Coolier - 新生・東方創想話

運命の愚者・第三部

2014/04/21 21:14:03
最終更新
サイズ
169.93KB
ページ数
3
閲覧数
2601
評価数
7/15
POINT
1100
Rate
14.06

分類タグ



 小説を読み終わった翌日、私はその本を持ってパチェの部屋を訪れた。

「長々と貸してくれてありがとう。ようやく読み終わったわ。久々に本なんか読んだから骨が折れたわ」

私は本を彼女に手渡しながらそう言った。

「結局全部読みきったのね。で、感想はどうだった?」

パチェは返された本の頁を手早くめくりながらそう尋ねた。

「恐怖小説っていうぐらいだからさすがに怖かったわね。命からがら故郷に逃げ帰って来たのに、人間達がそこまで追いかけてきて殺されちゃうだなんて、考えただけでもぞっとするわ」
「怖いって言うから不思議に思ったけど、やっぱり吸血鬼の視点での感想なのね」

彼女は少し笑い、確認の終わった本を小机の上に置きながらそう言った。

「そりゃそうよ。人間の視点なんてはっきりとは思い出せなくなっちゃってるしね。それにしても、どれだけ時が過ぎても人間は神に頼るのが好きなのね。これだけ技術が進んでいろんな機械も発明されてるのに、未だに見えも聞こえも触れもしない昔の救世主を信頼してるんだから。この小説も結局は十字架だの聖餅だのが切り札扱いだし、そんなものが吸血鬼に効くと思ってるんならおめでたいわね」

吐き捨てるようにそう言った私に、パチェは冷静にこう答えた。

「どれほど科学や技術が進歩しても、やっぱりこの世には人間には対処の出来ない部分はあるものよ。その対処の出来ないものを何とかしたくて、未だに神様に頼ってるんじゃないかしら。神は死んだ、なんて言ったドイツの人間もいたし、確かにかつてほど人間は宗教に頼ってはいないけど、まだ多くの人間にとって、神様ってのは必要なものなんじゃないかしら」
「じゃあ多くの人間にとってその神の力が吸血鬼退治にも必要だから、こんな小説が出来たのかしら。私みたいな吸血鬼としちゃ、そんな訳の分からないものよりも、技術の粋を使って作られた新型の鉄砲とか爆弾でドカンとやられたほうがまだ死んじゃう気はするけどね。どうせ作り話なんだからまだこの世に出来てないものも好きに書けるでしょうに」
「そういう小説もあるにはあるけど、この作者はそういう風にはしたくなかったんでしょうね。むしろ御伽話みたいな非現実的な敵には、実体のある機械よりも見えないし触れない不思議な神様の力のほうが効きそうだって作者は思ったんじゃないかしら」
「全く信仰心に篤い作者だこと。まあ何を思って吸血鬼を敵に選んだのかは知らないけど、どうせ選ぶならもう少しまともな特徴を考えてもらいたいもんよ。この小説みたいに簡単に吸血鬼の仲間が増やせるなら、今頃吸血鬼はこの館の私達ふたりだけじゃなくて、あのロンドンって街中に数えきれないほど増えてるはずよ」

私がそう言うと、パチェは目を丸くして私を見てこう言った。

「吸血鬼がふたり?この家に、レミィ以外の他の吸血鬼がいたの?」

 彼女のその反応に、私は我が妹の紹介の機会を逸していたことを思い出した。

「あら、そういえばあの部屋に入らないでって言っただけで、あの子のことは言ってなかったかしらね。ここにはもうひとり、私の妹のフランドールがその部屋に住んでるわ。私の知る限り、唯一の吸血鬼の同胞がね」
「そうだったの。もうこの屋敷に結構いるけど、レミィ以外の誰かがいただなんて全く気づかなかったわ。そうよ、せっかくだから、是非とも彼女と会ってみたいわ。レミィの妹さんってのもちょっと見てみたいし、ここにいさせてもらってる客として、挨拶もしておきたいしね」

好奇心に少し弾んだ声でそう言った彼女を、私は婉曲に制止した。

「それは……ちょっとやめておいたほうがいいと思うわ」
「え、どうしてそんなこと言うの?レミィの妹さんなんでしょ?……こう言っちゃ何だけど、喧嘩して仲違いでもしてるの?」

パチェは当然のように訝しげにそう尋ねた。

「いいえ、別にいさかいも無いし、あの子のことはちゃんと愛してるわ」
「じゃあどうしてそんなこと言うの」

私は少しためらったが、正直に理由を述べた。

「あの子、フランは少し気が触れててね。私以外の誰かと会うのは危険なのよ」
「気が触れてる?気違いだってこと?でも奇声なんかも、暴れるような音も聞こえたことなかったけど」
「あの子はそういう感じの気違いじゃないわ。いきなり癇癪を起こすこともないし、ちゃんと落ち着いて会話もできるわ」
「じゃあどうして気が触れてるだなんて言うのよ」
「あの子には、命の大切さ、みたいなものがどうにも理解できないみたいなのよ。吸血鬼としての力の制御も決して上手じゃないし、ひとに会わせるだなんて考えられないわ」
「命の大切さが理解できないって?」
「ええ、昔血をもらうだけでいいはずの人間をあの子が殺しちゃったことがあったんだけど、あの子それに全く悪びれる様子がなかったのよ。それどころかばらばらになった人間を見て、人間の体ってこうなってたんだ、って言って面白がってすらいたわ」
「でも、人殺しに抵抗がないのは吸血鬼なんだから当然じゃないの?」

私にはパチェの声が少し震えているようにも思えた。

「確かにそうかもしれないけど、少なくとも私は必要以上に人間を殺したりなんかはしないわ。でもあの子はそうじゃないのよ。あの時の顔は快楽殺人鬼にでもなりそうな顔だったわ。それにパチェが魔女だとは言っても、見た目は人間とは変わらないじゃない。もし何かあの子が変な気を起こしちゃったら、私は貴女を守れる自信はないわ」

その言葉にパチェはしばらく押し黙った後、小机の上の茶を飲み干してゆっくりと尋ねた。

「そのフラン……ドールって子は、やっぱりそんな風にこれまでに何人も人間を?」
「いえ、まだ一人しか殺してないわ。とはいえこれ以上被害者は増やせないし、それがもとで人間に目をつけられたりしちゃあの子にとっても私にとっても困るから、ずっと部屋から出さないようにしてるのよ」
「その……人を殺しちゃったのはいつ頃の話?」
「はっきりとは忘れちゃったけど、もう三、四百年は前のことよ。今みたいな明るい灯火も、街を結ぶ鉄道もない時代ね。他の生命、ってのが理解できたらちゃんと外に出してあげようって思ってたけど、気がついたらもうこんな世の中よ」

私のその言葉に、彼女は少し強張った表情を和らげて軽く咳き込むとこう言った。

「その間ずっと、三、四世紀以上も、その子にはずっと命について言い聞かせてきたの?」
「ええそうよ、さすがに四六時中ってわけじゃないけどね」

パチェは少し口角を上げてこう言った。

「じゃあもしかしたら、フランドールちゃんはもうレミィの伝えたいことはすっかり分かってて、レミィだけがその子をまだ未熟だって思い込んでるだけなんじゃないかしら」
「まさか、でもあの子は……」
「貴女の妹さんなんでしょ?それだけの時間をかけて教えたんだから、少しぐらい信用してあげてもいいじゃない。それに不死身のレミィだけじゃなくて、他のひととも会ったほうがレミィの言葉以上にそういうことが分かるかもしれないしね」

