Coolier - 新生・東方創想話

夢が偽りだというのならこの世界は嘘吐き達の住む箱庭 第四章

2013/12/08 00:38:01
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第一章 夢見る理由を探すなら

一つ前
第三章 月を共に見たいなら



   第四章 科学を進歩と呼ぶのなら

「月面旅行というのはどういう事ですか?」
 蓮子が席について問いかけると岡崎がスクリーンを起動させて、にやりと笑う。
「そのままの意味だよ」
 蓮子とメリーがスクリーンへ目をやると、七夕の日のテロが映し出されていた。洋上に浮かぶ巨大な船とその上を行き交う建設車両、そして爆発、巻き起こる爆発、連鎖していく。建造物や車両が吹き飛び、破片が空を舞っている。
 二人が息を忘れてその光景を見つめていると、岡崎が楽しげに言った。
「君達は月に兎が住んでいる事を知っているかい?」
 一体何を言っているんだろうと、蓮子が訝しみつつ岡崎を見ると、やけに真剣な表情で見つめ返された。何か軌道エレベータのテロ事件と関係があるのだろうか。
「それは兎が月で餅をついているという伝承ですか?」
「餅位はついているかもしれないねぇ。とにかく月で兎が暮らしている事を知っているかい?」
「まあ、話には。けれどそれはあくまで伝説で、この辺りから見ると丁度月の模様がそう見えるからでしょう?」
「いいや、伝説なんかじゃないさ。確かに月には兎が住んでいる。兎とそれから兎の耳をした人間がね。居ると言われている。真面目にね」
「そんな馬鹿な」
 蓮子には岡崎が冗談を言っているとしか思えない。けれど岡崎は真剣な表情を崩さない。
「何故、嘘だと思う? だって君は実際に月の裏側を見た事が無いだろう?」
「映像で、ですけどありますよ。そこには何も映っていませんでした。それでも裏側には兎が居るって言うんですか?」
「少し違うね」
「どういう事ですか? とにかく月に兎なんて、だって」
「誰もそんな事を言わないのはそれを秘密にしているからだ。君達はアポロ計画を知っているかな?」
「当たり前です」
 アポロ計画。世界で唯一他天体へ有人着陸した宇宙飛行計画。知らない者など居ないだろう。一世紀半の時を経ても未だ色褪せず、科学史に燦然と輝いている。
「ならアポロ計画が嘘だったという話は?」
「それも聞いた事はあります」
 アポロ計画の嘘。アポロは月に行かなかったという主張があった。全て地球で撮影された映像で、実際は月に等行っていなかった、と。
「馬鹿げた話です」
「アポロ計画の目的は知っているかな?」
「それは、色色あるでしょう。歴史的にも科学的にも、とにかく凄い偉業だったんですから」
「当然軍事的政治的にもね」
「ロケットの研究ですよね。冷戦だったから。でもそれがどうしたんですか?」
 論旨の見えない岡崎との会話に、蓮子の不満が溜まっていく。何が言いたいのか分からない。そんな風に苛苛としている蓮子を見て、岡崎はくつくつと笑う。
「君は月に住んでみたいと思った事は無いかな?」
「は?」
 唐突な言葉に蓮子が面食らっていると、隣のメリーが突然手を上げた。
「はい! 私、今はまだだけど、いずれは!」
 岡崎が笑う。
「私も別荘の一つでも買って住みたいと思っている。丁度この前賞金が手に入った事だしね」
「お正月は蓮子でお餅をついたりしたいです」
「月のお餅はどんな品種なんだろうね。それに不老不死の薬を杵で作るというのもどうやってやっているのか」
 二人して想像の世界に入り始めた。
 蓮子が口を挟んでそれを止める。
「ちょっと! つまりどういう事なんですか?」
 楽しい想像を邪魔された二人が不満そうな顔をするが蓮子が睨みつけるので二人共文句を飲み込んだ。
「私も月に住んでみたいですよ。行ってみたいです。でもそれが何なんですか?」
「大航海時代だよ」
 また岡崎が話を飛躍させる。
 蓮子は話を進める事に疲れて口を噤んだ。
 すると岡崎がそれを待っていたかの様に饒舌になる。
「大航海時代に長期航海の技術を得た人人は競って海へ出た。そうして未だ見ぬ地へ向かい、それを獲得していった。資源、領土、技術、政治、軍事、あるいは夢や希望、富に栄誉、理由は様様だったのだろうが、彼等の前向きな目標は見事、各地を征服し自国に利益をもたらした」
 ようやく朧気ながら岡崎の言いたい事が分かって蓮子が口を開く。
「宇宙開発戦争もそれと同じだと」
 岡崎が頷いた。
