Coolier - 新生・東方創想話

織物みたいに紡ぐ協奏曲

2014/02/05 16:30:33
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 それは、睦月も終わりに近づいていた頃のことである。
新年の慌ただしい時期からしばらく経ち、命蓮寺にもようやく平穏な日々が訪れ始めていた。

 雪かきを終えた星は、毛糸の手袋をそっと外し、ほんのり赤くなった指先に息を吹きかけた。
寺の中にも関わらず、真っ白の息が吐き出されている。
部屋の中では黒ずんだ達磨ストーブがこうこうと熱を放つも、大きな部屋ゆえ、寒さが残る。
ストーブの上に架かる金網には年の初めにたくさんもらった餅が四つ、うっすらと茶色に焼け付いていた。

「よう働くのぅ。儂はもう腰が痛くてな」
「そんなやわな体じゃないでしょう? サボる口実にしては下手な物ですね」
「ワハハ、何かと言い訳して面倒事は避けたくなる年頃なんじゃよ」

 掘り炬燵で蜜柑を頬張るマミゾウに手招かれるがまま、お邪魔しますと星も炬燵に身を寄せた。
優しい暖かさが冷えた足を包み込み、思わず腑抜けた声が漏れると同時に、表情が緩む。
そんな星の足を悪戯に抓ろうとしたマミゾウであったが、その足があまりにも冷たく、思わず引っ込めた。

 今冬は例年と比べると極端に雪の降らない年で、雪かきもさほどやらずに済むので楽な年でもあった。
しかし、雪が降らないと云うだけで寒さが緩まるわけでもなく、今も屋根から伸びる氷柱がキラキラと輝き、雫を垂らしている。

「そろそろ節分じゃが、豆まきや恵方巻きという文化は幻想郷にはあるのか?」
「えぇ、ありますよ。里の人たちと一緒に豆まきをします」
「ほぉ。鬼にぶつけるなんてことはせんのか?」
「外の世界では鬼はいませんが、こちらには実際の鬼がいますし、そういったことは容易にできないのです」
「なんじゃ、つまらんのぅ」

 本物の鬼に豆を撒きたかったのだろうか。
といっても、幻想郷の鬼は大体地下の地獄街道にいるため、地上にいる鬼などほぼいないに等しいのだが。

 マミゾウは、ゆっくりと腰を上げると、金網の上でぷくりと膨れる餅をひょいっと手で一つ二つとお皿に放り投げる。
あちち、と耳たぶに手をやりながら、皿をゴトンと乱雑に置くと、今度は寒い寒いと吸い込まれるように炬燵へと潜り込んだ。
沢山の蜜柑に紛れ、あらかじめ用意しておいた醤油を垂らす。
まだアツアツの餅からは小さくジュッと音が漏れ、次に香ばしくも芳しい香りが鼻腔を擽る。

「本当は焼き海苔に巻いて食べたいんじゃが、海苔なんてこっちにゃ中々流れてこないし、仕方ない。しんぷるいずべすと、じゃ」
「しんぷ……なんですって?」
「細かいことは気にするな。ほれ、お前さんも食べるといい」
「ありがとうございます」

 醤油のかかっていない僅かな部分を摘み、皿に溜まった醤油にちょんちょんと浸す。
炬燵布団に醤油が垂れないように、もう片方の手で庇いながら、急かされるように口へと餅を運んだ。
はふはふ、と口の中で躍らせながらも、ゆっくりしっかり噛みしめる。
素朴な味ではあるが、これがまたおいしい。
しかし、大根おろしが欲しいなぁと思う星であったが、今はこれでいいやと諦め、もう一つの餅に手を伸ばした。

「節分が終われば、バレンタインデーじゃな」
「はれんはいんへー?」
「ちゃんと食べ終わってから喋らんか。行儀が悪い」

 頭をぺこりと下げ、ごぐりと餅を飲み込む。
トントンと胸を叩き、再び尋ねた。

「なんですかその、バレンタインデーというものは」
「元々は女性が大切な男性へチョコレートを贈る日だったんじゃが、年を経るにつれて女性も男性も関係なく、大切な人にお菓子とか物を贈る日になったんじゃ」
「素敵な日じゃないですか。何日なんです?」
「十四日じゃ。お前さんも大切な人に何か送ってみるのはどうじゃ」

