Coolier - 新生・東方創想話

バカルテットよ、永遠に馬鹿であれ

2014/04/29 03:41:06
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プロローグ

 幻想郷、最大の異変とは何か。
 天気変動か。永き夜か。はたまた、季節停止か。いや、決してそんな、ちゃちなものではない。
 それは、吸血鬼の暴力。それも、2体による無慈悲な攻撃。滅亡さえもあり得た、幻想郷最大のクライシス。
 そう、吸血鬼異変である。

「むぉへー」

 八雲紫、起床。このとき、彼女は意外にも、幻想郷の危機管理について頭をフルに回転させるのである。

「あと5日だけ……。あと5日だけ寝させて……」

 そう、八雲紫は決して、危機管理意識を怠らない!
 現在、幻想郷の安全は、3つの政治力によって守られている。
 1つは、求心力。博麗霊夢なくして、秩序なし。彼女が、人と妖怪の双方に支持されるからこそ、命名決闘法が成立したのだ。
 1つは、実行力。八雲紫なくして、結界なし。その内政力と外交力で、物資、人間すら調達できる。彼女にできぬことは、早起きしかない。
 残る1つは、暴力だ。暴力なくして、暴力に対抗する術、なし。吸血鬼異変も、暴力に対する暴力によって鎮まったのだ。

「んー。あいつ、元気してるかしら?」

 紫は宙を手で裂いて、まずは「あいつ」の様子を伺った。
 そこには、彼女の日常があった。氷精を相手に、お元気に弾幕勝負をしている姿が映った。

「よかったよかった。いつも通り、馬鹿やってるじゃないの」

 そう、彼女こそが、幻想郷の暴力担当。その名は、リグル・ナイトバグ。
 リグルなくして、幻想郷に平和なし!


1/4. 大戦争の虫の予感

 古ぼけた蓄音機が、鈍く輝いている。かすれたような音で、ゆったりとしたジャズが店内に響く。
 カクテルバー、ムーンライトカクテル。その店主は、ルーミアであった。

「珍しいね。リグルがチルノに負けるなんてさ」
「まあ、たまには勝たせてあげないとさ。こういうの、あまり好きじゃないけど」

 そう答えてから、リグルは甘ったるいカクテルを喉に流し込んだ。
 店主のルーミアが、妙に様になっている。黒いベストに赤いネクタイが映え、バーテンらしい格好である。
 「ルーミアもちゃんと働いてるんだな」とか思いながら、リグルはもう一口、お酒を流し込んだ。
 
「正々堂々負けないと、やりきれない気分でさ。つい、飲みに来ちゃった」
「ふーん。でも、今日はみすちーんとこじゃないんだ。……珍しく」
「そう、それ! それなんだけどさ! ねえルーミア、ちょいと聞いてくれる!?」

 リグルの一際大きな声が、寂れたカクテルバーに響いた。かと思えば、今度は小声で、ぐちぐちとつぶやき出す。

「最近みすちー、屋台、休みがちでさ。そろそろ会いたいなーってなるじゃん?」
「へえ」
「それで、今日こそは! と思って屋台に行ったんだよ」

 至ってクールな店主をよそに、リグルはひとり、ヒートアップ。

「そしたらさ、貼り紙一枚。何だと思う? それがさ、屋台、やめちゃうんだって! もう、私、どうすればいいか……!」
「ふうん。それで?」
「それで? じゃないよー! みすちーが屋台をやめる! これが何を意味するか分かってんの!?」
「皆目、検討がつかぬ」
「あーもーこれだからルーミアはー! もういい分かった。教えたげる」

 全く興味無さげの店主を相手に、リグルは必死で不満をぶちまける。

「一日中走り回ったりお仕事したりでさ! なのに、癒しの場ってもんがなくなる。これ、重大な問題よ!?」
「あんた、癒しが必要なほどの仕事、してたっけ? 虫の知らせサービスだって、飽きてやめちゃったんでしょう?」
「そ、それはそうだけど。他にもちゃんと、やってるよ!」
「ほほー。どんな?」
「だ、弾幕とか!」

 ルーミアの視線が斜め下にそれて、ため息ひとつ。やたらと呑気なジャズの歌が、場の空気を支配してしまった。

「あのね、リグル。そんな無意味なお遊びやってて癒しが必要だなんて、世の中の労働者ってもんに失礼だとは思わない?」
「無意味だなんて失礼な! お遊びだなんてとんでもない! 弾幕の普及に努めてるし! 他にも、ほら、皆の安全を守ってるんだよ!」
「安全ねー。安全といえば、例のアレ、だけどさ。今もやってるの?」
「うぐ。まあ、その……」

