Coolier - 新生・東方創想話

せつぶん!

2014/02/14 13:50:08
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 「節分、楽しみですねえ」

如月の一日…
野菜や日用品などがたっぷりと詰まった袋を抱え上げ、歩き出した後、寅丸はそう一輪に語りかけた。
正月もとうに過ぎ、相も変わらず寒い日々が続いているが、だからといって日々の暮らしがどう変わるわけでもない。寒いからと買出しに行かぬわけにもいかないのだ。
しかし二人ともそんなことはおくびにも出さず、会話を楽しんでいるようであった。

「あァ、そうだね。豆はもう買ってあるから、あとは炒るだけだが…あれ結構大変なんだよ」
「今年は趣向を変えて、ポップコーンを投げるというのはどうでしょうか?」
「迫力無いだろそれじゃあ…鬼がバケツサイズのポップコーンとコーラ片手に、ソファでくつろぎながら映画とか観始めたらどうすんだよ」
「アメリカの節分はそうなのでは?」
「アメリカに節分はない!」

金髪と無駄に主張するわがまま毘沙門ボディという点だけ見れば、アメリカ人であってもさほど違和感の無い寅丸が、その言葉にしょんぼりとうなだれる。
そんな様子を見た一輪ははぁ、とため息をつき、若干ばつが悪そうに寅丸の腰を叩いた。

「…まあ、あるかもしれないけど…どっかの州探せば…」
「あ、ありますよきっと! ポップコーンとジェリービーンズとチリコンカーンを、ホッケーマスク被って棍棒持った鬼に投げつけたり浴びせたりする感じの!」
「BoomBoom Set's Boom! とか言ってな! 鬼OUT、福INとか言ってな!」
「無駄にラブシーンとかカーチェイスとか家族の絆とか入ってて、鬼は最後には大爆発して滅びて星条旗イエー! みたいな!」
「…やっぱ、ないな」
「ああ酷い!」

まるで無邪気な子をあやすようなその様は、命蓮寺物理的おかんとしての面目躍如と言える。
言い換えれば白蓮を除いた寺の面々の精神年齢が幼いということなのだろうが…幼稚園などが併設された寺などもあることだし、保母・一輪と考えれば判りやすい。

「あ、そうそう、恵方巻なんてのもあるみたいですよ」
「何だっけそれ…方角とか、そんなのが関係してるんだっけか」
「えーと確か…古代アステカで行われていたウェホ=ウマキという行事が元になっていて…」

その時である。
相変わらず出所不明なトンチキ食物知識を披露しつつ歩く寅丸の前に、ふと影がさした。
だが互いの顔を見て話していた二人はそれに気づかず、影の主とぶつかってしまう。
 
「あいてぇー!」
「わ! あ、す、すいません!」
 
尻餅をつき、声を上げたその主に、寅丸は荷物を一輪に渡して駆け寄る。
だが転倒したその相手…頭から立派な二本の角を生やした少女はばたばたと暴れ、大声を張り上げた。

「おんどれ何処見て歩いとんのじゃー!」
「ごめんなさいごめんなさい! 大丈夫ですか?」
「あーいてぇー! これはアレだー! 骨! 骨いってるわ! プリティーリトルオーガ、萃香ちゃんの大事なお骨様いってるわー! いてぇよー!」
「ア、アワワワ、ごめんなさいー! ど、どどど、どうしましょう一輪! この人いわゆるヤのつく人です! ヤ…ヤク…ヤクルトレディ?」
「今更褒めてもおせぇんだよこの虎柄デカ女ー! 生きて腸まで届く乳酸菌、Lカゼイ・シロタ株けしかけんぞコラー! あーでも無理だわー! これメインシャフトいってるから無理だわー!」
「馬鹿言え、ヤクザがこんなところにいるか。WWFが絶滅危惧種に指定してる希少生物だぞ」
「おーてめぇー何だこのやろー! バンシィみてぇな袈裟着やがって! あーいてぇー! これ骨64本くらいいってるわー!」

スイカ、と自ら名乗った少女はすっくと立ち上がり、冷ややかな目で己を見下ろす一輪に詰め寄ってまくし立てる。
だがこのような者の相手は日常茶飯事である一輪には、まるで効果が無い。
何だなんだと出来上がる人垣も気にせずに、ゆっくりと口を開く。

「人体には200以上の骨があるんだぜ、その33%くらいが何だ。第一あんた、普通に動いてるじゃないか」
「アワワ、い、一輪、と、とりあえずエンコ詰めないとですかね…それとも慰謝料ですかね…」
「ンダコラー防災頭巾がー! 人にぶつかっといて詫びも無しけぇーコラー! まずは誠意見せんのが先とちゃうんけオラー! それともアナハイムのMSは謝罪のプログラムも入ってねーってかー!? そんなだからSNRI(サナリィ)に出し抜かれるんだよォ!」
「うるっせえなこのパーフェクトジオング…あーわかったわかった、連れが迷惑かけて悪かったよ。お詫びにこれやるから。これな、実はミキプルーンの苗木」

 予想外の反撃に一瞬うろたえるも、一輪はすぐに気を取り直し、持っていた紙袋から一本の木の枝を取り出して萃香に差し出す。
 緑色で尖った葉が特徴的なそれであるが、萃香は目を輝かせて奪い取る。

「えっすごいマジで? 私も明日から中井貴一ってことオ!?」
「そうそう。んじゃな」
 
 木の枝をモシャリと握った萃香が、まず驚いたのち、満面の笑みを浮かべた。
 大方苗木を増やして、一財産築いてやろうとでも思っているのであろう。だが寅丸を促し歩いて行く一輪に気づくと、すぐさまその前方に回り込んだ。
 その様を見た一輪は訝しげな表情を浮かべ、眉根を寄せて萃香を見つめる。

「何だよ、手打ちは済んだろ。当たり屋なんてやってないで、真面目に働けよ」
「るせーボケー! 金銭面では解決したが、遺族感情にはしこりが残っとるんじゃボケー! そこのごっついタイガー女(バズーカ)が手をついて謝るのがスジってもんじゃろがー!」
「うるせえな当たり屋、んじゃ病院行くかよ、あァ? 骨折してなけりゃ今度はこっちが詐欺罪で訴えるぞコラ」

 流石は群馬の元ヤン、といったところであろうか。一輪は萃香の勢いに一歩も引くこと無く、逆に目を細めて睨み返す。
 顔の作りはやや幼く、黙っていれば可愛らしい一輪であるが、その面相には異常なまでの迫力があった。
 普通の者ならば、その時点でそそくさと逃げてしまうだろう。

「馬鹿野郎てめぇコラー! 私の名は伊吹萃香! 通称オンリーロンリー百鬼夜行の萃香ちゃん! 疎と密の天才だ! 大統領でもぶっ飛ばしてみせらぁ! でも病院だけは勘弁だぞコラー!」
「…やっぱ鬼か。病院嫌いだってんならもういいだろ、周りの迷惑考えろコング」
「テメー誰がゴリラだコラー! ゴリラは私の知り合いにもういるんだよコラー! ベトナムで鳴らしたそいつは今ちょっと濡れ衣着せられて当局に逮捕されたけど、刑務所を脱出し地下に潜って、いつも『地下でくすぶっているようなあたしじゃあない』って言ってんだよコラー! 呼べばそこらへんからタケノコみてぇに出てくんだよコラー!」
「面白ぇ、じゃあ呼べよ。だが言っとくがな、鬼如きにびびるヤワな根性はしてねえんだよあたしは」
「い、一輪…話がこじれますから、それ以上は…」
  
 二人の迫力に気圧されていた寅丸がとりなすがもう遅い。ぎりりと歯を鳴らした萃香は、懐から法螺貝を取り出すと思い切り息を吸い込み、大音量でそれを鳴らした。
 暫しの間、周囲に響き渡った法螺貝の音が止むと、萃香は握ったままの木の枝を一輪に突きつけ、にやりと笑う。
 
「…お前法螺貝とかいつも持ち歩いてんの?」
「便利だろうがコラー! それよかてめぇコラ頭巾、もう遅いぜコラ。この音を聞いた私のゴリラ然としたしもべゴリラが来たら、この辺は地獄に変わるんだぜコラ。三歩必殺とかマジでショックでかいよー?」
「アワワ、わ、私ちゃんと謝りますのでそれだけはー!」 
「よしな星、調子づくだけだ。大体もうケリは付いてんだよ…萃香ちゃんとやら。お前にやったそれでな」
「ミキプルーンの苗木だろがボケー! 中井貴一が画面外からすっ飛んで来てヴァリアブルアシスト決めるってのかコラー!」
「それな、柊」
「は? …は?」

 自信満々で一輪を睨みつけていた萃香であったが、その言葉に己の手を、そして握られた枝をまじまじと見つめた。
 するとたちまちの内に、萃香の顔色が、何とも言えぬグラデーションに変化していく。

