮はまじめだ。化け比べをするような連中が「よーい,ドン!」で勝負をはじめると思っている。
まさか,藍がマミゾウに化けて勝負の開始前に乗り込んでくるなんて考えてもいない。
マミゾウやぬえはすでに昨日の内に幻想郷めぐりを開始し,森に住む狸どもに協力を取り付けに行動している。
そして,そのまま,偵察に出ていることを確認済みである。
あと,やらなくてはならないのは白蓮の持ってきた飛び倉を正午以降に受け取ることである。
そう考えた藍は堂々と本堂の前で横になりうたた寝を始めた。

戻ってきた白蓮は困っている。
マミゾウが本堂の前で眠っているのだ。
仕方なくため息をつくと飛び倉を懐にしまい,マミゾウを背負う。
本堂を過ぎて,奥の客間に背負っていく。
背後でちょろちょろと気配がするのは橙だろう。
客間でマミゾウを横にする。赤ら顔で寝息を立てている。
そんな姿を確認していると正午を告げる鐘が鳴った。鐘を突いているは一輪だ。
寺の内部であるから,音は意外と大きい。
マミゾウの耳が反応した。

偽マ「んあ? しまった,正午の鐘か? 飲みすぎてねてしもうたわ。
  ・・・白蓮,主か? ここにつれてきてくれたのは? すまんの~」

聖「・・・まあ,仕方ありません。お酒はほどほどにお願いしますよ?
  それから,こちらが頼まれていた飛び倉です。」

偽マ「これが,飛び倉か。 すまんな,白蓮1週間だけ借りるぞい」

聖「ええ,ただ,大事なものなので壊さないでくださいね」

偽マ「ああ,壊さないよ。ルール上の決まりごとだからな」

聖が飛び倉を手渡すととたんにマミゾウの語調が変わった。
目が笑っている。赤ら顔が狐顔に変わっていく。
目の前で特上の変化の術が展開された。
白蓮があっけにとられている。
・・・騙された。目の前にいたのはマミゾウではなく藍だ。
橙が駆けつけてくる。

藍「橙,見ていたか? これが化かすということだ」

橙「すごいです。藍様」

藍「では,帰り道ながら,復習でもしようか」

橙「はいっ!!」

聖「・・・ちょっと,まってください」

藍「なにかな?」

聖「・・フライングではないですか?」

藍「そうかな? 飛び倉を受け取ったのは正午の鐘の後だが?」

聖「・・・」

何もいえない白蓮をみて,藍がにやりと笑った。

藍「いわゆる下準備という奴だよ。正午の前に来たのも,酒をかぶったのも
  まあ,どうしても返せというなら,返さないわけでもないが・・・どうせ橙のための実演だし」

逆に飛び倉を目の前に突きつけられる。
白蓮は降参するしかなかった。体を震わせている。
突然,白蓮が笑い出した。大爆笑である。
未熟な自分の滑稽な姿を想像し,腹が痙攣を起こした。
何が千年生きた僧侶だったのか,たいていの妖怪には化かされないなんて想像して,結果はこの様である。
開幕10秒で化かされてしまった。そのうえ,橙ちゃんのための実演,本気どころか実験台だ。
すべての自信,自負が砂上の楼閣だった。マミゾウに協力する前に早々に脱落である。
ひとしきり笑い終わると「お見事,参りました」といい,
見ごたえある化かしを実演してくれた藍に深々とお辞儀をした。


・・・


命蓮寺の帰り道,藍と橙が今日の出来事の復習をしている。

藍「どうだった白蓮は?」

橙「最初何がなんだかわからない顔をしてました。すっごい面白かったです。」

藍「違うよ,白蓮の印象だ」

橙「すっごい,まじめな人ですね。あとやさしいし,気遣いもできる。
  あとは,おっとり? 穏やか? う~んなんていうんでしょうね」

藍「ふふふ,そうだね,後加えるなら自分に厳しいかな 他人に甘く,自分に厳しい 高潔って事さ」

橙「そうです,すごくいい人です。」

藍「そう,それ,そこが大事なんだよ。いい人だから相手が時間前に仕掛けに来るとか,
  酒のにおいの出所を確かめたりしないんだ。
  においをかげば人間でも口からじゃなく服からにおっているのがわかったはずだけどね。
  相手の苦手なところをちゃんと抑えれば後は簡単だよ」

橙「そうですか?」

藍「ふふ,今度,白蓮を化かしに行ってごらん。簡単な手でころっと化かされるから」

二人は話を弾ませながら,帰路につく。
明日は,橙は狸の監視だ。藍は次のターゲットに向けて始動する。いよいよ本番が始まろうとしていた。


・・・


マ「白蓮,どうした?」

日が暮れてからぬえとマミゾウが戻ってくるといきなり白蓮が謝ってきた。

聖「すみません。マミゾウさん,藍さんに化かされちゃいました」

マ「ふ~ん,そうかい」

聖「あれっ? 怒りませんね」

マ「別にそんなことで怒りはせんよ。相手は九尾じゃしの」

ぬ「何言ってんだマミゾウ!! もうあいつポイントを取ってったのか!
  マミゾウ,急がないとあいつに勝てなくなるぞ!!」

マ「そう,急くない。あせればあせっただけから回るぞ。
  昨日今日と化け比べの下ごしらえをしてたんじゃ。
  休むときは休む。鉄則じゃぞ」

聖「それで・・・マミゾウさん。私はどう化かされたらいいでしょうか?」

マ「あ~? 別にいいよ。白蓮,主を化かす気は無い」

聖「えっ? いいのですか? ポイントが足りなくなりますよ?」

マ「ぬえと決めたことじゃ,ぬえがのう,白蓮は化かしたくないといってきたんじゃ。
  日ごろから世話になっとるし。親しすぎて化かす気にならなかったんじゃろ。
  ポイントなら気にせんでもいいわい。狐を化かせば3ポイントじゃし,十分に釣りが来るわい」

聖「そうすると,私はもう,化け比べから脱落ですか・・・」

マ「まるで,化かされてみたいようじゃのう」

聖「ええ,すこし,滅多にできない体験だったので。
  手口が鮮やかだったし,開幕直後に化かされてましたよ」

マ「ほほう,狐の手口にはちょっと興味あるのう」

ぬえも交えて白蓮が化かされた手口について語る。
白蓮は楽しそうだ。そういえば,白蓮とこんなに親しく話をしたのは初めてかもしれない。
ついぞ,関係ない話も盛り上がり,夜が更けていった。

こうして狐と狸の化け比べは1日目が過ぎていったのである。


ーーーーーーーー化け比べ2日目 午前 魂魄 妖夢のケースーーーーーーーーーーーーーー

2日前に天狗によって化け比べの概要が配られた。
それ以降,魂魄 妖夢は「近づくもの すべてを切る!!」と未熟さを全開にして白玉楼で構えていた。
幽々子は困っていた。妖夢が暴走しているのである。しかも,あと6日はこのままだ。
今の妖夢にはほとんど何を言っても通用しない。炊事,洗濯,掃除はやっているが・・・少しでも不審な点があると
刀を振るうのである。さっきは洗濯物が一刀両断された。出てくる料理もやたら細かく切断されている。
そして,最も困ったことに・・・

幽々子「ねぇ,妖夢,いい加減,やめない?」

妖夢「幽々子様,これは非常に大事なことなんですよ? 常に緊張し備えなければ・・・
   この魂魄 妖夢を化かすなんて事は絶対にできないってことをこの連中に教えてやります。」

幽「いや,緊張も,備えも,結構なことなんだけど・・・
  ・・・どこまでもついてくるのやめてくれない?」

一番困ったことは妖夢が幽々子から離れないのである。
どこに行こうとも,必ずくっついて周り,たった2日だが辟易してしまった。
幽々子からすれば妖夢のこの行動は無駄が多すぎる。
さっさと化かされて終わりにしてほしいものだ。
しかし,いつになるだろうか。
一番恐れるのは化かしに来ないことである。
こんな暴走状態の妖夢とあと6日も一緒なんて・・・眠るときまで同じ部屋なのである。
プライベートも何もあったものではない。
妖夢の持論では,化かしに来る連中は必ず幽々子に化けて出てくる。
だから,はじめから本人と一緒にいれば,これから出会う幽々子はすべて偽者,遠慮なく切ることができる。
カチカチの頭で考えて,こんな結論を出してきたのである。
いくら幽々子が反論しても無駄だった。


・・・


藍「橙,今日はあいつらは命蓮寺にいるようだ。
  打ち合わせどおり,狸の監視を頼むよ」

橙「はいっ!! まかせてください!!」

藍は橙を命蓮寺において,自分は白玉楼に向かっていった。
昨夜,紫から命令されたのである。
いわく,幽々子が困っているから,助けに行ってこいとの事である。
どうせ,化け比べの件だろう。命令が無ければ,他の人物からがよかったのだが,・・・どうせ妖夢は簡単だし。
さっさと化かして次に進みたい。まずは適当に様子見からだ。
白玉楼につくと,いつもと違う様子を感じ取った。
玄関の上に浮いているのは妖夢の半霊だろう。こちらをじっと監視している。
きっと,家の中では妖夢が大慌てで,・・・いやすでにドタバタが聞こえている。
私は狐だぞ? そんなに大きな声で話していたら筒抜けというものだ。

妖「幽々子様,来ました。八雲藍です。ふふふ,準備は万端ですよ!!
  私は化かされませんからね!!」

幽「・・・妖夢,ほんとにやるの?」

妖「もちろんです!。玄関を開けたタイミングでみね打ちして,一気に縛り上げる。
  そして,奥の部屋にとじめれば完璧です。もはや化かすことなんてできません。」

藍は頭痛がした。幽々子が困るわけである。
仕方ないので,玄関を開ける前に外から声をかけた。

藍「ごめんください。幽々子さんいませんか?」

幽「いますよ~。(はぁ~,気が重いわ)
  あいているからどうぞお入りください。」

藍「いえ,たいした用事ではないので,外で簡単に話はできませんか?」

幽「・・・だってさ,妖夢どうする?」

妖「さすが,藍さん,まさか玄関を開けないとは・・・やりますね」

幽(どう考えてもさっきの会話が筒抜けだったと思うけど・・・)
 「怪しまれても仕方ないから,ちょっと外に出るね」

妖「ああ,待ってください!!」

幽々子が白玉楼から出てきた。妖夢も一緒である。
藍は妖夢の様子を確認する。刀を手でしっかり握っている。というか力みすぎ・・・目も化かされまいとするあまり,にらむような視線である。

幽「ご用件は何でしょうか?」

藍「いえ,紫様が,幽々子様がお困りだから手助けするようにといわれまして,
  なにか,困り事ありますか?」

幽「あの,あんまり大きな声で言えないけど,・・・妖夢が・・・」

幽々子が妖夢に聞こえないように小声で妖夢が離れてくれないことを伝えてきた。
藍も小声で答える。妖夢だけが,聞き取ることができず。眉間のしわを深くしている。

藍「・・・でしょうね。この様子なら一目でわかりましたよ。
  で,どうしますか? 妖夢ちゃんを引き剥がせばいいですか?」

幽「お願いするわ」

藍「では,失礼して,手に触ってもいいですか?」

幽々子が許可すると,藍は幽々子の手の感触を確かめている。冷たさ,やわらかさ,色などだ。
わずか数秒で,化けられると判断したらしい。

藍「ちょっと煙を使いますよ。それで,妖夢ちゃんの視界をふさいだら,
  私が幽々子さんに私の姿になるように術をかけるので,そのまま,白玉楼を出て行ってください。
  夕方にはすべてかたをつけておきますよ。」

幽々子がうなずくと。藍が声を張り上げる。

藍「ははは,そんなことなら,簡単ですよ。
  恥ずかしがることはありません。これを使いましょう。」

そういって取り出したのはスペルカードだ。いきなり,地面に向かってスペルを撃つ。
音と閃光と土煙がまった。音と光にまぎれて立ち位置を入れ替える。
こちらを凝視していた妖夢は思い切り目くらましをされた格好だ。

幽々子の声が響く,もちろん藍の口からだ。

偽幽「ぶっ,何してくれんのよ!!」

幽々子は気づけば藍の姿になっている。ご丁寧にスペルカードを構えている。

妖「幽々子様,ご無事ですかッ!!?」

幽々子は反射的に返事をしそうになりながら,あわてて白玉楼の階段を藍の姿で駆け下りていった。
ようやく,目くらましが解け始めた妖夢が叫ぶ。

妖「ま,待て。無礼者め!!」

偽幽「待つのは,あなたよ妖夢,忌々しいけど,あれが,狐の作戦よ。
  つまり,あなたを誘い出すためよ。・・・そのくらい見抜いて頂戴」

妖「・・・なるほど。そういうですか・・・危なかった。
  幽々子様,ご無事ですか?」

偽幽「ええ,なんとかね」

妖「それにしても,あの狐め,今度あったら,刀のさびにしてくれる・・」

藍はそれは無理だなと思いながら妖夢とともに白玉楼にまんまと侵入した。


・・・


すこし,時間はさかのぼり,ここは命蓮寺の前である。
橙が寺の前に張り込み,マミゾウが出てくるのを今か今かと待ち構えていた。

マ「のう,ぬえよ,橙ちゃんが入り口に来ておるようじゃよ?」

ぬ「まじか,あいつ,こっちの張り込みする気か? ちょっと脅かして,帰ってもらおうか」

マ「まてまて,そんなことしたらかわいそうじゃよ?」

ぬ「そんなこと言ってる余裕無いだろ,・・・ははん,そうか,化かすのか?
  昨日,白蓮のポイントとられたばっかりだからな。」

マ「いや,その気も無いのう。ぬえよ,わしは橙ちゃんを化かしの対象とは今,考えてはおらん
  白蓮の件もそうじゃが,あまりに簡単すぎるわい。もう少し歯ごたえがないと・・・
  狸としてのプライドが許さんわ」

ぬ「・・・じゃあどうするんだ。こっちの動きは全部,狐に筒抜けだぞ。」

マ「そうじゃのう,全部筒抜けにするのは悪くないのう。」

ぬ「・・・正気か?」

マ「くっくっく,例え,全部筒抜けだとて,それがすべて正確とは限らんわ,
  嘘も,本当もいり混ぜて橙ちゃんに情報を流すとどうなると思う?」

ぬ「・・・どれが本物かわからない,つまり情報の正体不明ってことか,それはいいぞ大賛成だ。」

マ「そうと決まれば,橙ちゃんを味方に引き入れようかの」

ぬ「・・・あと,お願いがあるんだが,・・・これやめないか?」

マ「・・・いいアイディアだと思うんじゃがの」

マミゾウとぬえは互いに互いの姿に化けあった。今の会話を傍から見るとぬえとマミゾウの人格が
入れ替わったように感じるはずである。
マミゾウの化かされないようにする秘策がこれである。
常時,二人の姿を変えておけば,化かす対象の中身が違うことに気付くのは接触後である。
マミゾウを化かすつもりでぬえに接近しているとあっては,いかに九尾といえど化かすことはできない。
しかし,これはぬえのほうが先にギブアップした。
正体不明に振舞うことは得意でも,マミゾウの人格を振舞うのは,ひとつの決まった形を再現するのは
苦手なのである。すぐに地が出る。マミゾウも「仕方ないのう」と一言でこのアイディアを捨てた。

橙は入り口から,マミゾウとぬえを見ている。
ひとしきり話し終わるとぬえが空に向かって飛び立った。
しかし,監視を言い渡されたのは,狸のほうである。
狸を凝視していると,伸びをして,こちらに向かってくる。
いよいよ出発らしい。ばれないように忍び足でさがる。
2歩下がったところで,背中に何かが当たった。
驚いて振り向く。ぬえがにたにたと笑って,立っている。
背中に当たったのはぬえがいつも持っている槍だ。

ぬ「ばあっ!!」
ぬえが大声を上げる。橙はびっくりしてそのまま尻餅をついた。

マ「これこれ,脅かすなというたろ。」

ぬ「だってさ,後ろがすっげえ無防備なんだもん
  脅かしてくださいって背中で語られたら・・・我慢できない」

橙はあわてて駆け出そうとする。が,腰が抜けているので手足がばたつくだけだ。
藍からはかなりの距離を空けて監視するように言われている。
こういう事態を防ぐためだ。
エキストラボス2人に挟まれたら橙では逃げられない。
顔がどんどん青ざめていく。過呼吸になってしまう。
この二人の実力は紫の結界を力技で破れるほどである,折り紙付きだ。
どうしたらいいのかわからなかった。

マ「ほれ,主が脅かすから,橙ちゃんが困っておるじゃろうが」

ぬ「ははは,こんなにびびッてくれるなら,毎日脅かそうか」

マ「仕方ない奴じゃのう,ほれ,橙ちゃんなにもせんから,・・・たてるかい?」

橙は首を振った。腰が抜けて,たつどころではない。
仕方なしに,ぬえが背負った。

ぬ「ちぇ~,なんだよ,これなら脅かすんじゃなかった。」

マミゾウがくすくす笑いながら続ける。

マ「橙ちゃん,狐がどこにいっておるか知ってるかね」

橙「・・・!,い,いえません。
  藍様を裏切るようなまねは・・・」

マ「ほっほっほ,狐を様付けか。(中々教育されておるようじゃの)
  別段,邪魔しようとはおもうておらんよ。
  わしものう,狐の術を久々に見たくなってのう
  見学したいんじゃが~。・・・どこかの~」

ぬえが「良くやるよ~」などとため息をつく。マミゾウは橙の目を見ながら話し続ける。
挙動を見ながら「紅魔館,・・・守矢,・・・白玉楼,・・・永遠亭,・・・博麗神社」と場所を呪文のように言う。
マミゾウが「なるほど,白玉楼,妖夢ちゃんかえ」という。橙の目が大きく開く。信じられないという表情だ。

マ「まだまだ,子供じゃよ。白玉楼で,耳が動いておったわ。
  ・・・そんなに心配する必要はないわ。狐とて橙ちゃんから情報が漏れるのは承知の上じゃ。
  不安なら,わしから狐に説明してやろう。さあ白玉楼に向けて出発じゃ!!」

ぬえが,「まじで~,私背負ったままかよ~」などと悪態をつきながらついてくる。
しかし,これから起こることにき期待して目がきらきらしている。
なんといっても,マミゾウと藍がいきなり激突するのだから・・・。


・・・


白玉楼では幽々子に化けた藍と妖夢が風呂を沸かしている。
さっきのスペルカードで巻き上げた砂を落とすためだ。
更衣室で湯が沸くのを待っている幽々子に妖夢が走ってくる。

妖「幽々子様~,お風呂沸きましたよ~」

偽幽「ありがとう。妖夢
  全く,狐にも困ったものね。あいつのおかげで全身砂だらけ。早く落としたいわ~。
  そうだ,妖夢,一緒に入らない?」

妖「うぇい!? な,何言ってんですか,一人で入ってください!!」

偽幽「ふ~ん,あなた,砂だらけよ?
  それに,あなたお風呂では,別々だったけ?」

妖「からかわないでください!!」

偽幽「ふふ,じゃあ,あなた先に入りなさい。
  ほら,さっさと服を脱ぐ!」

妖「うわっ,やめてください。一人でできますから,
  刀だけ持っててください。」

偽幽「刀だけね・・・。くっ,ふふふ。」

妖「どうしたんです?」

偽幽「そうね,妖夢,あなた着替えは?」

妖夢がはっと気付く,さっきまで風呂を沸かしていたので着替えなんて用意していない。
ちょっと待っててくださいといって,自分の部屋に着替えを取りに行く。
幽々子の姿が藍へ変わる。受け取った白楼剣を手に,玄関に向かって歩いていく。
随分簡単だった。妖夢は幽々子と勘違いして,極あっさり刀を預けた。
自分の化かしは終わりである。しかし,紫の指示は「幽々子をたすけなさい」だ。
狸の化かしも終わらないと助けたことにならない。
そうするとこれから狸を見つけに幻想郷を駆け回らないといけない・・・。
玄関で気付く。別の者の視線を感じる。妖夢ではない。
外からの視線でしかも複数だからだ。藍の動きが止まったことを確認するかのようにマミゾウが現れた。

マ「いや~,お久しぶりじゃの~。
  中々の手口じゃな~」

嫌味たっぷりにマミゾウが現れる。
白玉楼の奥からは妖夢の声が聞こえる,幽々子を探しているような声だ。
早く出ないと追撃を食らう。

藍「どうしてここが?
  ・・・いや,丁度いい,お前,さっさと妖夢をだましてこい。
  手口を見せてもらおうか」

マ「ええよ・・・。ぬえよ。嬢ちゃんを狐にあずけなさい。
  久々に化かしてやろうかい。」

マミゾウがわざとらしく腕まくりすると幽々子にたちまち早変わりする。
と,同時に橙を背負ったぬえが現れた。

ぬ「けけけけ,ほらよ,子猫に見張らせるなら,
  もっと工夫するんだな」

橙は「すみません」といってくる。この場に橙がいる以上,手を出すことができない。
歯軋りしながら,橙を受け取る。

偽幽「妖夢!」

マミゾウが声を上げる。幽々子の声にそっくりだ。さすがに化け学の達人。
しかし,一体どこで声を聞いたのか,・・・なるほど,私からか。
どうやら一部始終を観察されていたらしい。・・・気も抜け無いとはこのことだ。

背後から,妖夢の足音が聞こえる。
もう退散しないとだが・・・狸の実力を見るのは悪くない。
すぐさま,玄関を開けて出ると術を使って姿を隠した。
ぬえもあっという間に上昇し,姿をくらます。

妖「何でこんなところにいるんですか!?
  ああ,それより,刀はどこですか!
  白楼剣がありません!!」

偽幽「当然でしょう!!
  あなた,さっき狐に刀を渡していたのよ!!」

妖「・・・え?,まさか? 幽々子様ですよね?
  私,幽々子様に刀を渡しましたよね?」

偽幽「おばか!! そっちの刀も見せてみなさい!!
  すりかえられている可能性があるわ!!」

妖「ま,まさか・・・」

妖夢は疑いなく,残った楼観剣を渡す。
それを見ていた藍は,単純な手口だと思う。
勢いであせりを助長し,さらに行動をせかす,正確な判断をさせない。
初歩だ。狸は私に手口は見せないらしい。

偽幽「やっぱり・・・にせ物ね・・・」

妖「そ,そんな・・・私,私は・・・」

偽幽「あなたは,これ以上,化かされるわけにはいかないわ。
  私が帰ってくるまで,部屋に閉じこもっていなさい。
  私の従者が化かされたなんて・・・赤っ恥もいいところだわ!!」

妖夢は顔を真っ赤にして小さくなっている。
マミゾウは堂々と玄関から出て行く。
妖夢は泣きそうになるのを必死に抑えながら,
幽々子様なら取り戻してくれるに違いないとその後姿を見送った。


白玉楼の外では,狸と狐がお互いの戦利品を確認している。

藍「ふん,最初に2本ともいただけばよかったかな?」

マ「おお,そうじゃのう。そしたら苦労したかものう。
  ・・・そいで,お前さん次はどこに行くんじゃ?
  鉢合わせはしたくないの~」

藍「次は・・・言うものか・・・自分で考えるんだな。」

マ「なるほどの~,まあええわい。
  ああ,そうそう,橙ちゃんはお前さんの居場所はいわんかったよ。
  優秀な子じゃな」

藍は口を曲げると憎しみをこめてにらみつける。だったら,なぜここがわかったのだ?
マミゾウは藍の反応を確認すると,二カッと笑った。

藍「さっさと消えたらどうだ?」

マミゾウは藍の態度に「やれやれ手に負えん」と先に立ち去る。
藍は紫に妖夢を化かし終えたことを伝える。
これでようやく幽々子は妖夢から開放されるだろう。
幽々子にかけた術も解く,午後はどこに行こうか・・・。


・・・


ぬ「なんだよ~マミゾウ,もっとやりあわないのか?」

マ「主は相変わらず喧嘩っ早いな・・・
  物事には順序というものがある。狐を追い詰めるにはのう
  まだまだ準備が必要じゃよ。
  しかし,ほっほっほ,弱点を見つけたわ」

ぬ「本当か!」

マ「まだ,見つけただけで手に入れてはおらんがの」

「教えてくれ」というぬえを「だめじゃ,主も楽しませたいんでのう」とやんわり制し,
作戦を練り始める。もちろん狐をしとめるための作戦だ。
ふふふ,楽しみにまっておれ狐めが・・・・。

---------------------------化け比べ2日目 午後 東風谷 早苗のケース-----------------------------------

2日目の午後,藍は一人,妖怪の山にもぐりこんだ。今度のターゲットは東風谷 早苗である。
橙はまた,命蓮寺で張り込みである。白玉楼からの帰り道で橙から狸の手口を聞いた。
だから,今度は橙に行き先を教えていない。知らなければ反応などできないからだ。
橙から情報を聞くのは夜になってからである。先ほどの白玉楼の件から,橙が暴力を振るわれることが無いことは
確認済みである。だから,今回も偵察を任せた。

ターゲットの早苗は今回のリストでは簡単な方だ。・・・但し,単体で見た場合である。
今回の化け比べにおいて,守矢の神々がどのようにかかわってくるかいまいち不明である。
あの連中の関わりいかんによっては難易度が跳ね上がる。不確定要素が大きい。
さっさと片付けたいところであるが・・・場合によっては時間がかかるかもしれない。
守矢の巫女はこの時間帯,神社にいるはずである。白狼天狗の監視網をかいくぐり守矢神社にたどり着く。

八坂 神奈子「いらっしゃ~い。はるばるようこそ」
洩矢 諏訪子「天狗や河童以外の訪問者は久しぶりだよ♪」

神社の境内に一歩足を踏み入れたとたん守矢の神々が現れた。
藍が驚くまもなく,勝手に話を進める。

神「残念だけど,目当ての早苗はいないよ」
諏「今,人里で信仰集めなんだよね。
  ま,大概,博麗神社でだべってるだけだけど」

藍「ッ!! ・・・失礼しました。人里ですか・・・
  すぐ,戻らねば。」

身を翻すとすぐさま神奈子が正面に回りこむ。

神「まーまー,ここまでわざわざ来て,何も無いなんてことも無いでしょう?」
諏「そうそう,歓迎するよ?
  弾幕でも,お酒でも,くふっふふふ」

藍「いえ,時間もありませんので,失礼!」

藍が踏み出すよりも早く,頭上から御柱が降り注ぐ,足元が泥沼に早変わりする。
蹴ろうとした地面に足をとられつんのめる。その隙に御柱が陣形を形作る。・・・結界だ,それも八雲紫に匹敵するレベルである。

神「ふふふふ,追いかけっこよりも,弾幕ごっこでいいじゃないか」
諏「くくくく,だめだね~,神社に入った時点で遊び相手は確定なのさ。」

藍は舌打ちする。この連中の理不尽さは知っていたつもりだったが,これほどまでとは予想もしなかった。

藍「随分用意がいいですね。まるで,私が来ることがわかっていたみたい。」

神「ふふふ,わかっていたよ。お前の主から相談されていたからね」
諏「曰く,ストレスがたまっているから,すっきりさせて欲しいだってさ
  神様としては,こんな願い,かなえないわけにはいかないよね~」

藍「紫様は・・・全く。私のストレスの原因を本当に知っているのか・・・」

神「こちらとしてはお前のストレスの原因なんてどうでもいいよ。
  久しぶりに力が振るえそうで楽しみだったんだ」
諏「伝説の九尾,私たち相手にどこまでもつかな~」

会話も終わらぬうちに諏訪子がスペルを放つ,結界があるので遠慮はなしだ。
轟音とともに2対1の変則スペルカードルールによる決闘が始まった。


・・・


命蓮寺では橙が・・・すでにマミゾウにつかまっていた。

マ「これこれ,頭かくして尻尾隠さずじゃよ?」

橙「なんで・・・こんなにあっさり?」

マ「嬢ちゃん,いくらなんでもにおいを覚えたぞい?
  それを風上から接近したらのう?
  もうちっと注意というか,頭を使ったらどうじゃ?」

橙「ぐっ! で,でも今度は藍様の居場所はわかりませんよ!!
  今度は私も知りませんからね!!」

マ「別にかまわんよ。知りたいことはもう大体知ったし。別のターゲットでも一向に問題ない。
  そうだ,嬢ちゃんにわしの化け術を見せてやろう」

橙「いいんですか? 全部藍様にばれますよ?」

マ「ふっふっふ,わしは太っ腹じゃからな。かまわんよ別に」

ぬ「おい,マミゾウ,本当に大丈夫か?」

マ「大丈夫,大丈夫,わしにまかせい。」

さ~て誰にしようか,などと考え,そうだと手を打つ,「人里ではじめに出会う人物にしよう」などという。
一体誰になるのか皆目見当がつかない。橙はそう思った。


東風谷 早苗が目の前を歩いている。ターゲットは自然と早苗に決定した。
この奇跡のようなタイミングで人里を歩いているとは・・・この人間は只者ではない。
早苗としては信仰集めと夕飯の買出しの合間である。
時間帯はさておき,必ず人里を訪れなければいけなかった。
後ろから狸が近づく,早苗はまるで化かされるのをわかっていないようだ。
早苗まで後5歩というところで,異変が起きた。早苗が突然振り返り,異空間を広げたのである。
異空間はぬえ,マミゾウ,橙を飲み込むと早苗ごとかき消えた。


・・・


神「ふふふふ,やるじゃないか・・・・」
諏「まったくだよ,私たち相手に無傷なんてね・・・」

藍「もう,やめにしませんか?」

神「嫌だね。せっかくの相手だ。存分に楽しまないと」
諏「それに,まだお前も全力じゃないだろう? そーゆーのはわかるよ?」

藍は舌打ちする。服もぼろぼろ,息も荒いのだが,直撃を受けていないことだけは見透かされている。
しかし,向こうはさらに余裕だ。二人がかりのためか息切れすら起こしていない。
二人してニタニタと笑うと続けざまに全力を出すことを宣言してきた。

