Coolier - 新生・東方創想話

花は楽園に香り、人は幻想を想う

2013/12/15 19:42:39
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 舟を漕ぐ音は寂しい、私はいつもそう思う。だから魂を乗せている時はできるだけ話をしていたかった。単に話好きというのもあったけれど、誰かと居て会話が無いのは一人でいる時よりもずっと孤独だ。

 今日はこのくらいにしよう。ずいぶんと長くかかった客だった。生前よほど嫌われていたのだろうか、いくらも持っていなかった。そう思い船を下りた時、幽かな声が聞こえた。それはとても優し気な声で、すぐ後ろから聞こえた。
 振り向くとすぐ目の前に向こう岸の河原が広がっている、そこにぽつんと一つの魂が居た。驚いたことにその客は泳いで渡れそうな距離を挟んで私と対峙していたのだ。その距離の短さは彼を慕う者の多さを表す。私はその魂に惹かれた。

 この客を最後に運ぼう、こんな珍しい話し相手を他の死神に譲るのはもったいない。そう考えてまた船を出した。

「おーい、今行くからちょっと待ってておくれよ」
 この距離なら縮める必要も無い、どんな話をしようか。最近、魂が大量発生したおかげで疲れ切っていたけれど、こんな客がいるから面白い。
「はいよおまたせ、さ、乗っておくれ」
 その魂はまるで頭を下げるように平ったくなって船に乗り込んだ。その様が少し可笑しかった。

 普通に漕げばあっという間に向こう岸についてしまう。私はそれがもったいなくて距離を伸ばしながらゆっくりと進んだ。少しくらいなら怒りはしないだろう。
「ねえ、あんたよっぽど人に好かれていたんだねえ、こんなに楽な渡しはそう無いよ」
 魂は、いちいち頷きながらもずっと此岸の方を気にしている。その様子があまりに不憫で、可憐だった。私は終わりかけている異変を最後に活用することにした。

 六十年ぶりに大量発生した魂たちは思い思いに花に宿って死を忘れようとした。今はほとんど彼岸へと運んでしまっているけれど、まだ目立つことも無いだろう。胸元に忍ばせていた名もなき花をそっと魂に向ける。
 私の招待を受け入れ、静かに花の一部になる、そうすることで私と会話が出来るようになった彼は色々なことを話してくれた。
「そうかい、あんたも話好きなんだね」
 男性であること、若くして死んでしまったこと。そして未練の無い死であったにも関わらず、この異変で新たな未練が生まれたこと。彼は必死に訴えかけてくる。

「そんなに幻想郷が気に入ったかい」
 彼は幻想郷に残りたいと言った。自分にとっての理想とはあの場所だと気づいたのだと言う。
「まあ楽な所ではあるけどね、でもあんたならすぐに転生できるさ。そうしてあんたを慕っている世界でまた生きなおせばいいよ」
 そう言いながら私はいつの間にか彼に感情移入していた。好きになっていたのかもしれない。彼の話す言葉はどれも優しく、儚い。咲き終わった花のように、心をくすぐる甘みがあった。

 彼は人が好きだった。生きている間誰も憎まず誰にも嫌われないように生きていたらしい。それだけが生きる術であり、意味であり、愛し方だったのだろう。けれど、それが何より辛いことだったのだ。

「ならもうちょっと我儘に、いや、自分を通して、それもちがうか」
 どう言ってやれば良いのか分からない。優しい人は、その分いつも自分に一番厳しいものだ。あやふやな言葉では自分を慰めることが出来ないものなのだ。
 彼は病がその身を蝕んでいる間も、恐れなかった。むしろやっと死ねることを喜んだらしい。自分以外の全てを愛することに疲れたのだと言った。それは幻想郷の住人にとってどう受け取られるだろう? 馬鹿らしいと一蹴されるかもしれない。
 自らを愛すればいい、それだけなのだ。けれど、それができない者がいる。そんな彼が幻想郷に残りたいと我儘を言うのはよほど気に入ったのだろう。

「ねえ、あそこに残って何がしたい?」
 残酷な問いではあった、それはできないことだ。けれど私はもう止まれなかった。
「ただあそこで生きたい、か。 もう死んでいるのに?」
 確かにあそこでは死など一つの過程でしか無いようなところもある。もし、一輪の花がこっそり永遠に咲いていても良いのかも知れない。