 大切な人に何か物を贈る日。
誕生日とは違う、特別な日なんだと思うと、星はなんて素敵な日なのだろうかとどこか胸が温かくなった。

「いいですね。聖と……ナズーリンにマフラーでも編もうかな」
「マフラーなんて編めるのか。意外じゃの」
「それくらいできますよ。私だって女の子ですし」
「大きくてドジな女の子じゃがな」
「う、うるさいです!」

 ふんっと鼻を鳴らし立ち上がると、星は炬燵の上にある蜜柑を一つ掴み、自室へと向かった。
背後でそう怒りなさんなと笑うマミゾウを無視し、ずかずかと冷たい廊下を歩く。
確か箪笥の中に毛糸があったはずだ。
自室も廊下同様に冷たく、思わず身震いしてしまう。
手を擦りながら箪笥の引違戸を開けると、まださほど使われていないままの毛糸が数個眠っていた。
赤やオレンジ、白に黒と何色も揃っていて少し迷ってしまうくらいであった。

「聖には黒のマフラーで、ナズーリンには白のマフラーにしましょう」

 毛糸に編み針、とじ針にかぎ針。
あれもこれもといっぱい手に持って、いざ作業をしようと意気込むも、あまりの寒さに鼻水が垂れてくる。
ズビッと啜ると、段々先ほどの暖かい炬燵の熱が恋しくなってきた。
なんだかまたあの空間に戻るのは癪ではあるが、寒さには勝てない。
蜜柑は後で食べようと、部屋にぽんとおいて、道具を持って炬燵のある部屋へと戻った。

「おや、帰ってきた。おかえり」
「温かい部屋で編みます。寒いと手元が狂うかもしれないし」
「それに喋り相手がいた方が寂しくないじゃろ?」

 カカカと笑うマミゾウに釣られるように星の頬も緩む。
マフラーを編むなんていつ振りだろうかと思いを巡らせながら、星は編み針を持った。



 如月。
まだ寒さが残り、衣を更に着る月という事から、如月というようになったという説もある。

 この日、十四日は空の機嫌があまりよろしくない。
今にも雪が降りそうな、そんな暗灰色の雲模様。

 先ほど、聖には黒のマフラーを手渡したばかりであった。
日頃から感謝はしているが、なかなか改まって物を贈る事なんてなかったため、恥ずかしい思いも星にはあったが、今は良かったという気持ちで満ち溢れていた。
聖も大変喜んでいて、今でもあの笑顔を思い出すと自然と頬が緩む星であった。

「星はなんで笑ってるの?」
「へ? あっ、いえ、なんでもありませんよ?」

 命蓮寺に遊びに来ている小傘に尋ねられ、思わず上ずった声で返す。
驚いた?と楽しそうに笑う小傘に、なんだか恥ずかしいと星は顔を赤らめる。
こほんと咳払いをすると、紙袋に白のマフラーを入れ、ナズーリンの住む掘立小屋を目指すことにした。

 靴下越しにも伝わる廊下の冷たさに身を縮こませながら、早足で玄関へと向かう。
里で一目惚れした茶色のロングブーツに足を通し、傘立てに入れられた、薄汚れた赤い唐傘に手を伸ばす。

「その傘、もうぼろぼろだよ?」

 見送りに来た小傘が油紙もボロボロになった傘を指さした。
その隣には真新しい傘があったのが見えたから、星が間違えたのだと思ったのである。
しかし星はにっこり笑った。

「なんてことありませんよ。ちょっと穴が開いてるだけです。まだまだ使えますよ」
「大事に扱ってるんだね。なんだか羨ましいな」
「貴女のようになってもらっても困りますしね。それじゃあ行ってきます」
「うん、いってらっしゃい」