「月面着陸は第二の大航海時代の皮切りとなる筈だった。星星から資源を採取し、あるいはテラフォーミングして領土を獲得し。まあ、かなり長期的な目で見ればの話だけれどね。月の獲得はあくまで衛生攻撃の為だった様だし」
「でも、それじゃあ」
 アポロ計画が今現在、最初で最後の他天体への有人着陸飛行。それ以後は、遠い惑星どころか、最も近い、そして一度成功した事のある月にすら到達していない。
「どうしてそれ以降、宇宙へ行っていないんですか?」
 蓮子が問いかけた途端に岡崎が目を閉じた。
 何故だかそれ以上追求しづらい雰囲気が漂っている。
 蓮子が岡崎の次の言葉を待って黙っていると、研究室の中がしんとして静まった。何の物音もしない。蝉の声一つ聞こえない。ただスクリーンから流れる音声が背景音として聞こえている。
 スクリーンでは遠く海を越えた先のアメリカで、大統領が演説をしている。テロとの戦争を宣言している。それに市民が同調して、後ろ暗い熱気を湧かせている。
 やがて岡崎が口を開く。
「大航海時代、行った先の殆どには既に人が住んでいた。その原住民は武力に劣った。彼等の住む土地には豊富な資源に広い領土、価値あるものが山積みだ。ところが原住民と交渉してみたが埒が明かない。もう一度言うが、相手は武力に劣る。さあ、君ならどうする?」
 突然、問われた蓮子は面食らって言葉に詰まる。
「私は……あの、想像がつきません。けど歴史的には」
「そう、かつての人人は武力に物を言わせて、原住民を制圧した。時には大量の屍を築いて。さて話は変わって宇宙開発戦争時代、月へ着陸してみるとどうやら原住民が居る。兎の耳をつけているがどうやら人と同じ体をしていて、我我と同じ言語を喋る事が出来る。君ならどうする?」
 岡崎の言葉の意味が分かって、蓮子は唇を震わせる。
「まさか」
「交渉をしてみたが、相手は月を譲る気が無い。それどころか交渉がこじれて、二度と月を踏ませないとまで言われてしまった。さあ、君ならどうする?」
「まさか! まさか殺してしまったんですか? 月に住む人人を!」
 蓮子が語気荒々しく立ち上がった。
 岡崎はそれに目をやってくつくつと笑う。
「おや、何をそんなに怒っているんだい? だって月に人なんて住んでいないんだろ?」
 蓮子は笑われた事に苛立って反論しようとして、岡崎の言葉の意味に気がついて何も言えなくなった。
「君は言ったじゃないか? 月面を映像で見た事がある。そこには何も映っていなかった。だから月には誰も居ないと」
「そうですけど。じゃあ、今までの教授の話は全部嘘なんですか? 月に生き物が居るっていうのも」
 気勢を削がれた蓮子は力が抜けた様に座り込んで岡崎を睨めつけた。
 それを無視して、岡崎はスクリーンの傍へと寄り、画面を止めて指で指し示す。
「君達、これは先日のテロで、丁度爆発が起こった時の映像だ」
 岡崎の言葉通り、軌道エレベータが静止画で映っている。寸前までは何事も無く建設していただろうに、画面に映されているその瞬間は、骨組みの部分から炎が吹き出し膨れ上がっている。そうしてその爆発で吹き飛ばされたと思しき建設機械と人の形をした黒い影。蓮子が思わず目を背けると、耳に岡崎の言葉が入り込んでくる。
「死者二千人、行方不明者二百人。まあ絶望的だろうね、生存者は限りなく〇だ。経済損失は十四兆。建設当初である事が幸いしたね。これが完成間近だったらもう一二桁違ったんじゃないかな? 流れでたエタノールによって周辺の生態に深刻な被害が起こり、オセアニアに大量の魚が流れ着いた。実行テロ組織は不明。だが見えない敵に対して世界中が怒り狂い、徹底した正義を掲げようとしている。君達が居なくなっていた一週間、軌道エレベータについて報道されていたのはそんなところだ」
 スクリーンに映る映像が操作され、船の縁が拡大される。そこには数人の人影が今まさに海へ飛び込もうとしている様子だった。
「君達はこれが何だか分かるかい?」
 岡崎の問いにメリーが答える。
「爆発に驚いて海に逃げようとしています」
「どうかな? この映像は丁度爆発が起こった瞬間の映像だ。他の作業員達を見ても爆発の予兆に気がついていたとは思えない」
 スクリーンの映像がロングになる。多くの従業者が音に驚いて空を見上げているが、逃げようとしている者は全く居ない。先ほど映し出された数人を除いては。
「この映像、実はニュースの映像ではないんだ。あるところから送られてきたんだ」
「何処ですか? どうして態態」