神「仕方ない,こちらが先に全力を出そうか」
諏「仕方ないよね,全力を出してくれない九尾が悪いんだ。
  ・・・おいで,ミシャクジよ」

神奈子は御柱を背中に付けると,注連縄を装着する。
諏訪子は目が赤黒くなっている。
二人して,これまでに無い力を振るおうとしている。分が悪いどころではない,
こちらが全力を出さないと,次の攻撃そのものをしのげない。
覚悟を決めた藍が全式神を発動させる。
式神「十二神将の宴」
式神「前鬼後鬼の守護」
幻神「飯綱権現降臨」
それらを自らの体に貼り付け妖力のブーストとして使用する。
式神 八雲藍の全力が発動する。
その間隙を縫って,幻想郷に不釣合いな機械音が響いた。

神「あっ,ちょっとタイム」
諏「なんだよ,今いいところなのに,早苗かい?」

神「・・・どうやら時間切れのようだ・・・」
諏「え~,もう? 間が悪いって言うか,奇跡のタイミングというか。
  これもあの子の力かね?」

神「こっちとしてはどうでもいい。早苗がよこしまな奴らに目をつけられているのだから・・・」
諏「ここに九尾がいる以上,想像はつくけどね・・・
  じゃあ,その不埒な連中をこちらに呼び出しますか」

神奈子が虚空に円を描く。たちまち,円が黒い空洞になり,異界と現世をつなぐゲートになる。
異界を通じて飛び出してきたのは早苗と狸,ぬえに橙だ。
妖怪は全員信じられないという顔をしている。早苗だけが焦点の合わない瞳で虚空を見つめる。
結果として,妖怪は全員着地に成功したが,早苗だけ失敗し,尻餅をついた。
神奈子が手をたたく。早苗が正気に戻ったようだ。

早「・・・はっ? ここは?
  ・・・神奈子様,またやりましたね?」

神「そー,神おろしの逆,強制降臨かな?」
諏「後ろから,そいつらが狙っていたんだよ。
  警報機が鳴ったからね」

早「一体どこに,そんなプライベート侵害装置がついていたのか・・・」

神「それは秘密」
諏「ふふん,私はそんなもの無くても直感でわかるけどね」
神「まあ,そんなことより,化け比べするんだろう?
  早苗の丁度いい試験になると思ってね。」
諏「これから,狸と狐に私たちに化けてもらって,早苗が見破れるか試験するよ」

藍「・・・なんだそれ」

マ「化け比べを利用する気かえ?」

神「そう口を尖らせるな・・・見事化かし切ったら早苗の髪飾りを貸すから」
諏「丁度,蛇と蛙の2種類あるし。化け比べの証拠に必要だろう?
  先に言っておくけど,これ以外の早苗への化かしは認めないよ?」

藍が舌打ちする。マミゾウも同じだ,嫌悪感が顔に出ている。
化け比べは強制されるものではない。
・・・しかし,この二人がそういっている以上,この話に乗るしかない。
警報機,そして二人の実力を考えれば他の場所で化かすにはリスクが大きすぎる。
藍もマミゾウもしぶしぶ同意する。

神「決まりだ。ふふん,では組み合わせを決めようか。」
諏「私と神奈子,狐と狸で誰と誰が組み,早苗には誰がにせ者か当ててもらおうか。」

早「・・・一番無視されてるのが,当事者の私って一体・・・
  でも,いいですよ。これなら神おろしをすれば一発です。」

神「それじゃ試験にならんだろうが」
諏「う~ん,神おろし,その他,質問禁止でやろうか。
  プライベートはさすがに知らないだろうし
  早苗は信頼できるほうに髪飾りを渡せばいいよ。」
神「あ~,早苗,問答無用で弾幕ぶっ放すのもなしだからね」

藍はめちゃくちゃだと思った。マミゾウもあきれている。
こんなにルールを作られたらやりづらくて仕方ない。
神社の正面に早苗が陣取り,神奈子,諏訪子,藍,マミゾウ,ぬえ,橙が神社の裏に回る。
神奈子か,諏訪子に化けて裏から出て行って神社の正面で早苗から髪飾りを渡してもらい裏に戻る。
それを狸と狐で交互にやるのだ。
神社の裏では作戦会議が開かれている。作戦といっても狸に筒抜けである。
もはや,神が主導権を握っている。これでは思い通りに動かされているだけだ。
ストレスの意味がこの神にはわからないようである。

神「では手はずどおりに・・・」
諏「くっくく,楽しみだね,早苗の驚く顔を特等席で見させてもらうよ」

神社の裏から狸とぬえが出てくる。
最初の組み合わせは狐が担当するようである。
狸もぬえもやたらニタニタと笑っている。

早「はじめは藍さんですか?」

藍「今から行くぞ。いいな?」

藍の声が響く,神社の影から,神奈子と諏訪子が現れる。
二人ともすたすたと歩いてくる。
早苗の前で二人が止まる。
早苗が二人を観察する。
諏訪子がどことなく不安げで,神奈子の顔を見る。神奈子はやさしく微笑むと諏訪子は落ち着いたようだ。
大丈夫できるという顔をしている。
・・・どちらだろうか?信頼感という意味では神奈子なのだが・・・,
諏訪子のほうが演技である可能性が否定できない。
諏訪子は悪乗りする癖があるのだ。大体狐がこんな態度を取るとは思えない。
今回化けているのは藍である。

早「諏訪子様受け取ってください。」

諏訪子が「えっ?」という顔をする。とたんに真っ赤になった。とても幸せそうな顔をする。
逆に神奈子は目つきがいきなりきつくなり,諏訪子を見る。
あわてて,諏訪子が姿勢を正すと,急ぎ足で神社の裏に戻っていく。
神社の影に隠れると今度は狸とぬえが神社の裏へ向かう。


次は狸のばんだ。

神社の裏から藍と橙が現れる。
やはり二人ともニタニタと笑っている。
続けてマミゾウの声がする。

マ「ゆくぞい」

神社の影からやはり神奈子と諏訪子が現れる。
今度はやたらと諏訪子がふらふらしている。
神奈子はそれをたしなめるように,にこっと笑いながら手で制する。
諏訪子は神奈子におとなしく従うようにしながら,後ろで,ニタっとわらう。
こんな笑い方は確かに諏訪子そっくりだ。
早苗は二回とも諏訪子様の演技か?と考えたが・・・,
どうにも諏訪子は動きが大きすぎる。
おそらく,先ほど早苗が諏訪子を選んだときに演技を見破ったのみて,演技をすればいいと解釈したのだろう。
ふふふ,私は見破りましたよ。今度は自信満々で神奈子に渡す。

早「神奈子様,受け取ってください」

神奈子がさも当然のように蛇の髪飾りを受け取ると諏訪子がにやっと笑った。
それを神奈子が笑って制すると神社の裏に回る。
藍と橙も急ぎ足で神社の裏に回る。

神「早苗~。結果発表するから裏に来なさい」
諏「くっふふふふ,いや~面白かったね~」

早苗が裏に回ると藍がムスッとした表情で,橙は上目遣いで藍を見ている。しかし,うれしそうだ。尻尾がゆらゆら揺れている。
マミゾウとぬえは二人して笑っている。
そして,神奈子と諏訪子はニタニタと・・・。

早「・・・!!! 
  まさか!!」

神「あれ? 結果発表の前にわかっちゃった?」
諏「くくくく,勘はいいね~ 流石だよ
  早苗が今思ったとおりの回答だ。」
神「ふふふ,結果発表の前に選んだ理由を聞こうと思ったんだけどね」
諏「大恥をかくと人は忘れないものさ~
  いい修行になったろ?」

早「・・・卑怯ではないですか?
  ・・・ていうか,お二人はどうやって化けたんですか!?」

神「・・・いい勉強になったみたいだね。
  ちなみにルールに”化け比べに協力してはならない”なんて項目は無いよ」
諏「姿を変えたのは狐の術のおかげさ。
  それにしても,この私を選んでほしかったね~。
  あんなにそばにいたのに,気付かないなんてね。」
神「ああ,残念だったね」
諏「まだまだ,修行がいるって事さ。」
神「ふふふ,ご苦労だったね。お前たち協力に感謝するよ」
諏「久々に面白かった。また頼むよ」

藍「二度も協力しないよ」
マ「これっきりじゃ」

二人ともばっちりのタイミングで回答する。
神様は苦笑いしながら,「仕方ない」と言ってゲートを開く。
くぐればあっという間に人里だ。
狸も狐も疲れたという表情をしてさっさと家路に着く。
2日目の化け比べはお互いに他人の意思に振り回されすぎた。
3日目は自分で相手を選びたいものである。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー化け比べ3日目 午前 博麗 霊夢のケースーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

朝の博麗神社では,巫女が掃除をしている。3日前から化け比べが行われているらしい。
自分もターゲットだが,いつもどおり,来た妖怪をぶちのめせばいいだけだ。
いつもを崩してしまうほうが付け込まれる危険性がある。そう直感で見抜いた巫女はこの数日勤めて平静に過ごしていた。

霊「はぁ~暇ね。いつもと変わらない。いつもどおりだわ」

風のうわさでは,白蓮と妖夢が化かされたそうだ。じきに自分のところにも来るだろう。
自分にはどんな手口で来るだろうか? 
博麗神社に訪れる人物なんて決まりきっている。魔理沙である。他は早苗か咲夜だ。
人間ならこの程度,妖怪に化けてくれば,そのまま妖怪退治すればよい。自動的に解決する。
魔理沙なら物は盗っていく。借りていくなんて見たことが無い。
早苗も咲夜も借りていく事はしない。
つまり,簡単に化けて物を借りようとすればすぐにばれる。
極あっさり片がつくだろう。
そんなことを考えていると,案の定,魔理沙が来た。

偽魔「おはようだぜ~霊夢。」

霊「ええ,おはよう。どうしたの魔理沙? いつもより早いんじゃないの?」

偽魔「いやいや,そんなことは無いぜ?
  実はな,最新情報,早苗がやられたらしいぜ」

霊「へぇ~,早苗がね。手口は?
  白蓮や妖夢みたいに,知り合いに化けたのかしら?」

偽魔「それがな,良くわからないんだ。人里で突然黒い穴に飲まれて消えてな。
  後から,化かした連中が出てきて早苗の髪飾りを持っていたから化かされたのは確実なんだが・・・」

霊「ふ~ん。手口は不明か・・・ ま,そんなに簡単に連中は手口を明かさないだろうし。
  そうだ魔理沙,あなたは注意しないの? 私が化け狐かもよ?」

偽魔「はっはっはっは,そんなことは絶対無いぜ。」

霊「どうかな~? 本物の霊夢は縛り上げられて納屋で寝てるかもよ? 
  ふふふ,魔理沙,私に八卦炉を貸してみる勇気ある?」

霊夢がにやけながら,魔理沙を見る。
どうにも,魔理沙の様子がおかしい。一瞬目が泳いだかと思うと,
挙句に「はっ? そ,それは無いぜ?」などと言ってきた。

霊「!! ちょっと待って,あなた誰?
  それは無い? そんなこと魔理沙が言うと思っているの?
  魔理沙は自信満々に見せびらかせてから”貸さない”って言うのよ?
  誰よ,あなた。・・・・いや,誰かはどうでもいいか。
  覚悟しなさい。私の前に現れたのが不幸ね」

霊夢が構える。スペルカードを掲げてくる。

偽魔「まっ,待った。降参だ」

魔理沙から煙が上がる。魔理沙が狸に変わった。
本物の魔理沙ではない以上,八卦炉などもっているわけが無い。

偽マ「するどいの~。巫女の直観かえ~」

霊「・・・いいえ違うわ,あなたの化け方がだめなのよ。
  姿がそっくりだけど,中身がね未熟だわ。」

偽マ「そうかい。しかたがない・・・が,ポイントはあきらめ切れんの~。
  ものは相談じゃが,巫女さん,取引せんか?」

霊「取引? 何を?」

偽マ「わしが酒を一献奉納するから,リボンを貸してもらえんかの~
  狐にポイント差だけは空けられたくないのでの~」

霊「・・・お酒か,取引・・・」

霊夢はどうしようか思案している。別段,化かされたフリをするのはいいかもしれない。
この先煩わされることが無いからだ。但し,博麗の巫女が化かされたと名誉に傷つくかもしれない。

霊「あなたに化かされたとなると,巫女としての威厳が・・・」

偽マ「それは大丈夫じゃろ,白蓮も狐に化かされておる。町中のうわさじゃが,誰も白蓮を悪く言うような奴はいないよ」

霊「・・・そうか。
  それなら,そうね,たまには実利を取るのもいいかもしれない。」

霊夢はあっさりそう決めるとリボンを解いてマミゾウに渡す。
マミゾウは必ず化け比べ後に酒を奉納することを誓ってリボンを受け取った。

霊夢はリボンの変わりに霊符を使って髪留めすると,再び掃除に出向く。
30分もしないうちに,また魔理沙が来た。
また,にせ者かもしれない。

偽魔「霊夢~。最新情報ゲットしてきたぜ~」

霊「それって,早苗が化かされたって話?」

偽魔「おお,耳が早いな。誰から聞いたんだ?」

霊「さっきね。狸がきたのよ。その狸から聞いたわ」

偽魔「えっ?! 本当か?」

霊「ふふふ,リボン取られちゃった」

そういっている割には霊夢から,怒りも悔しさも感じない。普段どおり過ぎる。

偽魔「その割には,悔しそうじゃないな」

霊「ええそうね。何ででしょうね。
  そうだ,魔理沙,あなたもにせ者じゃない?」

偽魔「どうしてそう思うんだ?」

霊「今度は単に直感,八卦炉を私に預けられる?
  本物なら私に八卦炉をわたせるわよね?」

偽魔「いやいやいや,霊夢,渡したところで使えないだろ?
  もしかして,霊夢のにせ者か?」

霊「そうかもね。ふふふ,魔理沙,弾幕ごっこしましょうか。
  あなたは私をにせ者だと思っている。私もあなたがにせ者だと思っている。
  理由はこんなところでいいかしら?」

偽魔「おいおい,いくらなんでもいきなり過ぎないか?」

霊「・・・はぁ~,本当にあなたにせ者だったか。
  さっきのが狸だから,狐ねあなた。」

偽魔「何を根拠に・・・」

霊「ふん,魔理沙は弾幕ごっこは絶対に逃さない性質なのよ。
  避ける口実を探すなんてしないわ。」

偽魔「そういうことか・・・」

魔理沙から煙が上がる。煙の中からは藍が現れた。

偽藍「全く,お前らの絆には舌を巻くぞ・・・」

霊「ふふん,やっぱりね。さっさと帰ってくれるかな?」

偽藍「霊夢・・・お願いなのだが,その髪留めを貸してもらえないか?
  礼に,米を奉納しよう。狸にだけは負けたくないんだ,頼む」

霊「今度は米か・・・・狸にはリボンを渡したし・・・・
  別にいいか,ふふふ,私もがめついな」

偽藍「おお,貸してくれるか。この借りは必ず返すぞ」

霊「ふふ,どっちもポイントを取ったら意味無いけどね。」

偽藍「いや,ポイントが離されないだけましじゃ。」

霊「そんなものかな?」

霊夢が藍に髪留めを渡す。藍は複雑な顔をしている。
化かせなかったのがきっと不満なのであろう。しかし,ポイントは離されなくない・・・仕方ないのだ。
霊夢はこのあと,こいつらに悩まされることは無い。
明日からは魔理沙や早苗をからかいながらすごしていこう。
いつもの楽しい毎日だ。変わりない日々である。
髪留めの代わりを探しながら,髪型を調整している。


今日三回目 魔理沙の声が博麗神社に響く。
ほうきにまたがり,片手に八卦炉,早苗が化かされたという最新情報を手土産に・・・

霊夢は自分が藍になったつもりで魔理沙をからかう。今日だけの特別仕様だ。
霊夢は魔理沙の反応が楽しみでしかたなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーー化け比べ3日目 午後 十六夜 咲夜のケースーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

紅魔館,ここでは吸血鬼が絶対的な支配者である。支配者の決めたことには従わざるを得ない。
十六夜 咲夜にとって困ったことに今回の化け比べにその支配者が乗り気なのである。
私の従者が化かされるわけがないと信じ切っている。八雲紫が訪れて来たときも,2つ返事で賛成の意を伝えていた。
今日で化け比べは3日目のはずだが・・・いつ来るのか皆目検討がつかない。
いつまでも警戒などできないので,いつもどおりにすごしている。
ひょっとして,もう私のものを盗んでいったのかもしれない。
魔理沙あたりに化ければそれができる。
物を盗られても本当に魔理沙の仕業であるかなど確認できない。
自分のどうしようもないところで,かたがついているかもしれない。
そんなことを考えると,最大限の警戒などしても無駄な気がした。
そのため十六夜 咲夜はすでに化かされているものとして日々を過ごしていた。
まだ,日も高い,今の内に買い物を済ませないといけない
咲夜は買い物袋を片手に人里を訪れていた。
さすがに命蓮寺の前は通らないが,一通り買い物を終えると普段どおりの帰路につく。
人里と紅魔館の間の小道の途中だ。珍しいことに紅魔館のほうから自分以外の人影がこちらに向かってくる。
小柄だが,日傘を手にしたその姿は・・・誰だろう?
今,レミリア・スカーレットは眠っている。フランドールもだ。真昼間から外に出てきているこれは何だろう?
大体,服が違う。レミリアの所有する服はすべて知っている。こんなフリルの少ないドレスを彼女は身に着けない。
顔と体だけがレミリアなのである。レミリアっぽい子はこちらを確認するとにこっと笑って「遅い」と言ってきた。

十六夜 咲夜(これが化け比べ? 未熟ですわ)

いくらなんでも,これはレミリアではない。大体,自分自身で抑え切れないほどの圧倒的魔力が感じられない。
レミリアはいるだけですさまじいプレッシャーを放ってくる。
大体,「遅い」なんて言って私のところにわざわざ歩いてくるなんてありえないのだ。
咲夜は平静を装うため微笑んだ。そして,さらに観察を続ける。
声も大分似せているが,違和感がある。

偽レミリア・スカーレット「どうした? 咲夜?」

咲「いえ,別に・・・ お嬢様,ご用件は何でしょう?」

偽レ「ふふん,戻りが遅いから。化かされでもしたかと思ってね。
  ・・・で,何かあったか?」

咲「特に・・・いつもどおりですわ」

偽レ「そうか,じゃ,帰るぞ」

レミリアっぽい子が振り返って先導する。咲夜はあとに続いて後姿をチェックする。
咲夜の目は厳しい。大体,髪のセットなどもこなしているのである。
だいぶ荒が目立つ,別に化け比べだから,レミリアに化けるのもいいのだが・・・もう少しまともに化けられないものか・・・。
咲夜はため息をつく。懸念点はたった一つ,こいつは誰だろう?
八雲藍か,マミゾウか,しかし,化けるのがへたくそすぎる。いくらなんでもこんなレベルで
早苗や白蓮が化かされるだろうか?
そうすると,化け比べに乗じて私を騙そうとしている別の妖怪の仕業というのが妥当か?
だとしたら目的は? 私を騙すことの目的がわからない。
そこまで考えて,大体の正体を思いついた。橙だ。
私を化かすことによる藍へのサポートでメリットもあるし,未熟な化け方の説明もつく。
しかし,困った。藍やマミゾウ,ぬえあたりなら手加減なんて要らないのだが・・・橙だと一方的ないじめになりかねない。
どうやったら,やんわりと帰ってもらえるのだろうか?
むしろ,さっさと物をねだってもらって,化かされてあげたほうが,後々面倒が少なくてよいかもしれない。
いや,渡してしまって,買い出し忘れがあったと・・・これだ。

咲「お嬢様・・・大変申し訳ないのですが・・・」

偽レ「ん? なにがあった?」

咲「ああ,私としたことが卵を買い忘れましたわ」

偽レ「えっと,じゃあ買いに戻ろうか?」

咲「いえ,お嬢様はこのままお帰りください。
  咲夜を呼ぶ際にはこちらの呼び鈴をお使いください。
  どこでも駆けつけますわ」

偽レ「えっ? そっそう?」

懐から呼び鈴を出すとさっさとレミリアっぽい子に手渡す。
念のため,差し出された手を両手で包みながら丁寧に渡す。
手から伝わる体温が,レミリアと違ってだいぶ高い。
咲夜はにっこりと微笑むとそのまま人里に向かっていった。
後にはにせ物のレミリアが立っているだけである。
レミリアはほっこり笑うとたちまち姿を変える。
橙が現れた。続けて狸とぬえが姿を現す。
今日は遠くからの監視をあきらめ,直接マミゾウのところに行った。
こそこそ隠れてもすぐにばれるし,むしろマミゾウの性格から,懐に飛び込んだほうがよいと思ったからだ。
そうしたら,今日は橙の化け方を見てくれるというのである。橙はその話に飛びついた。
・・・そしてこの結果である。

橙「やりました,早苗さんに続いて2人目です。」

ぬ「ふ~んすごいな。まさか橙が化かすとは思わなかった。」

マ「・・・嬢ちゃん,その呼び鈴,咲夜さんに返してきなさい。」

橙「? なぜですか?」

マ「咲夜さん,気付いておったよ? わしはな,大体の表情で相手の心理が読めるんじゃよ。
  あれは,変化の術を見破った上で,わざと化かされてくれただけじゃ。
  そんなものはポイントにならんよ。」

橙「・・・うそ。うそです。そんなことありません!!
  咲夜さんは本当に化かされて・・・」

マ「嘘だと思うんなら,別にかまわんわい。しかしの~。
  こんなのはプライドが許さんわ」

橙「こんなのって言わないでください!!
  それだったら,朝の霊夢さんはどうなんですか?
  マミゾウさん,1回正体を見破られていますよね?」

マ「・・・じゃがしかし,正体を見せたと思わせて狐に変化し
  狐として口車に乗せて,髪飾りを手に入れたわ。
  巫女は髪飾りを渡したのは狐じゃと思っておる。きっちり化かしておるわ」

橙「だって,そんな・・・」

マ「嬢ちゃん,嬢ちゃんぐらいの年じゃと,まだプライドとか,誇りなんてものが
  わかりづらいのかもしれんが・・・。
  長年化け比べをやっとるとな。わかるんじゃよ。お情けで化かされてもらうことの屈辱が・・・
  今回は相手が悪かったわ。わしも油断しておった。
  このくらいの出来なら大丈夫と思っておったが,相手の観察眼が鋭すぎたわ。」

橙「・・・」

マ「納得いかんかね? 
  じゃあ,狐に聞いてみい・・・たぶん同じこと言うじゃろうよ」

橙「・・・わかりました。藍様に聞いてみます」

マ「・・・にしても,咲夜嬢はすごいの~。これは骨が折れるわい
  普通化かすにはターゲットの知り合いに化けるのがもってこいなんじゃが・・・
  逆に知り合いだと,墓穴を掘りかねんわ」

橙はここで,狸と分かれた。監視の目的からは外れるが,藍にいそいで聞かないといけないことが出来たからだ。
藍と合流する。藍が「監視はどうした?」などと咎める前に橙が質問をする。
話を一通り聞いた藍は,状況を確認し始めた。

藍「橙,咲夜さんを化かしたときのことを,教えてくれるかな?
  最初から最後までだよ?」

橙「えっと・・・私,最初は草むらに隠れていて,咲夜さんが,
  人里からでたのを確認して,道を回りこんだんです。・・・それで,レミリアさんに化けて・・・
  咲夜さんは最初はいぶかしむような顔だったけど,笑ってくれて。一緒に紅魔館に向かったんです。
  私が先頭で,途中で,買い物忘れがあって,呼び鈴を渡すから,先に帰っていてって言われたんです。」

藍「レミリアか・・・,よりにもよって難しいのに・・・逆に美鈴ぐらいのほうが化かしやすいんだが・・・
  橙,どんな感じかな? 変化を見せてくれないか」

橙はうなずくと先ほどのレミリアの姿に化けた。
その場でくるっと一回転してくれたのだが・・・
・・・まずい。これはばれる。しかも手の届く範囲まで近づいているのだ。
咲夜にばれていないわけが無い。
レミリアは咲夜の仕える対象である。メイドとして日々,衣食住にわたって世話をしている。
日々のわずかな違いを捉えて,その日に似合ったものをコーディネートしているのだ。
そんな,細部までが観察対象の者に化けたら,違いを見つけてくださいと言っているようなものである。
逆に美鈴は咲夜に従っている。咲夜は美鈴に対しては気遣いなどしていない。
むしろ,レミリアで張った気を美鈴で抜いている節がある。咲夜の隙を突くなら断然,美鈴に化けるほうがよいのだ。
そんな,咲夜が橙の化けたレミリアに呼び鈴を渡したということは・・・相手にしていないということだ。
狸の結論と同じである。これは化け比べのポイントにならない。呼び鈴は返す以外になさそうだ。

藍「橙,すぐに呼び鈴を咲夜さんに返してきなさい」

橙「な,なんでですか?」

藍「・・・橙,・・・橙にとっては厳しいことかもしれないけど・・・これは咲夜さんにばれてるよ。」

橙「そんなことありません! 無いです!!! 藍様,疑わないでください!!
  だって,咲夜さん,すっごい優しく笑ってたんですよ!!
  丁寧に,そっと鈴を手渡してくれたんです!!!」

藍はため息が出た。手に触れさせたのか? ・・・いや,この場合は咲夜が意図的に,ばれないよう触ってきたのだろう。
橙はまだ,体温を合わせるなんて事はできない。レミリアの体温が驚くほど低いなんてことも知らないのだろう。
触れられた時点で,完璧にレミリアでないことが見抜かれた。
やさしく笑ってた・・・ということは,正体までも見抜かれたということだ。
おそらく,私や狸,ぬえでは正体に気づいた時点で攻撃するだろう。橙だから子ども扱いしたのだ。

藍「橙,一つ聞くけど・・・レミリアの体温知ってるかい?」

橙「・・・えっ?」

藍「・・やっぱり,知らないだろうね。吸血鬼って,極端に体温が低いんだよ・・・。」

橙「う,うそ・・,じゃあ,なんで? 咲夜さんは・・・あのとき,知ってて渡してくれたの?」

藍「そうだよ。咲夜さんはきっとこう考えたんだ。
  ・・・目の前にレミリアがいる。でも,細部が微妙に違う。
  そうか,いま化け比べの期間だから,誰かが化かしに来たんだ。
  2回も,3回もこられても面倒だし,化かされておこう。って感じかな」

橙「面倒だからばかされたの? そんな理由で? 正体に気付いているのに?
  そんなのおかしい・・・ 今回はマミゾウさんと藍様の一騎打ち・・・
  しんけんしょうぶなのに,わたしだって,ぽいんととったどおもっだのに・・・
  わだしのちがらで,らんさまのやくにたったとおもっだのに・・・」

橙の顔が崩れてきた。藍は橙の頭をなでると突然,泣き始めた。
真剣勝負に参加して,思いっきり馬鹿にされた。悔しくてしょうがないのだろう。
子供ながらに真剣勝負を理解し,その中で役に立ちたいなんて言ってくれるなんて・・・,
勝負の中で真剣に悔しがってくれたことが何よりうれしい。
背中をさすりながら思う。いい子に育ってくれた。
咲夜もそこまでの悪気があって馬鹿にしたわけではないだろう。
相手が子供だから手打ちにするわけにもいかなかったのだろう。
しかし,これは化け比べ・・・狸と狐の真剣勝負だ。
咲夜の化かされてあげるなんて行動は迷惑である。
だから,正々堂々,化かしてやらないといけない。
藍は橙を抱きしめると,自分の胸に顔をうずめさせる。
こうすると橙の耳には藍の鼓動や声以外は入っていかない。

藍「・・・橙,泣きながらでいいから聞きなさい
  ・・・これから一緒に咲夜さんに鈴を返しに行こう。
  大丈夫,ちゃんと咲夜さんは化かすから,心配しないでいいんだよ。
  役に立ちたいって言ってくれてありがとう。」

しばらく,橙の背中をさすりながら,落ち着くまでの一時抱きしめる。
その後,2人は咲夜を探して人里に向かっていった。


・・・


マ「・・・ぬえよ。聞いたか?」

ぬ「ああ,すごいな。状況を聞いただけで見抜くなんて・・・」

マ「あ~,それもそうじゃが・・・。
  咲夜さんの攻略法じゃよ。美鈴さんか・・・確か,紅魔館の門番じゃったな?」

ぬ「そういうことか。たしかに門番やってたな。どうするんだ?」

マ「任せておけ,わしが何とかしよう。それにしても・・・」

それにしても,橙に対して狐は気を配りすぎていすぎではないか?
橙が近づいたとたんに周りに対する注意力が一気に落ちている。ぬえとマミゾウが近くにいるのに勘付かないのだ。
橙が弱点で間違いない。
後はいかに橙を手中にし,最後の仕掛けをはるかである。