 パチェのその言葉で、私は自らの緩怠に気づいたような感覚を覚えた。もしかするとこれまで私はフランを守るという名目の下でフランの自由を必要以上に奪い、彼女の成長の機会を刈り取っていたのではないか、と考えた。確かに自らの感覚や体験に即しない知識の定着は困難であり、それ故彼女も私の話を上手く飲み込み消化できないのではないか。フランに本当に必要なことはパチェの言うように他者との接触であり、そのため私にはフランを自らの手から離す勇気が必要なのではないか、私はそのようにも思った。フランのことを本当に考えているのならば、これまで私の独り善がりの犠牲として捧げられていたのかもしれない彼女を解放するべきなのではないだろうか。

「だからあの子に会ってみたい、って?」

私もパチェの使い魔が淹れた茶で口を潤した後で、そう尋ねた。

「ええ、レミィが私とその子をちゃんと信用してくれるって言うならね。私なら大丈夫よ、魔女がそんな簡単に死んじゃうんだったら、何のための魔法の能力よ、ってものだし」
「分かったわ。そこまで言うならね」



 毎日変わることなく叩き、開き、入っていたフランの部屋の扉が、その日は猛獣の檻の扉のように感じられた。むしろフランのことを誰よりも知っている私は普段からそう感じて相応のはずであったが、長日月の習慣と「家族」としての情がその恐怖を忘れさせていた。パチェという「他人」がその場に居合わせることで、私は再び正しい認識を取り戻すことができたのだろう。私はパチェに気取られぬよう小さく呼吸を整えると、拳で軽く扉を二度叩いた。

「お姉様なの?入っていいわよ」

朗らかなフランの声がそれに答え、私達は彼女の部屋に入った。

 フランは寝台の上にうつ伏せで寝転がり、立て肘に頬杖をついてこちらの方向を見ていた。私の姿を認めるといつものように屈託のない笑顔で私を見たが、私の背後に立つパチェに気がつくと、目を丸くして私とパチェの顔を交互に見てこう尋ねた。

「お姉様、後ろのひとって誰なの?もしや、このひとがそちが言いし魔女の友達なりや?」

フランのその言葉に、パチェは笑って静かに私に話しかけた。

「フランドールちゃん、意外とちゃんとしてそうじゃない。それにレミィに似てかわいい女の子ね。そりゃ確かにこんな言葉遣いの子と一緒にいたら、最初に会った時みたいな古めかしい口調にもなるわね」

私はパチェの言葉に軽くほほえみ返すと、フランの方に向き返ってこう言った。

「そうよ。この娘がそちに会いたがっていたのもあるし、そちにも新しく知り合いとならば、と思ってね」
「知り合い?」

フランがそう言うと、パチェが彼女の方へと進み出ながらこう言った。

「ええ、是非ともお互いのことを知って、友人になりましょう。私はパチュリー・ノーレッジよ、よろしくね」

パチェはほほえみながら右手をフランに差し出した。フランはしばらく差し出された彼女の右手と顔を代わり代わりに見つめたが、その意味を了承したと見ると彼女に笑顔を返し、寝台から下りてパチェのもとに向かい、優しく右手を握り返しながらこう言った。

「私はフランドール・スカーレットよ。私の方こそよろしくね」

私は息を呑みながらその光景を眺めていたが、全く平穏無事に事が済んだことに静かに安堵の溜め息を落とした。

 初対面の挨拶を終えた後、フランがパチェにこう尋ねた。
「そちも、私やお姉様みたいに人間にあらざるや?」
「そうよ、ただ私は吸血鬼じゃないから貴女達ふたりみたいに血を飲んだり、日光に弱かったり、すごく力が強かったりするわけじゃないけどね。私は魔女だからただ魔法が使える、ってそれだけよ」

そうパチェは答えた。

「でも、そちは賢しきなりや?お姉様がいつも言ってるわ、パチュリーは凄く良い頭を持ちて、何でも知りたり、って」
「そんな風に私のことを紹介してくれてるの?嬉しいわね」

フランの言葉にパチェは笑いながら私の方を見てそう言った。

「そんなに頭のいいひとって、一体何を考えたりや。そちが頭の中を覗いてみたいわ」

フランはそう言うと徐ろにさらに一歩パチェの方へと近づき、右手を緩やかに彼女の頭へと伸ばし始めた。



 フランのその行動に、私はおぞましい予感とそれに伴う悪寒が全身にほとばしるのを感じた。

「危ないパチェ、離れて!」

私はそう言ってパチェの体を突き飛ばした。その瞬間パチェが何かを言ったように聞こえたが、直後に大きく響いた低周波の破裂音に彼女の声はかき消された。私は最悪の事態を覚悟し恐る恐る視線を上げたが、その先には目を大きく見開き呆然とした表情を浮かべ尻餅をついたパチェの姿があった。その髪の先は焼け焦げたように少し縮れ、側には粉々になり煙を上げる彼女の髪飾りが散らされていた。

 私はフランの方へと向き直り、厳しめの口調でこう言った。

「フラン、今そちは何をせんとした?」

フランは私の表情に訝しげな反応を浮かべ、少し調子の抜けたような声でこう答えた。

「何を、ってパチュリーの凄い頭の中ってどうなってるかなって思って、ちょっと見てみようとしたの」

その言葉に反射的に湧き出ようとする突発的な怒りを何とか押さえつけながら、精一杯の平静を保った声で私はこう言った。

「だからってそちはパチェの頭を吹き飛ばさんと思いぬ、と?」
「うん、そうよお姉様」

全く悪びれる様子もなく、フランはそう答えた。

「そんなことしたら、パチェがどうなるか分かりしや?もし一歩間違ってたら、パチェは死にたりや!」

私は思わず言葉を荒らげた。

「そうなの?でもパチュリーは人間じゃないし、大丈夫だと思って」

彼女の口ぶりは、まるで遊び道具と考えていた食器の正しい使い途を初めて習った子供のようですらあった。

「たとえ人間でも魔女でも吸血鬼でも、生き物は頭が無ければ死ぬのよ!それに、いきなり初対面の相手を傷つけるようなことをしていいはずがないじゃない!」
「でもそんなことぞこれまでお姉様は言わざりしや!それに、人間を傷つけねば血は飲まられざるや!お姉様はいつも初対面の人間以外からは血こそ飲まざれと言うなりや?」

興奮する私の口調に呼応して、フランも語気を強めた。

「それとは話は別よ、そのくらい自分でちゃんと考えなさいよ!」
「考えて大丈夫だと思ったからやったのよ!……それで駄目だと言わば、もうお姉様の言うことは私にはわからないわ!」

 フランのその言葉の後に、数秒間の沈黙が流れた。涙目になった彼女を見て私はつい一方的に熱くなってしまったことを少し反省し、呼吸を落ち着かせた後でこう言った。

「私の言い方が悪かったのもあるかも知れないけど、とにかく貴女は絶対にやってはいけないことをしようとしたのよ。過ぎたことは仕方ないとしても、今度からそんなことはしないって約束しなさい、いいわね」
「……はい、お姉様」

目を伏せながら、フランはそう静かに言った。

「今度やったら私は許さないわよ。それともう一つ、パチェにちゃんと謝りなさい。一歩間違えてたら、貴女は私の大切な友達を殺してたんだからね」
「……ごめんなさい、パチュリーさん」
「う、うん。大丈夫よ、構わないわ」

