Coolier - 新生・東方創想話

あなたがいるから

2013/12/22 01:58:33
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 いつもの放課後、いつもの喫茶店、いつもの秘封倶楽部
 専攻の違う私たちの活動は毎日行われているというわけではなく、かといってネタがある日に限るというわけでもない。私たちは親友であり、それ以前に秘封倶楽部であるわけなのだが、それ以前に女子大生なのだ。なんでもないひと時を喫茶店で過ごすこともある。週に二日、或いは三日ほど、秘封倶楽部の活動とは関係なくても二人で他愛もない世間話に花を咲かせる日があるのだ。
 もっとも、今日に限っていえば、先日偶然拾ったネタがあるという意味で秘封倶楽部の活動であるともいえた。
 私こと宇佐見蓮子はそんなどっちつかずの秘封倶楽部の会合へと向かうため、碁盤の目状に張り巡らされる京都の路を歩いて行く。大通りを抜け、小さな通りに入り、もはや通りとも呼べない小道へと進んでいくと目的の店はある。こうして私はいつも通り
 「蓮子、遅い。五分の遅刻よ」
 いつも通り、遅刻した。
 喫茶店の前で腕を組んで怒った振りをしているのは我が親友にして秘封倶楽部の相棒メリー。どうも他にマエなんとか・ハーンという名前も持っているらしい少女だ。日本の首都にして古都たる京都においてはそのブロンドはよく目立つために見つけるのは容易い。つまり私が先に居るよりも彼女が先に待っていてくれる方が合理的である。なんてことは怖くて言えない。
 代わりに私はこういうのだ。
 「残念メリー、精確には四分と四十八秒の遅刻よ」
 私の眼、メリーに言わせれば気持ちの悪いこの眼は星と月さえあれば時間と場所を精確に知ることができる。日本に二台ある原子時計だってこの眼には敵わない。メリーに言わせれば世間一般よりも精確にずれている眼に意味はないということらしいが、私にとっては自慢の眼だ。その眼を以てしても
 「その釈明にいかほどの価値があるのか教えて欲しいところだわ」
 相棒の返事には取り付く島もない。
 「四捨五入すればゼロよ。この差は大きいわ」
 これまたいつも通りの様式美。
 メリーの溜息を合図に私たちは喫茶店へと足を踏み入れる。

 喫茶店に入ると私たちが普段使う席が空いていた。二人掛けのその席は店の中ほどに位置し、店全体を見渡すことができる。ケーキセットと紅茶、珈琲を注文してから届くまでの間を見るとはなしに見渡してみる。
 喫茶店に何かの思い入れがあるわけでもなかった。場所が少し奥にあるからか、この店はいつでも適度に空いている。こうしてみると調度品がとりたててセンスが良いというわけでもない。レトロ調の内装は私の好みに合致するものではあったが、まさかここにあるものが全てその時代からの年代物というわけはあるまい。もしそうなら驚きものだが、注文したものを持ってきてくれたマスターに訊いても苦笑されただけだ。
 「どうしたの、蓮子?」
 そんな私の様子に疑問を持ったのだろう。いつもと違う私の様子を律儀に見守っていたメリーが口を開いた。私がマスターに疑問をぶつけたのを見てここがタイミングと思ったのかもしれない。
 「別に、大した話じゃないんだけどね」
 手元に届いた珈琲を一口、口に含んでから続きを話す。漠然とした感情をまとめながら。
 「この店にあるものって、合成物じゃない」
 「そんなことを聞いていたわね、それがどうしかしたの?」
 当たり前のことを確認する私を見るメリーの目は先程のマスターと同じように疑問に彩られている。無理もない、私自身が何に疑問を持って、何を解き明かしたいのか分からないのだ。先程のマスターへの問いだって気付けば口から出たものにすぎない。
 「なんというのかな?天然物の価値への疑念?」
 口に出してもしっくりこない。掴めそうで、掴めない。あやふやなイメージに手を伸ばす。不定形なイメージに手を触れて、なんとか形にしようとこねくり回す。
