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雲と花 三話:羅城門の鬼

2014/02/19 12:11:46
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 三話 羅城門の鬼

 地平線に、朝焼けが白く広がる。空の高い所には、まだ黒い夜の色が残っている。朝日に目を細めながら、雲山は悠々と空を飛んで行く。通り過ぎる秋風の涼やかさが頬を撫で、髪を梳かしていく。秋も、もう随分と深まってきた。もうすぐ、眼下を過ぎる山々も鮮やかに色付くことだろう。
 村紗が羅城門に住むと言う鬼の話をし始めたのは、彼女と出逢って三日目の朝のこと、もうすぐ京に着くという時だった。
「京の南端、ちょっと前の大風で倒壊した羅城門には、昔から鬼が住んでいるという噂が絶えないのですよ」
 その鬼は、漢詩を嗜む鬼神であると共に、羅城門に棄てられる人間の死体を喰っていると言う。
「……それで?」
「せっかくですから、逢ってみませんか?」
「逢ってぶちのめせってことかしら?」
 私は座ったまま脇に置いた小太刀を取り、その鯉口を切って見せた。鞘から覗いた刀身が、朝日の色を村紗へと反射する。
 ここまでの間、村紗を守らなくてはと意気込んだ割に、妖怪とも人間とも鉢合わせることなく進むことが出来た。おかげで、しばらく彼女と会話するだけの平和な日々を送ってしまっていたが、やはり世で妖怪が絶えたわけではないのだ。まだまだ、悪い妖怪を懲らしめなくてはならない。
「漢詩を嗜むだなんて、その鬼は余程博学で数寄人なのかもしれないわね。でも、人間を喰うなら、それを黙って見過ごすつもりはないわ」
「ま、まぁ、それはそうかもしれないですけど……」
 村紗は刃の光を手のひらで遮り、苦笑した。「一輪さん達の旅に何か役立つのではないかなと思ったのですよ」
「私達の旅……?」
「えぇ。そうです。妖怪と仲良くなる旅、でしょう?」
 村紗は、今度はにっこりと笑った。
「そう、ね……」
 そう言えば、村紗にはまだ私達の旅の本当の目的を話していなかった。和泉の山中で彼女と出逢ってからもう三日になるが、妖怪達によって私の家族が皆殺しにされた事は話していなかったのだ。そして、その仇討ちの為の旅をしているとも伝えていなかった。彼女とは京で別れるのだから、それを伝える必要もないのは事実だ。しかし、それにしても、あの集落で妖怪を皆殺した私達の姿を見れば、その理想が旅の目的でないことぐらい気付きそうなものだ。
 それなのに、彼女がこの三日間訊いてくる事と言えば、私の持っている小太刀の事やら私の名前の由来やら雲山の名前や色の由来やらばかりで、その事だけは一言も口にしなかった。
 もしや、彼女は彼女なりに、気を遣ってくれているのだろうか。それとも、他に何か理由があるのだろうか……。
「……もしも、あなた達の旅の目的がそうじゃなかったとしても、何か役に立つ情報が得られるかもしれませんよ?」
 村紗の真意を測りかねる私の心中を知ってか知らずか、彼女はそう静かに告げ足した。
「情報?」
「蛇の行く道は、蛇こそがよく知っていますから」
 雲山が、一瞬だけ雲の下に入った。彼女の明るいにっこり笑顔にも、一瞬だけその影が掛かり、その笑みに翳りが生じたように見えた。
「……確かに、妖怪ならば妖怪の事をよく知っているかもしれぬな」
 雲山がこちらに目を向けて言う「どうする、一輪?」
 元々、私達は羅城門から京に入るつもりだった。羅城門が随分前から廃れていることは知っていたし、夕刻になればその近辺を通る者がほとんどいなくなることも知っていたから、どうしたって目立つ雲山が着陸するには、そんな人通りの少ない所が適していると考えていたのだ。
 つまり、目的地を変更する必要はないわけだ。京に着いてからの当ても無かったことは事実だし、有益な情報源となるかは分からないが、懲悪ついでに寄ってみるのも悪くはないだろう。