目の前に雷でも落ちたかのように、抑揚の定まらない声でパチェはそう答えた。

「もう何百年言ってると思ってるの、私達は人間の生き血で生きてるんだから、ちゃんと命のことを知りなさいって」

フランに成長の機会を与えようなどという自分の思い上がった発想を後悔しながら、私はそう言った。そして呆然と座り込むパチェの手を取り彼女を起こすと、静かにフランの部屋を後にした。



 ゆっくりと地下の廊下を歩きながら、私はパチェの方に顔を向けて謝罪の言葉を述べた。だが彼女を命の危険に晒してしまった罪悪感から、その目をしっかりと見ることは私にはできなかった。

「ごめんなさいね、貴女をあんなに危ない目に遭わせちゃって」

パチェも静かに、視線を合わせること無く私の言葉に答えた。

「いいえ、そもそも無理に会おうとしたのは私の方なんだし、ある意味自業自得よ。それに貴女の種族のことを何処か見くびってたのもあるかもしれないわ。まさか、あそこまでの力があるだなんて」
「私があの子を外に出さないようにしてる理由が分かったでしょう?やっぱり、あの子にはまだひとに会わせるのは早かったみたいね。それとも、もうそんなことは諦めちゃったほうがいいのかしら」
「でも、ちゃんとレミィの言ったことは分かってたみたいだし、変な知識もついてない、飾り気のないいい子だとは思うから、まだ見込みはあるわよ。それに他のひとと会ったのは今日が初めてだったんだから、ちょっと興奮っていうか舞い上がっちゃったのもあるんじゃない?」
「そうかしら。結構、パチェは優しいのね。でも私、フランのああいう行動を見るたびに、自分のやったことは間違ってたんじゃないか、っていつも思うのよ」
「そんな、もしレミィがいなかったら、それこそフランドールちゃんは今以上に力を見境なく暴走させてたと思うわ。レミィがいるからこそ、外に出て騒ぎを起こして殺されずに済んでるのよ」
「まあ、あの子が吸血鬼になった今となってはそうなんでしょうね」
「になった、ってのはどういうこと?」

パチェは私の言葉に疑念を呈した。

「あの子はもともと人間なのよ。ちょうどあの小説みたいに、私があの子の血を吸って殺して吸血鬼にしたの。あの時フランがこうなるって分かってたら、そんなことをしたかは分からないけどね」
「えっ、でもあの子は妹だって言ったじゃない」

彼女は驚きで立ち止まり、私の目を見てそう言った。

「同胞を兄弟姉妹に例えるのは人間もよくやることじゃない。それに、吸血鬼としての命を私が与えたんだから、あの子は親族みたいなものよ。とは言っても、こんな小さい身体で『母親』だなんて言うのもおかしな話だから、『姉』を名乗ってるけどね。まあ確かにあの子のことは『法律上の妹』とでも言ったほうが正確になるのかしら」
「そう、だったのね……」



 パチェはそう言ったきり押し黙った。しばらくの間沈黙が流れ、静寂に心なしか決まりの悪さを感じた私は、彼女に質問を投げかけた。

「そういえば、あのドラキュラって小説をパチェが読んだ時の感想はどうだったの?」
「感想、ね。まあそれなりに興味深かったわ」

数秒の間を置いて、パチェはそう答えた。

「興味深かったってどこがどんな風に?」

素っ気ない返答を引き延ばそうと、私は再び彼女に質問を与えた。

「それはまあ、人間達がどんな風に吸血鬼のことを考えてるんだとか、人間達は吸血鬼にどんなことをされたら恐ろしいって思ってるのかとか、って所がかしらね。それとこうすれば人間でも吸血鬼に勝てる、って考えるところもなかなか面白かったわよ」

得意な本の話題を掘り下げられたことに調子を取り戻したのか、先程よりも落ち着きを取り戻した声色でパチェはそう言った。

「冷静な意見ね。私と同じ人外とはいえパチェは吸血鬼じゃないから、必要以上に悪者扱いされて殺されるドラキュラ卿の描かれ方は特に不愉快には感じなかったのかしら」
「全くそんな感情が起こらなかったといえば嘘になるけど、所詮私達ってそういう存在じゃない。昔から魔女や吸血鬼や他の怪物が退治されるお話なんていくらでもあるし、いちいち気にしてたらキリがないわ」
「とはいえ私はいつまで経っても人間達に嫌われるのには慣れないわ。ようやく科学技術が進歩して、宗教だのと一緒に私達の存在も人間達から忘れ去られて穏やかに暮らしていける、って思ってたらこんな本まで出るんだもの。勘弁してもらいたいわ」
「別に、今の御時世小説に書かれたことをそのまま受け取る人間なんかそう多くないからそこまで気にすることもないと思うわ」

パチェはいつもの様に涼し気な笑顔でそう言った後で、言葉を継いだ。

「でも前から思ってたけど、レミィってやたらと必要以上に人間のことを気にかけるわね。それもなんだか自分達の安全を守るために敵の動向を窺う、ってよりもなんだか人間の味方をしてるみたいにも思えるわ」

 彼女のその言葉に、私は心の深奥を暴かれた感覚を覚えた。すでに私は彼女の指摘を自覚していたはずであるが、他者の口を通して放たれたその言葉は不思議な鋭さと冷たさを持っていた。

「言われてみれば確かにそうかもしれないわね。あんな下らなくて厄介な種族だって思ってても、どうしてだか私は人間達に肩入れしちゃうわ。それにやっぱり内心、人間達に認めてもらいたいっていうのもあるのかもしれないわね」

私は苦笑を浮かべながら、正直にそう答えた。その私の顔を見て、パチェは冷たくこう言い放った。

「だからなのかしら、レミィが貴族ごっこなんてのをしてるのは」
「ちょっと待って、それってどういう意味なのかしら」

彼女の言葉に少し苛立ちを覚え、私はそう聞き返した。

「どういう意味も何も、人間達に尊敬されたいなんて気持ちがあるからこんな森の奥に住んでおきながら勝手に上流階級の貴族なんかの真似事をしてるんでしょう、ってことよ」
「勝手に、とか真似事、っていうのはどういうことよ」
「貴族なんてものは人間達の作った制度だったり称号でしょう?人外の吸血鬼がそんなものになれるはずがないじゃない。それとも何、どこぞの物好きの国王陛下なんかから叙爵をされたとでも言うのかしら?吸血鬼で、それも女の貴女が?」
「そんなことはされてないわ。私は由緒ある貴族の家系に生を受けた、生まれながらの生粋の貴族だからね。貴族であるのをごっこ呼ばわりされるだなんて、心外だわ」

自らの出自の矜持を汚されたように感じ、私は強めの口調でそう言った。

「あら、ちょうどあの小説みたいに吸血鬼にも貴族様がいらっしゃったのね。レミィが珍しくそこまで言うんだったら、まあそれは本当なんでしょうね」

彼女は少し意外そうな顔をしてそう言うと、少し冷たく笑いながら言葉を継いだ。

「でも、吸血鬼ってのは誇りが高いっていう小説の描写も本当なのかしらね。小間使いも召使もいないのに、こんなに無駄に広い屋敷に住み着いて、自分の称号に固執してるんだから」
「別にどこに住もうと私の勝手じゃない。それに、自分の生まれに誇りを持つのは貴女がその髪に誇りを持つみたいに、誰にでも当てはまるものだと思うわ」

