Coolier - 新生・東方創想話

散る花弁、変わらない桜

2014/04/09 15:03:21
最終更新
サイズ
6.97KB
ページ数
1
閲覧数
1496
評価数
4/13
POINT
690
Rate
10.21

分類タグ

 「御乗車ありがとうございます。間もなく……」
 揺れる電車の中。独特なイントネーションをしたアナウンスを聞いて、私は目を覚ます。
 重い瞼を開け、ぼやけた視界で周りを見渡してみると、電車の中には誰もいない。
 私一人しかいない空っぽの車両に、少しだけ幸せを感じながら私は電車の揺れる振動に身を預け、座っている席からで移りゆく窓の景色を見つめる。そこには春にふさわしい淡い青に包まれた青空と、首都であった名残を見せる大量の建物が、ジャングルの様に町を覆い尽くしている。
 東京。かつては首都だったと言われている、私の生まれ育った地。京都とは違う、コンクリートと鉄筋で作られた建物に覆われた、無機質な灰色の街並みを見て、私は故郷に懐かしさを感じてしまう。
 今はもうそこにはいないけれど、いつも一緒に行動していた友人がここにいたら、きっと私の隣でそんなコンクリートと鉄でできた町の景色を見ていた事だろう。
 大学にいた頃は、彼女と一緒に私の実家まで帰省した事もあった。あの時、ヒロシゲの中で交わした、他愛のない会話は今でも忘れられない。いや、それだけじゃない。彼女との活動はいつまでも刺激的で、何処か浮世離れした物があった。
 今でも目をつむればあの時の事を思い出す。
 あの桜の下、私とメリーが大学最後に行った秘封倶楽部の活動。
 私は今、約束を守るためにそこへ向かおうとしていた。

 「じゃあね蓮子。いつかまた、この桜の下で活動を再開しましょう」
 大学を卒業した後、メリーは笑いながら自分の故郷に帰って行った。
 今のご時世、メリーに会おうなんて、やろうと思えばすぐできる。海外へ行くなんて宇宙に行くのに比べれば簡単だ。
 でも、メリーに会いに行く事はしなかった。勿論、メリーの事を忘れたからとか、そんなことではない。

 「御乗車ありがとうございました……」
 電車から聞こえてくるアナウンスを耳にすると、電車は止まり、乗客を乗せるために一斉に片方のドアが開く。
 私のいる車両に入って来た、片手で数えられるほどの乗客。ラフな格好をした若者から、年配の人。それぞれが各々座りたい席へと無作為に移動していき、電車は扉を閉めて再び目的の場所へと動き出す。
 あの頃の自分はいない。動き出す電車の様に、メリーがいなくなった世界で過ごしてきた時間の中で、私は徐々に変わって行った。
 この世の中がどのようにして形作られていく物なのかを、就職をした私は苦労しながらだけれども、少しだけ理解出来たような気がする。
 そんな中、ストレスから逃げるようにして、私はようやく秘封倶楽部の活動を再開した。
 一人だけれど、休みを取っては気になる場所に足を運んでいる。社会人になれば金銭的な余裕も出てきた。そう言った意味では大学の頃とは違い、秘封倶楽部の活動はとてもスムーズに進んだ。
 一人だけで行う活動は、二人一緒の時とは違う、自由でもあるけれど、なんだか時間の止まってしまったようだった。
 
 「御乗車ありがとうございました、間もなく……」
 あれこれ考えている内に、目的の駅へと電車は到着する。
 席から立ち上がり、誰も降りる事のない、車両の出口から電車へと降りる。故郷に帰る前のメリーとの思い出に、懐かしさを感じながら私は改札口へと向かう。
 ふとその時、ポケットの中で電話を知らせる短い振動が起きている事に気づいた。
 「もしもし?あ、メリーはもう着いたの?」
 「遅いわよ蓮子。全く、あなたの遅刻癖は社会人になっても直ってないようね。それって、社会人としてどうなのよ?」
 その振動の原因。電話を掛けて来たのは、先ほどまで思い出していた友人。
 あれから何度も連絡を取り合ったけど、元々妖怪じみていたメリーは、大学の頃から全く変わっていない様に感じた。
 最初はそれを羨ましいと思った。大学の頃から変わらず、変化をしないその心。それを聞いていたら、徐々に変わって行ってしまう自分がなんだか恥ずかしく感じた。
 でも、それは違う。連絡を取って行く内に、私はいつまでも変化しないメリーに一種の哀しさを感じてしまった。これ以上変化をしないのなら、もっと別の物事に目を向ける事も出来なくなっているのではないのだろうか?
 「わかったよ、すぐに着くから」
 電話を切って、改札口から駅の出口へと抜けていく。駅にはせわしなく動いている人の流れがいつくも形作られ、まるで川の様にとめどなく流れを生み出している。
 恐らく今の自分は、その流れの一つになっている事だろう。でも、メリーはそんな事が無いに違いない。
 それはきっと、この人の流れの中に佇むだけの存在。たとえそこに人がいなくなってしまっても、佇む事しか出来ない。そこから一歩足を踏み出す事も出来ない。もしそうだとしたら、私はメリーの親友として、どうすればいいのだろうか?
 
