Coolier - 新生・東方創想話

蓬莱救済

2005/08/31 15:07:22
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 季節は夏。空は雲ひとつなく澄み渡り、太陽は容赦なく幻想の大地をじりじりと照りつけている。茹だるような熱気にじめじめとした湿気は今も昔も変わらず、生きるもの達全てに不快感を与え続ける。
 そんな夏真っ盛りのある日のこと。蓬莱の人の形こと藤原妹紅は、数百は経験したこの季節を例年通り快適に過ごす為に近くの渓谷へと足を運んでいた。

「んーっ。やっぱりここは涼しくて気持ちいいわーっ」
 午前が過ぎて太陽が真南に差し掛かった頃。渓谷に到着した妹紅は、身体を思いっきり伸ばしてしばし開放感と水場の風の清涼感を全身で感じていた。それから妹紅は場所を沢の傍にある大きな岩の上へと移し、ころんと身体を横たえた。
「風と岩が冷たくで気持ちいー……」
 そう言った妹紅の顔は言葉どおり、実に気持ち良さそうである。

「こんにちは、妹紅。ここに居たのか」
「ん? ああ、慧音じゃない。こんに――」
 しばらくそうやって涼を取っていると、上の岩場の方からハクタク少女の上白沢慧音が声を掛けてきた。
 格好はいつもの若干不思議な服と帽子ではなく、涼しげな淡い水色のサマーワンピースに白のサンダル。背中が大きく開いてうなじの辺りで結んだだけの簡単な作りのやつである。ちなみに妹紅の方は普段と同じである。
 妹紅は上半身を起こし、挨拶をしながら声のした方向へと顔を向けた。
 そして向けた瞬間、言いかけた言葉とともに硬直。
「――? どうかしたか?」
 その様子を訝しがり、近くにやって来た慧音は妹紅の顔を覗き込む。
「あーええと、その……相変わらず大きいなーなんて――あは、あはははは……」
 妹紅の言う通り、下着を除くとワンピース一枚という出で立ちな為、出るとこのラインは出まくってしまっている。故に、妹紅の示す部分――大きな胸はどうしても目立ってしまう。
「し、仕方ないだろう。いつもの服だと暑いんだ」
 慧音はかぁっと頬を赤く染めて両腕で胸を隠し、若干恨めしげな視線を妹紅に向ける。
「だったらそんな見せつけるような服じゃなくてもいいんじゃない? というか、わざと見せつけてるんじゃないのー?」
 妹紅はにやにやと厭らしい笑みを浮かべながら、右手の人差し指で突付くような仕草を慧音の胸に向けている。まるっきりというかエロ親父そのものである。
「それじゃまるで私がはしたない女みたいじゃないかっ。言っておくが、私には全然そんな気はないからなっ」
「あはは、わかってるって。冗談よ冗談」
 慧音は怒りと羞恥で頬を赤く染めてそう早口で捲くし立てるものの、その様子が面白いのか、妹紅は悪びれる様子もなくあっけらかんと笑顔でそう答える。
 慧音はからかわれたのが悔しいのだろう、無言で妹紅を恨みがましい眼で見つめている。
 対して妹紅はその様子が可笑しいのか、にこにことしている。
 暫くそうしていると、慧音は突然立ち上がりくるりと踵を返した。
「あれ? どうしたの?」
「……不愉快だから帰る」
 不機嫌オーラ全開の声でそう言うと、慧音は早足で歩き出す。
「えぇ、ちょっと待ってよ。謝るから機嫌直し――てぇ?」
 慌てて追いかけた為に岩の抉れた部分に足を引っ掛けてしまい、妹紅は慧音の身体に思いっきりしがみ付く。
 で、何故最後が疑問形なのかと言うと、しがみ付いた両手が思いっきり慧音の胸を鷲掴みにしてしまっているからである。
「ふぇ? わ、わあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 慧音はすぐにそれに気づき、叫び声を上げる。妹紅はすぐ離そうとするも、生憎体勢が転びかけたままの体勢なので離そうにも離せず。結果的に慧音がどうにかしないといけないものの、すっかり動転してしまった慧音はただ「離してーっ!」とか「手を動かすなーっ!!」とか叫ぶだけである。
「えーっと、その、ちょっと体勢的に私から離すのは無理があるんだけど――」
「うわ馬鹿揉むなーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!」
「え? あー……あまりにも掴み心地がいいものだからついつい――」
「ついじゃないついじゃぁ……んぅっ――ちょっ、ほんとにやめ……て……」
「うぇ? あ、ちょっ、えーっと、その……慧音? そのー、ごめんっ」
 すっかり泥沼に陥ってしまっているこの状況の間も妹紅の手は止まることはなく、慧音の声は段々と弱くなっていく。むしろ謝るぐらいなら手を止めろという感じだが、妹紅は既に混乱の極みに達しかけているのでそれは無理なようだ。
 やがて力が入らなくなったのか、慧音はその場にペタンと座り込む。顔は羞恥やそれ以外の何かで真っ赤に染まり、吐き出される吐息も若干荒くなってきている。
「も、こう……ほんとに、これ以上は……」
 慧音が座り込んだ為、後ろに貼り付くような体勢だった妹紅も同じく座る体勢になる。しかし手を離すことはなく、逆に身体を慧音の背中に密着させ手を動かしやすい状態にしてしまっている始末。どうやら、何か入ってはいけないスイッチが入ってしまったようである。
「け、慧音、私―――」