 そう答えた後で彼女の不審な攻撃的な口調にさらなる苛立ちを募らせながらも違和感を覚えた私は、質問を付け加えた。

「さっきから何だかパチェの口ぶりが刺々しいように思えるんだけど、何か気に触ることでも言っちゃったのかしら。……それともフランのことでまだ怒ってるの?」
「いえ、別にそのどちらでもないわ。ただ私にはなんとなく、貴族みたいな生まれながらの特権階級、支配階級ってのが気に入らないのよ。庶民にその地位と生活を支えられて、自分たちは怠惰に暮らしてるくせに、その私達のことを顧みずに好き勝手にこっちが望まない戦争だの増税だの、余計なことだけはするんだもの」

そう言い終わった後で、パチェは言い訳をするように言葉を継いだ。

「もちろんレミィ、自分達だけでで生きてる貴女や妹さんは別だけどね」



 どこぞの農民反乱の首謀者が抜かしそうな言葉だ、と思いながら私は彼女の話を聞いていた。

「貴族の全員が全員、領民のことを気にかけずに好き勝手やってるわけじゃないわ。結果が常にそれに伴うわけじゃないけれどね」

私は尊敬すべき貴族の主君、ヴラド公の擁護をするようにそう言った。彼は間違いなく領民を愛し、自らのためではなく彼ら領民の利益、その信教のために行動していた。信教のため、という理由は今考えてみればこれ以上なく愚かなものと思えるが、キリスト教徒たる民衆が望んだことは異教徒の支配からの解放であるはずであり、彼女の論理に従えばそれを実行した主君ヴラド公に咎は無いはずであった。確かにその結果が惨憺たるものとなってしまったことは否定しがたい事実ではあったが。

「でも、そんな支配者がいることは事実でしょう?レミィの言ったドラキュラ、とは別人かもしれないけど、調べてみたらどうやらこのドラキュラ伯爵にも同じ名前っていうか渾名のモデルがいるみたいだし」

パチェのその言葉に鼓動が速まる感覚を覚えた。一縷の嫌な予感が脳裏に走った。

「そうだったの?偶然ってあるものね。でもそれが、どう関係あるっていうのよ」
「関係あるも何も、そのモデルの人物がこの上ない暴君だったらしいわ。その人は伯爵なんかじゃなくてワラキアって小国の君主だったみたいだけど、異教徒の宗主国トルコに取り入って民衆を無視するだけじゃなくて、その領民を理由も無く串刺しなんて方法で殺してその肉を食べたり、畑を燃やして農民を植えさせて楽しんだりした、とにかく異常な人間だったみたいよ。いうなれば私達以上に『非人間的』なのかしら。もちろんそんな人間だったから民衆にも家来にも愛想を尽かされて反乱を起こされて、その収拾をつけきれずに国外に亡命してそこで死んだみたいだけどね。まあそこまでやって殺されなかったのだけは凄いことじゃないかしら。その君主の渾名がドラキュラ公、だったらしいわ。そこの言葉で小さな悪魔、とか小さな竜、とかいう意味みたいだけど、まさにそんな人間にぴったりね。他にもツェペシュ、とかカズィクリベイ、とかいう名前でも呼ばれてたみたい。二つとも意味は『串刺し公』とかいう意味だそうよ。どちらにせよ、人々に好かれてなかったことだけは確かみたいね」

 かつて見聞きした主君に対するいわれのない、現実とこの上なく乖離した悪評にあまりにも酷似している彼女の話を聞きながら、私は溢れくる向け場のない、主君への侮辱に対する怒りを感じていた。しかしながらまだその人物は主君ヴラド公と確定したわけではない、あくまで別の、私が祖国を離れた後に再び同じ渾名を持つ支配者が表れ、彼女の言うような蛮行を働いたのかもしれない、という僅かな可能性が私の感情の爆発を何とか抑えていた。

「酷い君主もいたものね、ちなみにその本名っていうのはパチェは知ってるの?」

真実を知ることに対する恐怖を感じながらも、最後の可能性の証明をするために私は震える声でそう尋ねた。

「確かヴラド三世、だったかしら。一五世紀中頃の人だったと思うわ」

 決定的なその言葉を聞き、私は激怒と絶望で頭の中が真っ白になった。数百年の時を経ても、故郷から遠く離れたこの島国でも敬愛する主君の捻じ曲げられた事実無根の悪名は拭い去られることはなかった。彼の高尚な理想も、魅力的な人格も、大多数の人間達の誤謬の前では煙のごとく消え去り、その名はただ人間達を震え上がらせるために作り上げられた架空の化け物の名称としてしか残ってはいなかった。

 私は歯を食いしばり拳を握りしめ押し黙った。頬が紅潮し熱を帯びるのを感じ、視界は涙で歪んでいった。

「どうしたのレミィ、いきなりそんな風に……」

パチェの言葉に悪気はないと分かりつつも、私は怒りのあまり強い口調で半ば的外れな返答をがなり立てた。

「いきなりって何よ、どうして人の滅茶苦茶な噂を聞いて平気でいられるっていうの?何がツェペシュよ、何がカズィクリベイよ、何が串刺し公よ、領民を殺しただの畑を燃やしただの、どうしてあの人がそんなこと出来ると言いしや!そちはその現場を見しや?そうじゃなけりゃ、本に書いてあらばそちは何でも信じると言わんや?ドラキュラはまだいいわ、それでもツェペシュだの何だの言われるのは私は耐えられないわ!」

彼女ひとりの認識を変えたところで本質的な解決にはならないと自覚していながらも、私は感情の赴くままに口を走らせた。

 一通りの文句を述べたところで冷静さを取り戻した私は、複雑な表情を浮かべるパチェに気付き、すぐに謝罪の言葉を述べた。

「……ごめんなさい、少し熱くなり過ぎたわ。今日は貴女に申し訳ない思いばかりさせてるわね」
「……いえ、私も軽率なことを言っちゃったみたいだし、ごめんなさい」

彼女もしばらく黙った後で、恐る恐る言葉を継いだ。

「でも、レミィなら分かってくれると信じて言うけど、あまりすぐに熱くなる性格は出来ることなら直した方がいいと思うわ。もしかしたらだけど、思わぬ不利益を被る原因になるかもしれないわ」
「確かにそうかもしれないわね。でも少なくともここ数百年間は、この性格で困った事にはなってないわ」

会話を終え、私はパチェを部屋へと送り届けた。その後、一日の出来事による疲労と渇きを覚え、血液の貯蔵も少なくなっていることを思い出した私は、気分転換も兼ねて新鮮な血液の採取へ向かうことに決めた。



 その夜の満月のはずの月影は薄い冬の雲に覆われ、地上までその光を完全には届かせてはいなかった。だが人間達の作り出した強力な明かりは街を覆う悪臭を含んだ霧の中に散乱し、上空の雲に反射して月光以上に夜闇を薄明るく不気味に照らし出していた。街灯の林は中心部のみに留まることはなく、周辺の集落にまでその範囲を広げていた。しかしながらその光は人間達の生存域の全てを覆っているわけではなく、僅かにその連続が途切れ、薄暗さに包まれている箇所を市内にすら数地点認めることができた。そしてその場所が吸血鬼の私に残された、僅かな血液採取の狩場であった。

