Coolier - 新生・東方創想話

もののべのふと

2013/11/17 15:21:22
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 「中々可愛い笑い方だ」

 そっと、囁かれる。
 何を言っているのだろうか、私はそんな笑い方をした覚えはないのに。



 ◆




 霍青娥という仙が居る。
 幻想郷で仙、と言って思い出されるのは大抵の場合桃髪の華扇の方だろう。
 どこぞの緑髪閻魔に並ぶとも劣らない説教好きにして、清廉潔白を表したような人格。
 困っている者を漏らさず救おうとし、悪事を見逃さず不正を働かず。
 それを知っているならばきっと仙と言うのは幻覚で徳の高い存在なのだろうと思うだろう。
 修行を怠らず、善行を憚らず、時に優しく時に厳しく。
 確かに、それは仙だ。

 だが生憎、青娥という一般に想像される仙はそれとは真逆の生き方をしていた。
 人を騙すことを至上の喜びとし、自らの私腹を肥やす事を憚らず。
 自らの手を汚す事無く事を運び、苦悩するものを見て愉悦の笑みを漏らす。
 その生き方に思いやりや優しさなぞ欠片も無く、大抵は捨て去られている。
 青娥は仙ではなく、邪仙であった。
 そんな存在であった。

 別にその生き方に不満があった訳では無い。
 気付いたらそうなっていた、欲に忠実に生きていたらそうなっていた。
 それだけの事だ、だから青娥は己の邪を気に留める事も無かった。
 大抵の者が法に忠誠を捧げる様に、彼女は己に忠誠を捧げたのだ。
 それに何か問題があるのだろうか?
 赤の他人にとやかく言われる筋合いがあるのだろうか?
 なぜ他人と同じようにしなければならないのだろうか?
 その問いの結果、今の邪仙がある。

 青娥にとって他人とはどこまでも薄い。
 自分勝手、自分本位が服を着て歩いているような彼女にとって他の生物なんて葦も同然。
 自分が良ければそれでいい、他人の事なんてどうでもいい。
 だから、誰かが死ぬほど苦しんでいたとしても、心から悲しんでいるとしても、彼女はただ薄ら笑いを浮かべて観察する。 

 豊聡耳神子の場所へ流れ着いたのもそう言った所以があるからだ。
 流れ着いた、と言うより仙としての術を見込まれて協力を打診されたという方が正確だ。
 ここ最近青娥は神子の事が気にかかっていたもので是非とも会ってみたいと考えていた矢先である。
 無論青娥は歓喜を胸に秘めながら、さも仕方なさそうに了承した。
 権力者、人徳がある、能力がある。そういったものが破滅する様は皆美しい。
 ある者は嘆きながら喉を掻き毟り、ある者は何も映していない瞳でただ水面に身を投げる。
 だが、それだけではない、それだけでは興味を引き立てない。
 “聖人”この言葉が酷くこの邪仙を惹きつけた。 

 聖人
 なんと美しい言葉だ、反吐が出そうだ。
 謁見の間で知らず知らずのうちに口端が吊り上るのを慌てて無表情のそれに直した青娥はふと真顔になる。
 自らもあったことの無い聖人はどのような面をしているのだろうか、どんな考えをしているのだろうか。
 彼女は他の欲も同様に知識欲にも非常に貪欲であった。 

 その時、衛士がすすと青娥に近づきもうじき到着されることを告げる。
 待ちに待った聖人の到着に顔が“邪仙用”のそれになってゆく。
 胡散臭く、人当たりのよさそうで、しかし何を考えているか察せられぬ笑み。 

 「はるばるご足労ありがとうございます」
 「いえいえお気になさらず」

 がたりと扉が開かれ、いよいよそのものが入ってきた。
 青娥は無意識にほぅと溜息をもらす。
 まず気品、どこぞの成り上がり者では到底及びもつかないオーラがある。
 そして立ち振る舞い、上品な中に自らが権力者であることを理解している豪胆さがある。
 中々良さそうだ、知らずのうちに邪悪な笑みが浮かびそうになり内心慌てた。

