Coolier - 新生・東方創想話

私とプリンとフランのほっぺ

2014/04/25 07:31:45
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「くっくっく……」
 夜の女王たる私は、曇天のテラスにて午後の三時にソレをスプーンの先でつつきながら、尊大な笑みを浮かべていた。
 いつも私はこの時間に軽食を摂る習慣がある。少食なため一度に摂れる血液が少ない上に日中も活動するのだから仕方のない事だ。そこにあるのはティースプーン一杯程度の面倒臭さと、舌を楽しませるという優雅な時間。
 ふるふると皿の上で身を震わせる桜色の甘味は、咲夜のお手製である。少女の姿を取るが故か、それともこの気性あっての少女の姿か、自分でもそこは判然としないが、私はこの手の甘味を好む傾向にあるので三時の軽食にソレが現れたことに上機嫌なのだ。
 傍らで静かに控えていた咲夜が仮面のような微笑で、お気に召しましたか、とのたまう。
「ふん、お気に召したのはあなたの方ではなくて? 幼い容姿の私が嬉しそうにプリンを堪能している、そんな光景が見たくて作ったのでしょう? ねえ咲夜、この変態」
 楽しげな私の口から紡がれたあんまりなセリフに、瀟洒で従順なメイド長は一瞬だけまつ毛を揺らして、鉄面皮をどうにか保持する。
 綺麗なピンクのカスタード・プディング。血の密度を薄くして淡い色にしたのは真紅よりも愛らしく、なおかつ量を多く作れるからだろう。普通より大きく仕上がったソレには、少しでも長い時間楽しめるようにという主への配慮と、自分の趣味の充足が秘められている。
 私の罵倒に反応して一瞬だけ覗かせた仮面の下、そこには歓喜の笑み。彼女は悪魔の従者に相応しい重度の背徳者だった。恐らくはマゾヒズムとロリータ・コンプレックスの併発、おまけにサディズムもいくばくか。
 プリンから放たれる微かに異質な甘い香気は、また甘みのある毒物を甘味料に使ったのだろうか。視線で軽く問いかけると、メイド長は恭しく頷き説明を始める。
「パチュリー様からクロロホルムを頂いたので珍しく思い、砂糖やバニラビーンズと併用しました。血液は若い娘の物を、卵と牛乳は今朝の採れたてで品質も里の中では一二を争う物との評判です」
 すらすらと出てきたが断じてクロロホルムは高級食材というわけでもないし、甘みや甘い香りがあるのは確かだが有毒だ。味見をしているわけでも無いだろうに的確な分量で味を壊さないのだから気にしなくてもいいのかもしれないが、やっぱり食べると違和感があったりする。
 ともあれ、私はプリンを一匙だけすくい取り、優雅に口へと運ぶ。滑らかな舌触りと優しく染みこむ甘み。血もあっさりしたものを使っているので芳醇でありながらしつこさが無い。
「良い出来だわ咲夜。定番メニューに入れておいてちょうだい」
「かしこまりました、お嬢様。ではまたクロロホルムが手に入りまし――」
「――それは入れなくていいわ。っくっく、それにしてもこの桜色の艶やかさと生地の柔らかさよ。まるでフランの紅潮した頬のようだわ」
 再度プリンをつつき回して悦に入っていると、テラスに面した廊下から冷たい声が投げかけられる。
「何を気持ちの悪い事を言っているのかしら、お姉さまは。ついに頭の中まで砂糖菓子になってしまったの?」
 我が妹ながら口の悪い。私の背後へと靴音も高らかに近づいて、親愛なるフランドール・スカーレットが手元を覗きこむ。
 私はソレがよく見えるように微かに振り向きながら、プリンをスプーンで嬲る。
「ご機嫌よう、マイシスター。思考は至って正常。見ての通りフランを堪能しているのさ」
