Coolier - 新生・東方創想話

Historical Hysteric Poetry ~冷索即興劇~

2014/01/28 01:38:17
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 お空との戦いの帰り道、チルノは泥にまみれた格好で歩いていた。お空との戦いは楽しかった筈なのに、今のチルノは辟易していた。
 今日の地底の天気は夏だった。夏なので辺りは明るくそして暑い。氷の妖精には辛い天気だった。特に今チルノが歩いている灼熱地獄の付近は殊更暑く、穴から這い出た時にはもう歩く事も億劫な程疲れきっていた。
 ふと見上げると、そこには地霊殿。先日食べさせてもらったアイスを頭に思い浮かべながらチルノは何の気兼ねも無く鍵のかかっていない玄関を開けて中へと入った。
 地霊殿の中は冷房が利いていてとても涼しかった。まるで冬みたいな空気の冷たさにチルノの元気は一気に回復して、今までの目的──アイスを探す──を忘れて屋敷の探索に乗り出した。
 しばらく屋敷の中を彷徨ったチルノはおかしな事に気が付いた。屋敷の中が酷く静かだった。いつもであれば主やペットがそこらを歩いていて、すぐに見つかってしまう筈なのに。
 屋敷の中が変だ。静かで誰も居ないみたい。
 それに気が付いた瞬間、まるで灼熱に晒されたみたいな寒気が走って、全身から汗が流れだした。
 思い出したのだ。永遠亭のお姫様が催す読書会で聞いた話を。マヨヒガという無人の屋敷を彷徨う話を。内容は良く覚えていないが、誰も居ない建物の中を彷徨うのは酷く不気味で恐ろしいという事だけは覚えていた。もしもその屋敷の物を一つでも持ちだしていたら男はどうなっていたのか分からないとお姫様が恐ろしげに語って、みんなが悲鳴をあげていた。泣いてしまう者も居た。
 急に辺りの静けさに不安を覚えた。何か背後に気配を感じて振り返る。しかし真っ直ぐの廊下がずっと続いているだけで誰も居ない。注意深く辺りを見回して、廊下の壁に飾られている絵に気が付いた。誰か見ていると感じたのは絵の所為だったのか。近寄って見ると、それはどうやら家族が描かれている様に見えた。様に、というのは、つまりチルノにはそれが何だか良く分からなかったのだ。クレヨンでぐちゃぐちゃと殴り描かれた絵は、人の形を真似ようとした不定形の怪物達にしかみえず、顔だけがはっきりと人間の笑顔を浮かべていて、悪夢めいていた。そんな不気味な絵がじっと自分の事を見つめていたのかと思うと、何だか地獄に迷い込んでしまったかの様な恐ろしさを覚えた。
 段段と心配がいや増していく。チルノは怖くなって出口へ向かって歩き出した。一刻も早くこの不自然に静かな屋敷から出てしまいたかった。歩く間にも辺りの静寂が濃くなっていく。恐ろしくて足が鈍りそうになるのを奮い立たせて、チルノは廊下を早足で進んでいく。
 かちゃりと背後から扉の開く音がした。
 驚いて振り返るが誰も居ない。しかし居並ぶ扉の内の一つが開いていた。さっきまで閉まっていた、気がするのだが、意識していなかったので確信が持てない。開いていた様な、いなかった様な。どちらか分からず心に不安がわだかまった。それをはっきりさせないと恐ろしい事になる気がして、中に居るかもしれない誰かを確認しようと扉に近づき中を覗き込む。
 だが誰の姿も見えなかった。背の高い本棚に囲まれた広い和風の座敷には文机がちょこなんとあって、その上に一冊の本が置かれていた。白けた表紙の薄い本で、それがまるで自分を主張しているかの様に、窓際の陽光に照らされた文机の上に乗っている。読んでもらうのを待ち焦がれている様に。
 不安な心が大きくなった。ただの本の筈なのに、それが恐ろしい物に思えて仕方がなくなった。けれど、同時にその本は読まずには居られない怪しげな誘惑を放っていて、チルノは恐ろしい思いの片付かぬ内に、奇妙な魅惑に負けてふらふらと文机まで歩み寄った。
 魔理沙の言っていた魔導書の話を思い出す。
 世の中には沢山の魔導書がある。その中には魔導書自らが読み手を誘う物がある。まるで蜘蛛か蟻地獄の様に人を誘う。それは自己矛盾を備えた本。作者の、読んで欲しい、けど読まれたくない、という相反する矛盾によって力を持った本は、秘密という誘惑がどん底まで煮詰まって、恐ろしい魅力を備えてしまう。
 話が難しくてチルノには良く分からなかったが、魔理沙の最後に言った言葉だけははっきりと覚えていた。誘惑してくる本を読めば恐ろしい事になる。だから読んではいけない。
 目の前の本はまるでそれだった。いけないと思ったが、読もうとする意識が止まらない。チルノは自分でも分からないまま、その表紙を覗きこむ。
 表紙には文字が書かれていた。チルノの知らない字で、辛うじて読み取れたのは、
「しの、に、げる、の、りー?」
 意味が分からなかった。
 きっと呪文なのだろう。
 一体どんな呪文なのか。
 そう考えた時、恐怖で呼吸が止まった。
 呪文だとすれば、その効果は何なのか。
 それを唱えた者はどうなってしまうのか。
 不気味な魔導書の呪文を読んでしまったらどんな恐ろしい事になるのか分からない。自分がおぞましい言葉を呟いてしまった事に気が付いて、チルノは腰が抜け落ちそうになった。何か気味の悪いものが胸の内に入り込んだ気がして、慌てて吐き出そうとえづいてみたが胸のむかつきは治まらない。ひたすら不快感が体中に染み渡っていく。
 自分の体が捻くれていく様な気がして、チルノは涙が溢れてきた。本を破いてしまおうかと思ったが、マヨヒガの話を思い出す。屋敷の物に手を出したらどんな恐ろしい事になるか分からない。どうする事も出来なくなって、チルノは泣き声を上げて部屋の外へ駆け出した。
 それから何処をどう走ったのかも覚えていない位に半狂乱で駆け続け、ようやっと辿り着いた永遠亭で診察をしてもらった。結果は何ともないとの診断だったが、その日一日胸の不快さは消えなかった。
 後日、信じようとしない友達を連れて地底の屋敷に伺うと、屋敷の主であるさとりが迎えてくれた。そうして本のあった部屋を見せてもらったが、さとりの書斎だというその部屋からあの本は消えていた。いくら本棚を探しても見つからなかった。心当たりが無いかとさとりに尋ねてみたが、さとりはそんな本は知らない、夢でも見たのだろうと言う。一緒に連れて行った友達はそれで納得してしまい、その後チルノが何を言っても夢でも見たのだろうと取り合わなくなった。
 けれど、そんな本は知らないと言った時の、さとりの恐ろしげに歪んだ表情が心に焼きついて、チルノはそれから数日悪夢にうなされた。