 映像が再び海へ飛び込もうとする数人へと拡大される。
「日本政府だよ。こいつ等に心当たりが無いかと聞いてきた」
「政府?」
「というよりは国連なんだろうね。私以外にも世界中の科学者や研究者にこの映像が送られて心当たりを聞いて回っている様だ。実はね、当初ニュースで世界中に放映されたテロのライヴ映像には、この飛び込もうとする数人が映っていないんだ」
「ニュースの映像が加工されていたっていう事ですか? この数人を見られたくないから」
「機密情報だそうだよ。この数人が映った映像はね。とはいえ、科学者や研究者に送られたこの衝撃的な機密情報は、その翌翌日誰かの手によってネットの動画サイトにアップロードされて全世界に流出したんだけど。実に杜撰だね。軌道エレベータのテロに関して、今の人人の関心は、事件そのものじゃなく、誰が何の意図を持って映像を加工したのかという事と、この人人は何なのかという事だよ」
 映像が更に拡大されて、飛び込もうとする一人が画面一杯に映る。不鮮明で顔までは判別出来ない。
「そして世間には知られていないけれど、どうやら国連は既に彼等の正体を知っている様だね。これはね、蓮子君、君にも関係する事だよ」
 海に飛び込もうとする彼は、服装も周りが来ているのと同じ作業服、体格も人並みだが、一点非常に目を惹く特徴があった。
「兎の耳を生やした月の民。正に伝承通りじゃないか」
 ヘルメットの外れたその頭に兎の耳がはっきりと生えていた。軌道エレベータの悲惨なテロ現場に居る兎の耳を生やした人影。冗談の様な光景だった。
 蓮子とメリーが食い入る様に映像を見つめると、突然スクリーンが真っ暗になった。
「さあ、時間も惜しいから、残りは道すがら話そう」
「え? でも今のは。というより、何処へ?」
 蓮子の問いに岡崎が呆れて肩を竦める。
「月に決まっているだろう。今まで何を聞いていたんだ」
「月?」
 驚いている二人を置いて、岡崎は研究室を出ようとする。
「さあ、早く駅へ行こう。ちゆりも待っている」
 急かされた二人は未だ納得のいかないまま、立ち上がって岡崎の後を追った。

 岡崎に連れられて大学に隣接する駅へ行くと、岡崎の助手のちゆりがベンチで暇そうにしていた。三人に気がつくと、顔を明るくしてベンチから立ち上がる。
「お疲れ様っす! お二人も戻ってきたんすね!」
 やあやあと近寄ってきたちゆりは蓮子とメリーの頭を撫でてから、岡崎と向き合った。
「駄目だったぜ。痕跡一つ残ってないよ。徹底してる」
「そう、お疲れ様。まあ、あまり期待はしてなかったけど」
 酷いと言って呻くちゆりを無視して、岡崎は駅の改札へと向かう。
 その後を追う蓮子とメリーに背を向けたまま岡崎が言った。
「二人が食べられたあの森の中の屋敷。蓮子君が兎を見た場所でもあるね。あの屋敷が消えたんだ」
「消えた? どうしてですか?」
「分からない。ちゆりを調査に行かせたんだがね、何の痕跡も無かったそうだ。だね?」
「そうだぜ」
 ちゆりが何故か自慢気に胸を張る。
 岡崎はそれを無視して改札を通り、それから言った。
「ただね、蓮子君の見た二足歩行の兎達が正しいのなら、屋敷の消失も月が関わっているんだろうとは思うよ。きっと彼等が持っていったんだ」
「持っていったって、どうしてですか?」
「さあ、分からない」
 ホームに辿り着いた岡崎達は扉を開いて、四人がけの個室に入った。座席に座った蓮子がパネルを開いてから目的地を尋ねると、それを制して岡崎が勝手に目的地を設定した。
「何処へ行くんですか?」
「んー、だから月だよ」
「レールじゃ月へ行けないでしょう! 何処へ行くんですか!」
 引き下がらない蓮子に、岡崎は呆れた様子で髪を掻き上げてからぞんざいに答えた。
「アメリカだよ」
「アメリカァ?」
 奇矯な声を上げた蓮子はぐるりと首をねじって隣に座るメリーを見る。
「メリー聞いた?」
 既にうつらうつらと眠りかけていたメリーが気怠げに目を開けた。
「え? 何が?」
「このレールの目的地! アメリカなんだって!」
「え? そうなんですか?」
 メリーが寝ぼけた眼で岡崎を見る。岡崎は頷いて全天のスクリーンに景色を映し出した。景色が町中を抜けていく。蓮子は以前もメリーとパノラマの富士山を見た事を思い出した。あの時の旧式のレールとは違うけれど、昔の事を思い出して何だか懐かしい気持ちに嬉しくなる。一方、メリーは蓮子と違い、富士山に全くの感慨を抱かずに眠りへ落ちようとしていた。
「アメリカまでどの位ですか?」