「ヒエエエエエエエ柊だコレェエエエエエエエ!?」
「しょうりのあとは いつもむなしい… おら星、帰るよ」
「い、いいんですかアレ…何か顔色がダマスカス鉱みたいになってますけど」
「ほっとけ、死にゃしないよ」

 そう言うと一輪は寅丸に荷物を手渡し、その尻をばんと叩いた。
 鬼という存在に対して一分の恐怖心すら抱かず、逆に手玉に取る一輪の底知れなさに若干引きつつも、寅丸はその言葉に従って空へと飛び上がる。
 小さくなっていく萃香に、心の中で謝りながら。

「ニャーン!」
「ウォオオオオオさっきの法螺貝で大量の猫がァアアアアア!? ノ、ノー! ユーダメ! キャットパワーキンジラレタチカラー! ア、アーーー! そんなとこ舐めたらアカン! アカンでぇーーーー! ね、猫科なら肉球一つで勝負せんかいー! 助けてサムソンティーチャー! いや勇儀ーーーーー!」
「ニャーン!」
「ヒィイイイイ猫まっしぐらとは正にこのことかァアアアア! エマージェンシー! エマージェンシーですよォオ! あ、いやコレいわゆるキャットファイトって奴ゥ!? 猫×鬼の異種格闘技で周辺の若者の性態系乱しちゃうんじゃねコレェエ!? アーーーッ!」

 それから数分後…
 寅丸と一輪が飛び去り、また猫達も去っていったあとには、ビクンビクンと身体を震わせる萃香が残るのみだ。
 往来を行く人々は遠巻きにそれを眺めるのみで、助けようとはしない。鬼と係わり合いになって、得することなど何も無いからだ。

「ウウウ…あたい汚れちゃったよ…帰ってシャワー浴びよう…」
 
 猫の唾液まみれになり、さめざめと泣いていた萃香であったが、やがて起き上がると周囲を見回してそう呟いた。
 冬の風が空しく吹き抜けていく。

「くそう、イチリンにショーとか言ってたな…だまし討ちに加えて猫の手借りるとか、男のやるこっちゃねえだろ…このままじゃ済まさねえぞ…どうしてくれよう」
 
 萃香が歯噛みしつつぼやいたその時である。
 萃香の前方約3mの地面がぼこり、と盛り上がり、次いで何かが、地面を突き破って飛び出してきた。

「うん…!?」
「待たせたな!」
「ゲーッお前達は!?」

 律儀にもお決まりのリアクションを取った萃香の前に現れたのは、筋骨隆々の上半身に派手な刺青を施し、腹巻にステテコ、草履履きという、およそ冬らしからぬ格好をした二人の男であった。
 だが萃香は二人を見ては首を捻り、しばらく思い出そうとはしていたものの、まるで心当たりが無いようで、柊を道端に捨て尋ねる。 

「えっと…誰?」
「知らざぁ言って聞かせやしょう! 手前どもはしがねぇ渡世の渡り鳥、しかして仁義の止まり木ありゃあ、見捨てて去るは道理が通らじ!」
「生国攝津を出でては星霜、渡世の浪に揉まれもすれど、忘れはせぬが侠客(おとこ)の誇り!」
 
 時代がかった…と言えば聞こえはいいが、萃香にはそれが何を意味しているのかはいまいち掴めていないようだ。
 短気な性分を抑え、初めはじっと聞いていた萃香であったが、くどくどと続くその口上に、遂には二人を睨みつけて怒鳴った。

「ゴタゴタうるっせえぞ田吾作ども! てめーらアレか! 私の法螺貝で古代から蘇っちゃったりした未確認生命体的な何かか! 何言ってるかわかんねえんだよ! ここではリントの言葉で話してくださーいーボケー! さもないとクウガ呼び起こすぞコラァ!」
「ヒ、ヒィー!?」
「あ、兄貴! こいつアレですぜ! 角生えてますぜ! 鬼じゃありませんかね!?」
「ぬっ、確かに…!」
「たりめーよ、ナチュラル・ホーン・キラーズのSUICAと言えば、大江山界隈で知らねえ者は情弱扱い必至の伊吹萃香ちゃんだぜ?」
「お、大江山…た、確かナントカ童子とかいうアレですぜ兄貴!」
「おお、そうだそうだ。えと、童子…うろつき童子?」

 次の瞬間、萃香のグーパンが男の股間を強かに打った。何とも言えぬ音が生々しい。
 その一撃に、兄貴と呼ばれている男は各種体液を主に上半身の穴という穴から噴き出し、そのまま崩れ落ちる。

「あ、兄貴ィイイイイ!?」
「テメー、していい間違いとよくねぇ間違いの区別もつかねーのか…まぁいい、で? 何だよお前ら」
「あ、あんた人の心はねえのかー!?」
「ねえよボケ。鬼ナメんなボケ。さっきしこたま舐められて色々な器官が熱持ってんだよ。私は熱暴走すっと、どっかの青色みてぇに『わたし残酷ですわよ』状態になるんだぜ…いわゆるゴージャス…いやゴーバス萃香ちゃんの余剰熱で、てめーらを蒸発させてやろうか?」
「オヒィイイー!?」

 ゴキリ、と拳を鳴らし、鬼の形相で睨みつける萃香を前に、二人は最早抵抗する気力も無くしたらしい。
 その場で膝をつき、地面を頭にこすりつける。  
 
「し、失礼シャーシター! あ、あっしらは毒蝮(どくまむし)の兄弟という、しがねぇ渡世人でして…」
「毒蝮…ふむ、毒蝮ねぇ…」
「こっちが兄貴のイチロー太夫、そしてあっしが弟分のジローラモ太夫ってえ言います。イチロー、ジローとお見知りおきくだせぇ」
「おいちょっと待て、三男はもしかして三太夫とか言うんじゃないか?」
「そ、その通りでさ…よく御存知でいらっしゃる。しかし諸事情がありやしてこの場にゃあいません。ババァ共相手に歯に衣着せぬ軽快トークで大人気でさ」

 それはもはや諸事情どころの話ではないが、萃香は得心がいったとばかりに頷き、「顔を上げな」と二人を促した。
 液体まみれになったイチローもようやく回復したのか、生まれたての子馬の如く下半身を震わせつつ、萃香を見上げる。

「その代わりといっちゃあ何ですが、スクラップ三太夫や山椒大夫、井之頭五郎太夫あたりならすぐにでも…」
「ややこしい話になるからそいつぁいいや。んで、何でタケノコみてぇに生えてきたんだよお前ら。本当にグロンギなのか?」
「い、いえ…グロンギってのが何だかは判りませんがね、あっしら地底にいたんでさ」
「お前らグロンギも知らねぇのか…古代長野県民のグロンギを…まぁいい、地底にいたのか。んで法螺貝の音を聞いて出てきたってワケか、耳いいな」
 
 
 若干残念そうにそう言うと、腰にくくりつけた瓢箪の栓を抜き、萃香はぐいっとそれをあおる。グロンギだったら良かったのか、と言われるとそうでもあるまいが…幻想郷の平和的にはグロンギでなくてよかったと断言できる。
 ともかく、強烈な酒の匂いが立ちこめて、すぐに風に乗って消えていく。

「その通りでさ…法螺貝と言やぁ古来より合戦の合図。地底でくすぶってたあっしらが奮い立ったのも判りやすでしょう?」
「まぁ判らないでもない」
「ウ、ウウ…すげぇパンチだ…性転換しちまったかと思いやしたぜ…」

 その時、話の腰を折るように、イチローが口を開いた。
 気遣うように助け起こしたジローの肩を借り、イチローは萃香をじっと見つめて、そして膝と手をつく。

「あっしら兄弟は元々鬼だったんでさ…そこらの妖怪共なんざぁちぎっては捨てる程の…」
「ほう。けど、元々ってのは何だよ、鹿みてぇに角切られたってのかよ?」

 イチローの言を受け、萃香が二人の頭を瓢箪で叩く。
 鬼であるならば角があるのが常だが、二人の頭にはそれらしきものは見当たらなかった。
 特徴であるとはいえ、力の源である訳ではない。例え折られようと切られようと、二人はまだ鬼であるはずだった。

「いえね、姐さん程じゃねえにせよ、昔はちったぁ名の知られた鬼だったんですが…膝に豆を受けてしまいやしてね…」
「ウウ…」
「膝に豆を…!」 

 それまでは話半分に聞いていた萃香であったが、膝に豆を受けたと聞いて、その表情を曇らせる。
 たとえどんな強力な鬼であろうと、膝に豆を受けて、ただでは済まないのは常識であった。
 古来より伝わる対鬼用兵器・豆…それは畑のお肉とも呼ばれ栄養満点、様々な食料品の原料となるばかりか、鬼に対しての殺傷効果は計り知れないものがある。
 数多の鬼が、この豆の前になす術無く散華してきたという事実を鑑みれば、萃香の悲痛とも言える表情にも無理はない。

