Coolier - 新生・東方創想話

雪降る夜には酒が合う

2014/03/05 00:27:47
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 はらり、はらりと、まるで蝶がそっと花に舞い降りるかのように空から降ってくる雪は、日が沈んだ今も降り続いている。しんと静まりかえった里には人影がなく、家々の窓から発せられる灯りだけが人の存在を感じさせた。
 そんな里の中を神子は一人歩いていた。辺り一面が雪で覆われ、見慣れたはずの景色がやたら新鮮に見えた。
 積もった雪に足跡を残しながら、目指すのは人里の外れ。進むにつれて灯りが段々と少なくなって行き、人々の息吹も少しずつ遠のいて行った。
 民家から発せられる灯りよりも、雪が反射する光の方が鮮やかになった頃、ふと神子は気がつく。
 新雪に誰かの足跡が残されている。大人の足跡にしては小さすぎる。恐らくは子供のものだろうと神子は思う。やたら雪が嬉しかったのか、その足跡を残した人物はまっすぐ歩くことをせず、あっちに行ったりこっちに行ったり、ぐるっと回って元の場所に戻ってみたりと、落ち着きが感じられなかった。
 はしゃぎたくなる気持ちも神子は十分にわかる。雪というのは人を童心に返らせる。神子もなるべく誰かが足跡を残した場所ではなく、新鮮な雪の上を選んでここまで歩いてきた。子供の気持ちに戻るのも、偶には良いものだ。
 この足跡の主はどこに向かって進んでいるのだろうと気になり、神子が確認しようと思ったその時に、厚い雲に覆い隠されていたはずの月がひょっこり顔を出した。その瞬間に薄らとした闇が途端に消え去り、月の光りを受けた雪たちが輝き、辺りがまるで昼に戻ったかのように明るくなった。
 さすがの神子もこれには目を奪われた。辺りを見渡し、白銀に輝く世界を眺め、それから月に目をやる。雲の切れ目から光を地上に届ける月と、舞い降りてくる雪が重なり、それは実に趣のある光景だった。
 すぐに月はまた雲に隠れてしまったが、神子は思わず訪れた幸運を喜んだ。
 それから少し歩くと、目的の場所が見えた。
 温かみのある灯り。それは提灯が発するものだ。里の外れにひっそりとたたずむ一つの屋台。
 ようやくたどり着いた神子は、服に付いた雪を手で払うと、垂れ下がった暖簾をくぐった。

「夜雀のやっている屋台とはここのことかな?」
「いらっしゃいな。その夜雀の名前がミスティア・ローレライって言うのなら、ここであっているわ」

 神子はそうか、と一言返し、それから小さな屋台を見渡してから、

「私一人だけか?」
「うん。今日みたいな日はね、人が来ないから……。誰か目当ての人でもいたの?」
「今日ここで会う予定になっている人がいるんだ」
「そうなんだ。残念だけど、まだ来ていないわ」
「まあ、ゆっくり待たせてもらうよ」

 神子は椅子にそっと腰を下ろす。

「良かった。今日は本当にお客さんが来なくて困っていたの。せっかく色々と準備をしたのに、無駄になっちゃうのは悲しいから」
「そうか。ならこの店に来たのも間違いではなかったな」

 神子が言うと、ミスティアは静かに微笑んだ。
 雪の降り積もる夜。凍えそうなほど冷え切った人気のない道を歩いてきた神子にとって、その笑みはとても温かいものに感じられた。
 こぢんまりとした屋台は決して立派ではなかった。しかしこれはこれで独特の味があるもので、提灯の灯りや、炭から発せられる熱気で揺らぐ空間がどこか幻想的だった。辺り一面が雪景色であるせいかもしれない。砂漠の中に浮かぶオアシスのように、この屋台も灰色の世界では浮き出た存在だった。

「何か注文はある?」

 さて、と神子は思う。ここで会う予定になっている相手がいない以上、先に何かを頼むのは気が引けた。しかし、何も頼まないでいつ来るかわからない相手を待つのもミスティアに悪い。腹もちょうど空いている。軽く何かを頼んで、それをちびちびとやっていこうと決めた。

