Coolier - 新生・東方創想話

二人のエネルギー保存則

2014/02/14 23:29:53
最終更新
サイズ
6.11KB
ページ数
1
閲覧数
2337
評価数
8/24
POINT
1450
Rate
11.80

分類タグ

 エネルギーとは何であろうか。宇佐美蓮子には幾つもの回答が用意できたが、今宵はやや観念的な答えを自分に求めた。彼女の頭は疲れていたからだ。
 オブジェクトを自由自在に配置して表示できるコーヒーテーブルには様々な書類やサイトが表示されていて、自分で付けた丸が点々と散っている。それらは全て学業に関連したもので、この数時間、かかりきりになっていた。
 学びたいことを学んでいる自覚はあるので辛くはないが、頭が疲れてくると「なんで自分はこんなことをしているのだろう?」と思ってしまう。
 ここに親友のメリーがいれば「単位を落とさないためでしょう」と現実的でつまらないことを言ってくれる。すると嬉々として「いやこれはね」と反駁する自分がいるわけで、変態的な嗜好が自分にあるような気もしてくる。

 蓮子が書類をどかすと、表示面の外に出されたものが全て自動で差分と共に保存された。そのデータは複数の携帯端末と個人に分け与えられたネットワーク上に全て同期される。
 便利に思えるかもしれないが、これが当たり前だと便利さは実感できない。効率の度合いに関わらず、作業は作業でしかない。学びの喜びだけが作業の鬱陶しさを払拭できるのだが、それすらも疲れには勝てない。あるいは疲れこそが喜びを求める人間性を補完してくれているのかもしれない。

 さて、エネルギーである。元からあるエネルギーと、必要とされるエネルギー。前者は躍動に使われ、後者は欲求に使われる。掛けも勘定に入れて貸借対照表でも作ったら面白そうだが、事務的過ぎるので蓮子は止めておいた。
 適当に丸描いてちょんしただけのいい加減な図がテーブルに指で描かれる。テーブルの隅に予測された図形の一覧が次々と表示されるが、鬱陶しいので表示速度を緩めた。切ってしまわないのは、予想外のものが表示されたときに面白いからである。まあ、滅多に無いのだが。
 今の世の中、必要とされるエネルギーが少な過ぎる。つまりエネルギーが満ち足りているのだ。
 核融合はとっくに実現したが、それが当たり前になると誰もが核融合のことを忘れた。
 宇宙ステーションから送られる圧縮された太陽エネルギーも、人体を利用した半永久的な発電方法も、全て忘れ去られた。
 あるのにない。空気と同じだ。無くならなければ思い出せなくなったら、それは原始人と変わらない。
 専門性が究極まで高まった今、学びの喜びは学の無い者への嘲笑へと容易にすり替わってしまう。蓮子の専攻もそうしたものと無縁ではない。むしろそうしたものをぶち壊す可能性のある分野ですらある。だからここにいる。

 疲れは創造性を燻らせるにはもってこいで、無益な事柄が無数に繋がっては切れていく。
 そうした時間が続いたとき、蓮子の視界に見覚えのある茶色いものが横切った。
 この茶色がGなアレだったら全ての思考がすっ飛んでいただろうが、違った。
 蓮子はスライドされかけた画像を、慌てて手で押さえた。
「……チョコか」
 正確にはショコラと言うべきか。丸くて茶色い、艶のあるショコラが皿の上に並べられていた。
 説明文に『効率的なエネルギー摂取』とか書かれているから、それで引っかかったらしい。丸い図形も影響したかもしれない。
 しかし、拡大してみると『二月十四日はバレンタインデー』と書かれてもいた。
「そっか、今日はバレンタインデーなのかー、ふーん……」
 蓮子はその単語に指を伸ばし、目を輝かせ始めた。