「ちょっとこいし! どうして鍵が開いてるの?」
「あ、ごめんなさい。忘れてた」
「もう! ちゃんとお留守番してって頼んだのに! 誰も来なかった?」
「えっと、フランとこころが」
「まだ居るの?」
「ううん、ずっと前に帰ったよ」
「そう」
「ちゃんとお片づけもしたの!」
「そう、偉いわね」
「あ、そう言えば、チルノも来てたよ」
「チルノちゃん? ああ、お空と」
「屋敷の中を一人で歩いてたけど」
「あら、うちに用事だったの? 何だって?」
「さあ? 話しかけてないから分からないけど」
「何で話しかけないのよ」
「だってチルノに用事なかったし、忙しかったし」
「あのねえ。まあチルノちゃんならそんな事無いけど、泥棒だったらどうするのよ」
「泥棒だったらちゃんと捕まえるよ」
「捕まえるのは危ないから止めなさい。忙しいって何をしていたの?」
「お片づけ。みんなが帰った後にね、みんあで読んだ本を、お姉ちゃんの本のある部屋に片しに行ったらチルノが私の絵を見てたんだけど、まだ片付け終わってなかったから」
「分かったわよ、もう。次からは誰か来たら、知ってる人ならお出迎えして、知らない人なら誰かに助けを呼びなさい」
「はーい」
「それで、ご本は何を読んだの?」
「あ、面白かったよ。みんなも楽しかったって言ってた。愛しの人に捧げる恋のダイアリーって言う本……あ、お姉ちゃん、何処行くの?」

「ちょっとお姉ちゃん、どうしたの急に走り出して」
「こ、いし……どうしてこのノートが机の上に?」
「どうしてって? さっき言ったでしょ? ちゃんと元の場所に戻したよ」
「これ、読んだの?」
「うん、面白かったよ」
「私のポエムを、読んだの?」
「どうしたの大丈夫? 気分悪いの? あ、もしかして読まれたくなかったの? なら中身は秘密にするから」
「お友達と読んだの?」
「うん。でも大丈夫だよ。二人共口が固いから、ってお姉ちゃん? お姉ちゃんどうしたの? しっかりして! お姉ちゃん! お姉ちゃーん!」



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黒歴史コワクナイ。黒歴史トモダチ。
烏口泣鳴
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コメント



0.460簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
あぁ、こいしかなってのはなんとなく途中でわかった
でもチルノかわいそうw
一応チルノってバカ扱いされますが文々。新聞読めるから本当は漢字とかは読めるはず・・・
2.60名前が無い程度の能力削除
お空の戦い
Historical adj. 歴史的な、歴史の
Adolescent adj. 思春期の、青春期の

Hysterical adj. ヒステリーの
Painful adj. 痛ましい
Shameful adj. 恥ずべき

A painful reminder of adolescent craze.
3.無評価烏口泣鳴削除
>2番様
ありがとうございます。早速直しました。(この修正箇所は無返信だと、2番様が間違っていると勘違いされそうなのでここにご報告致します)
題名はさとりの様な症状全般を指すのでこのままで。
8.100名前が無い程度の能力削除
タイトルの通りだなぁ。子供の世界だ。
変質者の話をされた後の下校の時に、夕暮れの電信柱がとても怖く見えたものだ。得体の知れない誰かがそこにいるかもって思ってね。
11.70とーなす削除
こいしちゃんのしわざってのは読めましたが、それでも描写がおどろおどろしくて怖い!
でも、いつも誰かいるはずの地霊殿に誰もいない、ってのは結局なんでなんでしょう。