 他に客はいないはずであるが、リグルは念のため、声をひそめた。右に左に、周囲を警戒してから、そっと口を開いた。

「第二の吸血鬼のこと、だよね。実はまだ、全然、手がかりも見つかってなくって」
「ほら見たことかー。そんな働きっぷりじゃ、みすちーの癒しが必要だとは思えないねー」
「……むう。みすちーもいないしルーミアもいじわる。心のもやもや、増えてくよ?」

 何やらルーミアがつれない。リグルはほっぺを少し、膨らませた。
 いまいち掴み所がない。でも、何となく話し続けていたい。リグルにとっての、ちょうどいい暇つぶし相手。
 そんな彼女、ルーミア。何やらカクテル混ぜ混ぜしながら、リグルに一言くぎを刺す。

「あんたもさ。そろそろ、まじめに生き方ってもんを考えたほうがいいよ」
「生き方? ……突然だね。そんなこと言われても、どういうこと?」
「難しいことじゃないよ? 相手の喜ぶことをすれば、自然にそれがまじめなお仕事になるの」
「なんて言う割に、ルーミアはお客に厳しいもんなー。主に私に対して」
「それは、どうかな?」

 出来上がったばかりのカクテルが、そっとリグルの手元に置かれた。心の雲を晴らしたいと、ちょうど待ちかねた頃合いであった。
 してやられたと思いながら、リグルはストロベリークライシスと言う名のカクテル(イチゴジュース牛乳割り)を一気に飲み干した。
 豪快な飲みっぷりをまるで無視しつつ、ルーミアは淡々とグラスを磨きながら、ぽつんとつぶやいた。

「リグルにあげるにゃ、もったいないカクテルだよ。あんたに癒しはいらないもん」
「何だよもう。さっきからどうしたの?」
「リグルなんかより。みすちーの方が、癒しが必要だと思うの」
「みすちーが?」
「……最近、彼女の笑顔、無くなってきた」
「そう、なんだ。私は最近、全然会えてなくって……?」

 虫の予感。会話がぷつんと中断させられる。
 リグルが言葉を止めた瞬間、扉がけたったましく開かれた。扉から、月明かりを遮る影が伸びる。
 こんな夜更けに、大妖精。

「……いらっしゃい、大ちゃん。お客さんにしては、随分乱暴な入り方だね」
「どうしたの、大ちゃん。何か、一戦やった後みたいだけど」

 よく見ると、服がところどころ擦れて切れて、ぼろぼろになっている。

「リグルちゃん、ルーミアちゃん。緊急事態だよ!」
「一体全体、どうしたっていうのさ」

 膝には血さえ滲んでいて。目には涙さえ浮かんでて。

「チルノちゃんが、魔理沙さんに喧嘩をふっかけてるの! お願い、止めてほしいの!」

 リグル、あたふた。ルーミアと大妖精を交互に見比べる。どちらもリグルの方をじっと見ていた。
 ルーミアが、至って冷静に手をふりふりし始める。どうやら、「リグル行ってらっしゃい」ということらしい。

「わ、わかったよ。いや、状況、全然わかってないけど。とりあえず行ってくるね!」
「ありがとう! ああ、チルノちゃん。怪我してないといいけど!」

 嵐のように、緑な二人が去っていく。残るはジャズの呑気な歌と、ルーミアのため息だけであった。

 =====

 夜桜、月明かりに照らされて。その白い光は桜によって紫となり、綺麗というより不気味な並木道となっていた。
 心なしか、辺りの妖精たちも落ち着かない様子である。
 
「ねえ、今のうちにでも、何があったのか知りたいんだけどさ」
「うん。私もね、リリーちゃんと一緒になって、止めようとしたの。でも、駄目で、それで魔理沙さんのところに!」

 大妖精が早口にまくしたてた。焦っているからか、話が断片的でいまいち分かりにくい。

「それって、喧嘩なの? 弾幕じゃなくて?」
「弾幕だって一緒みたいなものだよ! ねえリグル。チルノちゃんをこれ以上調子に乗らせちゃ、大変なことになっちゃう!」
「えーっと。弾幕と喧嘩って全然ちが……」
「お願い! 頼れるのはリグルちゃんしかいないの!」