 私がそう言うと妹は不機嫌そうに眉根を寄せて、煌めく羽をひくつかせながら口をとがらせる。
「……プリンじゃない」
「その通り。しかして妹よ、私は嘘を吐かない。これはスペイン語でflanというのよ。だから私はこれが特にお気に入りなのさ」
 本日最高のドヤ顔でフランの顔を見返すと、何が気に入らないのか、むーと唸る。
「なんでも良いけどお姉さまばかりズルいわ。私に半分ちょうだい」
 なんともはや、さすがに悪魔の妹。言う事が違う。よもや姉と間接キスがしたいとは嬉しい限りだが、そこは高貴な身ゆえにグッと堪えて却下すべきである。だってコレ美味しいし。
「ダメよ。あなたには十分な量の食事が振る舞われているはず。飽食の罪は甘美だけれど私から楽しみを奪う事は許されないわ」
 ダメ出しをしつつ、下品にならないような自然体でプリンの皿とスプーンをホールド。少しフランから遠ざけて意思表示。
 フランが右眉だけを跳ねさせて、こちらに反抗的な目を向ける。
 私は構わずにプリンをさらに一匙すくって呑み込む。フランの魔力がわずかにざわめき、それに反応してパチュリーの術式が自動的に屋敷の周囲へ雨を降らせる。テラスや玄関などの屋外に近い場所は全て同様に監視されている。
「お姉さま、本当は弱いくせにいつまでも大物ぶってると痛い目見るわよ」
「あら、私の心配をしてくれるなんて優しいのね。でも安心なさい、あなたの姉はいつだって夜を支配する傍若無人の絶対君主よ。我が親友と違って年中むきゅーでね」
 私のナイスジョークにもフランの機嫌は直らないようで、ついには曲がりくねった魔力の枝を手の中に生み出す。
 私もプリンをやっと最後の一口までたいらげて、咲夜の差し出したナプキンで口を拭う。そのまま手で下がっているように命じると、音も間もなくその気配が遠のく。
「どうやら敬愛する姉とウィットに富んだ会話を楽しもうという空気ではなさそうね。躾が必要なのかしら?」
 私の警句にも耳を傾けず、フランは枝――レーヴァテインをぐるりと右手の中で一度回して、スペード型の先端を座ったままでいた私の喉元に突き付ける。
「いっつもその余裕ぶった態度が気に喰わないのよ! 弱いくせして私が怖くないの!? お姉さまって、ほんとワケ分かんない!」
 あぁ、またヒステリーを起こしているのだなと合点がいって、私は口の端を歪める。地下で引きこもっていた時もよくよく物を壊していたようだが、最近は落ち着いてきたと思う。それでもこうして稀にぐずるなら姉として付き合ってやらねばなるまい。
 そう自分に言い聞かせて体を浮かび上がらせようとした瞬間、フランが空いている左手を膨大な魔力と共に握りしめる。
 炸裂の不快な音を散らして私のお尻の下で椅子が消失。一瞬とても焦るが、表情も崩さず尻もちもつかずに浮力で姿勢を維持。浮かび上がろうとするのが一瞬遅ければ天狗のパパラッチが大喜びして飛んできそうな失態を演じるところだった。
 ちょっとイラつく。
「フラン、いいわ。望みを言いなさい。もしこのレミリア・スカーレットにまいったと言わせることが出来たなら叶えてあげましょう。ただし逆の場合は今日一日、私の言う事を聞いてもらうわ」
「なによそれ、じゃあ私が勝ったら二度と偉そうにしないで。あと、私の分のプリンも用意させてよね」
「いいわ。妹の躾に決闘のルールはいらないわね? 実戦でいくわよ」
 おそらくはフランも最初からそのつもりだろう。能力を使ったのもそのための前振りだと感じたので、ちゃんと意を酌んでやることにする。
 フランはその気遣いすらも不快だと言わんばかりに鼻を鳴らしてこちらを見下ろし吐き捨てる。