「そうだねぇ。目的地のフロリダまでは七時間位かな」
「早いんですね」
「海上での最高速度は時速二千キロを超えるからね」
「そうなんですか。じゃあ、私寝てても良いですか?」
「ああ、勿論だよ」
 やがてメリーの瞼は下がりきり、寝息が聞こえてきた。隣の蓮子も唐突に眠気を感じる。そう言えば七夕の日から異世界を通って今まで全く眠っていない。座席の柔らかさに重たい眠気が落ちてくる。やがて耐えられなくなって、蓮子は一つ欠伸をしてから、私も寝ますと言って返事も聞かずに眠りに落ちた。

 見上げると青い月が浮かんでいた。
 布団に仰向けの状態で上を見ると、窓一杯の大きな青い月。
 何故かその月をはっきりと覚えている。
「ねえ、ママ」
 私の隣にはお母さん。
 顔は、覚えていない。
 その手元には輸入した絵本が一冊、黒髪を垂らしたかぐや姫が表紙。
 かぐや姫のお話が好きだった。
「私とかぐや姫って似てる?」
「ええ、とっても似てるわよ。可愛くて」
「かぐや姫は私の事、見てるかな?」
 私には友達が居なかった。
 私が周りと違うから、何処か壁があってみんなの輪に入っていけなかった。
 いつも寂しい思いをしていた。
 そしてかぐや姫も同じなんだろうと思っていた。
 周りとは違う月のお姫様。かぐや姫の話に友達の話なんて一言も書かれていない。
 私と一緒だと思っていた。
 きっと寂しい思いをしている。だからもしも出会えれば友達になれると思っていた。
「残念だけどかぐや姫は月に帰らなかったから」
「そうなの? でもご本には月に帰ったって」
「そうじゃないのよ。まだ地球に居るの」
 絵本には月へ帰ったと書いてあるのに、どうして地球に居るのか。全く分からなかったけれど、母親が有無を言わせない調子で地球に居ると断言するので、そんなものかと納得した。
「心配しなくても見ていてくれるわ。だってその素敵な目はかぐや姫が何処に居ても見る事が出来るでしょう? こっちがいつも見ていれば、かぐや姫だってちゃんと見ていてくれるわよ」
 かぐや姫が欲しかった。
 いつでも私の事を見つめてくれる友達が欲しかった。
 周りに誰もいなくても、一緒に居てくれて、私が今ここに居るって断言してくれる、そんな友達が欲しかった。

 メリーが目を覚ますと、満天の深海の中で座っていた。辺りは暗い。深海だから当然だ。この車両から発せられる光だけが周囲の暗闇を照らしている。目の無い大きなイカが頭上を飛び越えていく。そう言えば、アメリカに向かっているんだと思いだして目を擦ると、すぐ傍で何か言い争っているのに気がついた。
「本当に月に住む生き物なんですか? テロの映像に映っているのも私が森の中で遭遇したのも」
「二足歩行の兎や兎の耳を持つ者は月の住人だと言われている」
「でもそれじゃあ月の人がまるでテロを起こしているみたいに」
「そう思う人も居るみたいだね。月の住人の存在を知っている者の中には」
 蓮子が身を乗り出して岡崎に食って掛かり、岡崎はそれにあっさりと答えて、冷凍みかんを食べている。そして美味しいと言いながら冷たさに顔をしかめている。
 メリーが未だ寝ぼけて何を言い争っているのか分からないでいると、突然蓮子の顔がこちらに向いた。
「メリー! 起きたの!」
「うん。どうしたの?」
「あのね、聞いて、あの軌道エレベータのテロの映像に兎の耳を生やした人間が映ってたの」
「見たわ。私もつけてみようかなぁ。そうしたら蓮子とお揃いじゃない? 宇佐見とうさ耳で」
 メリーがそう言ってくすくす笑うのを無視して、蓮子は更に問いを重ねる。
「それで、私が森の中で兎に捕まった話は言ったでしょ?」
「ええ、聞いたわよ。私も会ってみたいわ」
 メリーが欠伸をしようとすると、蓮子が顔を近づいてきたので、慌てて欠伸を飲み込んだ。
「それでね、どちらも月の人みたいで」
「うん、聞いた。それがどうしたの?」
「どうしたのって! 驚かないの?」
 蓮子が物凄く驚いてそんな事を聞いてきた。
 メリーは何となく蓮子のお腹を指で突いた。蓮子が身をくねらせる。
「だって、さっき岡崎教授が全部言ってたじゃない。その時は驚いたけれど、どうしてまた蒸し返すの?」
「だって……良く考えてみたら、凄く怖い事じゃない」
「まあ、実際蓮子は捕まりそうになったからそう思うのは分かるけれど。むしろどうしてさっきはあんなに軽く流したの?」
「何だか色色あって考えが纏まらなくて」
 蓮子が落ち込んだ様に項垂れるので、メリーは抜けてるわねと言って、蓮子の脇腹を指で突いた。蓮子が変な声を上げて体を跳ねさせた。