 「なにそれ?この世の中は偽物しかない、なんてありきたりなことを言い出さないでしょうね」
 技術の進歩から、この世界には合成によって何もかもが作れるようになった。いや、何もかもは言い過ぎか。世の中の物質の構成が分かり、それらを制御し形作る技術を手に入れた人間にも命を作ることはできなかった。古来より続くたった一つの方法によって自らの子孫を残すことはできても、それは望むものとは言い難い。
 思考が逸れた。
 メリーが言いたいことは分かる。オカルトを容認し、精神に科学の焦点をあてたこの時代だからこそ、以前の時代よりも人工物に対するヘイトを露わに抗議を続ける人間が居る。そうした主張は合成物を排除し、自然への回帰を訴えるといういわゆる『ありきたり』な主張に収束しやすいのだ。メリーの相対性精神学を始めとするそれらは別に科学を排斥し、非科学的なものへの崇拝するものではないのだが,誤解した人がそのような行動を取り,そしてそうした人たちが多いのは嘆かわしい。
 「そういうわけじゃないわ。むしろそれじゃあ私の発言と逆じゃない」
 「合成物を肯定し天然物を疑うというのもそこまで珍しいものじゃないと思うけれど」
 ケーキを頬張るメリーを見やると、とりわけ興味なさそうに見つめ返された。
 「天然物の価値は」
 ケーキを切り分けたフォークを皿の上に置くとメリーが続けた。
 「市場が認めているわ。物々交換ならまだしも、貨幣経済においてはある程度共通の価値観に沿って値段が付けられる。合成物よりも天然物の方が値段が高いというのは、つまりそういうことよ。それとも」
 いったん言葉をきって紅茶を一口、にやりと笑ってこういってきた。
 「蓮子の私情が認めない?」
 挑発的なその笑みに思わず言い返そうとしてメリーの皮肉に気付いた。統一物理学を専攻する私は科学という客観の立場に立ち、相対性精神学を専攻するメリーは主観の立場に立つのが常だ。それが今はまるでメリーが客観に立ち、私の主観的意見をたしなめているようにも見える。
 そうはさせない。よくわからない対抗心だが、間違ってはいないはずだ。あくまで客観の立場から、そう、科学的な論拠と論理を持って相手を屈服させなければなるまい。
 「私情だなんてメリー。そんなことはないわ。ただ、合成物というものの価値が天然物に劣るのかという話よ」
 続けて、とメリーが目で示す。口で言わないのはケーキを口に運んでいるからだ。羨ましい。話している間に物が食べられないのは人類最大の課題だ。次の進化の課題はコレに違いない。未だ進化しない私は話しながら食べる方法を編み出さなければならない。
 「人間というのは突き詰めてみれば化学反応によって成り立っているわ。例えば味覚、このケーキを食べて」
 実際にケーキを切り分けて口に運ぶ。うん、美味しい。ほど良い甘さの余韻を残してケーキが体に吸収されていく。
 「食べたいなら素直にそういえば良いのに」
 無視する。
 「このケーキを食べて味覚が感じるのはやはり化学反応によるものなのよ」
 フォークを突き付けて叫びたい心境だが店内なので我慢する。
 「で?」
 対するメリーの反応は冷たい。というよりも紅茶を飲みたいから敢えて言葉数を減らしている節すらある。メリーの話している隙にケーキか珈琲をと思っていたのだが、また私のターンらしい。よもやメリーが食べ終わるまでずっと私のターンなんてことにならないだろうな。
 「合成物というのはその組成から構造に至るまで全てを天然物を基に正確に再現しているわ。再現できないのは揺らぎくらいね」
 ここで言葉をきってメリーの瞳を、正確にはその下にある口を凝視する。
 ややあって、メリーが口を開く気配があった。ここがチャンスだ。私はテーブルから珈琲を手に取り。
 「その揺らぎこそが価値、とは考えないのかしら」
 持ち上げたところで固まった。メリーの話はコレで終わりらしい。珈琲を諦めてソーサーに戻す。
 メリーが噴き出しそうになったのが見えた。後で覚えていろ。
