Coolier - 新生・東方創想話

自意識過剰と言うけれど

2014/03/24 17:49:43
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 ――ああ、今日はその日かも、と私は白く眩しい空を見上げて思った。


⋆*自意識過剰と言うけれど*⋆


 三月、まだまだ肌寒さはあるけれど、昼間は大分暖かくなった。
 朝から門番をする身にとっては、ありがたい限り。
 でも、できれば早く庭園に行って体を動かしたいな。
 立ってばかりだと、嫌でも考えちゃうよ、その日のこと…。
 考えると、手のひらに変な汗が滲むから、できるだけ考えたくない。
 でも、注射をする直前に似ていて、嫌でも考えて、緊張してしまう。

「……いっそのこと、立ったまま寝ちゃう? 」

 なーんて……

「あら、いい度胸ね」
「ひゃ!!」

 突然、目の前に咲夜さんが現れた。
 いつの間にか時を止められていたみたい。
 腕を組み、目を細めて私の顔を覗き込んでくる。
 ――ち、近い!
 思わずのけぞると、距離を詰められた。
 門に背中が当たり、どきっとする。

「今日はいいお天気だものね、眠くもなるわよね」

 そんな涼しい顔をして言われても。
 咲夜さん、全然眠そうじゃない……。

「あ、えと、今のは、違くてですね」
「違うって何が?」
「その、別に眠くはなく……」

 咲夜さんは不思議そうに首を傾げて言った。

「眠くないのに、立ったまま寝るの?」
「え!? そっ、それは……」

 あああ、しまった! 余計な事を言っちゃった。
 このままじゃ、私、頭のおかしな子だと思われちゃう!
 でも、言えないよ……。咲夜さんに関係することなんだもん。

「何、慌ててるのよ」

 咲夜さんは苦笑すると、すっと体を離した。
 あ、何か言わなきゃ。でも上手い言葉が見つからない。
 自分の言語能力のなさが悲しい……。

「――まあ、いいわ。ところで、今日は午後から時間あるわよね?」

 気を取り直したように咲夜さんは言った。

「あ、はい。お昼までの勤務ですから」

 来た、と、思った。
 やっぱり今日はその日だった。

「なら、午後からまた付き合ってくれる?」
「はい、私でよければ」
「貴女しかいないでしょ」
「あ、そうですよね」

 これは、私が咲夜さんにとって特別な存在という意味じゃない。
 紅魔館のメンバーで咲夜さんにつき合える人物が、私しかいないという意味だ。
 ただ、それだけなんだけど……言われると、どきっとしてしまう。
 何でどきっとするかは、よく分からないけど、多分、憧れているからだと思う。
 格好よく、完璧に仕事をこなす咲夜さんに……。

「それじゃ、いつもの時間に、ここで待ち合わせね」
「はい! 分かりました」

 こくこく頷くと、次の瞬間には、ふっといなくなる咲夜さん。
 また、時を止められたみたい。

「……はあ、緊張するなぁ」

 呟いて、門に寄りかかった。
 誰も見ていないのをいいことに、はああ、と盛大に息を吐き出す。
 そして、咲夜さんと二人きりの午後の一時に思いを馳せた。



 頬にするりと滑る風を感じながら、木々の上を飛んでいく。
 無理にスピードは出さず、心地よいスピードで、春の陽気を感じながら。
 目の前には、ラタンバスケットを片手に飛ぶ咲夜さん。
 縁に白いレースがついた可愛いバスケットで、私も同じものを持っている。
 中には何が入っているのかな? 今日は。
 うーん、どきどきする。

「今日はあそこら辺に行きましょうか」
「そうですね」

 咲夜さんが指し示したのは、森をくり抜いたように広がる野原。
 上空からでも、白や黄色の草花が咲いているのが分かる。
 大地を渡る風で野草が白く波打っていて、綺麗だ。
 人里からは遠く、何の力も持たない普通の人間では、中々立ち入れないだろう。
 咲夜さんに続いて野原に降り立ち、野原の端にある木立の下を選んでバスケットを置く。
 そして、中から若草色のチェックのシートを取り出して敷き、座る場所を確保した。

 ――うん、いい眺め。野原全体が見渡せる。
 木の葉から、ちらちら漏れる木漏れ日もいい感じ。

「……気持ちいいわね」

 バスケットをシートに置いて一つ伸びをすると、咲夜さんは私に振り返った。

「真っ昼間からのんびりピクニックなんて贅沢よね」
「そうですね。お嬢様たち、日の光が駄目なの、残念ですよね」
「そうねぇ。パチュリー様も、図書館にこもってばかりだし、もったいないわよね」
「ですね」

 ……でも、だからこそ、こうして私が一緒に来られる。
 もし、お嬢様たちが積極的に外に出るようなタイプなら、私の出番はなくなってしまう。
 だから、お二人には悪いけど、役得だな、と思ってしまう。

「それじゃ、食べましょうか」
「はい!」

 咲夜さんがバスケットを開けるのを、シートの上に正座して待った。
 中から一段小さなバスケットを取り出す。中身は卵サンドだった。
 パンの間に、ちぎったレタスと、半熟卵とマヨネーズをあえた具がぎゅっとつまっている。
 一口食べたら、具がパンから落ちてしまいそうなくらい、たっぷりと。

「……」

 どうしよう……。
 思わず、ごくっと喉が鳴る。
 美味しそうだからというのも、もちろんあるけど、もう一つ。
 料理を零さずに食べる自信がない……!