「……良いわ。進路はこのまま、羅城門に。ついでにその鬼にも挨拶していきましょう?」
 小太刀を納め、再び脇に置く。
「心得た」
「それなら、良い物を差し上げます!」
 突然、村紗が大きな声で叫んだ。毎度のことだが、雲山の小さな声の後に彼女の元気な声を聞くと、耳が痛くなる。
「うるさいわよ……」
「あ、すみません。でも、これを差し上げますから、許して下さい」
 申し訳なさそうな顔を作り、村紗は懐から麻の巾着袋を取り出した。良い物と声高に言う割には、至って普通のものにしか見えなかった。
「これを貰って、私はどうすればいいわけ?」
「一輪さんは、これを腰に提げれば良いと思います。そして、この中に、雲山さんが入るのです!」
 ここに雲山が入れば、周りからその姿を見られず済み、いざという時はすぐに私を助けることも出来て、一石二鳥だと言う。
「人の集まる所にも行けますし、妖怪達を油断させることだって出来ますよ!」
 村紗は朝日に顔を輝かせて言う。対照に、雲山はちょっと顔をしかめた。
「少し、窮屈そうだがのう……」
「そう?私は便利だと思うけどね」
「それは、そうかもしれぬが……」
「窮屈でも良いじゃないですか。約束通り、傍で一輪さんを守れるのですから」
 ――約束。村紗の使ったその何気ない言葉が、私の頭と胸に重い鉄杭を打ち込むように響いた。
「……そうよ。人混みの中でも守ってくれなきゃ困るわ。約束破ったら、絶交だからね?」
 痛む心の内を村紗に覚られないように、わざとおどけて見せる。雲山は、それを察したようで「仕方ないのう……」と渋々納得した素振りを見せた。
「ふふふ。それじゃあ、どうぞ、一輪さん」
 村紗から恭しげに手渡された麻袋を、右の腰に提げる。これで、左に小太刀、右に雲山だ。我ながら、随分な重装備だ。
「うん、中々似合っていますよ」
 村紗は満足げに頷き「実は、私とお揃いなのですよ?」と言って嬉しそうに、懐から同じ物(中身はやけに重そうだった)を取り出して、同じく右腰に提げた。
「大事にして下さいね?」
 村紗は、またにっこりと笑った。
「まぁ、それなりにね」
 適当に返事をし、彼女から目を逸らし、朝日で目を焼く。あぁ、眩しい。
「見えてきたぞ」
 雲山の背から座ったまま身を乗り出して見れば確かに、遠く眼下に広がる山城の平野にそれは存在していた。東西南北の自然の中、一目で人工物と分かる几帳面な四角形と直線で区切られた条坊制の都市――。この国の中枢機関が集まる場所――。古来より、鬼や怨霊の噂の絶えない、平らの安らかの宮――。平穏を願う帝によって築かれた平安京が、そこにあった。
 羅城門は、その南の玄関口……のはずだった。しかし、その遥か上空からでも彼の門の荒廃ぶりは見て取れる。まず何より、東西に長いはずのそれが、今では東側半分だけしか存在していないのだ。西側は、屋根は勿論柱さえなく、恐らく礎石がかろうじて残っている程度なのだろう。
「噂には聞いていたけど、随分な廃れ具合ね」
 ゆっくりと降下していくと、残された東側も決して無傷でないことが分かる。屋根瓦もほとんどが剥がれ落ちて、鴟尾も見当たらない。この分だと、柱の丹塗りも剥げて久しい事だろう。いつか近い内に、完全に倒壊してしまうに違いない。諸行無常とは、よく言ったものだ。
「京自体も、大分廃れてきましたからね……。羅城門含め、京の西側はもうほとんど人が住まなくなっていますし、羅城門から朱雀門に向けて京の中央を走る朱雀大路も、人通りがかなり減ったようです」
 村紗の言葉通り、京の中央以西では人の動く影がほとんど見当たらない。それに比べて、東側の方では多くの人が忙しなく動いている姿が見て取れる。商店を開く者、行商に励む者、太刀を佩き堂々と歩む武士、市で説法する僧侶、ぴっしりと直衣を着た官職、物乞い、一人ぼっちの子ども……。様々な人間達が、羅城門の荒廃から遠く離れた場所でひしめき合っていた。唯一、羅城門の近くで人が集まっていたのは、五重塔を持つ東寺ぐらいのものだ。
「村紗は、京に来たことは?」