「あらあら、昼間っからお盛んねぇ二人とも。でも野外はちょっとまずいんじゃないかしら?」

「――へ?」
 すっかりその気――なんの気なのかは省くが、そうなりかけたところに突然現れたのは、妹紅の何時もの殺し合いの相手、蓬莱山輝夜。
 後ろには白と黒を左右で半々にした柄のサマーワンピースにいつもの帽子、黒のサンダルという格好の八意永琳が控えている。ちなみに偶然にもこのサマーワンピースは慧音の着ているのと同じ構造をしている。輝夜の方は妹紅と同じく普段着である。
「「わ、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?」」
 二人は同時に叫び声を上げ、咄嗟に妹紅は後ろに、慧音は前にそれぞれ離れる。
「ななな、なんで輝夜がここにいるのよっ!?」
「あら、私だって幻想郷の一員よ? 何処に居たって不思議じゃないわよ」
 そう言って、輝夜は口元を袖で隠してころころと笑っている。
「ふ、ふんっ。引き篭もり姫が珍しいじゃないの」
 まずいところを見られた、と即座に気づいた妹紅は照れ隠しとばかりにそう悪態をつく。
「そんな事より、白昼堂々、しかも外で行為に及ぶのは道徳上あまりよろしくないんじゃない?」
 自身が現在優位に立っている為、輝夜は妹紅の悪態をさらりと受け流して代わりに嘲笑うような視線で挑発する。
「ぁ、ぅ……そ、それだって慧音があんな反応するから悪いのよっ。私は悪くないからねっ!」
 何とも自分勝手な言い訳をしつつ、妹紅は腕を組んでぷいっと横を向く。
「あらあら、妹紅ちゃんったら人の所為にするなんて。イケナイ子ねぇ。おーよちよち」
 しかしこの場に於いての立場は明らかに輝夜が有利。頭をなでなで。
「えぇーいうるさいうるさいうるさーーーーーーーーーーいッッッ!!」
 それが妹紅の逆鱗に軽く触れたのだろう。というか当然であるのだが。
 妹紅は乗せられた手を振り解き、腕をぶんぶん振りながら喚き散らしている。
 これはもう喧嘩というか完璧にイジメなのだが、慧音も永琳も何も口を挟もうとしない。むしろいつもの事と解っているので放置しているらしく、二人は少し離れた位置で談笑していたりする。慧音はやりすぎた妹紅への仕返しという意味も含んで止めないようだが。

