Coolier - 新生・東方創想話

雲と花 7話:暗中疾駆

2014/03/06 20:48:05
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 七話 暗中疾駆

 愛宕山――その山道の入り口に、一人の山伏が立っていた。
「待たれよ」
 黒い鳥――恐らくカラスの仮面を着けた山伏(仮面のせいで声が籠っているが、恐らく中年の男)は、上空から彼を見下ろす私達の方に顔を向けた。
「今、入山することは許されぬ」
「どうしてかしら?」
 ゆっくりと地面に降下し、山伏の正面に立つ。
「山中に、我らの仲間を殺した賊が潜んでおる。天狗様が彼の者を捕えるまで、何人たりとも中に入れてはならぬのだ」
「そりゃ良かったわ。私達はその賊に用があるの」
 その賊こそが、恐らく私の仇だ。まだここに居たことは幸運だったが、それを天狗が追っているとなれば急がなくてはならない。他の奴らに先を越されるわけにはいかない。
「……仲間か?」
 山伏が、仮面の奥で目を細める。その射抜くような眼光に一瞬たじろぐ。が、こちらも負けじと睨み返す。
「……仇よ」
「仇討ちなど、空しいだけだ」
 今更、そんな言葉で止まるつもりはない。どんな言葉でも、止まる気はない。
「空即是色よ」
 その言葉の意味は、ついぞ教えてもらえなかった。だから本当のところ、これが正しい使い方かは分からない。でも、今の私の気持ちを表すには適していると思う。例え空しくても、たとえ一方的でも、私は約束したのだ。それを守ることが、私にとっては何より大切なモノなのだ。
「空ろなる思いと知った上で、猶も行くのか」
「えぇ。もう迷わないわ」
 真っ直ぐに、山伏の目を見返す。
「人の道から堕ち、自ら望んで修羅となるか……」
「悪いけど、問答するつもりはないわ。じゃあね」
 そう言ってそそくさと山伏の前を通り過ぎようとした時、山中から「ギャァアア」という何かの叫び声のような音がした。まるで、カラスが喉を絞められたまま鳴いたような音だった。そしてその直後、木々から一斉に鳥が飛び立った。
「何かあったみたいね」
「天狗様の身に、何かあったのかもしれぬ……」
 山伏が、焦ったような声を出した。「杞憂であれば良いのだが……」
「急ぎましょう、雲山」
「あぁ」
「あっ、こら、お主ら――」
 制止する山伏に目もくれず、私達は空を木々に覆われた薄暗い山道へ駆け出した。

 何人もの修験者に踏み固められたと思われる山道は、踏みしめるには適した硬さではあったが、角度は急で尚且つ幾度も蛇行しており、走るには厳しい道のりだった。
「あの、カラスみたいな声が、天狗の声、だったのかしら」
「そうだろうな。あれは烏天狗の声に違いない。カラスの頭と翼を持つ彼らは、縄張り意識が非常に強く、その実力も高い妖怪だ。賊を見逃すとも、餓鬼に負けるとも思えん」
「その、烏天狗を、叫ばせる程、あいつらが、強くなった、のかも、しれないわね……」
「そうでないことを祈ろう」
 そうして、どのぐらい走った頃か、雲山が「止まれ」と言った。
「見つけた」
「どこに?」
 慌てて立ち止まり、辺りに目を凝らす。しかし、先ほどから私の視界には木しかない。まだ昼間だと言うのに森は暗く、世界は静かだ。風の音も、何かが動く音もない。全ての命が絶えたように、不気味なほど静まり返っている。
「少し遠いが、東の方に気配がある」
「遠くの事が分かるの?」
「先ほどから、わしの身体を薄めて山中の広い範囲に渡って広げていた。その東側の身体が、あの男と餓鬼の気配を捉えた」
 そう言われてみれば、心なしか彼の身体の色がいつもより薄く、透き通っているようにも見える。
「便利な身体ね」
「妖怪だからな。行くか?」
「えぇ、当然よ」
 意を決し、私達は陰に溢れる森の中へと入った。