 何となくそう口にして、そのすぐ後で、何故そんな事を訊いたのだろうと疑問に思った。ここで別れる彼女の事を必要以上に知る必要なんて無いはずなのだが……。
「これが初めてではないですが……以前来たのは随分昔の事ですから、記憶にはあまり残っていないのですよね」
 村紗は目を瞑り、まるで昔を懐かしむような調子で答えた。そんな彼女の様子に、漠然とした違和感を覚えつつも、私は「そう」とだけ答えた。
「そうです」
 村紗もそれ以上は語らず、私は羅城門に鬼の姿が見えないかを探そうと決めて、眼下を睨み続けた。
 一旦京から離れた所で、雲山が「夕刻まで待つか?」と訊ねてきた。
「私達はそうしましょう。でも、村紗は先に降ろしてあげましょう?」
 彼女はそもそも、京に遣いに来ているだけのだから。ここまで連れて来るという約束だっただけで、羅城門の鬼退治に付き合せる必要はない。
 そう気を利かせたつもりだったが、何故か村紗は不満そうな顔をした。
「私も、羅城門の鬼に逢いたいです」
「……あなたには、大切なお遣いがあるんじゃなかったかしら?」
「ご心配なく。お遣いはすぐ済みますから」
「別に心配しているわけじゃないわ。付いて来ないでって言ってるのよ」
 場合によっては、その鬼とも戦うのだ。それに村紗を巻き込むわけにはいかない。彼女を守るとは言ったが、わざわざ危険な目に遭わせるつもりなどさらさらない。
 私がそう伝えると、村紗はいつものにっこり笑顔でこう返した。
「大丈夫です。こっそり付いていくだけですから。それに……」
「それに?」
「……いざとなったら一輪さんが守ってくれるって、信じていますから」
 その言葉が、再び私の心身に杭を打ち込む。
「……私があなたを守るのは、ここまでの間だったと思うけど?」
「それでも、ですよ」
「自ら危険な目に遭うのは感心しないわね」
「だからこそ、一緒に行きましょう?」
 なんと、彼女は元々、遣いのついでに羅城門の鬼に逢ってみるつもりだったらしい。
「一輪さん達が一緒なら、一人で行くより格段に安全です。でもまぁ、どうしてもって言うなら、一人で行きますけど……?」
 村紗が悪戯っぽく笑う。こいつめ、そう言えば私が断れないと知っていながら……。
 ――そんな笑みに、死んだ妹の面影を重ねている私も、どうかと思うが。
「……分かったわよ!連れてきゃ良いんでしょ?良いわよ、どこへでも連れてってあげるわよ。だから、私の傍を離れるんじゃないわよ!」
 もうどうにでもなれ。こうなったら、何があっても守り切って見せるさ。
「わぁい!ありがとうございます!」
 村紗はそう言って、突然抱きついてきた。
「ひゃっ!」
当然、私は驚いた。しかし、抱きつかれたこと自体よりも、彼女の体温の低さの方に驚いたのだ。
「……あんた、身体冷えてるじゃない」
 今朝の秋風で冷やしたのか、随分と冷たい身体だった。このまま抱きしめられていたら、こっちの身体まで冷たくなってしまうかもしれない。しかし、そのひんやりとした冷たさが嫌ではない私が、確かにここにいた。
 ――むしろ、温めてあげたいと思った。
「あっ、すいません。すぐ離れますから――」
 慌てた様子で離れようとした村紗を、私からもそっと抱きしめ返し、胸の中に留める。
「……少し、温まっていきなさいよ」
 村紗は目を円くしてこちらを見上げていたが、しばし見つめ合った後で急に顔を下に向けた。
「……ありがとう、ございます」
 村紗は私の首元に顔を埋めたままそう言った。彼女が顔を下げた瞬間、彼女の頬が少しだけ赤くなっていたような気がした。
 それにしても、こうして、誰かを抱きしめることなんて、もうないと思っていた。以前は、しょっちゅう夜泣きしていた三郎を抱きしめて寝かしつけていた。転んで泣きわめく二葉を抱きしめ、頭を撫でて宥めたこともあった。あぁ、そう言えば、何となく寝付けない夜、和尚に抱き付いて眠ったこともあったっけ……。でも、もうそんな事は、今世で二度とないと思っていた。二度となくても良いと思っていた。でも今、段々と温まっていく村紗の体温を感じていると、もう二度と、それを手放したくないと思ってしまう。この感覚を、失いたくないと思ってしまう。