「へぇ、災難だったのねぇ」
「はぁ……好いてくれるのは嬉しいのだが、あれではなぁ……」
「そうねぇ。あの子はもうちょっと場所とか雰囲気を考えるべきかもしれないわね」
「まったくですよ。そこら辺を大事にしてくれれば私だって――」
 すっかりみ○も○たのお昼のワイドショーのアレや○子の部屋のようになってしまっており、その雰囲気に流されてか慧音はうっかり本人的には重大な事を口走りかけてはっとして慌てて口を瞑ぐ。
「はぁ、若いっていいわねぇ。うふふふふふふふ……」
 しかし不明な程長く生きている永琳には言いかけた時点でお見通し。
 時既に遅し、永琳は頬に片手を宛てつつ訳知り顔でうふふふと微笑んでいる。案外とこういう話が好きなのかもしれない。
「あ、い、いやっ、別に私がどうとか思っている訳じゃなくてっ」
 その反応に対して、慧音は両手を顔の前でぶんぶん振りながら曖昧気味に否定する。
 しかしこれでは説得力はほぼ皆無。永琳は何も言わずただ柔らかく微笑んで、何となく楽しそうである。
「そんな慌ててちゃ逆にバレバレよ? 隠したければ、その場限りで冷たく突き放すように言いなさい。それで済むわよ」
「むぅ……。しかし、それではとても人間が好きなんて言えないだろう」
「それとこれとは別問題よ。それより、貴女はあの子の事どう思ってるのかしら?」
「そ、それはー―」
 慧音の精一杯の抵抗を”別問題”の一言で片付け、永琳はずいっと顔を近づける。先ほどとまったく変わらない、柔らかい笑顔だというのに、慧音は言い知れない威圧感を感じて近づかれた分だけ退いて思わず口篭ってしまう。
「それは?」
 その退いた分だけ永琳は近づき、更に問い詰める。
「うぅ……」
 慧音はそれでも答えられず、視線を彷徨わせて助けになる何かを必死に探す。
「じゃあ質問を変えましょうか」
 そう言って、永琳は唐突に慧音の胸を鷲掴む。まぁ手に収まりきらなくて鷲掴むのとは若干違っているが、この際そんな細かい事は気にするとこではないだろう。
 慧音は突然の事に「ひゃんっ」と裏返った声で小さく悲鳴を上げる。
「あの子に触られてる時、どんな気持ちだった? 嫌だったかしら?」
 そのまま永琳は指をやわやわと蠢かし、耳元でそう囁く。
 しかしその質問に慧音は答えない。というより、先ほど答えられなかったのとは違って答える余裕がないのだろう。顔中を真っ赤に染めて眉を八の字に曲げ、歯を食いしばって必死に何かに耐えている。
 それを知ってか知らずか、永琳はまたも唐突に力を込め、指を胸に沈み込ませる。
「はぅっ!? ん、んぅ……」
 唐突に与えられた強い刺激に、慧音は耐え切れず声を上げてしまう。
「あら、えらく反応がいいわねぇ……もしかして、さっきのがまだ燻ってた?」
「そ、そんな事、ない……。それに、む、無理やりなんて、んく……嫌に決まっている……」
「そう? じゃあもう一回質問を変えましょうか。あの時と今と、どっちが嫌じゃない? これなら答えられるでしょう?」
 永琳はそのまま慧音を静かに後ろに倒し、圧し掛かってから再度顔を近づけてもう一度質問を投げかける。
「は、ぁ、ぅ……こ、これ以上は、もう―ー」
「もう?」
「駄目だぁーっ!!」
 慧音は唐突にそう叫び声を上げ、そのままの体勢で永琳の顎に右手でコークスクリューアッパーをぶち込んだ。
 これがどれ程の威力かは、上空数メートルに凄まじい勢いで回転しつつ打ち上げられた事からある程度は察することが可能だろう。
 そのまま永琳は重力に引っ張られて硬い岩場に頭から激突、辺り一面にぱぁっと真っ赤な花が咲き乱れる。
 鮮血は当然慧音にも降りかかる。相変わらず真っ赤な頬に更に赤い鮮血がかかり、淡い水色のサマーワンピースも赤く染まり、はぁはぁという荒い息と涙目が相まって非常にアブナイ。
 そしてその後永琳は不老不死な為あっさりと生き返り、どうにか平静を取り戻した慧音は歴史を弄って鮮血を全部無かった事にして事無きを得た。
 最も、永琳はやりすぎたと平謝りしたので、事無き、という訳でもなかったのだが。