「熱燗を一つ。それと軽くつまめる物を頼む」

 はい、とミスティアは短く答え、慣れた手つきで用意を始めた。
 串で刺された食材が炭火で焼かれると、食欲を誘う匂いが神子の鼻腔をくすぐった。

「その串で焼いているやつは何だい?」
「これは八目鰻。とても目にいいの。今日取れたばっかりのものだから、美味しいよ」
「ほう……。八目鰻ねえ。どこで取れるんだ?」
「いくつか場所はあるけれど、今日のはこの屋台の裏に流れる小川で取れたやつ。雪で隠れてるからわかりづらいけれど、里の中に向かってまっすぐに流れてるの。帰りに酔っぱらって落ちたりしないように気をつけてね。……はい、熱燗お待ち」

 ミスティアはそう言って、神子の前に徳利と猪口を置いた。

「いくら酔っていようが、川に落ちるようなドジは踏まないさ。心配ご無用」

 神子はそう返しながら猪口に酒をそそぐと、それをそっと持ち上げて臭いを嗅ぐ。つんとしたようで、どこか甘い香りがした。そのまま一気にあおった。
 そして、ほう、とため息を一つ。

「うむ、寒い日にはこれに限る。体の芯が火照るのを感じるよ」
「ええ、まったく」

 八目鰻が焼き上がるのを待ちながら、神子はひどくゆっくりとしたペースで酒を煽った。酒を楽しむのにはつまみがあった方が良いし、つまみを楽しむのも酒があった方が良い。炭に炙られる八目鰻が発するじゅうじゅうと焼ける音、そして香ばしい匂いはそれだけでも十分に酒のつまみになり得るものだったが、神子はぐっと我慢し、可能な限り杯へ手を伸ばすのを止め、目の前でミスティアが鰻をひっくり返す動作をただじっと眺めていた。
 無意識に酒の入った徳利へ手を伸ばそうとし、途中ではっと思いとどまって、手を空中で彷徨わせる動作を繰り返した。その度に神子は決まり悪そうな顔を見せ、彷徨わせた手を結局は自分の特徴的な髪をいじるのに使った。何度目かでようやく、

「はい、お待たせ」

 皿に盛りつけられた八目鰻が眼前に現れる。それほど時間はかかっていなかったが、神子にはやけに長く感じられた。彼女は何の迷いもなく串を掴むと、そのまま大きな口を開けてかぶりついた。

「ふむ、なるほどこれは、うま……、あちち。……いやしかし初めて食べたが、これはなかなかいけるじゃないか」
「本当? 気に入ってくれたのなら、嬉しい」

 そして屈託のない笑顔を見せるミスティア。胸の前で手を合わせて喜んで見せる姿は微笑ましかった。
 神子は猪口に目一杯の酒を注ぐと、一気に飲み干した。料理が出てきた以上、遠慮はいらなかった。後は酒と料理を存分に楽しむのが、客としての礼儀なのだ。
 酒はやけに口に馴染んだ。その一杯は今まで飲んだどの酒よりも美味しく感じられた。そのことをミスティアに伝えると、

「それは八目鰻の独特の癖を、お酒がうまく緩和してくれるから。口の中をね、引き締めてくれるの」
「なるほど」

 神子は頷く。確かに口の中がさっぱりとした感じを受ける。

「うちの看板メニューだもの。それに合うお酒を選ぶのは、当然でしょう」

 そう言って彼女はまた微笑む。屋台を一人経営する妖怪は、やたらと笑顔が似合うらしかった。
 もしかしたら、その笑顔こそがこの酒をやたらと旨く感じさせたのかもしれない。神子はそう思ったが、口にするとあまりにも気取ったセリフのように思われたので、言うのははばかれた。その代わり神子もそっと微笑み返して見せた。
 その後はしばらく神子は黙って、料理に舌鼓を打った。ミスティアの方は歌を歌い出した。オリジナルなのか、歌詞の方は褒められたものではなかったが歌声は美しかった。それ自体に魔法が掛けられているように、自然と耳に入ってくるのである。悪くない、と神子は思う。