「それからは流れ流れて、角も騙し取られて…今じゃこんな流れ者に落ちぶれちまいやしたよ…」
「ですがね姐さん、あっしらぁまだ、諦めちゃいねえんですぜ。いつかビッグなサクセスをすると夢見て、日々鉄火場を渡り歩いてきたんでさ…」
「そうか…それで私の法螺貝で…」
「そうですとも! これも何かのご縁だと思って、あっしらを…あっしらを男にしてやってくだせえ!」

 手をつき、懇願するような目つきで見られれば、萃香とて持ち前のやくざっぷりを発揮するわけにも行かない。
 そして、先ほど受けた屈辱である。萃香は何も言わずに頷き、二人の肩に手を置いた。

「よし、いいだろう…丁度さっきな、鬼としちゃあ赤っ恥もいいところな目に遭ったんだ…その汚名は返上せにゃならんと思ってたところよ」
「あ、姐さんの鬼力(おにちから)を上回った奴が…!?」
「とりあえずそいつらに、鬼とそれ以外の、超えられない壁ってやつをたっぷりと教えてやらにゃあならねえ…」

 二人の口調が伝播してしまったのか、あるいは地か…ともかく少女という外見にはまるでそぐわない言い草で、萃香は一輪と寅丸が飛び去って行った方角を睨みつける。
 その目つきは鋭く、そして激しく燃えているようでもあった。

 
 ◇

 
 「鬼に絡まれた?」
 「ああ、まぁ返り討ちにしてやったけどな」
 「え、なに一輪、お主鬼より強いのけ?」
 「馬鹿言え、ここが違うんだよここが…」

 いかな百戦錬磨の一輪とて、鬼と相対して勝てるかと言えばその限りではない。
 幻想郷に数多存在する妖怪の中でも、最上位に君臨する『鬼』に勝ち目があるとすれば、それはもう弾幕ごっこという取り決めの中での話に限られてくる。
 そう言い放ち、こめかみの辺りをとんとんと叩いた一輪は、再び洗濯物の山に手を突っ込んだ。

 「鬼と喧嘩して勝てるわきゃあない。けど、正面からぶつかるだけが喧嘩じゃないさ」
 「なるほど策士よな…この前言ってた高崎だるま戦争も、その手練手管で切り抜けたのかえ?」
 「ふっ、昔の話さ…」

 一輪はそう言うと夕焼けを見つめ、若干寂しげに笑ってみせた。
 マミゾウも多くは聞くまいと判断したのか、手にした縞々パンツを丁寧にたたみ、既に置かれていた水兵服の上にぽんと置く。

 「人に歴史ありじゃのう」
 「た、たたたたた大変ドゥワアアアア!」

 感慨深げな二人の空間を、突如として大絶叫が打ち破る。
 襖を外さんばかりの勢いで開け、飛び込んで来たのは響子であった。

 「な、なんじゃ何じゃどうした」
 「お、お、鬼! 鬼! 鬼がうち!」
 「鬼ィ…? おい響子、落ち着け。説明しな」
 
 二人が駆け寄り、慌てふためく響子をなだめ、落ち着かせてようやく、山彦は口を開いた。

 「お、鬼がきたりて…」
 「な、なんじゃ、ジャンプの漫画かえ?」
 「ちが、違う! 鬼! 鬼がきたの!」
 「それは判った。どんな奴だ? 頭の左右から角が生えててジオングみたいでちみっこい鬼か?」
 「ううん、でかい! すごくでかい! 寅丸さんよりでかい! 背も胸も!」
 「でかい…?」

 エコーの効いた響子の言をそこまで聞いて、一輪は以前この寺に訪れた、地底からの使者達のことを思い出していた。
 そしてそれはマミゾウも同じであったらしく、二人は顔を見合わせると互いに頷きあい、響子には待つように指示して部屋を出た。
 寅丸よりでかい鬼が、あの一行の中にはいたのだ。

 「地底と地上では時差でもあるんかの?」
 「あァ…もしやとは思うが、あたしと星が遭ったあの鬼の意趣返しってことも…あるかもな」

 足早に廊下を進みつつ、二人は自ずと張り詰めていく。
 一輪が言うような意趣返し…その可能性は低いものの、ゼロであるとは言い切れないのだ。
 現在この寺にいるのは二人と寅丸、響子のみである。白蓮がいればまた話も違ってくるだろうが、残念なことに、法要の為明日の昼まで戻らないとの旨が皆に達せられていた。

 「そうなったらどうする?」
 「まずは話をするさ。確か…星熊勇儀と言ったか…幾らなんでも、いきなり仕掛けて来るような真似はしないだろうよ」
 「星は?」
 「あいつはまぁ、本尊だしな。それに荒事にゃあ向いてない…どっかり座って構えてりゃあいいのさ。面倒ごとはあたしらが背負えばいいんだ」

 その言葉にマミゾウはにやり、と笑い、肘で一輪を小突く。 
 何のかんの言っても、寅丸を思う気持ちもちゃんと持っていた一輪を嬉しく思ったのだろう。そしてそれが、己の胸中と同じであることを、頼もしく思ったのだろう。
 一輪は少しばかり照れくさそうにはにかむと、きっと前を見据えて玄関の戸を開いた。

 そして命蓮寺、山門前。
 

 「ア、アイキャントスピークイングリッシュ…ア、アムアイアフラワー? …ノー…アイアムタイガー…ノー、ノーバター! ノーリトルブラックサンボ! アイム、えと、ティーガー? …アイ、ライク、コーンフロスティ」
 「…何言ってんだよ寅の姉ちゃん、あたしが判らないのか?」
 
 その光景を見て、一輪とマミゾウは盛大にずっこけた。それはもう派手にずっこけた。
 先ほどの決意を、思いやりを返せとばかりにローリングしつつ立ち上がり、一輪は星に高速スライドからの肘撃ちを打ち込む。どこかで見たようなその技を受け、寅丸が叫び声を上げた。

 「ホァアー!? ワッツハプン!?」
 「シャーラップ! ヘイユームービングブッダフィギュア(うごくぶつぞう)! ユーアー勝手に何ドゥーインしてくれてんだクルルァ!」
 「おお、久しぶりじゃん頭巾の姉ちゃん。雲居さんだっけか…それに狸の姉ちゃんも」
 「オ、オウフ…い、一輪、マミゾウ…この方とお知り合いで?」

 脇腹を擦りつつ、寅丸が二人とその鬼…星熊勇儀を見比べる。下駄履きの分を差し引いても高い身長、圧倒的存在感を誇る胸元、そして金髪。その外人然とした雰囲気は、例え喋れずとも英語での応対を強いられているようでもある。
 しかし知り合いも何も、ほんの数ヶ月前に出会ったこの鬼を忘れてしまうほど、寅丸の頭脳が残念であるということを再認した一輪は、どうしたものかとうろたえる寅丸を押しのけて前に出た。

 「星、お前とうとう脳がバターになっちまったのか? 彼女、一度会ってるだろ?」
 「そうなんだよ、話もしたってのにさあ…結構ショックでかいぜー」
 「え、ええと…確かに、よく似た方とは以前お会いしましたが…その様な長髪ではなかったような…イデに導かれそうな髪型をしていたと記憶してますが…」
 「井出って誰だ? まぁいい、それなら…これで判るかな」

 寅丸と一輪のやり取りを腕組みをして聞いていた勇儀はうん、と頷くと、ポケットの中から金色の何か…モジャモジャしたものを取り出し、それをつけてみせた。
 そこに現れたのは、寅丸が記憶しているままの、あのアフロウーマンであった。
 
 「どうだい?」
 「ヤヤ!? 勇儀さん! 星熊勇儀さんじゃないですか!」
 「そうだぜー、やっと思い出してくれたかよー」
 「…お主、アフロのヅラとかいつも持ち歩いとるんか?」
 「便利だろ?」
 「どいつもこいつも!」 

 アフロと化した勇儀はからからと笑い、そして改めて一同を見回した。
 雰囲気は明るく、一輪が懸念した意趣返しにきた、ということでは無さそうだ。手には大きな包みと一升瓶を二本をぶら下げていることからも、それが判る。
 一輪は安堵したかのように息を吐くと、アフロのヅラをひょいと取り上げて勇儀に返してから、口を開いた。

 「で、この寺に何の用事だい? また地霊殿が爆発したのか?」
 「いや、あたしはあそこに住んでる訳じゃないんでな…。ほら、明後日は節分だろ? 前に世話ンなった恩もあるし、鬼役はいらんかね、ってことでさ。ついでに酒も持ってきた」
 「ほう…」

