Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館の冥土さん(5)

2005/09/03 02:51:07
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<紅魔館>


 仔猫を見つけたので虐待することにした。
 咲夜に怪訝な目で見られつつ、図書館に連れ帰る事にする。
 戻ったら小悪魔にもっと怪訝な目をされた。
 そんな視線を軽く受け流して、猫を風呂場に連れ込みお湯攻めを慣行。
 充分お湯をかけた後は薬品を体中に塗りたくりゴシゴシする。
 薬品で体中が汚染された事を確認し、再びお湯攻め。
 お湯攻めの後は布でゴシゴシと体をこする。
 その時何故か猫の視線が私の胸部に集中されていたが、さしたる問題ではない。
 風呂場での攻めの後は、全身にくまなく熱風をかける。
 ついフォレストブレイズを発動しそうになったのは秘密だ。

 その後に、乾燥した不味そうな塊を食わせる事にする。
 そして私にはあまり必要ではない白い飲み物を飲ませる。
 もちろん、温めた後にわざと冷やしてぬるくなったものだ。

 その後は棒の先端に無数の針状の突起が付いた物体を左右に振り回して
 猫の闘争本能を著しく刺激させ、体力を消耗させる。
 私はそれ以上に体力を消耗したが、些細な事だ。
 やや疲れの見えた猫を私のベッドに放り込み、寝るまで監視した後、隣で就寝。
 実に有益な日だった。






「……日記くらい普通に書けないのかなぁ」

一つのベッドですやすやと眠りにつく、むらさきもやしと猫っぽい何か。
それを横目に、小悪魔は日記のページをぱらぱらとめくる。
仮にも召還主である人物の日記を、堂々と読み晒すとはどういう訳かと尋ねれば、
私の机に置いてあっただね、そりゃ読むわさ。と答えたであろう。

咲夜によれば、パチュリーはこの猫……というか化け猫を雇う事に決めたらしい。
雇うと言うからには仕事をさせるつもりなのだろうが、現状況はどう見ても愛玩動物である。
仕える事既に数十年。今だに謎だらけの主ではあるが、この思考回路だけは生涯分かりそうに無い。






「おふぁようございますぅ」
部屋を出た小悪魔を、気だるさ120%の挨拶が出迎えた。
一応主人公である筈の、新人メイド花子こと幽々子である。
最近、己の存在に自信を無くしかけているという噂もあるが、
考えてみれば作中の日付はまだ二日しか経過していないのでデマだろう。
そうに違いない、うん。
「おはようございます花子さん。良く眠れたみたいですね」
どこをどう見たらそんな発言が出来るのか、まっこと疑問な所だが、
相対する幽々子は至って自然に言葉を返した。
天然同士とは実に恐ろしいものである。
「そりゃ、あれだけ霊体を酷使すればねぇ……」
「今日から更に酷使する事になると思いますので覚悟して下さい」
「……はぁい」







やたら深刻そうな物言いとは裏腹に、午前中の仕事は実に楽なものであった。
簡単に言えば、本の整理である。
問題はその蔵書量が半端でないという事くらいか。
もっとも、午後からは再び畑仕事が待ち受けているのを考えれば、無尽蔵な本の山もさして気にはならなかった。
さて、しばらくの間は小悪魔の指示通りに整理に励んでいた幽々子であったが、
知的好奇心が揺さぶられたのか、それとも単に暇だったのか、次第に本の中身へと興味が動いていた。

「こ、これは聖マッスルの初版!?」
無論、白玉楼にも代々受け継がれてきた古書から、紫経由で流れてきた某フィギュア付きのコミック最新刊まで、
それなりの蔵書はあったのだが、流石に本家本元には敵わない。
故に、整理の仕事をどこかにうっちゃり出すのも必然である。
責任感ゼロだ。
「あら、これって回収になった9巻じゃないの。……こうも山積みじゃありがたみの欠片も無いわね」
等と独り言を呟きつつ、延々と探索を続ける幽々子。
図書館内がやたら広大であることも幸いして、誰一人として咎める者はいない。
……筈だった。