 私はいつものように川にほど近い、街の中心から東寄りにあったその小さな闇の島へと翼を広げた。かつての都市に偏在していた汚物の散乱は他地域では比較的改善を遂げていたが、どうやらこの区画だけはその発展に取り残されていたようであった。以前より悪化した空気環境も相まって、その場所は心地良いという言葉からは最もかけ離れた場所であったが、そこに集う宿すら持てずぬかるんだ石畳を寝台とし砂利を枕とする貧者達は私達の貴重な血の供給源であった。

 その地区の上空にたどり着き、着地点を見定めるために視線を落とすと、私はただ一人で人気のない道を歩く、奇妙な女性の後姿を目にした。長身の彼女の姿は見たこともない異国風のひと繋がりの衣服に覆われ、赤毛の長髪は腰の辺りまで伸びていた。闇の中に浮かび上がる輪郭からでも容易に判別することのできた健康的な体つきは、決してこの地域の貧者達の仲間であるとは思えなかった。

 だが久々に健康的な人間の血液を採れると心が弾んだ私は疲労と渇きによる思考力の低下も相まってか、今考えれば不用意にも彼女の背中へと勢い良く降下し、その肩にすがりついた。左手で口を覆い、右手で懐から貯蔵用の瓶を取り出しながら静かに右耳にこう囁くと、私はその首筋に牙を突き立てた。

「大丈夫、黙っていれば殺しはしないわ」

 だが次の瞬間口中に流れ込む血液の味と香りに、私の身体はこれ以上無いまでの激しい拒絶反応を示した。魚や獣の臓物を混ぜ込み腐敗させた葡萄酒ですら、それ以上に味覚を不快にさせる液体にはなることはないであろうようにすら感じた。

 私は反射的に血を吐き出し、彼女の顔を覆っていた両手を緩めた。その瞬間女はけたたましい金切り声を上げ、数秒の後にそれに呼応して夜警が集結してくる足音と怒号が慌ただしく聞こえてきた。自分の余りにも愚かな行為に激しい後悔の念を抱きつつ、私は急ぎ彼女の背中から離れ翼を再び広げると地面を蹴り、館へと全力で逃げ帰った。



 次の日パチェの部屋を訪れると、彼女は少し険しい顔つきで私を迎えた。昨日の遺恨がまだ残っているのだろうかと私は思ったが、パチェは細かな文字が隙間なく記された紙の束を差し出し、線で囲まれたその一部分を指差しながらこう尋ねた。

「もしかしてだけど、この記事に書かれてるのって貴女のことかしら?」

 彼女からその紙束を受け取り、示された場所に目を通すと、次のようなことが記されていた。

 "『ロンドンに小さな吸血鬼?』

 先代の女王陛下の御代より続く昨今の恐怖趣味の流行は今世紀に入っても留まるところを知らず、連日のように出版され上演される怪物を主題とした創作は枚挙に暇がない。しかしながら、その怪物が「創作」物ではないとしたらどうだろうか。

 事件は本日未明に発生した。午前三時頃、ロンドン・イーストエンド某地区で警邏中の巡査数名が女性の悲鳴を耳にし現場へ駆けつけたところ、首から少量の血を流し地面へ座り込んでいる女性を発見した。事情聴取を行おうとしたところ、女性は現場から逃走した。女性は東洋風の衣服を身につけており、警察当局は彼女の外見と行動から近年増加しつつある外国人を狙った犯罪として捜査を進めている。英国市民権を持たない外国人は法の保護が不充分であり、今回のような犯罪の被害者となりやすいだけでなく、自らも生活の手段として売春や窃盗などの非合法活動に従事しやすい傾向にあるため、それに伴う治安の悪化を懸念しているという。八八年の「切り裂きジャック」を名乗る連続娼婦殺人事件も今回の現場と同じイーストエンド地区で発生しており、慢性的に悪い状況にある同地区の治安改善のために市当局も都市設計を見直す必要があるのではないかという見解をスコットランド・ヤード広報は述べた。

 この情報だけでは読者諸氏は囲み記事で書くまでもない、単なる傷害事件の記事だと思われるだろうが、本紙のさらなる取材により、この事件の加害者と見られる目撃証言を得ることができたのである。それによると、背中に大きなこうもりのような翼を生やした子供が空から女性に飛びかかり、その首筋に噛み付いていた、ということである。

 いかにも奇妙な、にわかには信じがたい話であるが、かつてロンドン郊外の村々には夜中に寝室に忍び込み眠る人間から血を吸う羽の生えた少女の言い伝えがあったというのだから、その信憑性も少しは高まるものである。もしかすると、流行小説のようにその吸血鬼の少女が再びロンドンに現れ、今回の事件を起こしたのだろうか。それにしても東洋人の血を啜る、少女の姿をした吸血鬼など、「創作」物のおぞましい吸血鬼という怪物像とは似ても似つかない、滑稽なものではないだろうか。「事実は虚構よりも奇なり」、とはこのことであろうか。"



 私はその記述に、自分の生活が一部といえど出版物として公となってしまったことに激しい悪寒を覚え、パチェに尋ねた。

「これって、一体どういうことなの」
「その反応を見るに、少なくとも何かの心当たりはあるみたいね」
「ええ……きっとあの時だわ」

 動揺する精神状態の中で、来るべき時、ここでの生活が終わり、人間の目を離れてまた新たな住処を見つけねばならない時が来たのだ、と私は実感していた。私達の存在が知られてしまえば、彼らはあの小説のように、私やフランが人間ではないという理由だけで排除しにかかるであろうということは分かっていた。

 これまで住んだどの場所よりも長く、三世紀半もこの地に残れたのだ。それだけで充分ではないか、この島とこの街だけが世界ではない。また新たな、ここよりももっと優れた場所も私ならば見つけられるだろうと落ち着かせるように自分に言い聞かせた。

 だが同時に同居者の処遇への悩みも頭をもたげた。ここから逃げるとしても、フランに以前と同じような子供騙しが通用するだろうか、そしてフランが眠っている間に今回も首尾よく隠れ家を探し当てることが出来るだろうか、人外の仲間たるパチェとその使い魔はどうすべきか、ここで別れるべきなのか、それとも……。

 思いつめる私をなだめるように、パチェはこう言った。

「まあ、何を心配してるのか知らないけど、貴女とここのことなら大丈夫よ。大衆紙の記者なんて冗談のつもりで記事を書いてるんでしょうし、小説と一緒でこんなもの本気にする人なんかそうそういないわ。それにこの館の場所なんかこの記事のどこにも書いてないじゃない」
「そう……だったらいいんだけど」
 そう答えたが、私にはその時これまでの生活の中で幾度として覚えてきた、不幸な未来が訪れてしまうであろうという確信とも言える予感がしていた。かつてそれを覚えた時には家族を失い、主君を失い、祖国を失い、そして人間としてのフランの命をも失うという形で不幸な未来が例外なく実現していたことが、今回の確信をも一層強固なものとしていた。決して認めたくはなかったが、まるでその確信はどうあがき万事を尽くしても変えることの出来ない運命のようにすら感じられた。不幸は一度として私自身の身体には襲いかかることはなかったが、却ってそれが重圧となった。不死身の存在にとって、他者との関係を死によって強制的に別たれることは最上級の苦痛であった。もしやこの不幸の、破滅の未来は目の前の友人に襲いかかってしまうのではないか、そう考え始めた瞬間、私は喉の奥に少し苦味と酸味を覚えた。