「君は何で妖怪なのに屋台をやっているんだい?」

 出された料理を食べ終えた頃、神子はふとそんな事を尋ねた。

「あら、妖怪だって自分の店を持ちたいって思ったって、別にいいでしょう。自分の作った料理を、誰かに食べて貰いたい。美味しいって言って貰いたい。妖怪とか人間とか、そんな事は関係ないの」
「そういうものか」
「ええ、そういうものよ。私はね、ここに来たお客さんが私の料理を食べて、美味しいって言ってくれるのが何よりも嬉しいの。お客さんの顔を見れば、その人が本当に美味しいと思ってくれてるかわかるわ。料理を口にした瞬間、表情が和らぐというか、ほんわかとするの。私はそう言う顔を見るのがたまらなく好き。ああ、この人は私の料理に満足してくれてるんだ、って」
「私はそう言う顔をしてたかな?」
「ええ、ちゃんとしてた。素敵な顔だったわ」

 ミスティアはそう言ってくすくすと笑い出したので、神子も同じように笑った。

「しかし、それだったらこんな人里の外れじゃなくて、もっと中心の方で商えばいいんじゃないか?」
「それだと、里の人に迷惑を掛けちゃうから」
「うん?」
「私って自然と歌を口ずさむ癖があるの。こうしてお店をやっている時は特に。さっきも歌ってたでしょう。だから里の中心の方なんて行ったら、怒られちゃう。まだ日が沈んでからそれほど時間は経ってないとは言え、もう寝てる人だっているだろうし」
「歌を歌わないよう意識すればいい。そうすればもっと多くの人に自分の料理を食べて貰えるだろうに」
「でも、歌も歌いたいもの。仕方がないわ」
「そういうものか」
「ええ、そういうもの。兎は寂しいと死ぬって言うでしょう。それと同じように雀は歌を歌わないと死ぬの。私は死にたくなんかないわ。だから歌う」

 神子は苦笑いを浮かべる。

「なら歌手になった方がいいんじゃないか」
「あら、バンドもやってるのよ。良かったらライブに来る?」
「ああ、そうなのか。……気が向いたら行くよ」
「気が向いたら、かぁ。そう言う人は大体来ないのよねえ。ひどいわ」
「私はそんなことはないさ。音楽は好きだ。どんな種類だろうと音楽は心地良いものだ。さっきの君の歌だって良かったよ」
「ありがとう。じゃあ、ライブに来てね」
「気が向いたらね」

 そうして二人はまた一緒にくすくすと笑い合った。
 神子にとって妖怪という存在はとても興味深いものだった。ミスティアと話をしてみて、よけいにその思いは強くなる。人間とは違う思考。妖怪独特の考え方や生き方。それを直にこうして聞くことは神子にとって楽しいものだった。
 この幻想郷には様々な種族がいて、その分神子の知識欲はそそられる。
 もっと知りたいと思った。もっと話を聞かせて欲しいと思う。人間だけに限らず、ありとあらゆる種族の口から語られる話を聞きたいと思う。

 神子の頼んだ酒が空になった頃、

「しかし遅いな」
「そういえば、誰かと待ち合わせをしているのだっけ?」
「うむ。ここで落ち合う予定になっている。時間はとうに過ぎているはずなんだが」
「雪が降ってるし、面倒臭くなっちゃったとか」
「それは困る。博麗の巫女に頼んでその人と約束を取り付けて貰ったのだから、約束は守って貰いたい」
「あなたとその人は知り合いじゃないの?」
「うむ。今日初めて顔を合わすことになる。向こうが来ればだが」
「へえ、そうなんだ。……ねえ、こんな話を知ってる? 田舎道で二人の人物がある人を待ってるの。二人はおかしな会話をしたりして時間を潰すんだけど、でも結局待ち人はやって来ない」
「ゴドーを待ちながら、か。やめてくれ、縁起でもない」
「やって来るかしら。あなたのゴドーさんは」
「来て欲しいものだ」

 そんな会話をしていると、神子が座っている後ろの方から雪を踏みならす音が聞こえてくる。その音に気がつき、ようやく待ち人がやって来たかと思った神子だったが、屋台の暖簾を手で払いのけて顔を覗かせたのは違う人物だった。