 勇儀は意外にも義理堅い性格の様で、以前受けた恩を返す腹積もりであるらしい。
 初めはいまいち信用出来ぬ、といった風情で聞いていた一輪、マミゾウも、彼女の言葉に裏は無いと感じたらしく、やがては興味津々といった表情になっていく。

 「寺って言やあほら、当然節分にゃあ豆まきとかイベントすんだろ? そんな中現れるマジモンの鬼!」
 「浴びせられる豆! 家族の絆! カーチェイス! ラブシーン! 生き残りそうな黒人! 大爆発! 最後は星条旗イエー! ですね!?」
 「…アメリカに節分はねえよ?」
 「ああ、これは気にしないでいいよ」
 
 とりあえず、話は決まったらしい。 
 そしてその夜。
 
 何だかんだで勇儀の提案を受け入れはしたものの、白蓮がいないということで、飲酒に最後まで抵抗した一輪を何とか丸め込み、その夜はちょっとした宴会となった。 
 酒は持ってきてはいるが、生臭ものには気を遣ったのか、勇儀の選んだつまみの類は皆植物性のものであり、そこでバランスが取れるからいいだろうというのがマミゾウの詭弁である。
 
 「さとりさん達は息災なのですか?」
 「ん? あァ、相変わらず無駄に元気だよ。そう言やこの前地上から客が来てたっけな…何だっけ、フラ…フラン…」
 「フランシスコ・ザビエル!?」
 「よく覚えてないが、まあそんなところだな。横文字だったのには違いない」
 「凄いな、ザビエル何しに来たんだよ…布教か? シンジルモノハースクワレルーとかいって」

 既に出来上がった一輪がザビエルのポーズを取り、虚空を見つめながらそう言えば、場は否が応にも笑いの渦に包まれる。
 白蓮の前では敬虔な彼女ではあるが、酒という起爆剤により箍が外れてしまえばこの通りであった。とは言え寺の為に一生懸命働いてくれている一輪が、こうして騒ぐのを咎められる者はいない。

 「しかし地底は言うなれば、世紀末救世主伝説みたいなもんじゃろ? 神だの愛だの謳ったとして、どうにかなるもんなんじゃろか? 無抵抗主義の村だってラオウにやられたし」
 「あっという間に身包みと種モミ奪われちゃいますよね…」
 「いやいやいや、お前ら地底バカにしすぎだからそれ…そこまで治安悪くねーから…」
 「でも燐さんが前に言ってましたよ『爆発なんてロスじゃ日常茶飯事だぜ』とか」
 「あのクソ猫の言うことも真に受けなくていいからな!」

 それから更に数時間…
 飲むか寝るか死ぬかの三択だけが支配する酒臭く残酷な世界で、勇儀と寅丸、そしてマミゾウだけが車座になって杯を交わしていた。

 「…だからアカチャンはどっからくるのかなー…って…遊びにきた子供達に聞かれてですねえ…」
 「嘘を教えるのは教育上よくないぜー、事細かに教えてやりなよ」
 「5歳くらいの子供に、あなたのご両親がエキサイトテトリスして出来たのがあなたですよ、って教えるのもどうかと思いまして」
 「うーん、確かにそうかもしれんが…マミさんはどうよ、何て答えるね?」
 「…広告代理店、かな」
 「イイ! それイイ! それイイそれ!」
 「あのでかい本社ビルからアカチャン出てくるのか…それは夢があるな…」

 とりとめの無い話をしつつ、三人が眠りについたのは結局、明け方の頃であった。
 
 
 ◇

 ところは変わって、幻想郷のどこか。

 「いいかお前ら、最後のまとめだ。明日は節分…節分と言えば鬼…鬼と言えば私達」
 
 何処から用意したのか、萃香は大きなホワイトボードをばんと叩き、真面目な面持ちで彼女を見つめるイチロー、ジローの顔を見た。
 書かれているのは様々であるが、ところどころに「リトルブラック参謀」「バター」「豆攪乱膜」「ECM(豆)」「惹句と豆の木」などといった文言が見て取れる。

 「対するは最近信者を獲得しまくってその版図を広げている仏教徒どもだ…夜な夜な男の信者だけを集め、自前の観音さまで得た信仰を糧とするビッチストなんぞ、私たちの鬼力(おにちから)の前じゃ無力であるということを教えてやるんだ」
 「(当初の予定と大分食い違っていやしませんかね、兄貴)」
 「(姐さんの顔に泥を塗った奴らへの復讐だ…大筋は間違っちゃいねえ)」
 「オラァそこ! ミッシング萃香先生の授業中に私語交わすたぁルックアップ(見上げた)根性じゃねえか! 女子みたく可愛いメモ紙回すくらいに留めとけや!」
 「ヘ、ヘェすいません!」

 毒蝮兄弟と萃香は出会ってすぐ、異変認定されるぎりぎりの聞き込み調査を行い、一輪と寅丸の素性及び居住地である命蓮寺の情報を入手していた。
 往来で恥をかかされた、という事に対する復讐…それだけであるなら狭量にも程がある。とは言え萃香も実際はそこまで粘着質な性格でなく、普段の日であればすぐに忘れてしまうタチなのだが、如何せん時期が悪かった。
 鬼という種族が、なす術も無く苦汁を飲まされてきた節分という日を、豆や柊、鰯の頭からの解放──ひいては黒幕(と勝手に思っている)である仏から独立記念日としたい、というのが萃香のぶち上げたビッグプロジェクトである。
 
 「奴らもよもや、形骸化した節分の日に、モノホンの鬼がこんにちはしてくるとは思ってもいなかろうよ。季節のイベントの一環として、適当に用意した偽者の鬼に豆を投げつけてキャッキャするだけの節分にな…」
 「それをあっしらで阿鼻叫喚の地獄にしてやるんですね!」
 「そういうこった。つーワケでまずは彼我戦力差の分析からだが…仕入れた情報から判断した、奴らの戦力を1と仮定した場合、私たちはおよそ5ってとこだな」
 「鬼が3人もいるんでさ、妖怪の集まりったって大した事ァありませんやね」

 萃香はそこで軽く首肯すると、懐から煙草を取り出しては咥え、鬼火で火を点ける。
 そしてふうっ、と紫煙を吐いたのち、苦い表情を浮かべてホワイトボードを小突いた。

 「だが奴らがメインウェポン・豆とサブウェポン・柊を装備した場合…この戦力差は1:5から33:4くらいの数値に逆転する」
 「何か不吉な数字ですね兄貴…」
 「うむ確かにのう…」
 「通常の弾幕ごっこであれば、私も負けるつもりは無いんだがな。だが奴らが弾幕に豆を混ぜてきたら…そしてそれを膝に受けようものなら」
 
 ごくり、と唾を飲む音がやたら大きく響く。
 だが萃香はすぐににやりと笑うと、側にあった大きな袋を引き寄せて、中身を取り出して見せた。
 
 「それは…!?」
 「膝パッドだ」
 「ひざぱっど…! それは一体…!?」
 「読んで字の如く、膝を守る防具だな。さっき知り合いの知り合いの店から買ってきたんだ…」

 何処から流れついたものか、若干薄汚れてはいるものの、作りはしっかりとしていて頼もしい。
 投げ渡されたパッドをおずおずと膝に巻きつけて、イチローとジローは萃香を見やる。

 「こいつぁ具合がいいや…しかし姐さんは使わないので?」
 「2セットしか売ってなかったもんでな、お前らが使いな」
 「い、いや、そいつぁいけやせんぜ姐さん! 姐さんにもしものことがあったら!」
 「うるせぇ! お前らみてーなドサンピンと、この女範馬勇次郎こと伊吹萃香を一緒くたにするんじゃあねえよ。黙ってつけとけ」

 一喝し、萃香は更に袋から何かを取り出して、二人に放り投げた。
 それは楕円に六つほどの穴が開いた、奇妙な仮面の様に見える。

 「面…? ですかい?」
 「おうよ。ホッケーマスクって奴でな、とりあえずの防御力は確保できるし、威圧にもなり…そして正体も隠せるといいことづくめだ」
 「なるほど! 正体が判らなければ、以後の反撃も絶てるってなあ寸法ですね!」
 「そういうこったな」

 三人は意気揚々と面をつけると、互いの顔を見つつ気勢を上げる。
 それは夜明けのテンション故か、あるいは。

 「ようし、んじゃ次は手順についてだが…」
 「オウオーッ!」


 ◇

 そして如月の三日…節分の朝がやってきた。

 本堂には白蓮が音頭を取り、皆で小分けにして和紙で包んだ豆の山がうず高く積み上げられている。
 その前に座る白蓮と、寺の面々…そして勇儀。仰々しい雰囲気ではなく、これから始まる催しに対する期待で、場は明るい。