 「でもどうしてよりによってあんな場所に行ってたのよ、あの街で……最低の場所なのに」

不安に沈む私をよそに、パチェは嫌悪と軽蔑を込めた口調でそう言った。

「他の場所だとどうも明るくて、人を襲いにくいのよ」
「とは言っても、貧者とか盗人とか売女みたいな教養のない人間と、ユダヤだのジプシーだのの浮浪者しかいない最悪の所に、よく行く気になるわね」
「食材に教養だの人種だのは関係ないもの。その人間が文字が読めまいとトルコの生まれだろうと、血はどれでも同じよ」

そう言った後で私は昨夜の女の汚水のような血を思い出し、言葉を継いだ。

「でも、昨日のその女の血の味は酷いもんだったわ。飲めずに吐き出しちゃったけど、そんなこと長く生きてきて初めてよ。人間によっちゃ比喩じゃなくて汚い血が流れてる、ってのもあるのかしらね」
「まあ、あんなおぞましい場所に居座るような人間達にはそういう穢れた血が流れてても不思議じゃないわ。まともな感性してたら、あんなとこ通るだけでも嫌なはずよ」

彼女の刺々しい口調に察するものがあり、私はこう言った。

「相変わらずの口ぶりだけど、パチェはその場所とそこの人間達も気に入らないみたいね。貴族様も嫌いだけど、教養のない人間も貴女は嫌いなのかしら」
「ええ、無教養は自分じゃ何もしない貴族と同じ、怠惰そのものだもの」
「嫌いな割にはそういう人達に詳しいじゃない、しばらくあそこで血を採ってたけど、住民の内訳なんか気にしたことなかったわよ」

私がそう言うと、パチェは少し目を閉じ鼻頭に手を載せ息を整えた後で、観念したようにこう答えた。

「生憎私の生まれた場所はあの腐った地区なの。おかげで嫌でもそこの知識は身についちゃったわ」
「そうだったの、あの街のことは相変わらずよく知らないけど、もしかしたら悪いこと聞いちゃったかしら」
「いいえ、別に構わないわ」

彼女はそう言ったが、明らかにその話題を続けることを望んではいない様子だった。私の返事を待つこともなく、パチェはこう言葉を継いだ。

「ともかく、あんなとこに行くのはおすすめしないわ。そもそもそれだけ人目につくのを怖がるんだったら、人間だらけの市内なんかもっての外じゃない」
「でも、そうでもしないと私達に必要な血液は手に入らないのよ。郊外だと夜に出歩く人間なんかいないし、戸締まりも昔より何倍も厳重になってるから家に忍び込むのも一苦労だわ。人間の血液だけ吸い取って、それが売買されるようにでもなれば話は別でしょうけど、そんな私達に都合のいい世の中になるはずがないでしょう?」
「それは確かに、そうだけど」

 パチェがそう言ったところで、彼女の使い魔が扉を叩き部屋へと入ってくるとこう言った。

「ここにいらっしゃいましたか、レミリア様。玄関間のほうからノックのような音が聞こえましたので、一応のご報告をと思いまして」

 彼女の言葉を聞き、私達ふたりは同時に顔を見合わせた。

「ねえパチェ、もしかして……」

私は恐る恐るそう尋ねた。

「いえ、考え過ぎよ、ただの偶然じゃないの。それに良かったじゃない、新鮮な血液がわざわざ向こうから来てくれて。これで当面の食事には困らないんじゃないかしら」

パチェは気丈にそう言ったが、その声が僅かに上ずっていることを私は感じ取った。

「考え過ぎかもしれないけど、何かあったら私達のことは気にしないで逃げてもらって構わないわ」

そう言い残して、私は玄関広間へと向かった。



 広間には間隔を空けて、二連続または三連続で打ち鳴らされるやや乾いた重い音が響いていた。外へ繋がる大扉に近づいていくにつれ、打音の合間にくぐもった女性の声が聞こえてくるのが認められた。扉の前に立ち全神経をその先へと向けたが、どうやら扉を叩き奇妙な訛りの声で家人の所在を尋ねる女性以外にはそこにはいないように感じられた。私は普段の来客の時よりも三歩ほど扉から離れ、息を今一度落ち着けると、外へ向かってこう言った。

「どうぞ、お入りください」

 扉を開き、入ってきたのは果たして一人の女性であった。背後に他の人影は見えなかったが、念のため私はすぐに彼女に扉を閉めるように命じ、その様子を今一度しっかりと観察した。やはりその身に付けたひと繋がりの服も、腰まで長く伸びた張りのある直毛の赤毛も、昨晩私が襲いかかった女のものに他ならなかった。見上げた先に見えた丸みを帯びた輪郭と浅い眼窩、低い鼻梁をしたその顔は長身に似合わぬ幼い印象を与えた。

「やっぱり、貴女なのね」

そう言って、私は昨夜あのようなことをしていなければ、せめて一思いに殺しておけば、と思った。

「悪いところに来たわね。生憎ここには貴女と寝るような男は住んでないわ」
「いえ、そのようなことのためにここに来たわけではないのです」

たどたどしく、女はそう答えた。

「なら分かったわ。そうじゃないなら、目的は一つね。じゃあ最後に、どうやってこの場所が分かったのか、ってことだけ聞いてあげるわ」

私は足の裏と背中の翼に神経を集中させ、私の姿を見てしまった彼女に飛びかかり始末する準備をしながらそう尋ねた。

「いえ、誤解です!私は貴女を殺すとかためにここに来るわけじゃないです!」

私の様子を察してか、女は慌てて弁明を述べた。間違い混じりの片言の早口で発せられた言葉に可笑しさを覚えた私は、扉がしっかりと閉じられていることを確認し、警戒態勢を少し解いて彼女に問いかけた。

「そうなの、じゃあ何のためにここに来たのかしら」

私の言葉に女は少し安心した様子を見せ、こう答えた。

「はい、同じ人間ではない貴女に会うために、そして貴女のお近くに置いてもらえないかと思って、ここに来たのです」
「人間じゃない?別に私はキリスト者じゃなけりゃ、ヨーロッパ人じゃなけりゃ人間じゃない、だなんて思ったことはないわよ」

私は鼻で笑いながらそう言った。
「いえ、そうではありません。私も貴女が吸血鬼、って言われるやつだってことぐらい分かってます」
「まあ私のこの目と髪を見て普通の人間だ、って思う人なんてそういないでしょうね。でもだったら何、貴女も自分が吸血鬼、とでも言いたいの?」
「そういうわけでもありません。私は……」

彼女はそう言うと、何かを考えるように押し黙った。

「何よ、自分のことを名乗るのにそんなに時間がかかるの?それとも、人間じゃない、だなんて適当な嘘をごまかす発想が無くなっちゃったのかしら」
「いいえ、この国の言葉でどう表現したらいいのか思いつかないだけです」

女は少し早口でそう言った。

「そう、じゃあ貴女はどこから来たっていうの?」
「中国、というところからです」
「中国、ね。食器の種類だけじゃなくて、そんな名前の国もあったのね。じゃあそこの言葉だと、貴女の種族はどんな風に言われてたの?」
「ホウトゥシェン、と呼ばれていました」