「窮猫侵入者を噛むー!」


甲高い声と共に、猛然と迫り来る回転体。
それに素早く反応した幽々子は、反射的に迎撃に入った。
後方回転にて身を翻しつつ、両足をカウンターヒットさせるという幽雅な技、通称ゆゆサマーである。
しかしこの技。普段、丈のある和服を着ているからこその技であり、メイド服でやるものではない。
見えるからだ。色々と。
ちなみに、瀟洒の称号を得たもののみ、絶対領域なる技能でカバー出来るとされているが、
生憎、幽々子がその域に達するには遥か遠かった。

さて、見た目はともかく、技の性能自体には何ら影響を及ぼすものでは無かったようだった。
ぼぐしゃあ、という豪快な音がそれを示している。
確かな手ごたえ……この場合足ごたえと言うのだろうか。そんなものを感じた幽々子であったが、
ちと強烈に決まりすぎた感もあった。
見れば、返り討ちにした何かは、本の山に埋もれて、ひくひくと痙攣していた。
正当防衛ではあるのだが、このまま放っておけば過剰防衛を通り越して過失致死に問われかねない。
幽雅に死へと誘うのならともかく、蹴殺というのはいかにも美しくなかろう。

「ご、ごめんなさい、つい条件反射で……あれ?」
慌てて駆け寄った幽々子の目に、どこか見覚えのある二本の黒い尻尾が映る。
広い広い幻想郷。尻尾を生やした人物くらい、何人かいてもおかしくは無かろうが、
この珍妙な特徴はそうそう忘れるようなものではない。
「……橙ちゃん?」
「はうー、ピンク色の何かがぁ……」
「……」
少々錯乱していたようなので、合掌捻りを二十回転程かまして覚醒を促してみる。
元々軽い橙を、亡霊らしからぬパワーの持ち主である幽々子が振り回すのだ。
それはもう大変な事になった。
本の整理が仕事だったのに、明らかに仕事前より荒れた空間の出来上がりだ。
「しかくい本を見てても見ていなくても目が回りっぱなしー。 月って何? 姫? にゃはははははは」
しかもその結果、余計に錯乱した。
結局、橙が正気を取り戻すまで、賞味一時間を要した。
実に無駄な時間ではある。


「あれぇ、何で私寝てるんだろ……」
「……考えては駄目よ。何もかも忘れなさい」
「あっ! 幽々子さんだー!」
声の主に気付いた橙は、勢い良く跳ね起き、ダイビングボディアタックを慣行する。
幽々子はそれに対し、勢いを利用するようなフロントスープレックス……等はせず、大人しく受け止めた。
感動の再会と言いたい所だが、ここに至る過程が余りにもアレなので言えないのが残念である。
「本当にメイドさんやってたんだねー。違う服着てる幽々子さんって珍しいなぁ」
「ええ……って、貴方も同じ格好じゃないの」
言葉通り、橙もサイズの面を除いてはまったく幽々子と同じ服装……すなわち、メイド服であった。
「あー、うん、まぁ、その、成り行きで」
「成り行き、ねぇ。ともかく、経緯を話してはくれないかしら?」

橙いわく。
紫から受けた極秘ミッションを遂行するため、紅魔館へと侵入したのだが、
あと少しという所で謎の変態魔女に捕獲されてしまい頓挫。
当初は訳が分からなかったが、色々と話したり弄られたりしている内に、
その変態が実は良い人なんじゃないかと思えてきたと言う。
そして、促されるままに、図書館の番猫の仕事を受け、現在に至る。らしい。
「……どこから突っ込んで良いものやら……とりあえず、メイドを攻撃しちゃいけないって言われなかったの?」
「ううん、別に? 銀髪のメイドと黒っぽい魔法使いは最優先で仕留めろ。くらいかなぁ」
後者はともかく、仮にも自分の所の従業員を攻撃しろとは、どういう了見なのだろう。
どうも、この紅魔館の人間関係は謎が多い。
「図書館の主が変態とは聞いていたけど……どうやらそれ以上の逸材のようね」
「えー? パチュリーさん良い人だよ?」
「まぁ、私はまだ会ってないから何とも言えないけど、少しは相手を疑う事を覚えたほうが良いわよ」
「……むー」