(まだまだ、バケモノには程遠いわね……)
「……あの、そろそろ良いですよ?」
 胸の中で、村紗が遠慮がちに言った。
「……そうね」
 村紗とお互いの身体を手放し、近い距離のまま向き合う。しかし、村紗はまだ顔を俯かせたまま、どこかバツが悪そうにしていた。
「は、はい。それじゃ、行きましょう……」
 心なしか、まだ顔が赤いように見える。つい物思いに耽って、長く温め過ぎただろうか。
「ちょっと、温め過ぎたかしらね?」
「い、いえ!大丈夫です!おかげでぽかぽかです!」
 村紗は大げさに首を横に振る。
「なら、良いんだけど」
「……では、行こうかの?」
 雲山が、ゆっくりと言う。
「あ、雲山、居たのね」
 今まであまりにも静かだったから、つい足元のその存在を忘れていた。
「一輪さん、雲山さんを忘れちゃうなんて酷いですよ。まぁ、私も忘れていましたけどね」
「お主らは、全く……」
 雲山は深いため息を吐いた。村紗は「ごめんさい」と言いながら笑った。私も、まだ笑えた。

 結局、羅城門へは夕闇の中向かうことにした。太陽が西に落ちた後、周辺の人通りが完全に無くなったことを確認し、雲山に巾着の中に入ってもらう。彼を収めた巾着袋からは、微かな温もりと重量を感じる。
「居心地はどう?」
「やはり、少しばかり窮屈だな……」
「少しの我慢よ。さ、行きましょ」
「うむ」
「はい」
 村紗と並び、羅城門へ歩く。と、門の石段の前に至った辺りで、東半分だけとなった楼上からうっすらと明かりが漏れ出ていることに気付いた。明かりは、二、三度右左へ動いたかと思うと、門の一番東側、恐らく最も損害の少ないであろう部分で止まった。
「誰か、いるようね」
「噂の鬼神ですかね?」
「どうかしらね……」
 二人でこっそりと会話し、慎重に石段を上る。一段、二段と、門に歩み近づく度、楼上から降りてくるがさごそと何かが蠢く音が耳をざわつかせ、肉の腐ったような嫌な臭いが鼻を突く。その臭いに思わず口元を抑え、丹塗りの剥げたぼろぼろの柱にもたれ掛る。
「これは……死肉の臭い、かしらね」
 あの餓鬼達が発していた臭いと、よく似ている。あぁ、本当に嫌な臭いだ。羅城門楼上には、身寄りのない者の死体が打ち捨てられていると言うが、どうやら本当らしい。
「そう、でしょうね……」
 村紗もたまらず、鼻を摘んでいる。
「しかし、どうやって上に行きましょう?梯子はかろうじてあるようですけど……」
 村紗の声に見回してみれば確かに、二つ残った柱の間に、楼上にいく為の梯子があった。しかし、この梯子も随分整備されていないらしく、足場は幾つも欠け落ちており安全に上に行けるかは疑問だ。
「足場を踏み抜いたら、危険ね」
 さて、ではどうするか。上には、鬼がいる可能性もあるのだ。そもそも呑気に梯子を上って良いものか。
「じゃあ、どうします?」
「そうね……」
 こんな時こそ、彼の出番、か。
「雲山で行きましょうか」
「雲山さんに乗って上へ行くのですね?」
「えぇ。良いかしら、雲山?」
 右腰に提げた巾着袋に問いかける。と、紐がしゅるしゅると独りでに緩みだし、袋口から桜色の煙が立ち上った。煙は中空で渦巻き、固まり、形を成し、口を開く。
「これならば、初めからこんな窮屈な所に入らんでも良かったのう」
「ここに来るまでに人に遭う可能性だってあるんだから、意味はあるわよ」
「そうです。備えあれば憂いなし、です」
「そうかのう……」
「それはともかく、上までお願い出来るかしら?」
「あぁ。心得ておるとも」
 雲山は地面の低い所でとどまり、私達が乗るのを待った。
「村紗、あなたは……」
 下に残って。と言おうとした時、村紗はぴょんと一跳びし、雲山の上に着地した。
「さあ、行きましょう!一輪さん!」
 小声とは言え、相変わらず元気のいい声だこと。
「……はぁ。そうね、行きましょう」