 その様子に笑ってから、メリーは岡崎を見る。
「それで、あの御殿が無くなってしまったんでしたっけ?」
「そうだよ」
 岡崎が冷凍みかんを食べながらそう言った。時折冷たさに顔をしかめている。そんなに冷たくて食べづらいならもう少し待ってから食べれば良いのにとメリーは思った。
「そう言えば、あそこはかぐや姫の隠れ家と言われていたわ。本当にかぐや姫みたい。この地上に居た痕跡を消していくなんて」
「かぐや姫の場合は、天に登った方の記憶を消したから逆じゃないかな?」
「ならどうしてあの御殿を持ち去ったんでしょう」
 メリーが疑問を呈すと、隣の蓮子がはっとした様子で息を飲んだ。
「地球の人間を恐れたからだ」
「え?」
 言っている意味が分からずにメリーが聞き返す。だが蓮子は思考に没頭した様子で答えない。やがて何か思い至ったのか、蓮子は教授に目を向けた。
「教授、宇宙開発戦争の時代に地球の人間が月を侵略したのは本当なんですか?」
 美味しそうに冷凍みかんを食べる岡崎に蓮子は尚も言葉を叩きつける。
「だったら報復されて当たり前じゃないですか! 今回の軌道エレベータも、二年前の月面ツアーも、月の人達がまた侵略される事を恐れて」
 激昂している蓮子の前に、岡崎が指を一本差し出した。思わず蓮子は口をつぐむ。
「一点、非常に重要な事を伝えよう」
 そうしてみかんの皮を袋に入れると、手を洗って蓮子と目を合わせた。
「そもそも月が侵略された事なんて一度も無いよ」
「え?」
 蓮子は驚いて目を見開いた。
「でも月には人が居るって」
「居るさ。高確率でね。けれどどうしてそれが侵略された事になる。そもそも侵略したのであれば、アメリカは月をもっと活用するだろう。でもそうなっていない。本当はね、返り討ちにあったんだよ。当時のアポロはね」
「返り討ち?」
「月に生き物が居る事は分かっていた。どうやらそれが文明を築いている事も。月を軍事拠点として使いたかったアメリカはアポロ計画の最中、月との接触を試みる。ところが通信は全て無視されてしまった。結局月へと赴いて実際に交渉しようと降り立った。もしも駄目なら脅してでも、とね。けれど月の文明は地球の文明よりも進んでいたのさ。持ち込んだ兵器は呆気無く無力化され、すごすごと帰る事しか出来なかった。実際どんなやり取りがあったのかは知らないが、少なくとも人類は二度と月面に降り立つ事を禁じられた」
「え、じゃあ」
「ただ君の言う事も間違っていない。今や地球の文明は極致に達した。月の文明に対抗、あるいは圧倒出来ると考えている者も居るだろう。特に二年前の月面ツアーや今回の軌道エレベータを企画した宇宙開発振興財団はこの頃活発に動いている様だ。もしも交渉あるいは戦いとなった時、こちらには四次元ポジトロン爆弾がある。脅しとしてこれ以上の物は無いだろう?」
 四次元ポジトロン爆弾とはブレーンという場を破壊する事で、空間の破壊だけでなく、過去や未来といった時間の破壊すらも可能にした恐るべき爆弾だ。過去や未来にすら影響を与えるから実質防御は不可能。そして威力は簡単に地球を破壊出来る程の凄まじい爆弾。今では歴史上最悪の発明とすら称されている。
 もしも人類がそれを交渉の場に持ち出せば、相手はその交渉を飲まざるを得ない。
「その危険を察して、月へ来られない様にテロを行った」
「そういう可能性もあるという訳だね」
 岡崎が曖昧に肯定する。
「じゃあ、もしも月へ辿り着いたら実際に侵略をして、月の人達を殺してしまうかもしれないんですか?」
「そういう可能性もあるという訳だね」
 岡崎が先程と全く同じ言葉で肯定する。
 そのふざけた態度に、蓮子が肩を怒らせて立ち上がる。
「どうしてそんな他人事みたいに言うんですか! それじゃあ、月へ行こうとするとまたテロが起こって人が死んでしまって。それを防いで月へ行けば、今度は月の人達が殺されてしまうんでしょう! そんなの」
「相手は月の人間。殺して悪い法律が何処にある?」
「確かに法律で禁止されている訳ではないかもしれません! でも、それでも侵略する為に人間を殺すなんて許されない」