 ゴリおしである。見え見えのおだてで、ゴリゴリである。だが、それでもプライドをくすぐられて快感を覚えてしまうのがリグルであった。

「そ、そこまで言われると、しょうがないなー……」
「それでは前方をご覧ください」
「あっさり業務モード!? えっと、あれは……」

 春霞の向こうに、二つの人影。言うまでもない。魔理沙と、チルノだ。チルノの方は、何やらボロボロ。
 一方の魔理沙は至って元気そうである。四方八方からの体当たり攻撃に加え、金平糖をこれでもかと撒き散らしている。
 あまりの高速移動に、チルノは耐えるのがやっと、のように見える。

「ねえ、チルノちゃん! もうやめよう、一緒に帰ろうよ!」

 その声に、返事はかえってこなかった。その代わりと言わんばかりに、ぐっとガッツポーズ。と、同時に辺りの弾幕を一瞬で凍りつかせてしまった。

「心配しないでよ大ちゃん。あたいは絶対に、勝って帰るから!」

 魔理沙の額に汗が見える。どんなに弾を出せど、すぐに凍らされてしまう。チルノは、幾度と無く被弾してきたのであろう。体がふらふらとしている。
 だが、心の奥底に秘めたやる気は消えていない。よろめきながらも、ファイティングポーズは崩れない。何度でも弾を消し去ってゆく。
 これにはさすがの魔理沙も息切れ。手ぬるい鬼ごっこはやめにしたらしい。ブレーキをかけながら、魔理沙は独り言のようにぼやいた。

「なんと……。こんなに強かったなんて、これはやばいな」
「く、も、もうそろそろかんべんしてー」
「ふん、これで最後にしてやる。人知れず砕けちれ!」

 八卦炉に魔力。白い泡が渦に飲み込まれるように集まっていく。
 最終攻撃、全力全開の予感。

「ここ、まずい! 大ちゃん、上に!」

 いったん、緑な二人は上空に避難。その、直後に地鳴り。光の洪水が押し寄せる。全てを洗い流すマスタースパークを前に、大妖精が軽く悲鳴を上げる。
 だが、マスタースパークにしては様子がおかしい。リグルはそのことをいち早く見抜いていた。

「おかしいな、出力を控えているとしか思えない。この威力だと……。アルティメットショートウェーブ並といったところだね」
「そんな……。このままじゃ、チルノちゃんが勝っちゃう!」

 意表を付かれる。リグルの触覚が、大妖精に向かって真っ直ぐに伸びる。
 大妖精の額の、どろりとした汗の臭いを感知する。彼女の不快感が、びりびりと伝わってくる。

「……え、ちょっと待ってよ! 大ちゃんはチルノのこと、心配してたんじゃ!」
「そうだよ。心配してたんだよ。チルノちゃんが勝っちゃったらどうしようって、それが怖くって!」

 大妖精の心が、読めない。リグル、混乱。脳内が、かっと熱くなる。

「怖いの。チルノちゃんがどんどん強くなって、弱い私は置いてけぼりになっちゃうの。それに、こんな時代遅れの遊びなんてしてちゃ、チルノちゃん、もっと仲間外れになっちゃう!」

 事実、チルノはすっかり弾幕に慣れていた。
 真っ白なビームの濁流に、小さな星が群れをなして泳いでいる。さながら弾幕の天の川だ。チルノはそれにサーフィンするがごとく、すいすいと避け続けているのだ。

「リグルちゃん、お願い! どんな手でも使っていいから、邪魔してほしいの。魔理沙さんに勝っちゃったら、みんな怖がるよ!」
「……ごめんね、大ちゃん。確かに、弾幕なんて喧嘩かもしれない。だけど、二人にとっては、意地をかけた、正々堂々の、真剣勝負なんだよ!」

 魔理沙は最後の力と言わんばかりに、火の玉を乱射し始めた。
 こごえぬ炎の、絨毯爆撃。魔理沙の切り札である。両者の額に汗がしたたっているのは、暑いからか、激戦からか。
 緑の二人も、負けじと手に汗を握りしめていた。