 「直接ぶつけるんじゃないんだな」
 「ええ、散らばってしまっては食べることが出来ませんからね」
 
 小分けになった豆は持って帰り、食べてもらって息災を願う…もっとも、人間ならともかく妖怪に息災もなにもあったものでもあるまいが、こういう季節のイベントに文句を言うことほど無粋なものもない。
 白蓮は最後の豆袋を傍らに置くと、皆の顔を見回して口を開いた。

 「で、勇儀さん…本当によろしいのですね」
 「おうよ、迫真の演技って奴を見せてやるぜ」
 「あ、いえ、それもそうなのですが…豆の方は」

 いかな豪傑、星熊勇儀とは言え、豆を浴びせられて呵呵大笑というわけにも行くまい。
 白蓮が昨年の節分に叩き出した豆袋投擲の速度は、凡そ180Km/hというメジャーリーガーも真っ青な数値である。
 それを心配してか、白蓮は小道具やらを用意し始めた勇儀に問うたのだろう。

 「何、心配は要らないさ。こうやって膝パッドも持ってきたし…トゲつきの肩パッド、鋲たっぷりの革ジャン、釘バット…モヒカンのヅラ…火炎放射器もあるぜ。出るのは酒だけど」
 「お主一体誰と戦うつもりじゃ」
 「…豆…だろ?」
 「ヒャア悪そう! ヒャッハーとか言っちゃうんですよね? お寺に来た信徒さんから水と種モミ奪っちゃうんですよね!?」
 「そこまではしねえよ!」

 世紀末の予感に目を輝かせた寅丸にそう返しつつ、勇儀はふと笑って膝にパッドを巻きつけて見せた。
 そしてぼそりと一言。
 
 「…膝は狙うなよ?」
 「膝? なにゆえ?」
 「何でもだ。膝は駄目だ」
 
 真剣な眼差しでそう言われてしまえば、込み入った事情があるものだと推測できる。白蓮はこくりと頷くと、皆を見回したのち答えた。

 「心得ました」 

 
 数時間後…

 境内を埋め尽くさんばかりの人、妖怪、妖精の群集の前に、白蓮を筆頭とした寺の面々が姿を現した。
 豆袋を手にした白蓮が軽く会釈をすると、騒がしかった群衆は皆静まり、彼女の言葉を待つ。

 「皆様、よくおいで下さいました。節分ということで、安易ではございますが…しかしながら温故知新という言葉もあるように、豆を撒き、ささやかながら皆様の息災を祈りたいと思います」

 これは恐らく詭弁なのであろう。
 かつて迫害され封印された過去を持つ白蓮が、妖怪たちはともかくとして、人間達に対してそういった感情を持ち合わせるとは考え辛い。表面上は柔和であっても、実際のところはどうであるか──
 しかしながら、人間達がいるからこそ、この幻想郷の摂理は保たれている訳であり、そこを蔑ろにするほど白蓮は浅慮ではない。
 息災であれ、というのも強ち嘘では無いのだろう。
 これ以上はまた別の話になってくるので割愛するとして、ともかく白蓮は、豆袋をごそりと掴み、よく通る声を張り上げた。

 「鬼はー外!」

 それに応じ、寅丸や一輪、村紗らも豆袋を空高く放り投げる。

 「福はーうち!」

 わあっ、と歓声が上がり、それは風に乗って流れていく。



 「始まったようですぜ、姐さん」
 「へっ、おめでてぇ奴らだ…これからどうなるかも知らねえで…して姐さん、早速仕掛けるんですかい?」

 ホッケーマスクと膝パッド、そしてトゲトゲと鋲の付いた革ジャン、革ズボンで身を固めたイチローとジローが、普段の服装にホッケーマスクだけを被った萃香にそう尋ねた。
 バギーの助手席に座る萃香は腕を組んだまま首肯すると、足元から黄色い棒状のものを四つ取り出して二人に渡す。

 「これは…!」
 「本当なら金棒の一本でも用意してやりたかったところだが…生憎見当たらなくてな、これで我慢しな」
 「と、唐黍(とうきび)! いわゆるモロコシってやつですかいこいつぁ!」
 「そうよ。固いしゴツいしおまけに美味くて栄養も豊富ときた!」
 「さ、さすが姐さんだぜェーッ! 嫌がる女どもの尻(ケツ)っぺたを、これで叩いたりなすりつけたりして悶え苦しむサマを楽しむってなー寸法ですね!? ヒーヒヒ! こいつぁ今から楽しみだぜ!」
 「いや…それはちょっと…」
 「ジロー…おめえ…」
  
 ジローの特殊な性癖を知り、若干引き気味の萃香であったが、改めて二人を見回し伊吹瓢を担ぐと、その顔はもう鬼のそれへと変わっていた。
 見えないが変わっていた。

 「よしおめぇら、行くぞ…気合入れろや! 私らを縛る豆の呪縛って奴を…今日ここで断ち切るんだ」
 「引いては鬼という種族が、この世界を牛耳るための切欠になるやもしれないと…!」
 「ついにあっしらにも…ビッグなサクセスチャンスが来たッ…! やってやる、やってやりやすぜ!」 

 一輪と寅丸への意趣返しが目的であったはずの萃香だが、今は違う。
 イチローとジローの身に降りかかった悲劇を知り、忌まわしき大豆への抵抗…鬼達の解放…その崇高なる使命に燃える叛逆者なのだから。

 
 
 「はい大きな声でー! 福isIN! 鬼isOUT!」
 「フクゥィズイン! オニィズアウッ!」
 「そしてーかーがやーく!?」
 「ウルトラソウッ!」 

 そのテンションをあっという間にレッドゾーンへと突入させた寅丸が、トンチキな事を叫びつつ豆を撒く。
 一輪は寅丸の服のフードをがっちりと掴みつつ、それでも器用に豆を撒く。目を離せばロックシンガーの如くステージダイブしかねない寅丸であるので、この判断は正しい。
 そして境内に集まる民衆たちもまた、その勢いに当てられてか、異常なまでのテンションでもって応える。

 「…節分とはこのようなロックなイベントだったんじゃろか…そこんとこどうなんです、聖」
 
 ナックル気味の変化球を投げるマミゾウが、魔人経巻まで持ち出して無駄に凝った全く無駄の無い無駄な演出をする白蓮に尋ねる。 
 しかし白蓮もまた、平静を装っているようでその実興奮しており、くるくると回りながら豆をばら撒いてマミゾウの言葉には答えない。
 
 「ほらほらじゃんじゃか投げますよー! 取れない人は普通の信徒でぇーす! 取れる人は訓練された信徒でぇーす!」
 「あひゃはははははフルメタル釈尊ですか聖ー! 負けませんよう! 福はーうちー! 福はー子役ー!」
 
 マミゾウはふ…と笑い、二人の方を見ないようにして、今度はチェンジアップで豆袋を投げ始めた。
 普段抑圧されているであろう白蓮が、こうも楽しそうにしているのであれば、それはそれでいいのだろう。

 「ム…?」
 
 そうしてセットポジションに入ったマミゾウが、ふと山門に目を向ける。
 そこにはホッケーマスクを被り、両手にモロコシを持った二人と、同じくホッケーマスクを着け、大きな瓢箪をぶら下げた者がいた。
 体格や頭髪から性別の区別はつくが、それでも正体は判らないままだ。

 「何じゃあやつらは…ハロウィンか何かと勘違いしておるのかのう…どれ」

 マミゾウは一度セットポジションを解き、そのおかしな面々の方へと向き直ってから、再び投球体勢を取る。
 そして寅丸や白蓮には劣るものの、それでも出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる恵まれた身体から、全力のピッチングが繰り出された。
 豆袋は群集の頭上を通り、かなりのスピードを保ったまま、山門目掛けて飛ぶ。

 「ムン!」

 ぱぁん、と乾いた音が響き、騒いでいた群衆達並びにノリノリで豆を投げる白蓮達が、そちらの方向を見やる。
 何やらかっこいい体勢でモロコシを振りぬいているのはイチロー。その後方に控え、空中に飛散した豆から萃香を守るのはジローである。

 「…誰じゃ?」
 「…ジェイソン…ではないようですが…は、もしや勇儀さんの仕込みに応じた方々なのでは?」

 怪訝な顔つきをしそう呟いたマミゾウに、寅丸がぽんと手を打ちながら答えた。
 勇儀は白蓮達に、「盛り上がりが最高潮に達したら出てくるからな」と告げてはいたが、エキストラを連れてくるとは言っていない。
 だとすれば、内緒にしていた演出の一環か何かなのであろう。寅丸はそう思い込んで、そしてそれを改めることもなく、大きな声を張り上げた。