 「霍青娥と申す“仙”ですわ、お見知りおきを」
 「豊聡耳神子です、青娥殿」
 「あらまあ、高貴な名前…」

 反吐が出そう、と付け加えはしない。
 これからどのようにしようか、裏切っても良い、利用しても良い、どの道役立ってくれるだろう。
 その時だった、神子の片隅に傅く一つの影がある事に青娥が気付いたのは。
 障子越しに目立つことなく、ひっそりとした影が一つあった。

 「あら?そこの方は…」
 「ああ気づかれましたか、普通の者は気付かないと言うのに青娥殿は目敏い」

 くつくつと笑い、「出てきていいぞ」と障子の方に声を掛ける。
 多少眉を潜める青娥の前にするすると障子戸を開いたそれが姿を現す。
 白い髪に白い肌、そしていかにも人のよさそうな微笑を浮かべている。
 
 「物部布都と申します、以後お見知りおきを」

 それだけ、その小柄な少女は名乗った。



 ◆



 夢を見ていた気がする。
 やけに生々しい夢だった、風の気配もありありと感じられる程には。
 豊聡耳神子…ああそうか、あれは数年前に体験したことだった。
 神子様に会って、これからの事を画策して。

 「やあ青娥殿」
 「はぁいっ!?」

 不意打ちのように声がかけられれば流石に素っ頓狂な声を出してしまうだろう。
 穏やかで優しさを含んだ柔らかい声色、一見すれば御しやすそうと言う感想を抱く程に。
 まるで軟水の様な声と言えど水は水、寝耳に掛けられれば誰でも驚く。
 
 「…布都様?人は驚かすものではありませんよ」
 「起きていたのだろう?ならば問題はあるまい」

 ぎろりと、不機嫌そうにその顔を睨む。
 陰険な眼差しを向けられても柔和な笑みを崩すことは無い、崩せない。
 悠々とした口調でさも当たり前のように返される。
 
 「それにだ、午睡なぞ贅沢をする暇があったら付き合ってくれても良かろう?」
 「う…要件は?」

 そして畳み掛ける様にこちらの言葉を通さない。
 この誘いが誘いの意味を持っていない事をこいつはよく知っている、私にはそれがいやと言う程分かる。
 私に断る術も地位も無い、もしくはそれを封殺できるだけの手筈を持っている。
 いや、確かに神子様の相談役と言う地位はあるのだがそれを言ったところで無意味だろう。
 きっと鼻で笑う様に一蹴されてしまうのだろうと諦め気味に考えてしまうのは自分でも悲しい。
 自分の能力を知っている、自分の限界を知っている、それがどれだけ厄介な事かはよく知っているつもりだ。
 知っているつもりだ、いや知っているつもりだった、こいつに会うまではどれだけ厄介かをよく理解していなかった。

 「青娥殿、そんな顔をするものではないぞ」
 「寝起きですから」
 「くく、顔の筋肉が引き攣っておる」

 恥ずかしい、顔から火が出そうだ。
 と言うよりなぜ私が動揺しているのだ、普通逆だろう。
 なんで最初に会った時に分からなかったのだ、いやそれも計算づくなんだろうが。
 ちょろい奴だと思ってしまったのが運のつき、気付けば簡単に手綱を取られてしまっている。
 一旦順序が決まってしまえばそれを覆す事は難しい、だから一番最初が大事なのだ。
 それを逃した、神子にきを取られ過ぎて伏兵に気付かなかった。
 だからこうして好き勝手弄られているのだ、悔しさに顔が引き攣るのも仕方ない。

 「どこに居るのか暫く探したぞ」
 「探されたくないからこうして隠れる様に寝ていたのですが」
 「隠れ鬼とはまた懐かしい」
 「児戯とは、布都様の知能指数はそれほどなのでしょうか」
 「ははは、時折懐かしくなる」