「いいのかしら、お姉さまなんて私には手も足も出ないくらい弱いのよ? 実力差を埋められる決闘ルールでお茶を濁したほうがよかったんじゃないの? もう今更遅いけどねっ!」
 フランの認識はおおよそ合っているが、大きな勘違いがある。
 私は確かにフランより魔力や妖力と呼ばれる悪魔や妖怪としての力が弱い。パチュリーから魔術を習っていたようだし知識も私より豊富かもしれないし、それを扱う器用さも昔から私より高い。
 だが、私の能力に裏打ちされた絶対的な有利には遠く及ばないのだ。運命を操る力を持つまさに神にも勝る私が、ただ私より力が強く賢く器用であらゆるものを破壊できる程度の能力を備えた愚妹に負ける理由など欠片もない。
 ゆえに私は嘲笑する。
「勘違いしない事ねフラン。弾幕遊戯程度には決して使わない私の能力が、実戦では容赦なく牙を剥く。あなたは万に一つの勝ち目もなく、姉の偉大さを知るのよ」
 フランから見て優美な角度を心掛けて、左手の皿を床に放り投げて、右手のスプーンをフランの眼球に向けて爪で弾く。
 音に近い速度で飛翔したスプーンはもちろん右手のレーヴァテインを掲げる動きだけで弾かれるが、次の出方を見極めようとするフランに見せつけるように右手の内へ魔力を集める。人を串刺しにして晒すのに手頃な長大さを誇る真紅の槍――グングニルが形作られる。
 砕け散る皿の悲鳴のような音と共に、フランの表情が微かに引きつる。そこに潜むのは押し殺された小さな小さな恐怖。悠々と立ち上がった私は問いかける。優しく、穏やかに。
「覚えているわね? あの日の事……」


 幼かったあの頃、トランシルヴァニアの館はお父様とフランと大勢の従者や配下で賑わっていた。
 紅き悪魔の王たるお父様は地元の怪異たちのカリスマで、人間のみならず誰からも畏れ敬われていた。必然的に館の住民は多く、敵も味方も星の数ほどである。
 私もそんなお父様に、誰からも畏れられるカリスマになるよう期待されていたし、そう育てられてきた。傍若無人でありなさい、強くありなさい、そして家族は大切にしなさい。
 娘に甘いお父様の口癖にして、スカーレットの家訓ともいえる言葉だった。
 お父様が死んだあの日も、私はフランとの喧嘩に負けて泣きながらお父様に甘えていた。お父様はフランの強さを褒めて、その一方で私には父よりも他者を惹きつける素質があると言って慰めてくれていた。
 そうして寝物語に聞かせてくれるヴラド三世の英雄譚が私もフランも大好きで、至福の時間だった。
 そこで物語を聞きながらフランが、あの日初めて自分だけの能力を使って見せた。物体の最も緊張している部分――『目』を破砕することによって対象に絶対的な破壊をもたらすその能力に大歓喜してお父様は叫んだ。
『すごい、すごいぞフラン! 優れた娘だとは思っていたが、そんな素晴らしい能力も芽生えるとは! よ~し、ちょっとお父様にもやってみなさい!』
 今考えるとお父様はかなり奇特な……というよりも狂っていたようにも思える。
 その後は一瞬だった。素直だったフランは愛するお父様にその能力を使い。お父様は愛娘の想像を絶する能力をレジストしきれず全身を崩されて弾け飛んだ。
 フランの悲鳴。父の狂笑。ショックで暴走させてしまった能力の立て続けに起きる炸裂音。床が、壁が、家具が、駆け付けた従臣たちが、止めに入った歴戦の悪魔たちが、次々と爆ぜて灰になった。
『いいぞフラン! それでこそ私の娘だ! 素晴らしい、傷が塞がらない、すごい! すごい! すごい!』