「さっきから変態変態って五月蝿いわね。私の行為は全てにおいて深謀遠慮が働いているのよ」
噂をすれば、とでも言うべきか。
ぬっ、と姿を見せたのは、例の変態魔女パチュリー。
その仏頂面から、些か不機嫌であるのかと思わせるが、彼女は普段から仏頂面なので事実の程は定かではない。
「深謀遠慮? 人望欠如の間違いじゃ……」
つい軽口を叩きそうになった所で、現時点の己の立場に気が付く幽々子。
「し、失礼しましたパチュリー様。私、この度図書館付きに任命されました花子と申します」
「……ねぇ、幽々子さん。花子って何?」
「こ、こらっ!」
橙の暢気な台詞は、幽々子の訂正を一瞬にして無駄なものとした。
が、当のパチュリーは、何ら驚きを見せなかった。
「レミィから聞いているわ。白玉楼の亡霊姫がメイドの真似事だなんてね」
その言葉に、幽々子は納得を得た。
と同時に感じたのは、憤り。
「……むー、真似事って何よ。こう見えても私はやる時は全力で……」
事情を知っているなら問題は無い。とばかりに勢い込んで言葉を返す。
が、それを遮るかのように、パチュリーの手が幽々子へと伸びる。
正しくは、幽々子の身に着けているエプロンに。

「全力で盗みを働くの?」

どさどさと音を立てて、書物の数々がエプロンから落ちた。

「……」
「……」
「……」

沈黙が痛い。
それ以上に、橙のジト目が痛い。

「あ、あの、これは、その、あの、妹が……」
「へぇ、妹なんていたの?」
「え、えーと、妹というか……妖夢?」
「へぇ」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……あしたがあるからーーーーー!!」

空気に耐え切れず、幽々子はその場を駆け出した。
窓があれば飛び出したい所だっただろうが、残念な事に、ヴワル魔法図書館には窓が存在しない。
従って、普通に扉から出て行くしかないのだが、そこまでは些か距離が遠い。
扉にたどり着くまでの時間。私は一体何をやっているのだろうと自問自答するだけの猶予があるくらいだ。
要するに、余計気まずかった。
「花子さーん、終わりまし……きゃっ!?」
入れ替わるように現れた小悪魔を跳ね飛ばしつつ、ようやく幽々子は図書館から姿を消した。




「あたた……どうしたんだろ、花子さん」
「さあね、アンデッドの考える事なんて分からないわ」
「あ、パチュリー様。と、橙ちゃんも、おはようございます」
「おはよー」
極自然に二人は挨拶を交わす。
パチュリーは何も言わないが、いつもの事なので小悪魔も何ら気にはしなかった。
が、何を思ったのか、橙が突如としてパチュリーの顔を引っ掴み、小悪魔へぐいと向けた。
「あだだだだだだ、な、何をするの」
「駄目だよ。ちゃんと朝の挨拶しないと」
「……」
仏頂面こそ変わらないものの、頬が次第に紅へと染まって行く。
それが何に起因するものかが判別されるより早く、パチュリーは行動に出た。
「お……おはようございばっ!」
「んがっ!」

下げた頭が、小悪魔の脳天へと直撃する。
少しばかり勢いが良すぎたようだ。

「くぅーーーーー……」
「つぅーーーーー……」

衝撃の余り、二人はぺたりと座り込み頭を抱える。
なお、この姿勢は、とある方面から絶対防御として絶大な評価を受けているものなのだが、
それを知る者は外界に一人と幻想郷に二人だけしか存在しない。
ちなみに、二人とも現在紅魔館にいたりする。

戯言はさて置き、爆弾パチキの痛みも引いたのか、パチュリーがすっ、と顔を上げた。
涙目だった。
間近に迫るその表情に、何とも言えない感情を抱いた小悪魔であったが、行動に出る訳にも行かず、
ただ呆然と成り行きに身を任せていた。

「……おはようございます」

長い長い間を置いて、パチュリーがぺこり、と頭を下げた。

「はい。おはようございます」
過ちを繰り返さぬよう、距離を確認しつつ小悪魔は頭を下げる。
ふと視線を動かすと、パチュリーの隣では橙が満面の笑みを浮かべていた。
嫌味をまったく感じない、純真な笑顔である。
「(ふふっ、これじゃどっちが飼い主か分からないわね)」


