Coolier - 新生・東方創想話

射命丸文の寄り道と団子屋

2014/02/04 09:00:01
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 私は人間の里の往来で一人ぽつねんと立っている。季節は冬で、ひどく寒い。一応首にマフラーを引っ掛けてはいるが、それだけでは到底おっつかない。早く春にならないかなと思う。
 ここへは取材のついでに寄ってみたのだが、いざ来てみると何もやることがない。やることがないのでただ眼前の景色を眺めている。辺りで人間たちがちょこちょこ動き回っていて、何がそんなに楽しいのか分からないが、皆実にいい笑顔をしている。見ているこちらまで思わず微笑んでしまいそうになるが、私は今にやにや笑っていられるような状態ではない。凍えてもいるし、何より腹が減っている。
 呆けた顔で棒立ちしていると、腹がきゅるりと一声鳴いた。心細い音だった。反射的に腹を抑えて辺りを見回すと、往来を挟んだ斜向かいに団子屋があるのを見つけた。とりあえずこの空きっ腹に団子を収めることにした。
 人を躱して往来を横切り、団子屋の前へとやってきたが、よく見てみると、それは大変に寂れた店であった。まず客の姿が全く見えない。店先に置いてある縁台は砂埃をかぶっており、長らくそこに人が座っていないことが知れる。店先に掛かっている暖簾も、長い間そこにあったからか、だいぶ日に焼けて煤けている。間違ってもうまい団子を出してくれる店とは思われない。
 ここはいけないと踵を返そうとしたところ、団子屋の奥の方から「お客さんかい」と声が聞こえた。しわがれた、聞き苦しい声であった。その声に対して反射的に「はい」と答えた。そして直後に後悔に見舞われた。これでもう私は客である。今更どこか別のところに行くのも気まずい。私は縁台の上に被っている粉塵を手で払いのけ、そこに渋々腰掛けた。
 眼前に往来が来た。人の行き来がよく見渡せる。やはり皆楽しそうに見えた。私一人が汚い団子屋に押し込められ、他の皆はそれを見て楽しんでいるように感じられた。
 ややして、店の奥から、腰の曲がった婆さんが私の前に現れ、聞き苦しい声で「何にしましょうか」と注文を促してきた。虫の居所が悪かったから、ぶすっとして「ではお茶と団子をひとつずつ」と返事をした。婆さんは「へいへい」と言いながらのろのろと店の奥に戻っていった。私は溜息を吐き、脳天気に晴れた空を見上げた。そして無性に空を飛びたくなった。でも団子が来るからここを離れるわけにはいかない。忌々しい婆さんだと思った。
 私は変に疲れている。寒さと空腹と汚い団子屋とで心が磨り減っている。こんな時こそ椛をもみくちゃにして、大いに癒されたいと思う。そして真っ赤な顔をした椛からプンスカ怒られたいとも思う。そんな世迷言を考えていると、空から人影が私の正面へひょいと降り立って、「文さん、こんなところにいたんですか」と言った。噂をすれば影である。その人影は椛であった。
 私は椛に、何故このような場所に来たのかと尋ねた。彼女がこのような小汚い団子屋に用があるとは思われない。私だって偶然でなければこんなところはお断りである。すると椛は、「文さんが人里に降り立つのが見えたので」とはっきり言った。私がいるから椛は来たということらしい。私は何やら嬉しくなった。
 その時、団子屋の婆さんが「はいよ、お待ちどう」と、盆に団子と茶を載せてきた。団子はツヤがあってうまそうである。盆を縁台に置いたのち、婆さんは椛の方を向き、「そちらはどうなさいますか」と、例の聞き苦しい声で聞いた。椛は婆さんの方を見て、それから私をちらりと眺め、「私もこの人と同じものをください」と言った。どうやら椛もここで団子を食べていくらしい。婆さんはノロノロと奥に引っ込んでいった。
椛は携帯していた刀と盾を縁台の縁に立てかけ、私のすぐ横に腰掛けた。そうして眼前の人の流れをぼーっと眺めはじめた。私もそれに倣った。二人して阿呆のようにぼーっとしているのは変であろうが、私は楽しかった。
 しばらくして、「はいよ、お待ちどう」という変わり映えのしない言葉とともに、椛の団子がやってきた。私のものと同じく、団子はうまそうに見える。店の面構えを見て不安に思っていたのだが、このぶんなら大丈夫そうである。私は口の中に団子を含んで、もそもそと噛んだ。うまい。椛は相変わらずぼーっとしながら団子を頬張っているが、その尻尾は機嫌よさげに揺れている。どうやら椛の団子もちゃんとうまいらしい。和やかな時間が流れる。こんな時間を送れるというのなら、たまには無目的に人里に来るのも悪くないように思える。