 「鬼だァーーーーーーッ!? 鬼ですよ皆みなさぁーーーーーーん!」
 『ウオオオオオオオ!?』

 驚きと期待と若干の恐怖が入り混じった怒号が上がり、場は騒然となる。
 仕込であると判ってはいても、鬼という存在…それこそは、群衆に『もしかしたら』という疑念を抱かせるに足りた。  
 だが完全にノリ切ってしまっている寅丸の悪意無き煽りによって、そんな空気も霧散していくようであった。

 「しんぱいごむよう! 皆様にはこの独立型仏法守護ユニット、またの名をスゲェイカス毘沙門天である私、寅丸星がついております! 悪は可及的速やかにOUTするがサダメ…喰らえ必殺大リーグビーンボール1号! 豆だけに!」

 本堂からふわりと飛び上がり、寅丸は高速で回転した後、手に持っていた豆袋をマスクの面々へと投げつけた。
 豆袋は彼女が得意とする屈曲レーザーの軌跡を描き、風を切って迫る。
 だが…

 「グワラゴワラガッキーーーーーン!」

 どこかで聴いたような効果音と共に、豆袋は再び爆散した。
 それはもはや偶然ではなく、確たる意思をもって行われたバッティングであり、その主から放たれる気というか…悪意、殺意の様なものが目に見えるようであった。

 「むう、かなりのスラッガーじゃな」
 「っていうか打ち返してどうすんだよ! 仕込みじゃないのかあいつらは!?」

 流石に怪しいと感じたのか、一輪は三人を指差しつつそう叫んだ。
 演出ならばそれもいいだろうが、放出されているオーラは仕込みであるとは断言しがたい。命蓮寺の荒事担当とも言える一輪は、そのきな臭さを感じ取ってそう言ったのだろう。
 そして雲山を召還せんとする一輪を何とかなだめる村紗をよそに、マミゾウが顎に手を当てて呟く。

 「うーむ…肝心の勇儀の姿も見えんしのう…そう言われるとちと疑問じゃな」
 「ま、まさか本物の鬼がきちゃったんじゃないんですかあ…」
 「ハハハまさか、響子は心配性ですねえ! それじゃあ全員で豆を投げてみましょう、いくらなんでもそこまで空気読まない方々でないはず!」

 相変わらずのハイテンションっぷりで、寅丸がそう提案する。皆もならば、と頷き、一斉にセットポジションを取り、そして豆袋を投げつけた。
 唸りを上げて飛ぶ八つの豆袋。消えたり落ちたり分身したりと忙しいが、狙いは皆正確である。

 「ディフェーンド!」

 しかし…だがしかし。
 防御を意味する単語を声高に宣言しつつ、前に進み出た萃香が足踏みをする。
 すると足元の石畳が跳ね上がり、豆を全て弾いては前方へと倒れこんだ。魔法、妖術の類ではなく…恐ろしいまでの脚力によりなされたその業を見て、場は水を打ったように静まり返った。

 「なんと…」

 顔をしかめ、マミゾウが吐き捨てる。
 空気を読むどころの騒ぎではない。明確な敵意をもって、かの三人はこちらと相対するつもりであるらしい…それを認識した群集は一瞬の間ののち、我先にと逃げ出し始めた。

 「カーッカッカッカッカーッ! オラーどうだ惰弱な妖怪どもがァア! テメーらの信じる豆の威力なんざそんなモンだ! 正に豆鉄砲! そんなモン256万発喰らったところでどうってこたーねぇーぜー!」

 萃香が声高に笑い、手にした伊吹瓢を振り回す。
 勝負はついた…鬼という種族は今、不倶戴天の怨敵である大豆を克服し、究極生命体(アルティメット・シイング)と化したのだ。
 もはや人類…いや、命蓮寺に残されたのは、降伏か逃亡か…そのどちらかである。

 「豆鉄砲ねえ」
 「うむ、言い得て妙じゃな…よっこらセパタクロー」
 「そうですね、星の集めた宝物の中に、そういったものがありましたね」
 
 しかし萃香の勢いに怯むことなく、一輪とマミゾウ、そして白蓮は踵を返し、何処かへ消えた。
 だが残された寅丸達は、状況を把握出来ずに、徹底抗戦の構えを取る。

 「こ、こうなれば宝塔の力で奴らを蒸発させる外に手は…!」
 「ウオオオ星ー! やったれァ! 憎しみの光だ! 照準はゲル・ドルバ!」
 「ヒーヒヒヒ! ほうとうだァ!? 山梨名物如きで俺達をどうにかできるとでも思っていやがるかこのアバズレ共! チャージなどさせるものかよ!」

 袖口から宝塔を取り出し、妙なポーズでそれを構えた寅丸に、そうはさせじと飛びかかるジロー。
 すわ、絶体絶命か…響子や村紗は思わず目をぎゅっとつぶり、この時ばかりは祈った。神様仏様冥王様!

 その次の瞬間。
 ばきん、と何かが炸裂し、若干遅れて遠雷の如き音が響き渡った。
 そしてジローは頭を中心にして大回転し、山門を超えて石段の遥か下へと落下していく。

 「な、何ィーッ!?」
 「ジ、ジロォーーーーッ!」

 突然の出来事に、萃香はうろたえ、イチローは叫んだ。寅丸や周りの者が何かアクションをした形跡は無い…では一体何が。
 萃香はそこでふと、得体の知れない空気を感じ取り、そして屋根の上を見る。

 「命中」
 
 本堂の屋根の上、静かにそう言い放ち立ち上がったのは白蓮であった。
 手にしているのは長大な銃…一般に狙撃銃と呼ばれる代物である。

 「狙撃手(スナイパー)!?」
 「ば、馬鹿な…! しかも空中の相手にヘッドショットだと…!? しかし何でだ!? 例え劣化ウラン弾芯だろうと、鬼にゃあ豆鉄砲…ハッ!?」
 「フフ…気づいた様ですね」

 いつもと変わらぬ笑顔を浮かべてはいるが、目には底知れぬ何かを秘めた白蓮が、ポケットから取り出したのは…そう、大豆であった。
 その大豆をチャンバーに篭め、再び白蓮はスコープを覗きこむ。銃口が向かうのはうろたえ、動きの止まったイチローである。

 「狙撃(シュートヒム)…」 
 「よけろナッ…いやイチローッ!」
 「は!?」

 そう言うな否や、萃香は傍らにいたイチローの腰を蹴り飛ばす。
 それまでイチローの頭があった空間を、鬼にとっては劣化ウラン弾芯以上の破壊力を持つ大豆が通過し、そして地面に当たって砕けた。
 萃香は蹴り飛ばしたイチローの首根っこを掴み、庇の下…角度により狙撃不可能な地点にまで走ると、ぎっと歯噛みをし、寅丸達を睨み付けた。弾幕ごっこというものがあるにも関わらず、銃火器を持ち出してくるとは何たる僧どもか。織田信長でなくとも奴らはミナゴロシだよホトトギス、そんな思いが顔にまで出てきているようだ。

 「じょ、上等だてめーら! ライフルが何だ! 距離詰めてブン殴ってやる!」
 「オウオーッ! 単発式の豆鉄砲なんざ怖かねぇーッ!」

 そうだ、ライフルが何だ…とばかりに気合を入れ、大地を踏みしめた二人であったが、その気勢を削ぐかの様な剣呑な音が響く。
 次いで、足元をなぎ払う大豆の嵐。

 「オワーーーー!?」
 「ふむ、リコイルコントロールが上手く出来ないが…まぁよい」

 彼女らの右手、手水場の辺りに現れたのはマミゾウであった。
 手には携行可能な大きさまでダウンサイジングされた、回転式の機関砲…ガトリング・ガンを構えている。青い意匠が目に鮮やかであり、またこの幻想郷にも目新しい代物だ。

 「ゲーッそれはGX-05ケルベロス!? じ、G3-Xどこ!? 氷川さん何処よー! 残念イケメンの氷川誠さんめっちゃファンなんだよクソァ!」
 「奴はうどん県の尖兵だったり、過去へ行って特殊な交渉術を駆使したりと忙しいのでのう…しかし詳しいなお主、ケルベロスを御存知とは」

 萃香の言に頷いたマミゾウであったが、容赦するつもりは無いようで、再びトリガーを引く。
 ヴゥン、と低い音が響き、猛烈な勢いで放たれた大豆が二人に襲い掛かった。萃香は再びイチローの首根っこを掴むと、射線から逃れようとジグザグに走り、境内にあるクスノキの陰へと飛び込んだ。
 実際の弾丸ならばともかく、大豆では木をどうにかすることは出来ない。マミゾウは舌打ちをすると銃口を上げ、ふぅ、と息をついた。