 小傘は、傘の付喪神だ。
大切に使われ続けたというよりは、地味な色で皆に嫌われ、捨てられた末に神が宿った付喪神である。
道具として扱われることもなく捨てられるのはもったいないと、常日頃から星は言っており、ボロボロの唐傘も捨てずにずっと使っているのだ。

 少し色落ちた取っ手のギュッと握り、一足外に出れば、冷たい風が星を叩く。
首に巻いたオレンジのマフラーをきゅっと締め、手袋を指先までしっかりとはめて、魔法の森のその向こうにある、無縁塚へと足を運んだ。



 天狗から小耳に挟んだ話ではあるが、どうもナズーリンは香霖堂の店主と一緒にいることが最近多いという。
星と長い時間を共にした仲であり、命蓮寺にずっといたこともあって、一人で掘立小屋に暮らしてからというもの、他の人間や妖怪達と仲良くやっていけるか心配だった。
しかし、そういった情報を聞いて、なんだか星は嬉しくなった。
ナズーリンは少々難しい性格なので、なぜか星は母親のような気持ちで見送ったのだが、どうやら大丈夫のようだ。
しかも、同性ではなく異性である。
ナズーリンも男を知ったのでしょうか、とクスリと一人、寒空の中で笑みを零す。

 魔法の森を抜け、再思の道を進んだ先に、無縁塚はある。
無縁塚は、縁者のいない者達の遺体を埋める場所とされており、霊がうろついている事も多々ある。
阿求の著した幻想郷縁起では危険度が極めて高いとされており、人間が寄ってくることはない。
幻想郷では遺体を放置すると妖怪化する可能性があり、そうすると人と妖怪とのバランスか崩れるため、ここで埋葬されるのだ。
命蓮寺もそういったことが無いように、墓地を設けている。
時々キョンシーが湧いてくるという苦情であるが、最近は監視を強化しているため、基本的に安全が確保されている。

「しかし、こんな場所に掘立小屋を作って暮らそうとは私は思いませんけどね」

 おおよそ六畳ほどの大きさはあろう掘立小屋が見えた。
ナズーリンに会うのは年初めの時と節分の時の二回で、今年はこれで三度目の顔合わせとなる。
手袋を外し、扉をトントントンとノックする。

「ごめんください、寅丸です。ナズーリン、いますか?」

 しばらく待ってみるも、反応がない。
留守なら仕方ないなと、振り向きざまに木でできた手作りのポストに目を向ける。
あらかじめ手紙も用意しておいたので、ポストにマフラーと一緒に入れておこうかなと考えたのだ。
しかし、ポストの所になにやら札がかかっているのが見えた。

「香霖堂にお出かけ中、ですか」

 こんなところに来訪者なんて滅多に誰も来ないだろうに、律儀にこんな札をかけているんだなと思うとなんだか笑ってしまう。
しかし、居場所が分かればここに居座る理由もない。
命蓮寺を出た頃よりも一層空の色が黒ずんできている。
外した手袋をもう一度手にはめ、冷たい風に背中を押されるようにして、魔法の森の香霖堂を目指した。



 魔法の森は季節を問わず日が当たらないので暗く、じめじめしていて、寒い。
こんな場所に住んでいる物好きもどうかと思うが、店を開いているというものだから可笑しな話である。
魔理沙も一応、霧雨魔法店というのをやっているらしいが、あれは店として成り立っていない気がするので無視するとして、香霖堂は様々な珍しいものが並んでいる。
しかし、話に聞くと自らが気に入ったものは非売品にしてしまうんだとか。
これまた癖のある店主ではあるが、星にとっては宝塔を失くした際に拾ってくれた恩がある。
宝塔が無ければ聖が復活することもなかったことを考えれば、霖之助は聖の復活に欠かせない存在であったのだ。

「ここに来るのは聖が復活した後の一度きりでしたし、霖之助さんにもう一度挨拶しておきたいとは思っていたしよかったかもしれませんね」

 店の屋根の所には、大きい木製の看板に香霖堂と書かれている。
店先はごちゃごちゃしていて、見たこともないものが転がっていた。
入口の隣には信楽狸が不気味な笑みで迎えてくれた。
マミゾウが、香霖堂は狸を店先に置いているからよくわかっている店主だと褒めていたのを思い出した。