「あんまり、強くなってほしくないな。一緒に、遊べなくなるし」
「もっと、強くなってほしいな。一緒に遊べるようになるし」

 凍らないはずのその弾幕が、今や完全に時を止める。
 パーフェクトフリーズ。その勝利の瞬間を、二人は正反対の心境で眺めていたことだろう。

「あたいの勝利だ! 妖精に最強あれ!」
「あいたたた、結構やられたな。帰って寝るとするか」

 妖精による、小さな大戦争。これで全てが終わり、のはずだった。
 だが、これは、真の大戦争の幕開けに過ぎなかったのである。

 =====

「す、すごいよチルノ! おめでとう!」

 リグル、感激。感動冷めぬまま、チルノに駆け寄ろうとしたその瞬間。
 大気を震わせる、真っ黒な存在がやってくる。何やら、甲高い警笛まで聞こえる。
 黒くて長くて箱型の、低音を轟かせる不可思議な物体が、ざりざりぷっぷーとこちらにやってくる。
 その名前だけはリグルも知っていた。自動車だ! 黒塗りでいかにも高級そうな自動車が、草花を踏み散らかしながらとんできた!
 止まるや否や、ドアからブラウンなカーペットがころころと躍り出た。赤じゃなくて、ブラウン?

「やあやあ、ご苦労さん。見てたよ、チルノくん」

 手を叩きながら、ハイヒールが車から降りてきた。
 その脚にはダークブラウンなタイツ。膝から上は、タイトな黒スカート。ウエストがきゅっと細くなっている黒のジャケットから、白なブラウスがひょっこり顔を出す。
 シックな出で立ちかと思えば、そうでもない。ごつくて銀と金が絡み合ってる腕時計があり、金の指輪が左手薬指以外に全部はまってて、チェーンがついた金縁ダテメガネまでしてやがる。
 リグルが最も会いたくて、そして、この瞬間に最も会いたくない人物。よりにもよって、彼女がそこに、いた。

「……まさかだけど。みすちー、なの!?」
「ごきげんよう、リグル。でも、お話はまた後で」

 ほとんど、無視。顔すら、合わせない。彼女の視線の先は、あくまでチルノ。
 リグル、ショック。あんまりな事が重なりすぎて、出すべき言葉が見つからない。

「忘れないうちに、あげておくよ。これ、今日の報酬金」
「ありがとー、みすちー! えーっと、どれどれー」

 お駄賃とかいうレベルじゃない。給料とかいうレベルですらない。渡しているのは札でもない。束でもない。カバンだ。銀色のカバン。アタッシュケースとか何とか言うらしい。
 チルノが中身をちらりと確認。正真正銘、最高額紙幣がぎっちりと詰まってらっしゃる。

「うおー! やったー! これだけあれば、モアベスト最強になれるよー!」
「いやあ、我々としてもチルノくんには強くなってもらわなくちゃあ困るからね。これくらいの投資、ただみたいなもんよ」

 リグル、呆然。立ち尽くすことしかできない。だが、緑の相方は黙っちゃいられない。ミスティアとチルノの間に割り込んだ。

「とうとう尻尾を掴んだわよ、この泥棒猫! お金でチルノちゃんを買うだなんて、卑怯だし卑猥だよ!」
「おやおや、これはとんだ言いがかりですな。ねえ、チルノくん」
「大ちゃん、黙っててごめんね。でも、心配しなくていいよ。私、強くなりたいだけだから!」

 その目はあまりに純粋で、夜だというのにキラッキラしてやがる。だからこそ、大妖精の顔が曇ってしまう。

「騙されちゃダメだよチルノちゃん! きっと何かの罠なんだって! ほら、もう遅いし、一緒に帰ろう?」
「ほーっほっほ。信用されていないみたいですな。残念です。今日は一つ、あなたと取引をしようと思っていたのですが」
「と、取引!?」

 大妖精が一歩、引き下がる。警戒心むき出しだ。大妖精が一歩下がった分、ミスティアがずずいと、にじりよる。ついでに金縁メガネをくいくいした。

「チルノさんの件では、あなたに寂しい思いをさせてしまいました。今日はそれを解決に導くご提案です」
「ミスティアちゃん、なんか変だよ!? ちょっと怖いよ!?」

 ミスティアは手の平をこすらせて、いかにもな商人らしく体をくねらせる。

「ご安心を。私はただ、あなたを我が社に招き入れたいのです」
「か、会社?」
「そう。チルノくんは我が社の社員でしてね。将来的に、彼女のサポートをしていただきたいのです。悪くない話でしょう?」
「ちょっと待ったらんかーい!」
 