 嫌味を吐いても馬鹿にしてもこれだ、暖簾に腕押しと言うか何と言うか。
 こいつには傷つくだとか怒るだとかの感情が無いのではないかと時々思う。
 唯一怒るのは神子様の事を侮辱した時だが、それをしてしまえば本末転倒だろう。
 わざわざこれまでの数年を無かったことにするなんて趣味は無い。

 「どうした青娥殿、そんな怖い顔をして」
 「…なんでもありません」

 ああ、どうしてこうなったのか。
 今頃この館で裏の権力者になる筈だったのに、神子様の方もちょろいと思ったのに全然上手く行かないし。
 そして目の前でにこにこしているこいつの悔し顔をいつか見てみたい、
そうすれば今までの屈辱もすっきり晴らされるだろう、ああ泣かせたい。
 
 「顔」
 「は?」
 「随分といやらしい事を考えているのだな、くく」
 「…見当違いでは?」
 「そう言う事にしておこう」

 だが、その時が来るのだろうか。
 私はこいつに勝てる気がしない。
 この私が、たかが貴族のしかもガキに。

 「それより布都様、要件は」
 「おおそうだった、すっかり忘れていた」
 「隠れ鬼をしてまでの様ですからさぞ大事な事でしょうね」
 「そうだ青娥殿、私と散歩でも行こう」
 「は?」

 その提案は、色々と唐突過ぎた。



 ◆



 忠義があって物腰が軽く、押しに弱い。
 そう考えていた物部布都の本性を垣間見たのは出会ってから半年程経った時だった気がする。
 遅々として思い通りにならない事に苛立った私は布都をからかって鬱憤を晴らそうと思ったが逆にやり込められる始末。
 へとへとになっている所を神子様に見られて「仲良いようで何よりです」と笑顔で言われてしまった
 今になれば分かるが神子様はきっと私が布都に勝てない事を知っていたのだろうと思う。

 それは月が美しい夜だった。
 まあ月が美しいと言えどそれはあまり関係が無い、寧ろ明るくて隠密に動けないのは憎らしかった。
 部屋で何をしないのも苛立ちが溜まる、気晴らしにどこかに行こうかと廊下を訥々と歩いていると前から誰かが歩いてくるのが見える。

 「ああ青娥殿」
 「げ…布都様」
 「こんな所でどうしたのです、この先には野原しかありませんぞ」
 「暇だったので少し風を吸いたかっただけです、それとも私の行動まで縛り付けるつもりで?」
 「そんな事はしないが、神子様には必要な時に呼べるのが最善とな」

 暗に勝手な事をするなと言っているな。
 心の中で溜息を吐きそうになるのをぐっと我慢し悠然とした笑みを浮かべる。
 優しげな、敵意のなさそうな母性の溢れる笑顔を作る。
 こうして人のよさそうな笑みを浮かべていれば大抵の人間は騙せるのだ。
 男であればだらしない笑みを浮かべ、女であれば表情を緩める。
 だがそれを向けられたこの豪族と言えば相変わらず変化のない微笑を浮かべるばかりで効果が分からない。
 それも、ここ最近の苛立ちの一因だった。

 もしかして、もしかするとこの少女はとんでもない魔物なのかもしれない。
 薄々と嫌な考えが離れなくなってくるのもその頃だ。
 私が知っている貴族なんて欲にかまけて手段を択ばない、ただ金と権力があるだけの肉に過ぎなかった。
 だから今回も大丈夫だと、余裕だと、そう思っていた。
 軽率過ぎたのかもしれない、肩書を見過ぎて大事な所を見逃したのかもしれない。
 
 そんな時だった、私が通ってきた廊下から一人の男が現れる。
 私と布都の姿を見たその男はぴしりと一礼して布都の傍に寄った。

 「失礼します物部様、仙人様」
 「あら、私は引いた方が良いかしら?」
 「まあ待て青娥殿、すぐ終わる」
 「でも、私はやる事があって」
 「さっき自分は暇と言ったな」
 「…分かりました」