 私は動くことも出来なかった。フランの視界に入った瞬間に能力の対象となる可能性も理解していたが、それに物怖じして動きを止めたわけではない。私もまたその瞬間に、能力に覚醒していたからだ。
 姉妹としてのシンパシーのせいか、それともフランの能力に私の枷が壊されてしまったのかは分からないが、ともあれ目覚めた力に促されるまま運命を見た。その後の数分で、たぶん数百年以上先まで私は自分がこのままだと辿るであろう運命を全て体験した。私は運命を自在に変えられることも分かっていたし、死に至るその瞬間までに選択肢は無限に存在した。
 しかし、私は一度も運命を変えなかったその先にあるシナリオに感動した。なんということか、神様とやらは皮肉屋でユーモラスで偉大な芸術家だったのだ。この運命という芸術作品に手を加えることがいかに愚かしいか理解してしまった。
 こんな面白い運命を変えてしまうなどもったいない! 私は一目で神の芸術のファンになってしまった。私は様々なことに怒り、笑い、悲しみ、時に傲慢に時に献身的に生きるだろう。そして最後には最高な形で幕が下りる。
 悪魔であるならば神の作った筋書きに逆らうべき? とんでもない。天使も悪魔も全ては至高のエンターテイナーである全知全能神の用意した舞台で踊るキャストに過ぎないのだ。確かに運命を変えられるならば神を越えられるだろう。しかし、ここで悪魔がシナリオを荒らしてもそれは神の想定したスピンオフ作品の『神殺しの悪魔役』をただ全うしただけの、いわば没個性的な反応だ。
 私は違う。この世で唯一、神にアドバイザーとして台本を先読みさせてもらった私にはこれが傑作であるという確信がある。ならば、演じきって見せようではないか。神が最初に用意した一番面白いと思ったシナリオを続行だ!
 かつてパンドラという娘はあらゆる災厄を詰め込んだ箱を開き、その底に有った最後の絶望――未来を知るという絶望だけは外に出さずに済んだというが、そのようなもの所詮は脳などという非効率な記録媒体に頼る生物たちの弱点に過ぎない。
 私はこの運命という物語をまたじっくり堪能する方法として、体験した未来に関する記憶をほとんど放り捨てた。悪魔にとって知識の譲渡など初歩の初歩だ。残ったのは自分の運命が愉快で数奇で最高のものだという要約された自負のみ。
 死にかけの元人間であった従臣の一人が譲渡された情報の奔流に脳を焼ききられて死ぬのを横目に、私は寝具を蹴飛ばして立ち上がり、さっき聞いたばかりのヴラド三世の英雄譚に登場するような残虐性を思わせる長大な槍をありったけの魔力で生み出す。
 館の実力者たちはその数分で既に壊滅していたが、なんら恐るるに足らず我が妹よ。私は瀕死のお父様の横を歩き、泣きながら手足をばたつかせるフランに近付いて行った。
『レ、レミリア。やめなさい、今はフランに近づいてはいけない。フランが一人っきりになってしまう……』
 自分の命はどうでもいいらしいお父様も、娘二人の将来は心配らしく狼狽した声を上げるが、私は至って冷静に返したのだ。
『お父様、私はフランより強いわ。運命を操る能力に目覚めたのだから』
 目を見開くお父様。理解できなかったろう。一悪魔が唯一神を超える力を手にしたなどと普通では考えられない。だが、私は正しく理解していた。
 私が能力をもってして運命を変えなければ、私はここでは死なない。それはつまり、私は決してフランの能力ごときでは死なないということ。
 その後はいたって簡単、無造作に近付いてフランの両手を槍で破壊して、気絶させて落ち着くまでそこに居なさいと地下室に放り込んで。死んでしまった従者たちの代わりを探して、お父様の葬儀を盛大に執り行って、館の修復をさせたりスカーレット家の偉名を再度トランシルヴァニア中に響かせて。
