Coolier - 新生・東方創想話

月と茶

2013/11/10 23:46:13
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 風の音も、虫の声もない。実に静かで、冷たく澄んだ夜の中にその二人はいた。蓬莱山輝夜と八意永琳である。灯りを消した部屋の縁側に座り、何を話すでもなく、横に並んで茶を飲んでいる。しかし二人とも、見ているものは櫛のような形の月であった。永琳の湯飲みの茶が尽きかけたとき、ようやく彼女から会話が始まった。

「どれだけ、私たちは月を見ているのでしょうかね」
「それは今のこと? それとも、この地に来てからかしら?」
「ふふふ、どちらでしょうね。本当は会話の切り口にしただけですよ」
「あらあら」
 二人は静かに笑いあったが、少しすると、また上弦の月を眺めた。時が止まったような静けさの中、二人と月だけがその空間で活動しているようであった。そのような空間を壊さない程度の静かな声で、今度は輝夜から語りかける。

「さっきの問いかけの答えを、今考え付いたわ。私たちは、ずっと月を見ているわ。生まれてから、きっと地底にでも安住するまでね」
「そうですね……。ずっと、形は違っていても同じものを……」
「あら、自分の問いかけの答えに落ち込まないで頂戴。それに今は、それはもう、遠い存在よ。色々な意味でね」

 少し茶をすすり、輝夜は話を続ける。
「昔見えて今は見えないものがあり、今は見えて昔見えなかったものがある。それは歴史であると思うの」
「なるほど……。でも、月も地上も知っている私たちに、見えていないことがあるのでしょうか?」
「そうねぇ……。強いて言うなら、歴史の続きとそれに伴う変化、かしら。私たちは永遠に生きられる。つまり、永遠に見えない未来が存在するの。きっと今出ている月も永琳の顔も、未来でまた見ることになる。それでも、きっとそれは今とは別物なの」
「世界は、移ろいゆくものですからね。永遠に変わらないはずのものでも、移りゆく私たちの心で見えるものは変わっていく。そういうことですね」
「えぇ」
 そう答え、輝夜はまた茶を飲んだ。そのすする音の終わりとともに、永琳がゆっくり話し始める。
「しかし、変化だけでは疲れてしまいますよね。時が経っても変わらないものも少しはほしいですね」

 輝夜は少し考えてから、立ち上がりつつ答えた。
「それは逆に過去の『思い出』になるんじゃないかしら。もちろん、いい思い出だけ残せばいいの。私はこの永遠亭で未来を楽しみながら思い出を作り続けたいわね。さて、私は寝るわ。今晩のお茶も、少し味が違ったわね。じゃあ、おやすみ」
「姫のお好みの味ですので、昔から何も変えてはいませんわ。はい、おやすみなさい」

 そういって永琳は輝夜を見送ると、湯飲みを持って自身も台所の方へと消えていった。

 残された月は、静止した空間に飲み込まれたようだ。静かで、冷たく澄んだ夜であった。
本作品が初投稿となります。初めまして、蕎麦氏です。

東方の二次創作小説はこれが初めてでしたので、色々と至らない部分があるかもしれません。
事件も特に起きない、のんびりとした風景とキャラクターを書いてみたかったのでした。

とにかく、読んでいただき、ありがとうございました!
これからも投稿をしてみる予定です。よろしくお願いします。
蕎麦氏
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コメント



0.310簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
直接月を見るよりも、湯のみに映って揺れ動く月を眺める方が風流ということ。「外」や変化に対する2人のスタンスの違いが鮮明に現れていて、良かったです。
2.100Jr.削除
落ち着いていて、どこか儚げで、非常に幻想的な良い作品でした。
全体の短さからは「断片感」を感じますが、それが逆に、背景の広がりを感じさせる良い方向に動いていると思います。
次回作も楽しみにしています。
4.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が素敵な感じでとても良かったです
6.80非現実世界に棲む者削除
凛とした雰囲気が素敵です。