 外は雲ひとつない青空と、太陽の暖かな光が容赦なく私の下に降り注いでいる。そんな空の下、私はメリーに再会する為の約束の場所まで歩き始めた。
 人間離れしたメリーに、ただの人間である私。しかし、そんなのは些細なことだ。悩む必要なんてない。むしろそれで充分じゃないか。変わる私と変わらないメリー。それぞれの考えと、物の見方で世界がもっと広がりそうだ。もちろん、今まで以上に衝突が多くなるに違いない。それでも、そんな風に秘封倶楽部が変われるのだとしたら、とても素敵でドキドキが止まらない。まるでメリーに初めて出会ったような、新しい世界を見た様な興奮と好奇心。
 その心に比べれば、変化の有無は関係が無いかも知れない。それにメリーが変化の流れの中で一歩も足を踏み出せないのなら、私が手を差し伸べればいい。たとえ変化をしなくても、奇妙な力を持っていても、メリーはメリーだ。何も恐れる必要なんてない。
 駅を抜けて通りを歩いていくと、再会を約束していた目的の場所へと辿り着く。
かつて戦争に行き、散って行った英霊を祀る神社。そして、東京では有数の桜の名所。
 私達は大学の最後を締めくくるように、その桜を見に行ったのだ。あの時は桜がどの位咲き誇っているのかをよく覚えてはいない。私のそばからメリーがいなくなってしまう事、そればかりが頭の中でいっぱいになってしまい桜なんて見る余裕が無かった。だから、今度こそは桜の景色を目に焼き付けよう。
 神社の鳥居を抜け、境内に入ると、桜の木が三つ植えられていた。
 淡いピンクの花びらを一斉に咲かせた染井吉野。日本の桜の開花を世間に知らせるその三つの桜の木の下に、日傘を差したメリーは佇んでいた。
 「久しぶり、遅れてごめん」
 私の言葉に振り返るメリー。ああ、やっぱり変わっていない。今もきっと境界なんて意味の解らない物が見えるに違いない。
 「もう、遅いわよ。蓮子」
 私が近くに来た事に気づくと、メリーは呆れた表情を見せながら、私に文句を言ってくる。大学の頃と変わらないやり取り、私達はいつもと変わらないやり取りをして再会を果たした。

 やっぱりメリーは何一つ変わってはいなかった。いや、少し髪が伸びたのと、日傘を差している事以外に変化は無い。その姿に私はどうしても懐かしさを覚えてしまう。別れてから、まだ数年も立っていないと言うのに、どうしてこんなに遠くの事だと思ってしまうのだろう?
 「私がいない間はどうだった?蓮子」
 「そう言うメリーも少しさびしかったんじゃないの?」
 桜の下で私達はお互いに懐かしみながら、三つの染井吉野の下に私達は佇む。
 私達二人にとって、懐かしいなんて会話は必要が無いのかも知れない。あんなにも一緒に行動してきたのだから、お互いに顔を見つめるだけで十分だ。
 「さて、懐かしむのはこれくらいにして、活動を再開しましょうかメリー」
 私は初めてメリーに出会ったときと同じように、笑いながら手を差し出す。活動の時はいつだって私がメリーを引っ張って来た。これからもそれは変わらない。
 「ええ、始めましょう」
 それを、あの頃と変わらない柔らかな笑顔でメリーは受け取った。あの頃と変わらない、手のぬくもり。その暖かさと笑顔を見ていると、なんだか泣いてしまいそうだ。
 神社に咲く誇る桜。誇らしげに咲き、そして名残惜しむ様に散っていく花びら。まるで今の私達を表すかのように散りゆく花びらの中で私は空を見上げる。
 もう空を見ても、時間も場所も解らないけど、これからが新しい活動の始まりなのだ。こんなにも青い空の下で、ようやく秘封倶楽部の活動が再開された。いつもと変わらず、けれど何処かが確実に変わった秘封倶楽部の活動が。今度はどこへ行こうか、メリー?
 最後まで読んでいただきありがとうございます。
 桜の咲き始めた季節ですね。そして別れや出会いの季節でもあります。
 切なさとか新しい生活とか、この季節にはこう言った話が多分ぴったりなのではないでしょうか?
センチ寝る
http://dyesenn193.blog.fc2.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.380簡易評価
1.80絶望を司る程度の能力削除
新しいスタート。まさに春って感じですね。
4.70奇声を発する程度の能力削除
良いね
9.80非現実世界に棲む者削除
その目が常人と何ら変わらなくなって、蓮子は寂しさを感じた筈。
もしそうでないのなら、確かに蓮子は変わったと言えますね。
それを伝えたのか・・・なんて考えるまでもないですね。
11.80名前が無い程度の能力削除
この雰囲気…いい