 容赦なくぶちのめしたせいか、フランはその後しばらく地下室から出てこなかったけど、それも些細なことで、私の運命は問題なく数奇で愉快でいい感じに進行中だ。


 そして今に至る。
「あの日、あなたを倒した私の実力を、本当に低いと思っているのかしら……?」
 フランは少しだけ強がるようにレーヴァテインを構えなおして、愛らしい犬歯を剥いて吠える。
「お、お姉さまに運命が見えるなんてどうせハッタリだって分かっているんだから! あの時だって運よく目を掴まれなかっただけじゃない!」
「ふん、持たざる者には分かるまい。この絶大な力の意味がね。それに、あなたの言うとおりのただの強運だったとしても、運も実力の内という東洋の名言を知らぬわけではないでしょう?」
 威風堂々たる私の返答に絶対的な威圧感をフランは感じているだろう。実は自分がいつ死ぬのかも忘れてしまっているので今死んでもおかしくはないのだけど、私はここで死んで満足する展開が想像できないので今回も妹には絶対負けないのである。
 たまに、ここで負けるとか有り得ないわぁ! ってなる負け方とかも今までにあったけど、いつだって私は自信満々だった。きっと死ぬまで。
「さぁフラン。負けたら約束通りそのほっぺたを日が暮れるまでつつかせてもらうから、今から覚悟しておきなさい。行くわよ!」
 まだ何か言いたげなフランに私は全力で飛びかかる。フランも咄嗟に右手で防御しながら能力で『目』を掴み取った左手を握り締めるが、それは私の近くの空気を爆散させるだけだ。
 未だに私はフランの『目』を抜き取る魔力の正体を看破していないが、それを避けるための条件だけは分かっている。つまり抜き取ろうとした場所に居なければいい。動いてない私を狙っているなら動いてやればいい。動いている私を狙っているなら予想を裏切るように動いたり、止まったりすればいい。
 タイミングなんてものは最初から分からないのだから考えるべくも無い。当たらないから当たらないのだ! 末恐ろしきは偉大なる我が運命の力よ。
 ともあれ私の槍の一閃もあっさりと右手の枝に弾かれる。小生意気にも私よりも素早く力強い、なおかつ正確なパリィで槍は上にそれて、くるりと回った枝の逆端が私の股下から頭までを両断する。
 もちろん霧化しておいたのでなんともないのだが、フランも心得たもので即座に私を実体化させるべく何事か呪文を唱えて銀の網を作り出す。それが霧化した部分に触れる先から魔力を中和して実体に絡み付こうとする。
 雰囲気から察するに恐らくはパチュリーが実験的に考えた対吸血鬼用の捕縛魔術。あの魔女、親友対策の魔術を考案するのみならずそれをその妹に伝授するとはどういう了見か!
 体内に秘めた使い魔の狼を危険な網にあてがってやり、その背中を無理やり蹴っ飛ばして網ごと放逐。犬ころのような悲鳴を上げながらすっ飛ぶ使い魔を尻目にフランがまた袈裟切りに振り回した枝の先端を槍の中ほどで受け止める。
 こっちは両手で受け止めているのに向こうは片手だけで平然と押し切りそうな馬鹿力。年を経てますます魔力量に差が開いている気がする。おまけに左手は動きを止めた私の『目』をついに掴んだようで、一瞬後にはきゅっと握り締められるのが容易に想像できた。
 なので予定通り使い魔の狼がフランの背後から手首を噛み砕く。それも一秒足らずで再生するだろうが、フランは使い捨ての身代わりだと思っていた使い魔が行った奇襲に不意を突かれて集中が途切れる。能力が解除されたのを見て内心胸を撫で下ろしつつ枝を弾きながら距離を開ける。
