Coolier - 新生・東方創想話

腐乱人形

2013/12/10 23:14:10
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私はテディベア。紅魔館に住むフランドール・スカーレット様の玩具である。名前は特に無いが、フランお嬢様からは'お人形さん'と呼ばれている。

「あははははは」

フランお嬢様は今、チェスセットの破壊を楽しんでいた。以前レミリア様がこの地下室に遊びに来た際に置いていったものである。チェスの駒を一つずつ、摘み上げては壊していく。駒はまるで最初からそこには何も無かったかのように、欠片さえ残ることなく消えていく。お嬢様の破壊は芸術だった。

「あははははは」

キングの駒もクイーンの駒も残らずなくなり、ボードだけが床にころがっている。黒と茶色で区切られた四角形の戦場。兵士のいない戦場に意味などない。何もない。

「ねえ、お人形さん。綺麗でしょ?」

フランお嬢様は振り向いて私に尋ねた。私は自分の意思で動くことができない。拍手したくても手はだらけたまま、微笑みたくても口は閉じたまま。それでもお嬢様はしっかりと私の気持ちを読み取ってくれる。

「褒めてくれてありがとう、お人形さん」

フランお嬢様は私を近くに手繰り寄せて抱きしめた。それは私にとって至福の時間だった。薄暗い地下室の中で、お嬢様の羽は豊かな光を湛え、私の肩に回された白い腕はとても滑らかで柔らかい。甘い香りが全身を流れて、小さな息づかいが耳元で聞こえてくる。心の隅々まで積もっていく幸福は、何百年経っても色褪せることがない。いつまででもこうしていたいと思う。

「お人形さんは優しいね」

フランお嬢様はそう言って私の頭を撫でた。

ーーー

ある日のことだった。地下室に初めての客が来た。メイドとレミリア様以外で、この部屋を訪れる者は今まで一人もいなかったのだ。

扉が軋む音をあげながら開いた。 扉の外は私が思っていたよりもよっぽど眩しかった。光の筋が少しづつ広がり、地下室の隅々まで満たしていく。私とフランお嬢様も真っ白に染められた。

「なんかお呼びかしら」

ジグソーパズルで遊んでいたフランお嬢様は立ち上がり、光の中で動く影に尋ねた。影はゆっくりと地下室の中へと入ってくる。

「呼んでないぜ」

影は不自然に先の尖った帽子を被り、左手に箒を持っていた。雑に結ばれた金髪に、人を小馬鹿にしたような嫌な笑顔。フランお嬢様のもとを訪れる者は皆どこか怯えがあるのだが、この客には一切それが無かった。

「お待たせ」
「あんた誰?」
「人に名前を聞くときは……」
「ああ、私?そうだな、博麗霊夢、巫女だぜ」
「フランドールよ。魔理沙さん」
「あんた、なにもん?」

どうやらこの侵入者は魔理沙という名前らしい。魔理沙はフランお嬢様の言葉に驚いたようで、八角形の筒のようなものをお嬢様に向けて突き出した。お嬢様は筒に一切興味を示すことなく、突然の訪問客を壊すような目で見つめている。

「私はずっと家に居たわ。あなたがこの家に入り浸ってるときもね」
「居たっけ?」
「ずっと地下で休んでいたわ。495年くらいね」

495年、私とお嬢様が共にいた時間。お嬢様は少しずつ成長し大きくなり、私は少しずつ古ぼけていった。長く幸せな時間だった。周りでたくさんのものが壊れたが、私は壊れなかった。

そんな時間を思い出して、私は胸騒ぎがした。私とお嬢様しかいなかったこの地下室が、ついに外側の者を迎え入れてしまった。その事実は変わることなく私の眼前に広がっている。

「いいねぇ、私は週休2日だぜ」
「いつもお姉様とやり取りしているの、聞いていたわ」
「お姉様?妹君かえ」
「私も人間と言うものが見たくなって、外に出ようとしたの」
「良かったじゃないか。ほれほれ、思う存分見るが良い」