 彼女を説得しても、どうせ無駄だろう。ゆっくりと雲山の上に立ち、腕を組む。さぁ、行くぞ。
「では、上がるぞ」
 雲山が、ゆっくりと浮上していく。倒壊し、壁を失った西側から、楼上の中を見る。
 中には、予想通り死体の山が築かれていた。老若男女、人畜問わず、衣服も毛皮も身に纏っていないものが、置場を争うように折り重なってまさしく捨て置かれていた。そして、その向こう側、一番東側でほんのりと辺りを照らす光源が一つ。それが蝋燭の灯だと気付いたのは、その持ち主が、死体の山から身を乗り出し、こちらに話しかけてきたからだった。
「かような時刻に羅城門を訪ねるは誰ぞ?」
 しゃがれた老婆の声だった。蝋燭で照らされた声の主の顔も、まごうことなき老婆のそれだった。地面に届く程のばさばさの長髪も、老人らしく光沢のない白だった。着物から覗く身体もまた、骨そのもののように細く、所々の皮膚がだらりと垂れ下がっていた。しかし、その頭の左右からは、木の枝のように細い、紛れもない角が一対、天へと伸びていた。
「あなたが、羅城門の鬼、ね」
 雲山から飛び降り、楼上に立つ。みしりと、床が軋む。
「ほ、ほぅ……。門ではなく、わしを訪ねにきたのか」
 老婆の鬼は、目を円くしつつも感心した様な声で言った。それに対し、腰に差した小太刀を抜き、切っ先を鬼に向けて言う。
「えぇ。鬼に聞きたいことがあってね。答えてくれるわよね?」
 すると、鬼は私の小太刀と、背後の雲山に交互に目をやり、その後、突如として両手を挙げ、叫んだ。
「い、命だけは勘弁しとくれー!」
 そして、何の躊躇いも見せずに、地面にひれ伏した。
「……え?」
「お、お主ら、検非違使に雇われた陰陽師じゃろう?わ、わしを排除せよと命令されておるのだろう?」
 鬼は声を震わせながら悲鳴混じりに叫ぶ。「わ、わわしは、ただ死体を処理しておるだけじゃあ。確かに、死肉を喰らってはおるが、ここにいる人間はおろか、今まで赤子の一匹さえもこの手で殺したことなどありゃあせん。天地神明に誓って、わしは誰にも迷惑などかけておらん!じゃから、じゃからどうか命だけはご勘弁を!」
 一息にそこまで言うと、鬼は土下座したまま荒く呼吸を繰り返し、こちらの反応を待つようにして押し黙った。
「えーと……」
 どうやらこの鬼、とんでもない勘違いをしているようだ。大方、雲山を式神か何かと思ってのことだろう。しかし、それにしても、鬼がここまで人間に平伏するなどあるのだろうか。鬼と言えば、傍若無人に怪力無双の力を振るい、人間を殺し、貪り、侵し尽くす者ではなかったか。そんな者が、雲山を背後に従えているとは言え、人間の少女に出会いがしらで土下座するだろうか。この老婆にも、立派とは言い難いものの角が生えていると言うのに。
 何か、企んでいるのかもしれない。が、とは言え、この状況を利用しない手はない。
「人間を喰うのは赦されないけど、そこまで言うなら、生かしておいてあげても良いわよ?」
「ほ、本当か?」
 鬼は私の言葉に頭を持ち上げ、安堵した顔を見せた。
「えぇ。ただし、条件があるわ」
「じょ、条件?」
「そうよ。あなたがその条件を呑むと言うなら、京はあなたを見逃すでしょうね」
「そ、その条件とは、一体何かのう……?」
「……まずは、答えなさい。呑むの?呑まないの?」
 鬼の目の前に大股で近づき、小太刀の切っ先をぐいと前へ押しやり、鬼に詰め寄る。
「わ、分かった。呑む。呑むから、太刀を仕舞っとくれ」
「……その言葉に、嘘はないわね?」
「勿論じゃ。鬼は嘘を言わぬ。絶対に」
 その必死な声色から察するに、どうやら本当にびびっているようだ。雲山のおかげでもあるが、こうして妖怪共をびびらせるというのは、中々愉快なものだ。
「そ。じゃあ、条件を言うわね」
 鬼を睨み付けたまま小太刀を鞘に納め、言葉を続ける。「私達は、ある男を探しているの」
「男?」
「そうよ。何匹もの餓鬼を使役する男でね、顔に大きな火傷の跡があるわ。あんた、その男のことを何か知らないかしら?」