「お、なんだ。神子じゃないか。こんな所で会うとは」

 入って来たのは魔理沙だった。帽子に着いた雪を手で払い、神子の隣の椅子に腰を下ろした。ミスティアは魔理沙にいらっしゃいと言葉をかけると、それから神子の方へ視線を向けて、

「この人がゴドーさん……じゃないわよね」
「ああ、残念ながら」
「後藤さん? 私は霧雨だ」
「後藤じゃなくて、ゴドーよ」

 何の話だ、と魔理沙は二人に尋ねると、ミスティアが説明をする。

「こちらの方がここである人が来るのを待ってるんだけど、なかなかやって来ないの。それがゴドーを待ちながらみたいだね、って話」

 すると魔理沙は何か納得したような表情を浮かべる。

「なるほど。萃香が待ち合わせをしてるって言っていたけど、その相手って神子のことだったのか」
「なに? 伊吹萃香を知っているのか」

 魔理沙の言葉に反応し、神子は訊く。

「知ってるも何も、さっきまで一緒に飲んでたんだよ。それで、途中で萃香が何か約束があるからミスティアの屋台に行かなきゃって言うんで、お開きにしたんだ。私は家に戻ったんだけど、ちょっと興味が湧いてな。こっちまで飛んできたってわけだ」

 魔理沙は言うと、それほど広くない屋台の中を見渡して、

「しかし、萃香は来てないのか?」
「来ていない。萃香と一緒に飲んでいて解散したと言ったな。それはいつだ?」
「正確な時間はわからないけど、結構前だぞ。私は家に帰って少しゆっくりしてから来たからな」
「彼女はこの屋台の方へ向かったのだな?」
「ああ、そのはずだ。だけどおかしいな……。萃香と一緒に飲んでた居酒屋はここからそんなに離れた所じゃないんだが」

 三人は少しの間、黙った。萃香の足取りについてそれぞれが思いを巡らせる。
 ミスティアが静かに口を開いた。

「こっちまで来ようと思ったけれど、途中で気が変わって帰っちゃったとか」
「萃香は約束を破るような奴じゃない。そんなことはしないはずだけど」

 魔理沙が否定すると、今度は神子が言う。

「だとすると、彼女はここに来るまでに何か不測の事態に巻き込まれたと見るべきか」
「不測の事態、か。どうだろうなあ。これが人間だったら心配もするんだけど、鬼だしな。何か危ないことが起こったとかそういうことはないんじゃないか。まあ考えられるとしたら途中で急用が入ったとか、そんな感じか」
「そう、なのだろうか。それだったら確かに仕方がないが……」
「ま、そんなこともあるさ。ところで、萃香に何の用だったんだ?」

 魔理沙は神子にそう尋ねると、今度はミスティアに酒と八目鰻を注文する。ミスティアはすぐに手を動かし始めた。その手の動きを目で追う神子は萃香のことについてしばらく考えていたが結局はわからないので、魔理沙の言うように何か急用でも入り来られなくなったのだろうと納得することにした。

「用というほどでもない。幻想郷には様々な種族が存在するから、なるべく多くの人と話をして見聞を広めたいと思ったのだ。鬼とはまだ話をしたことがなかったからな。博麗の巫女が知り合いだと言うので、ちょうど良いと思い、約束を取り付けて貰ったのだ」
「なるほどねえ」

 出された酒をすぐに傾ける魔理沙に、今度は神子が質問する。

「鬼とはどんな姿をしているのだ。やはり筋骨隆々の大きな体に、頭には大きな角を生やしているのかい?」
「鬼と言っても色々な奴がいるよ。私はそんなに鬼について知ってるわけじゃないけど、そのイメージに近いのは地底に住んでる方だな。恐らくお前が考えてる萃香の姿と実物の萃香では、かなり違うと思うよ。萃香は頭に大きな角を生やしているけれど、なにせ見た目は小さな女の子だぜ。角をなくせば、そこらでお手玉でもして遊んでそうな感じだよ」
「ほう、そうなのか。それは意外だな」