 私が唯一勝っているのは実戦経験の豊富さと能力の強大さだけなので、精々翻弄させてもらおう。
 苛立たしげなフランの裏拳で頭をザクロのように変形させられて崩れ落ちる使い魔に心の中で合掌しつつ、私は槍を大きく八の字を描くように振り回して、魔力で織り上げた衝撃波をひとつ、ふたつ、みっつと重ねて飛ばす。
 衝撃波は弧を描きながらそれぞれ違う角度でフランに迫るが、最初のふたつは回転した枝の両端で器用に捌かれる。みっつ目はさすがに間に合わないと思ったのだが、細い足がはしたない角度に跳ね上がり衝撃波を上へと蹴り上げてしまう。
 そして同時に私が飛び込みながら突き入れた槍自体での一撃は、フランのすぐ近くで空間が爆ぜる事により軌道がそれて空振り。防御に左手を使わずに足を使ったのはこのためだろう。
 私の上体が若干泳ぐ。その肩口にフランの痛烈な踵落とし。ぐぎりと間抜けな音がしてめっちゃ痛い。涙をこらえたままノータイムに無事な反対側の手で床を叩いてフランの後ろまで前転すると、その衝撃で取り落とした槍を後ろ足で跳ね上げてキャッチ。 
 私の超反応に焦ったように『目』を掴もうとするフランの左手の平へ背後から槍を突き刺して、背中合わせで一度停止。そこから猛烈抗議。
「いっっったいじゃない! はしたないしお姉さまを足蹴にするなんてどういうことなの!?」
「そっちこそ何よ! さっきから左手ばっかり狙って陰険だしみみっちいわ!」
 痛みに不慣れであろうフランが手の鈍痛に苛立ちを増したのか、枝で力任せに槍を断ち切らんと体を反転させながらフルスイング。
 私は槍を手放し呼吸を合わせて華麗にフランとワンインチ距離まで密着。枝が生み出す危険な斬撃の暴風とフランの間で、ぴょんと跳ね両の太ももを使ってフランの顔をホールド。そのままバク転でもするかのように勢いよく頭を床へと叩きつけてやる。
 確かフランケンシュタイナーとかって言う技である。一度こういう奇襲もやってみたかったのだ。吸血鬼の全力なので普通の人妖ならば即死してしまうドキドキ初の試みなのだが、フランは頭から血と瓦礫を振り撒きつつも跳ね起きて咆哮。
 自分の技のキレに感心していて気付かなかったが、さすが我が妹。あの一瞬で虚を突かれたのにしっかり私の『目』を無事な右手に掴んでいるではないか。即座に体を分割して無数の蝙蝠に変身するが。間に合わなかった下半身が爆発四散。
 こうなると痛いとかはもう感じないのだが、減った体積を埋め合わせるのに魔力がごっそり抜け落ちる。一方のフランはその間に槍を引き抜いてこちらに放り投げようとしたので私がそれを爆破。
 相手の用意した武器が安全なわけもなかろう妹よ。今度は右腕がぐしゃぐしゃになるが、累積ダメージ的には私の方が若干多そうに思える上に、向こうの方がポテンシャルは上。
 互いに相手の出方をうかがいながら傷を修復していくが、それもフランの方が早い。
 生え変わった右腕でフランが枝を回転させながら投擲。素早く床に伏せた私の頭上をヤバい速度で通り過ぎていく。背後でテラスの手すりが綺麗にカットされていくのを感じながら、前傾姿勢のまま手足を狼のソレに変異させてフランへ突撃。
 フランが空いた両手で次々と私が通りそうな位置から『目』を掴みとり破砕。連続した爆発が起きるが、どれも私には当たらない。どうやら全速で複雑に動く吸血鬼を簡単に捉えられるほど万能な能力ではないらしい。
 近接状態からそのまま跳ねてフランの首に噛みつこうとする――私から分離した使い魔が。フランは咄嗟に両手でその頭を挟んで圧搾。水袋のように中身をまき散らす使い魔の影から人間型に戻った私がフランの薄い胸板にキック!