用は済んだ、とばかりにパチュリーは椅子へと座り込むと、読書の姿勢に入った。
普段と違う点と言えば、膝に橙を抱き上げているくらいか。
が、橙は猫とは言っても基本的に人型である。
貧弱極まりない彼女が抱っこをするには、いささかサイズが大きい。
そのせいか、パチュリーの顔色は紅から蒼へと変質していった。
信号機のようだが、色が示す意味は正反対だ。
橙としては、そのままでいるのも心苦しいのだが、
自分から退くのもまた躊躇われるという、ある意味究極の二択を迫られていた。
結局、ギリギリまで耐えて、喀血寸前で退くという結果で事無きを得たのだった。

そんな様子を微笑ましげに眺めていた小悪魔が、何かを思い出したかのように、ぽん、と手を叩く。
「そうそう、お客様がいらっしゃってるんですが、どうします?」
「断りなさい。今、誰かに会いたい気分じゃ……待って。お客様って誰?」
かかった。とばかりに、小悪魔は笑顔で答えた。
「アリスさんです。お通ししてよろしいですね?」
「……分かっているなら聞かないで」

「???」
俗に言う意味深なやり取りという物を前に、橙は疑問符を浮かべる他なかった。
番猫橙。大絶賛修行中なり。







さて、しばらくの間、館内をうろついていた幽々子であったが、
今はまた図書館へと戻るべく、歩を進めていた。
別に謝罪するつもりでも、仕事意識に目覚めた訳でもない。
事実、先程の出来事など退出から30秒で忘れていた。
流石は大物だ。
図書館へと赴く理由は、橙から日記を受け取るのを忘れていたからである。
「……ん?」
近くまでやってきた所で、入り口の扉に小悪魔が張り付いているのが目に入った。
張り付いていると言っても、物理的に融合している訳ではなく、
扉にへばりついて、中の様子を窺っているというのが正しいだろう。
「(……この光景、前にどこかで見た気がするわ……確かあの時は……)」
何を思ったのか、幽々子は無造作に近寄ると、小悪魔の頭から伸びている羽を引っ掴むという暴挙に出た。
「ふ……!?」
「あ」
その行為が余りに考え無しである事ににようやく気が付いたのか、慌てて口を塞ぎにかかる。
が、遅かった。

「ふぁあん……そんな……激しい……」
「え!?」

返って来たリアクションは、幽々子の想像の範疇外のものであった。

「その、強引なのも嫌いじゃないですけど、私も一応女の子ですし、やっぱり優しくして欲しいです……」
「ちょ、ちょい待って! ストップ! 時に落ち着いて!」
言っている本人が一番落ち着いていないのは愛嬌か。
ともあれ、このままでは色々な意味で拙いと判断した幽々子は、
身をくねらせる小悪魔を引き摺り、何とかその場を離れたのだった。

「……あれ、花子さん? って、どうして私、こんな所に……」
「覗き見していた小悪魔ちゃんを私が引き摺ってきた! 他に何も無し! OK?」
「……はぁ」
説明するのは簡単だったが、それを実行するだけの覚悟は、幽々子には無かった。
「で、一体何を見てたのよ。貴方、仮にもあそこの司書でしょ? 別にこそこそする必要なんて無いじゃないの」
「まぁ、そうなんですけど、今回は事情がありまして……中にいる訳にはいかず、
 しかし、知的好奇心の発露を止める事も許されず……」
「結果、覗き見に至った、と」
「そうなりますねぇ」
まるで他人事のようにのほほんと答える小悪魔。
無論、幽々子には彼女を咎める気も権限も無い。
むしろ、自分と同類の思考を持っていた事に喜びを得たくらいであった。
「要は見れば分かるのね。……ここ、覗き窓とか仕込んではいないの?」
「えーと、私の知る限りでは、そういった仕掛けは無いような……」
小悪魔が答え終わるよりも早く、幽々子は行動へと走っていた。
図書館の外壁にあたる部分を、流れるような動きで調査する。
その一連の動作は実に堂に入っている。
「……みっけ」
「え?」
幽々子の不可解な言動は、直ぐにその意を露とした。
ただの壁であった筈の部分が、まるで当たり前かのように口を開けたのだ。
「内周と外周の長さが一致してない時点でおかしいとは思ったのよ」
そして、これまた当たり前のように進入して行く幽々子。
余りに堂々とした態度に、一瞬言葉を失った小悪魔であったが、
知的好奇心の発露とやらにはかなわなかったのか、幽々子の後へと続くのだった。