「ん?」
 彼の言葉は、水をかき分ける音で聞こえないほど控えめだった。手を止めてもう一度言うように促す。少しの時が静かに流れる。私はこんな沈黙なら悪くないと思えた。
「あんた、馬鹿だねえ」
 彼は、理由など無いと言った。それは何ものにも侵されることの無い、心からの希求だった。
 生きることに意味は要らない。彼がそうしたいと思うことに理由など要らない。それは当然の願いだ。

「もし、二度とあんたの居た世の中に戻れなくなっても?」
 彼はそれには答えずに、ただごめんなさいと言った。
 私は船を此岸へと向けた。
「私も馬鹿だね、でもあんたが愛しくてしょうがないよ」
 また音が生まれてゆく。それはどこへ消えてゆくのだろうか。

 いけないとは分かっていたけれど、私は胸元に挟んだ一輪の花と共に幻想郷に来ていた。最終的にどうするのか何も考えていなかったけれど、これで良いのだと自分に言い聞かせながら。

「ねえ、まずはどこに行きたい?」
 彼は相変わらず静かだった。それは私を気遣っているようで、自分の意見を言えない子供のようでもあった。少し困ってしまったけれど、とりあえず神社にでも行くことにした。もう日は落ちているけれどあそこなら勝手に泊まってしまっても良いだろう。幸い明日は非番だと今決めたところだ。
 できるだけ景色を感じさせてやろうと低く飛んでいく。あたりには妖怪の気配が充満していて、夜風よりも涼やかな匂いがする。ついでに竹林によって行こう、できるだけ彼に幻想郷を感じさせてやりたい。どこを見ても同じように竹が並び、茂った葉がかさかさと音をたてている。それに混じって歌声が聞こえてくる。他愛のない、幻想郷らしい間抜けな歌はだんだんとこちらに近づいてきた。

「夜は~さぼり~いつも~さぼり~」
 夜雀は楽しそうに目の前に現れた。彼女の歌はいつも適当で、正直だ。
「さぼりじゃ無いよ、むしろそれ以上かな」
「さぼり以上? 何やってるの?」
「私にも分からないのさ。まあしいて言えば散歩だね」
「ふーん、さぼってつまんないことしてるのね」
 そのまま行ってしまおうとする彼女を慌てて引き留めた。

「つまんないから一つ歌っておくれよ、幻想らしい歌を」
 胸元を開いて彼が宿っている花を見せた。彼女がそれをどう受け取ったのかは分からないが、観客ができたことは嬉しいようだった。

「あなたに見える夜は~幻の夜~」
 歌声は辺りに響き渡り、あちこちに気配を感じる。風は遠慮がちに竹の葉をゆらす。
「幻だから~消えてゆく~それでも追っかけ馬鹿みたい~」
 彼は黙って聞いている。月がミスティアを照らしている、決して彼を照らしはしない。
「何でそんなに悲しそう~私は楽しいよ~」
 彼が少し笑った、私にしか聞こえない声で。
「ここは幻想の中~惚れたって~しょうがない~それは夢の中~」

 長い間歌声は夜を賑やかに照らし、すっかり夜も更けた。夜雀は飽きてどこかへ行ってしまった。
「どうだった? 中々おつなもんだろあの歌も」
 竹林を抜けて、神社はすぐそこだった。彼は嬉しそうに語った。
 ミスティアの楽しそうな姿が見れて良かった、いつもその歌声を遠くで聞いているだけだったから、と。
「ふーん、あんたあの夜雀が好きだったのかい」
 少し違うらしい。彼が言うにはこの幻想郷全てが好きなのだ。
「あんた、変わってるね」

 本心だったけれど、彼はそう思わないらしい。どうも外では幻想郷のような所が人気のようだ。それは単なる非現実では無くて、理想郷として捉えられているらしい。彼はいつも現実と闘いながら、理想に逃げ込むチャンスを待っていたのだという。そんな人間が少なからず居るらしい、それを聞いても私にはあまりピンとこなかった。そんなことを考えたってしょがないじゃないか。