「火傷の男、のう……」
 鬼は顎に手を添え、うんうん唸りながら考え始めた。
「何でも良いわ。知っていることを全部話しなさい」
「はて……知っているような、知らないような……」
 あぁもう、じれったい。何か知っているなら早く思い出せ。何も知らないなら、さっさとそう言え。こっちは、こんな腐臭漂う場所からは今すぐにでも立ち去りたいんだ。人を喰う妖怪なんて、さっさと殺してしまいたいんだ。
「早くしなさい!」
「ま、待っておくれ……いや、待てよ……そう言えば、そうか。あぁ、そうじゃ、そうじゃったな!」
 鬼は一人で勝手に得心したように両手をパンと叩いた。
「何か思い出したの?」
「あぁ、そうとも。思い出したとも」
 鬼は下品な笑みを浮かべる。その笑みさえ、並んだ牙の所々抜け落ちている様さえ不快な鬼だ。
「早く言いなさい」
「わしは知らぬと言うことを思い出したのじゃ」
「……は?」
「そう、わしはそんな男のことは知らんのじゃ。じゃが、それだけじゃない。知っているかもしれぬ者がおることも、思い出したのじゃ」
「……あんまり勿体つけてると、刃が滑るわよ?」
 鯉口を切り、鬼を睨み付ける。「簡潔に述べなさい」
「わ、分かった。実は、その火傷男について、朱雀門の鬼ならば知っているかもしれんと思ったのじゃ」
「朱雀門の鬼、ね……」
 大内裏と市街とを隔てる朱雀門にまで鬼が住むとは、全く世も末である。今、それを知らないそぶりを見せるわけにはいかないが。
「そうじゃ。あやつはこの周辺で暮らす鬼の中でも、京の情勢にも邪法の類にもかなり詳しい男じゃ。餓鬼を使役するなどという者の噂ぐらい、知っておってもおかしくはあるまいて」
「なるほどね……」
「そうじゃとも……これで、命を助けてくれるのかのう?」
「えぇ。中々有益な情報だったわ。もう、検非違使も陰陽師も、あなたの命を奪うことはないわ。しばらくはここにいても問題ないでしょうね、きっと」
「そ、そうか。ありがたやありがたや……」
 鬼は蠅のように両手を擦り合わせた。それにしても、漢詩を嗜む鬼神だのと聞いていた割には、随分と矮小に思える。この鬼は、本当に村紗の言っていた羅城門の鬼なのだろうか?
「あなた、漢詩はお得意で?」
 突然、村紗が口を開いた。鬼は少しびくっとしたが、すぐに不思議そうな顔をした。
「いや、わしには学などありゃせんよ?」
「そうですか。以前、羅城門の鬼と言えば漢詩を嗜む鬼神と聞いていたものですから」
 村紗が残念そうに言うと、鬼は「あぁ」と納得したように頷き、こう語った。
「ここには以前、確かに鬼神とも言うべき鬼が住んでおったよ。学もあり、力も強かった。ところが、いつの間にかどこかへ行ってしまってのう。代わりにわしがここを貰い受けたと言うわけじゃ」
「貰ったんじゃなくて、勝手に住み着いているだけでしょ?」
 私が睨むと、鬼は再び平伏した。
「は、ははぁ!」
「まぁ、別に良いけど」
 ともかく、次の目的地は決まった。今夜、このまま朱雀大路を突っ切り、朱雀門へ向うとしよう。
「それじゃ、なるべく大人しくしているのよ?」
「は、ははぁ!」
 鬼の土下座を背中に、雲山の上に乗る。
「さあ、このまま朱雀門まで飛んで頂戴」
「あぁ、分かった」
 雲山はゆっくりと上昇し、羅城門を下に、朱雀門へ向けて真っ直ぐに空を駆けだした。

芥川龍之介の小説でも有名な羅城門です。実際は、西側半分どころか完全倒壊していてもおかしくないみたいですが……まぁ、こういう舞台が欲しかったので、東側には残ってもらいました。そして、東方で羅城門と言うと、芳香と華扇が関係しそうに思われますが、元々都良香と茨木童子は無関係だったみたいですね。というわけで今回は、名もなき老婆を二代目の鬼とすることで、お茶を濁しました。そんな感じですが、読んで下さった方、ありがとうございます。よろしければ、今後ともよろしくお願いします。
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