「そこは価値観の違いだろうね。そもそもそれは人か。それは侵略か。その為に殺す事が、本当に許されないのか。けれどね、その行為によって得る価値は大きいよ。軍事的政治的に見ても、月という広広とした移動領土。空から神の如く人人を監視し雷を落とす事が出来る。衛星兵器なんかよりも余程大規模に。勿論それだけじゃない。何せ月だ。今まで人類がずっと夢見てきた希望郷だ。我我の社会にどんな影響を与えてくれるのか計り知れない。月で暮らす人なんてどんな進化をしているのか。いや、そう考えると、皆殺しにするのは良くないな。文明を維持させないと折角のサンプルが消える訳だし。後は、栄誉も手に入るね。その栄誉は初の月面着陸に匹敵するだろうさ。初めて地球人類以外と交戦し滅ぼしたなんて、まるで神話の様なスケールの大きさじゃないか」
 蓮子が机を叩いて岡崎を睨む。
「本気で言っているんですか?」
「勿論だとも。まだまだこんなものじゃない。個人の価値から人類全体の価値まで、月から得られるものはそれこそ膨大だ」
「その為に月の人達を殺すだなんて本気で言ってるんですか!」
 蓮子の叫びを聞いても、岡崎は眉一つ動かさなかった。
 その時、がたりと机が揺れた。
 蓮子と岡崎の視線がメリーに集まる。メリーは恥ずかしそうに笑いながら胸の前で小さく手を振った。
「ごめんなさい。必死な蓮子に見とれてぼおっとしてて」
 蓮子は溜息を吐いてから、岡崎へと視線を戻し、冷めた声音で問いかけた。
「教授になるとそうなるんですか?」
「ん?」
「教授が科学者として優れている事は分かっています。でも教授はテロが起こった時だって冷めてて。それを……私は人間としてどうかと思います。科学者として突き詰めるとそうなってしまうんですか?」
 それを聞いて岡崎がにやりと笑った。
「それは皮肉かな?」
「そうかもしれません。でも純粋に疑問に思います」
「ならば答えよう。人は一人一人がたくさんの人格を持っている。そして私の中の一人格、科学者という人格は科学的な進歩によって称賛される。例え日常生活でどれだけ他の人格が劣って見られても、飛躍的な進歩を提供すれば、科学者という人格は称賛を受ける」
 そこで言葉を切った岡崎は、息を飲んで見つめてくる蓮子を見つめ返し、強く笑った。
「極端な言い方をすれば、例え実験によって人類の半分、すなわち人口四十億の内の半分の二十億、平均寿命百二十歳の半分の六十年、しめて千二百億年分以上の進歩をその実験によって提供する事が出来れば、一個の人間としては史上最低と謳われても、一個の科学者としては歴史に名を刻み称賛を受ける訳だ」
「そんな訳が、ありません」
「科学とは人類の進歩だと言われている。人やその他の動物を切り刻み、ありとあらゆる自然に手を加え、通常では起こりえない筈の現象を無理矢理引き起こし、そうして得られた結果によって、自然、生命、社会、文化を生み出し、破壊して、ようやくここまで辿り着いた。ようやく人類はここまで進化出来た。宇宙の根源を虚数時間にまで追い求め、素粒子の根源を一次元の紐の振動で表し、エネルギーの根源を超統一理論を越えた非統一魔法世界論によって確定させた。徹底的な数値解析の結果、カオスの領域は急速に狭まり、社会の枠組みの最適解が求められ個個人の自由を枠の中で飼い馴らした。エネルギーの統一によって全ての情報の伝達が亜光速に達し、芸術も思想も宗教も全ては定量的に社会への影響を評価する事が可能になり、現在の人類どころか人類の存在した歴史自体を破壊する四次元ポジトロン爆弾でいつでも種の自殺を図れる様になった。それが科学であり、人類の進歩だよ」
 言い切った岡崎が腕を組んで蓮子の言葉を待つ。蓮子はしばらく俯いていたが、やがてぽつりと呟いた。
「極端だ」
 そして顔を上げた。
「極端な事ばっかり」
 そうして睨んでくる蓮子を岡崎が睨み返す。
「その極端な事が人間の願望、理想だ。理想は想像が先鋭化した先にある。そして理想を考える過程で切り捨てられた多くの物事に悲劇が潜んでいる」
 突然岡崎の目の前に小さな球体が生み出された。それは立体のシュミレータ。縦と奥行きの空間軸、そして横の時間軸で構成された三次元時空上に球体が設置されている。設置された球体は弾けると同時に三次元時空へ衝撃を伝え、周囲の膜を破壊していく。破壊された膜の中の物質は消滅する。こうして空間と時間を伝播してあらゆるものを破壊する。四次元ポジトロン爆弾の簡易モデルだ。
「四次元ポジトロン爆弾は私が作った」
 岡崎が呟く様な声でそう言った。
「十年前の当時、十一歳だった私は重力場を応用してブレーンに衝撃を与え、四次元時空に影響が与えられるという論文を書いた。理論自体はなんて事無い。ほぼ確実視されていて後は定式化するだけ。研究自体も先輩から引き継いたもので、何の難しさも無かった。私が書かなくても他の誰かがその論文を書いただろう。でも私がそれを書いた。書いた時から予想していたよ。いや誰もが分かっていた。この理論を使えば、凄まじい破壊を行えるとね」