 出来ればこのまま話したくはなかったので良い理由が出来たと思ったが思いもよらず引き留められる。
 咄嗟に飛び出した言葉の隅々まで覚えているか、ますます迂闊な事は出来ない。
 苦笑いにひくつく表情を見られなかったのは責めての幸運か。
 隠す様に布都の配下の男を見る、がっしりとした体形に線の太い顔付き。
 あらいい男じゃない、精神も良さそうだし…と思っているとその顔がちらりと光った。
 汗だ、月の光を受けて汗が光っている。
 
 「ええ、はい」
 「それで、貴様は話している私に声を掛けられるほど偉くなったのか?」
 「滅相もありません、しかし…」
 「しかし?」
 「…申し訳 ありませんでした」

 ぞわり

 その瞬間背筋が震え、体中の毛が逆立つ感触がした。
 男に遮られて布都の姿は見えない、ただその言葉が空間を支配していた。
 普段と特に変化のない抑揚、大したことの無い口調、聞いている限りは。
 ただしそれは重かった、気を抜けば倒れ込んでしまいそうに重かった。

 「ま、良い」
 「…は」
 「さっさと話せ、余程の事があったのだろうな?」
 「あ、ええ…しかし仙人様が」

 そう言いながらちらちらとこちらを見る男の顔は青白かった、明らかに先程とは違う。
 布都の顔が見れなくてよかったと思ってしまったが、それ程に切羽詰まっていたのだろう。
 
 「良い、同じ穴の貉だ」
 「は…斥候がばれまして」
 「なに」
 「捕えられたとの情報が」

 斥候、確か布都は相当な量のそれを飼っていたらしい。
 浮浪者の様な姿で都に、店員の様な身なりで地方に、貴族の様な地位で宮に。
 どれほどいるかは分からないが、そのうちの一人が捕まったと。
 斥候が捕まってしまえばその後は凄惨極まりない事になる。
 主を探るため、何を探っていたか聞きだす為に拷問が行われる。
 知られたことを漏らさぬため聞きだす事を聞きだせば殺されることも多い。
 どちらにせよ主が動かねば碌な最期を迎えないだろう。

 「捨てろ」
 「…は?」
 「捨てろ、そいつには偽の情報しか与えていないから好都合だ」
 「え、しかし家族が」
 「ほお、私に意見するか」
 「…あ」
 「行け、さっさと失せろ」

 それを、捨てろと言った。
 何の躊躇もせずに、ただ当然の様に宣告した。
 しかも“あれ”と、“偽の情報を与えてある”と。
 
 そこでようやく、私はこいつの本性を見た。
 こいつは人を人として扱っていない。
 自分の味方以外は全て物だ、捨てても替えの聞く物。
 そこに愛着も執着も無い、だから簡単に捨てられる。
 
 布都の言葉に従い駆け出す男。
 その背中に掛けられた言葉。
 
 「お前の処遇は適当に決めるぞ」

 それは死の宣告にも等しかった。
 ひっ、と声なき声が漏れて人の気配が消える。
 恐る恐る布都の方を見ると、元と同じく柔和な空気を漂わせる化け物がそこに居た。

 「申し訳ない、妙な事を聞かせてな」
 「あ、いえ…志は同じですから」
 「青娥殿が味方なら心強い」

 それは、どの程度が本心だろうか。
 私は笑顔を取り繕う事でしか答えを貸す事が出来なかった。

 「ふむ、となるとやる事が出来たな」
 「私はもう寝る事にしようかしら」
 「そうすると良い、おやすみ青娥殿」
 「ええ、おやすみなさいませ」

 やる事とはつまり、今回の処分の事だろう。
 こいつは、私の横を通り過ぎて本宮の方へと歩き出す。
 そして、過ぎ去る間際

 「その杜撰な作り笑いはやめた方がいい」

 ああ、全てを見通されていたのか。
 足音を背に私は膝の力が抜けるのを感じた。



 ◆



 「布都が、お誘いを」
 「ええまあ、唐突に」

 「三日後に大橋で待っている」そう言って布都は姿を消してしまった。
 別にすっぽかしても良かったのだがそうすると印象が悪い。
 だが個人的に最も付き合い辛い奴に誘われたので悩む、とても悩む。
 その結果神子様に見抜かれてしまった訳だ、悩みも聞き取るなんて聞いていなかった。
 読み取られたら話さない訳にもいかないのでこうして相談をしている訳だが。
 正直私はこの食えない豪族とも話したくない、どちらもどちらであまり話したくない。