 神子が驚いたように言った後、ミスティアが炙っている八目鰻にタレを塗りながら、

「そうそう。確かに見た目は結構可愛らしいわよね。前にここに来たときに、お店のほとんどのお酒を一人で飲んだことがあったけれど、さすがに酔いつぶれちゃってね。その場で居眠りを始めたの。起こそうかとも思ったけれど、寝顔があまりに可愛いものだから、そのままそっとしておいてあげたわ」
「あいつは本当に酒が大好きだからなあ。酔いつぶれた時なんか、幸せそうな顔して寝てるもんな」

 くっく、と魔理沙は押し殺した笑い声を出した。ほんとにそう、とミスティアは同調し、手を口元にやって笑顔を作った。
 神子は二人の話を聞き、新たに萃香のイメージを頭の中に作り出す。可愛らしい童女ということで思い描いたのが、おかっぱで目のくりっとした、座敷わらしのようなものだった。それに角を生やしてみたが、どうにも似合わない。蛇の絵に足を付け足すようなものだ。
 生やした角は取り消して、代わりに手にお手玉を握らせた。こちらはしっくり来た。当たり前と言えば、当たり前だ。その状態でまた角を生やしてみたが、やはりその途端にバランスは崩れ、とても奇妙な見た目になってしまう。ならばとその手にお手玉ではなく酒瓶を握らせてみた。童女と角と酒瓶。その三つは決して合いはしなかったが、そのちぐはぐさが却って全体のバランスを整えた。
 神子はさらに想像する。
 見た目は可愛くとも、鬼なのだ。さぞ豪快に酒をあおるのだろう。頭に角を生やしたおかっぱの童女が、手に持った酒瓶をぐいっと一気に飲み干す。酒を飲むのも豪快なら、酔い方も豪快だろう。座っていたかと思えば途端にすっと立ち上がり、部屋の障子をぴしゃりと開くと、裸足のまま外に飛び出す。積もった雪に両足を突っ込む。誰も踏み入れていない新雪に、自分の小さな足跡を残すだろう。千鳥足で次々と、まるで子供が雪を楽しむかのように……。
 と、そこで神子は、はっとする。

「魔理沙。萃香と一緒に飲んでいたのだな。その時彼女はどれくらい酔っていた?」
「あん? そうだな、結構飲んでたし、かなり酔っていた気がする」
「千鳥足になるくらいか?」
「うーん。ふらふらしてたし、そうなってたかもな」

 嫌な予感がする。萃香がここに現れない理由について、一つの仮説を立てる。それはあまり想像したくないものだったが、可能性はある。

「女将よ。ここの近くに小川が流れてると言ったな」
「ええ、そう。ここのすぐ裏に、里の中心の方へ向かってまっすぐ伸びてるわ。今は恐らく雪で隠れちゃってると思うけど」

 ミスティアはそう言って、川が伸びている方向を指差した。その方向は神子が歩いてきた道と重なる。

「一体、どうしたんだ?」

 怪訝そうな表情を浮かべた魔理沙が尋ねる。

「ここに来る途中に雪に残った足跡を見つけたんだ。小さい足跡だったし、右に行ったり左に行ったり落ち着きがなかったから、てっきり子供の足跡かと思ったのだが、もしかしたら……」

 神子の意図することに、二人は気付いた。

「その足跡はどこにあったの?」
「ここからそう離れていない所だ。方向的にこちらに向かって伸びていたはず」
「途中でなくなったのか?」
「いや、わからない。別の物に気を取られて、その足跡がどうなったのかまでは確認できなかった。今思い返してみると、かなり新しくできた足跡だったように思う」

 三人はそこで少しの間、黙った。八目鰻が火に炙られる音だけが屋台の中に響いていた。沈黙を破ったのはミスティアだった。

「一応、確認しに行ってみた方がいいんじゃないかしら」
「うむ、そうだな」

 そうして三人は屋台を離れ、神子を先頭に足跡の残されていた場所へと向かった。相変わらず揺り続く雪が視界を邪魔するが、その足跡はすぐに見つけることができた。

「あった。これだ」
「ここで大きく左に逸れてるな」

 里の中心の方角から、左右にぶれながらも一定の方向へ伸びていたはずの足跡が、そこで急に角度を変えていた。

「川が流れてるのは、そっちの方よ」

 三人は続き、その足跡を辿る。手つかずの雪がふっくらと盛り重なり、足を踏み入れると大きく沈み込む。どこもかしこも雪に覆われ、その下の地形がどうなっているのかを知ることはできない。
 ふと、足跡が途切れた。

