Coolier - 新生・東方創想話

生前

2014/03/17 00:19:41
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夢だった。
どこまでも自分の足で動いていくこの感覚。
好きな場所へ行った。

紅い館では、館の主と主の妹と共に、外界からの紅茶と菓子を食べた。
菓子は口の中でほろりと崩れていく。少しずつ、味わいながら、心を満たしていく。
主のほうはあまり菓子に手をつけず、母を思い起こすような笑顔を見せていた。
一方で、妹の方はがむしゃらに菓子を口に入れては、紅茶で流し込んでいた。
メイドは特に止めもせず、口をつぐんで騒がしさと静かさの入り混じったこの状況を見続けていた。

館の次は、うるさいほど黄色に塗りつぶされた太陽の畑に行った。つもりだった。
確かに、畑は黄色に埋め尽くされていた。しかし、太陽と地平線を区切るかのように、畑の入り口にはマンジュシャゲが植えられていた。
畑の主の気まぐれだろうと思い、特に気にもせず、私は向日葵の間を進み続けた。
一歩進むごとに、体中に太陽の匂いが降り注いでくる。
温かなものにどこまでも包まれていく感覚。独りであっても、どこまでも優しさが続いていくような気がした。

畑から人里へと戻っていく。
何事も変化のないささやかな日常。
寺子屋からの帰りと思われる子どもたちは、いかに頭突きをかわしていくか相談しながら、私の横を通り過ぎる。
彼らの顔を思い出してみて、顔や名前はすぐに出てきた。しかし、どのような性格だったのかまでは思い出すことができなかった。
彼らを少し追ってみようと、背中の風景へ視線を移してみる。しかし、そこに彼らの姿は既になかった。どこかに彼らだけが知る道があるのだろうか。
追いかけても、きっと出会うことはないのだろう。私は早々に諦め、人里を抜けていった。

人里近くの青々とした平原を抜け、山のほうへと向かっていく。
目的は山の中にある神社、ではなく、巫女の知り合いの妖怪だ。
その妖怪とは、連絡手段がなかった。そのため、彼女が日ごろ薄い茶を飲んでのんびりとしている場所へと赴かなければなかった。
一段ずつ歩みを進めていけども、階段の数が減る様子が一向にない。私の体力は一気に減っていくというのに。
何段目かを数えるのが苦痛となり、何も考えずに上り続けていく。
服に張り付くような汗をかき、ようやく鳥居にたどり着いた私の目の前にいたのは、涼しそうな顔で三色団子をほおばる妖怪の彼女の姿だった。本当に腹立たしい。備考に「団子があれば懐柔できる」とでも書き換えてやろうかと思ったが、筆はないので諦めた。
彼女の元へと向かい、とりあえず団子をひったくる。彼女は最初こそきょとんとしていたが、私の今の姿を見るなり、意地の悪い笑みを見せ始める。どうやって私をおもちゃにするのかを考えていたのだろう。
おもちゃにされる前に、私は話を切り出した。
一言二言であるが、拒まれると思った。だが、彼女はあっさりと了承した。
了承したその瞬間、目の前があの宵闇妖怪のように黒く塗りつぶされた。

黒の次に見えたのは、音と光の洪水だった。
見えないはずなのに、体の奥底までに響き渡る音の洪水。
煌びやかに彩られた空間。
私がいつの間にか腰をかけていた。そして、その席から少し離れた舞台では、女性たちが何かを披露していた。
よくよく見てみると、彼女たちは舞い、そして異国の言葉で歌が紡がれていた。
記憶にはあっても、来ることができなかった初めての舞台。
どこまでも望み続け、その望みは渇くことはなかった。
それが今、私の前で現となっている。
もう、大丈夫。
そう思っても、夢はいつまでも続いていた。

舞台が終わっても、私は惚けたままだった。
大丈夫。もう。
そう思った瞬間、目の前が再び真っ黒に塗りつぶされていった。

意地の悪い笑みを浮かべた彼女に感想を求められる。
それに対し、私は精一杯の笑顔で返した。
私の笑顔を見た彼女は、どこか優しい笑顔をほんの一瞬だけ浮かべた。

帰る道の足は、どこまでも軽く、どこまでも行けそうだった。
家に帰ると、たった一人残った手伝いに出迎えられる。
心配そうに見つめる彼女に、満面の笑みを返す。
その後、湯船にゆっくりとつかり、想い出に浸る。
風呂から上がり、眠りに落ちるまで、想い続けた。
毎日を最大の幸福を享受できたと想い続けた。

どこまでも縛られ続け、そして自由に生きた。
閻魔より転生をしないことが伝えられ、私、稗田阿求が余生を生きた、幾ばくかの日々の思い出である。
この泡沫の日々の輝きを、いつか現れるであろう、新しい稗田へと。
いつか。

葬々
お楽しみいただけましたら幸いです。

この作品は、
阿求がしたい事、やりたい事を殺し、追い続けた彼女。その彼女の一人きりの生前葬に、一欠片の幸福を手に入れる物語となっています。
縁起によって、妖怪とコミュニケーションのきっかけになり、交流が深まっていった。そして、最後には手向けを送られるようになった、という感じで見ていただければと思っています。


なお、本作品は、夢のチョモラン王国様の「何故死んだか判るまい」の影響をかなり受けています。問題があった場合、即対応させていただきます。

ご意見・ご感想・アドバイスなどありましたら、是非。
龍泡
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コメント



0.140簡易評価
3.80名前が無い程度の能力削除
なんかいい
4.80奇声を発する程度の能力削除
良かったです
6.80名前が無い程度の能力削除
手軽なサイズで良い感じ
もう少し掘り下げてみても良いかなと思ったけど、勝手に妄想自己完結