 「しかし、物をそのまま保持する呪とは中々」
 「これさえ施せば千年だって持ちますわ、気に入った物は保護していますの」

 あの一件以来すっかり私はあれが苦手となっている。
 なんだか顔を見るとぞわぞわと背筋が逆立つのだ、動悸が激しくなる。
 最近は夢にまで現れる始末だ、もう末期だろう。
 見透かされている感じでは神子さまも同等だが、得体の知れなさで言えば言うまでもない。
 とにかくあれらと話していると何かがゴリゴリ削られている様でげっそりしてしまう、美容に悪い事この上ない。
 一番常識人でからかいやすいのは屠自古なので精神がすり減った時は回復させてもらっている。

 「ええまあ、どんなことを考えているか分からずに話が合わせられるか心配で」
 「別に合わせる必要はないのですよ、布都から自然に合わせてくれるでしょう」

 まあそうだろうな、とは言えない。
 どうにもこの豪族たちには地雷となる言葉が多い気がする。
 ともかく話題に困ることは無いだろう、ついでに誘導尋問される気がひしひしするが。

 「なにか布都に不満でも?」
 「いえ、しかしなぜ急に誘いがあったのか不思議で」
 「私も驚きました、まさか布都がお誘いを掛けるとは」
 「普段は無いのですか?」
 「ええ、あれは人付き合いが悪いので」

 人付き合いが悪い?思わず眉を潜める。
 こちらとしては姿を見たらまず話しかけられるぐらいだからてっきり悪いまでではないと思っていたのだが。
 まあしかし、大半が仙術に関わる事だから仕方がないのかもしれない。
 
 「どうにも人との間に壁を作るのです」
 「壁」
 「ええ、それも恐怖からではなく純粋に嫌悪から」
 「優しげな顔をしていますが」
 「布都は人を嫌うが故に同じ場所に立とうとしない、笑顔には威嚇の意味があります」

 確かに、宮中は反吐を覚えるような輩はごまんといる。
 そう言ったものを食っては散かしていた私が言うのもあれだが、確かに嫌悪を向けても仕方がない。
 だが問題は、物部布都と言う人間はそれらよりも遥かに下衆で反吐が出る性格をしている。

 「どうにも、合わぬ様なのですよ」
 「それは誰とでしょう?」
 「私にもそこはよく分かりません…ですが、明るく高潔な人間と彼女は相いれない」
 「それまた正反対な…いえ、なんでもありませんわ」
 「ですから私は青娥殿が布都に誘われたことを嬉しく思いますよ」

 あれは、どんな意味だったのだろうか。



 ◆



 でだ
 散策に誘われたのは良い、断りようがない。
 それが街中なのもいい、宮中は散策に向いていない。
 牛車で無く徒歩なのも良いだろう、百歩譲って。
 だがなぜ私とこいつは手を繋いでいるのだ。

 「なんで私と布都様が街中で手を繋いでいるのでしょう」
 「この人ごみではぐれないか心配だからだぞ」
 「そんな子供じゃありませんよ」
 「冗談だが」
 
 冗談ね、冗談に一番ほど遠そうなのがよく言う。
 と言うより視線が気になる、街中の視線を集めに集めている気がする。
 普通ならば悪い気がしないがこの場合は別だ、なるべく目立たないようにしたい。 
 
 「大通りを歩かなくても良いと思いますが」
 「ほう、私に人目を避けるように歩けと申すか?」
 「あ、いえ、そう言う事では無くですね」

 逃げられない、全部こいつの策略か。
 ああもう視線がさらに刺さって痛い、下等生物風情が私を見るな。
 私を後目にどんどん布都は先に行ってしまうし、もう私のプライドはボロボロだ。
 