 「それは乱数で制御することである程度再現できるわ。科学的にほとんど変わらないものを再現できる合成物が天然物を超えるとすればこの後にあるわ」
 「それは?」
 「天然物特有の揺らぎは決して良い結果ばかりを及ぼさない。完全に機械制御され、必要な物を必要なだけしか組成としない合成物に対して、天然物の弱点はそこに雑菌やウィルスなどの負の要素が混入する余地があるということよ」
 昔の本に描かれていた近未来技術では野菜が工場で作られることに疑問を抱く人間と、何が入っているか知れない土壌で育てられる野菜への不安を抱く人間の価値観の相違が描写されていた。或いは私が語るようにいずれは何があるのか分からない天然物への懐疑と合成物の信頼性を天秤にかけて後者が勝つこともあるのかもしれない。
 「そういえば、昔の日本では放射能汚染地域の作物に対しての不安で市場価値が下がったこともあったのだっけ?」
 メリーの言うとおり、昔はそんなこともあったらしい。詳しく知っているわけではないが、歴史の授業には必ず出てくる話題だろう。史実として語られるのは地震の影響による津波が原子力発電所に被害を与えたことくらいで、当時の情報が錯綜していたせいで事実として語れることは少ない。が、メリーの話は噂が発端の事実だ。
 「そうね、仮にその当時に合成物が存在したのなら不安な物を選ぶよりも安全な合成物を選んだのかもしれないわ」
 作物につきものの産地、作者、それらの環境。合成物はすべからくその個性を消す。合成物のないその当時であってさえインスタント食品やレトルトが普及していたと聞く。当時の人間の心境を推察するのは難しいが、その可能性はゼロではないかもしれない。
 「我々人間が科学的に天然物と同等なものをより安全に作れるのならばそれは天然物に劣らないものと思わない?」
 これで一段落だ。ようやくケーキにありつける。メリーが先行している分、少し大きめに切り分けたケーキを頬張る。
 うん、美味しい。もうひと押しか。
 「少なくとも私は、このケーキが美味しいと思うわよ」
 どうだと言わんばかりにメリーを見やる。ちょうどメリーも紅茶を味わうところだった。その紅茶をおいしいと感じるのであれば反論もできまい。
 「科学的に美味しいから美味しい、なんて」
 と、目を細めてティーカップから昇る湯気越しにこちらを見透かす。目を閉じ、一口。メリーがカップを置くと私たちの間には空気だけとなる。再び目を開いたメリーの視線と私の視線が交錯する。
 「そんなものは味気ないと思わない?」
 溜めるだけ溜めて出した言葉がそれか。
 溜息を一つ、そして私は口を開く。
 「あのねメリー、結局のところ人の感覚というのは」
 「私は」
 少し大きめの声を被せて私の言葉をメリーが遮る.普段はあまりないその行動に思わず息を詰まらせた。
 なるほど、メリーの主張はまだ終わっていない。最後まで話を聞けということだろう。そういうことならこの宇佐見蓮子、聞いてやらないこともない。ケーキだってまだ食べかけだ。その上で、論破する。敬虔な科学の学徒として、相対性精神学などという怪しげな学問に魂を売った友人を放っておけはしない。
 続けて、と目で促す。その意図をメリーも受け取ったようだ。
 「私はね、蓮子。このケーキも、紅茶も、そしてその珈琲も」
 視線をテーブルの上に走らせ、テーブルの上の物を順番に手で示していく。食べかけのケーキ、未だ湯気の立ち上る紅茶、私の手にある珈琲へと、私の視線もつられて動く。テーブルを移動していた視線が再び私の目を捉える。そして微笑んでいうのだ。
 「宇佐見蓮子と一緒に食べるのだからおしいのだと、そう思うわ」
 思わず顔が熱くなったのを自覚した。そのくせ視線を外せない。今までの流れの負けを認めることになりそうで、だというのに言葉は何も出てこない。出せるはずもない。否定することはこのひと時を楽しみにしている自分への嘘だ。
 「どうしたの?蓮子?」