 くぐもった音を鳴らして館の中へ吹き飛んでいくフランの姿を確認するより早く私は霧化。思ったとおりだ。背後から先ほど投擲された枝がブーメランよろしく返ってくる。
 おそらく私のキックをわざと受けたであろうフランが、突き破った廊下の壁の向こうで盛大に舌打ちして立ち上がり、戻ってきた枝を右手で掴む。戦いの年季が違うのだ。この程度の奇襲が決まる筈もない。
 ドヤ顔で実体化した私がフランを挑発するよりも早く、頭に軽い衝撃。いつの間に居たのか、フランの使い魔であろう蝙蝠が後頭部にがっぷりと牙を食いこませている。すぐに羽をむしり取って握りつぶしてやるが、その間にフランの嘲笑。
「お姉さまったら、やっぱりダメダメじゃない。弱すぎぃ~♪」
 ふん、言ってなさい。私は握りしめた手の中にありったけの魔力で槍を作りだす。体の動きは雑魚妖怪のごとく鈍くなるが、これだけの膨大な魔力で練り上げた悪魔の槍だ。刺さればフランとて体が痺れるだろう。
 フランが怪訝そうな顔をする。まあ当然だろう。この程度の身体能力になるまで魔力を削ってしまってはまともにフランに触れられる可能性は低い。だが、興が乗ったのだから仕方あるまい。
「あの日と同じよフラン。私がツェペシュの末裔と恐れられるゆえん。優雅に、刑に処するように、この槍はあなたを貫くわ。これは運命よ」
 フランが微かに眉をしかめる。
「まだ言ってるのね、お姉さま。何度だって言うわ。そんな能力は無いわ! できるものならやってみなさいよ!」
 機動力を失った私に対して、フランは遠距離からの物量作戦。枝を投げつけ、空いた手で『目』を握り、呪文を次々と織り上げて銀の弾丸を生成して射出。
 ほとんど面制圧の攻撃群だが、私は自分に当たりそうな気がするものだけ的確に槍で弾いていく。所々で優雅に踊るようなステップを入れてフランの能力に捉われぬよう幻惑し、確実に距離を詰める。
 この辺の手管は山のように行った実戦で培われた勘と、数十年前だったか親友に無理言って剣術ごっこを嗜んだ時の経験と、あとは度胸! 『女は度胸、男は愛嬌』とは東洋の格言だったな!
 じりじりと詰まる距離にフランの顔もちょっと焦りがにじんでくる。当然だろう、普通ならいくらランダムな回避運動を挟んでもフランの能力ならそのうち当たってもおかしくない。だが、偶然にも噛みあわないのだ。
 周囲に展開される魔法陣の数がどんどん増えて、フランの詠唱がもはや人間の口では再現不能なほどに高速化されて、やけくそな量の銀弾を吐き出してくる。
さすがに全部は弾ききれなくなって体の一部を霧にしたりしてやり過ごしながら進む。これももはや運任せでやるのだからちょこっとずつ体に穴が開きそうなものだが、今日はツイているらしく無傷。思わず顔に威厳ある笑みも浮かぼうというものだ。
一歩、また一歩と近付く私にフランが恐慌状態に陥る。ついにはここら一帯の空間全部を圧壊させる気にでもなったのか、さすがにマズそうな量の魔力が掌に集まり、大量の『目』が現れる。視界に入るもの全ての目であろうそれを握りつぶされたら、百パーセント私も即死だろう。
ゆえに、まったく怖くない。たしかに私が今から急いでも間に合わない。咲夜が空気を読まずに姉妹喧嘩に横槍を入れるような事もない。
そして、その手を握り締める瞬間にフランが驚愕し目を剥く。視界の端、部屋の中を流星のような速度で飛ぶ白黒のレトロな魔法使い。と、それを追いかけるパチュリー試作のゴーレム。
また泥棒か! あまりの間の悪さに相応しからぬ笑いが込み上げるが、ここで予想外の事態。
「ダメぇぇぇぇ!! 嫌! 嫌いヤイヤイやイヤいや!」
 フランの悲鳴と、そして手元から消えていく『目』。能力が霧散してからやっと魔理沙も危険な能力に巻き込まれそうになっていたことに気付き、今更ながら慌て始めるがもう遅い。