「足跡はここまでのようだ」
「どこに行ったんだ」
「少し、この辺りを見渡してみましょう」

 目を凝らして周りを見る。積もった雪が反射する光によって、いつもの夜と比べれば明るいものの、それでも視界が良いとは決して言えない。辺り一帯は灰色の世界が伸び広がっている。和紙の表面に水で薄めた墨汁を塗りたくったら、きっとこんな風になると神子は思う。
 そこで魔理沙が何かに気がついたのか、神子の肩を叩いた。神子が振り向くと、魔理沙はある方を指差した。そちらの方を注意深く眺めてみると、一カ所だけ雪が不自然に落ちくぼんでいる所があった。
 一歩一歩足場を確かめながらその場所へ近づく。魔理沙が先にくぼみの中を覗き込んだ。

「いたぞ! 萃香だ」

 魔理沙が大きな声を上げ、神子もそれに続いて覗き込んでみる。そこには確かに、頭に角を生やした童女がいた。穴の中は空洞になっていて小川が流れている。その水に半身ほど浸かり、もう半分は雪をかぶるようにして、彼女は横たわっていた。
 神子と魔理沙が二人がかりで萃香を引っ張り上げる。酒気を帯びて赤かったはずの顔は、今やすっかり真っ青になっていた。何とか穴から助け出すと、彼女の閉じられていた瞳がそっと開いた。

「おい、萃香、大丈夫か!?」
「ま、まり、……さ」
「おう、そうだ。私だぜ。しっかりしろ」

 魔理沙は萃香を抱きかかえ、大きな声で呼びかける。萃香の方は弱々しい声で、

「まり、さ……。魔理沙、あ、……あ」

 小さな手で魔理沙の腕を掴んで、何かを訴えかけるようとしているが、うまく口が回らないようだった。あの状態で長いこといたのだから、当たり前だ。人間だったら凍死していてもおかしくはない。神子とミスティアは、心配そうにその様子を眺める。

「寒いのか。ちょっと待ってろ、いま暖を取れるものを用意してやるからな」
「魔理沙ぁ。あ、あた……。あ……かい」

 萃香は必死に言葉を紡ぎ出そうとするが、なかなか言葉にならない。何度か失敗を繰り返した彼女だったが、一度、大きく息を吸い込んだかと思うと、そこで魔理沙の顔をまっすぐに見つめ、そしてついに彼女は言わんとしていた事を言い放った。

「魔理沙ー! 温かい酒をくれーーー!」

 小さな体から発せられた声は、辺り一面に響き渡る。
 途端に、今まで心配そうな表情だった魔理沙の顔が、呆れ顔に変わった。酔っぱらったせいでこんな目に遭ったのに、こいつはまだ飲みたがるのか、と。

「でもまあ、大丈夫そうで良かった」

 呆れながらも、ほっと安堵の表情を浮かべるミスティア。
 神子の方は、ため息を吐き、

「ああ、そうだな」
「探しに来て正解だったわね。待ってるだけじゃきっと会えなかったわよ。ゴドーを待ちながらのように」
「そうならなくて、本当に良かったよ」

 ミスティアと神子は互いに目を交わす。
 そして、どちらからともなく二人で笑った。



 ちなみに萃香は次の日、風邪を引いた。

キャラの口調は書いていて毎回すごく気になります。
特に神子の場合はどうしたらいいのか、本当に困ります。
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コメント



0.700簡易評価
2.80名前が無い程度の能力削除
キャラクターそれぞれの個性が出ていて良かったです。組み合わせの珍しさもナイス。
3.80奇声を発する程度の能力削除
それぞれの感じが良く出てて面白かったです
4.50名前が無い程度の能力削除
つまりなんだったんだ? と思ってしまいました。
5.90絶望を司る程度の能力削除
キャラの口調がまさにピッタリに感じました。
女将、熱燗一つ。……にしても遅いな。え、待ち合わせかって?あぁ、後藤って奴なんだが知らないかい?