 にこにこと、笑いながら首をかしげるその笑顔が恨めしい。
 完全にしてやられた。ときおりメリーにはこういうところがあると、長い付き合いのなかで私は知っていたはずなのに。油断すると、こうだ。
 恥ずかしさから逃げることもできずに私は苦し紛れに拗ねて見せるしかない。それがおかしいのだろう。メリーは本当に楽しそうに笑うばかりだ。これも毎度のこと。分かっているのだが、悔しい。
 「この、人たらし」
 反論の代わりに文句を一つ。まったく、不意打ちにも程がある。大したこと言っているわけではないのに何故か非常に恥ずかしい。別の場所で、別の時に、別の誰かに言われたところで軽く流せる自信はあるのに。メリーはずるい。
 「メリーはさ。モテたでしょう、女の子に」
 なんとなく悔しくて呟いてみせたそんな言葉さえ
 「生憎と、そんな愉快な経験はございませんわ」
 悠然と微笑んでかわすのだ、この女は。
 いい加減視線を外しても良いだろうと、手元の珈琲を飲んで流れを断つ。これもまた、いつも通り。仕切り直しのサインだ。そもそも、何の話だったのか、何が始まりだったのかすら覚えていない。とりとめもなく意味もないくだらない会話だ。
 「さぁ蓮子、今日は何か新しいネタがあるんでしょう?」
 「ええ、ちょっと待ってね。かばんの中にあるわ」
 さぁ、秘封倶楽部を始めよう。
 あとがき
合成物が天然物と変わらぬ味と質を備えるとしたら、果たして価値に差はあるのでしょうか?
学会や論文では普段目にしないような最先端の研究が見られます。ときどき話題に上がる3Dプリンター。最近ではコレをを使って料理を作る、なんて研究がされているようです。
そんなものを見て、ふと思いついたネタでした。
ある程度人工食材はすでに実用化されていますし、合成物、案外近い将来かもしれませんね。

さて、秘封倶楽部の二人の会話、想像するのは楽しいのですが、実際はどんな会話がされるのでしょうね。蓮子の一人称に加え、話題も相まって多分に理系よりの会話になってしまいました。
メリーの立ち位置は主観重視、蓮子の立ち位置は客観視点を重視というイメージです。
通りすがりの酒好き
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コメント



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スワンプマン問題かと思った
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これはいい蓮マリ
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お見事
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秘封らしくて面白かった
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メリーさん、その言葉は反則です…論破じゃなくて籠絡です…
6.90名前が無い程度の能力削除
合成肉で作ったハンバーガーを食べる企画の記事が8月にありましたが、これを作った研究者によれば、合成肉がスーパーで流通するにはあと10~20年かかりそう、とのことですね。研究者たちが合成肉を飢餓の問題を解決するための技術と位置づけていることを考えれば、蓮子の悩みは飢えを駆逐したすばらしき近未来ならではの、ある種ぜいたくなものとも言えるでしょう。
7.80非現実世界に棲む者削除
ストレートな答えに完敗です。
10.90奇声を発する程度の能力削除
素晴らしい
15.100名前が無い程度の能力削除
いやぁでも蓮子さんの羞恥と悔しさと喜びが複雑に交じり合った反応は、天然物じゃなきゃ出せない味だと思いますわぁ。

秘封ブックレットっぽいあとがきですね。これであとはペンネーム(コメント)がつけば完璧でしたが、それだと色々と問題がありますかね。