 それから半刻近く経った頃。
「じゃああくまで衝動的で、貴女にはそういうつもりも気持ちも無かったって言うのね?」
「そ、そうよ。普段から慧音の姿は見慣れてるから、いきなりそういう風になった訳じゃないわよっ」
 相も変わらず、二人は口喧嘩を続けていた。まぁ喧嘩らしくなったのは途中からなのだが。
「そう、じゃあ確かめてあげる」
 表情は余裕を感じられる笑顔なのだが、内情は実は正反対である。
 ほんとはいい感じにヒートアップしている。
 輝夜は少し離れた位置にいる慧音の傍に駆け寄り、手を引っ張って再度妹紅の前へと戻った。
「慧音を呼んできてどうするつもり?」
「まぁいいからいいから。上白沢さん、悪いけどそのまま立ってて貰える?」
「あ、ああ、構わないが」
 慧音の横に立っていた輝夜は心底楽しそうな――悪戯をする前の子供のような表情をしながら、慧音の真後ろにゆっくりと移動する。
 二人は輝夜の意図が読めず、きょとんとしたまま立ち尽くしている。
「そぉれっ」
 実に楽しそうに掛け声をかけ、輝夜は慧音のワンピースの結び目を解く。
 突然の事に、慧音も妹紅も固まってしまう。当然、ワンピースは地面に落ちる。しかも慧音は下着の上の方を着けておらず、胸は全開で見えたらアウトなとこまで容赦なく見えてしまっている。ちなみに下の方の色は飾り気の無い白である。

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」

 ぶばあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ

 慧音の叫び声と妹紅が盛大に鼻血を噴いたタイミングは完璧に同時だった。それはもう、見事な程に。コンマ1秒の狂いさえないのでは、と思える程である。
 慧音は慌てて座り込み、全身を隠すようにして縮こまる。
 妹紅は妹紅であまりにも鼻血の勢いが激しく、逆噴射ロケットのようになって後方に吹き飛んで数メートル後ろの岩に頭を打ちつけてしまっている。そして輝夜はその後ろで腹を抱えて大笑い。
「い、いきなり何をするんだっ!?」
「あははははは、はは、はははははっ。……いやーごめんなさいねぇ。ついカッとなっちゃって」
 仕掛けた張本人の輝夜はまったく悪びれる様子もなく、目の端に溜まった涙を指で拭いながらあっけらかんとそう言い放つ。
「よ、よくもやってくれたな輝夜ぁ……」
 慧音が慌ててワンピースを着て輝夜に何か言いかけたところで、復活した妹紅がよろよろとおぼつかない足取りで慧音を押しのけるようにして輝夜の前に舞い戻った。
「意外と復活早かったわね。予想以上の反応を見せてくれて、輝夜びっくりしちゃったぁっ」
 などと、輝夜は妹紅の神経を逆撫でるようにぶりっ子している。
「ふんっ。今にそんな口利けないようにしてやるわよっ」
「ふぅん。どうするつもり? 言っておくけど、私は同じ手は食わないわよ?」
「そこで待ってなさい。いいわねっ」
 輝夜の余裕の態度を気にする事も無く、妹紅は輝夜を押しのけて一人残った永琳の元へと向かった。
 それから二言三言話した後、妹紅は永琳の手を引いて再度輝夜の前へと戻った。
「あんたも私と一緒だって事をわからせてやるから、覚悟しなさい」
「それは楽しみねぇ。やってもらおうじゃない」
 相変わらずの余裕の態度だが、妹紅は今度も気にせず、先ほどの輝夜と同じように永琳の後ろに立つ。
「ぢぇいっ」
 輝夜と違い、掛け声には楽しさではなく怒りが篭っている。
 永琳も慧音と同じく下着の上を着けておらず、見えたらアウトな部分ごと惜しげもなく慧音並の大きさを晒す事になった。永琳はこうなる事が分かっていたのか、さして慌てている様子は見られない。むしろ頬に右手を軽く宛てて「あらあら、どうしましょう」などとのたまっている始末。ちなみに穿いている下着は薄紫のレースがついた大人っぽい代物である。
「ふんっ、甘いわよ。言ったでしょう? 同じ手は食わないって」
 しかし輝夜は相変わらずの余裕。その原因は目を閉じて見ていないからである。
「かかったわねっ」