 進む程に森は深くなり、山道と打って変わって、足には木の根や背の高い草が絡みつき、何度も転びそうになる。それでも、止まるわけにはいかない。この先に、あいつがいる。私の家族を殺した、あの男がいる。それを裏付けるように、森の奥からは餓鬼特有の嫌な臭いが漂って来ている。木々の幹にも、所々に赤い汚れが付着している。その粘り気と臭いから、血液だとすぐに分かる。よくよく見てみれば、地面にも幾つもの血だまりが出来ている。
「この先だ」
「えぇ……」
 いざとなると、足がすくみそうになる。立ち止まってしまいそうになる。だから、無理矢理にでも足を動かし続ける。
 前へ、前へ、前へ――。
「怖いか、一輪?」
「えぇ、怖いわ。でも、今回ばかりは躊躇っていられないわ」
「そうだな。景気づけに、一杯飲むか?」
 雲山が、おどけた調子で言う。緊張を紛らわせようとしてくれているのだと、分かる。
「ありがとう。でも、飲んでふらふらになりたくないわよ」
「そうか。ならば、勝利の美酒まで待つとしよう」
 雲山のその言葉に、胸の横がちくりと痛んだ。彼には、色々と言わなくちゃいけないことがあると、思い知らされる。でも今は、その時ではない。今は、奴を倒すことだけを考えよう。
「……そうね。雲山は、一応巾着の中に居て」
 騙し討ちをするつもりは、ない。それは初めから決めていた。正々堂々、あいつを殺す。だけど、手の内全てを初めから見せるつもりもない。その為に、この村紗から貰った巾着は役立つだろう。
 そう言えば、村紗は今頃何をしているだろうか。無事にお遣いを終えただろうか。無事に家族の元に帰っただろうか。私達が去ったと知った時の彼女は、一体どんな顔をしただろう。驚いただろうか、怒っただろうか……。そのどちらの顔も、容易に想像出来るし、思い浮かべると、自然と頬が綻ぶ。
(ありがとう、村紗)
 あなたと出逢えた事は、多分無駄じゃなかった。最初はうっとおしい奴だって思ってたけど、あなたの存在に、私はずっと妹の姿を重ねていた。それはとても辛かったけど、でも、その分思いを強くすることが出来たんだと思う。この麻袋だって、役に立たせてみせる。結局、あなたの事はよく分からず終いだったけど、でもどうか私達の分まで、家族と仲良く幸せに暮らして欲しい。
「……あぁ」
 雲山が腰の巾着袋の中に収まる。その微かな温もりに、確かな安心感を覚える。
 思えば、ここまで来られたのも雲山のおかげだ。彼の背に乗り空を駆けたおかげで、これ程早く旅が出来た。彼の温もりの中で夜を越えたおかげで、この朝を迎えることが出来た。雲山は村紗と違って余計なことは喋らないけれど、隣に誰か居るということが、どれだけ私の助けになったか分からない。昨日の夜だって、彼が居なければどうなっていたことか……。
 そして何より、あの日彼が居なければ、私は餓鬼に殺されていたのだ。あの時彼が守ってくれたから、あの時彼が約束してくれたから、今私はここに居られる。
 ――結局彼が何故そこまでしてくれるのかは、いまいち分からなかったけど。
「……雲山」
「何だ?」
「最期まで私を、守ってくれる?」
「あぁ。約束だからな」
「……ありがとう」
 きっと、そう言ってくれるって、思ってた。
「あぁ。そう言えば、服は換えなくて良いのか?」
「……えぇ、時間が惜しいもの」
 もう着替える必要はないとは、まだ言えなかった。言ってしまえば、きっと雲山を困らせてしまうから。