・・・


一時間後,人里で文字通り時間をつぶしている咲夜の元へ目を真っ赤に泣き腫らした橙が現れた。手に持った呼び鈴を咲夜に渡す。
逆に咲夜が困った。

咲「えっと,私・・・困りますわ。
  ちゃんと化かして持っていったものでしょう?」

橙が首を振る。嗚咽で声がよく聞こえない。しばらく泣き声を聞いて,ようやく,咲夜が化かされていないこととそれで藍に怒られたことがわかった。
最後に一言「かえします」とか細く聞こえた。
咲夜が完全に困っている。
こんなことになるなんて予測もしなかった。ただ単純にポイントを稼いでいるだけだと読み違えてしまった。
どうすれば収拾が,いや橙が泣き止んでくれるのか。・・・一番いいのは,橙が本当に化かしてくれることなのだが,
実力的に無理であろう。
こちらが目を瞑って化かしてもらうか?・・・化ける意味が無かった。大体,声の違和感だけで勘づいてしまう。
下手に手を出して失敗するとは思いもしなかった。
子供に大泣きされたら降参である。いい考えが浮かばない。

咲「参りましたわ。今回の件はこの咲夜のミス。
  橙ちゃんを泣かすつもりは欠片も無かったのです。
  ・・・これで,許してもらえませんか?」

咲夜が懐中時計を取り出す。橙へ嘘をついていない証として自らの大切なものを差し出す。
橙が首を振った。

咲「化かされてあげることは出来ませんが,友人としてプレゼントを受け取ってください」

そこまで言われて初めて橙が震える手を伸ばし懐中時計を受け取る。
・・・お嬢様には新しい懐中時計をお願いしよう。しばらくの間,能力は使わないで仕事をこなす。
橙を泣かせた罰ゲームには丁度いいだろう。
咲夜は橙の頭をなでる。ようやく片がついたことに安堵する。

咲「そうだ,お夕飯,招待しましょうか?
  今日は腕に・・・よりを・・・・
  !
  貴様!!!」

突如として咲夜の語調が変わる。橙だと思って油断していた。咲夜の見ている目の前で橙が姿を変える。藍だ。
今のは,全部演技だったか,恐ろしい精度の化け術だ。
対する藍の目もきつい。

藍「友人として,ね・・・子供には随分甘いな・・・」

咲「あなたでしたか,最初にそういっていただければ,プレゼントにナイフを10本も差し上げましたものを・・・
  化け比べですか,ご苦労なことです」

咲夜がナイフを構える。この狐には以前,痛い目に合わされた。
自分の失態が恨めしい。

藍「以後,化かされてあげるなんて考えないことだ。」

咲「激しく後悔中ですわ。懐中時計返してもらえます?
  あなたに送ったわけではないので・・・」

藍「これは私が橙に渡すよ。化け比べのポイントをいただいた後でな。
  ・・・橙もそれでいいかな?」

「はい」と返事がして,橙が咲夜の後ろから現れる。目を真っ赤にしている。泣いていたのは本当のようだ。

橙「咲夜さん,ごめんなさい。私,咲夜さんがやさしいのはよくわかりました。
  でも,化け比べなんです。真剣勝負なんです。わざと化かされるなんてやめてください」

咲「・・・ここで,暴れたら私は悪者ですか・・・
  全く,計算だけは出来ますね・・・
  橙ちゃん,いつでも紅魔館へいらしてください。お詫びにケーキをご馳走しましょう。
  藍さん,用事は終わりですか? 私は帰りますわ。」

そう告げて,振り返りもせずに紅魔館へ向かう。
・・・情けはかけないこと,良く身にしみたつもりだ。まさか,やさしさまで利用されるとは思っていなかった。
やさしさなんてものは本来,無償のものだが,利用されたとあっては腹立たしい。 それもあの狐にだ。
いつも冷静な咲夜がいつもの平静を崩して,イライラしながら,紅魔館の門前に迫る。

・・・本来,紅 美鈴は門番として寝ずの番をするはずなのだが・・・咲夜が1時間も時間をつぶしてきたせいか
堂々と居眠りをしていた。ご丁寧に鼻ちょうちんを浮かべている。
寝息がここまで聞こえてきそうだ。
イライラが加速する。思わず「お仕置きですわ」などともらして銀のナイフを投げつけた。
体は狙わない。しかし,無意識に能力を使ったので音速に匹敵する速度だ。あたっただけで美鈴が守るべき門は崩壊する。
かわいそうな門番はたたき起こされた挙句に,破壊された門の修復までやらされるのだろう。
突如として,美鈴の目の前の空間が捻じ曲がった。高速のナイフの軌跡が途中で屈折する。
封獣 ぬえが飛翔するナイフに噛み付いたのである。

ぬ「くっけけけけ,化け比べの証拠にもらっていくぞ,このナイフをな!!!」

イライラが爆発する。

咲「私は化かされていませんよ。無根拠にナイフを持っていくというなら・・・,覚悟しなさい!!!」

ぬ「さすがだ! マミゾウ!! お前の寝姿は完璧だったらしいぞ!!!」

鼻ちょうちんを浮かべていた美鈴が目を覚ます。たちまちマミゾウに変化する。

マ「・・・おお,咲夜さんはかかったかえ? ほんとに寝てしもうたわ・・・
  どうじゃ? 迫真の演技だったじゃろ?」

咲夜はあっけにとられる。本当に美鈴だと思っていた。

マ「橙ちゃんの化かしを見ておったからの。ぬしを化かすには,近づかせてはならぬと思ってな。
  普段の行動を利用させてもらったわ」

咲「本物はどこです?」

マ「門の内側にいるよ。 ・・・お~い美鈴さん,来てくれや」

紅 美鈴「ははは,終わりましたか? 咲夜さん,引っかかりましたね?」

咲「美鈴,・・・覚悟はいいでしょうね? 門番の仕事を放棄するとは・・・」

美「ふっふふふふ,はははは。残念ですけど仕事は放棄していませんよ。
  怪しい奴らはみな門の外です。」

マ「そうじゃの~。わし等,一歩も紅魔館に入っておらんしのう。」

ぬ「すっげえ いいがかりだ。 せっかくおとなしくしてやっているって言うのに・・・」

咲「・・・美鈴,結託していたいいわけは・・・」

美「別に結託などしていませんよ。流石に2対1で,強敵ですからね。しばらく門の内側に避難していただけです。」

咲「今日の一件はお嬢様に報告させていただきますわ」

美「ええ,今日の咲夜さんの失態もかねてね」

美鈴は微笑み,咲夜は顔が恨めしげである。
実のところすべてマミゾウの作戦である。だが,そんなことをわざわざ言う必要は無い。
美鈴は咲夜の驚く顔を条件にマミゾウの作戦にのった。
そして咲夜は化かされてそんな顔をしている。・・・カメラを用意すべきだったと,ちょっと後悔している。

マ「ほほほ,若いっていいのう。ま,じゃれあうのもほどほどにのう」

咲夜が顔を真っ赤にして振り返る。美鈴が笑顔で手を振った。

咲「美鈴,どちらの立場が上か明確にする必要があるようね」
美「ふふ,そんなの咲夜さんに決まっているじゃないですか」

遠くで若い二人のじゃれあいが聞こえる。
目的のものは手に入れたから,さっさと退散しよう。
これから二人の仲はもっと熱くなるのだから・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー化け比べ4日目 八意 永琳&蓬莱山 輝夜のケースーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

鈴仙は師匠の顔をうかがっている。・・・もちろん興味本位だ。天狗からの案内状には化け比べのターゲットに名前が挙げられている。
師匠はどんな方法で化け比べをしのぐのか興味があったからだ。もしかしたら,師匠の「しまった!!!」なんて顔も見られるかもしれない。
そんなことを期待して顔を見ていたが・・・

八意 永琳「どうします? 姫」
蓬莱山 輝夜「う~ん,どうしますって言われてもねぇ。永琳,むしろどうやったら,一番楽しめるかしらね?」

永「一番楽しむ方法ですか? ・・・う~ん
  普段どおりでいいんじゃないですか?」

輝「そう? 普段どおりでいいの?」

永「そう,普段どおりがいいですよ。
  連中のことだから,警戒したらしただけ,手の込んだことをやってきますよ。
  逆に無防備のほうが,相手が油断する分だけあらが見えるというものです。」

輝「ふ~ん,そんなものかしら?」

永「それとも,本当に警戒してみます?
  私の術で閉じ込めれば連中でも解くのに1週間以上かかりますが・・・」

輝「ああ! それはつまらないわ!!」

永「では,普段どおりいきましょうか。
  鈴仙,その案内状,燃やしておきなさい。
  もはや,価値は無いわ」

命令を放つ普段と全く変わらない師匠の顔に鈴仙はがっかりした。


・・・


八雲藍は今日こそ,八意 永琳を化かしに行くつもりだ。一日目は手本を示し,二日目は紫の命令だった。
三日目は橙の尻拭いに追われ・・・気付けば4日目,化け比べは中盤戦だ。
もう,永琳だけはしとめておかないと一番最後に残すなどという愚行をおかしたら取り返しがつかない。
今日も橙は命蓮寺である。昨日の失敗でかなりへこんでいたが時間が待ってくれない。
今回も行く先は告げずに人里に向かう。
藍が知っているのはターゲットのみではない人里の人間も良く知っているのだ。
その中でよく永琳の調合した薬を使っている人物に接触する。
稗田阿求である。阿求に手持ちの薬で在庫が切れそうな品を聞き出す。
その品を自分で取りに行くことを約束し,お礼にひとつの薬を1日分だけ譲り受ける約束を取り付けた。
阿求も「化け比べに随分手の込んだことをするんですね」などといっているが,仕方ない。
藍は阿求に化けると,人里から歩きに出た。途中で,妹紅を捕まえ,背負わせて案内させるという徹底ぶりである。
永遠亭には昼前についた。

偽阿「失礼します。永琳殿はおりますか?」

鈴仙・優曇華院・イナバ「ああ,阿求さんですか。師匠は今,奥の診察室にいますが・・・何用でしょう?」

偽阿「家の置き薬でなくなりかけているものがあるので・・・
  それと,・・・永遠亭の取材です」

鈴「それでわざわざ,出向いてこられたのですか?
  せっかくですから,永遠亭なら,私が案内しましょう」

偽阿「わざわざすみません。お願いします。」

鈴仙が永遠亭の内部を案内する。外からの見た目だけではわからない内部の異常な広さが気になるが
一通りの構造,永遠亭の宝,月の道具などを聞いて回った。一通りの構造と物のありかを記憶する。

鈴「以上でざくっとした説明は終わりです。」

偽阿「ありがとうございます。次回の幻想郷縁起に乗せたいと思います。
  ・・・最後に永琳さんに挨拶したいのですが・・・」

鈴「わかりました。診察室へどうぞ」

診察室では永琳が薬の調合をしている。
マスクにゴーグルを装着している。

偽阿「失礼します。本日はありがとうございました。
  おかげで,永遠亭のことがよくわかりました。
  今度,幻想郷縁起を出すときに特集をのせますので,どうぞご覧になってください。」

永「・・・今,手が離せないから。このままの姿勢で失礼するわ。
  薬,また足らなくなったら,連絡をくださいな,そこの鈴仙に届けさせるから・・・」

振り向きもせず。永琳が話し続ける。だいぶ難しい薬の調合らしい。
目が離せないようだ。

偽阿「ありがとうございます。次回はお言葉に甘えさせてもらいます。
  では,失礼します。」

そういって,足早に診察室をでる。随分,楽だった。薬は永琳からもらった。
最悪,今回の訪問は姫の居所の確認だけでよかったのである。薬が永琳から手に入るとは幸運である。
自分は阿求として薬をいただく,しかも常備薬,診察すら必要ない。手も触れず,ゴーグルなどかけていては
見破れるものも見破れない。ふふふ,警戒のしすぎだったか?
永琳の診察室を一礼して出て行く。口元にたっぷりの笑みを残して・・・。


阿求が妹紅に背負われて永遠亭を去っていく。
見送りの鈴仙の声を聞いた永琳は鈴仙を診察室に呼んだ。

永「・・・鈴仙,そういえば,化け比べは何日目だっけ?」

鈴「えっと・・・始まってから4日目です。
  どうしました? 気になりますか?」

永「ええ,ちょっとね。 鈴仙,普段どおりの警戒態勢よね?」

鈴「?? そうですが・・・。厳戒態勢をしきますか?」

永「んっ,気付いていないならいいわ。鈴仙。
  後で,お仕置きするから・・・そのつもりで・・・ね?」

鈴「はあ!? なぜですか師匠!!」

永「気付かないことが問題なのよ。全くもう・・・」

鈴仙は永琳のお仕置きの意味がわからない。すさまじい抗議を「うるさい!!」の一喝で黙らせると,
薬を調合中というのにゴーグルとマスクを取り去った。
調合している薬は阿求に渡したものの補充用である。・・・最初からゴーグルもマスクも要らないのだ。
そんな刺激物を入れているはずが無い。調合のフリをして,本当の目的は自分の顔を隠すためなのである。
どうしても,あの手の連中は表情を読む。下手に見抜いたことを読み取られては後がめんどくさい。
阿求が来た時点でにせ者と見抜いた。大体,阿求はこれる手段があれば,とっくの昔に永遠亭に来ている。
それをいまさら見学だと・・・? そんな奴,ここに来た時点で怪しいのだ。
ゴーグルをしていたおかげで,狸か狐かは不明だが・・・もっと工夫をしてほしい。
後々,面倒くさいのでわざわざ,にせ阿求に化かされてやったのだ。
それにしても,そんな怪しい奴を素通りにさせた鈴仙のほうが許せない。
永琳は得意の思考で鈴仙への効果的な罰を検討し始めた。


・・・


命蓮寺ではマミゾウが永遠亭に張り込ませたタヌキから報告を受けている。
橙の目の前であるのにだ。しかし,張り込みの事実がもれようと致し方ない。
何でも狐のにおいがする人間が永遠亭に入り込んだようなのだ。
・・・これは見に行かなければならない。
マミゾウはぬえと橙をつれて大急ぎで永遠亭に向かった。
一部始終を確認する。どうやら狐は阿求という人間に化けているらしい。
ちょっとした永琳との談笑の果てに薬を手に表に出てくる。
永琳というのが医者であることは知っていたが・・・こんなに簡単なら,張り込む必要は無い。
けが人のフリをして,もぐりこめばいい。後は,けが人を誰にするかである。
信憑性のある人間がいい。丁度,昨日に魔理沙と霊夢が弾幕ごっこでやりあったとの情報を手に入れている。
やりあった時のあざが,どうにも消えない・・・この手でいこうか。

マ「ぬえよ次の作戦が決まったぞい」

ぬ「本当か? 何をどうすればいい?」

マ「わしの右目のあたりを思いっきり殴ってくれぬか?」

ぬ「・・・いいのか,あざになるぞ?」

マ「ええよ。あざなんてものは変化でごまかせる。それより,
  本物のあざがほしいんじゃ・・・」

ぬえが「では,遠慮なく」と,躊躇もなく,マミゾウの顔面を殴る。
マミゾウの顔には大痣ができた。

マ「くっ,流石に痛いのう」

ぬ「・・・わりぃ,やりすぎたか・・・」

マ「ええよ。化かしに必要と判断しただけじゃ。
  これで,永琳は本物の痣にごまかされるじゃろうて」

マミゾウがたちまち博麗の巫女に化ける。
顔には先ほどの大痣が残っている。

橙「・・・そこまでするんですか? 
  痣なんて変化で十分出せますよね?」

偽霊「おお,いい質問じゃな。確かにあざのある顔に化けることはできる・・・
  しかしの~,痣を触らせたときの引きつった表情とか,痛みでどうしてもゆがんでしまう顔
  なんて物は,まねできんのじゃよ。特にあの手の医者はそういう表情を見慣れておる。
  ・・・咲夜さんと一緒じゃよ。専門家の観察眼を欺くにはそれなりの小道具が要るわい。」

そんなことを話し終えると,博麗の巫女として,永遠亭に侵入する。
鈴仙を捕まえて,昨日の弾幕ごっこの痣が消えないといって永琳への診察を申し込む。
すんなり話が通ったようだ。診察室へ案内されている。

鈴「師匠。霊夢が診察にきましたよ。弾幕でついたあざの治療です。」

永(珍しいわね。怪しいわ・・・,念のためゴーグルとマスクをしましょうか)
 「どうぞ,お入りください。」

偽霊「・・・昨日,魔理沙と弾幕ごっこでね・・・ちょいと避けそこなったわ」

霊夢の顔にはこぶし大の痣が残っている。
永琳は一瞥すると,痣用の薬を取り出した。

永「これ,ぬっているだけでよくなるわ。1日おとなしくしていればきれいさっぱりよ。」

偽霊「おお,ありがとう。・・・魔理沙にも渡してやるか・・・」

永琳は「それがいいわね」なんていいながら薬を二人分,霊夢に手渡す。
永琳は一度,霊夢の顔を見ただけで,こちらを見向きもしなくなった。
机に向かい,こちらに興味がないようである。
・・・何じゃい,随分楽じゃのう。警戒した意味が果たしてあったか?
霊夢が一礼して診察室を出る。

霊夢が永遠亭を出て脇の草むらに入って姿を変える。
マミゾウは薬の宛名書きを確認する。「博麗霊夢」と永琳の字で書いてある。
それを確認すると,薬を取り出す。
せっかく二つ手に入れたのだから,1つは自分に使ってみる。
薬の効果は抜群だ。痛みがあっという間に引いていく。
あざも本当に1日で消えるだろう。
さてと,これで残りは蓬莱山 輝夜である。
マミゾウは残った監視役のタヌキに命令を下すと,一時命蓮寺に引き下がった。


・・・


永「鈴仙,さっき霊夢が来たわよね?」

鈴「ええ,来ましたが・・・また何かありましたか?」

永「鈴仙,さっきの罰だけど,量は2倍にするわ」

鈴「んな!? り,理不尽です!! なんのいわれがあって!!」

永「・・・でしょうね。だからなんだけど・・・わからないか」

鈴仙は猛抗議を始めるが,永琳は今度は無視した。
そして,ふと気になる。姫のほうはどんな手で来るだろうか?
・・・まあ,いいか。今回の件は姫も楽しみにしている。
少しぐらい,世間の風に当たるのも悪くないかもしれない。
鈴仙の抗議を片手で黙らせると,お仕置き部屋にそのまま引きずっていった。


・・・


八雲亭では藍が輝夜に対する方法を決めかねている。
永遠亭の内部を調べはしたが,トラップだらけである。
大半は問題ないが,輝夜の部屋の周辺だけとんでもない量になっていた。
はっきり言っておびき出さないと話にならない。
しかし簡単におびき出す手立てが無い。そう滅多なことでは輝夜自身は外に出ないのである。
一番確実なのは,妹紅とやり合う日に仕掛ければよいのだが,連中は時間の感覚が狂っている。
どのタイミングで戦い始めるかなんて読めたものではない。
そんなことを考えていると,橙が紫に連れられて戻ってきた。
大事な話があるらしい。

橙「大変です。藍様」

藍「どうしたんだい? 橙? マミゾウのことかい?」

橙「そうです。マミゾウさん,各地にタヌキを放っていて藍様の
  手口を探っています」

藍「・・・そうか・・・全く,狸の手口にも困ったものだ。
  ? そういえば何でわかったんだ?」

橙「今日,藍様は永琳さんを化かしに行きましたよね? 
  永遠亭に張り込んでいるタヌキがいるんです。
  他にも輝夜さんに張り込んでいるタヌキがいました。
  それに,藍様の手口ににせて,けが人としてもぐりこみ
  永琳さんをあっさり出し抜きましたよ」

藍「!!! なんだと!!? 永琳がそんなにあっさりと!?」

橙「はい」

藍「ばかな,永琳には相当苦戦するはず・・・ 私だって・・・今日は最悪失敗してもいい程度に・・・」

紫「な~に言ってるのよ。永琳にしてみれば別に危害があるわけでもなし。
  気にしてないんでしょうよ。ただし,あんたたちに気付いている可能性はあるけどね」

藍「気付いている上で無視しただと・・・」

藍は思い返している。今日訪問したとき奴は薬を調合していた。
ゴーグルとマスクをしてだ。おかしいところはない。そうだ,おかしいところなんて・・・
・・・ちょっと待てよ,そういえば,話をするときも奴はゴーグルとマスクははずさなかった。
普通,あんなときには礼儀として取るものじゃないか?
それに,そんな刺激物のにおいはしなかったぞ?
・・・まさか,ゴーグルなんて要らないのにしていたのか?
あれをしていたらこちらの顔なんて良く見えない,・・・いや,違う自分の顔を隠すためだ。
間抜けではずし忘れたのではない,自分の表情を相手に見せないためだ。永琳はそれができるレベルである。

藍「ゆ,ゆるせん」

紫「別に熱くなることでもないでしょう? ポイントはポイントなんだし」

藍はもう,紫の言葉が耳に入っていないようだった。

紫「藍,ちょっと,主人を無視しないでよ・・・」

藍「橙,手伝え!! 目に物見せてくれる!!」

橙「は,はい。」

もはや狸と意地を張っている場合ではない。永琳に思いっきりなめられたのだ。
このまま,おとなしくしているなど化け学の先輩としての沽券にかかわる。
無視された紫が「あー,まだガス抜きが足らないの?」なんていっているが,
手段を選んでいる暇は無い,こうなれば八意 永琳と蓬莱山 輝夜を2人同時にしとめてやる。
藍は橙をつれて,命蓮寺に駆け込み,マミゾウを呼び出した。

マ「なんじゃい。いきなり狐がきおって・・・」

藍「マミゾウ,いいから手を貸せ・・・大問題だ」

マ「ん~,狐が頭を下げるんだったらきいてやらんでもないがのう」

マミゾウは嫌味たっぷりに返事をする。

藍「お前にとっても大問題だぞ,あの永琳,実はな化かされていないんだぞ」

マ「んなわけあるかい。」

藍「よ~く,思い出してみろ,お前,ちゃんと表情を確認したか?」

マ「んん? そういえばできんかったのう」

藍「私のときもだ。あいつゴーグルとマスクで・・・自分の表情を隠していやがった」

マ「・・・まさか,わざわざそんなことをする奴があるかい」

藍「別に気にしないならいい。お前の化け学に汚点が残るだけだ。
  私とて,こんな事態でなければ,協力なんていうものか・・・
  いいか,永琳は,あいつは月都の最高頭脳といわれた奴だ・・・
  そんな奴がわざわざ,つける必要の無いものをつけると思うか?」

マ「・・・ほんとじゃ。そういえば奴はゴーグルをつけっぱなしじゃし,一回しか私の目をみんかったな。」

マミゾウは思い出してみる。マスクはともかくゴーグルは診察の時には要らないものだ
だんだん,怒りがわいてきた。相手が化けているのを承知でゴーグルを?
化かされているのを見抜かないためにつけていたとでも言うのか?
・・・馬鹿にしおって。

マ「どうやら,協力せんといけんようじゃ・・・」

藍「今回だけは私も協力する・・・手柄は山分け・・・異存ないな?」

マ「ええよ。作戦はどうするんじゃ?」

藍「お前を当てになどしたくないが,化けられる奴が4人もそろうんなら,こんな手がある。」

藍からの説明をうけるとマミゾウは「ふん,流石は狐じゃな」といって,教わった妹紅の家を訪れる。
姿は慧音に化けている。慧音のフリをして妹紅に輝夜の決闘状の手紙を届けさせる。
手紙の中身は狐が思いつく限りの悪態を述べ,けなし,明日の午前0時に迷いの竹林に来いというものだ。
一緒に手紙を見たマミゾウが思わず「なんじゃい,これ?」と漏らす内容であった。
妹紅が切れた。「夜まで待てるか!!」などとのたまうので,あおりに来たはずがなだめる羽目になった。
マミゾウは何とか怒り狂う妹紅をなだめすかし,決闘に応じる手紙を直筆で書かせた。証拠に妹紅のリボンを一組添えさせて・・・

妹紅の手紙を入手した狐はてゐに化けて永遠亭に侵入する。
お仕置き部屋と書かれた部屋から鈴仙の悲鳴と永琳の声が聞こえる。
こちらの進入など気に留めていない,・・・なら思いっきり利用するだけだ。
昼間の下調べのかいあって姫の下にたどり着く。姫に妹紅の手紙を渡す。
姫と一緒に始めて妹紅の手紙を確認するが,あまりの悪態ぶりに,
若干,藍も引いた。「私,そんなに書いたっけ?」というぐらいの憎悪が増幅された文章だ。
輝夜も出だしの3行で目の色が変わった。怒りで体が震えている。こと輝夜は妹紅に対してだけは理性が効かない。
受けてたつ的な言葉を発したようだが,語調が信じられないくらいに崩れていたので聞き取れなかった。
てゐとしては珍しく,「きっと相手は2人がかりです。やめてください」と,請願したが。
輝夜に「とめないでよ,永琳と一緒にぼこぼこにしてやるんだから!!」と叫ばれた。
狙い通りなのだが,指定時間の前に殴りこみに行きそうな勢いである。
てゐとしてなだめすかし,押さえ込むのには苦労した。
何とか,輝夜に手紙の返事を書かせる。こちらも千年分の鬱屈が現れているかのような文章
見ているだけで鬱になりそうだ。すさまじい量の長文を輝夜の能力で一瞬で書き上げる。
手紙を届けるように言われて,手間賃もせびっておいた。「火鼠の皮衣」である。
炎を使う妹紅にはどの道きかない。姫も少しの期間貸すだけだから,たいしたことではないと考えているらしい。
後は,夜になるのを待つばかりである。

夜,決闘の1時間ほど前,永遠亭では輝夜と永琳が相談していた。

輝「・・・絶対に,絶対に,今日こそは・・・やる!!」

永「言葉遣いが汚いですよ? いつものことでしょう?」

輝「だって,だって! あいつこんな手紙を・・・!」

永琳が確認する。確かに妹紅の筆跡で書かれている。これがにせ物ならたいしたレベルである。
どうせ,狸か狐の仕業だろうと思っていたが,どうやら妹紅は本気のようだ。
だがどうも,怪しいにおいがする。よりにもよってこんな化け比べのど真ん中で決闘を行う意味が無いのだ。
おそらく,姫をおびき出すために連中が妹紅をたきつけたのだろう。
だが,連中はミスをした。あまりにたきつけすぎて私が呼ばれてしまったのである。
正直,今回の決闘に出ようか出まいか決めかねていたのだが,姫がこの調子では
もしかして押さえつけないといけないかもしれない。
ふふふ,全く,連中の作戦には穴が多すぎる。姫だけ誘い出すつもりで,私まで出てくるなんて予想していないはずだ。
せっかくだから私も姫を化かす手口を拝見するとしよう。・・・はて,狐と狸のどちらが妹紅をたきつけたのだろうか?
・・・狐だ,姫と妹紅の関連性を知っているのは狐だけだ。狸は例え知ったとしても,たきつける方法がわからないだろう。
ははは,藍が相手か,手口はわからないが姫の驚く顔を私も堪能させてもらおう。
永琳は妹紅戦のためのやけど治しと弓矢を手にした。


夜,二人して永遠亭を出る。決闘の場所は永遠亭と人里の丁度中間点。
予定の時刻よりも10分ほど早く着く。
輝夜が「じらす作戦かしら」なんて聞いてくる。はっきり言って二人のなかでは10分なんて一瞬のはずである。
だがしかし,今回はその10分が私も待ち遠しい。私がいたら狐はどんな顔をするだろうか。ちょっと楽しみではある。
数分とたたないうちに人里のほうから草を掻き分けてくる音が聞こえる。
二人が言い争うかのような声が聞こえる。慧音と妹紅である。慧音が妹紅をとめようとして言い争いになっているらしい。
しかし結局引きずられてここまできてしまったようだ。妹紅が私たちに気付くと慧音を無視してスペルカードを構えようとして凍りついた。
妹紅の視線の先にもう一組の私たちがいた。丁度鏡がそこにあるように・・・。
ふふふ,狐め,やるじゃないか,ここまで完璧に私たちに化けるなんて。
だがせっかくだし,正体を暴いて・・・? 妹紅の「何?」といった声の方向を見てこちらも動きが止まった。
慧音と妹紅も,もう1組現れたのである。

妹「なんだ? お前ら?」

偽妹「なんだ? は,こっちの台詞だな。
  ・・・はは~ん,お前ら狐だな? 私たちを出し抜く気みたいだな・・・」

偽慧「も,妹紅,やっぱり帰ろう,今日は危ないよ!」

妹「嫌だ! 今日という今日は輝夜をぶちのめす! とめてくれるな慧音!
  大体私たち以外を全部相手にすればいいんだ簡単なことだ。」

慧「いや,何言ってるんだお前ら?」

一人だけ,何の前情報も無く,にせ者の妹紅に呼び出されただけの慧音があっけに取られている。
本物の妹紅には橙が化けた慧音が,本物の慧音にはぬえが化けた妹紅がくっついている。
輝夜には藍が,永琳にはマミゾウが化けている。

永琳本人もこの状況には困った。誰が誰に化けているかわからないのだ。大体こんな状況でどうやって姫を化かすのか?