 風が冷たくなってきた。
オレンジのマフラーが靡き、パタパタと音を立てる。
手袋を外し、錆びた取手に手をかけると、思ったよりも戸が固く、ぐっと力を入れてようやく開いた。
ガシャンと騒がしい音を立てたものだから、星自身もそれに驚く。

「ごめんください。こちらにナズーリンはいらっしゃいま……あらあら」
「えっ、なっ、これは違うんだご主人様、これはだな」
「おや、珍しいお客だ。一体今日は何用で?」

 そこには、霖之助の腕に背中から身を委ねるような形で顔を赤らめるナズーリンの姿があった。
一方霖之助は、何食わぬ顔で久々に店に来た星に対し、小さく笑って歓迎しているようだ。
ぽんと手を叩き、星はにっこりと微笑んだ。

「天狗のお話は本当だったんですね。私が思う以上に仲が良いみたいでなんだか嬉しいですよ、ナズーリン」
「違うと言っているだろう! 急にでかい音がしたからびっくりして倒れたらこいつが変な支え方するから!」
「いいんですよ、恥ずかしがらなくても。素直じゃないのは変わりませんね」
「頼むからその手を退けるんだ。あと早く状況を君の口から説明してやってくれ、ご主人様は私の話を聞いちゃいない」
「しょうがないね」

 ナズーリンから手を離し、申し訳なかったねと霖之助は一礼した。
ナズーリンは、ふんっ、と鼻を鳴らし、薪ストーブの隣に置かれた小さな椅子に腰かけた。

「今椅子を持ってくるから待っててくれ」

 そういって霖之助は店の奥へと消えて行った。

 改めて店内を見回すと、見たこともない不思議な物体でごった返している。
よくもまぁこんな散らかった店内で商売なんてできるものだと星は変に感心してしまった。
これはなんだろう、あれはなんだろうと探索しているうちになんだか楽しくなった星にナズーリンが声をかける。

「ご主人様、今日は何故こんなところに?」
「あぁ、そうでした。今日はバレンタインデーといって、大切な人にプレゼントをする日らしいんです。だから、これを渡しに来ました」

 茶色の紙袋をナズーリンに手渡す。
ガサガサと音を立て、中から真っ白なマフラーを取り出すと、両手いっぱいに広げてみせた。

「まだ寒い時期が続きますし、首元を温かくして風邪を引かないようにしてくださいね。あ、そうだ。私が巻いてあげますね」
「い、いいよ別に」
「遠慮せずに、ほらほら」

 細く小さな首に、真っ白な毛糸のマフラーを巻きつける。
ナズーリンの身の丈に合うように、星が付けているのより少し短めのマフラー。
マフラーを手に取って確かめるナズーリンの顔が赤いのは、ストーブの熱に当てられたからか、あるいは恥ずかしいからなのかは言うまでもない。

「ありがとう」
「どういたしまして」
「おやおや、いいマフラーだね。今度ぜひとも僕にも編んで欲しいものだよ」

 向こうから小さな木製の椅子を持ってきて、どうぞと差し出した。
霖之助は、ストーブの上に置かれた薬缶を取ると、三つ用意したカップにお湯を注ぎ、それぞれ手渡す。
星はカップの中身を見ると、茶色の液体が揺蕩っており、間の抜けた表情をした自身の顔が写っていた。

「なんですかこの茶色い飲み物は」
「これはココアというものだよ。最近仕入れてね。甘くておいしいよ。召し上がれ」
「お言葉に甘えて、いただきます」

 両手でカップを持ち、ゆっくりと口へと運ぶ。
優しい甘さが口の中いっぱいに広がり、飲み込めば外の寒さで冷え切った身体が芯から温まるような気がした。

「おいしいです」
「気に入ってもらえて何よりだよ。それで、今日はナズーリンにマフラーを渡すって用事だけだったのかな?」
「あ、聞こえていましたか。本当の目的はそれでしたが、少しお話もしたいなと思って」
「さっきの天狗のお話のことかい?」
「そうです」