 そこで岡崎は息を継いで、窓の景色を見つめる。海の底では地上とは違う不気味な生き物達が泳ぎまわっている。それを多くの人人は醜いと思う。
「けれど、まさか本当に作るとは思わなかった。人類は既に多くの破壊兵器を持っていたんだ。何回人類を破壊しても足り無い位の量をだ。だから更に強力な物を作るだなんて思わなかった。けれど作られた。起動させる直前からマウス達が死に始めて、起動した瞬間マウス達の死骸が吹き飛ばされるのを見せられた時は、呆然としてその後の記憶がしばらく無い」
 力無く項垂れる岡崎がうなだれた。常に自信に満ち溢れていた岡崎の突然の落ち込み様に、蓮子は慌てて慰めの言葉を吐く。
「でもそれを作ったのは教授じゃないんですよね?」
「元になった理論は私が作った。実際学会では私を非難する者が少なからず居てね。メディアでも少しばかり取り上げられて、それを見た者達から非難のメールが届いた事もあった。世紀の大悪党だと。科学者は何処まで自身の理論に責任を持たなければならないのか。あれは院を卒業した後だから十三四だったかな。当時の私は大いに悩んでね。色色過激な事も考えたが、結局私は良くある方向に落ち着いた。自分の内面を変えるという方向にね」
 岡崎が手を払って四次元ポジトロン爆弾のモデルを消す。
「何だって同じ事だろう。自分の行動の結果は自分で責任を持たなくちゃいけない。例えば子供。親は自分の産んだ子が犯した罪を背負う義務がある。だから私もそれに習って、自分の理論を子供の様に思う事にした。そうすれば辛い事にも耐えられる」
 今度は岡崎の前に小さな地球と月が現れる。それはすぐに色を変えて、サーモグラフィの様な赤と青の分布図に変わった。地球の陸地の多くが赤く満たされ、その赤はまるで触手の様に月へと伸びている。
「これは非統一魔法世界論によって算出される人人の願いの分布図だ。非統一魔法世界論は知っての通り私の子供の中でも最も優秀な子で、生む為に色色苦労をした。そう言えば、三年前に並行世界に言ったなぁ。幻想郷だったか。もう一度行ってみたいが」
 非統一魔法世界論を語る事で岡崎は幾分元気を取り戻す。更に元気になってもらえる様、蓮子は急いでそれを褒める。
「素晴らしい理論だと思います。世界中から賞賛されていて。遥か未来の理論で、人類のステージを何段階も押し上げたと」
 だが岡崎の表情がまた曇る。
「そうこれは非常に基礎的な理論で多くの事に影響を与えるだろう。多くの発展に寄与するだろう。そしてだ」
 月へと伸びる赤い触手がどんどんとその勢力を伸ばしていく。やがて触手は月へと届き、月を覆い、そして押しつぶして月を粉粉にした。
「多くの破壊にも関わる事になる」
 月を押しつぶした触手は次の獲物を求めて伸びていく。見れば地球から伸びる触手は一本に留まらず、数多の触手が枝分かれしながら外を探っていく。その触手の一本がやがて蓮子へと伸びていく。次第次第に近づいていって、蓮子が気味の悪さに顔をしかめて身を引くと、岡崎が手を振り払ってモデルを消した。
「私はそれ等に責任を持たなければならない。蓮子君、君がもし将来物理学者を目指すなら考え直し給え。物理学の世界は理論に実験が追いつき始めた。理論だけが先行し証明が出来ないという歪な世界から脱却し始めている。翻せば私達の非直感的な理論が現実に作用し始めるという事だ。その結果を想像する事は難しい。そして必ず悲劇に結びつく。それはね、人間としての人格からすれば、やるだけ損だ。いつ何時世界からどれだけの非難を受けるのか分からないんだから」
 岡崎が寂しそうに笑う。その笑みに圧倒された蓮子は震える息を吐く。
「じゃあどうして教授は物理学者に?」
「理由は特に無いよ。レールの上に乗っていたら自然にね。当時は物理学者の苦労なんて微塵も考えていなかったし」
「じゃあどうして教授は今も物理学者を続けているんですか?」
 問われた岡崎は目を瞑る。そうしてゆっくり開くと、力強く言った。
「今はまだ私にしか発見出来ない事がある。私しか居ないのなら私がやる」
 岡崎の目が蓮子とメリーを見る。
「それが科学者としての私の人格。一方で、人間としての私が科学者としての人格を有し続ける理由は、理不尽を無くしたいから。理不尽とは分からない事。見ない所からやってくる脅威。それを防ぐ為には全てを知るしか無いわ。だから私はそれをするの。やってるやるって決めたのよ。私の理論で悲劇を起こさない様に」