 そう、朝から私を悩ましていた原因はこれなのだ。
 この麗らかな陽気と、二人の勤務スケジュールから、午後に出かける予想はついた。
 咲夜さんと出かけること自体は嫌じゃない。むしろ嬉しい。
 だけど、こういう食べ辛い料理を出されると、困ってしまう。
 ちゃんと綺麗に零さず食べられるかなって思って、緊張してしまうのだ。
 この前、魔理沙にそれとなく話してみたら、気にし過ぎだって鼻で笑われたけど。

 気にしすぎなのは、分かっているんだけど……。

 ポットから、小花柄のカップに紅茶を注ぐ咲夜さんを見つめる。

 これで、相手が魔理沙だったら、私も緊張しないけど……。
 それに二人きりだから、余計に緊張しちゃうのよね。

「さ、召し上がれ」
「いただきます」

 咲夜さんが淹れてくれた紅茶を一口飲んだ。

「……おいしい」

 ふんわりと甘い紅茶の香りが、緊張した体をほぐす。
 そして次は、問題の卵サンド。

 ……えっと、手に卵がつかないようにして。
 後、一気に食べると横から卵が飛び出すから、それも気をつけないと……。
 でも、レタスはちゃんと噛み切らないと出てきちゃうし。
 口の周りに卵がつかないように注意もしなきゃ……。

 意を決して卵サンドを手に取ると、じっとこちらを見つめる咲夜さんと目が合った。
 口元に運ぶ手を止めて、訊ねる。

「ど、どうしましたか?」
「いえ、別に。食べたら?」
「は、はい……」

 そんな、見つめられると、余計に食べ辛い。
 でも、いつまでも持ったままではいられないし、はむっと齧りつく。
 あ、美味しい……と思考が解けたのは一瞬。
 次の瞬間、みゅっとパンの端から卵が零れて、ぽたっと緑色のスカートの上に落ちた。

「……! ……!」

 もごもご口を動かして、ごくりと飲み込む。
 嘘……。私、そんなに勢いよく齧ったっけ??
 いや、それよりも、早くスカート拭かなきゃ。
 あ、卵サンドは、ナプキンの上に置いて。
 もうもう! 私ったら何してるのよ。

「……ふっ」

 声が聞こえて、はっと顔を上げると、咲夜さんが口元に手を当てて笑っていた。

「あ……」

 思わず、かああっと頬が熱くなる。

「ふ、本当、貴女って……」

 咲夜さんの手が伸びてきて、スカートの上に落ちた卵をひょいとつまんだ。
 そしてナプキンに包むと、ハンカチで拭ってくれる。

「す、すみません!」
「別に、構わないわよ。染みになったのは洗わないと駄目ね」
「うう、お恥ずかしいところをお見せして……」
「そんな恥ずかしいことでもないでしょ」

 咲夜さんは首を傾げて言った。

「ねえ、どうしてそんなに緊張してるの?」
「えっ?」
「私といる時は、いつもそうよね」
「そう……でしょうか?」
「そうよ。正確に言うなら、二人きりでいる時にね」
「…………」

 それは、憧れているから、情けないところを見せたくなくて……。
 でも……本当に、それだけなの……?
 本当に、それだけ?

 咲夜さんの目を見つめていると、分からなくなる。

「…………」

 さぁっと、少し強い風が吹いて、反射的に目を伏せた。
 次の瞬間、目の前に迫っていた咲夜さんが、再度訊ねてくる。

「ねえ、どうして?」
「それは……」
「それは?」

 距離をつめられ、膝の上に乗せていた左手に咲夜さんの手が重なった。
 金縛りに遭ったみたいに動けなくなる。咲夜さんのブルーの瞳から目を逸らせない。
 咲夜さんの手が伸びてきて、半開きの唇に、つっと触れた。
 驚き、瞬いた次の瞬間、手のひらが頬に滑り、引き寄せられると同時に口づけられた。
 目を閉じた咲夜さんの顔が大写しになる。

「……えっ」

 咲夜さんは顔を離すと、可笑しそうに笑った。

「え、今の、な、何ですか?」
「何って、キス?」
「き、き、キス……?」
「もっとして欲しい?」
「そそそそ、そんな……!」
「ふふ」

 笑いながら、元の場所に戻ると、咲夜さんは卵サンドを一口齧った。

「うん、我ながら美味しいわ」

 満足気に頷くと、咲夜さんは、にやっと意地悪な笑みを浮かべた。

「私に、はい、あーんをされたくなければ、固まってないで食べなさい」
「…………!」

 だ、誰のせいだと思ってるんですか、誰の……!

 へなへなっと肩から力が抜けた。
 激しい脱力感に襲われる。

「……いただきます」

 ナプキンに置いたままの卵サンドに手を伸ばす。
 色々と、気にするのが馬鹿馬鹿しくなって、思いっ切り噛みついた。
 パンから溢れて指先についた卵を舐め取ると、愉快げに笑う咲夜さんと目が合った。
 つられて笑ってしまった私のスカートに、再び卵が、ぽとりと落ちた。

<了>
久々(三年ぶりくらい)にさくめーが書きたくなって書きました。
最近、少女小説の勉強をしているからか、乙女チックな美鈴になりました。
でも、投稿前に過去作を読み返してみたら、元から乙女チックだったという。
月夜野かな
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コメント



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5.100名前が無い程度の能力削除
うーむ、あのサンドイッチは甘かったに違いないですねっ!
6.90奇声を発する程度の能力削除
良い感じでした
7.80名前が無い程度の能力削除
美鈴のドキドキっぷりがかわいい