「いやんっ」

 ふにょんっ

 妹紅にはその行動は最初から予想済みで、輝夜が見えていないのをいい事にそのまま永琳の背中を軽く押して接触させた。ちなみに直前のセリフは永琳である。実に楽しそうに、わざとらしく言っているあたり、永琳には分かっていたのかもしれない。

 胸が顔面に当たっている事に

「え? え? 何々? 何この柔らかい感触っ!? ……ま、まさか―――」

 妹紅のこの行動は輝夜には予想外だったようで、両手をぱたぱたさせながら喚いている。
「あんっ。姫、あんまり喋らないで下さいぃ」
「んな、な、な、な、な、な―――」

「生あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?」

 どぶしゅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ

 輝夜はそのまま妹紅並に物凄い勢いで鼻血を噴き、ロケット花火のように空へと打ち上がる。
 妹紅は上手くいったとばかりに腹を抱えて大笑いし、位置的に真下の永琳は鼻血の直撃を受けて血まみれ、慧音はすっかり呆れてしまっている。
 その後、辺り一面に飛び散った鼻血や永琳を真っ赤に染め上げた鼻血を慧音が無かった事にしてこの場は収まったとか何とか。

「えいっ、それっ」
「ひゃぁっ、やったわねぇ。お返しよっ」
 などと水辺で水を掛け合っているのは妹紅と輝夜。ちなみに水に濡れてしまうので妹紅はドロワーズにサラシ一枚、輝夜は肌襦袢一枚という格好になっている。
 先ほどと打って変わって非常に楽しく見えるが、それは外面のみである。
 よく見るとお互いの飛ばした水しぶきに混じって水に似た色の攻撃弾が混じっていて、とてつもなくいつも通りでしかない。
 二人とも表情は一見笑顔なのだが、こめかみには青筋が浮かんでいて内心はまったくの正反対である。
「痛ぁっ! や、やったわね輝夜ぁ――」
「きゃははははっ。当たる方が悪いのよーっ」
「く、くく、くくくくく……上等じゃない。今日こそ決着つけてやろうじゃないか」
「えぇいいわよ。何回殺すかの保証はしないけどね」
 そして始まる弾幕ごっこと言う名の殺し合い。
 ちなみに慧音と永琳は遠くでその様子を見ている。割といつもの事なので特に止める気もないらしい。


                     ―少女殺人弾幕中―


「うおぉぉ……り、りざれくしょ――ぐふっ」
「ふぅ、これで分かったかしら? 月の人間より強い地上人なんていないっていう事が」
 などとのたまっているものの、輝夜の襦袢はあちこち破れたり焼け焦げたりしている。それに加えて肩で大きく息を吐いている事から、それなりに消耗してそれなりの回数は死んだという事が窺える。
 つくづく、便利な身体である。
「終わりましたか? 姫」
「おーい、妹紅大丈夫かー?」
 慧音と永琳は殺人弾幕ごっこが終わったのを見届け、この場に訪れてそれぞれの人物の元へと向かった。
「これで134758勝134757敗58794分けで私の勝ち越しっと」
「ううぅぅぅぅぅ……次は勝って追いついてやるから見てなさいよ輝夜ぁ……」
「次も勝って引き離してあげるから覚悟しなさい。うふふふふふ……ふふふ……ふははははーっはっはっはっはっはっはっはっ―――!!」
 妹紅は地面に這い蹲ったまま涙を流しながら言うものの、所詮は負け犬の遠吠え。
 輝夜は妹紅を見ろせる位置に立って勝者にだけ与えられる笑顔で声高らかに笑っている。
 その後、先ほどと同じく破れたり焦げたりした衣服は慧音が歴史を弄ってどうにかしたらしい。何とも便利な能力である。