偽永「やれやれ,姫,どうやら,狐が化かしに来たようです。」

偽輝「そうねー。それにしても馬鹿ね。だってあなたたちルール上
  私たちに手が出せないんですから」

そんなことを言うとにせ者の姫の合図で,にせ者の永琳がにせ者の妹紅に向かって攻撃を仕掛ける。
二人して息を合わせたかのようなタイミングで攻撃がかち合った。
閃光と煙が舞う。白玉楼と同じだ。本物たちへは目くらまし,
そして,にせ者たちは次の行動へと移る。
ぬえが正体不明の種をばら撒く。マミゾウがスペルカード六番勝負「狸の化け学校」を発動させる。藍も永琳に姿を変えて姫の手を引く。
妹紅はにせ者の慧音に手を引かれ近くの竹やぶに隠れる。
永琳があっけに取られている間に,自分の顔や妹紅の格好をしたものがあふれかえった。
しかも,めちゃくちゃに動き回っているのである。
気がつけば姫がそばにいない,完全に見失った。

くっ!!これが藍の手口だったか!!
まさか,狸と狐が手を組んでいるとは夢にも思わなかった!!
姫と妹紅の怒号が飛んでいる。
しかし,どこにいるのかわからない。あたり一面から奇声が聞こえる。これもぬえの能力か?!
姫を見失ったとあせったその数秒後。

偽妹「めんどくせぇーーー!!! 離れてろよけーね!!!」

轟音とともに炎を纏った妹紅が周りのにせ者を蹴散らす。
所詮は術だ。簡単な技で吹き飛ぶ・・・その中に唯一吹き飛ばなかった影が姫の形をしていた。
妹紅は,それを仇敵と認識したらしい。呆けた顔の姫の顔を掴む・・・姫から悲鳴が上がった。
髪のこげるにおいが,立ち上る煙が心と体を瞬時に沸騰させる。瞬く間に妹紅に接近するとそのまま殴り飛ばした。
姫の顔が焼けている。あせった。手持ちの薬でやけど治しを取り出し,姫に手渡す。
いくら不老不死ですぐに直るといっても目の前でやられたら黙っていられない。
妹紅に向き直る。
よくも・・・,

偽輝「永琳!! 何やってんの!! そいつを良く見て!!」

永琳が声の方向に驚愕して振り向く。さっきの薬を手渡した方向からではない。
そして薬を渡した姫は・・・

マ「おお,これは良く効くわい・・・」

狸がニヒッと笑っていた。振り向けば妹紅もぬえに変わっていた。

ぬ「っ,いっつ~,少しは加減しろ!! 馬鹿!!」

狸が永琳からいただいた薬を見せびらかすようにして,ぬえが汚い言葉でののしりながら,この場から立ち去る。
残りの分身もたちまちの内に消え去った。この場にいるのは永琳ただ一人である。
永琳は耳まで真っ赤になった。
まさか・・・この連中は私を,・・・私だけをはめるために・・・。
にせ者の姫が近づいてきた。しかし,気が動転してにせ者であることにすら気がつかない。

偽輝「まったくもう,貸しなさい!!」

永琳から弓矢をひったくる。永琳は動揺していて,うなずくしかできなかった。
姫が弓をつがえると,狙いを永琳に向けてきた。
ここで,初めて,永琳が相手を偽者と判断したようだ。

偽輝「ふふふ,月の頭脳といっても,動揺すればこんなものか・・・」

たちまちに姿が変わる。姫が藍に変身した。
永琳の目が泣き崩れそうだ。本物はどこに・・・?
そんなことを読んだかのように藍が続ける。

藍「姫様なら無事だよ,怪我をさせたら私たちは失格だからね。
  私が君の姿で,姿を隠して待っているようにといったらおとなしいものだよ。
  全幅の信頼って言うものかね?」

気がつけば永琳が藍を思いっきり殴っていた。
しかし,殴られた藍のほうが満足げだ。
本気で怒ったのなら,本気で化かされたということだ。しかもあの永琳がである。
これでこそ,プライドが保たれるというものだ。

藍「君の大事な姫様なら,そこの草むらさ。伏せているよ。
  ・・・橙,近くにいるだろう,出てきなさい。今日は疲れた。一緒に休もう」

そういわれて竹やぶから橙が飛び出す。近くから妹紅が顔を上げた。慧音だと思っていたのが橙で驚いている。
妹紅があわてて慧音の名前を呼ぶ。別のところでどこかムスッとした表情の慧音本人が現れた。
青い顔の永琳も姫を助け起こしている。
ようやく本人同士の輝夜と妹紅が顔を合わせたのだが・・・今はそれどころではない。
輝夜は永琳のフォローをしないと永琳が折れてしまいそうだ。自信を喪失していつもの覇気がない。
妹紅も慧音に知らん顔をされてかなり困っているようだ。
狸と狐にいいように踊らされて,パートナーを散々に振り回した。ここで輝夜と妹紅で言い争いを始めたら,
完全に愛想をつかされてしまう。輝夜も妹紅も完全に戦意を喪失してしまった。
二人してまた今度などと物騒なことを言って分かれる。


・・・


永「申し訳ありません。狐と狸に化かされました・・・」

輝「別にいいわよ。私もまさか4人掛りで来るなんて予想もしなかったわ」

永「・・・いえ,そういうことではありません・・・
  私としたことが,姫と連中を間違えるなんて・・・
  なんとお詫びしたらよいか・・・」

輝「そんなに反省しないでよ。私が困るじゃない。
  私なんか,普通に狐に化かされてるんだから。
  私,どれだけ反省すればいいのよ。
  あっーーー!!!やられたーーー!!!くやしーーーー!!!で,いいじゃない?
  それ以上の悩みはなし!! 終わりにしましょう。」

永「・・・それでよいのですか?」

輝「いいに決まってるでしょ。
  永琳,いつも思うんだけど,少し頭が固いんじゃない?
  今はもう,過去になったのだから,次に来る未来に備えましょう。
  反省をしなければ,同じ手口を何回でも楽しめるし,
  反省をすれば,次回,連中の泡食う顔を見れるし,どっちでも楽しいじゃない?
  まあ,同じ手口にかかるのは芸が無いけどね。
  私としては,次回は連中を化かし返してほしいんだけど?
  できる?」

永「ええ,お任せください。連中の木っ恥ずかしい顔を記念撮影してやりますよ」

輝「ふふん,任せた永琳」

二人の間の会話が徐々に弾み始めた。永琳もだいぶ調子を戻してくれたみたいだ。
いつもは世話になりっぱなしなのに,時々,永琳も支えないといけないときがある。
久しぶりの優越感を感じながら輝夜は永遠亭にたどり着いた。

時刻はとっくに今日を回っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー化け比べ5日目 藤原 妹紅&上白沢 慧音のケースーーーーーーーーーーーーーーーーーー

妹「帰ろうぜ,けーね」

妹紅と慧音は二人して歩いている。さっき起こったことが中々忘れられない。だって,妹紅は別人(橙)を本人と勘違いしたまま現場まで来てしまった。
それに全く気がつかなかったのだ。二人の仲が気まずい。さっきから慧音が完全に無言である。
妹紅はあまりの気まずさにポケットに手を突っ込んでいつもどおりに風をきって歩く。慧音はただ黙々と歩いていく。
次第に速度の違いから,妹紅が先行し慧音をおきざりにする。
こうすれば,慧音から,声がかかるはずだ。「ちょっと,待ってくれ妹紅」と。
・・・ちょっとせこいか? でも自分から話しかけるのは完全に失敗している。
なんとかして,会話を始めるきっかけがほしかった。
・・・自分は橙の化け姿を完全に慧音だと思っていた。正直,かなりの負い目だ。
このことについて,慧音が怒っているのか,気にしていないのか,気になってしょうがない。
大体,互いの感情なんて一言でわかる。自分と慧音はその程度の仲ではあるつもりだ。
その一言を慧音に発して欲しかった。なのに,慧音は話しかけてくれないのである。気まずくて自分ばかりがしゃべっている。
・・・慧音だって,ぬえに化かされていたじゃないか・・・。
互いに互いが化かされていたのだから,おあいこのはずだ。
別にいいのだ,怒ってくれても,声を一言さえかけてくれれば,感情さえ見せてくれるなら
妹紅としては笑い飛ばすのも,全面降伏でもどっちでもかまわない。
早く,声をかけてくれ,慧音・・・・。

そうして,しばらく歩く。ふと,気付いた。慧音を完全に置き去りにしたらしい。
考え事で,声に気がつかなかったか? 立ち止まって振り返る。いない。本当に姿が見えない。
まだ,迷いの竹林の中だ。しまった。置き去りにした挙句に迷子にしたらしい。
しかし,こんなときのための火の鳥である。夜の竹林では目立つことこの上ない。
それに歩く方向は一緒だったから,明かりが見えないほど遠くではないはずだ。
両手に炎をともす。大きくしてあたり一面を燃やすわけには行かないが,遠くからでも十分に見えるはず・・・
ふと,頭上を影が通った。慧音だ。

妹「お,おい! けーね! ・・・ああ,くそ,先に行っちまった」

思えば,飛べるなら飛んだほうが早く竹林から出られる。永遠亭に行くのには非常に不自由するが,人里に戻るだけなら,竹林を飛び越えたほうが
確実で早い。置いてけぼりを食らわされた慧音はあっさり妹紅のことを無視して人里に向かっていった。


・・・


藍「橙,昨日のメンバーで残るのは慧音だけなんだが,
  今回は任せていいかな?」

橙「は,はい。・・・でも,いいんですか?
  まだ,一人では・・・うまくできる自信がありません。」

藍「いいよ。5日目は全部,橙の好きなように動いてくれてかまわない。
  もし,化かせなくてもいいさ。5日目が丸々つぶれても,そのぐらいは取り返せる。
  私も,橙の腕を見てみたくなった」

橙「ほ,ほんとですか?」

藍「ああ,それに,私も少々,やられすぎた。
  永琳のこぶしの痕が・・・その痛くてね・・・顔が引きつりそうだ・・・
  私は1日だけ休憩することにする。痣は変化でごまかせても・・
  顔がつるのはごまかせない。・・・ちょっと見栄を張ったのが高くついたな」

藍はこぶしの痕をさする。やはり痛い。こんな状態で顔を触れられでもしたら,
それこそ抑え切れない。ゆがんでしまうだろう。・・・かといって麻酔で麻痺させるわけにも行かない。
今度は作りたい表情が作れないのだ。
今日は一日,治療に専念しよう。


・・・


マ「のう,ぬえ。今日は動けるかの?」

ぬ「あ~? とりあえず大丈夫だ。昨日の殴り飛ばされたところ以外は・・・
  どうした? 昨日はちょっと髪を燃やしただけだったろ?
  燃えてぼろぼろになった顔は変化じゃないか」

マ「あ~,そのことじゃないのう。
  ・・・狐を化かす準備が要るんじゃ・・・
  そろそろ本気で仕度をせんと・・・まにあわんようになる」

ぬ「そういうことか・・・。任せろ,ターゲットは誰にする?
  慧音か? 魔理沙か?」

マ「いや,主は陽動じゃ,適当に任せるわい。
  ・・・問題は橙ちゃんじゃな・・・
  わしのことは顔を怪我したから,治療中って事にしとこうかい。」

ぬ「ま~いいんじゃないか?
  ・・・んじゃ,適当に連中を化かしてくるか。」

マ「ぬえよ,別に無茶は要らんぞ。陽動じゃから,化かせんでもかまわんわい」

ぬ「わかってるよ。でも,ま,期待してな。霖之助はわからんが,慧音は昨日会ってる。
  大体の人物像はわかった。たまには俺もポイントを取らないとな。
  完全にマミゾウのおまけってわけにも行かないだろう」

二人は今日の作戦を決めると別々の行動に出る。マミゾウは部屋に白蓮をよぶと,自分自身は白蓮に化けて部屋から出てきた。
部屋の中はマミゾウに姿を変えた白蓮が座っている。
もとから,マミゾウには協力する気だったから,1日程度の入れ替わりは快諾してくれた。
ぬえとマミゾウは個々に命蓮寺を出て行く。


・・・


上白沢 慧音は怒っていた。別に妹紅がにせ者を私だと思っていたのが悔しいのでは・・・いやそれも多少はある。
但し,もっと許せないことがあった。輝夜との戦いはできうる限り避けることを約束してくれていたはずであった。
それを極あっさり破ってくれたのである。それににせ者とはいえ,とめようとしていた私がいたのにそれを目の前で振り切ってくれた。
実際に止める者が本人であったとしても,振り切って戦いに挑んだだろう。・・・こっちの気も知らないでだ。
不死だから死なないなんて言って,消し炭になって帰ってきたときには号泣させられた。
そのときに決闘はやめるって・・・少なくとも気付かれるようにはやらないって約束したはずなのに・・・。
そんな約束を妹紅はあっさり無視してくれた。狸と狐に化かされたなんて言っていたが,そうではない。
結局,妹紅は輝夜の決闘のほうが,私との約束よりも大切だって事を行動で示してくれた。
怒り心頭,そのうえ妹紅は見当違いのことを謝ってきた。にせ者に化かされただって?
そんなことを怒っているんじゃない!!! 約束を破ったことを怒っているのだ。
しばらくは口など利いてやるものか! 大人気ない気もするが・・・私だって聖人じゃない,過ちを無条件で許すなんてできない。

そんなことを考えながら,朝食の準備をする。さっきから,手元が狂ってしょうがない。
随分いびつな形の野菜が並んだ。一息入れないといけないのだが・・・何もしないとそれこそ,暴れそうだ。
今日の寺子屋は中止にするしかない。カリカリしながら子供の無鉄砲さに当てられたらちょっと危険だ。
化け比べから一夜明けたが,そんなものでは怒りが収まらない。むしろ,醸成されて増幅した感じだ。
そういえば,私もターゲットだったようだが,もはやそんなことはどうでもいい。
・・・そんな風にカリカリしていると最悪のタイミングで妹紅が現れた。

妹「けーね・・・いるか?」

おそらく,家の炊事の煙でも確認したのだろう。・・・何というかせこい。炊事の煙なんて見ないで来てほしい。
なんというかもっと堂々と・・・できないものだろうか? とりあえず無視して炊事を続ける。

妹「・・・返事が無いな。いないのか? 
  入るぞ? ・・・!!」

戸を開けると妹紅の目の前に慧音がいた。いるんなら返事ぐらいしてほしいのだが,・・・目を見て悟る。
・・・昨日よりも怒っている。多分,一歩でも踏み込んだらぶち切れるだろう。
視線が交差するのだが,絡み合うまで行かない。不機嫌と,怒りと,理不尽さを含んだ慧音の瞳を前に
妹紅の視線のほうがあっという間に曲がってしまった。
結局,会話のタイミングすら見出せず,妹紅は無言の圧力に屈しそのまますごすごと逃げ帰った。
そして,そんな様子を遠くから見つめている者がいたのである。
橙だった。咲夜の例からいきなり親しい人間に化けるのではなく,親しいものの中から誰に化ければよいのかを
見ようとして,今朝から慧音に張り付いていた。朝から妹紅が接近したので好都合などと思い観察していたのだが・・・
妹紅は無理そうである。本人が近づいたはずなのだが・・・鬼の形相で追い返されている。
しかし,そうすると残りは阿求ぐらいなのだが・・・彼女はわざわざ慧音の家には赴かない。
いっそのこと里で人当たりのよさそうな白蓮あたりのほうが侵入しやすそうである。
しかし,妹紅なら簡単に慧音の物をねだれるのだが・・・白蓮では無理だ。そもそもあの人は物をねだらない。
「貸してくれ」なんて言った瞬間にばれる気がする。どうしようか? 
しばらく考えてふと,何か小枝のようなものが背中に触れた。無意識に右手で払おうとして気付く。
とっさに振り返った。

ぬ「ばあっ!!!」
前と同じだ。前方にばかり注意を向けていたら背中をとられた!!
のどの奥まで上がった悲鳴を飲み込み。平静を装う。

橙「ぅっ~~~, ぬえさんですか・・・やめてください。」

ぬ「・・・なんだよ,もっと驚けよ」

橙「そんなに,何回も同じ手にかかりませんよ。それより,後ろを取るのやめてください」

ぬ「嫌だね。面白ければ何度でもが私の信条だ」

橙「そうですか。
  ・・・そういえば,ここに来たのは何でですか? 慧音さんが狙いですか?」

ぬ「別に~。ただ,無防備に背中丸出しの奴がいたからな」

橙「それじゃ話を変えて・・・ 昨日,ぬえさん,慧音さんを連れ出していますよね。どんな手を使ったんですか?」

ぬ「ああ,昨日ね。ありゃ簡単だよ。このまま行って。妹紅のことで面白いことがあるから来いって言っただけだ。
  疑心暗鬼っぽかったけど,ついてきたぜ。」

橙「・・あれっ? じゃあ,慧音さんて化かされていないんですか?」

ぬ「ん~ まあ,そういうことかな
  ・・・そういえば,お前こそどうした? 保護者はどこにいる?
  っていうか,マミゾウへのはりこみは?」

橙「え,え~と。・・・言えないって言うのはだめですか?」

ぬ「なんだよ,お前だけ情報収集か? ぶっちゃけて言って,俺はマミゾウほどは優しくないぞ」

橙「なんとなくわかります。
  ・・・藍様は昨日の一件で怪我をしていて,治療するから,今日は私一人だけです
  今日一日かけて慧音さんを化かすように言われました。」

ぬ「ぷっ,はははは,お前一人か! こりゃいい,お前が失敗すれば,ポイント上は同点にできるな
  こうしちゃいられない。早速,慧音を化かすとするか。」

橙が止めるまもなくぬえは妹紅に化けて慧音の家に突撃する。
わずか10秒の内ににせ者の妹紅は家からたたき出された。
ぬえが涙をにじませながら戻ってくる。
橙は妹紅に化けることの無意味さを見せ付けられた。
おそらく,怒りを冗長するだけで,何の役にも立たないだろう。
そして,ぼこぼこにされている点から見て,慧音は不死である妹紅に加減をしていないらしい。
ぬえが術を解かなかったのは流石だが・・・どう考えても自分では無理だ。

ぬ「くそう,化けてさえいなけりゃ,あんな奴に負けたりしないのに・・・」

橙「その・・・,大丈夫ですか?」

ぬ「さわんじゃねえ!! ・・・畜生・・・いてぇ」

橙「あの・・・協力しませんか? どう考えても個人では無理です」

ぬ「む,無理じゃねぇ。マミゾウだって,狐だって,一人で化かしてきたんだ。
  俺にできないことは無い!!」

橙「いや,マミゾウさんも藍様も特別ですよ。はっきり言って他の人じゃ,まねをするのは無理です。」

ぬ「無理なもんか! 見てろよ。俺一人でやってやるからな!!」

そういって,性懲りも無く。妹紅に化けて化かしに行く。戸の前で慧音に話しかける。
3分,5分,10分と待つが,完全無視を食らっている。痺れを切らして結局中に押し入る,と同時に
スペルカードをぶちかまされたらしい。
吹き飛ばされて橙のところまで転がってきた。
もう,悔しさと痛みと恥ずかしさで顔がぐちゃぐちゃになっている。
橙は黙って,タオルと水を入れた桶を持ってきてそばにおくとちょっと妹紅さんのところに行くと言って
その場を離れた。・・・30分ほど時間をつぶして戻ってくると,ぬえが一人でうなだれている。

橙「ぬえさん・・・協力してくれませんか・・・昨日みたいに・・・
  手柄は山分けしましょう・・・」

ぬ「・・・やだ・・・なんで,お前みたいなガキと・・・
  天下の大妖怪,ぬえ様が一緒にやらなきゃいけないんだ・・・」

橙「そうですか。私はもっと近くでぬえさんの術を見てみたかったんですが・・・」

ぬ「うるせぇ!! 俺を馬鹿にしやがって!!
  全部見ていたくせに・・・2回も失敗したんだぞ!!」

橙「失敗? 失敗なんてしてないですよ?」

ぬ「お前,これ以上馬鹿にするなら・・・ルールなんてどうでもいいんだぞ?」

橙「本当に失敗はしてませんよ。慧音さん,さっきまでのぬえさんのこと,
  本気で妹紅さんと思ってますから・・・あとは,化かした証拠だけ手に入れればいいんです。」

ぬ「うそつけ! にせ者だと思ってなけりゃ,あんな攻撃するわけ無いだろ!!」

橙「私,朝から慧音さんのことを監視していましたけど,本物にも同じ態度でしたよ?
  なぜか慧音さん,怒ってるんですよ妹紅さんに対して・・・」

ぬ「なんだって!! そんな大事なこと,何でもっと早く言わない!!」

橙「いや,話す前に行っちゃうから・・・」

ぬ「とめろよ,そこは止めてくれよ!!」

橙「だから,協力しませんか? 2人でかかればきっとうまくいきますよ。
  ・・・藍様とマミゾウさんには内緒にしましょう。
  あと,・・・相手の後ろを取る方法を教えてください。」

ぬえはしばらく頭をかきむしると,ぼそりと「協力する」といってくれた。


・・・


今回,白蓮に化けて外に出たマミゾウの一番の目的は7日目に人を大勢集めること。
人里のそば屋,喫茶,本屋,土産屋・・・さまざまな店を訪問し化け比べの結果発表の7日目の命蓮寺に
出店しないかを聞いて回った。大概の店が出店することを約束した。
白蓮では物欲がほぼ無いため,こんなことはしないのだが・・・出店料金もせしめる図太さである。
くわえて・・・鬼の萃香に頼んで,結果発表のステージの製作を依頼した。
対価としては,化け比べを盛り上げることと言ったところか・・・。
そして残りは,博例神社・・・・

マミゾウは霊夢と話を終え帰路につく・・・はずだった。
帰り道をはずれ,博麗神社の裏手に入っていく,付近に住んでいる光の三月精に会うためだ。
今回の件で,狐を出し抜くにはいろいろな手が必要である。
一番の問題は,いかに秘密っぽく橙にこの三月精との密約をリークするかである。


・・・


妹紅は2人の前で日課をこなしている。日課といっても普通の
掃除,洗濯,炊事だ。しかし顔に悩みが浮かんでいる。
ぶつぶつ文句を言っているのだが,内容を聞き取るに,慧音が怒っている理由がわかっていないようだ。
昨日は橙が妹紅を化かしている。その橙にも理由がわからない。
当時者たちがこの有様では,もはや怒っている理由など迷宮入りである。
後は,慧音本人に聞くことが一番だが,怒っている理由など他人に話すだろうか?

橙「あちゃー,全然わかりませんね」

ぬ「・・・結局手を組んでも無駄だったか」

橙「もう,いっそのこと2人をぶつけてみますか?」

ぬ「どうやって?慧音は家から出ないぞ」

橙「家からおびき出す方法ならありますよ。・・・協力してくれますよね?」

ぬ「いいぞ。どんな手をつかう?」

橙が耳打ちをして,作戦を伝える。確かにこの方法なら激高して,家を飛び出してくるかもしれない。
問題は妹紅だが,家の近くまで誘導し,大声を上げれば勝手に出てくるだろう。


・・・


時刻は昼,慧音が台所で昼食の準備をしている。妹紅の声が響いた。

偽妹「ああ,こんなところにいたか,慧音」

偽慧「・・・」

いつの間にか外に自分がいる。気付いているのにそっぽを向いている。
本物の慧音は台所の窓から庭を観察した。

偽妹「すまん,何を怒っているのか全然わからない
  でも,謝意だけは受け取ってほしい。」

相変わらず,妹紅は・・・相手がにせ者かどうかもわからないのか・・・
本人の目の前でにせ者に謝っている。
そして,にせ者の手を取ると強引に引き寄せ・・・問答無用で顔と顔を近づける。
あまりの出来事に手に取った皿を落とした。目が点になる。
思わず,「馬鹿ッ!!!」と口走った。
あわてて,台所から飛び出す。
妹紅のほうがあせったらしい。こちらを見て硬直している。
しかし,にせ者の私が先手を取った。甘ったるい声を出して
妹紅の腕をつかむ。

偽慧「もこう,偽者なんてほおって行きましょ」

妹紅は一瞬だけ見比べると,にせ者を抱えたまま,走り出す。
慧音は瞬時に沸点を超えると追撃を開始した。
妹紅に抱えられたにせ者が後を追ってくる慧音を見てにんまりと笑う。
そして,耳元でささやく。何をささやいているか慧音からは聞き取れない。
ますます,足に力が入る。

偽慧「大成功です。追ってきました」

偽妹「お前すげえな。将来は大女優になれるぜ」

偽慧「あとは,妹紅さんの家まで行って,鉢合わせさせれば完璧です。」

偽妹「ああわかって・・・やばい!!!」

前方に妹紅の本人がいる。こちらに向かって歩いてきている。
慧音に謝りにきたのだろう,しかし,後ろからは慧音が大声を上げて追ってきている。
すぐにこちらに気付き口をあんぐり開けた。

昨日の永琳と同じ状況だが,今回は望んでそうなったわけではない。
偽者と本物が入り乱れて急停止した。

慧「あ,あれ? 妹紅が2人?」

妹「また昨日の連中か? 慧音が二人で私が一人か」

橙が「どうしよう」と聞いてくる。ここは大妖怪として大見得を切る。「こういうときはなアドリブでいいんだよ」と小声で話す。

偽妹「ははは,にせ者共が。私たちを化かそうったってそうは行かないぞ」

慧「私は本物だ!!」

偽慧「私だって本物だ!!」

妹「・・・もしかして,全員,にせ者じゃないか?」

慧「それは無いぞ!! 少なくとも私は本人だ」

妹「いや,そんなこという奴が一番怪しんだが・・・」

偽妹「お前が一番怪しいな。だいたい私の姿って言うのが,一番の証拠だ。」

妹「それを言うなら,お前は偽者だ。私こそが本人なのだから・・・
  あ,そうか,本物なら不死だから死なない。
  私は不死だから,お前らの攻撃じゃ死ぬことは無い。
  ためしに,攻撃してみな。すぐに回復して見せるぜ。
  なるべく,致死率の高い攻撃が証拠になるな」

慧「や,やめろ。それはやめてくれ」

偽慧「ここは,人里だぞ。そんなことできるわけが無い。」

妹紅が気付いた。否定の言葉に差が出ている。一方が人里をたてにした逃げ口上で,一方が私の体を思いやった言葉だった。
なるほどにせ者同士のペアだったか。後は残りの慧音が本物かどうかだが,
あの狼狽振り,これで偽者ならお手上げだ。本物のはずである。
後は,目の前のにせ者を倒せばいいんだが・・・すこし,慧音に自分が見抜けるか試してみたい気がした。

妹「じゃあ,どうすりゃいいんだ」

偽妹「私には誰がにせ者かなんてわかっているぞ。お前らだ」

そう言って本物たちを指差す。にせ者の慧音も同じ態度を取った。

妹「そうか・・・そっちのにせ者か本物かわからない慧音は?」

慧「あっ,っく,わ,わからない。その慧音がにせ者なの以外は・・・
  どっちの妹紅が本物なんだ?」

妹「そうか・・・,どっちもにせ者の可能性は? 
  昨日,永琳はそれで引っかかってたぜ」

慧「・・・・!!!
  そういうお前はどうなんだ!誰がにせ者だと思っている!!」

妹「とりあえず。にせ者は・・・わからないな。
  両方にせ者じゃないのか?
  にせ者の目的は化け比べだろ?何か持ち物を渡してやればおとなしく帰るかもな
  但し,私のばあい,昨日リボンと手紙を盗られちゃったからな。
  意味無いな~。」

慧「わたしもわかったぞ,お前がにせ者だな,いかにもな挑発
  自分だけが安全だとする態度,平静に取り繕っているその表情・・・イライラする。
  さっさと本性を現せ!!!」

そういって本物を指差す。妹紅はため息をつく。別にこの言葉を買ってもよいのだが・・・。
にせ者たちは慧音のあまりの剣幕にビビッて口出しできない。
・・・いや,ぬえが勇気を出して特攻した。

偽妹「まあ,待て,お前ら二人ともにせ者だろ? 
  そんなに言うなら,慧音,本物の証拠を見せてみろよ」

慧「いいだろう!!!」

もはや見境がついていない。スペルカード「三種の神器」の剣,玉,鏡を発動する。
全部,にせ者の妹紅に渡してきた。

慧「どうだ!!! 私が本物だ!!」

にせ者の妹紅は・・・いや,ぬえは爆笑して姿を現す。
あまりのおかしさ,あっけなさに笑い転げた。
橙も変化を解く。
慧音だけが呆けた顔で事の顛末を見ていた。

橙「慧音さん,すみません。とても面白かったです」

ぬ「なんつーー顔! ひっひhっひっひ,やばい笑い死ぬ!!!」

げらげらと下品な笑い声をのこしたまま,ぬえが飛び去る。
あわてて橙も「山分けですよ~」などと言いながら追いかけていく。
慧音だけが,ぽかんと空を見ていた。
あまりの出来事に驚くことすらできない。
・・・だって,あの時自分の家に来た妹紅は本物だと思った。
本当は自分だってあんなふうにしてほしかったのだ。
悔しさで涙があふれてくる。
涙がこぼれる前に妹紅が後ろから抱きしめてきた。

慧「・・・慰めは要らないぞ・・・
  というか,早く消えたらどうだ,にせ者・・・」

慧音の瞳から涙がこぼれる。きっと,にせ者が抱きついた衝撃だ。
くやしい。にせ者の癖にいやらしさが全く無い。
安心してしまう自分が情けない。にせ者の癖にやけにあったかい。

妹「別にいいじゃないか。本物。
  ようやく,話をしてくれたなぁ。うれしいよ」

声が落ち着いている。あのにせ者のようなえらそうな気配が全く無い。
本物が持つ,穏やかな口調から向けられた信頼が伝わってくる。

慧「・・・お前はいつから,私が本物だと思った。」

妹「私が自分を攻撃してみろって言った時さ・・・
  私の体のこと(不死)を知っていて,体の心配をしてくれる奴なんてほかにいるものか・・・」

体が熱くなる。さっきまで,悔しさで冷たくぬれたほほが,熱くなってしまう。

慧「わ,わたしは・・・」

謝ろうと思った。「本物の妹紅がわからなかった。ゆるしてください」と,
妹紅はそれを許さないかのように強く抱きしめてくる。

妹「言わなくてもいいさ。私も同じさ。本当にわからなかった。
  自分の怒りで一杯にになっちゃってさ,ごめん,悪かった。
  ・・・もう一つ,怒っていたことがあったろう? 
  これも,私の体を心配してくれてようやく思い出したよ。
  内緒で輝夜と決闘しようとして,ごめん。体をいたってくれって約束・・・だったよね」