なお、彼女らの中から、仕事という言葉は綺麗にデリートされている。
紅魔館の将来は、まことに暗いものと言わざるを得ない。







<白玉楼>

「これが二人で落とし穴を仕掛けたときのものよ」

うろうろうろうろ

「昔から変な事ばかりしてたんですねぇ」

うろうろうろうろうろうろうろ

「それじゃ今も変みたいじゃない」

うろうろうろうろうろうろうろうろうろ

「それじゃ今は変じゃないって言ってるように聞こえるんですけど……」

うろうろうろうろうろうろうろうろうろうろうろ

「失礼ねぇ……って、さっきから何をやってるのよ。鬱陶しいわね」

紫は呆れ顔で立ち上がり、辛辣な言葉を放った。
和やかなる語らいの一時を、全力でぶちこわしていた式に対してである。

「だ、だって、帰ってこないんですよ! 朝帰りですらないんですよ!
 これじゃ非行の始まりというより完全に非行少女ですよ!
 あの愛くるしかった橙がピアスとかぶら下げちゃうんですよ!
 ああ橙……そんな長いスカートを履くなんて……
 お前の健康的な太股を拝めないくらいなら死んだほうがマシだ……!」
「……」

妄想とただの事実と発展思想と欲望が入り混じるという、動揺の極地のような発言を前に、
さしもの紫も返す言葉が無かった。

「(……どうして私はこんなにアレな式を付けたのかしら……)」 

心の奥底で後悔する紫。
もっとも、藍も同じような事を思っていたりするので、どっこいどっこいである。
だめだこりゃ。


「あの、そんなに気になるなら、迎えに行ってみたら良いのでは?」
もっともな意見を出したのは妖夢。
が、それに大して藍は渋い顔で返した。
「そうしたいのは山々だが、終身名誉おさんどんの任を預かった以上は……」
「いいわよ、行ってらっしゃいな。……というか、今の貴方がいたって何の役にも立たないわ。
 朝食は真っ黒け、庭掃除をやらせたら核実験場化、洗濯をすればバブルボブル……」
「……」
「まったく、いい加減言わせてもらうけど、貴方は橙に甘すぎるのよ」
「……」
「まぁ面倒だし、今日の所は許してあげるけど、今後はもう少し節度というものを……」
「あのー、紫様」
「何よ妖夢。口を挟まないで頂戴」
「ですが……藍さん、もうとっくに飛び出して行きましたよ?」
「……へ?」
顔を上げると、確かに己の式の姿は無い。

『ちぇーーーーーーーーーーーーーん! 今行くぞぉーーーーーーーーーーーーーーーーーー!』

そんな叫び声が、遥か遠方から届いたのみであった。


「……」
「……」
「……はぁ」
「……心中、お察しします」
「あの子も普段はマトモなんだけど……橙が絡むとおかしくなっちゃうのよねぇ……」

憂いを帯びた表情で虚空に視線を送る紫を、横目に眺める妖夢。
普段、式神は道具に過ぎない。と豪語している紫ではあるが、
こうして見る限りだと、とてもそうは思えなかった。
確かに道具と言えども、長年に渡って苦楽を共にして来たのなら、
愛着が沸いても不思議では無いだろう。
だが、紫の言動、そして表情から感ぜられるものは、そういった類のものではなかった。
無論、人生経験の浅い妖夢の分析である。何ら確証は無い。
それでも妖夢は彼女らを称して、こう呼んだ。

「八雲一家、か」










<紅魔館>

M&Aの乱より二日。
紅魔館門番隊は、色めき立っていた。

「報告! 前方より、超高速飛行物体接近中!」
「識別は!?」
「不明! 妖怪タイプが一体と思われます!」
「接触まで三十秒!」

美鈴は、次々と上がる報告を脳内でまとめ、分析に入る。
そこに、魔理沙の鍋敷きであった面影は無い。

「(早すぎるわ、上空での迎撃は不足の事態を招きかねない……)」

「門前にて対応します! 総員戦闘準備!」
「「「「「「はいっ!!!」」」」」」
一同は、統制された動きで、フォーメーションを組む。
美鈴を先頭に、中列に二人、後列に四人。
魚燐の陣とも言えるし、デザートランスとも言えるし、4-2-1システムとも言えた。