 「ちっ、さすがに豆鉄砲では無理の様じゃな…」
 「あ、姐さん、奴ら一体何なんですかァ! テロリストですかァ!? こかぁ石山本願寺ですかァ!? 豆鉄砲ってああいう意味じゃ無いでしょう!」
 「発想、とんちの勝利だな…さすがは寺だけなこたぁある、まさかこちらの煽りを真面目に受け取るたぁ思わなんだぜ。だが面白くなってきやがった…イチロー、ここが胸突き八丁だぜ、男見せてみろや!」
 「え、それってどういう」
 「いいかよ、あの機関砲…ケルベロスは120発しか撃てないんだ。さっきのと今ので少なくとも80から90は撃ってる…あと一回掃射すれば弾切れだ、そこをつく」

 萃香はにやりと笑ってそう言うと、酒をぐいと煽り手に吹き付ける。
 残念かつ粗暴であるとは言え、美少女の部類に入る萃香に男を見せろと言われれば、イチローとて覚悟を決めざるを得ない。
 豆の弾幕にたじろいでいたその姿はなりを潜め、表情には覇気が満ちていく。

 「わかりやした…あっしも男のはしくれ…姐さんを必ずや勝利へと導いてみせまさあ」
 「…へへ、頼もしいじゃあないか…お前が要潤に似てたらとっくに抱かれていたやもしれん」
 「では!」

 イチローは両の手に持ったモロコシをぐっと握り締め、木陰からローリングしつつ飛び出す。
 それを待っていた、とばかりに、マミゾウは獣の視線で狙いを定め、トリガーを引いた。僅かな空転の後、砲身から大豆が放たれる。
 
 「ウォオオーーーー俺は今ッ! 姐さんへの愛で立っている! 言うなれば愛の戦士! ラブウォリャーだッ! その俺が豆如きに遅れを取るはずも無くッ!」

 襲い掛かる豆をモロコシで弾きつつ、イチローは吼えた。ここを凌げば活路が見えるのだ。
 豆からの解放という、輝かしい未来が来るのだ。イチローはそう信じて疑わなかった。
 その思いは彼の感覚を極限まで研ぎ澄まし、遂には低速モードを発動させるに至った。
 
 本来ならば選ばれし猛者(しょうじょ)にしか許されぬ低速モードであるが、強く念じれば意外と何とかなるものなのだ。そう、幻想郷ならね。

 「すごくきもちわるい!」

 ゆっくりと、しかし確実に豆を避け、スローモーションで走るイチローに対し、そこにいる面々…萃香を含めた全ての者がそう叫んだ。
 女性の感性とは時として非情である。愛の為に戦うラブウォリャーに、神の慈悲も仏の加護もない。
 だが、その叫びはイチローには届かない。愛によって立つイチローには届こうはずもない。それは幸せなことであった。
 やがてケルベロスはカラカラと空転し、豆が0となったことを知らせる。
 
 「ウワワーー!? イセリナかお主ーーーー! ギャア豆がねーーーー! リッロー! リッロー!」
 「ニュオオオオオオオオ!」

 錯乱したマミゾウがケルベロスを振り回すが、当然そんなことでリロードが出来よう筈もない。白蓮の援護射撃も空しく、マミゾウはイチローの接近を許してしまう。
 耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んで、待ち望んだクロスレンジである。
 トビア・アロナクスでなくとも、この瞬間を待っていたんだ! と叫びたくもなろう。そしてモロコシとは言え殴られれば痛い。イチローは相変わらずの気持ち悪い動きで両手を振り上げ、そして黄色い殺意による、乾坤一擲の一撃を繰り出した。

 「命(タマ)ァ獲ったるァアーーー!」
 「うるせぇ死ね!」

 滋味溢れるモロコシの一撃が、マミゾウの脳天に突き刺さろうとした刹那…少女の口からとは思えぬ罵倒と共に割って入り、イチローの股間を蹴り上げたのは一輪であった。
 ゴヌン、という音が生々しいが、そこにいる者達には決して伝わらぬ痛みであった。イチローは短期間の間に二度もの致命打を受けた股間を押さえ、それでも尚倒れない。
 男…いや、漢(おとこ)であった。男闘呼、と言い換えてもよい。膝を震わせ、脂汗を垂らして耐えるその姿はある種の美学すら感じられる。

 「ぬっ…手ごたえはあったが…」
 
 区分的には男である雲山が顕現し、もう一度蹴りを放とうとしていた一輪を制し、彼女の後ろにつく。
 白蓮を侮辱し、節分を台無しにした相手ではあるが…それでも情けは持つべきであると、雲山は無言の内に言っているのであろう。一輪は仕方ないなとばかりに苦笑した後、懐から黒光りするショットガンを取り出し、その銃口をイチローへと向けた。

 どれだけの威力を秘めていたのか、至近距離で豆の散弾を受けたイチローは大きく吹き飛び、山門を超えて石段の下へと消えていった。
 一輪は鼻息も荒く、そのまま飛び上がって萃香の前に着地した。彼女にとってもとより、イチローなどどうでもいい相手である。

 「よくもまあやってくれたもんだ」
 「てめェ防災頭巾…空気読まないにも程があるぜ…」
 「どの口でほざいてんだこのパーフェクトジオング…出すのはビームだけにしとけよコラ」

 互いの視線がぶつかり合い、火花を散らす。
 霧散したと思われていた群衆達は遠巻きに二人を見守り、寺の面々もまたそれに倣う。

 「星がぶつかって転ばしたのはとっくにワビ入れた筈だろうが…それをいつまでもウダウダ言いやがって、あまつさえここにまで乗り込んでくるたァな」
 「鬼ってなァ、舐められたら終わりなんだよ…あの後何か猫に散々舐めまわされたんだよ…つまり鬼としての土壇場なんだ、今が」

 空気が軋み、火花はまるで弾幕の如く咲いていた。
 お互いに一歩も退かず、省みず、媚びることもない。

 「つまり、ここで豆まきしてはしゃいでるてめぇらをギッタンギタンにして、鬼の失地回復と行きてえのさ」
 「…ほォ、あん時ゃこっちも悪いとは思っていたからな、黙っててやったってのに…だったら、どうするんだ?」
 「まぁよ、ここで一番強いのは防災頭巾…てめぇじゃあねえだろうが…貸しもあるこったし、カタをつけるとなりゃあやっぱり、弾幕ごっこ(決闘)しかないだろうがよ」

 その言葉を受け、一輪がにやりと笑った。そして懐に手を突っ込む。

 「お前の得物は鉄の輪と入道だってなァ? いいぜ、出してみな…てめーのキラークイーンをよ…」
 
 萃香もまたぎしり、と口の端を歪め、何処からでも来いといった風情で構える。
 何処で仕入れた情報か、それは判断はつかないが、手の内がバレているというのに一輪は動じない。凄まじい胆力である。
 そしてその一輪は息を吸い込むと、

 「当然、お豆さんだッ!」

 そう叫んだ後、大量の大豆を握りこんだ拳を振り下ろした。
 
 「なッ!?」

 この瞬間、萃香の体感している時間の流れは極限まで遅くなっていた。
 押し寄せる大豆を前に、萃香は選択を迫られる。
 避けるか?
 防ぐか?
 敢えて受けるか?
 
 「当たる面積を最小にして波紋防御ッ!」
 「うるせぇ死ね!」

 仰向けの姿勢で飛び上がった萃香の脚を掴み、一輪はそのまま彼女を地面にたたき付けた。
 一輪を憎き相手ではあるが、シャレとネタを理解するものだと思っていた萃香は不意をつかれ、後頭部から見事に着陸する。

 「おご…!」

 一輪はすかさずマウントを取り、大豆を握りこんだ拳でパウンドを開始した。
 
 「ちょ、やめ…だんま…おま…」
 「これは雲山の拳だからセーフ! セーフだコラ!」

 追い討ちとばかりに鰯の頭を口にねじ込まれ、萃香はもはやなすがままになるばかりだ。
 なさけむようの残虐行為手当を目の当たりにし、白蓮を除く寺の面々は震え上がった。幻想郷において最強クラスの存在である鬼のマウントを取るなど、非常識にもほどがある。
 一輪は柊の枝で萃香を叩き、間断なく豆を浴びせ、鰯の頭を全身にこすり付けた。

 「すいませんでした…自分調子こいてました…」
 「くッ…わかりゃあいいんだ…」

 半泣きになった萃香が、虫の鳴くような声でそう言うと、一輪はようやく拳を止め、萃香に対するマウントポジションを解いた。
 完全勝利であった。一輪は己の中に眠るヤンキー時代の凶暴さを抑えるかのごとく、よろめきつつ立ち上がり、深く息をついた。

 「なんて言うかと思ったかこの防災頭巾がッ!」
 「なッ!?」

 神から授かった筋力(ちから)で、ただ単に殴りつける。
 しかしそれに当たることは死を意味していた。
 完全に不意をつかれた一輪は防御することもできず、その一撃を土手っ腹に貰ってしまった。
 一輪が南米の地下で赤い水陸両用MSに腹部を貫かれて果てた某MSの様な惨状になるのか、と冷や汗をかいた面々であったが、その時不思議な事が起こった。