「ここのやつらはただ、好きなように生きているだけさ。あんたが考えるほど崇高なもんじゃないよ。ただ飲んで歌って、生きながらえているだけなのさ」

彼はそれが良いのだと言った。可憐な少女達がただ美しく存在している、それだけの世界がたまらなく眩しいのだと。
 彼は少しづつ心を開いていった。決して手にすることが無いと分かっているからこそ、その現実に涙して、この楽園の存在が羨ましい。不幸に生きたわけじゃない、けれどこの完成された幸せに恋い焦がれる姿はあまりにいじましい。

 私達は神社の賽銭箱の横で一晩を明かすことにした。なんだか不思議な気持ちになっていた私は、彼をどうするべきなのか考えていた。
 仮に神社の境内にでも咲いていれば彼は幸せなのだろうか? 自分が何一つ参加することのない宴を、永遠に遠目で見ているだけの時間が果たしていつまで充足を与えるのだろう。

「ねえ、こんな所、忘れちゃいなよ。本当はね、あたいも分からなくもないよ。確かに外の人間にとってはしがらみの無い世界に見えるかもしれない。でもね、あんたが生きた世界とあまり変わらないんだよ。生きなきゃいけないんだ、どんなに苦しくたって、満たされなくたって」

 小雨がしみじみと神社を濡らしていく。私の胸の中で彼も静かに泣いていた。なんで人間ってのはこうも馬鹿なんだろう、なんで手の届かないものにこんなにも惚れこんでしまうんだろう。なんで私はその馬鹿の為に涙を流すのだろう。

「ねえ、きっと次も良い人生があんたを待ってる。きっと友達に恵まれて、良い人に巡り合って、きっと」

 白々しいと分かっていても私は言葉を止めなかった。彼はここに留まるべきじゃない。楽園にいる者は、楽園の事を愛してなどいない。ただあるがままに受け入れているだけなのだ。他人への愛情の深い者は楽園に住むことが出来ない。

「あんたはねえ、憧れれば憧れるほどにここから遠ざかっているんだよ。ここの住人は誰もあんたのことを気にしちゃいない。さっきの夜雀だってもう忘れているだろうよ。ここはねえ、幻想になった者たちが幻想に生きる場所なんだよ。幻想を愛する場所では、決して無いんだよ」

 それでも彼は辛抱強く黙り込んでいる。雨が強くなってきた、屋根から落ちる水滴が小気味よく音をたてている。私たちはもう何も言わずにそれを聞いていた。

 雨を子守唄にして船を漕いでいると、もう一人雨宿りの人数が増えたことに気づいた。それは不吉な不吉な割れ目からやってきたもので、まるで眼球だけを放り出したような形をしていた。

「何の用だい」
 その隙間には私たちを嘲笑うような、押し殺した笑いが満ちていた。それでいて、その声だけは残酷なくらいに優しく美しいものだった。
「お馬鹿さんねえ、その子もあなたも」
「ふん、私にすればこいつはあんたと似ているよ」
 八雲紫は夜が明けるまでの間ずっと、そこにいた。

 巫女の振り下ろした箒が頭を打つまで気づかなかったけれど、もうすっかり日が昇り、雨は止んでいた。もちろんあの妖怪の姿も無く、ただ楽園の巫女が目の前でしかめっ面をしているだけだった。

「あんた何してるのよ、邪魔なんだけど」
「ああ、ごめんよ。ちょっと雨宿りにね」
「そんなところにいたらお参りに来る人が迷惑だわ」
 どうせそんな人はいないのだが、とりあえず素直に従っておいた。

「で、何の用なの?」
「まあ、散歩かな」
「ああ、さぼりね」

 苦笑しながら胸元を開いて見せた。彼はひどく緊張しているようだ、霊夢のことを知っているのだろう。
「何よ、まだ送って無かったの? ちゃんと仕事しなさいよね」
「いやね、この子がここに残りたいってんだけど、どう思う?」
胸元を開いて見せた。この巫女は何か答えをくれるだろうか。彼が必要とする答えをくれるだろうか。

 霊夢はきょとんとして言った。
「ここって神社?」
「いや、幻想郷に」
「ああん、駄目に決まってるじゃない」
「でもねえ、どうしてもって言うもんだからさ」
「なんで私に聞くのよ」
「いや、あたいにはどうしてやれば良いのか分からないのさ」
 それは本心だった。