「来ますっ!!」

目標の妖怪は、徐々に速度と高度を落とし、ゆらりと門前に降り立った。
一番怖かったのは、あの勢いのまま館内に突貫される事であったが、どうやら最悪の事態は避けられたようだ。

「……ここが紅魔館か」

ゆったりと歩みを進めつつ、ぼそり、と小さな声を放つ。
そこから感じられるのは、圧倒的なまでの殺気。
交渉の余地無し。
そう判断した美鈴であったが、一応とばかりに決まり文句を放つ。
「止まりなさい。許可なくこの門を通る者は排除します」

妖怪……藍は、まるで今気が付いたとばかりに、気だるげに顔を上げた。
「橙が来ているのは分かっている。大人しく道を開けろ」
「はぁ? 何を訳の分からない事を……」
そもそも、橙を館内まで案内したのは美鈴なのだが、
捨て猫を見過ごせなかったという一件と、目の前の出来事を繋げるには情報量が足りなさ過ぎた。
藍がテンパっているが故の悲劇である。
「ともかく、ここを通りたければ正式な許可を取るか、私達を倒していくかの二択よ」
「私は急いでいる。これ以上の問答は不要だ……失せろ!」
一喝と共にぎらり、と藍の目が光る。
すでに投げ捨てた筈の恐怖心すら呼び起こしかねない、鋭く冷たい眼光である。
だが、今の門番隊一同には、確固たる自信があった。
自信は時として増長に繋がり、自滅を導くものであるが、
彼女らにとっては、力の源に他ならない。
それほどまでに、魔理沙とアリスの同時撃退は大きな出来事であった。
例え、その事実が誤認であったとしても、そこには何の問題もありはしない。
あの日を境に彼女らは生まれ変わったのだ。
「隊長。あれ、やりましょう」
「……そうね」


「……あれ、だと?」
意味深な振りに、藍はさっと身構えた。
気こそ昂ぶってはいるが、それで注意力を失う程、彼女は愚かではない。
門番隊の面々は、美鈴を中心に円陣を組むような体制を取る。
そして、それぞれの手を一つに集めると、同時に叫んだ。



「「「「「「「「私達は強い!」」」」」」」」



藍はコケた。






「今よ! 一斉射撃!」

美鈴の号令と共に無数のクナイが放たれ、コケた藍へと殺到した。
先程の叫びは、一同に決意を促すと同時に、相手の気力を奪うという効果も持っていた。
後者に関しては意図したものでは無いのだが。

「なめるなあっ!!」

気合一閃。
藍を串刺しにする筈の弾幕は、その数倍する量のクナイによって弾き返された。
余剰分のクナイは、反射するかのように門番隊の面々へと向かう。

「はああああっ!!」

またそれらも、美鈴が放った虹色の弾幕によって相殺される。
からん。と音を立てて、両者の間にクナイが落ちた。




「(……相当出来るわね。魔理沙の比じゃないわ)」
美鈴は部下達の無事を確認しつつ、一人ごちる。
無論、遊び半分であろう魔理沙と、明らかに殺しにかかってきているこの相手とは、
一概に比較は出来ないのだが、そんな魔理沙にも、太刀打ち出来なかったという事実は重い。
部下達と違い、美鈴は先日の一件の真相を知っていた。
とは言え、それを認める訳には行かない。
アレが虚実だと言うのなら、実証を重ねて事実と化してしまえば良い。
そう決意したからこそ、この戦い負ける訳には行かなかった。
ぱん、と頬を一叩きすると、戦意を高揚させるが如く、力強く名乗りを上げた。