彼女は歌でも歌うかのように大きな抑揚をつけて耳慣れない単語を発音した。

「ホウ……言いにくいわね。それって、何か意味のある言葉なの?」
「文字通りの意味では、后、と土、と神、という意味です」
「神?貴女が?」

彼女が最後に口にした全く予想外の言葉に思わず私は吹き出しながらそう答えた。

「はい、とはいえ下級の、村の墓の守り神に過ぎませんでしたが」
「ちょっと待って、下級、って貴女の他にも神がいるの?」

私の言葉に女は不思議そうな顔をして、こう答えた。

「はい。神とはいえ、自分だけで全てを見ることなど出来るはずがないじゃないですか」

その時私はようやく、遥か昔の異教の神々が織りなす神話の存在を思い出した。

「そう、でも貴女が人間じゃなくて神だ、って言える証拠でもあるのかしら」

そう言うと彼女は言葉に窮する様子を見せたが、何かを思いついた様子でこう答えた。

「貴女の名前も、顔すらも知らないのに、ここに辿り着けたことが証拠です、と言えば信じていただけますか」

確かに少なくともただの人間がたった一晩で私とこの館を特定することなど不可能だろう、と私は思った。

「なるほどね、じゃあそんな神様がどうしてこんな吸血鬼の館に来たのかしら。しかもよりにもよって『近くに置いてくれないか』だなんて」
私は彼女に少しばかりの興味が湧き、そう尋ねた。

「話せば少し長くなるかもしれませんが、いいでしょうか」

「内容によるわ。とにかく貴女が言ってみないことには分からないわ」

「そうですか、分かりました」
彼女は母国語訛りが抜けない片言ながらもゆっくりと、言葉を一つ一つ選ぶように語り始めた。



 「先程も言いました通り、私は中国という国でささやかな村の墓を守る神としてシャンディ様、つまり最高神様にお仕えしていました。どれほど昔からあの土地にいたのかは、自分でも覚えてはいません。気が付いた時にはシャンディ様の拝命を受け、神としての仕事をしていました。しかしある日から、村近くの港に目や髪の色が違う人間達が表れ始めたのです。話によると、遥か西の国々との戦争に中国が負け、港を明け渡すこととなった、ということでした。その時私は何も事の重大さに気づいてはいませんでした。そもそも戦乱はこれまで数えきれないほどありましたし、蛮族に土地が奪われたことも、その蛮族が皇帝になったこともありました。形だけになっている今の皇帝の血筋もそうです。しかし人間の世はどうなっても、墓や私達の祭壇や石碑は、私達の世界は、いつまでも変わらないままでした。しかし彼らの支配は違ったのです」

 そこまで言うと彼女は少し息を落ち着けて、言葉を継いだ。

「手始めに彼らは近くの街を彼ら風のものへと作り変え始めました。ちょうどこの国の街のように、進んだ技術を使った石造りの丈夫な建物や、まぶしい街灯があらゆるところに建ち始めました。大げさな街並みに釣り合わせるように、彼らの人口も増えていきました。確かに彼らが来てからのその栄えぶりは私がこれまでに見たこともないものでした。ですが彼らが作り出したその繁栄は私達の文化と引き換えのものでした。彼らは中国の法やしきたりを省みることなく、全てを自分達なりの方法で行いました。戦争に勝った彼らは皇帝から一部の地域に限り、この国の法に従わなくて良いという許しを得ていたのです。民衆達は初めの頃は抵抗していましたが、次第にそれも収まっていきました。進んだ彼らの技術は恐ろしいもので、強い武器を持った外人の兵士達は従わない者を簡単に打ち破ってしまいました。反乱が押さえつけられる度に、彼らに大人しく従うものが増えていきました。元々商人の多い土地柄でしたし、自分達のやり方にこだわり不利益を受けるよりも、外人に媚びて恩恵をもらったほうが得だと考えた者も多かったのでしょう。誇るべき守られてきた伝統は、次第に投げ捨てられていきました」

 再び彼女は口をつぐみ、少しうつむいてから話を続けた。

「そして民衆を黙らせた彼らは、これまでの支配者が決して手を出さなかった、私達の範囲まで彼ら風のものへと作り変え始めました。新たな街にやってきた彼らの僧侶は市の外に出て私達中国の天や地の神々を悪いように言い、彼らの神を信じるよう薦めました。私達を侮辱された民衆は激しい反抗をしてくれましたが、やはり西洋の人間たちには勝てませんでした。そしてやはり、彼らに大人しく従ったほうが得と踏んだ民衆達が次第に現れ始めました。私達を信じる民衆を弾圧し、転向者を増やし、本国から西洋人をさらに呼び寄せた結果、新しく建てられた彼らの寺院は、その地の民衆たちが最も信仰していたはずの私達のグァンディ様、元はひげの豊かな人間の将軍で今は偉大な商売の神です、の廟よりも多くの信徒を集めるようになりました。彼らの教えに従った民衆が大きな反乱を起こしたことも、昔からの伝統から離れさせる一助となったのかもしれません。私の担当であった墓地も次第に彼ら風の、十字架をかたどったものばかりになり、私の居場所は無くなっていきました。ついに私の最後の拠り所である石碑が撤去されてしまった時、私は職務を失い解任されたのです。シャンディ様に転任も願い出ましたが、中国中でそのようなことが起こっているため、代わりとなる任地も残念ながら用意できない、とのことでした」

 彼女の話を聞きながら、私は祖国での最後の日々を思い出していた。異教徒に敗れ、勝者たる彼らににほしいままに弄ばれる国とその民のことを、私は見に染みて知っているつもりであった。しかし損害を最も被るのは信者たるその地の人間達だけではなく、打ち倒された敗者の神もその例外ではないのだ、と私は思った。むしろ勝者にも敗者にも、どちらの人間達に姿が見えずその苦しみが知られることがない分残酷で苛烈なものなのかもしれない、と考えると皮肉な笑いが浮かんだ。

 だがある疑問が浮かんだ私は、女にこう尋ねた。

「とはいえそんな状況になる前に、どうにか出来なかったのかしら?貴女やシャンディ様とかグァンディ様とかいう神様が、今私の前でこうしてるみたいに直接人間達の前に現れたり何かしたりでもしてれば、話は変わってたんじゃないかしら?」

彼女は少しうつむいてこう答えた。

「皮肉な話ですが、少なくとも中国の神はその職務にある時、直接的に人間の目に見えることはないのです。今こうして人間達に見えているのも、私が僅かなチー、霊力とでも言うのでしょうか、を感じ操る力と、不死も同然の寿命以外の全ての神としての力を失ったからなのです。それに奇跡も人間達の信仰が無ければ起こすことは出来ません。神というものは人間に依存しているのです。信仰が薄れつつあるその地で、それを取り戻すほどの奇跡はシャンディ様ですらもう起こすことはできませんでした」

人間に依存する神、という表現に私は可笑しさを覚えた。救世主の像が顔の見えない大衆にひざまずく姿が脳裏に浮かんだ。

「そうなのね、で、どうして貴女は祖国を離れてこんな国に来て、この館に辿り着いたのかしら」
「はい、神としての任を解かれてしばらくは近くの山に住み、隠者として暮らしていました。しかしながらかつてシャンディ様の下で日々働いていた私にとって、何もしない生活というものは非常に耐え難いものでした。そのため私は再び街に降り、居場所を求めましたが、女の身で行うことの出来る仕事などありはしませんでした。嫁に行こうにも、身元の明らかにしない私と結婚しようなどと考えるまともな男はいませんでしたし、最終的に正体が明らかになって騒ぎになるのも嫌でした。……それに、野蛮人たちに喜んで媚を売る民衆を見ることも、何もない日々以上に私にとっても辛いことでした」