魔理沙は八角形の筒をスカートのポケットにしまい、両手を広げてみせた。

なぜ人間がお嬢様に対してここまで大胆になれるのだろう?紅魔館にも一人だけ人間のメイドがいるが、滅多にお嬢様には近づこうとしない。壊されてしまうのが怖いのだ。

フランお嬢様は羽をゆっくりとはためかせて飛んだ。目は赤く輝きを増し、口端を目一杯釣り上げ笑っている。こんなに楽しそうなお嬢様を見たのは久しぶりだった。

「一緒に遊んでくれるのかしら?」
「いくら出す?」
「コインいっこ?」
「一個じゃ、人命も買えないぜ」

魔理沙も箒に跨がり飛んだ。フランお嬢様が両腕を広げ、美しい光弾を放つ。

「あなたがコンティニュー出来ないのさ!」

ーーー

フランお嬢様は結局魔理沙を殺さなかった。弾幕ごっこと言って美しさを競うものらしい。お嬢様がものを壊さない、それはまるで歯のないくるみ割り人形のようにとても不自然なことに感じられた。

「とても楽しかったんだよ、お人形さん。またしたいなあ」

フランお嬢様は、低い地下室の天井を見上げながら笑う。心の中を漂う暗雲は消えなかったが、お嬢様が笑っているのだからそれでいいのかもしれない。

またあの日を境として、フランお嬢様は地下室を出て外へと遊びに行くようになった。

「ねえ、お外に遊びに行こう」

フランお嬢様はそう言って私を地下室から外へ連れ出した。左手で私の腕を掴み、右手で部屋の大きな扉を開ける。すると真っ赤な絨毯の敷かれた廊下が延々と続いていた。その先の階段を登り玄関を抜ければ、館の中庭へと出ることができる。中庭は高い塀で囲まれていて、越えれば更に広い世界があるらしい。私は見たことが無かったが、あまり見たいとも思わなかった。

外はとても奇妙だった。上を見ると真っ青で、中心に大きな光の塊ーー太陽がある。フランお嬢様は太陽が苦手なので、傘をささなければいけないらしい。何とも不便だ。地下室にいれば自由に動きまわれるのに。

中庭には丸でも三角でも四角でもない歪な形をしたものがたくさんあって、お嬢様はその中の少しを壊したくさんを愛でた。花を撫で空を眺めた。お嬢様は私を草の上に置いて、色々なものに触る。草は柔らかくて心地よかったが、お嬢様の腕の滑らかさには到底敵わない。濃く生い茂った匂いが鼻をつく。どれだけ嗅いでも慣れることはなかった。

「お人形さん、お外はどう?」

花畑を眺めたまま、フランお嬢様は私に尋ねた。
私はあまり外が好みではないけれど、フランお嬢様が嬉しいのであればそれが一番である。

「ありがとう。じゃあ、私もう少し遠くまで行ってくるね」

フランお嬢様は傘をさしたまま走り出した。白く丸い傘は、左右に揺れながら少しずつ遠ざかっていく。まるで空へと消えていくタンポポの綿毛のようだった。私は動くことができないから、ただそれを見守っていた。

ーーー

フランお嬢様が私を外へ連れ出すことは、だんだん少なくなった。中庭では門番やメイド、レミリア様が遊んでくれるらしい。摘んできた花や拾ってきた小石が、地下室を明るく飾るようになった。黒と赤しか無かった地下室に青や白や緑が増えた。しかし薄暗い地下室では、色は殆ど意味をなさない。反射する光が無ければ色は見えないのだ。

「ねえ、お人形さん。お外はね、とっても楽しいんだよ。お人形さんと遊ぶのも楽しかったけど、お外はもっと楽しいの」

フランお嬢様は口で笑い、目で泣いていた。汚れ一つ無い真っ白な肌を涙が伝い、口端は不自然なほど釣り上がっている。まるで錆び付いて動けなくなったブリキのおもちゃのような、何かが深く欠如した表情。軋んだ音を立てて今にも崩れてしまいそうだ。

