Coolier - 新生・東方創想話

Phosphoros

2014/01/15 22:30:38
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 初めて手に入れたペットだった。
 暗がりでみうみうと。頼りなげに鳴いているのを拾い上げた。ただの気まぐれで育ててみた猫だった。

 手のひらに収まるぐらいの小さな仔猫。黒い毛並みはざらざらで、砂や埃にまみれていた。
 彼女の自慢の火のように赤い腹も煤だらけで、最初は真っ黒な猫だと思っていたほどだ。

 湯を張った桶へ放り込んで揉み洗いをした。猫は水を嫌がると聞いたけれど、あの子はすっかりそれで落ち着いていた。
 あの子は水を知らなかった。岩肌に溜まった泥水を啜ることしかなかったから、全身を撫ぜている熱いうねりが水と結びつかなかったらしい。

 ――あったかい

 染み入るような安堵の声。みゃうと一声鳴いて、小さな仔猫は私を見上げた。赤い瞳がこちらを覗いた。
 「目に水が入るから、閉じておきなさい」 みゃう。また一声鳴いた。言葉の意味はわからないよう。

 乾いたタオルで身体を拭いて、ドライヤーで乾かしてみたら、綺麗な毛並みのお嬢様になった。
 黒と赤のコントラストが鮮やかだった。これは火車だとそのとき気づいた。

 飼ってみましょうか。と思いつく。妖獣だったら都合が良かった。
 人肌で温めたミルクをよそる。空腹のあの子は飛びついた。仔猫にミルクは拙いなんて、そのときの私は知らなかった。

 頭の良い猫だった。妖獣だからという括りをおいても、とても賢い猫だった。
 すぐに言葉を理解した。躾には一切困らなかった。気を良くしてペットを増やしたときに、こんなに苦労するなんてと嘆いたほど、手のかからない猫だった。

 私のあとをいつも歩いた。どこへ行くにも行きたがった。
 みゃうみゃうと甲高い声で呼ばわって、私が応えると跳ねるように駆けつけた。

 その赤い瞳で覗かれるのは喜びだった。常闇に火が点るよう。
 「貴女の目は綺麗ね」 言って撫ぜると、満足そうに喉を鳴らした。

 燐ほど私を慕ったペットは他にいない。
 燐ほど私を救ったペットは他にいない。

 あの子のことなら手に取るように解る。もしも私が死にでもすれば、糸が切れたように崩れ落ちるだろう。
 他の誰よりも心を壊すだろう。

 ――ええ。ええ。さとり様。だから、どうか。あたいをお連れくださいな

 すっかり大きくなったあの子を膝へ乗せ、心配事をこぼしたことがある。
 応えは穏やかな思念だった。

 ――あたいは猫だから、大好きな土地からは離れない。貴女がその土地なんですさとり様。だからどうか、燐をお連れくださいな

 思念は焼けつくように熱かった。
 貴女は生きて、と言えないほどに、深く心に根を張っていた。

 あのときから暇を見るたび、私は燐をくしけずる。あのときのように膝へ置き、黒い上等の毛皮を撫でつける。
 どうかその日が来ませんようにと。

 どうかその日が来ませんように。
 神様は、この地の底をお救いにはならないでしょうけど。私達のために心を砕くことなんてないでしょうけど。

 それでも。燐と名づけた意味合いを、私に光を与えたともし火を、どうか消してくれませんように。


 燐。Phosphoros。“光を運ぶもの”。

 遅筆のはずの私がまさかの連続投稿。
 本人が一番驚いているサバトラです。

 お読み頂きありがとうございます。

 燐の名前ネタはずっと温めていて、日の目を見ることができてほっとしています。
 とても短い、ちょっと詩のような形の文章ですが、楽しんで頂けたなら嬉しいです。
サバトラ
sabatiger@gmail.com
http://sabatiger.blog119.fc2.com/
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コメント



0.1580簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
こいしは眼を閉じ、さとりは耐え抜いて、今日まで眼を開いたままでいられる理由は、ひょっとしたらこんなところにあるのかもしれません。良い話でした。
3.80euclid削除
拝読しながら以前どこかで読んだ犬の詩を思い出していました。よくよく思い出すとその詩もサバトラさんの書かれたものでしたが。
静寂の宵闇の中に仄かに赤みのある燐光で、キャラクターが浮かび上がるような印象を受けました。
6.80名前が無い程度の能力削除
さとりの思い、それに応えてくれている燐、良い話でした。
>燐ほど私を慕ったペットは他にいない。燐ほど私を救ったペットは他にいない。
この一節が特に印象深く、詩らしく綺麗だなぁと思いました。
9.100名前が無い程度の能力削除
さとりと燐の絆の深さが強く強く感じられました。死別はいつか必ず起きるものですが、いつまでもその日が来ませんように。一緒にいられますように。そのメッセージに心を暖めてもらいました。とてもいいお話でした。
10.60奇声を発する程度の能力削除
良かったです
15.100非現実世界に棲む者削除
しんみりとした良い作品でした。
素晴らしい。
17.90名前が無い程度の能力削除
きれいなお話でした。
20.80とーなす削除
詩的で温かい文章が素敵
26.100名前が無い程度の能力削除
うーん、良いですね
ほんのちょっとの間にさとりと燐の強い絆が伝わってきました
30.100名前が無い程度の能力削除
さとりの心情を想像させる、良いSSでした
34.100名前が無い程度の能力削除
猫は家につく。土地につく。
母なる大地といいますが、最早母子より強い絆で結ばれている二人が、
光のもとで終わりの話をしている。
切なさがまぶしいほどな、地底の住人らしいお話だと思います。
43.80名前が無い程度の能力削除
たくさんの暖かい話がある創想話が好き