 すると、何も躊躇うことなく二人の関係について教えてくれた。

 元々、霖之助は見たこともない道具を拾ってきては、自身が持つ道具の名前と用途が判る程度の能力でどんなものかを調べていた。
道具は無縁塚に流れ着くことが多い為、霖之助も多々足を運んでいたのだが、パッと見て大きい物ならわかりやすいが小さい物などはなかなか見つかりづらい。
また、整備された土地でもないので探すのが尚更困難であった。
そんな中、無縁塚に掘立小屋を建てて住み始めたナズーリンも、見たことのない外の世界のものに興味があった。
元々探索に関しては得意な方であるナズーリンにとって、宝の山であった。
しかし、見つけるのはいいものの、何の用途に使うのかが全く分からず、用途が判ればそれは素晴らしいことだと常々思っていた。
そんなある日、霖之助とナズーリンがお互い探索している最中に出会ったという。
探すのが得意なナズーリンと、その拾った物が一体何物かが分かる霖之助。
基本的に見つけたナズーリンが欲しいと思ったものはナズーリンのものになり、いらないと判断したものは霖之助がもらうという形で同意し、二人で一緒にいる時間が多くなった、という事だった。

「なるほど。別に恋愛とかそういうのじゃなくて、趣味の方面で意気投合した、ってことですね」
「そうなるね。彼女と一緒に探索していると非常に捗るので助かっているのさ」
「恋愛なんてあるわけないだろう! こんな変態のどこが」
「変態なんですか?」
「あながち間違いじゃないかもしれないね」

 ふっ、と鼻で笑い、霖之助はココアを啜った。
何を笑っているんだと憤慨するナズーリンに、星も自然と笑みがこぼれた。
なんだかんだいって、結構気が合うのかもしれない。

「さてと、それじゃあ今日はこの辺で帰らせていただきます。今度寄らせてもらったらマフラーもってきますね」
「それは嬉しいね。僕の周りにはそういった気遣いをしてくれる人がいないものだから助かるよ」
「ナズーリンはどうします? 今晩は一緒に夕食を楽しみませんか?」
「そうだな、それもいいかもしれないな。でも一度家に寄ってからにするよ」
「そうですか」

 またね、と霖之助が手を振った。
ペコリと一礼して固い戸を開けると、不意に冷たい風が襲ってきた。
羽毛のような柔らかな雪が、風に乗ってゆらゆらと舞い踊っている。
星は手に持っていた唐傘を開くも、ナズーリンには傘がなかった。

「傘持ってこなかったのですか?」
「あまり長居するつもりがなかったから持ってこなかったのだが……参ったな」
「じゃあ私もナズーリンの家まで一緒に行きますよ?」
「いいよ、大して強く降ってないし、どうってことないさ」

 と、その時だった。
向こう側から、おーい!と二人を呼ぶ声がして、空を見る。
無縁塚の方から、雪の降る中でも一際目立つ、大きな舌をぶら下げた紫色の傘が見えた。

「一体どうしたんですか?」
「暇だったから星の後を追いかけてナズーリンの所まで行ったら誰もいないし、そしたら香霖堂にいるって書いてあったからきたんだけど、もう用事は終わったの?」
「えぇ、これから帰ろうと思っていたのですが、ナズーリンが傘を忘れてしまったみたいで。でも助かりました。私は小傘と帰りますから、ナズーリンはこの唐傘を使ってください」
「それじゃあ、使わせてもらうよ」

 星は手に持った唐傘をナズーリンに手渡した。
ずっと握っていたからか、持ち手がほんのり暖かい。
ちょっと緩んだマフラーをきゅっと締めて、星は微笑んだ。

「じゃあ小傘行きましょう。今日はナズーリンも夕飯を囲むことになるし、張り切って料理作らなきゃね」
「私も食べていい?」
「もちろんですとも」
「やったー!」

 大きな紫色の傘の下、二人の笑い声が響く。
ナズーリンはその二人を、なんだか羨ましく思えた。
粉雪の中に消えてゆく二人をナズーリンは見送ると、一人掘立小屋を目指した。