そこまで言われて,腕の中で泣き崩れる。いや,泣き崩れそうになった。無理やり体を回転させる。妹紅は正面だ。
自分で自分が制御できない,二の句を告げさせずに・・・驚いた妹紅の顔に向かって背伸びをした。


・・・


橙「戦利品は山分けですからね」

ぬ「わかってるよ。しかし,まじめな奴ほど化かされたときの顔がたまらないな。
  癖になりそう・・・」

ぬえから,玉のスペルカードを受け取ると,うれしそうに尻尾を揺らす。

ぬ「おおっと,そうだ。後ろの取り方,・・・じゃない。なんでお前が後ろを取りやすいか教えてやろうか?」

橙「取りやすいんですか?」

ぬ「ああ,無防備なんだよ。特に上から見てるとな。今度から上にも気を配るんだな。
  はっきり言って目に頼りすぎなんだよお前。ま,目がいいのはいいことだけどな。」

じゃあなといってさっさと消えてしまう。どこに行くのか聞けば,勝利の美酒を味わうそうだ。
私も藍様に早く,報告に行きたい。どんなにほめてくれるだろうか。
・・・いや,ぬえさんと協力したことがばれたら逆に怒られるだろうか。
もう少し,自分の力でがんばったほうがよかったかもしれない。

・・・どうだろう? ぬえさんがいなかったら,最初に10秒で家からたたき出されたのは自分だった。
スペルカードの直撃で吹き飛ばされて泣いていたのも自分だろう。
一人では絶対に化かせなかったと断言できる。
やはり,協力するしかなかったのだ。
でも,それだと,自分一人の力でない分後ろめたい・・・なにかもっと自分の手で手に入る手土産がほしかった。

そんなことを考えて,今日の偵察をやっていないことに気がついた。
別に今日は化かして来いといわれたので,そればっかりに気を取られていたが・・・
まだ,日は高い。藍への報告は命蓮寺のマミゾウさんを確認してからにしようと思った。


・・・


橙はぬえに化け命蓮寺に潜入した。
ぬえは人里の居酒屋でまだ日も高いのに飲み始めている。よほどうれしかったのだろう。
しかし,ぬえが居酒屋にいるということは,自分が命蓮寺でぬえに化けていても誰も気付かない可能性がある。
結局はマミゾウにばれるのだろうが,どこまで通用するか自分でも知りたかった。
自分の中では失敗上等といった軽い感じで,偵察に赴く。

偽ぬ「マ,ミ,ゾ~ウ!! 見てくれ見てくれ!!」

マミゾウの部屋の戸を大きく開けて手に入れた玉のスペルカードを見せ付ける。
突然の訪問に驚いたのはマミゾウに化けた白蓮だ。

偽マ「あらあら,ぬえ,すごいですね~。
  まだ,マミゾウさんは戻って来てないので,もう少し待ってください。」

偽ぬ「え,っと,びゃ白蓮?」

偽マ「そうです。まだ,戻ってきてないので,入れ替わってないんです。
  そろそろ,戻ってくるはずなんですが・・・
  ・・・お茶でも飲みます?」

ぬえはうなずいているが,目を白黒させている。しかし,白蓮はそれに気付くそぶりすらない。
くそまじめすぎて,一度ぬえだと思い込んだら,疑うことを全くしていない。
・・・冷静に妖力を探れば,一発バレするのにである。
普通にお茶を入れて持ってきた。
ぬえが,ぬえとしては非常にめずらしく,正座をしてお茶を飲む。この態度に白蓮は怪しむどころか
ついに,作法を理解してくれたかと微笑む有様である。
藍が簡単なことで化かせるといったが,ちょっと好意的に過ぎないか・・・と内心,心配になった。
むしろ,こちらに気がついてるうえで馬鹿にしているのではと勘繰りたくなるレベルである。
徐々に不安が大きくなってきたところで,真後ろから白蓮の声が響いた。

偽聖「ただいま,戻りました。」

マミゾウに化けた聖が目を見張る。鏡でもないのに自分自身が目の前にいるのはなんというか・・・むず痒い。

偽マ「不思議な気分ですね。自分が目の前にいるのは・・・」

偽聖「・・・白蓮,せっかく化けたのに,マミゾウを演じてはくれんのか?」

たちまち二人が元に戻る。びっくりしているのはぬえに化けた橙だ。
本当に入れ替わっていた。特に聖に化けたマミゾウには普通に化かされるレベルである。
マミゾウがやっとぬえが部屋にいることに気がついた。

マ「んん? ぬえよ,どうした? 主らしくも無い。
  随分おとなしいのう。」

偽ぬ「あ? ああ,たまにゃいいだろ? こーゆーのも」

橙はついうっかり,ぬえを演じるのを忘れた。マミゾウはしげしげと見ていたが一点だけ気になることがあった。

マ「主や,橙嬢のにおいがするのう・・・抱き合いでもしたかえ?」

橙は今日の出来事を思い出す,確かに今日はぬえに抱きかかえて走り回ってもらった。そのときの残り香だろう。

偽ぬ「ああ,大変だったんだぜ? 橙を抱えたまま走るのは」

冷や汗を表に出さぬよう,大嘘を告げる。・・・危ない,においなんて気にもしていなかった・・・
ぬえに目ばかりに頼りすぎると忠告された内容がこれだ。・・・でも,これでごまかせるはず・・・。

マミゾウはふ~んと言いながら,納得すると,
自分で,別の話を切り出してきた。

マ「そうそう,白蓮,ぬえ,最後の作戦が決まったぞい。」

聖「そうですか。」

偽ぬ「えっ!? どっ,どんな?」

思わず,口が滑ったがマミゾウが手で押さえてくる。

マ「まあ,まあ,順を追って説明するからの
  ・・・まずな,7日目の正午の鐘をごまかす・・・
  15分じゃ,15分だけ先に鳴らすんじゃ・・・」

聖「??」

偽ぬ「えっと,どういうこと?」

マ「な~に,簡単じゃよ。白蓮がやられたことの仕返しじゃ。
  15分先に鳴らしたらのどうなると思う?」

聖「・・・試合終了と勘違いする?」

マ「そのとおりじゃ!! そいでの先に狐のポイントをカウントさせるんじゃ。
  もちろん,奴が化かし取った品物をターゲットに返させてな・・・
  正午の試合終了前にそれをするとどうなると思う?」

偽ぬ「ら・・・狐のポイントが消滅する?」

マ「そうそう,そのとおり。別段,今,奴が何点リードしようとかまわんわ。
  返却が終わったらの種明かしじゃ。狐はおお泣きするわい・・・」

聖「・・・あの,寺の鐘を付くタイミングはごまかせても,
  そんなにうまくいきますかね?」

マ「そのための下調べよ。よいか,幻想郷ではな,正確な時計ってものが無いのよ。
  大概がぜんまい式じゃ。それに数が少ない。外の世界の腕時計なんてものがあったら
  やばかったがのう。
  数は10もあるまい・・・唯一正確な時計は紅魔館の咲夜嬢のものじゃが・・・
  調べておったらのう,なんと,連中自分たちで取っていってしまったようなんじゃ・・・
  つまり,幻想郷で正確に正午を示せるのは,唯一,日時計のみじゃ。」

聖「あの・・・言ってるそばから申し訳ありませんが,その日時計はどうします?
  まさか,曇りにでもするんですか?」

マ「そんなことするかい。くくく,ここが頭の見せどころよ。
  光の三月精じゃ。サニーミルクが太陽の役を買って出てくれおったわ。
  まあ,サニーの体力とやることの難しさを考えたら直前の1時間ぐらいから時間をごまかすことになるがの。」

橙はすごいことを聞いてしまって興奮している。これがマミゾウ最後の手だ。
その手段を聞いてしまった。これはすぐに報告しないといけない。

聖「・・・なんだか,悪いことをたくらむのは面白いですね・・・」

マ「悪いことなもんか・・・だいたい,白蓮とぬえの敵討ちじゃ。正義じゃよ? わしらは・・・
  まあ,大船に乗った気でおればよいわい。
  あとは,そうじゃ,一輪に鐘のタイミングを連絡しなくてはのう
  ・・・ぬえよ。楽しみにしておってくれ。」

偽ぬ「あ? ああ,すごいぞ,私は今から楽しみだ!!」

マ「・・・あんまりはしゃいで狐にばれんように頼むぞい」

マミゾウが立ち上がり,聖も立ち上がった。一輪に話を通すなら白蓮を介したほうが早い。
ぬえは一人置いてきぼりになったが,逆に都合がよかった。
2人が話しながら本堂に向かったのを確認し,そのままぬえの格好で外に飛び出す。
聖が見つけたが,マミゾウが白蓮の手を引いた。

聖「あれ?,ぬえ,行っちゃいますよ?」

マ「別にかまわんわい。あのまま,狐のところに行くんじゃろ」

聖「えっ? 裏切りですか?」

マ「そうじゃのー,正体は橙ちゃんじゃからのう。」

聖「・・えっ? まさか。本当に!?」

マ「・・・聖よ,あまり言いたくないが,お人好しすぎんか?」

聖「全然,気が付きませんでした。本当によいのですか,最後の作戦がパアになっちゃいますよ?」

マ「さっき話したのが,本当の話ならのう。
  あれは,陽動じゃ。多分,狐がつじつま合わせに居酒屋のぬえに作戦を伝えに行くじゃろな
  いや~この作戦をいかにバラすかが,肝じゃったんじゃが・・・
  まさか,橙ちゃんが探りに来てくれるとは,思わんかったわい」

聖「??? どういうことですか?」

マ「最後の作戦は別にあるって事じゃ。
  それにしても,随分,腕が上がったの。姿は完璧じゃった。
  あとは,とっさのときの対応とにおいじゃな・・・。藍といいかけるところなんぞ,まだ未熟よ。
  においもじゃ,まだ本人のにおいが強い・・・が,うかうかしていられんのう。
  歯ごたえも出てきた。そろそろ化かしてもよい頃かもしれんのう。」

言葉と裏腹に楽しそうだ。
こんな風に言われると逆に成長を楽しんでいるように見える。
しかしよいのだろうか,今日一日かけて張った作戦が筒抜けで・・・白蓮にはマミゾウの余裕の理由がわからない。
思わず好奇心をくすぐられる。全く,人の心をつかむのがうまいというか,老獪というか・・・。
後日確認したことだが,藍は居酒屋のぬえのところにマミゾウとして現れ,ベロンベロンに酔ったぬえに作戦を伝えているそうである。


・・・


橙「なんで,作戦を伝えたんですか?」

藍「つじつまを合わせて,作戦を実行させるためだよ。
  この作戦を実行させて,直前で叩き潰してやる。
  ・・・しかし,橙,マミゾウは本当にごまかせたのかい?」

橙「・・・大丈夫のはずです。においもごまかされていましたし・・・白蓮さんは完璧に化かされてましたよ?」

藍「う~ん,確かに橙の体からぬえのにおいはするんだけど・・・比率が逆というか・・・」

橙「比率ですか?」

藍「化けるときにはね,なるべく自分のにおいは落とすんだよ。それで化ける対象の衣服を着れば多少はごまかせるんだが・・・」

橙「・・・それで,多少ですか?」

藍「相手が油断してれば,これでもわからないし,命蓮寺はぬえのテリトリーだからにおい自体は充満しているから。
  ごまかされてるとは思うけど・・・う~ん,こればっかりは相手の表情を見ないとわからないな。
  でも,ぬえには作戦を伝えたし,ぼろは出ない・・・たとえぼろが出ても,滅多なことではこの作戦は中止しないだろう。
  仕掛けられたらほとんど防ぎようが無いからだ。・・・但し,咲夜の時計が無ければだが・・・
  お手柄だったよ橙,後は,この咲夜からもらった懐中時計で時間さえきっちり計っていれば引っかからない。
  完封勝利だ」

相手に,作戦を打たせ,それを受けた上で叩き潰す。
狐のほうが,狸なんかよりもずっと頭が回るって事を証明する。
唯一つの懸念点は・・・これが本当に狸の最終手段だろうか? ということだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー化け比べ6日目 森近 霖之助&霧雨 魔理沙のケースーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

森近 霖之助は普段どおりに商売を行っていた。しかし,化け比べが始まって以降,やたら魔理沙の訪問が増えた。
3,4日に一回の訪問が,この1週間,日に2回,朝晩と訪れる様になった。
曰く,心配だからとの事だが・・・なんだか勢いよく,物がなくなっている気がする。
蒐集癖があるのは承知の上だが・・・何というか,この機に乗じていないか?
もう,魔理沙に化けてこられたら,はっきり言ってお手上げである。
確認する方法はある,腕でもつかめばいいのだが・・・本人であったら手に負えない。
今も,魔理沙が目の前にいる。

魔「こーりん,これ,ここに置いたらどうだ? 意外に整理できるだろ?」

森近 霖之助「あ~もう,いじらないでくれって何度も言ってるだろ?
  これはこういう配置なんだよ」

魔「何言ってんだ こーりん,きれいにして,ものが見えやすくしないと
  何をとられたかわかんないぜ?
  ・・・て事で,こいつは手間賃でいいよな?」

また,とられて行く。やっぱり魔理沙だけは化けられたらわからない。もうとっくに,もって行かれているような気がする。

霖「も~いいよ,魔理沙。僕なんかとっくに化かされてるから」

魔「い~や,こ~りん,それは無いぜ。
  連中,半日に1人ずつしか化かしてないみたいなんだ。
  それに,昨日まで,化かされた自覚症状のある奴は
  丁度,9人。1日目が丁度正午開始からだったから
  多分,6日目の今日のターゲットが私とお前だよ。」

霖「・・・それが,わかったら苦労しないんだが・・・」

魔「ま,連中が今日来ることは確実さ。連中これまでパーフェクトだ。
  白蓮は例外だが・・・。だから,この霧雨 魔理沙様がお前を守ってやる。
  めざせ,パーフェクト阻止だな」

霖「もしかして,今日は泊り込む気か?」

魔「もしかしなくても,その気だぜ?」

霖「たのむから,帰ってくれないか? 店に変なうわさが立つ」

魔「別にかまわないぜ? 私の店じゃないしな」

幻想郷は小さい,うわさになったらあっという間に人里に知れ渡る。
おそらく堂々と表を歩けなくなるだろう。
大人の男と少女が1つ屋根の下,一晩一緒なんてなったら即アウトである。
だいたい,ゴシップ好きの妖怪だっているのである。うわさにならないわけが無い。
そんなこと,わかってるだろうに・・・知らん振りしているのか
そんなことが通じない年になったのに気付いていないのか。
全く,化かすなら早くばかしに来てくれないと・・・店をたたむ羽目になる。
とりあえず今は追い返すしかない。

霖「魔理沙,一度帰ったらどうだ? 道具とかいろいろあるだろう?
  ・・・それに,自分の家の守りはどうしたんだ?」

一気に魔理沙の顔が変わった。ヤバイという表情だ。
「まってろ,すぐ戻るからな!!」と言い残して,あっという間に飛び出していく。
・・・魔理沙には悪いが,僕も少し外出しよう。無縁塚に商品の蒐集に出たといえば格好が付く。
手短に手荷物をまとめていると,玄関が開いた。
霊夢だ。不思議そうにしている。

偽霊「どうしたの? 魔理沙があわてて飛び出していったけど?」

霖「どうもこうもない・・・そうだ,霊夢,店番いいかな?
  魔理沙が戻ってきたら,僕は無縁塚に蒐集に行ったと伝えてくれないか?」

偽霊「・・・いいわよ。
  じゃあ,手間賃として・・・」

霖「・・・ブルータス(霊夢),お前もか・・・」

霊夢が首をかしげながら近づいてくる。・・・というか,近づきすぎである。
ふっと笑って顔に手を回してくる。不敵な笑みが危険だ。
おまけに顔まで近づけてくる。まさか・・・。
とっさに頭を後ろに引くと・・・のけぞる動作を利用して,めがねを盗られた。

偽霊「これ,前から気になっていたのよね」

霖「・・・返してくれないか・・・それはかなり困る。
  前がぼやけて・・・」

偽霊「ふふふ,霖之助さん。ちょっとはどきどきした?」

霖「冗談はやめてくれ,霊夢。
  僕のことを少しは知ってるだろう?」

偽霊「ふふふ,少しは取り返すっていう気概はないのかな?」

霖「・・・! これはこれは,藍さんですか?
  めがねがご入用ですか?」

霊夢から変化を解く。藍が姿を現した。
霖之助が内心,舌打ちをしながら商売の話を続ける。

霖「すみませんが,それは非売品なのです。
  他の物ならすぐにご用意しますが・・・」

藍「残念だけど,これがいいのさ・・・
  このめがねじゃないと霖之助の所有物って事が証明できないんでね。」

霖「ふぅ~,まいった。商売上がったりです。」

藍「すまないが,明日,命蓮寺で返却するよ。
  ああ,あと,店番,ほんとに変わってやろうか?」

霖「辞退させていただきましょう。すみませんが,お客様を店頭に立たせるわけには行きませんので。」

藍「おや? それでは力づくになりますが,よろしいですね?」

霖之助は両手を挙げて降参した。九尾相手に勝てると思うほど自信過剰ではない。

藍「ふふふ,冗談だよ。大体,手をあげたら,反則だからな・・・
  でも,魔理沙を落とすのにこの店を使いたいんだが・・・2,3時間ほど博麗神社に送ろうか?」

霖「結構,というか,めがねなしだとほんとにどうしようもないな。」

藍「薄暗いところに閉じこもっているからだよ。本ばかり読んでいないで,外の景色をめがねなしで
  見てみるといい。見えなくて困るのは実は文字だけさ・・・」

霖「ふふふ,お手上げです。では仕方なく,店番をお願いしますか。午後になったら戻りますよ。」

藍「ええ,それで結構です。わずらわしさも,変なうわさも立ちませんよ」

結果的に店を追い出された霖之助は,ぶらぶらと博麗神社に向かって歩き始めた。
周りでがさがさ音がするが,視界がぼやけているおかげで何が原因かわからない。
しばらく歩くと目の前から魔理沙が歩いてきた。

偽魔「よお,こ~りん,こんなところで何してんだ? 店番はどうした? 店番は?」

霖之助はめがねが取られたおかげで,視界がぼやけている。魔理沙っぽいことはわかるのだが・・・これは偽者だ。
大体,魔理沙は香霖堂から大急ぎで飛んでいったのである。目の前からのんびり歩いてくるなんて事は無いのだ。
景色がよく見えない代わりに状況がよく見えるのである。

霖「わるいな,魔理沙,今,博麗神社に向かっているところでね。」

偽魔「なんだよ,薄情だな。霊夢のところに行くのか・・・」

霖「薄情なんて心外だな。大体,化かしに来る奴らがいるのがいけない。
  ・・・君もそう思わないかい? マミゾウさん?」

偽魔「!!! 一発バレとはな。初めてじゃよ」

偽魔理沙がたちまちマミゾウに変わる。

マ「どうしてわかったんじゃ?」

霖「ついさっき,藍さんにめがねを取られまして・・・残りはマミゾウさんしかいないんですよ。
  もう少し付け加えると,大急ぎの魔理沙が目の前を歩いてくるなんて事は絶対に無いんです。」

マ「うっは~,わしとしたことが,うかつじゃった。
  後ろから全速力で飛んでくればよかったかの?」

霖「ああ,それは化かされましたね。間違いなく。声は完璧でしたよ」

マ「これは,ポイントは取れんの。ほほほ,まあええわい」

霖「いいのですか? ・・・なんて言って,また来る気でしょう?」

マ「いいや,ここいらで,遊びは終わりにしておきたいんでのう。
  人間はもう,狙わんよ。」

霖「??? ポイントで負けてませんか?」

マ「負けているということが大事なんじゃ。まっ,わからんかな」

霖「そうですか,明日がなんだか楽しみになりましたよ・・・」

マ「そう言っていただけると,わしも嬉しいわい。」

霖「あ~そうだ,魔理沙はどうしました?」

マ「自前のほうきをいただいたぞい。知り合いのアリスって子に化けてのう。庭先の掃除をしてやって,
  そのまま,自分の家の掃除を終わったら返すって言ったら,あっけらかんと「早く返せよ」ってゆうとったわ」

霖「・・・全然だめじゃないか」

マ「ほっほ,いい子じゃないか,疑うことを知らないなんて。聖人の素質があるぞい。」

霖「聖人ねぇ・・・にわかには信じられんな」

マ「人は思いもよらぬものよ。そこが面白いんじゃ
  っと,そうそう,忘れん内に,博麗神社で,狸を見抜いたって言いふらしてもらえるかい?
  タヌキが変化を一発バレして,「参った」と言ったと言いふらしてほしいんじゃが・・・」

霖「・・・本当に何を考えているんですか?」

マ「決まっとろう,面白いことじゃ」

そこまで言うと,明日の準備があると言ってマミゾウは命蓮寺に戻っていった。


・・・


ほうきを失った魔理沙が,あわてて香霖堂にやってきた。
藍は霖之助に変化し待ち構えている。
お題は,八卦炉の修理だ。霖之助を信用して八卦炉を渡すかどうか・・・そこがかぎなのだが・・・。

魔「こ~りん,またせたな・・・。魔理沙様の登場だぜ?」

偽霖「・・・魔理沙にしては遅かったじゃないか。」

魔「まあ,あれだ。アリスがほうきを持って行っちゃったから,ちょっと問い詰めていただけだ」

偽霖「ふうん,ほうきね・・・結局持ってないみたいだが?」

魔「それがさ,聞いてくれよ。身に覚えが無いなんてとぼけたこと言うから・・・
  ちょっときつめに弾幕勝負をしてきたんだぜ。
  ・・・でも,本当みたいだった。
  これって・・さ」

偽霖「・・・いわんこっちゃ無い。化かされてるよ。魔理沙」

魔「やっぱりか! アリス,泣いてたけど・・・仕方ないよな! うん! 仕方ない・・・」

偽霖「気になるなら,謝ってきたらどうだ?」

魔「許してくれるかな? はは,ちょっとやりすぎちゃったぜ」

偽霖「どのくらいやりすぎたか知らないが・・・,狸の所為にしたらどうかな?」

魔「・・・そうする。・・・謝ってくるよ。」

偽霖「それがいいよ。待ってるから,いってきなさい。」

魔「・・・わかった」

霖之助に化けた藍は,あせっていない。八卦炉のことなど口に出そうものなら怪しまれるだけだ。
魔理沙は意外にもしょんぼりした顔で,店を出て行く。
・・・しばらくして,落ち込んだ様子で魔理沙が帰ってきた。
服がぼろぼろである。

偽霖「・・・随分やられたみたいだね。大丈夫かい? 魔理沙」

魔「このぐらいなんとも無いんだぜ・・・」

偽霖「弾幕ごっこって,意外に危険なんだな・・・
  腕と顔の傷見せてごらん。簡単な手当てはできるから」

魔「いい! ほっとけば直るよ」

偽霖「そうはいかないよ。傷は残すものじゃない。それに女の子だろう?」

魔「!!! お,お前誰だ? 香霖は私に,そんなことは言わない!!」

偽霖「・・・魔理沙,僕が君の心配して何がおかしいんだい?」

霖之助が立ち上がり,顔を近づけてくる。魔理沙は思わず後ずさり顔が赤くなった。
霖之助が肩をすくめると「どこだったけ? 薬箱は・・・」なんてもらしながら奥に消える。
しばらくして,塗り薬をみつけたのか,「これを・・・」といって投げ渡してきた。
魔理沙は胸をなでおろし,「何だ・・・いつもどおりの香霖だったか。・・・つまんねえの」とつぶやいた。
魔理沙は渡された薬をいすに座って塗り始める。
一方で,藍は奥で胸をなでおろしていた。まさか,ぞんざいに扱ったほうがいいなんて・・・
ばれるところだった。化け学は基本的なことが大事だ。あせらない,堂々と振舞う,おしなべて,
基本ができていなければにおいや,本物のあざなんて使ったところで無意味だ。
自分自身で「私はにせ者です」としゃべっているようなものなのだから。
・・・さて,本題に入ろうか・・・

偽霖「・・・魔理沙,八卦炉を見せてもらえるかい?」

魔「あ~,何でだ?」

偽霖「メンテだよ。メンテナンス。
  だいたい,なんで,アリスにぼこぼこにやられていたんだい?
  調子が悪いなら,ほんとに見せてもらえないかな?」

魔「ア,アリスの件は違うよ。
  別段,調子は悪くない。・・・ほらよ,みてみな!」

魔理沙がさっきの仕返しとばかりに投げ渡す。
・・・本当に単純な奴だ。「うわっ! 投げるなよ!」といって片手でつかむ。
もう,いいか・・・。変化を解いた。

魔「!!! あっ! お,お前・・・」

藍「ちょっと,うっかりすぎやしないかい?」

魔理沙の顔が羞恥に染まる。構えようとして,さっき八卦炉を渡してしまったことを再認識する。

魔「く~っ,返せよ!!」

藍「返すよ? 明日ね・・・
  あ~,そうだ,君の大事な霖之助なら,今,博例神社にいるよ。
  私が,行くように薦めたからね」

魔「なんで,博例神社に・・・」

藍「私としては,マミゾウに化かされるのを防ぎたかったからかな・・・まあ,でも無理か・・・
  あと,この店を君を化かすために使いたかったという目的もある。
  街中で会う霖之助,店で会う霖之助。・・・説得力が違うだろ?」

「じゃあね」なんていいながら藍が店を出て行こうとする。
しかし,魔理沙が出口をふさぐ。

魔「・・・待ってもらおうか。確か,取り返してもOKだったよな?」

藍「そのとおりだが・・・できるかい? 八卦炉なしで?
  ついでに言うと,ほうきも無いんだろう? ブレイジングスターもサングレイザーも,
  マスタースパークもできないのに・・・それでもやるかい?」

魔「それでもやるのが,魔理沙様だぜ!!」

藍「たまには・・・弾幕ごっこもいいか・・・
  魔理沙,表に出てやろうか」

魔理沙が店の外に出る。続けて藍が・・・全力ダッシュで飛び出す。
魔理沙が,あわてて,飛びつこうとしたが,藍はスペルカード 超人「飛翔役小角」を使って逃亡を図る。
ほうきも,八卦炉も無い魔理沙にはおいつけなかった。
藍は魔理沙の悔しがる表情を横目に笑いながら走り抜ける。
ここで,まともにやりあうわけには行かない。
弾幕ごっこなら問題ないかもしれないが・・・ルールをしらないマミゾウあたりに文句をつけられそうだ。
全く迷惑な狸だ。そんなことを考えながら,気が付けばもう,魔理沙を振り切っていた。
まあまあの時間で2人から道具を化かし取った。
残りの時間は狸とぬえを化かすことに使う。
ようやく,直接対決の時間だ。 ・・・橙は引き上げさせよう。
巻き込まれでもしたら非常に危険だ。はやめに,橙のところにいき,さっさと交代しよう。


・・・


橙「あの,マミゾウさん・・・霖之助さんはもういいんですか?」

マ「ほっほっほ,ええよ。それより嬢ちゃん。これで人間は全員に化かしを行ったの・・・
  つまり,次は嬢ちゃんの番だのう」

橙がはっとする。うかつにも敵陣のど真ん中・・・しかし。

橙「・・・でも,私を化かしてもポイント的に届きませんよ?」

マ「まーまー,本当の狙いは狐じゃからの~,これでどう足掻いても狐を化かさなけりゃいけなくなったの~
  まあ,そんなことはどうでもいいわい・・・
  どうじゃ? 橙ちゃん,わしに挑んでみる気はあるかえ?
  ポイントを取られることを考えるより,ポイントを取ることを考えてみたらどうじゃ?
  わしを化かせば3ポイントプラス,勝利確定じゃのう。対して橙ちゃんは1ポイント・・僅差でそっちの勝ちじゃ
  今日一日かけて,わしを一回でも化かせたらわしのポイントをやろう。わしはこの帳簿をかけるわい。
  明日の人里の出店情報&料金の記録も記してある。ポイントとしては申しぶんないじゃろう。
  かわりに化かせなかったら,橙ちゃんからはピアスを一個,もらおうかい」

橙「えっと,いいんですか?」

マ「なにがかの? この数日一緒に橙ちゃんといたが・・・嘘は言わないし,行動はまじめだし。
  橙ちゃんが卑怯なことはしないぐらいのことは知っとるよ?」

橙「う~ん,藍さまに相談・・・」

マ「別にしてもいいが・・・自分で決められる子のほうがいいの」

橙「う~ん,確かに,この場合,私が失敗しても試合はひっくり返らない・・・
  わかりました。勝負を挑みます。」

マ「えらいのう。しかし,化け比べは真剣勝負・・・
  負けてあげることはせんから,そのつもりでの・・・
  じゃあ,今日一日かけてわしに挑んでみい。楽しみにしとるでのう」

橙はマミゾウと勝負の約束をし,命蓮寺を引き上げる。紫に頼んで藍のところに連れて行ってもらおうと博麗神社に向かう。
丁度ばったり,命蓮寺の玄関で藍と出会った。
これまでの報告をする。

橙「・・・以上です。霖之助さんのポイントはあきらめるそうですよ。
  ポイント差は2ポイントです。マミゾウさん藍様を化かすって意気込んでいましたよ。」

藍「全く・・,私を化かす? 狸風情が? 人間を相手に正体を一発で見抜かれる程度の奴がか?
  馬鹿にして・・・私が閉じこもったらどうする気だ?
  ・・・そのための最後の作戦か・・・。過信しすぎだな。
  ふふふ,まあいいか,現在私は11ポイント,奴は9ポイント。
  ふっ,これ以上,奴のために時間を割くことも無いか・・・
  ・・・それだけかい? なにかありそうだけど?」