 とりあえず間の抜けた泥棒に素早く槍を投擲。抜群のコントロールで魔理沙のスカートを壁に縫い付けて固定。そのまま駆け寄って、頭を抱えて蹲ってしまったフランの手を優しく引き寄せて、互いの手を合わせる。
 わんわんと泣き出すフランの目元を私の肩に押し付けて隠しながら、合わせた両手をしっかりと握ってやる。フランの頭に頬を擦り付けて、なるべく優しく声をかける。
「あぁ、強くなったわねフラン。きっと地獄でお父様も喜んでいるわ。昔は失敗したけど、今度はちゃんと止めれたじゃない。大丈夫。大丈夫だから」
「ごめんなさいお姉さま、ごめんなさい……」
 しばらくそうして抱き合っていると、少しずつ落ち着いてきたのか、フランの躰から力が抜けていく。
 私は頃合いを見計らって手を離すと、愛らしい妹の顔が良く見えるように手で挟んで、しっかりと目を合わせる。
「フラン、よく頑張ったわね。恐れることは無いわ。あなたの大切に思う者が、あなたの能力で死ぬことはもはや有り得ない。だって、そういう運命なのだから」
 今度こそ私の能力を信じたのか。フランは少しだけ微笑む。
 私も微笑を返して、頭をちょっと撫でてやってから立ち上がる。
手を取ってフランも立ち上がらせてから、ゴーレムに連行されていく微妙な表情の魔理沙と壁に縫い付けられたままのスカートに苦笑して一声。
「咲夜! お客様に代えのスカートと、それからテラスにプリンをひとつ用意して頂戴!」
「……御意に」
 館のどこかで仕事中であったろうに、それを全く感じさせぬ瀟洒な姿勢でメイド長が目の前に現れて一礼。私はそれに鷹揚な仕草で頷いて、フランの視線に向き直る。
「お姉さま……」
「フラン、今回は私の勝ちよ。だってごめんなさいって言ったわよね? 約束通り今日は言う事に従ってもらうわ」
 私の意地悪な顔に、フランが少し頬を膨らませる。ほっぺがちょっと紅いのは泣き腫らしたせいか。
「咲夜、プリンはフランの分だから血を多めにしても構わないわ。それから二人分の紅茶を。なるべく濃いのをお願いね」
 それだけ言い渡すとフランの手を引いてテラスへ。いつの間にか新しく配置された椅子のひとつへフランを座らせて、すぐ隣に私も腰を下ろす。
「さあ、まずは日が暮れるまでほっぺをつつかせてもらおうかしらね」
 こうして私はプリンをつつき始める前と変わらぬ予定通り、心地の良い曇天の下でゆっくり時間をかけて『フラン』の柔らかさと甘い香りを楽しんだ。
 読んで下さり、ありがとうございます。
 以前投稿した一作目の暗さにドン引きされた気がして、ギャグが書きたくて選んだテンプレなネタ題材だったのですが、気付いたら大真面目に能力や姉妹関係に悩んでいました。まあ無いギャグセンスを絞るよりも楽しく書けたので良いのかも知れませんが、誰得な感も……。
 一応フラン視点も考えているのでまとめられそうなら書かせて頂きます。
うたみかん
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コメント



0.490簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
レミリアとプリンで始まったのにシリアスだった。これぞシリアルですね。
4.100名前が無い程度の能力削除
レミリアの言い回しが面白くて好き
5.90名前が無い程度の能力削除
まあブラックユーモアと言えないことも(震え声)
6.90奇声を発する程度の能力削除
面白い
8.80名前が無い程度の能力削除
>「そっちこそ何よ! さっきから左手ばっかり狙って陰険だしみみっちいわ!」

フランはツッコミの素質があるなとw
10.90名前が無い程度の能力削除
ただのネタかと思っていたらいつの間にかガチバトルになっていただと……?テンポよくていいね!