 ふと、真っ白なマフラーを手に取って見ると、ちょっと編み方を途中で間違えたのか、変になっている部分があった。
きっと誰かと喋りながら編んでいて、うっかり間違えたのだろう。
間違いにも気づかないところが実に、

「ご主人様らしいな」

 ふふっと声を漏らすと、頬に冷たい雫が滴り落ちた。
思わず身震いし、ふと傘を見上げると、小さく空いた穴が開いているではないか。
こういうのもご主人様らしいなと、また笑みがこぼれる。

 星の能力は、財宝が集まる程度の能力であり、里を歩いていると色々と貰うことが多々ある。
それのおかげもあって命蓮寺は物に困らないのではあるが、きっと傘だってもらうことがあっただろう。
しかし、ナズーリンの知る限り、この唐傘を星はずっと使っている。
物を大切に使うのは知っているが、傘もこれまで使ってもらえればもう十分であろう。
しかし、捨てるって言うときっとまだ使うと言いそうなのは目に見えている。

「あの男ならこの傘も上手いこと修理してくれそうだし、しばらくこの傘を預かるか」

 以前、霖之助が幽香の傘に関して話していたことを思い出した。
作ったかどうかは定かではないが、傘に関しての知識もあるようである。
ナズーリンとしては霖之助に頼むのはちょっと癪ではあるが、星の為だと思い、また今度頼んでみることを決めた。

「さてと、今晩は久々にまともな食事にありつけそうだな」

 一人暮らしを始めてからというもの、食事をとらなかったり、とってもバランスが悪かったりと偏食傾向にあった。
星が腕を振るうという時は、大抵自分の好きなものを作る時だ。
揚げ出し豆腐にキノコのあんかけをかけたものや、けんちん汁、田楽におから。
どれもなんだか懐かしいように思えて、自然と涎が出てくる。
そんな呆けたナズーリンに、雪を巻き上げながら突風が吹きかけた。
わぷっ、と小さく悲鳴を漏らし、顔にこびりついた雪を払う。

「急いで帰って、命蓮寺に向かうとしよう」

 白い雪化粧をした森の中で、星の手作りマフラーが靡いた。



 香霖堂を去る際に、霖之助がぼそっとナズーリンに呟いた言葉。

「外の世界では、ホワイトデーって言って、バレンタインデーのお返しをする日があるんだよ」

 弥生の十四日、ちょうど今日から一か月後である。
それまでにはのんびり屋の霖之助に仕事をしてもらわないとな、と空を見上げた。

「でも、ホワイトデーなのに赤い唐傘を返すのも変かな?」

 白の唐傘に変えて返すのもいいかもしれないな、だなんて考えながら。
白い息をはぁ、と吐いて。
薄らと夜が迫る中、小走りで帰路についた。
お久しぶりです。
四月十四日はオレンジデーって言うらしいですね。
今回はちょっと早めのバレンタインSSでした。
へたれ向日葵
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コメント



0.1210簡易評価
3.100絶望を司る程度の能力削除
いやもう、面白いと言うより、このほのぼのとした雰囲気が大好きです。
6.80名前が無い程度の能力削除
のほほんとしていて良いです。
8.70奇声を発する程度の能力削除
良かったです
10.100名前が無い程度の能力削除
こういう特に何か有る訳じゃ無いんだけど幻想郷の空気が伝わってくる様な話は大好きです
ナズと星ちゃんはお互い距離は離れていても確かに繋がっているんですね
17.80とーなす削除
あったかいSSでした。
19.100名前が無い程度の能力削除
ナズーリンを見守る星の視線がとても温かいというか、母性に満ち溢れているというか
それに対してナズーリンも絆の深さを垣間見させてくれるというか
とにかく二人の関係が素敵ですっ!
24.100ぺ・四潤削除
特にドラマがあるわけじゃなくてありふれた日常。
自分が幻想郷に住んでいるかのように感じられるのが好きなんだよな。
ほんとこののんびりと落ち着いた気持ちになれるのが素敵。