 厄介なことになるとは思った。
 そう思ったから誘われた時少なくとも、行きたくはなかった。
 別に行かなくても良い、「所要があった」だの言えば抜け出せるだろう。
 だが私は律儀にも言われた場所に赴き、そこには布都が居た。
 
 遠目から見ると布都は美少女だと思う。
 いかにも薄そうで優しそう、騙しやすそうで脅しやすそう。
 まあ一つとして正しくはないけど、と思う内に布都は此方を認めた。

 「ああ青娥殿」
 「こんにちは、布都様」
 「ええ、今日は疲れたので休もうと思ったのですが」
 「それはすまなんだ、では行くぞ」

 露骨な嫌味はやはりと言うか、簡単に受け流される。
 それと同時にこちらに向けて手が差し出された、手?

 「なんですかこれ」
 「手を」
 「手を繋げと?」
 「うむ」
 「いや、そんないきなり」
 「繋げ」

 ああ、またこれだ。
 強引に流れを手繰り寄せようとする、無理矢理にも私と手を繋ごうとする。
 そんな声で命令されると、背筋がまたぞわりぞわりと逆立ってしまうじゃないか。
 逆らえない、体が勝手に言う事を聞いてしまう。
 その結果として、私はこいつの横顔をまじまじと見る機会に恵まれたわけだが。

 「青娥殿」
 「はい」
 「私がこうしたいからだと言ったらどうか」
 「それこそ冗談でしょう」
 「はは、ばれたか」

 背筋が震えあがった、あの夜とは別の意味で。
 この化け物が私と手を繋ぎたいだと、冗談ではない。
 そして、それでもこいつは私と繋いだ手を離さないのだ。

 「あの」
 「うむ?」
 「どこへ行くのですか?」
 「日頃の礼としてな、何か贈り物をしようと思っていたのだ」

 私としては、放ってもらえるのが一番の礼だが。
 恐らくその程度の事をこいつは分かっている、分かってやっているのだ。
 なんとまあ嫌らしい、これもまた分かりきった事だが。

 「ほら、ここだ」と声がしたので顔をあげる。
 そこは都一の装飾店だった。

 「ここ?」
 「髪留めをお前に渡したくてな」
 「良いですよ、一本ありますし」
 「それでも持て」

 どうやらこちらの言葉を聞く耳は無いらしい、また苦笑いを漏らす。
 布都が恭しい仕草で出てきた店主から受け取った包みを受け取り、こちらへ寄越した。
 どうやら特注品であるらしい。

 「受け取るといい」
 「…ありがたく、いただきます」
 「心配するな、私自ら装飾を頼んだ品だ」
 「はぁ」

 色々言いたい事がある、あるが。
 恐らくどれもさしたる返答は期待できまい、大人しく包みを受け取る。
 少しずしりとした重みからして相当良い品であるらしい、何を警戒しているのだ私は。

 「気にいるといいのだが」
 「布都様が直々に作った品、気になりますわ」
 
 半分は本当で、半分は嘘だ。
 どうでも良いと言ったが私とて女だ、髪留めを貰えば多少は気になる。

 「そう言えば」
 「ん?」
 「わざわざ街中を引っ張って来た意味は」
 「考えるがいい」
 「はぁ」

 やっぱり、こいつは苦手だ。



 ◆



 「ははぁ、それが布都に送られた髪留め」
 「まあまあの出来ですわね」
 「気に入ったようで何より、似合ってますよ」
 「ありがとうございます」

 どうやら、私が布都に髪留めを貰ったことは神子さまも知っていたらしい。
 術を教授に来た私を見ると目敏く髪留めが変わっていた事にまず気が付く。
 正直言って気付かないでほしかった、貰った手前数日はつけないと何かと面倒だ。