 その時、突然車両が揺れた。ほとんど同時に後部車両から空気を揺らす振動音が響く。あのテロで聞いたのと同じ音、爆発音だ。蓮子とメリーとちゆりが立ち上がる中、岡崎だけは椅子に座って目を閉じている。
 再び爆音。続けて数度。車両が揺れる。三人がよろめいて座席に崩れた。後部車両が爆発を起こしている事は間違いない。
 岡崎はぎっと歯を噛みしめる。
「どんな理不尽とだって戦ってやる。そう決めたんだ」
 そのまま三人を自分の元へ引き寄せると、懐からマントを取り出して皆を覆った。
「やってやるぞ、くそったれ!」
 再び車両が震え、次の瞬間猛烈な火炎が押し寄せてきて四人を覆った。爆発は止まず、遂には岡崎達の車両でも爆発が起こり、時速二千キロで走る車両はばらばらになって、岡崎達は太平洋上を通る真空チューブに超音速で投げ出された。



続き
第五章 夢で君と出会うなら
この物語の主人公は蓮子とメリーです
烏口泣鳴
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コメント



0.300簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
設定と思想とイデオロギーが作りこまれていて、引き込まれる世界です。幼い2人が冒険の果てにどんな教義を作り上げるのか、楽しみです。
岡崎教授はどこまでも大人ですが、理想や子どもじみた正義感を実は強く持っている。良いキャラクターです。
2.100ボムの人削除
>>物理学の世界は理論に実験が追いつき始めた。
「物理学は事実上終焉を迎えている。既に物理学は、解釈と哲学の時代に突入していた」(大空魔術ブックレットより

とりあえず当SSは“岡崎教授というチートキャラが秘封世界に乱入して本気出したったwww”な話だという事は分かりました。
いや四次元爆弾は、岡崎教授が居なかったら多分発明されなかったと思いますがどうなんでしょうかね?
つーか紐理論証明されたのかよそれ絶対何割かは教授の仕業だろカッコ良すぎ無敵でワロタ、もう岡崎教授一人でいいんじゃないかな?
9.100非現実世界に棲む者削除
真意は理解できたが、理論はやはり理解が難しい。
続きを待ってます。
10.100名前が無い程度の能力削除
普通にすごく面白かったです
長編は数多くあれど原作の独特なSFファンタジーさがあって雰囲気がいいです
岡崎教授も子供の時に多大な責任を負わされてある種ヒステリックな程の現実主義という大義名分に縋っているのかも知れません
11.80ナルスフ削除
当初の目的って何だったっけなあ・・・。
教授曰く目的の次の段階、らしいのですが、月人と関わったとはいえ、あまりにもメリーの目と関係なさそうなこの事案にすんなりと巻き込み巻き込まれているのに若干の違和感を感じます。凄い勢いで話がすり替えられたというか。
蓮子は相変わらず子供じみてて若干ウザいですけど、実際子供という設定ですしそれはむしろよく描写していると感じます。
で、岡崎と蓮子に比して、異様にふわふわしてるのがメリー。一番何を考えてるのかわかりませんね・・・。何か後につながってくるんでしょうか・・・。
ストーリーの作り込みはやはりすごいですね。
またまた絶体絶命のヒキですが・・・さて、次回はどうなるのか。
12.100名前が無い程度の能力削除
蓮子が子供なのにしっかりし過ぎで凄い
教授相手に物怖じしないで自分の意見ハッキリ言えるとか普段から自分に恥じないように暮らしてきたんだろうな ネットのわかったようなわからないようなニヒリズムに理解してんだか洗脳されてんだかしてる俺とは大違いだわ
メリーもあれだけ怖い目にあってるのに平然としているのが凄い胆力だわ 性格は歳に相応しいけどそれでも胆力ありすぎんだろ どれだけ冷静なんだよ
ある意味思想やイデオロギーという胡散臭いものに対してはメリーの対応が一番賢明なのかも知れませんね 
あと岡崎教授の大人はこうでなくちゃならないっていう思いで必死な感じがしますね きっと子供のうちに教授も消化出来ないものを無理やり消化されられて自分の信じる大人に依存している感じがいいです 
21歳という大人であるが子供な歳の教授と11歳という子供であって子供であるが完全な子供ではない蓮子達の対比が面白いです
年齢的に消化出来るハズもない物事に巻き込まれた子供達がどう動いていくかが気になりますね