橙「あっ,え,え~と。・・・内緒じゃだめですか?」

藍「・・・橙,まさか化かされてないか?」

橙「それは無いです。ただ,ちょっと,約束があって・・・」

藍「なんだい? 約束っていうのは? 言ってごらん怒らないから」

橙「う~。 っ,マミゾウさんと・・・・化け比べの勝負の約束です。
  それ以上は言えません」

藍「・・・はぁ,別にやるなとは言わないが・・・
  どうやって化かすんだい?」

橙「ぬえさんに化けていきます。今日は二人は別々の行動しているので・・・チャンスは何度かあると思います。
  ・・・あと,藍さま,服を貸してもらえませんか?」

藍「服かい? 何でまた?」

橙「ぬえさんがうまくいかなかったら,藍さまに化けて怒鳴り込みます。」

藍「・・・それはすごい危ないぞ・・・」

橙「大丈夫です。攻撃をしてきたらその場でマミゾウさんの負けですから・・・
  ・・・だめですか?」

藍は考え始めた。作戦そのものには実現性がある。狸のことだから挑発には簡単に乗りそうな気がするが・・・
橙も成長している。真剣勝負なんて何回もできる機会はない。これで得られる経験と負傷のリスクを考える。
・・・負傷のリスクが減ればいいのだ。

藍「橙,化けて危険だと思ったらすぐに術を解く。これが守れないならだめだよ?」

念を押しながら,藍の持つ式神の一つ毘沙門天を渡す。
これがあれば,いかな,ぬえとマミゾウの二人がかりでも1~2秒程度の間を稼ぐことができる。
その間に術を解けばいい。流石に追撃は食わないだろう。

橙「ありがとうございます! 藍さま!!」

藍「我ながら・・・甘いか・・・橙,明日,命蓮寺に集合だからな?
  服は博麗神社に 1式 届けておく。
  折角だから,私も楽しませてもらおうか。
  ・・・念のため私はぬえを化かしておこう。
  橙,しっかり頼むよ。あと怪我だけは注意するんだよ?」

そんなことを言って別れる。一度戻って,服を変える。今着ていた服をそのまま博麗神社に届けた。
それからぬえを探しに出かける。
ぬえは・・・今どこだろう? 最終作戦は時計が大事だから・・・時計のある家を片っ端からあたればいい。
・・・程なくして,ぬえを見つける。阿求の家になんと,そのままあがりこんでいる。
化かしはほとんど終えたとはいえ,・・・美学というものは無いのだろうか。
藍はわざわざ慧音に化けると,阿求宅を訪問した。
中で居合わせる。が,そのまま素通りした。
目的は居間に設置された時計だ。
分針を確認する。咲夜の時計と照らし合わせるが15分だけ進んでいる。
・・・地道だ。外の世界ではそれこそ徒労に終わる。
外の世界では腕時計から電話から果ては炊飯ジャーなどと言ったものにも時計が仕込まれている。
しかし,ここは幻想郷,時計そのものの数が少ない。そして,精度が圧倒的に低かった。
十分程度は簡単に狂ってしまう。
今日中にすべての時計を狂わせることも可能だろう。
直すか直さないか一瞬迷ったが,結局直さずにその場を去る。
正確な時計なら咲夜の一つで十分だ。それに,三月精に酒を持っていって二日酔いにしてしまえば
作戦そのものをつぶすことができる。・・・むしろこっちの方がいいか?
匿名で三月精の家の前に一升瓶でも置いておけば十分である。後は勝手に飲んでつぶれるだろう。
・・・本当にこれが最終作戦だろうか? 抜け穴が多すぎる。
ぬえを化かすより,最終作戦の真偽を明らかにしたほうがよい。
難しい顔で考え事をしていると,背後から背中をつつかれる・・・ぬえか。
自分が隙だらけだったようだ,一呼吸置いてから振り向く。

ぬ「・・・なんだよ今の間は・・・」

偽慧「あーすまない。何の用かな?」

ぬ「別に~。時計がそんなに気になるかい」

偽慧「ああ,ちょっとね。なんとなく早い感じがするんだが・・・」

ぬ「別段,いつもどおりだろ? 気になるならいじってみれば?」

偽慧「いいや,やめておこう。そんなことより,君たちは化け比べの最中じゃ無かったかな?
  阿求の家で油売ってていいのか?」

ぬ「余計なお世話だよ。これでも作戦は順調さ。
  あ~そうそう,お前のスペルカード,明日返してやるから。ちゃんと来いよ」

偽慧「何なら,今でもいいぞ。」

ぬ「明日だよ。少しぐらい待てよ。困るものでもないだろうが」

偽慧「ふふふ,そうだな。明日までもう24時間も無い。ちょっとだけ我慢しようか。」

ぬ「そうしろ。明日は楽しませてやるから」

偽慧「楽しい? 聞けばもうとっくに勝負が付いているようだが? 狐の勝ちで」

ぬ「ぷっくくくく。そうだろうな,お前程度じゃな~。わからないよな。
  マミゾウ最後の秘策。あ~言えないのがもどかしいな。ま,「明日を楽しみにしてろ」ってことだ。」

ぬえが「じゃ,明日な」なんて言って消える。藍は慧音に化けたまま,お礼を言って出て行く。
最後の秘策か・・・ポイントを取るより先に,こちらを優先して確認したほうがいい。
本当に時間の錯覚が最後の作戦か・・・それとも他にあるのか・・・。
しかし,マミゾウは危険である。化け学の達人だから・・・他の連中と同じようには行くまい。
そうすると,残りで作戦を知っていそうなのは・・・ぬえしかいない。
たとえ,ポイントが取れなくてもこれだけは確認するしかない。
ぬえ相手にマミゾウに化ける。最終作戦の変更があったと告げ,そしてその内容を2人で確認する。
最終作戦というものが違えば,こちらのぼろが出るわけだが,作戦が違うことがわかるだけで
ポイント分の価値があると思う。
藍はマミゾウに化けるとぬえを追跡し始めた。

ぬえのにおいの痕跡をたどり,ぬえを捕まえる。

偽マ「おお~い,ぬえや」

ぬ「おおっと,マミゾウか? 何のようだ?」

偽マ「実はな,最後の秘策に時間の変更の必要があっての・・・」

ぬ「時間の変更・・・何でだ?」

偽マ「確実に奴のポイントをゼロにするためじゃ・・・」

ぬ「あ~,そうか,15分じゃ足んないのか? どのくらいだ?」

偽マ「30分じゃ。」

ぬ「・・・流石に30分はばれないか?」

偽マ「じゃからの~,三月精に もちっとがんばってもらおうと思っての
  酒を手土産にちょっと交渉してくるわい。ぬえよ悪いが・・・
  時計をも一回,狂わしてもらえんかの?」

ぬ「ま,マジか。しかたねぇな」

藍はぬえの顔を確認するが,素で信じているようである。
本当にこんなことが最終作戦だったか。三月精には強力な酒を渡しておこう。
きっと二日酔いで使い物にならなくなる。
・・・ついでだ。ぬえからもポイントを奪っておこうか・・・

偽マ「そうじゃ,三月精への手土産に正体不明の種も持って行きたいんじゃが・・・だめかの?」

ぬ「別にいいぜ。ま,どうせ連中じゃ使いこなせないだろうがな。」

そんなことを言いながら,懐から正体不明の種を取り出すとマミゾウへ手渡した。
マミゾウはほくそ笑んでいる。

ぬ「じゃ,これからまた人里を一回りしてくるぜ。」

偽マ「わしはこれから三月精にあいに行くぞい。」

そういって二人が別れる。これから渡す酒で三月精は使い物にならない。
藍のポイントは合計12P,マミゾウは9P,藍が化かされない限り,逆転はない。
・・・所詮狸だったか,細かい作戦がたてられないのだろう。警戒しすぎて損をした気分だ。
今日はこれで帰って寝よう。明日の負け犬・・・負け狸の遠吠えが楽しみだ。


・・・


時間は少しさかのぼり,橙がマミゾウを化かす機会をうかがっていた。
マミゾウは人間に化けると,明日の出店予定の店を訪れている。
時々,命蓮寺に戻って,明日の会場の準備を手伝っているようすだ。
ぬえに化けてマミゾウに接近を試みる。

偽ぬ「マミゾウ。順調か?」

マ「おお,ぬえか・・・順調じゃよ。
  すべての作戦は順調に動いておる。」

偽ぬ「そうか! 順調か! じゃあ俺もがんばるか!」

マ「次はどこに行くのかの? 後,何件じゃ?」

偽ぬ「ええと,後5件で,次は阿求の家だな・・・」

マ「そうかい,早めに次もお願いするわい。
  なるたけ早く人里の時計を狂わしてくれると助かる」

偽ぬ「? ああ,任せろ
  それよりマミゾウ,出店状況を確認したいんだが・・・」

マ「なんでかの?」

偽ぬ「狐が紛れ込まないかだ・・・気になってな・・・」

マ「なるほど,中々の理由じゃな・・・橙ちゃん・・・」

偽ぬ「!! ・・・ど,どこでそれを・・・」

マ「ん? ただのかまかけじゃよ? ほんとに橙嬢かの? 危ない,危ない」

へらへらと笑っているマミゾウからは本当に見破ったのかたまたまなのかがわからない。
橙は変化を解くとすごすごと退散するしかなかった。一体どこが悪かったのか・・・多分においだろう。
昨日,ぬえにつけてもらった匂いなんてもう落ちている。基本的にこれでいいのだ。
においを身につけなければ・・・においが原因と気付いていないことが演出できる。だから,最後の藍の変化に引っかかるかもしれない。においが本物だからだ。
もう一度,ぬえで仕掛ける。次もにおいは仕込まない。態度と姿のみ・・・すべては最後の変化につなげるためだ。
次は2時間後に挑む・・・・。


・・・


偽ぬ「ま,み,ぞ~。」

マ「なんじゃ? ぬえよ?」

偽ぬ「とりあえず時計は狂わし終わったぞ~」

マ「おお,そうかい。じゃあ,次の作戦を実行しようかい。
  ぬえや,橙ちゃんに化けてくれるかい?」

偽ぬ「ええ!? 何でまた?」

マ「狐をしとめる作戦じゃよ。」

ぬえは「・・・まってろ」といい,あっという間に橙に化ける。・・・この場合は変化を解いただけだ。
マミゾウがにんまり笑うと続ける。

マ「・・・ぬえよいつの間にか主,化けるのがうまくなったの~。
  ちょっと見せてみい」

マミゾウが手を伸ばしてくる。遠慮なくその腕の中にもぐりこむ。
さらにマミゾウが続けた。

マ「ちょっと,この小物をよく見せい」

橙の耳のピアスを取ろうとする。そこでようやく気が付かれていることに気が付いた。

橙「ちょ・・・やめてください!」

マ「もう少しじゃったんじゃがの~。おしいおしい」

橙「・・・危なかった・・・」

橙はこれで引っ込む。最後の作戦は夜,マミゾウたちの油断が最も大きくなるときに仕掛ける。
その間に風呂でにおいを落とさないといけない。
もっとも時間を空けて夜の23時ごろに仕掛けよう・・・。


・・・


夜の命蓮寺,突然怒鳴り声が響き渡る。
作戦の最終確認をしていた白蓮,マミゾウ,ぬえがあわてて飛び出す。
見れば正門に仁王立ちで藍がいた。
ムラサや一輪も飛び出してくるが,相手が九尾で,あまりの剣幕に手が出せない。
聞けば,橙を出せと猛っている。白蓮があわてて対応する。

聖「橙ちゃんですか?」

偽藍「そうだ! 早く返せ!! 汚い手を使いやがって!!
  マミゾウめ! 橙をさらいやがった!! まだ戻ってきてないぞ!!」

聖「ま,まさか」

マ「ぬれぎぬじゃ!! 誰がそんなことするかい!!」

偽藍「うるさい!! 昼間マミゾウを化かしに行くといってそれっきりだ!! ふざけやがって!!」

マミゾウが憎らしげに藍をにらみつける。偽藍は声が怒鳴り声で,目も怒っている・・・が,どこかおかしい。
本物なら・・・私が橙に手を出していたら・・・見かけた時点でもう飛び掛っているはずだが?
いや,それ以前に正面から怒鳴り込むことをするだろうか? もっと直線的に首を狙ってくるはず・・・
・・・正体は橙じゃないだろうか?
においは狐・・・だが薄い。
一つ,かまをかけてみよう。

マ「・・・わかったわい。橙嬢を連れてくるわい。
  じゃがな。決してさらったわけではないぞい。
  そこで,おとなしくまっとれ」

マミゾウが藍の顔を確認する。・・・藍の顔が一瞬凍りついた。・・・本当に橙だったか・・・逆に信じられんわ。
一瞬遅れはしたが当然のように早く返せと叫んでくる。
今の表情を読めたのは・・・わし以外にはいまい。
白蓮が驚いた表情で聞き返してくる。

聖「えっ,本当にいるのですか?」

マ「ああ,わしの寝床で寝ておるよ。ぬえも白蓮も一緒に来とくれ」

ぬ「ええ? どこに隠してたんだ?」

三人は藍をおいたまま,本堂を抜けてマミゾウの部屋に行く。

ぬ「なー マミゾウ,教えてくれ,どうやって隠してたんだ? どこにいるんだ? 教えてくれ」

マ「・・・んなもの,おるわけないじゃろ」

聖「??? どういうことですか?」

マ「結論から言えばな・・・今,来ている藍が橙嬢本人じゃ」

ぬ「・・・ガチで? 狐かと思った」

マ「わしも最初は狐かと思ったわい・・・まさかこんな手で来るとは・・・
  信じられんわい。すばらしい技量じゃ,弟子にしたいぐらいの実力じゃよ」

聖「それで,どうするのですか?」

マ「とりあえず,わしが橙に化けて出る。みとれ,化けの皮をはがすって言うのを見せてやるわ。
  ・・・白蓮,ぬえ,わしに合わせてくれ」

たちまちの内にマミゾウが橙に化ける。
この橙嬢との戦いは初手が肝心である。どんなにうまく橙に化けても相手が本人ではばれているからだ。
藍が橙であることを周囲に証明する。化けた橙をつれて白蓮とぬえが戻ってくる。

偽藍「遅かったじゃないか・・・で? マミゾウはどこにいったんだ?」

マミゾウが化けた橙が目配せする。ぬえがそれに答えた。

ぬ「ああ,白蓮がぼこぼこにしたぞ,けけけ」

聖「私は!・・・・ええ,ちょっとお灸をすえました。マミゾウさんは今,自分の部屋で眠っています。・・・物理的に」

ぬえもぬえだが,決定的に聖の演技力が足りない。
しかしこれでいいのだ。
橙の姿ではすでにばれているのだから。
いかにして虚をつくか・・・化け学の奥義の一つだ。
さて,姿がばれているとき,相手の化け皮をどうやってはがすか,
簡単なことだ。

偽藍「ふふん,そこの橙はどうせマミゾウだろう?
  早く,本物を連れてくるんだな」

白蓮が目を開く。この人は本当に・・・演技が下手だ。ぬえが面白がって顔を見ている。
藍の顔が安心したように笑っている。「化かしきれる」そんな表情だ。
虚を突くとしたら,安心したこの一瞬だろう。

偽橙「ママ~」

偽藍「ぶっっ!! ふ! は,はは,だ,誰だお前?」

偽橙「橙です。ママ」

偽藍「私がそんなこと言うわけない!!」

偽橙「じゃあ,なんていえばいいんですか?」

噴出すのを抑え切れなかった藍が馬脚を現す。「私が言うわけない」って本人であることを宣告したようなものだ。
白蓮やぬえが目の色を変えた。信じられない様子だ。
そのまま,藍に化けた橙は失言を続けた。

偽藍「私が藍さまを・・よぶ・・ときは・・・」

表情が切り替わる。自分の失言にようやく気が付いたらしい。
顔を真っ赤にしながら術を解いた。

橙「・・・いつ気が付いていたんですか?」

マ「ん~,いつといわれるとわからんの
  ただ,最初は完璧じゃったよ?
  わしも危うかったわ。じゃがの~詰めが甘かったの。
  出せぬものを出せるといわれて泡食ったじゃろ? そこで確信したわ」

橙「あの一瞬でですか? ・・・参りました。・・・これ,約束のピアスです」

マ「ほっほっほ,やっぱりいい子じゃな。・・・どうじゃ?
  わしに弟子入りせんか? 主ほどの才能なら3年でわし並になれるわい」

橙「いいえ,遠慮します。私の師匠は藍さまですから」

マ「ほっ,つれないのう。ま~仕方ないわい。
  そうそう,がんばった橙ちゃんにご褒美をやるわい」

そういって,腰に下げた帳簿を手に取る。やり取りを見ていたぬえの表情が変わる。
マミゾウは本気で帳簿を渡す気だ。

ぬ「おいっ!! マミゾウ,いくらなんでもそいつはまずいんじゃないか?」

マ「別にええよ。橙ちゃんには内緒じゃが,作戦があるでの」

橙「何ですか? その作戦って?」

マ「ほっほっほ,しらふじゃ語れんわ。
  どうじゃ? これから付き合わんか?
  話すのは無理でも,体験させてやってもよいぞ?」

橙「・・・私,お酒は・・・強くないです。少ししか飲めません」

マ「別にかまわんよ」

聖「別にかまいますよ。なに未成年に飲ませようとしているんですか?」

マ「堅いこといいっこなしじゃよ。・・・わかった。寺の外で飲むわい。
  そうにらむな。顔が怖いぞい。主の生きた時代に禁酒年齢なんて無かったじゃろうが・・・大目に見い」

聖「それはそうですが・・・自分の手に負える範囲でお願いしますよ?」

ぬ「いや,そんなことより,作戦ばらすなよ。負けちまうぞ?」

マ「わかった。わかった。まず,今日の化け学の反省から行こうかい。
  その後,橙ちゃんしだいじゃが・・・付いてこれたらぽろっとこぼすかものう。
  ぬえや,こぼさないように監視を頼むわい。ほいじゃ行こうかの」

そんなこといいながら,マミゾウはぬえと橙を連れ立って深夜の人里にのみに出かけていった。


聖の心配したとおり,酒豪に囲まれた橙はほんの1時間でつぶされて抱きかかえられて帰ってきたのである。

聖「・・・何考えているんですか!!」

マ「そう怒鳴る無い。すべては明日の勝利のためじゃ。」

聖「橙ちゃんは関係ないでしょうが!!」

マ「聖よ,関係あるぞい? 狐の大事なものってのはこの橙嬢じゃぞ?」

聖「それでもやってはいけないことがあるでしょう!! 幼子に酒を飲ませてつぶしてしまうなんて」

マ「お~,みんなそう言うな。まっ,その通りじゃろうな」

ぬ「聖,あんま言いたくないけど,こいつは自分の意思で付いてきて自分で飲んだんだぜ?
  自己責任じゃないか? ・・・それがマミゾウの作戦であってもだ。
  断っておくけどな,マミゾウは一切強制してないぞ。こいつ自身がおいしいと言って自分で飲んだんだ」

聖は頭をかきむしっている。酒には橙が飲みやすいようにマタタビを入れておいたが・・・言わないほうがよさそうだ。
酒に細工したなんてわざわざ言ったら,それこそ手がつけられない。

聖「マミゾウさん,今後,一切,そういうことは無しにしてください!!
  いかに飲むことが前提でも,節度を持って飲ませるようにしてください!」

マ「わかったわい。ま,今日はこれで仕舞いとするか」

橙を布団に寝かしつけるとマミゾウが笑う。最終作戦の下準備が完了したのだ。後は明日,狐をわなにかけるだけである。

-------------------------------化け比べ7日目 八雲 藍&橙のケース-------------------------------------------

朝,お天道様が顔を出す。一人早くに起き出したマミゾウは朝の念仏を遠くに聞き取る。
昨日ようやく,橙を手中にすることができた。強引に手中にしたら狐が黙っていないし,あせったら橙が警戒する。
・・・ポイントで負けていること。そして,狐が「ターゲットの持ちもの」を物であることに執着していること。
最後に,時間錯視が最後の作戦であると思い込ませること。真の最後の作戦で狐の大事なもの(橙)を奪い去ることで狐のプライドと一緒に勝利を手にする。
ここまで来るのに異常に手間をかけさせられた。しかし,ここまで周到に手を打たないと九尾をしとめるのはかなうまい。
ようやく伸びができる。後は最終決戦に向けた準備だけだ。予想にもしなかったが橙がとっても便利なものを持ってきてくれた。
作戦も運も時をも味方に付け,決戦を挑む。必ず勝つ。ボロクソに泣かしてやろう。


・・・


博麗霊夢はいつもどおり,起き出すと朝の神事を執り行う。そしていつも通りに日課をこなしていく。
・・・朝食を食べ終わるころ魔理沙が現れた。目が真っ赤になっている。

霊「どうしたの? それ」

魔「うっさい!! そんなことより,今日は化け比べの発表会だろ? 霊夢はいつ行くんだ?」

霊「集合はいつだったけ?」

魔「11時だぜ。化け比べの終了は正午だな。」

霊「ふ~ん11時か。じゃあそれまで日向ぼっこしてましょう。」

魔「正気か? 正午までに取り返さないと博霊の巫女様が化かされたことになるんだぜ?」

霊「う,う~ん。私的には取り返さなくってもいいって言うか・・・」

魔「馬鹿っ お前,妖怪退治専門家の自覚はあるのかよ。いいか,命蓮寺での11時からはチャンスなんだぜ?
  考えてみろ! 集合が11時で,試合終了が正午だぜ?
  つまり,集合した11時から正午までは取り戻していいことになってるんだ。紫の最後の抜け穴だぜ?
  それに関係者全員集合ってことは,狐も狸も制約上命蓮寺に姿を現さないといけない。ラストチャンスだ!!」

霊夢は困っている。取り返したりしたら密約した奉納物が消えて無くなるかもしれない。
自分ではがめついことを自覚しながら,取り戻しに行くことをためらってしまった。
それでも,なぞの魔理沙の熱意に押され,予定より随分早く命蓮寺に向かっていく。


・・・


妖「幽々子様,お願いします!!」

白玉楼では妖夢が幽々子に土下座している。もちろん,刀の奪回にむけて手助けをお願いしているのだ。

妖「刀が・・刀がないとどうしようもありません!! 幽々子様を守ることもできないんです!!」

幽々子はそれをなんとも微妙な表情で見ている。噴出すのを必死に無表情でこらえている状態だ。
刀が無い・・そのおかげで,妖夢が暴れることも無く。剣術の指南も無く。
まさしく平穏無事の一週間だった。こんなことなら,もう1年でも預かっていてほしいぐらいである。
ただ,もう限界が近い。必死の妖夢がかわいすぎて噴出しそうだ。
・・・大体,幽々子は刀を持った妖夢よりも強い。剣術は教えてもらうだけ無意味だし・・・それ以前に刀を持った妖夢が危なくて仕方ない。
妖夢の願いとは裏腹に,どうやったら刀の返却が遅れさせられるかを必死に思案しなくてはならなかった。


・・・


神「いよいよだね」
諏「ああ,いよいよだね」

早「・・・なにがですか? もうとっくに化かされたんですが・・・」

神「ふふふ,ちょっとした賭け事さ。私は狐の勝利に」
諏「私は狸の勝利に,一週間分の晩御飯のおかずをかけたのさ」

早「・・・正気ですか? 喧嘩しないでくださいね?」

神「わかっているよ」
諏「そのぐらいの分別はあるよ」

ため息をつく早苗をよそに時計が9時を回る。
守矢神社は人里から遠い。そろそろ出発しないと面白いことを見逃してしまう。


・・・


レ「そろそろじゃないか?」

咲「なにが・・・でしょうか?」

レ「とぼけるなよ。化け比べだ・・発表会は今日だろ?」

咲「それはお嬢様の予定に入っていませんが?」

レ「ふっ,くくくっ,ッカカカッ お前,化かされたよな? 何をとられた?
  今日は主として下僕の物を取り返してやろう」

咲「・・・どうでもいいものです。お嬢様の手を煩わせるほどの物ではありません」

レ「そういうな。下僕の面倒を見るのは主たる私の仕事だ。それとも主の仕事にでしゃばってみるか?」

咲「・・・少し考えさせていただけますか?」

レ「ほう・・珍しい。口答えとは・・おもしろい。
  いいだろう。私は門番と遊んでくることにする。」

咲「美鈴ですか?」

レ「ふっくくく,私が寝ていると思ってあんなことを相談していてはな~
  咲夜,私は地獄耳だぞ? 隠し事など通用するものかッ!!
  自分への罰もいいが・・・本当に大事なものは渡すべきではない」

そういって窓から日傘を手に飛び出していく。
間髪いれずに門番の悲鳴が聞こえた。


・・・


永遠亭を出発した永琳と輝夜は妹紅と慧音に出くわす。
日ごろから犬猿の仲なのだが,今回は二人とも連れがいる。
いきなり殴り合いを始めるわけにも行かず。にらみ合ったまま命蓮寺に向かう。

輝「ねぇ,妹紅。賭けをしない?」

妹「・・・お前と? 何をかけるんだ?」

輝「今回の決闘分の勝敗よ。賭けに勝ったほうの勝ちで」

妹「ほほう,なるほど,賭けに勝ったら問答無用でぶっ飛ばせるってことか・・・」

慧音が妹紅のほうをにらむ。妹紅があわてて言い直した。

妹「・・・じゃなくて,一回命令を聞くってのはどうだ?」

輝「う~ん。ま,いいか。そうだ。永琳,あなたも混ざらない? どうせ暇でしょ?」

永「・・・何で賭けますか?」

輝「ずばり,今日の化け比べの勝者よ。狐か狸かで」

妹「ふ~ん,単純に狐の勝ちだと思うぞ?」

輝「ふふん,あなたは狐にかけると・・・永琳あなたは?」

永「私ですか? そうですね・・・じゃあ,おあいこということで引き分けにかけましょう」

輝「引き分け? なるほど,では私は狸の勝利にかけますか。慧音さん,あなたは?」

慧「私も参加なのか? そうだな・・・あの二人の仲の悪さを考えると・・・無効試合・・・勝負そのものの消滅では?」

輝「ふふふ,誰もかぶせないのね? 楽しみだわ」

妹「自分で仕掛けておいて後で無しなんていわせないからな?」

輝「それはこっちの台詞よ。負けても逃げないでね? 妹紅」

人里への道すがら,これまでの経緯を確認しながら,この勝敗を占いながら歩く。
ああ,早く正午にならないものだろうか?


・・・


命蓮寺では朝か屋台が準備を始め,決戦の舞台が萃香によって組まれている。
舞台はあっという間だ。どこかであらかじめ作っておいた部品を萃香の能力で一気に組み上げる。
後は舞台の特等席で萃香が楽しそうに酒を飲んでいる。
人間も負けてはいない9時ごろにはすべての出店の準備が終わり,おいしそうなにおいや楽しそうな音があふれ出した。
今日は祭りである。

マ「いや~すごいもんじゃの~」

伊吹萃香「そうだろ? 後片付けも任せておけ。ちょちょいと倉庫にしまっておくからさ
  それより・・・楽しませてくれるんだろうな? 実のところかなり期待している」

マ「もちろんじゃ,もりあげてみせるぞい」

萃「そうか! じゃあ,後は決戦の火蓋が落ちるのを待たせてもらおう。こんな楽しいことはみんなで騒がないとな・・・」

そういって,萃香は持ち前の能力で客を集め始める。屋台も出揃い,観客を受け入れるだけの準備が整っている。
今日は妖怪も人間も無礼講。さあ,楽しい時間の開幕だ!