 大事な商談に割って入るのは、我に返ったリグルであった。まだ半分くらい、夢を見ている心地であるが。

「お前誰やねん! お前誰やねーん! みすちーの着ぐるみ着てんじゃないわい!」
「リグルちゃん落ち着いて! そっちまでキャラが崩れかけてるよ!?」
「ふむ、ちょうどいい頃合いですな。申し遅れました。わたくし、こういうものです」

 胸元から名刺を取り出し、頭を下げる。大妖精、それからリグルに名刺を渡していく。そこには「みす帝愛グループ代表取締役 ミスティア・ローレライ」と簡潔に書かれてあった。
 その名を見て、大妖精の肩が、ぴくりと動く。だが、その些細な動きを封じるがごとく、リグルが堂々、しゃしゃりでた!

「違う! こんなの、みすちーじゃないんだ!」

 名刺をもらったそばから、リグルはそいつをびりっびりに引き裂いた。

「夜は屋台で私の相手してくれて、私がつぶれても介抱してくれてさ! 休みの日には一緒にデートでおしゃれランチ! これがみすちーでしょ!? お願いだから、戻ってよ!」
「お、おしゃれランチなんてしたことないでしょ!?」
「ガッデム、私と認識ちげえ!」

 のけぞりながらそのまま倒れてしまいそうなリグルであったが、もう勢いは止まらない。
 ミスティアにずびしっと人差し指を突きつける。

「ともかく、いつもの屋台の店主に戻ってきてよ! 心配してたんだよ!?」

 その必死な訴えに、ミスティアはたじろいだ。頭を抱えこんで、言葉に詰まる。
 一呼吸、二呼吸してから、ミスティアがつぶやいた。

「もう、戻れないよ」
「なんだって!?」
「リグル……。失礼、リグルさん。これは、怒らないで聞いていただきたいのですが」

 一転、ビジネスモード。ミスティアの瞳が、きりりと細くなった。

「私には、きちんとした夢があるのです! けーえーりねんっていうものが、あるのです! あなたとは、違うんです!」
「ちょ、ちょっと。何を言い出すの?」
「現状に満足し、何も変わろうとせず、弾幕とお酒の日々……。私は、そんなあなたに失望しているのです!」

 リグルは、自分の心臓に杭が打たれたように、うずくまった。途端に息が苦しくなって、言葉が返せない。

「もっと、平等に、皆が、楽しく。遊びとはそういうもの、ですよね。大妖精さん、賛同いただけますよね?」

 どうしたことか。大妖精は、ゆっくりと、確かに首を縦に振った。その目は、ミスティアに毒されてしまったかのように、にぶく輝いていた。

「それでは、大妖精さん。それから、チルノさん。我が社に向かいましょう。これからのぎょーむけーかくについて、みーちんぐがございますので」
「おいでよ、大ちゃん! なーに、心配することなんて何にもないよ?」
「わ、分かりました。それでは、是非……」

 急速に話がまとまりはじめる。一同、黒塗りの車に向かい始める。リグル、置いてけぼりの予感。
 両腕を前に出して、待って待ってとせがみ始める。

「ちょっとみすちー! あと大ちゃんも! 待ってよ、私もちゃんと話を聞きたいよ!」

 ミスティアは背を向けたまま。その翼は、手入れがされていない向日葵のように、しょんぼりとしおれていた。
 肩から上だけ、うつむき気味で、ミスティアが振り向く。

「リグル」

 足を揃えて、ミスティアが立ち止まる。戸惑いを隠せないリグルの顔を一通り眺めてから、ミスティアは今度こそ、顔を背けた。

「申し訳ありませんが、ぎょーむのぼーがいです。あなたは商敵。だから……。簡単にいうと、その、今は来ちゃ、駄目!」

 一方的に会話を中断するように、ミスティアたちがバタバタと車に乗り込み始める。
 リグルはというと、ぽかんと口を開けたまま、立ち尽くしてしまっていた。

「私が、みすちーの、敵……?」

 悪いことをした覚えなど、全く無かった。どうしてこうなってしまったのか、理解できなかった。
 だが、ひとつだけ、はっきりしたことがある。
 屋台で癒してくれる、優しい親友のミスティアはどこにもいない、ということ。その事実だけが、リグルの背中に重くのしかかっていた。