「それが今日の午前一時の話ですって?」
「そう」
 そして気付いたら朝になっており、寝こけて起きたら、昼を過ぎていた。会う約束のあったメリーから何度も電話がかかっていたのに、気付いたのはついさっきで、慌てて行き付けの喫茶店にやって来た。
「久々に物凄い遅刻よ。二冊も本を読んじゃったじゃない」
「ごめんごめん……あっ、すいませーん! ティラミスの紅茶のセットとティラミス単品でー!」
「お詫びだけは及第点ね」
 単にチョコっぽいものを一緒に食いたかっただけなのだが、蓮子は黙っておいた。
 何も映されない木製のテーブルはとても落ち着く。話題に使うのは持って生まれた口だけで、蓮子はメリーにぺちゃくちゃと話し続けた。
 メリーは頷きながら奢ってもらったティラミスを食べ、蓮子が喋るのに飽きた辺りで、まとめた。それは実に荒唐無稽な話だった。
「つまり、バレンタインデーっていうのは……マフィアが発明した拷問方法で、首を切ってやろうと脅しながらチョコを食わせ続けて、その作用で鼻血とかを出させて苦しめるもので、その残虐さを忌避した人々がチョコを心臓の形に象って『いのちだいじに』を誓い合う行事だ、と……? 蓮子はそう言うのね?」
「そうそう! 大体合ってる!」
 便利さを追求し過ぎたせいで、精神的に充足さえされていれば物質的な確認を重視しなくなっている時代である。結婚記念日みたいなものは男女を余計に拘束するものだと思われている。
 こうしてバレンタインデーに関する情報はスパムだらけになり、蓮子が追い続けた情報はどれもその類だった。
 しかも蓮子は面白そうならなんでも良いわけで、ある意味望む所だった。その蓮子にも理性というものはある。
「でもさー、どう考えても嘘臭いよねぇ」
「ああ、わかっててやってたんだ」
「そりゃね。いくら私でもこんなの本気にしないって」
 蓮子の笑いに、メリーがしっとりとした視線を送る。それに気付いた蓮子が、自分の頬を指先で掻いた。
「……もしかして本気にしてると思ってた?」
「ううん、別に。だって、本気にしててもしてなくても、あなたのやることはあまり変わらないもの。そうでしょう? ねえ?」
「……あ、あの、すいません、追加のケーキの注文いいですかー?」
 メリーの視線に耐え切れなくなって、店員さんを呼ぶ蓮子である。
 その蓮子の所作を、メリーが遮った。
「すみません、もう出ますからいいです」
「えっ」
 メリーが立ち上がってコートに袖を通すと、蓮子は慌てて店員さんに会計をお願いした。
 店の外に出たときメリーがいないのではないかと焦ったが、ちゃんと店の前のベンチに座っていた。店まで走ってくるときは感じなかった寒さが、今はしみた。
「ごめんね、メリー。私、つい好き勝手なことしちゃって……きっと何か予定があったんでしょ? 台無しにしちゃったかな?」
 いくら親友の遅刻を勘定に入れてくれるとはいえ、限度はある。
 しろどもどろの蓮子に、メリーがすっと手を伸ばした。手袋をはめていない手は雪みたいに真っ白で、触れたら解けてしまいそうだった。
「……何? 仲直りの握手?」
「違うわよ。私って軽く思われてるのかしら? エスコートの合図に決まってるじゃない」
「エスコートって……どこに?」
 知識はあっても実際に耳にすることの無い言葉に蓮子は戸惑いつつも、メリーの提案に刺激を受けてもいた。そんな蓮子にメリーが目元を緩ませる。
「美味しいショコラとお茶でも買って、どっちかの家で一緒にバレンタインについて真面目に調べましょうよ。その方がきっと楽しいわ」
 暗に『不真面目な調べ方には付き合わない』と言われてしまったが、蓮子は自分のマフラーを整えてから、メリーの手を取った。
「買い出しは割り勘でお願いしますよ、お嬢さん」
「仕方ないですわね」
 蓮子の冗談に、メリーがおどける。
 一際冷たい冬の風が吹いたとき、そこにはもう二人の姿は無い。
 本当のバレンタインデーの姿に近付けるかどうかは怪しいものの、今日一日はチョコに飽きることがなさそうだった。
歳を取れば取るほど記念日の大切さを実感します、と真面目なことを書いておいて、寒空の下だからこそ可愛い娘っ子が仲良く歩いてる姿を想像しただけで楽しいのうぐへへへへ、とも書いておく、そんなバレンタインデーの夜。
司馬漬け
[email protected]
http://shimako.kan-be.com/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.720簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
近未来ともなると、それだけ商業とネットに増幅されてノイズが多くなるのでしょう。もとより、聖ヴァレンティヌスの物語にも異論は多い。
それから、人体を利用した半永久的な発電方法って、ものすごく気になるタームです。
5.100絶望を司る程度の能力削除
ちょ、後書き自重ww
6.100名前が無い程度の能力削除
かわいい
7.90名前が無い程度の能力削除
甘いっ!
9.90名前が無い程度の能力削除
秘封らしい世界観で好きです
11.100名前が無い程度の能力削除
謂れはどうあれ、大切な人に思いを伝えることは良いこと
つまり蓮メリちゅっちゅは正義である
14.70沙門削除
 ぐへへへ、可愛い娘っ子がいちゃラヴしているのはええのう。
 ホント司馬漬けワールドは萌え殺すのう。
15.90非現実世界に棲む者削除
甘いなあ…。