 女は最後の文を、絞りだすようにして言った。

「祖国でどうしようも無くなった私は、いっその事彼らの国へ行ってみようと思いました。もちろん彼らに対して恨みが決して無いわけではありませんが、彼らの国には祖国の民衆も少ないはずだと思ったのです。だからたとえ私ひとりが彼らにひれ伏すことになっても、私の最も見たくないもの、彼らにひれ伏す民衆は見ずに済むのだ、とそう考えました。彼らの言葉もこの通り、嫌でもある程度覚えてしまっていましたし。女性解放、という言葉も外人たちの口から少し聞いたことがありましたし、私は何かしらの仕事はあるのではないかと少しの希望を持って彼らの船に忍び込み、この国へと来ました。でもここでも、いや祖国以上に境遇は良くなりませんでした。女の立場にやはり国の違いはそこまでありませんでしたし、それに中国以上にこの国は外人嫌いでした。女でも働けるという工場というところも、黄色人はお断りだと取りあってくれませんでした。そうして居場所もあてもなく歩いている夜に、貴女が私を襲ってくれたのです。話には血を吸う西洋の怪物のことは聞いたことがありましたが、それがやはり実在すると知って、同じ人間ではないものが本当にいるのだと知って、嬉しかったのです。あの時は気が動転してつい叫んでしまいましたが、やはりぜひともお会いしたいと思い、貴女のチーを辿って、道のない森を通って、ここに辿り着いたのです」



 彼女の長い身の上話を聞き、私にも同情の念は少なからず生じていた。

「で、怪物が住むここになら自分の居場所がある、って思ったわけね」
「そうです、同じ人間でない、しかも同じ女の貴女なら分かってくれると思って、ここに来ました。お願いです、ここにいさせて下さい!もちろんそのためなら何でもします!」彼女は頭を下げ、そう哀願した。だが私はかつて「神」と呼ばれ人間に崇められた存在に対する生理的とも言える嫌悪感を私は完全に拭い去ることは出来ず、その願いをすぐに受け入れようという気にはなれなかった。だが一方でそのような人間にかつて尊崇されていた存在と、一度として人間に好かれたことのない私のような吸血鬼が「同じ人間ではない」という観点で同列に扱われ、そして時の巡り合わせ次第ではその「神」から低頭の礼まで受けるようになったのかと内心思い、私は軽い、乾いた笑いを漏らした。
「何でも、ね。でも私は貴女にとって外国生まれの、憎たらしい蛮族じゃないのかしら、そんな者の下でちゃんとやっていけるの?」

私がそう尋ねると、彼女は心持ち低い声で、静かにこう答えた。

「数百年前の、私達が最も進んでいた時代にはこんな、野卑な土地の者に頭を下げるだなんてことはしなかったでしょう。でも時代が変わったのです。今や最も憎むべきは貴女のような蛮地の吸血鬼ではなく、誇り高き祖国とその民衆をあそこまで変えてしまった野蛮な西洋の人間と、その技術なのです。ここの人間を好いていないのは、貴女も私も変わらないはずだと思っています」

声色を戻すと、女は再び懇願した。

「ですからお願いです、行き場のない私を貴女のお側に置いて下さい!」

 彼女が僅かに吐露した本心は反抗的とも言えるものであったが、その正直さに私は少し好感を覚えた。自らの利益のために卑賤な本心をさらに醜悪な笑顔と美辞で覆い隠す商人や聖職者は、かつて過ごした街アントワープでの不愉快な思い出の一部であった。

「何でもする、って貴女は言ったわよね」

そう言いながら私は、昨日パチェの言った「小間使いも召使もいない」という言葉を思い出していた。

「はい……、確かに、そう言いましたが」

少し驚いた様子で、彼女はそう答えた。

「じゃあ私の小間使いとしてなら、この館に置いてあげるわ。貴女を殺したところで貴女の血なんか不味くて飲めたもんじゃないし、追い返してこの館を言いふらされるのも困るしね。それだけ話せればちゃんとイングランド語も分かってるでしょうし、お茶を淹れたり、掃除をするくらいならきっと貴女にも出来るでしょう」
「え、あ、はい、ありがとうございます!」

この日一番の張りのある声で、女はそう答えた。

「ところで、お互いにまだ名乗りもしてなかったわね。私はこのスカーレット家の当主、レミリアよ。貴女は小間使いなんだから、私のことはお嬢様、とでも呼びなさい」
「分かりました、……お嬢様」
「ところで貴女に自分の名前は無いの?ホウトゥシェンだなんて言いづらいけど」
「一応、……メイリンという名があります」
「メイリン、ね。そっちの方が何倍も呼びやすいわ。じゃあ今日からよろしく頼むわね、メイリン」
「はい……、こちらこそ、お願い致します」

 これまで出会うこともなく、それ故自分と妹のふたりしか存在しないとすら半ば思っていた人間以外の存在によくもこれほどの短期間に集中して出会い、関わりを持つものだ、と私は思った。そしてそのような機会を与えたこの島国は驚異の島、とでも言うべきだろうか、とも思った。



 メイリンとの会話を終え振り返ったところで、私は扉の影からこわごわとこちらを見ているパチェに気がついた。

「あらパチェ、貴女の言う通り、人間の襲撃だなんてのは無用の心配だったわ。とは言っても、血液の補充も出来ないみたいだけどね。紹介するわ、私の新しく雇った小間使いよ。中国から来た、メイリンって名前の娘よ。私達と同じ、人外の仲間よ」

そう言って私はメイリンの方に向き直ると、彼女にパチェの紹介をした。

「貴女にも紹介するわ。この館の同居人で私の友人の、パチュリー・ノーレッジよ。魔女って種族で、貴女や私と同じ、少なくともこの国の人間は好きじゃない娘よ」

 私の紹介が終わると、パチェは強張った表情を緩め、メイリンに挨拶すると興味深く質問を始めた。

「紹介に預かった、パチュリーよ。どうぞよろしく、メイリン。ところで貴女、中国から来たみたいだけど、どの地方から来たのかしら」
「ええと、一応ジャンスーの南の地域なのですが」
「て言うと、ナンジンか、シャンハイの近くかしら?」
「ええ、そうです!シャンハイの近くです、ご存知なんですか!」
「ええ知ってるわ。有名な所じゃない。ところでそこの出身だと、マンダリンは通じるのかしら」
「マンダリン……ですか?」

 メイリンが少し考え始めたのを察してか、パチェはメイリンが母国語の固有名詞を発音した時のような大げさな抑揚のついた口調で話し始めた。パチェの言葉を聞いたメイリンの顔は明るくなり、笑顔でパチェに歌うようなその言語で答えた。

 しばらくの間私が全くその意味を理解できない二重唱曲のような賑やかな会話が目の前で繰り広げられた。居心地の悪さを感じた私は、ふたりの会話に割って入った。

「良かったじゃないメイリン、貴女の母国語を分かってくれる友達が出来て。でもね、貴女の本分は私の小間使いよ、他のひととの会話はそれに差し障りの無い程度にしなさい。それとパチェ、この娘は私のものなんだから、下手に手を出さないでね。貴女にはもう使い魔がいるんだから」

「あら、私のもの、とか手を出さないで、だなんてレスボス人じゃないんだから」

パチェは笑って、私にそう答えた。

「まあいいわ、着いてらっしゃい、メイリン。この館を案内するわ。それにもうひとり、貴女に紹介しなきゃいけない私達の仲間もいるからね」

コメントは最後のページに表示されます。