 「こうして付けて来たと言う事はそれなりに自信があるのでしょう」
 「…布都様の目を多少甘く見ていましたわ」

 確かに、これを見たとき多少は驚いた。
 告白してしまうと一瞬たりとはいえ心が浮ついてしまった、それもある。
 それほどまでにこの髪留めは、私にとって魅力的な一品と言う事だ。
 まあ唯一眉を潜めるのはこれがよりにもよってあの化け物に送られたものである事だが。

 「複雑な顔」
 「ええ?」
 「余程布都が気になるのでしょう、どうしましたか?」
 「いえ、どうとも」

 言って、気付く。
 豊聡耳神子は嘘を見抜く。
 さとりの妖怪程ではないが、嘘か本当かは分かっているだろう。
 足掻きがどうにも空回りしている気がしてならない。

 「怖いのです」
 「怖い」
 「時折布都様が見せる顔、それが怖い」
 「確かに、それは私も怖い」
 「へ」

 そう告白した後、からからとあまりにも快活な笑い声が聞こえた。
 
 「随分驚いた顔をする」
 「仲間である布都様を恐ろしいと言うのは意外でしたので」
 「それだからこそ私は布都が怖ろしい、それぐらいでなければ私の仲間にはなれないでしょう」

 笑顔だ、裏表のない笑み。
 だが私はそこにとんでもない裏がある事を知っている。
 この豪族たちが戦う者、その目的、いずれにせよ明るく日の当たるものとは正反対。
 
 「彼女には、この蝮の腹の中で悠々と歩ける足がある」
 「確かに布都様が負ける所は…見てみたくもあり見てみたくも無し」
 「布都は負けないよ」
 「大した自身がおありですのね」
 「仲間ですからね、信頼しないと」

 本来なら日の当たるべきだった豊聡耳神子がこれなのだ。
 物部布都はどれほどの影を歩いてきたのだろうか。
 少し、ほんの少しだけ毒の様な興味があった。

 「しかし、青娥も布都を気に入っている様でなによりです」
 「はい?」
 「だってほら、あなたが布都の話をする時は決まって愉しそうな顔をしていますよ」

 多分、私は唖然としていたのだと思う。
 この聖人に近い人間がさも愉快そうに笑うのは、決まってそんな時だから。

 「気付いてませんでした?」
 「生憎いつも鏡を見ている訳では無いので」
 「それは残念」
 「ええ、私は用があるのでこれで」
 
 その場から離れたかった、とっさに見え見えの嘘をつくぐらいには。
 相変わらずな顔の巫女様の方を見ないようにして後ろ手に扉を閉めると、ふらりと腰が砕けた気がする。
 私が?あれと話している時はどんな顔をしているだって?冗談じゃない。

 「おお青娥殿、ここに居たか」
 「…布都様」

 ここまで来ると、もう逃れられない気がする。
 諦めた方がいいのかもしれない。

 「何の用でしょう」
 「その髪飾りを付けているのだな」
 「折角の贈り物ですから」

 嫌味たっぷりに言う。
 どうせ私の言葉なんて通らない。
 私の思い通りにならない。

 「うむ、似合っておるぞ!」
 「…はい、まあ、ありがとうございます」

 なのに、なぜ心惹かれるのか。
 こんなにも穢れのない笑みを浮かべるその裏で、人を物としか思っていないような化け物なのに。
 その暖かい仮面に隠されたひやりとした、全てを敵視する様なその心に堪らなく惹かれてしまうのか。
 私を褒めるその口が、僕に冷徹な命令を吐き出しているのだろうに。
 その柔らかそうな手にはいつか血にまみれた刃物が握られていたのかもしれないのに。
 なぜ、私は

 「青娥殿」
 「なんでしょう」

 なぜ

 「お主には、紫陽花の花が似合うな」

 こんなにも、烈情に近い感情を抱いているのだろうか。
 


 ◆



 近く、死ぬらしい
 物部布都がである。
 珍しく消沈した面持ちの神子様がそう話した時、私は不思議と納得していた。

 「あの子の決意は確かに嬉しい、ですがいざ死ぬとなるとどうにも」
 「人にとって死ぬとは中々大事のようですからね」
 「もしも失敗して彼女が生き返る事が出来なかったら、そう思うと流石に」
 「大丈夫ですよ」
 「そう願っています」