霊「いや~盛況ね。これなら博麗神社で発表会にしてもらうんだったわ」

魔「霊夢,何のんびりしているんだよ。早く狐と狸を見つけないと!」

霊「う~ん。無理じゃない? こんな人ごみでしょ? どう考えても無理よ
  それとも片っ端からのしてみる?」

魔「そこはお前の直感で・・・」

霊「いや,直感で無理と思ったんだけど・・・」

魔「がくっ! 何だよそれっ! 連れてきた意味無いじゃんか・・・」

霊「多分,狸の戦術でしょうね。今日の化け比べの発表会を人里に,幻想郷全体にわざわざ知らせたのは・・・
  こういうことをするためだったんでしょうね。おそらく萃香を引き入れたのも狸のはずよ。
  萃香は萃香でお祭りが大好きだから,惜しげもなく協力してるでしょうね」

魔「くそう。私はあきらめないからな!」

そう言って魔理沙は人ごみに紛れ消えていく。霊夢は霊夢らしくこのお祭りを楽しむつもりだ。
時間がたてば,勝手に集まってくるはずである。それまでは喧騒と祭囃子を堪能しよう。

妖「なん・・ですか。この人ごみは・・・」

幽「あら~これじゃ取り返すのは無理ね。流石に巻き込んじゃうわ。」

そんなこと言いながら幽々子の視線は出店に移っている。お好み焼きに,焼きそば,綿菓子,お酒もある。
妖夢が振り返ったときにはすでに姿が無かった。

妖「あっ!! 勝手に,どこに行ったんですか!?」

幽「妖夢,あとでね~」

遠くで声は聞こえるが完全に姿が消えた。もはや打つ手が無い。妖夢は人ごみに一人さびしく置いていかれてしまった。

レ「よう,霊夢。お前も化かされたのか?」

霊「あら,昼間にお出かけ? 危ないんじゃない? 特に日光が。
  それにその門番は何?」

レ「お気遣いなく。この門番はいわゆる 裏切り者の末路というものだ。」

咲「もうそのくらいで許してあげたらいかがですか?
  別段,たいしたものを取られたわけではありませんので・・・」

レ「お前だって最初はムキになってやり合っていたじゃないか・・・まあ,いいか
  衆目に十分さらしたし,反省しただろ」

咲夜が美鈴を助け起こす。美鈴はあざをさすりながら苦笑いしている。
レミリアが何かを言いかけて,突然命蓮寺の正門をにらみつける。
神奈子と諏訪子だ。早苗をつれて祭りを楽しみに来たらしい。
神奈子も諏訪子も,視線に気付いてニヤニヤとした笑みを送ってくる。レミリアが過剰に反応する。

レ「なんだ? 貴様ら?」

神「べ・つ・に~」
諏「く,くくく,ああ,関係ないことさ」
神「ただねぇ。いくら自分の部下といっても自分の手で引きずり回してはね~」
諏「・・・滑稽だよね? わめきながらぼろ人形を引きずり回しているお嬢様を想像するとね~」

レミリアの感情が瞬間的に発火する。
ちょっとした刺激一つで魔神の魔力を発揮する。
しかし,神奈子も諏訪子も楽しそうだ。「お祭りはこうでなきゃ」なんて,ドサクサにまぎれて全力を出すつもりだ。
結界は神奈子が張り,諏訪子がミシャクジを・・・

紫「そこまで!!!」

紫があらわれる。紫にしてはめずらしい非常にあせった表情だ。
紫が怒鳴り声を上げている。

紫「レミリア! あなた! 紅茶会で約束したでしょう? 人里では暴れないって!!
  神奈子! 諏訪子! もう騒ぎは起こさないはずじゃなかった?」

レ「黙れ!! 茶々入れるならお前から先に・・・」

レミリアがようやく周りの状況を把握する。

神「あちゃ~ こりゃまずいね」
諏「紫に,聖に,萃香に,ぬえに,幽々子も・・・この分だと永琳まで来そうだ」
神「順番にやっても最後まで体力が持たないね」
諏「楽しそうなんだけどね・・・仕方ない。負けたら信仰が落ちるか・・・」

レ「ぐっ,ぎぎぎぎ,貴様ら,見世物じゃないぞ!!」

神「見世物だよ。私もお前もな。強者をぶちのめし神の威厳を示す」
諏「そうさ,強敵を押しのけてこその信仰の獲得だよ,人前で,名の知られたものを倒す。できるだけ派手にね」
神「・・・でも流石に,これだけの面子を倒せるなんて思うほどうぬぼれていないさ。」
諏「私たちもお祭りに参加したかったんだけどね? おとなしくしていないと追い出されそうだ」
神「強いと不自由だな・・・全力で遊ぶこともできん」
諏「レミリア,あやまるよ。からかって悪かった。
  ・・・だから,夜の王の度量を見せてくれないかな?」

レ「ぐぐっ 貴様ら馬鹿にしやがって。ちっ!!
  咲夜!! もういい!! 行くぞ!」

レミリアが不機嫌を顔に噴出させながら歩いていく。咲夜と美鈴が後に続く。
紫が守矢の2柱に説教を食らわせている。

・・・全くこれだから幻想郷の祭りは気が抜けない。
博麗神社の飲み会だって参加者を決めるだけで胃が痛いのだ。
吸血鬼は呼べば呼んだで騒ぎを起こすし,呼ばなければ暴れる。
他の連中も同様だ。
そんな奴らを抑えるために日ごろから紅茶会や酒宴やお花見なんて言って外交しないといけない。
当たり障りの無い会話から,連中の不満をすくい上げ,時に無茶な要求を跳ね除け,一触即発の雰囲気で冗談の一つもさらっと言えないといけない。
相対性精神学の研究成果だ。自らの望むものを,望む思考を相手にさせて,コントロールを行う。
しかし,レミリアはかかりにくいし,かけたところですぐ解かれる。守矢の神はかけられていることすら楽しんでいるようである。
永琳は・・・かけようとしたら一発でこちらの思考まで見抜いてくるだろう。
故に,常,日ごろからお茶会や飲み会や酒宴,祭りを行い,行わせている。頻繁に監視および修正をかけないといけないのだ。
不平,不満をなるべく回収し,ガス抜きを行わせる。なるべく穏便にだ。
これが紫の仕事,幻想郷の内面の管理だ。・・・ただ,外面と違って仕事ぶりが外に現れない。
毎日飲んでいるだけ・・・見た目の成果と評価が結びつかない。割に合わない仕事だった。
早く,藍にもこっちの仕事を手伝えるほどになってほしいのだが・・・
自分のガス抜きができないレベルのものには任せられない。紫が仕事抜きで幻想郷を楽しむ日々が来るのは遠い未来である。



輝「なにあれ?」

永「いつもの馬鹿騒ぎでしょう」

妹「うっわ~。はしたないわ~」

慧「・・・妹紅・・・他人のこと言えるのか?」

ようやく命蓮寺が見えるところまで4人が到着した。正門で,神様と悪魔が言い争っている。
内容は,・・・馬鹿らしい。目が合ったとか笑われたとか・・・チンピラか!?
輝夜と妹紅が自分達のことを棚に上げてあきれている。あっという間に悪魔が立ち去る。
紫が説教モードに入っている。・・・紫がこちらに気が付いた。

紫「・・・ともかく,全員そろったようね?
  言い争いはここでおしまい。11時に萃香が作った舞台に集合ってことで,それまでは
  紳士的に祭りを楽しんで頂戴。私は一度戻るわ。まだ時間もあるし・・・もう一眠りしないと・・・」

紫が大あくびしながらスキマに入ろうとする。それを永琳が呼び止めた。

永「紫さん,お疲れですか? 睡眠薬,強力な・・・鬼でも1年間目が覚めない奴持ってるけど・・・使う?」

紫「ちょ・・・遠慮しておくわ・・・」

永「じゃあ,この超強力栄養剤なんてどう? 一年間無休無補給で全力ダッシュできるわよ?」

紫「な? なにその嫌がらせ?」

永「ふふふ,ほんの些細な嫌がらせですよ。月人も意外とプライドが高いってことです。
  ・・・ま,本当の相手はあなたではないけど,飼い主だし。責任取ってもらわないと・・・
  折角だから,飼い主のプライドを粉々にするのも悪くないかな? なんて考えてるんです。
  どうです? 月見の会に招待しますよ? 来て頂けませんか?」

紫が引きつった笑顔で,永琳が珍しくニッコリ微笑んでいる。普段,感情を表に出さない永琳が,純粋に楽しむような笑顔である。
逆にそれが恐ろしい。
あわてて,紫が藍の名前を叫びながらスキマに消えた。
紫が姿を消すと永琳がため息をつく。これで当座の仕返しは済んだ。後は勝手に紫が藍をボコボコにするはずである。

輝「・・・永琳何やってんの?」

永「ふふっ,狐に対するささやかな仕返しですよ。」

輝「うん?」

妹「今の紫だろ? ボケたか?」

永「ふふ,くっ,はっははっははは・・・。
  あ~・・・,私はボケか・・・ふ~んこれがボケねぇ・・・。
  まあ,気にしなくていいわ妹紅さん。
  さあさ 姫,お祭りを楽しみましょう」

永琳の手に引かれて輝夜が人ごみに入っていく。なんだか手を引く永琳のほうが楽しそうだ。
こちらも負けじと妹紅は慧音の手を引いて祭囃子の中を駆けていった。


・・・


紫「藍・・聞きたいことがあるんだけど?」

ここは幻想郷のスキマ,八雲亭である。
八雲紫が藍を見つけて問いただす。

藍「何でしょう?」

紫「あなた,もしかして永琳を化かしてきた?」

藍「? ええ,化かしましたよ」


藍はそういって薬袋を掲げる。宛名は阿求となっている。
紫の目が怒っている。

紫「それじゃないわ。もっと別の物よ・・・かくしごとは無しよ?」

藍がさも大げさに永琳から奪ってきた弓矢を差し出す。

藍「竹林に落ちていました。月の武器かと思います。もしかして,これが永琳の物ですか?}

紫「・・・あなたでもとぼけるのね・・・
  でも,それは,いけないことだわ・・・
  私の気が変わらないうちに本当のことを言いなさい」

藍「・・・愚痴ですか? お小言ならいくらでも聞きますよ?」

紫が怒った。有無を言わさずに張り倒す。
地面に仰向けに寝そべって藍が非難の声を上げる。

藍「ちょっと理不尽ではないですか?」

紫「あんたのせいで・・・私は永遠亭の月見の会に参加しなきゃいけないの・・・
  わかる?」

藍「それはそれは,ご苦労様です。」

紫は藍に馬乗りになるとさらに体重をかけて締め上げる。

紫「わ・か・る?」

藍「本当に・・・ご苦労様です・・・
  わかっていますよ・・・すみませんでした。
  でも,私にも譲れないときがあるのです。」

紫「化け比べのこと? ・・・でもあなた狸と協力してたわよね?」

藍「それよりも大事なことです・・・
  ・・・私たちを前に・・・化かされない相手などいてはならない・・・
  たったそれだけのことです」

紫「そのためだけに,私は月見の会に参加しないといけなくなったと?
  月の頭脳相手に,痛くも無い腹の探りあいで頭を悩ませと?」

藍「・・・そうです」

紫「あんたねぇ,下僕の癖に飼い主の手間を増やす馬鹿がどこにいるの?」

藍「ここです・・・」

紫「ぐっ・・,ガス抜きは・・・まだ終わらないのかしら?」

藍「狸に完勝するまで抜けません。膨れる一方です」

紫がうなって頭をかきむしる。得意の計算をしているのだろう。

紫「藍,確認だけど・・・二言は無しよ?
  勝てばよいのね?」

藍「ええ,狸の策をつぶし,完勝する。
  狐は狸よりも優れている。・・・すべてにおいて!! 
  それが示せれば・・・不満はありません・・・」

紫「わかった・・・
  私も・・・協力する・・だから,さっさと片付けなさい・・・」

藍「・・・結構です。手助けなどいりません。
  狸の策はすでに把握しております。
  叩き潰す策さえも・・・手配済みです。
  私一人で,十分です。」

紫「では十二分としましょう
  藍,狸の策を説明しなさい。」

藍「・・・不要・・」

紫「口答えは無用!! 藍,私の式神なら勝つ覚悟を持ちなさい!!
  今回はいい機会だわ!! 私たちはいかなる外敵にも負けてはならない・・・
  幻想郷のためよ!! 「いい勝負だった」なんて言い訳は聞きたくないわ。
  いかなる手段を用いても・・・必ず勝つ・・たとえ汚い手段だとしても・・・
  今からそれに慣れておきなさい・・・」

藍「・・・・はっ・・・」

時刻は11時に迫る。


・・・


化け比べもいよいよ残り時間が少なくなってターゲット同士が集まり,情報交換している。

霊「ふ~ん,狐が11ポイントで,狸が9ポイントか・・・もう,藍の勝ちで決まりね」

魔「いいや,藍の勝ちとは限らないぜ? まだ取り戻す時間は1時間以上ある!!
  逆転の可能性は十分にあるぜ?」

妖「そうです!! いくら九尾といえども これだけの人数でかかれば・・・」

咲「・・・本当にそうでしょうか? 大体,永琳さん,協力する気はありますか?」

永「無いわよ。自分の失態は自分の責任。私には良い経験だったわ。この年で出し抜かれるなんて
  滅多に無いことだから・・・」

輝「私も協力はしないわ。だってとっても面白かったんですもの」

妹「俺も今回はやめとく。これ以上,ポイントをいじくりまわしたくないしな」

慧「・・・妹紅,おとなしくなったかと思えば,結局それ(賭け)か・・・」

早「私も今回ばかりはやめておきます。ポイントはほとんど勉強代みたいなものですから・・・
  あと,下手にポイントをいじって,「早苗はどっちの味方か!」なんて責められるのはごめんです」

霖「取り戻したがっているのは魔理沙と妖夢だけってことだね?」

魔「こ~りん! お前のためでもあるんだぜ!?」

妖「そうです!! 皆さんのためでもあるんですよ!? 大体,悔しくないんですか!?」

霊「いや,別に帰ってこないわけじゃないし・・・悔しさって言われてもね。正直実感無いわ~」

咲「私は悔しく無いわけではないんですが・・・悔しいなんていったらお嬢様が・・・その,大暴れするので・・・,自粛しますわ」

魔「何なんだお前ら,まあいい,まだ白蓮がいる!! 狸は知らんが・・・狐のポイントを削るのには協力するはずだ!」

妖「そうか! 白蓮さんがいたか! 刀が一本あれば・・・狸なんぞ・・・」

聖「・・・物騒な話ですね・・・あらかじめ断っておきますが・・・協力しませんよ?」

いつの間にか白蓮が現れた。化け比べの関係者を舞台に呼ぶために来たらしい。予定よりも15分ほど早いが・・・それに気付いたものはいない。
今回のターゲットたちはみな,舞台の上に立たされる。舞台から見えるのはすさまじい数の観客である。
妖精も,妖怪も,人間もお祭り騒ぎになったイベントに群がってきた。

魔「うおっ!! こ,こんなに集まってたのか?」

妖「は,早く取り返さないと,大恥をかくことに・・・」

霊「いや,もう無理でしょ。暴れたら観客に被害が出るわよ?」

咲「・・・狐はどこかしら?」

聖「ああ,すぐ来られますよ。ほら,あそこです」

聖が指差す方向にスキマが見える。境界を通して紫と藍が現れた。
なにやら話し合っている。

紫「ふ~ん,確かに早いわね。逆利用するか・・・」

藍「・・・審判とグル・・・って言うのは一番恐ろしいトラップ・・・」

紫「馬鹿!! 口に出すんじゃないっ!!」

藍の目は非難めいた視線だ。紫はそれを片手で黙らせる。
聖が何を話しているのかと目線で聞いてくる。何でもないと手を振りながら,狸の入場を促す。
紫も協力する以上は手を抜くわけには行かなくなった。藍のガスを抜き切らないと今後に支障をきたす。
そして,勝利の苦さも覚えさせる。・・・いい機会だ・・・。
狸の最終作戦が時間錯視ならば紫の策は審判とグルが最終作戦だ。
ぬえも狸も立て続けに入場してくる。
さあ,最後の仕上げである。

紫「では,一同そろったところで・・・ポイントをカウントしましょう」

先手を紫が取る。時間錯視だろうが,なんだろうが,ここで私が協力してポイントを確定させる。
もはやマミゾウに逆転は無い。

ぬ「えっ? ちょっと待てよ。まだ・・・」

マミゾウがぬえの口を手で押さえる。

マ「どういうことかな? 紫殿?」

紫「ポイントのカウントよ。別段今カウントしても問題ないでしょう?
  化け比べの終了は正午だけど・・・
  ほら,妖夢ちゃんを見てみなさい。今にも飛び掛ってきそうよ?
  それに観客席にレミリアも,神奈子もいるし,観客を集めるのはいいけど,
  ここで取り返しても良いなんて言ったら・・・大惨事よ。
  一種の安全対策と思ってくださいな。
  ねぇ? うっかり,人里にこんなイベントをもらした狸さん?
  それに,ポイントのカウントの開始時間はどこにも明記していないわ。」

マ「・・・ふっ,お見通しってことかい」

ぬ「・・・なんだって!? おっ,おい,最後の作戦は? どうするんだ?」

マ「どうやら,やられたの,紫殿が協力するらしい。」

ぬ「ば,ばかな。あんなに準備したのに・・・」

マ「・・・仕方あるまい。紫さん,このことは良く覚えておくぞい」

紫「物分りがよくて大変結構です。では,観客のみなさん。化け比べのポイントを皆さんで確認しましょう」

マミゾウは,もはや泣き崩れそうなぬえを支えている。ぬえにはここ数日いろいろ頑張ってもらった。
それがすべて水泡に帰す。悔しさと無力感で崩れるには十分だろう。陽動をやらせていた自分が言うのもなんだが,流石狐だ,汚い,やり方が汚い。

白蓮を見るが,もはやお手上げといった表情だ。してやられたというより,こんなに汚い手段で勝ちに来るとは思いもしなかった。
紫と藍・・・いや,紫がマミゾウの作戦を真正面からつぶしに来る。ポイントのカウントを早められると最終作戦など無意味だ。
まず,妖夢に刀を返す。妖夢は耳まで真っ赤に染めて「・・・貸しただけです。 ・・・ほんと・・です」なんて虚勢を張っていた。

魔「くっそ~,ラスト1時間は取りかえしてもいいんじゃないか?」

紫「う~ん,観客がいなかったらね それも良かったんだけど・・・
  この人ごみでしょう? 無茶はできないわ」

そう言って狸のほうを見る。まるでマミゾウが悪者のような態度だ。
狐が魔理沙に八卦炉を返却する。マミゾウもほうきを返した。
次は咲夜だ。

咲「藍さん,今回のことはよ~く覚えておきますわ」

藍「・・・ああ,全く,そのとおりだな。私も少し後悔しているよ・・・。
  ・・・君の場合,君のミスで主人が暴走する。
  いつも,完璧に瀟洒に頼むよ」

そう言って,時計を返し,再度受け取る。・・・そういえば橙の姿が無い。早く始めすぎて集合に間に合わなかったか?
紫にせかされたせいで,全く気が回らなかった。
マミゾウもナイフを返す。こちらはそんなに辛辣な雰囲気ではない。
続けて早苗が出てきた。彼女に返すのはカエルの髪飾りだ。マミゾウも蛇の髪飾りを取り出す。
ふと,思い出して早苗に渡す前に聞いてみる。

藍「・・・そうだ。早苗さん,直感の正体って気にならないかい?」

早「・・えっ? どういうことですか?」

藍「警報機って言い換えてもいいかな。君の言葉ならプライベート侵害装置か」

藍がカエルの髪飾りを掲げると飾りの口の部分に力をこめる。
観客から見えるように・・・わざとらしく・・・
今まで笑ってみていた守矢の神が突然大声を上げた。

神「おいっ!! ちょっと待て!!」
諏「それを壊したら反則だぞ!!」

藍はそれを確認すると早苗に髪飾りを手渡した。早苗は白い目で神を見ている。
まさか,思い出の品に仕掛けられているとは夢にも思わなかった。大体,小学校のときからのお気に入りだ。
いつでも身に着けていた。つまり,小中高全部,筒抜けだったってことだ。この分では蛇の髪飾りにも・・・
マミゾウから手渡された蛇の髪飾りを弄り回してみる。こっちも口の中に異様に硬いものが入っている。
早苗の目がきらりと光る。

早「お二人とも,今後,一週間,夕飯のおかずは無いと思ってください。
  賭けの結果がどうあろうと,喧嘩のもとはこれで消滅です!!」

神「うぐっ!!」
諏「き,九尾め!! よくも・・・」

藍「化け比べを利用してくれた御礼ですよ。
  快く,受け取ってくださいな」

何かを言いかけた守矢の神を早苗が冷たい視線で黙らせる。空気を読んだのか間髪いれずに霊夢が出てきた。

霊「全く,あの連中は騒がしくていけないわ・・・さっ,早く髪飾りを返して頂戴」

藍に向かって手を伸ばしてくる。目が笑っている。藍の耳元で「報酬はわかってるでしょうね?」なんて言ってくる。
藍も思わず笑ってしまった。「ええ,覚えていますよ。お酒ですね?」とリボンを返却する。
初めて博麗の巫女の目の色が変わった。「ちょ・・・どういうこと・・・?」などと口から漏れる。
霊夢があわててマミゾウを見る。マミゾウは本来,今,霊夢が手にしていないといけない髪飾りを手にしている。

霊「・・・やられた・・!」

霊夢の顔が見る見る真っ赤になる。

藍「そんな顔をするな。流石,博麗の巫女,手ごわかったぞ。お酒は奉納ではなく,
  私の純粋な賞賛の証として送ろう」

マ「博麗の巫女さん,あんたすごかったぞい。わしも献上品として米は必ず渡すぞい」

霊「・・・ぐっ!! いらないわよ!!! 覚えてなさい!!」

霊夢はリボンと髪飾りをひったくると羞恥に染まった顔で観客席を飛び越えて会場を去っていった。


霖「めがねに傷は・・・ないね」

藍「当たり前ですよ。傷を付けたら失格ですから・・・それより,本当にマミゾウには化かされていませんね?」

霖「ええ,マミゾウさんにここで返してもらうものはありません」

藍はマミゾウを見るが,そっぽを向かれてしまった。本来ならここで,悔しがらせるはずだった。
紫が介入したせいで・・・白い目で見られている。狸からの羨望のまなざしだけが私の心を満たしてくれるというのに・・・

紫「ちょっ,何をしてるの!?」

紫にせかされ,慧音にスペルカードを返却する。向こうはぬえがスペルカードを返却している。
ぬえは半べそをかいている。恨みがましい目でこちらをにらんでくる。
本来なら,単純に実力で上回られたという驚嘆と畏怖の視線がここで得られるはずだったのだ。
しかし,そんなものはもう手に入らなくなってしまった。
妹紅が出てくる。彼女にはリボンを返却する。

妹「ははは,これでお前の勝ちは決定だな!!」

こちらの気も知らないで,声援を送ってくる妹紅が恨めしい。
気持ちをおくびにも出さずなんて高等な芸当はできない。ついつい嫌味が出る。

藍「化かされた挙句に随分余裕ですね?」

妹「なんだよ? その態度は! こっちは化かされてやったんだぞ?」

藍「両方に化かされていては世話はありません。どうせなら私にだけ化かされてほしいものです。」

妹紅に舌打ちをくらいながらポイントをカウントする。現在8ポイント,狸は7ポイントだ。
・・・紫の策など必要なかった・・・普通に勝負したところで・・・必ず勝てる。
確かに八雲を冠する者に必要なのは勝利という結果のみ・・・しかし,真正面から勝てるときにわざわざこんな手段をとる必要は無い・・・。

紫「何してんの?! 次! 次よ! 藍!!」

紫に強引に視線を戻される。輝夜が出てくる。

輝「・・・ふ~ん,私は手紙に「火鼠の皮衣」か,あの時のてゐだったのね。」

藍「・・・あの時は狸と共同戦線を張っていたからな・・・」

輝「まっ,そんなことなどどうでもいいわ
  ・・・そんなことより,マミゾウさん,勝てそうかしら?」

マ「んん? 今はなんとも言えんの。
  まだ勝負の途中じゃしのう。
  今の段階では狐の勝ちかの?」

輝「くっくっく,今はね。そう,今はそうかもね」

そう言って輝夜が下がり,永琳が出てくる。

永「全く,つまらないことで・・・早く返してもらえますかね?
  あれは,あなたたちに扱える代物ではないので」

紫「ええ,もちろんですわ」

紫が早く出すように藍に指示を出す。藍は紙袋を取り出して手渡す。
宛名が阿求になっている。紫が語調を荒げる。「それじゃない!! いい加減になさい!!!」
しぶしぶ弓矢を取り出して手渡す。

永「・・・随分,悔しそうですね。私を化かしたくせに・・・
  嫌味の一つも言ったらどうですか?」

藍「そんな気分じゃない・・・
  永琳・・・お前なら分かるか? 必ず勝つ・・・なんて無味乾燥なこと」

永「くっ,くくくく,ぶっはっははは,
  ・・・あ~失礼。
  未熟者の癖に生意気なことを・・・
  そんなことは私に百戦百勝してから言ってほしいわね。
  それに大体,決着は正午でしょう? まだ1時間弱あるのよ。
  気を抜かず,知略の限りを尽くし,偶然をすべて排除する。
  呼吸をするように勝つ・・・紫や私ですらその領域で無いのに・・・油断が過ぎる。」

永琳は弓矢に触れると機能を失わせたらしい。紙袋のほうを取るとそのまま引き下がっていった。
弓矢は永琳を化かした報酬らしい。危険性さえなければ誰が持っていてもいいのだ。
マミゾウからも紙袋のみを回収する。薬箱はもっと良いものを自ら作った。
あの時盗られた薬箱はもはや不要だ。

気付けば白蓮が目の前に立っている。
狐から飛倉が返却される。

藍「君はもう少し,警戒するとか,疑いを持つということをしたらいかがか?」

聖「・・・もう少し,きれいに勝ちに来ると思っていました。なぜです?」

藍「・・・言えないな・・・。無用の詮索というものだよ。
  ・・そちらは時間の錯視だったかな?」

聖「筒抜けですか・・・」

藍「まあね」

聖「はぁ,では最後のマミゾウさんの策に期待しましょう」

藍「? 何?」

聖「ま,お気になさらず・・・ マミゾウさんの頭の中だけで考えてるだけのようですから
  内容は誰も知りませんよ」

藍「なんだと?」

聖「ふふ,今の驚いた顔・・・中々ですね。私も化け学を習ってみようかしら」

そんなことを言って,白蓮が飛倉を手に下がっていく。これで11ポイント確定・・・それよりもマミゾウ最後の策だと?
・・・そういえば,マミゾウは・・・おとなしすぎる。・・普通こんな風に策をつぶされたらうらみごとの一つでももらしそうだ。
マミゾウを見るとそっぽを向かれた。・・・おかしすぎる。ぬえを慰めているその姿は,余裕綽々であることを示している。
藍は完全にマミゾウに視線を奪われ,マミゾウのしぐさに視線を釘付けにされた。
そうして,藍はぬえを慰めているマミゾウの口の端がゆがんでいることにようやく気が付く。
・・・そうか・・・本当に,まだ策があるのか,紫の介入をも上回る策が・・・油断もすきもあったものではない。
ならば・・・手加減はいらない。紫の介入で負けてしまうような相手なら・・・
ぬえに追い討ちをかけるような手は使いたくなかったが・・・もはやそんな気遣いは不要である。

藍「あ~,そうそう,ぬえちゃん・・・これ・・・」

藍は正体不明の種を取り出す。
ぬえの表情がさらに変わる。なきそうになった目がさらに赤くなる。
ぬえを必要以上に刺激し,狸の策をあらわにする。
こちらからも仕掛けないと,受けのみにまわされたら下手をすると紫を味方につけても出し抜かれる。

ぬ「なんで・・お前が・・・そんなものを・・・」

藍「・・・30分じゃ,・・・時計をも一回,狂わしてもらえんかの?」

藍がマミゾウの声を出す。ぬえの瞳が驚愕で見開き,声が震える。

ぬ「お・・お前,まさか,あのときの・・・まみぞう・・・」

あまりの衝撃にぬえがへたり込む。ひざから崩れ落ちて,大粒の涙がこぼれる。

藍「どうしたんだい? いらないのかい? ぬえちゃん?」

ぬ「うっ,くっ・・・,ぜ,全部,おまえは おまえたちは
  知っててやっていたのか・・・」

藍「無駄な努力って中々の味だろう?」

藍はマミゾウをみる。
さあ,どう出る? マミゾウ。策があるなら,見せてみろ!
無ければこのまま叩き潰す。ぬえも一緒に敗北の苦汁を味合わせてや・・・。

マ「そちらがその気なら,こっちも奥の手を出そうかのう」

そう言って橙のピアスを取り出す。今度は藍の目が見開かれる。

マ「これで互いのアシスタントを化かしてポイントは12P対10Pだのう」

藍が引きつった笑いを浮かべながら,マミゾウを見ている。
やる,本当によくもやってくれるものだ。
このポイント差は・・・計算していたな!?
私を化かせば3ポイント・・・必ず逆転できるポイント差で決して離れない。
おそらく私が正体不明の種を出さなければ橙のピアスは出さなかったはずだ。
・・・来る! これからマミゾウの策が間違いなく!!