 木々を避け、草を踏みしめ、一体どれだけ走ったことか。臭いが一際強くなった時、突如として視界がひらけ、円形の広場のような所に出た。そこには、太い注連縄を巻かれた巨大な木が一本だけそびえ立っていた。周囲に他の木はなく、背の低い草と土が地面にあるばかりで、その巨大な木の枝葉によって広場は完全に陽の光が遮断されていた。
 その巨木の太い幹に、一人の山伏――いや、その背にある漆黒の翼とその鳥のような頭からして、あれが烏天狗か――が薙刀で刺し止められていた。
 そして、そのすぐ傍に、一人の男がいた。
「君はぁ?山伏でも、天狗でもないみたいだねぇ?」
 肩に大きな麻袋を背負った男はこちらに気付き、振り返った。黒い着物を真っ赤に染め、火傷でただれた顔を不気味に歪めて不快な笑みを浮かべている。男の足下では、数十匹の餓鬼が、ギャッギャッと騒いでいる。奴らもまた全身血まみれで、熱心に足下に横たわる山伏の死体を貪っていた。
 ――間違いない。あの男だ。
 何故山伏達が殺されたのかとか、彼らがここで何をしているのかとか、そんなことは、どうでもいい。今、ついに、仇を見つけた。それだけで、充分だ。
「さよなら」
 小太刀を一気に抜き、全速力で男に突進する。
「おお!君は刺客なのかぁ!」
 男は何故か嬉しそうな声をあげた。すると、餓鬼達がこちらの進路を塞ぐように一斉に飛び掛かってきた。それはまるで、灰色の濁流だった。私を押し潰し、引き裂き、喰らい尽くそうと迫る、数十の欲望から成る洪水だ。
「ぬううん!」
 その濁流を、腰の巾着袋から飛び出した雲山の拳が悉く吹き飛ばす。餓鬼達は為す術もなく遥か空中に飛んでいく。だが、その行く先を見る余裕はない。私の視界にあるのは、あの男のみだ。
 前へ、前へ、前へ――。
「アハッ!そうか!君らか!」
 男はそう愉快そうに叫び、烏天狗に刺さっていた薙刀を難なく引き抜くと、こちらに向けて投擲してきた。
「私達を、覚えているのなら――」
 その投げられた薙刀を、寸での所で雲山が地面に叩き落とす。柄は地面ごと真っ二つにへし折れ、その場にいた餓鬼と共に空中に舞った。
「――ここで、死ねッ!」
 空中に舞った薙刀と餓鬼とを飛び越え、腰元で小太刀の峰を下に、切っ先を真っ直ぐ男に向けて構え、立ち止まらず、更に地面を蹴り続ける。
 前へ、前へ、前へ!
「断るよ!」
 男は笑ったまま担いでいた麻袋を空高く放り投げ、自身も跳躍し、空へと逃れようとした。だが――。
「今度は逃がさん!」
 ――その男の身体を、桜色の巨大な拳がわし掴み、地面に投げ落とす。その風圧で、男のすぐ傍にいた餓鬼が土煙と共に吹き飛んだ。これで、邪魔者はいなくなった。
「いてて、入道はむちゃくちゃだな……」
 雲山の手で庇われながら土煙の中に飛び込み、薄らと見える男の影目がけて、勢いを殺さぬまま、真っ直ぐに突っ込む。
「あッ――」
 男の間抜けな声が聞こえた。それと同時に、刃が肉体を貫く感触が握りしめた拳に響いた。
 小太刀は、何か固い物に突き刺さり、乾いた音を発して、止まった。
 静寂の中、土煙が晴れる。目の前には、巨木に胸の真ん中を刺し止められたあの男の姿があった。

 

闘いはあっさり。始めから決めてました。
ところで、一輪さんはまだ人間ですね。そろそろ妖怪になってもらいましょうか。
それでは、読んでいただいた方、ありがとうございました。
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おおっと、ここからどうなる? 次の展開に期待。