「私は紅魔館門番隊長、紅美鈴! 紅美鈴! 紅美鈴をよろしく!」

多少、私情が混じっていたが。

「……そうか。その名前、記憶の片隅に止めておこう」
「片隅じゃなくて明確に! 切に! 切に!」
しかも必死だった。





「(……どうも調子が狂うな)」
一方の藍も、内心で舌を巻いていた。
以前に、紅魔館の門番は在って無いような存在。と噂に聞いていた。
故に、大した注意も払わず、問答無用で突破する予定であったのだが、
先程の交錯から判断するに、そう甘い相手とも思えなかった。
確かに、言動や行動の節々にネタキャラ……もとい、どこか抜けた所はあるものの、
それを帳消しに出来るだけの実力と決意が感じられたのだ。

「ふ、中々面白い奴だな。
 いいだろう。私は八雲藍!
 美鈴とやら、お前の名前、墓標に刻んでやろう!」

だからこそ、藍は全力で相手をすると決めた。






藍と門番隊の戦いは、まったく互角で推移していた。
仮に、個々の実力のみを比較するなら、メイド達は元より美鈴も藍には遠く及ばないだろう。
しかし、その実力差を補うだけのもの……言うなればチームワークが門番隊一同にはあった。
時折放たれる「安西先生……」やら「それでも隊長なら……隊長ならきっと何とかしてくれる……」
等の発言が、藍の気力を奪っていた事も一因である。


「……しつこいっ!」
業を煮やしたのか、藍は懐から一枚のスペルカードを取り出す。
それを見た美鈴も、瞬時にスペルカードを構えた。

「彩符『彩雨』!」
先に発動したのは美鈴の方であった。
文字通り、七色に彩られた弾幕が、降雨の如く無節操に叩きつけられる。
「この程度っ……狐狸妖怪レーザー!」
襲い来る彩雨を縫うように回避した藍の手元から、巨大な弾幕が放たれる。
物量こそ大層な物だが、速度は遅く、用意に見切れる弾道であった。
そう判断したメイド達は、指示を待つ事無く左右へ散らんとする。
「……違う! 飛びなさい!」
その行動を遮ったのは、美鈴の一声だった。
メイド達は慌てて上空へと飛び立った。
その直後。
弾幕の軌跡から湧き出るように、数多のレーザーが周囲へと拡散された。
被害は……ゼロ。

「……ちっ、初見で見切るとはな」
「貴方、自分でレーザーって言ってたじゃないの。そりゃ気付くわよ」
「ぐ……」
確かにそうだった。



「(拙い傾向だな……少し冷静になるべきか)」
藍は僅かに距離を開くと、ふう、と息を付く。
「(……だが、こうしている間にも橙は……橙……橙……)」
深呼吸だったはずのそれは、次第に間隔を短くしていった。
「ふー、ふー、はー、ふー、ふー、はー」
冷静になるどころか、かえって上がっていくテンション。
「ふぉー、ふぁー、ふぉー、くかぁー」
もうどうにも止まらない。

「ふぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

抑えきれぬ衝動は、ついには絶叫となって姿を見せた。

さて、明らかに常軌を逸してきた藍を前にすれば、本来なら動揺を覚える所であろう。
が、この場の空気は、そんな常識を歪ませるだけのものを持っていた。

「かぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

美鈴もまた、対抗するかの如く、叫び声を上げたのだ。

「負けられん! 橙をこの手に取り戻す為ならば、この八雲藍、修羅となろう!」
「チェンだかチャンだか大五郎だか知らぬが、紅魔館を守るは我らが使命! そう易々とは果たさせんぞ!」

段々と、お互いの台詞が時代がかって来たのは気のせいだろうか。
いつの間にか背後に竜と虎が浮かび上がってるようにすら見える。
なお、タイガースとドラゴンズではない。
頑張れベイスターズ!





二人の戦いは延々と続いた。
何やら間違った方向に。

「ええい! 拙者は何としてでも通らせて貰う!」
「ぬぅ! それがし、この身を盾と化して門を守り切る!」

みょんな口上はエスカレートするばかり。
何時の間にか一人称まで変わっている始末だ。
既に美鈴以外の面々は、完全に援護に徹している。
と言えば聞こえは良いが、実質ギャラリーだ。
藍も美鈴も、もう弾幕合戦をする気も無いのか、
青竜刀やら双戟まで持ち出しては打ち合いを始めていた。

 [美鈴軍団 士気上昇!]