 目を細める
 私はようやく一泡吹かせる事が出来たのだろうか。
 死への恐怖をたきつければきっと布都は先導する、容易に死を選ぶだろう。
 同時にそれは、私にこの先千年以上にも及ぶ因縁が生まれる事にもなるがそれは置いておく。

 とんと、つまらなくなってしまった。
 祖国では同じような力の中で溺れ死んでしまうからこの国に来たと言うのに。
 この国では私なんかより遥かに邪悪な化け物が可愛い姿で跋扈してるし。
 すっかり毒が抜けてしまったように疲れてしまっていた。
 本当に、どうしてこうなったのだろうか。

 「神子様」
 「ん、ああ布都」
 「おや青娥殿も」
 「こんばんは、準備の方着々と進んでおりますわ」
 「僥倖僥倖、良い調子ですな太子様」
 「ええ…上手く行けばよいのですが」
 「太子様が居るのです、きっと万事上手く行くでしょう」

 扉を開けて入ってきたのは布都だった、噂をすればなんとやらと言うか。
 一瞬警戒の色を見せた太子だったがその姿を認めると再び消沈の眼差しを布都に向ける。
 当人はふっとそれを見つめ返して、ただ微笑んだ。

 「太子様」
 「ええ」
 「これより私が道を先導させてもらいます」
 「頼みましたよ、布都」
 「太子様に見せられた光、しかと受け取らせてもらいます」

 布都は、これが傅くのはただ一人。
 この化け物を手なずけられるのは豊聡耳神子ただ一人なのだ。

 「我にお任せを、太子様」
 「青娥殿」
 「ええ、きっと」
 「やるなら一瞬で殺してくれよ」
 「布都」
 
 咎める様に神子が言っても、含み笑いをこちらに向ける布都はやはりわかっているのだ。
 私がここで殺してしまっても良い事を、一切の生殺与奪の権を委ねていることを。
 死人に口なし、どうせそうしても分からない。
 だが

 「ここで殺してしまえば、面白くないので」
 
 面白い、やってやろう。
 この化け物を未来で解き放てばさぞ面白い事になるに違いない。
 さぞ愉快に引っ掻き回してくれるに違いない、どんなことが起こるか楽しみだ。
 その為には全力を尽くそう、久々にやってやる。

 目の前の二人は異なった反応をしていた。
 神子様は「青娥が珍しくやる気ですね」と驚いたような顔。
 そしてこっちは「信じておるぞ」と何故か得意顔。

 「青娥殿」
 「はい」
 「私はきっと復活するぞ」
 「それは当然、私がやるからには」
 「青娥殿の腕を見込んで言っている、失敗したら許さぬ」
 「あら怖い、化けて出るつもりかしら」
 「無論そうだ」

 本当に化けて出て来そうで怖い。
 突然出てきた冷たい声色に思わず冷や汗が出そうになった。
 
 「青娥殿」
 「ええ」
 「復活したら太子様に会って、屠自古に会って、お前にも会いに行くぞ」
 「私は居ないかもしれませんよ?」
 「ならば探しに行く、そしてお前を捕まえに行く」
 「あら、怖い」
 「今更か」

 肩を掴まれる
 逃がさんぞ、まるで彼女がそう言っている様で。
 背筋がまた震えた。

 「人でなくなった私も、よろしくな」

 

 ◆



 「ああ、また笑っている」

 誰かがぼそりと、そう言った。



.
「我にお任せを!」
「どうしてこうなった」
芒野探険隊
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布都ちゃん策略家ですものねえ。
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これはいいブラック布都。
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さすが布都
15.90名前が無い程度の能力削除
面白かった
17.100名前が無い程度の能力削除
この布都は素晴らしい
19.100名前が無い程度の能力削除
今のほうが素なのかも
20.100名前が無い程度の能力削除
布都って経歴とか元ネタ見るとすごい悪女なはずだからコレはいい
こういうの布都はもっとあってもいい