「いけない! みすちーが逃げちゃう!」

 せっかくミスティアに会えたのだ。住所不明の会社の場所を、つきとめておきたい。
 このままみすみす逃すわけにはいかない。

「ヒヨケムシ隊、出撃!」

 砂漠を時速50kmで走ると噂された、数々の伝説を持っているクモの仲間である。後のことは彼らに任せば、大丈夫なはず。
 リグルは、なんだか疲れてしまって、とぼとぼと家に引き返した。

 =====

「……何やってんだろ、私。早く寝なくちゃいけないのに」

 家へと戻ったリグルは、薄暗い自室の中で一人遊びにふけっていた。
 明日は早くから、ヒヨケムシ隊の報告を聞かなくてはいけない。そのあと、ミスティアの動向も調べておきたい。
 というわけで明日も予定てんこもりのはずなのに、お酒を入れて、ひと遊びしたい気分がおさまらないのだ。

「弾幕とお酒の日々……。失望してます、か……」

 ミスティアの言葉が、今だに脳内を反復する。
 図星ではあったが、それでも今この瞬間も、お酒アンド一人弾幕をせずにはいられない。
 蛍を星空に見たてて、あやとりのように次々に星座を編み出す。リグルの中では今最も熱いプレイだが、誰にも見せることができないでいる。
 最近の弾幕人口が少ないのだ。対戦相手がいない。いたとしても、この技は難易度が高すぎる。

「吸血鬼さんも、みすちーも。どうして皆、私から離れていくんだろう……」

 第二の吸血鬼。それは、今なお消息不明の、吸血鬼異変のもう一人の主犯のことである。
 幻想郷の平和を脅かす大罪人。であるにもかかわらず。

「もう一度、会えたらな……」

 近いような遠いような過去を振り返る。
 満月の夜。月明かりのようなふんわりした髪の、長身の妖怪。彼女は自らを、最強の吸血鬼であると名乗り、誇っていた。
 彼女から放たれる、幾重にも重なりあった光線が忘れられない。夢中になって駆け回って避けて、食い入るように撃ち込んだ。
 生き死にに関わるような戦いだったはず。それでも、リグルにとっては、ただただ楽しくて仕方が無かった。
 強敵相手に、体力ぎりぎりで勝てた時なんて、溢れる気持ちが叫びとなってしまったほどだ。

『ありがとう! 最高だよ! とても、楽しかった!』
『楽しいだと? お前は、この命がけの闘いを、お遊びと思っていたのか!?』

 気付いた時にはもう、遅い。
 墜落していく彼女は、森の奥深くに溶け込んでいってしまった。

『許さん。この恨み、いつか晴らしてやるからな!』

 その後、第二の吸血鬼を見たものはいない。
 危険人物を取り逃がしたリグルは、責任を取って彼女の行方を追うことに。
 ついでに、万一こうしたテロリズムがあった時のために、決闘の方法が確立されたのであった。
 弾幕が得意なリグルは、有事の際に常に勝つことが求められる、お遊び軍事隊長となったのであった。
 捜査と安全管理。いわば、幻想郷の警察。
 八雲紫から、少ないながらも給料が支給されるこの身。時折、他の妖怪から疎まれることもある。

「そういえば、今日はルーミアにも怒られちゃったな。仕事してないだろって」

 今晩、何度目になったか分からないため息を、もう一度ついた。
 もともと、リグルは交友関係が狭い。ミスティアに屋台で愚痴を聞いてもらうか、チルノと遊ぶか、といったくらい。
 にも関わらず、今日はミスティアにもルーミアにも、それから大妖精やチルノにも、距離を置かれてしまった気がする。

「友だち、いなくなっちゃうのかな。まして、恋人なんて、一生無理なのかな……」

 蛍を、人の形に集合。その姿が、なんとなく第二の吸血鬼に見えてしまった。

「もう、どこにもいないはずなのに」

 第二の吸血鬼は、もうどこにもいない。これがリグルの結論だった。
 あらゆる虫を使って、木々も地面も地中だって調べても。最近来たダウザーに依頼しても。痕跡すら得られなかったのだ。
 幻想を追い求めているようで、リグルは急にむなしくなってしまった。
 バーチャルな友だちを、砂のように崩れさせる。
 遊びは終わりと言わんばかりに、布団の中にぐるぐると丸まりながら、リグルは無理やり眠りにつこうとした。

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