テロップやめい。








そんな壮絶な戦いを、窓からぼんやりと眺める人物が一人。
メイド長、咲夜である。
「……何やってんのかしらアレ」
仮に、咲夜自らが出て行けば、時間を止めて落ち着かせるなり、
後頭部にナイフを投げて強制的に止めるなり出来ただろう。
が、咲夜はそうしなかった。
最後に一瞥を加えると、すたすたと自室へと戻っていったのだ。

この時、もし彼女に問いかけたなら、こう答えたであろう。
「何となく、面倒だったから」
咲夜は気付かない。
その思考の方向性自体が、彼女に変異が起こっている証拠であると。

どうも、YDSです。
今回の話に副題を付けるなら、『花子は見た!』でしょうか。
……って言うつもりだったんですが、藍と美鈴の絡みが長くなりすぎました。
某ゲームのせいですね。多分。

ストーリー的にはようやく折り返し点が見えてきた辺りです。
まだまだ先は長いですが、どうか気長に見守ってやって下さいませ。
YDS
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9.100nanasi削除
…藍様がきっと五つの関を破って橙を迎えにいくんですね…武器と口調からして○羽番ですね
あとさりげないコネタに笑わせてもらいました
11.無評価nanasi削除
間違えました…千里行じゃなくて樊城のほうでしたね…二人の武器からして…
17.80名前が無い程度の能力削除
一言だけ言わせてくれ。


ゆゆ様の ピンクが みたい ホトトギス。


よーし、最低だ!(俺が)
19.100名前が無い程度の能力削除
ああもう、へぐぅネタなんて入れられたら100点つけるっきゃないだろぉ!?(ほのかに逆切れ

そしてこう、紫さまの言動に「母」を感じてみたり見なかったり。今日もGJ!
22.80吟砂削除
紅魔館が音を立てて傾いていく・・・そんな言葉が頭に浮かんだ
それはともかく、パチュリーのところへ来たアリスに
美鈴と藍の一騎打ち(?)みょんな咲夜さん伏線はまだまだありますね。
続編が楽しみです♪
23.70七死削除
きらりと光るコネタのオンパレードが素敵。
中でも毎回出てくるプロレス技ネタが個人的にベリギュー、幽々子様にプロレス技を仕込んだのは誰なのか気になる所です。作中でちょろっと触れていただけると嬉しいかもです。

それにしてもなんだ、ゆゆ様はいてたのか。 ピンクって、おじさん法律的に不可読みしちゃったy(墓石落とし
35.80無為削除
まさかここで「仔猫を見つけたので虐待することにした。」コピペを見ようとは・・・

ハッ! このままだと橙はえーりん先生のところに通院して、霊夢の呪文攻撃を受けることに!?
38.70名前が無い程度の能力削除
バスケットカウントワンスローで
44.90てーる削除
実力的にいえば藍様が本気を出せば美鈴には負けないはず・・なのに・・

・・そいつは(頭が)もう駄目だ!、捨てていこう!

という某山犬の言葉が頭を駆け巡る・・・w
45.50藤村流削除
頑張れベイスターズ!(主に加藤)
51.90ABYSS削除
いやまあ色々小ネタがあったりそれに対して一つ一つコメントしたいのは山々なのですがそれだとコメント欄がかなり広くなるので割愛。とりあえず言いたいことだけをいうことにしますね。

面白ーーーーーーー!!
52.60aki削除
[美鈴軍団 士気上昇!]

○国○双かなぁ…
藍は橙一人で限界突破しそうですけどね。
55.90通りすがり削除
まさにGJ!!
Lvが違う・・!
67.80床間たろひ削除
凄まじい小ネタの応酬に各地で展開するドラマ。
主役の花子がめっきり喰われてる気がしないでもないかもしんないが……
面白ければそれで良し! 
先生! 続きが楽しみで仕方ありません!
70.80秘密の名無し削除
双戟にそれがし、ときたら○徳でFAですな。
75.90名無し毛玉削除
だ、駄目だ…ボケ担当オンリーの吉○新喜劇だ…。
100.100名前が無い程度の能力削除
ゆゆさまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
115.100名前が無い程度の能力削除
この紅魔館はもうダメだwwww
新入する側もされる側もネタ臭しかしねえ!