 ふと椛の方を見てみると、彼女は自分の分の団子をすべて食い終えて、手持ち無沙汰に足をぶらつかせていた。その所作は子供じみていて、非常に可愛らしい。思わず、「この団子、あげましょうか」と椛に話しかけていた。二本あるうちの一本であるが、椛にあげるというのであれば別に惜しくもない。しかし椛は遠慮してか、頑なに団子を受け取ろうとしない。あげると言う。断られる。このような問答を幾度か繰り返した。
 私は繰り返すうちにだんだんとじれったくなってきた。仕方ないから、椛がまた断りの文句を言おうと口を開けた隙を見て、団子を彼女の口の中に押し込んだ。椛は一瞬驚いたような顔をしたが、直ぐに団子のうまさに顔をほころばた。そしてそのままもぐもぐと咀嚼しはじめた。やはり椛は可愛いと思った。
 団子を飲み込み、ふうと一息ついたと思ったら、いきなり椛の顔が真っ赤になった。「な、何をするんですか」と狼狽えながら言ってくる。何をするのかと聞かれても、なかなか食べてくれないのでじれったくなったとしか言いようがない。だからそうはっきり伝えた。それを聞いた椛は納得いかぬと言わんばかりに顔をしかめているが、顔からはまだ赤味が抜けていない。何をそんなにわたわたしているのかは知らないが、この程度のことで冷静ではなくなるとは、いつもの椛らしくなく、おかしく感じられる。
 くつくつと笑っていると、椛は婆を呼びつけて団子を注文した。それが運ばれてくるとすぐに一本手に取り、私の眼前に持ってきた。その顔は赤い。「そこまで言うのであれば、文さんも私の団子を食べてください」と、やや泣きそうな目で訴えてくる。その姿を見て、私は、いつになく狼狽した。先程までは無自覚であったが、これはかなり小っ恥ずかしい行為ではないか。その証拠に、道行く人々が私と椛とを横目に見て、微笑ましいものを見るかの如き顔をする。団子屋の婆も、店の奥からにやにやとこちらを見ている。恥ずかしい。おのれ人間、これは見世物と違うぞ。そう喚きだしそうになるのを懸命に堪え、この状況を何とかしようと必死になって考えた。
 悶々としている私を見て、椛は「文さん、食べないんですか……?」と情けない顔で言った。このような顔をされれば、もう食べる他ない。もし断れば、椛はめそめそ泣いてしまうかもしれない。それは嫌だ。それだけは避けなければならない。
私は、爆弾を処理するかの如き緊張感をもって、団子を食べることにとりかかった。串には団子が三つ刺さっている。ひとつずつ齧るのが私の流儀であるのだが、今はそのようにちんたらと味わっている場合ではない。できるだけ早く食べて、このいたたまれなさから解放されたい。私は顎よ外れろと言わんばかりに口を大きく開き、団子をいっぺんに口に含んだ。喉の奥を突いてむせそうになるが、それを何とかこらえ、団子を串から引き抜き、むしゃむしゃと噛んだ。恥ずかしさで頭が回らない。味も分からない。ただただ顔が熱い。本当の今は冬なのか。全く寒さを感じなくなった。ただ暑い。
 そんな私を見て、椛はしてやったりと満面の笑みを浮かべた。それは大変憎らしく、可愛らしい笑みであった。やはり恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。心臓が痛いほどに脈打ち、背中が異様にむずむずする。私は椛から顔をそらし、団子屋の婆を呼びつけ、団子をもうひと皿注文した。婆はにたにた笑いながら「へい、へい」と言って、緩慢な動作で店の奥へと戻っていく。私はその背をこれでもかと睨みつけた。あの婆め、先ほどの私の痴態を見ていたな。いやらしく笑って、本当に気に障る。恥ずかしいやら腹立たしいやらで、私の顔の筋肉が愉快なことになっているのが自分でも分かった。
 その顔を見てどう受け取ったか知らないが、椛が「文さんどうしました?」と心配そうに尋ねてきた。先ほどの団子の件が恥ずかしく、婆の態度に苛立っているのだと、彼女に教えてやろうかと思ったが、すんでのところで自制した。私は誇り高き天狗の一族、自尊心の塊とも言われる存在である。動揺したということを他人、ましてや後輩なぞに教えようものなら、私のプライドはくしゃくしゃに潰れて雲散霧消してしまう。私は笑顔のような何かを顔に貼り付け、「大丈夫です」と言った。
 すると椛は「そうですか」とぽつり言って俯き、そのまま黙り込んでしまった。その表情は暗い。何やら思い違いをしているように思える。私がおかしな顔をしている原因が自分にあると考えたのかもしれない。私は困惑した。天狗の誇りとやらもどこかへうっちゃり、ただ椛の前でまごついていた。周りを見渡しても、現状打破の助けとなりそうなものは何もない。大変に困った状況である。
 すると婆が、椛の状態にも頓着せぬ様子で団子を持ってきた。私はこれ幸いと婆に近づき、小声でどうすれば良いかと尋ねた。婆は「お前さんの思っていること、あの子に対する気持ちをそのまま伝えればええ」と、どもりながら話した。良いことを言う。私は用を終えて奥に引っ込む婆の後ろ姿を、先程と打って変わり、徳高き尼を見送るような心持ちで眺めた。