「専門のあんたに分からないのに私に分かるわけないでしょ」
「ごもっともで」
「なんで残りたいってのよ」

 難しい質問だった。
「うーん、幻想郷に惚れたんだってさ」
 霊夢は間を開けた後言った。
「馬鹿ね、それなら勝手に住み着きゃ良いのよ。それが出来ないなら無理なのよ」
 巫女は掃除を始めた。私はまた心の中でごもっともと思いながら、神社を後にした。

「ねえ、巫女の言ったこと、分かるかい?」
 空を飛びながら次はどうしようか考えていた。三姉妹楽団の演奏でも聞かせてやろうか、それとも赤い館を見物させてやろうか。
「あれがここの住人なんだよ。そしてあれが正しいんだ。あんたが恋している幻想郷は、あんたを受け入れることは無いんだよ」
 彼は黙っていた。その沈黙が痛かったので、喋り続けた。
「あんたは、生まれ変わってまた外の世界で生きるのさ」
 彼は静かにはっきりと、もういいと言った。

 その言葉が満足から出たことで無いことは分かりきったことだけど、私はそれを言質にして三途の川へと戻ることにした。もう、自分のしていることに耐えられなかった。

自分の船はきちんと元の場所に泊まっていた、そしてやはりその横には恐れていた人が待っていた。
「小町」
「待ってください、先にこの子を送らせてください」
 なるべく顔を見ないようにして、急いで船を出す。相変わらず向こう岸は目と鼻の先にある。

「小町、あなたは少し情に流されすぎる。それが何よりも残酷なのです」

 その言葉を背に船を漕いだ、彼はありがとうと言った。そして私はごめんなさいが言えなかった。

 楽園が彼から遠ざかっていく。そこにただあるだけの理想はいつも賑やかに笑っている。美しく、美しく存在する何もかもが彼を苦しめている。それを知って私は彼を運ばなければならない。
 花が枯れようとしている。その優しさは何一つ報われること無く、本当に愛されたいものに愛されることは無く、望まない輪廻に戻っていく。

 彼の幸せを願った。彼の想いをせめて忘れないように、この花の香りを心いっぱいに吸い込んだ。
 花を愛でることに意味なんて無い。理由がなければ愛することができないのなら、そこは地獄のような処なんだろう。彼には愛も優しさもあるけれど、幻想に咲く花は歌の中にしか存在しない。
 彼岸帰航は本当に素晴らしいですね。
つつみ
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コメント



0.590簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
自分を愛することは難しいけれど、他人をどこまでも愛している、優しい人間。素晴らしい!是非ともわたしたちの社会にいて頂きたい!この親切と思いやりに満ち溢れた、他者との関係性と関わり合いでもって個人を規定するやさしい社会こそ、彼のような人物にふさわしいのです。
2.90非現実世界に棲む者削除
素敵な作品でした。
花鳥風月が想起される...。
3.100絶望を司る程度の能力削除
名作っすね。
6.90奇声を発する程度の能力削除
素敵です
7.100名前が無い程度の能力削除
こまっちゃん素敵な作品でした
8.100名前が無い程度の能力削除
素敵だ。それ以外に言いようがありません
9.90名前が無い程度の能力削除
もしかしたら彼の自己愛は気付かないだけで相当なものだったかも、あるいは、多くの他者を純粋に想う、それこそ妖怪のような人物だったのか。
そんなことを幻想の美しさと残酷さに照らして考えてしまうような作品でした。これも描写の妙あってのことでしょう。
14.90月柳削除
いろいろと想像が膨らむお話でした。幻想という理想。彼は輪廻を繰り返すんでしょうね、幻想になることなく……。
19.100名前が無い程度の能力削除
何度輪廻を繰り返しても彼が同じことを繰り返してしまう
なんてことにならなければいいのだけど
21.100名前が無い程度の能力削除
なんだこれすげえ
読んでみてよかった
22.100名前が無い程度の能力削除
これはすばらしい話。
やっぱ量より質だな
感動しました
23.90名前が無い程度の能力削除
果たして勝手に幻想郷に住み着けるものがどれだけいるのか
やっぱり大体の人は憧れが一番先に来るんじゃないかと思う