 「オアアアアアア!?」

 萃香は赤熱化した右手を押さえ、地面をゴロゴロと転がる。
 一体、何が…? 一同は萃香はともかくとして、一輪を見やった。
 腹部を押さえ、膝を震わせながらも、一輪はしっかりと立っていた。顔は蒼白で汗まみれではあるが、戦意は衰えていないようである。

 「馬鹿が…万が一の時の為に、袈裟の下に大豆を仕込んでおいたんだよ」
 「な、なんだとテメーッ! あ、アレかー! リアクティブ袈裟かー! ウオオオオ残った右手がやけに熱ぃー!」
 「それより覚悟はいいかよ、負けを認めておいてからの不意打ちなんざ、今から何されても文句は言えねぇんだからな…」
 「ひ、ヒィ! やめて! 乱暴する気でしょう! 白濁した豆乳まみれにされる薄い本みたいに!」

 怯えた表情で後じさりする萃香を前に、一輪は頭巾を脱ぎ捨て、深呼吸を一つ。
 袈裟に入った金のラインが光を帯び、黒雲と化した雲山がまるで装甲の如く彼女に纏わりついた。

 「で、デストロイモード…!」

 ゴン、と鈍い音が、静かな境内に響き渡る。


 ◇


 「さて、こいつをどうするかだが」

 柊と鰯の頭でデコレートされた荒縄で、萃香をきつく縛り上げた一輪が手をはたきながらそう言った。
 圧倒的過ぎるその力に、一同はどこか怯えたまま喋ろうとしない。そんな中から白蓮が進み出て、萃香の縄を解き始めた。

 「聖…!? 何を!」
 「この者とて根っからの悪、というわけでもないでしょう…ここまでせずともよいのです」
 「しかし、戒めを解けばまた何をするか!」
 「それに関しては…あの方にお任せしておけばよいでしょう…、そうですね、星熊さん」
 「え…?」

 白蓮がそう言って山門の方を向けば、皆もそれに従って、そして素っ頓狂な声を上げた。
 虎柄のセクシーなビキニに身を包み、地に両手をついて息を切らしているのは、星熊勇儀その人である。

 「ゆ、ゆ、勇儀さん!? 一体どうしたんです!? そこかしこで豆の掃射にでも遭って更に身包み剥がされたんですか!? ここロスじゃないですよ!?」
 「ぜぇはぁ…はぁ…いや…悪ィ…色々用意したのは知ってるだろうけどよ、今朝になって…ちと考えが変わってな。この水着と…あと金棒探してたんだけどよ…見つからなくてよ…仕方ねぇからゴーヤ持ってきた。はぁー、疲れたぜ…」
 「お前は何を言っているんだ」
 「バッカおめぇ、鬼ったらこれだろが…いや、これだっちゃ」

 日本漫画史に確実に残るであろうかの名作、そのヒロインの格好をした勇儀は息を整え、よっこらせと立ち上がると、改めて周囲を見回した。
 寺の面々以外は誰もおらず、二月の風が吹きぬける境内はどこか寂しい。

 「…豆まきは?」
 「とっくに終わったよ! ていうか豆撒きの最中にこいつが乱入してきてそれどころじゃなくなったよ!」
 「ん…って萃香!? お前何してんの!?」
 「あ…? あ…?」
 「オイオイオイ! え、何? アンタらこいつに何したっての!? なんかボンガロ版ギースみたくなってんだけど!?」
 
 変わり果てた友の姿に、勇儀は言葉の端々に若干の怒気をはらみつつ、それでも冷静に、白蓮達にそう尋ねた。
 事と次第によっては非常にまずいことになるのでは、と、一輪と白蓮を除いた面々はまたも震え上がるが、白蓮の方は落ち着いたものであった。

 「これは演出の一環ですよ。この伊吹さんは星熊さんが現れないので痺れを切らし、ノーアポイントでこちらの催しに協力してくださったのです」
 「え、あ? いやお前何言ってんのこの失敗白髪ぞめェッ!?」

 不意に意識を取り戻し、反論しようとした萃香の鎖骨の辺りを白蓮が掴む。
 経絡を極められた萃香は身動きはおろか発言さえも封じられ、ビクンビクンと蠢くのみだ。

 「あらあらウフフ、いけませんよ萃香さん、フリとは言え結構な量の豆を浴びたのですから…大人しくなさっていないと」
 「そ、そうなのか萃香…すまねえな…あたしがもうちっと上手いこと準備をしていりゃ…」
 「仕方の無いことですよ、勇儀さん。鉄棒なんて普通ありませんし…それよりも今日は、皆さんでささやかながら宴にでもしようじゃありませんか…立派なゴーヤとモロコシもあることですし」
 「酒を飲んでもいいのか!」
 「特別ですよ」
 「いや、ちょ、勇儀てめぇ! 買収されてんじゃオァアアアアア!?」

 萃香の叫びが、静かな境内にこだまする──
 ここに、鬼による鬼のための、豆に対する叛逆の物語は一度幕を閉じた。
 かくして、幻想郷の平和は再びひっそりと保たれていくことになる。



 ◇

 「い、生きてるかジロー…!」
 「あ、兄貴こそ…くそッあいつら…ただじゃおかねぇ!」
 「ああ…いつか落とし前つけてやるさ…しかしなジロー、こかァ、一体何処なんだ?」

 ジローを助け起こし、イチローが視線をやった先にあるは、山の中腹に掲げられた『HOLLY WOOD』の文字であった。

 「地底でも地上でもねぇ…一体ここは…」
 「ヘイ! そこの二人! 丁度よかった、そのカッコは日本のヤクザだろう!? 今僕はちょうど日本のヤクザとマーヴルヒーローズの仁義無きバトルの映画を撮っているんだけどね! よかったら話をさせてもらえないかな!?」
 「あァ…?」

 ひょんなことから銀幕デビューしたイチローとジローはそのリアルさと、それなりにある演技力を評価され、ハリウッドスターとしてビッグなサクセスの道を歩き始めることになるのだが、それはまた別の話である…


 おわり。
 間に合わなかった! 全部エオルゼアが悪い! バハ五層が悪い! あとフルブースト!
感想意見文句などありましたらメールかコメントでよろしくどうぞ。
ナイスガッツ寅造
migidong@gmail.com
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コメント



0.430簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
少し前までの作品は若さ(作品のノリ的意味で)と勢いがウリの方だと認識してましたが、これはその芸に磨きがかかって円熟味を感じさせますな…
冒頭から細かい笑いを連打で押してくるのには負けます

>「…まあ、あるかもしれないけど…どっかの州探せば…」
この何も解決してないなフォローで喜ぶ星とか
>流石は群馬の元ヤン
>古代長野県民のグロンギを
>「なるほど策士よな…この前言ってた高崎だるま戦争も、その手練手管で切り抜けたのかえ?」
>ほうとうだァ!? 山梨名物如きで俺達をどうにかできるとでも
>奴はうどん県の尖兵だったり
この割と頻繁に入ってくる日本各地域ネタみたいのがどうにも面白くて
しかしこのテンションで50kbだとちょっと疲れるかもしんないっすw
2.100名前が無い程度の能力削除
どこからどこへ誰の何をどこに突っ込んだら良いのか。よくぞまあこのテンションで走りきったものです。萃香のヤンキーぶりが微妙に書籍を反映しているあたりがよくできています。
3.100名前が無い程度の能力削除
相変わらず素敵な語彙で楽しかったです(まる)
あとそこはスコーピオンじゃないのか、スコーピオンだろ?それがダメならエンドオブワールドでもいいじゃないか牛ちゃんチョーイイのに!
一輪はこういう頭脳と度胸とクソ根性が似合うよね。ブレイブだぜ。
4.90名前が無い程度の能力削除
テンションたけぇなw
8.100名前が無い程度の能力削除
バッカおめぇ、ラムちゃんっつったら屠自古だろーが
10.100名前が無い程度の能力削除
命蓮寺の皆、輝いてるなァ!
11.90奇声を発する程度の能力削除
テンション良いですね
14.100名前が無い程度の能力削除
HOLLY WOOD、すなわち柊の森……計算通りのオチというわけか、ナイスガッツ寅造!
尋常ならざるネタの量と勢いに、ただただ圧倒されるばかりだったぜ!
15.100名前が無い程度の能力削除
読んでるとヒャッハー!っていいたくなる
これはよいナイスガッツ節
16.80名前が無い程度の能力削除
皆テンションが高いって地味に凄いと思うんだ
良い意味でついてけない箇所もあるけどw
17.100名前が無い程度の能力削除
 寅造兄貴の命蓮寺ほんと好き。
22.100名前が無い程度の能力削除
読み終えてから「えっ、50キロバイト!? もっと短かったかと思った!!」ってなった