 私はいくらか深呼吸をして、それから思い切って椛に「椛は悪くありません。ただあのようなことをして恥ずかしかっただけです。私は嬉しかったでしゅ」と言った。最後の最後で噛んだ。何だこれは死んでしまいたい恥ずかしい。泣きそうになった。顔が熱で痺れて視界が滲む。それでも私の耳には、愛すべき後輩の、涼やかな笑い声が聞こえた。椛が笑っている。もう暗い顔はしていないだろう。それだけで十分であった。
 羞恥と惑乱の末、「うぎきぎぎ」と謎の唸り声を上げるに至った私に、椛が近づいてきた。いきなり近づかれて驚く。椛はさらに接近してくる。よく分からない、おそらく椛のものであろう芳香が鼻をくすぐる。唇に柔らかな感触があった。ただただ柔らかい。椛にキスをされたようだった。彼女は私から離れ、その顔を名前と同じく真っ赤に染めて微笑んでいる。何やら達成感と満足感に満ちた表情である。逆に私は化石になったように動けずにいる。キスされたのだ。ベーゼ。接吻。要するに私は、椛から明確な好意を示されたのだ。椛は私が好きなのだ。
そうとわかった瞬間、私の顔も椛に負けず劣らず赤く染まった。生まれてこのかた、誰かに好意を示されたことなどなかった。初めての体験である。故にどうすればいいのかが分からない。頭の中は、椛とキスをしたという事実がぐるぐると回ってぐちゃぐちゃとしている。有り体に言えば訳が分からず、そして恥ずかしくて死にそうである。
 私は何か言おうと口を開いたが、何やらか細い空気の流れが生じるのみで、声となって外へと出ていかない。なので口を閉じ、しばらくしてまた細い息を吐く。こんなことを繰り返すうちに頭が変になってきた。ぼんやりとして周りがぐるぐる回りだした。視界の隅に婆のにやにやした笑みが映った。おのれ婆、あとで覚えておけ。そう思った瞬間世界が傾いて、そこで私の記憶は途切れた。
 目を覚ますと私の家の一室だった。よれた布団が敷かれ、その上で私は横になっている。体を起こすと、横から「大丈夫ですか」と気遣わしげな声が聞こえた。見ると布団の横に椛がちょこんと座っている。何故私はこのような状況に陥っているのか椛に尋ねた。椛は苦笑しながら「文さんは団子屋で倒れたんです」と言った。どうやら私は恥ずかしさに耐えかね、意識を失ったらしい。そんな私を、椛はわざわざ家まで運んでくれたのであろう。
 団子屋の代金は椛が立て替えてくれたそうで、それもまた私の申し訳ないという気持ちを助長した。その気持ちに従って素直に頭を下げたが、椛はゆっくり顔を横に振り、「いいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした」と言った。続けて、「私があのような行為に走り、結果文さんは倒れてしまいました。だから文さんは悪くありません。悪いのは私です」と言い、しょんぼりとした。頭に乗っかっている耳がしょげて垂れてしまっている。尻尾にも元気がない。そんな椛は今まで見たことがなかったので、私は彼女の頭をわしゃわしゃと撫で回した。そして元気になるよう願った。
 椛はしばらくそうして私に撫でられていた。そして私の方を見て、素敵な笑みを浮かべた。その顔は、キスの後の顔に重なって見えた。それを見て私はようやく、自分がどうしようもなく椛を好きになってしまっているのだ悟った。そうしてまた赤面した。
あやもみ最高。
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コメント



0.340簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
これはいいあやもみ!
欲を言えば、もう少し改行を増やしてもらえればもっと読みやすかったかと
2.80名前が無い程度の能力削除
初々しくて良いです。向かいの蕎麦屋にはわらわらとたくさん人がいるであろうところが特に。
3.80奇声を発する程度の能力削除
この関係性は良いですよね
5.100名前が無い程度の能力削除
こんなあやもみ見せつけられたら、そりゃみんなニヤニヤするよw
6.90とーなす削除
これはよいあやもみ。とろけそうな甘さだ。
8.70削除キー 1234削除
誤字
終盤の椛のセリフ
~彩さんは悪くありません
9.70沙門削除
 あまい、甘すぎて飲んでる酒も甘くなってしまった。
 後日談で団子屋で逢引きする天狗の姿があったらいいなと思いました。
 クールな姿勢を取りながら、突然の椛の行為にあたふたとしてしまう文が良いですね。
 ごちそうさんでした。
11.100名前が無い程度の能力削除
濃厚なあやもみっ!
これだけバカップルをやれば婆さんもにやけますって
14.100名前が無い程度の能力削除
なんてバカップルだ