マ「ほほほ,紫さん。これでポイントはすべてカウントしたかえ?
  早速,化け比べを続けたいんじゃがの?」

紫「うん? もう,勝負は決したでしょう?
  藍は12P,あなたは10P。まあまあ,頑張ったんじゃない?」

マ「紫さん,正午まであと40分はあるぞい。
  そして・・・わしが狐に化け比べで勝てば逆転じゃのう?」

紫「あと40分で? 九尾を? 私の式神を?
  ふっくくくくく,あっははははは!!
  できるものならやってみなさい!!」

マ「おお,やってみせるぞい!!
  なんといっても,わしの作戦は狐を化け比べの時間内に
  この場所に引きづり出すことじゃったからな!!
  隠れられたら,化かせるものも化かせんわ!
  紫さん,協力感謝するぞい! 時間はたっぷり40分ある!!
  そのうえ,観客の目の前でポイントをカウントし,
  狐が有利であることを示してしまった。もはや逃げることもできんわい。」

紫「・・・何? 何ですって!?」

マ「よ~し,少し説明してやろうかい。
  まず,観客をこんなに集めた理由。
  幻想郷中の強者を集めるためじゃ。お祭り騒ぎとなれば参加しないものはおらんわい。
  次にわしがポイント差で負けている理由。
  ・・・この観客を皆,味方につけるためよ。観客ってのはな,基本的に負けているほうを応援するんじゃ・・・
  判官びいきというものかの。そしてここが重要じゃが・・・この場にいる実力者の合計は・・・紫さんあんたを上回っておるのう。
  いかに,幻想郷の管理者といえど,逆らえまい・・・
  そして,橙嬢のピアスをわしが持っているということは・・・橙嬢はわしの手の内ってことじゃ」

紫「ふふふ,今の聞いた? 藍」

藍「ええ,聞きましたよ。狸よくも橙を・・・」

紫「そうじゃないでしょ!! 橙は放って置いて・・・
  40分逃げに徹すれば・・・完全勝利よ!!」

藍「・・・黙っていてください,紫様。
  橙を放って置く? そんなことできません!!
  それに,狸の挑戦を避けて逃げるなんて言語道断です!!
  40分逃げ回って帰ってきた後,観客の前でどんな顔をすればよいのですか?
  どちらが戦いを避けたか,それによる本当の勝者は・・・観客がどう思うか・・分からないわけ無いでしょう!!
  勝たせない手法をとるよりも・・・私だって・・・正面から勝ちたい!!」

紫「勝ち方に拘るなんて・・・ガキか!?
  ルール上,問題なくあなたは勝者なのよ? 少しは勝利の苦さを味わえ!!
  ・・・あなたが逃げないのなら・・・私が隠すだけだわ!!!」

紫が激高し,スキマをあけようとする。・・・開かない・・・
紫がとっさに観客席を見る。
神奈子が,諏訪子が,レミリアが,永琳が・・・萃香に幽々子まで・・・紫の行動を封じる動きをしている。

永「ぶっくくく,紫さん,あなた見事に観客を敵に回したわね。いけないわ~。
  そのスキマ使えないわよ?
  ふふふ,舞台の幕は上がったのだから・・・,決着つけるまでおろさないわ」

レ「カッカカカッ,さっきの仕返しだよ・・・逃がさないからな・・・」

神「まだまだ,楽しそうじゃないか,しらけるようなまねはいけないな」
諏「ふふふふ,決着だけはつけてもらわないと・・・景品がなくなってもね」

萃「紫,悪く思うな!! 私は楽しいほうの味方だ!!」

幽「わたしも~ ねえ紫? 紫は藍に勉強させたいかもしれないけど・・・
  所詮は遊びでしょう。子供の勝負に親が介入しちゃいけないわ
  勝ち方に拘る・・・なんて言っているけど・・・紫も勝利に拘りすぎじゃない?
  遊びで学べることのほうが遊びでの勝敗よりも大事なことなのよ?
  それこそ,本番において負けないために・・・紫も負けの苦汁でも飲んでみたら?」

マ「紫さん・・・不用意すぎたのう?」

マミゾウは口の端で笑う。紫は耳まで真っ赤にして「でもどうやってうちの藍を化かすのかしら・・・」と最後の負け惜しみを言っている。

マ「あ~,それじゃがの。ふっつう~に化かし合いしたらそれこそ年単位で戦う羽目になるわい。
  ここは単純に同じターゲットを,どちらがより早く化かせるかで勝負ををしようじゃないか・・・それこそここにいる人を使ってな・・・
  紫さん,文句はあるまい? ポイントのカウントを早めたこと流石にまだ忘れておらんよな?」

紫「ぐっ,おまえ,・・・私をダシに使うなんて・・・いいわよ?
  藍・・・命令よ!! 勝て!! この狸に負けることは許さないわ!!!」

藍「はっ!! 紫様,言われるまでもありません!!」

マ「ほいじゃ,勝負を続けようかの? わし等の化け術のターゲットはこの人じゃ。
  ぬえや,わしの部屋で寝とるから起こさず,つれてきてくれんかの?」

ぬえに背負われて,橙がつれてこられた。まだぐっすりと熟睡している。藍の顔色が変わった。

藍「橙!!」

マ「かっかっかっか,狐よ。これが最後のお題じゃ!!
  主にとっては簡単じゃろう? ターゲットは橙ちゃんじゃ。
  橙嬢に持たせたわしの帳簿をいかに早く取り上げるかで勝負を決する。
  単純な術比べじゃあ。
  もちろんタイムアップでも主の勝ちじゃよ? どうじゃ? 有利すぎて怖いか!?」

藍「ぐっ,いいだろう!! 受けてたつ!!」

マ「もしも主が・・・,勝てたらじゃがな? パーフェクトじゃ。
  しかしわしが勝てば12P対13P・・・わしの勝ちじゃな!!
  おおっと,そうじゃ。みなの衆,どっちがどんな化け術を使ったかよ~くみておいてほしい。注目じゃぞ?」

マミゾウはからからと笑いながら,狐をわなに掛け満足そうな表情だ。



幽「・・・萃香,この後どうなると思う?」

萃「あっはっはっはっは,面白くなると思う。いやすでに面白いぞ。
  猫がどっちを選ぶか・・・見ものだ,酒が進む。幽々子はどっちが勝つと思う?」

幽「う~ん,この状況だと狸っぽいわね。」

萃「なぜ? 猫は狐の弟子・・・というか肉親に近いぞ? 狐の方が確率的に高いと思うが・・・」

幽「そうね,基本的に関係が近いのは狐・・・なんだけど。ど~も怪しいのよね
  あの狸が・・・。ねえ,萃香,勝率が50%を下回るとき。あなたは戦う?」

萃「もちろんだ!! この私相手に勝率50%以上だと!? 願ってもない!! 戦ってみたい!!」

幽「・・・あなたに聞いた私が馬鹿だったわ。あのね,普通,勝率が9割を超えないと挑まないものだけど?」

萃「馬鹿か!? 絶対面白いだろ!? 必ず勝てる勝負なんて興味も無いわ!!」

幽「・・・萃香,それこそ勘違いじゃない? 勝ち目が無い勝負は無意味なのよ?
  挑むものは皆,必勝の策を持って挑むものなのよ? あなたに今まで挑んだ相手は皆,各個の自信の策で
  挑んだはずだけど?」

萃「・・・ん~,そうだな。皆良い顔をしていた。必ず勝つなんて顔をしていやがった。特に苦戦させられた奴らはみんな・・・
  ・・・そうか,狸はそんな顔だな・・・必ず勝つ。そんな顔だ。どっちを選ぶか分からないなんて顔じゃない。
  なるほど,狸は必勝の策を持っているのか・・・。
  そう思うとどんな手だ? 酒が旨いぞ? 最高の肴だ!!」

そう言って,酒をあおる。目が離せない,力比べとは異なる最高の頭脳戦だ。一体,次の一手はどんな策だろう?



双方最後の化け術を繰り出した。藍はもっとも得意なもっとも身近で橙も選びやすい人物・・・紫に変化する。
姿も,性格も,実力さえも再現できる。そして橙もよ~く知っている。細部まで再現してもぶれない自信があった。
本物の紫には観客席にいってもらう。藍は直接対決であろうと,負けるつもりは無い。
これ以上の化け姿はない・・・狸がいかに・・・? 藍はマミゾウの化け術を見た。同時に,はめられたことを思い知った。
狸は・・・マミゾウは,あろうことか・・狐の・・・藍の姿に化けた。

偽紫「貴様!! 一体どんなつもりだ!?」

偽藍「くっくくくくっく,かっかっかっかっか!! 引っかかったな!!
  狐よ!!! どんな化け術の達人も自分自身に化ける奴はいない!!
  こうして最後の化け術勝負に持ち込めば・・・お前が自分以外に化けざるを得ないことなんてもな!!」

もはや,マミゾウの声色も藍にそっくりだ。それに・・・あの服,藍が昨日着ていた服だ。
マミゾウを見れば見るほど細部まで恐ろしく凝った術を使っていることが分かる。服装,口調,におい,態度,表情・・・
マミゾウの化けた藍が見下すその態度は実に藍そっくりだ。
あわてて,藍は元の姿に戻ろうとする・・・・が,戻れない!! 術を解くのを妨害されている!!

神「あ~いけないな。元に戻っちゃ。な? 諏訪子?」
諏「そうだ,そうだ。その姿は狸に勝てる最高の化け術だろ?」

永「自分で最後のお題を選んでおいて,勝手に解いたら,負けを認めるようなものよ? 化け術において出し抜かれたって・・・」

紫「ぐぐ,こいつら足ばっかり引っ張りやがって・・・」

幽「なんせ,私を除き みんな狐にはやられっぱなしだったからね?」

萃「お~い,紫も飲まないか? こんなおいしい酒のつまみは滅多に無いぞ?」

紫「つまみにされてる身にもなって見やがれ!!」

萃「おー,珍しく紫が切れた。幽々子はどうだ? うまいぞ~」

幽「いただきますわ」

紫は幽々子のために注がれた杯をひったくると一気にあおる。
自棄酒だ。萃香がやっぱり飲みたいんじゃないか。あまり自分を偽るなよっと言ってさらに追加の酒を注ぐ。
幽々子は紫の愚痴を聞きながら,勝負の行方を見守る。

偽紫「ぐっ!! くそっ,とっ 解けない!!! お前,最初っから,これを想定していたな!!」

偽藍「はーはっはっはっはっは!!! そのとおりだよ!! 教えてやろうか?
  狸はな,ぶんぶく茶釜に代表されるように大衆を楽しませる化け術が得意なんだ。
  対して貴様ら狐は対象を一人に絞って,化かしつくすってのが得意だろう?
  観客を集めた理由がこれだよ。幻想郷中の強者を観客として呼びつけ味方につける。
  如何に貴様が九尾といえど,八雲紫が味方だろうとも,幻想郷中を敵に回して勝てるほどではあるまい!!」

偽紫「・・・守矢の神がこうすることもか!?」

偽藍「守矢の神がやらなけりゃ,永琳がやったろうな。永琳がやらなけりゃ,萃香が妨害したさ。
  観客を味方につけるってのはそういうことだ。・・・貴様にはできんかったろうな。
  ・・・しかし,お前さんは青いな!! プライドを優先して,手の内をさらすさらす。
  永琳戦,咲夜さん,妖夢に早苗,・・・霊夢や白蓮のときもそうだったな!
  おかけで,ラストバトルでムキになって乗ってくることも手に取るように分かったぞ!!」

偽紫「く,くそっ!!
  だが,まだ橙との絆が・・・私にはまだある!!」

偽藍「くっくっくくく,くあっ,かかかか!!!
  そうだな,お前らの間の絆,ためさせてもらおうか!!
  ・・・ぬえよ,橙ちゃんを起こしなさい。
  さあ,諸君!! ラストバトルの開演だ!!!」

ぬえが背負った橙をゆり起こす。寝ぼけ眼をこすりながら橙が目を開けた。

橙「う・・ん・・・・あと10分・・・」

そして目を閉じようとする。
この舞台でこの図太さ・・・将来は大物であるが・・・
観客の大爆笑を受けてようやく覚醒した。

橙「・・・な,何なんですか? ぬえさん,これどういうことですか?」

ぬ「・・・半分くらいお前のせいだ・・・流石将来の大女優・・この図太さは俺には無いな・・・
  ほれ・・あそこにお前のご主人がいるだろ。
  さっさと行ってマミゾウの帳簿を届けて来い。
  よろこぶぞ~♪」

橙「それよりも・・・ちょっと気持ち悪いです」

ぬ「お前,図太いんじゃなくて,天然か!?
  早く行って来い。ご主人に渡すだけだから簡単だろう?」

橙「? いいんですか? ぬえさん? 負けますよ?」

ぬ「!!? あっ,あ~うん,最後の作戦があるから大丈夫!?」

橙「! 最後の作戦・・・? あ~,なるほど,今,ここで渡されても大丈夫だということですか」

ぬえは必死にごまかしを行い。橙は時間錯視の作戦に気付いていないフリをしないといけないと思った。
何しろこの時点まで寝ていたので時間の感覚が無い。作戦そのものがつぶされた後だと気が付かない,てっきり作戦発動前だと勘違いした。

偽紫「橙,そこの狸に・・・・!!?」

壇上の紫の声が急に出なくなった。
神奈子と諏訪子が笑っている。

諏「そんなつまら無いことしてもらっちゃ困るよ」
神「ははは,紫には黙っていてもらおうか・・・変にアドバイスされても困るし」

橙は不思議そうなに首をかしげている。

橙「紫・・様? 藍様,紫様はどうしたんですか?」

偽藍「・・・全く,守矢の神にも困ったものだ。声を封じたらしい。
  大丈夫だよ橙,紫様ならじきに自力で解かれる。
  ふふ,そんなことより,どうかな? この会場に狸がいるんだが分かるかい?」

そんなことを言って,公平さをかもし出している。橙の目の前の紫も藍も偽者だ。
いわば気付けるチャンスというものだ。・・・が,藍の化け術は完璧すぎて紫以外に見えない。
マミゾウも同レベルの化け術だ。姿も口調も表情もにおいも藍そのものだ。

唯一,頼みの綱は紫本人なのだが・・・本人は萃香とレミリアに押さえつけられている。

紫(ちくしょう!! 萃香ぁ~,おぼえてろよ!!!)

口もふさがれて観客席に押し倒されている紫が萃香をにらみつける。
萃香は苦笑いだ。こんなに面白い勝負を邪魔されてはたまらない。
後で,スキマに放られても,仕方なし・・・なんて考えている。今はただ,この行く末の分からぬ勝負を見届けたい。


橙「う~んマミゾウさんが隠れている・・・。どこでしょうか?
  さっぱり分かりません。あの人,本気で化けると区別なんてつきませんから」

偽藍「ふふふ,そうか。分からないんじゃしょうがないな。
  ほら,こっちに来なさい。教えてあげよう」

偽紫「・・・! ・・・?!」

声の出せない紫がもがいている・・・藍に化けたマミゾウに飛び掛ろうとして,
完全に動きまで封じられている。

橙「・・・? 紫様,本当にどうしたのですか?」

紫が必死で橙を見つめてくる。目が訴えているのだが・・・言葉にもできないこの状況ではいかんともしがたい。
・・・が橙は何か思ったらしい。守矢の神に訴えた。

橙「あの・・やめてくれませんか? いくら紫様でも2人がかりはちょっと・・・かわいそうです」

神「ふふふ,どうかな? 紫なら二人がかりでちょうどいいと思うけど?」
諏「紫が勝負の妨害ばかりするからさ・・・やらないなら解くけど? どうする?」

あきらめたのか壇上の紫がうなずく。神様が拘束を解いた。

偽紫「ああ,くそっ!! 全く,困ったものね,あの神様は!!」

紫の姿をしながら,藍は内心舌打ちしていた。紫を演じれば演じるほど勝利から遠ざかる。
紫の演技を怠れば,最終勝負の化け術から遠ざかり,観客の妨害を受ける。
最終勝負に忠実であればあるほど,橙が気付く可能性が無くなる。狸が化けた藍の信憑性が増してしまう悪循環である。
マミゾウ最後の策にどはまりした。

偽藍「ああ,紫様,お加減はいかがです?」

偽紫「最悪に決まっているでしょう!! 藍,こんなところで油売ってないで,狸でもしとめてきなさいな」

藍は皮肉っぽく,紫は腹立たしさを隠す気も無い。八雲のいつもの一幕だ。
紫本人だけが「私の言葉はそんなに汚くない!!」なんてわめいている。

橙「藍様,少し言い過ぎではないですか? 紫様がかわいそうです。2人掛りだったんですよ?」

偽藍「ん~,そうかな橙? 紫様なら余裕のはずだけど?」

壇上の藍がこれみよがしにあおってくる。・・・だんだん橙も察しをつけた。
しかし,これはマミゾウのミスリードである。橙は壇上の紫をマミゾウと判断したようだ。

橙「・・・藍様,私も大体,誰が,マミゾウさんか分かりました。」



永「ん~,ふっふふふ。・・・上手いわ~マミゾウ。言葉巧みに橙を誘導してるわね」

レ「・・・そういうものか? ぜっんぜん わからん」

永「ふふふ,そういうものよ。この場この状況でしか使えない手法を迷い無く使う・・・中々の芸当だわ」

レ「そんなものか? おい,紫,本当にそうか?」

紫「・・・ここで私に聞くか? 普通?
  じゃあ,答えるから,どけよ!!」

レ「やなこった。どかないが,答えろ。命令だ」

紫「誰が答えるか!!!」

萃「はははは!! 壇上も観客席も最高の楽しさだ!!!」

幽「さ,橙ちゃんの答えはどうかな?」



橙は壇上の紫に近づく,マミゾウの化け術を詳しく見るためだ。
・・・流石,細部にわたって完璧である。唯一実現できなかったのが紫本来の実力であることが本当に悔やまれる。
紫の目を見て思う。化けるのに失敗したものをもう一つ見つけた・・・瞳も化けそこなったらしい。とてもさびしそうな瞳をしている。
そんな覗き込まれた瞳に紫の瞳が気が付いた。咄嗟に紫が怒鳴る。

偽紫「もう,どうでもいいわ!! さっさと片をつけなさい藍!!」

偽藍「そうですか。良いのですね? 片をつけても?」

わざわざ紫の顔を覗き込み,執拗に,念入りに聞いてくる。狸の仕返しはとてもじゃないが言葉にできるものではない。
悔しい・・・とても,勝利間近ですべてをひっくり返される。読み切れなかった。
しかし,橙にさびしさを悟られるくらいなら・・・負けでいい。
・・・すべてはマミゾウの策略だろう。子供に情けを掛けられることを拒絶することもすべてお見通しってわけだ。
次回の化け比べはおそらく無い。一生負けたレッテルを貼られたままだろう。
マミゾウはすべてをこのラストバトルのために用意してきたはずだ。私の弱点から観客の動員,橙の行動まですべて・・・
橙は,マミゾウに帳簿を持っていく。終わった・・・この一週間の徒労が襲ってくる。
目頭が熱くなる。もちろん悔しさだ。だが,・・・狸の手前・・・いや橙の目の前で泣くわけには行かない。
一人必死に涙をまぶたで受け止めて,マミゾウと橙のやり取りを確認する。

偽藍「ふっふふふ,よく気が付いたね? 橙,あの紫様が偽者だってこと。
  これはもう,弟子を卒業かな? どこが,怪しかった?」

橙「・・・どこが と言われても・・・実力・・・ですか?」

偽藍「ははは,そうか! 実力か!」

橙「・・・あと,瞳です・・・」

偽藍「は? 瞳?」

橙「瞳が全然紫様ではないです。あれは別人でした。
  断言しますが,紫様は私に寂しそうな目はしません。
  かわいいな~って思っているか,・・その・・馬鹿にするような目です。」



レ「ひっでぇ。マジで? 紫?」

幽「あ~,懐いてない理由が今,分かったわ」

永「ぶっ,子供に悟られてるとか未熟もいいとこ」

神「そんなだから胡散臭いって言われるんだよ」
諏「馬鹿じゃない?」

紫「・・・! 橙,私をディスるとは・・・いい度胸だ!!!」

萃「・・・にぶい私にも良く分かった。」



橙「藍様・・・これ,マミゾウさんから渡された帳簿です。
  これで3ポイントですよね?・・・」

橙はそう言って抱きついてくる。「ようやく終わりました」なんて言って胸に顔をうずめてくる。
マミゾウは抱きつかれたまま改めて藍を見る。悔し涙がこぼれそうだが・・・必死に耐えているらしい。
マミゾウにしてみれば,狐の泣き顔をぬえに見せてやろうと思っていたのだが・・・まあ,仕方ない。
ここまで,押して,泣かないのであれば手の打ちようも無いだろう。
・・・全く,てこずらせてくれたものだ。1週間でとんでもない労力を使わされた。
ようやく力を抜くことができる。マミゾウが橙の持つ帳簿に手を掛けた時・・・突如として橙に突き飛ばされた。

橙「藍さま・・・あなたがマミゾウさんですね?」

偽藍「な・・な・そんなこと,私は藍だぞ?」

橙「いいえ,あなたはマミゾウさんです。そして・・・こっちが本物の藍さまです。」

そう言って涙目いっぱいの紫に抱きつく。胸に顔をうずめる。
確信して言い放つ。

橙「何でいってくれなかったんですか? 藍様?」

知らないうちに紫の瞳から涙がこぼれる。抱き疲れた衝撃か? 本当に不意を突かれた。

偽紫「な・・なんで私が 藍なのかしら?」

藍の化け術は基本的に橙に見破れるほど甘くない。
姿,しぐさ,口調,態度すべてが紫そのものだ。
目を覗き込まれたときに少し,自分の色が出たが・・・一瞬だ。橙の技量で読み取れるわけが無い。
しかし,橙は迷い無く紫にマミゾウの帳簿をもって行く。紫は自分で流れる涙に気付いていない。

橙「見た目は紫様,雰囲気も紫様,瞳だけではマミゾウさんか藍様か分かりませんでした。
  でも,それでも,流石に心音は化かせませんでしたね。
  マミゾウさん,鼓動がゆっくり過ぎました。落ち着きすぎですよ?
  藍さまの鼓動は,もっと早いんです!!」

紫の瞳が大きく開かれる。藍も同様だ。
藍の変化が解けて,マミゾウが現れる。マミゾウは目を点にしたまま放心状態だ。
最後の策が,化け学の盲点が,九尾ですらはまった最強最後の一手が,まさか子供に破られるとは夢にも思っていなかった。
化け比べは橙の持つ帳簿を早く取り上げたほうの勝ち・・・しかし,術自身が破られてしまってはタイムアップを待つだけ・・・
もはやマミゾウは,呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

マミゾウに遅れること数秒,紫の変化が解けて,藍が姿をあらわす。顔がべちゃべちゃのくしゃくしゃだ。
絶体絶命の大ピンチから,一気に救い出してもらったことで感情が明後日の方向へ振り切れてしまった。
もうこんな感情,抑え方なんて知らない。ぐちゃぐちゃの表情のまま,震える手を橙へ伸ばしていく。
拘束を解かれた紫があわてて現れた。自分の式が,感情に任せて暴走するより早く,
早口に「ポイントは藍のものだから」とか何とか言うが早いがあっという間に藍と橙をつれてスキマに消えた。

合計ポイント・・・藍15P,マミゾウ10P,実に1.5倍のポイント差,そのうえ,藍は完全試合だ。
化け比べの時間は残り5分あるが逆転が無理なことはマミゾウにも分かっている。
呆然とマミゾウは考えている。一体どこで,心音なんてそんな手段を思いついたのか?
そういえば,連中,しばらく抱き合っていたことがあった。・・・咲夜戦だ。
狐は猫を落ち着かせるために泣き止むまで,じっとして動かなかったじゃないか,周囲への警戒が落ちるほどに・・・
心音を聞いたのはそのときだろう。きっと,橙もそのときに藍の鼓動を無意識の内に覚えたのだろう。
絆・・・,絆か,こんなものは流石に化ける準備はしていない。
九尾がうっかり瞳に自分を出したのも誤算だった。
負けた・・・が,相手は九尾ではない。子供に負けたのが素直に悔しい。
手本を見せるなんて余裕のつもりで油断だった。
成長の速さ,学習能力の高さ,甘く見ていたのは自分だ。
化け学の達人なんて浮かれていた自分が恥ずかしい,未熟者にもほどがある。
負けは認めないといけない。今回の戦いの反省で暗くなりかけたマミゾウに対してぬえが空気も読まずに飛びついてきた。

ぬ「やったな!! マミゾウ!!! 流石は当代切っての化け学の達人。
  約束どおり,狐の泣き顔,しかと見せてもらったぞ!!!」

マ「え? あ~? そうじゃな・・・。しかし・・・」

ぬ「ポイント差のことか? 気にするなよそんなこと,狐の泣き顔を見せる。約束通りだ!!
  誰がなんと言おうと,今回の勝者はお前だ!!」

マ「・・・そうかの?」

ぬ「ああ!! そうだとも!! お前は九尾に勝った!! 俺が認める!!
  お前だって見ただろう? 策にはまって手も足も出せない九尾の間抜け面を!
  涙目いっぱいにためてさ,恨めしそうにこっちを見てたじゃないか。
  そして,止めの号泣。おもしろかった~!!」

マ「そうか? 主が喜んでくれたなら,幸いじゃ・・・ただのう・・・
  橙ちゃんがのう・・・ まさかわしの策を破ってくるとは夢にも思わんかった」

ぬ「橙か? あれは仕方ないだろう。大体,マミゾウ,お前手加減しすぎだぞ!?
  ポイント目当てならあんなのは出会いがしらに「帳簿を見せてごらん」で済むじゃね~か!!
  抱きつきさえさせなきゃあいつにはわからないんだからさ。
  でも,狐を必要以上にもてあそんでくれたからいいけどな。
  ま,もう二度と橙には手加減するなよ? 手の内さらしすぎて猫に負けるとか洒落にならん」

マ「・・・手の内をさらすことも作戦だったんじゃがの・・・」

ぬ「分かってるよ。ただ,もう橙にする必要は無いってだけだ」

マ「・・・そうじゃの・・主の言うとおりじゃ・・・
  もう,サービスはなしにしようか・・・」

ぬ「暗くなるなよ。お前は九尾より上だよ。胸をはれ!
  大丈夫,今度は圧勝できるさ。」

ぬえの励ましをうけてマミゾウがいつもの調子を取り戻す。
化け比べはここで終わりだが,これから命蓮寺主催のイベントに早変わりする。
聖が壇上に上がり,午後の予定について説明をはじめた。


・・・


レ「・・・? 結局どっちの勝ちだ?」

永「う~ん,試合形式上,藍の勝ち,目的の完遂具合からはマミゾウの勝ちってところかしら?
  強いて言うなら橙ちゃんの勝ちかな・・・
  狸と狐は実質,痛み分けという名の引き分けね」

神「とりあえず,ポイント差で藍の勝ちなら・・・私の勝ちだな? 諏訪子?」
諏「最後の策に手も足も出なかった奴が勝者? 神奈子の美学でも? 嘘こけ,狸の勝ちだろう? 神奈子?」

萃「あ~,やっぱ殴り合いじゃないと。決着が分からないな~。でも,それなりに楽しめたぞ?」

幽「随分,引っ張った割には。あっけなかったわね? 所詮この程度か・・・
  ま,後は後夜祭を楽しみましょう」

幽々子は舌なめずりしている。これから幻想郷の夜に向かって祭りはいっそう騒がしくなるのだろう。



後日,神奈子と諏訪子が守矢神社で大暴れして早苗がぶち切れたとか,
妹紅と輝夜が言葉巧みな永琳の指示で大掃除に駆り出されたりとか,
マミゾウと藍が化け比べの勝者をめぐって殴りあいの大喧嘩を繰り広げたとかいろいろありますがこの辺で・・・。

おしまい
う~ん,他の人がすでに書いていましたかね?
二番煎じだったらごめんなさい。
でも,とにかく頭脳戦はもうこりごりです。脳筋バトルのほうが好きです。
次回作は多分,脳筋バトルでしょうね。(今書いているのはリメイクだし・・・)
あと,ラストバトルの言い訳を少々,最後の勝負はルール10の拡大解釈だと思ってください。(化かしてないじゃんという突っ込みよけです。)

以下は概要の答え合わせをしたい方のみ読んでください。
狐・・・15ポイント
狸・・・10ポイント
人生の勝利者・・・橙 (理由は化け学の学習,化け比べの勝者のため)
負け犬・・・鈴仙 (理由は理不尽な理由で師匠に2倍のおしおき)
マミゾウ最後の奇策・・・自分自身には化けられない
とりあえず,これが全部当てられれば,これを読む意味は無いでしょうね。
とにかく,読者の不意を打ってみたかった。(これが作者の本音です。)
何てかこうか?
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コメント



0.740簡易評価
5.10012v削除
すごく面白かったですね!橙が最後に勝ったのが嬉しいです!・・・俺の嫁は橙じゃないけども!!
6.100tail削除
すごかったです!!
210kbも量があるのに、話に引き込まれて時間がたつのを忘れてしまいました!!
特に最後のマミゾウの奇策が神がかってました!!
7.90奇声を発する程度の能力削除
面白く素晴らしかったです
8.100名前が無い程度の能力削除
最後までワクワクして読みました。

妖夢の空回りとゆゆさまの呆れっぷり、咲夜さんの優しさとそれが裏切られたときの憎悪、自信を失くした永琳を愛おしく思う輝夜等の感情、表情等がとても素敵でした。
そんな個々のエピソードの魅力に加え、未熟で可愛いだけのキャラとして描かれがちな橙にも活躍の機会があって、橙のファンとしても嬉しく思いました。

感情の起伏が激しくおっちょこちょいなぬえも、読んでいて飽きず大好きです。
マミ三が始終展開を見通しすぎ、それに対して紫と藍が場当たり的でかなりおバカに描かれている気はしましたが、エンターテイメントに多少の御都合主義は仕方ないのでしょう。

考え抜かれた本筋とそれに巻き込まれる一人ひとりのキャラクターたち、その両方がお互いの魅力を高めていたように思います。
二百点つけたいくらい、楽しませて頂きました。
そんな私は、作者さまに化かされていたのかもしれませんね。
14.100sd削除
一つ一つが凝った頭脳戦で綺麗にまとまったいい話でした。
最後の最後まで引き込まれました。
20.無評価何てかこうか?削除
皆さん,ありがとうございます。
好評をいただき本当にうれしいです。
正直,1週間たつまで怖くてあけられませんでした。
本当に励みになります。
次回作もがんばります。
23.100名無し削除
長い作品でしたがダレることなく楽しく読むことが出来ました
各キャラの化かし方や勝負の行方はどうなるのかと思いながら読み進めていくうちにどっぷりとハマっていました
すごく面白かったですよろしければまたこのような作品が読みたいです

24.40名前が無い程度の能力削除
面白いが…藍の術や紫のスキマに干渉とか無理。
全体的に見ても、化け勝負の内容が簡単過ぎ、運に頼りすぎでショボい。
25.80名前が無い程度の能力削除
良い点
・この文章量を書ききった
・頭脳戦はこりごりと言う割に、よくできている
・時々、これはと思う面白い表現がある(例:あまりに都合良く早苗がターゲットになった時に「奇跡のようなタイミング」と地の文で茶化して上手くジョークとして処理するなど)
・きちんとキャラクターのキモを描写している(霊夢と魔理沙の絆、吸血鬼の体温、美鈴と咲夜の関係など)
・名前「」と言う、あまり好まれない形式を利用して逆に話をわかりやすくしている(偽〇〇の表記)

悪い点
・基本的に文章が拙い
(変な描写がある、句読点が不安定、読点がカンマになっている)
・上記に伴って描写が不足している箇所が多数ある
(早苗の化かし方が不明のまま終了、えーりんが何を以って霊夢を偽物と断じたのかが不明など)

ストーリーはマジメに面白いと思います