私はいつかこんな日が来ると思っていたので、あまり慌てなかった。黒い魔女が扉を開いたあの日から、フランお嬢様は大きく成長した。外の世界を見て地下室が小さいことに気づいた。そして、私もまたちっぽけなただの人形であることを知った。

「お外は眩しいけど、暗くないんだよ」

フランお嬢様の柔らかい手が私の肩に触れる。例えようもない穏やかな温かみを感じて、私の腕は溶けて消えた。跡形も無くなってしまった。全身がバランスを失って傾く。

フランお嬢様は私を壊そうとしている。

私はこの状況を祝福するべきなのだろう。これからフランお嬢様は、私がいなくても笑って生きていけるのだ。普通の少女になれるのだ。きっと外にはたくさんの友達がいて、お嬢様を待ってくれている。レミリア様やメイドや門番、あの魔女もきっとお嬢様に優しくしてくれるはずだ。そこに私はいるべきでない。

肩の断面から中身の綿が少しはみ出す。私は生きていないので血は流れないし、痛くもなかった。ただただ幸福だった。私はお嬢様の手に触れられて、赤い目に見つめられて消えていける。

フランお嬢様が私の左足を握る。すると左足は右手と同じように無くなった。外にあった太陽なんかより、よっぽどお嬢様の手の方が暖かい。温もりがあった。

フランお嬢様と初めて出会った時の記憶が帰ってくる。もうどれくらい前になるのだろう。思えばあの瞬間から、私はお嬢様に魅了されていたのだ。七色に光る羽も、小さくて華奢な体も、艶やかな髪も、何もかもが愛おしかった。お嬢様の無邪気な笑顔、それが私の全てだったのだ。

しかしそんな私の思いは、もうお嬢様には届かない。私の声は聞こえなくなってしまったようだ。

「お外では傘をささなきゃいけないから、貴方の手を握っていられないの。ごめんなさい」

フランお嬢様が私の頭を撫でる。今まで歩んできた時間全てを善として受け入れてしまえるほどの、圧倒的な快感が駆け巡る。全身を止まることなく走り抜けていく。私はここで幸せに死ねるのだ。

意識が白い世界に霧となって散っていく。上へ上へと昇って、地下室の天井を越えて館の外へ。青い空が何処までも広がっている。フランお嬢様はそこにいるのかもしれない。

「さようなら、お人形さん」

さようなら、フランお嬢様。

ーーー

紅魔館の中庭、噴水はたくさんの水を湛え、花壇には色とりどりの花々が咲き乱れている。

「ねえ、フラン?外はどう?」

レミリアの問いかけに、傘の影から空を見上げていたフランが振り返る。

「うん、とっても楽しいよ」

そう言うフランの頬には、一筋だけ涙が流れていた。
初投稿になります。名前は「しいな ふみ」と読みます。

至らぬ点も多いと思いますが、よろしくお願いします。
四一七二三
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コメント



0.810簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
子どもらしい残酷さが「らしい」です。
2.100名前が無い程度の能力削除
なんともいえない雰囲気でした
5.100絶望を司る程度の能力削除
残酷故美しい。素晴らしい作品でした。
6.80名前が無い程度の能力削除
悪くはない、のですが全体的にあっさりし過ぎな感も少々。しかし初投稿でこの完成度は驚き。これからの伸びも期待しております。
8.100名前が無い程度の能力削除
切なかったですが、だからこそ素晴らかったです。
9.無評価四一七二三削除
皆さんコメント評価ありがとうございます。
作家名にちなんで目標は417点にしよう、とか思っていたら一日もかからずに突破してしまいました。嬉しすぎて昼食のラーメンを吐きそうになりました笑

6さん
読み返してみるとたしかにこぢんまりしちゃった感がありますね。そもそも長い文章を書くのが苦手ということもあるので、これから精進していきたいと思います
13.90奇声を発する程度の能力削除
うーむ…
14.80名前が無い程度の能力削除
これは前向きな涙なんだと思いたいね。
16.90非現実世界に棲む者削除
何だか良い話だな。無情に切ない。
22.90月柳削除
良い意味でとってください。フランより人形に恐怖した。
28.100名前が無い程度の能力削除
とっても感動しました。