 それからしばらく経って夏の日差しが和らぎ、涼しくなってくる頃合。
 4人は平らでかなり大きな岩場に座り込んで話に華を咲かせていた。
 並びは

             慧音
           妹紅  輝夜
             永琳
 というものである。。
 最も、輝夜が先ほどの勝負を事ある毎に持ち出しては妹紅をからかって慧音がそれを宥め、永琳が輝夜をやんわりと窘める、という感じなのであまり華は咲いてなさそうなのだが。
「ふぁ――ぁ―――。う~……」
「どうした、妹紅。眠いのか?」
 先ほどの疲れが出たのか、妹紅は欠伸を噛み殺して目を擦っている。
「んー……ちょっと、ね。……あふ――」
 とは言うものの、既に頭がゆらゆら揺れていてちょっとどころでは無さそうである。
「はははっ。ちょっとどころか、かなり眠そうじゃないか。どうする? 眠るなら私の膝を貸すが」
「んー……寝るぅー」
 寝起きのような声でそう言い、妹紅はこてんっと身体を横に倒して慧音の膝に頭を乗せた。
 そして数秒程経つと、妹紅の口からすーすーという小さな寝息が聞こえ始める。
 輝夜はその様子をぽかんと見つめ、永琳は相変わらずの柔らかい微笑みで「羨ましいわねぇ、ホント」などと呟いている。
「ー―? どうしたんだ? 輝夜」
「何と言うか……人前でそういう事、よく出来るなぁって思ったものだから」
 不思議そうに輝夜はそう答える。不思議そうというよりは、感心していると言った方が正しい声色ではあったが。
「ははは。まぁ確かに人前でした事はないのだがな」
「ふぅん。なんだかんだで、言うよりはずっと仲いいんじゃない」
「仲がいい――そう見えるか。私としては言うだけの距離感を置いてるつもりだよ。ただ、妹紅には出来るだけ人の温もりに触れていて欲しいんだ」
 そう言って、慧音は妹紅の髪に指を通して軽く梳く。それに反応してか、妹紅は気持ち良さそうに顔を綻ばせる。
「人の温もりって、そんな難儀なものは蓬莱人には必要ないわ。むしろ、死ぬ事の許されない身には毒でしかない」
「そうねぇ。私と姫は共に永い時を生きているけど、この子には貴女しかいないんでしょう? 貴女の時間は所詮有限。近づきすぎると、結果、どうなるかはちゃんと解ってるかしら?」
「ああ。全て承知の上だ。だけど、それでもこの子には――妹紅には人の温もりが必要なんだ。知っているだろう? 妹紅が私と輝夜以外の者と、決して自分から関わろうとしない事を」
 慧音は真剣な表情で二人を見据える。視線からもそれは十分に二人に伝わったようで、二人はこくんと小さく頷いた。
「私はその理由を知っている。その事について、私と妹紅の出会いを少しだけ話そう」
 真剣だった表情をふっと和らげ、慧音は妹紅の頭を優しく一撫でしてゆっくりと語り始めた。


 あれは嵐と見まがう程の激しい雨の、夜遅くの事だった。
 私は人に頼まれて村を襲った妖怪を倒し、帰り道を急いでいた。
 なんせこの雨だ。ぼやぼやとしていては消耗した身体に影響を及ぼしかねない。
 そして竹林を低空飛行していた折、叩きつけるような激しい雨の音に混じって何かの倒れる”ドサッ”という音を聴いた。あまり大きな音ではなかった為に一瞬空耳かと疑ったが、いかんせん激しい雨で地面はすっかりぬかるんでしまっている。
 もしかすると、足を取られて人が倒れたのかもしれない。そう思い、私は音のした方向へと急いだ。
 目を凝らして音のしたであろう場所を探していると、少し遠くの方に、地面に横たわる何か白っぽいようなものを発見して私はそこへ向かった、
 予想通り、そこには人が倒れていた。その人物は全身を覆う程の白髪の上に紅白のリボンをあしらった少女だった。
 すぐさま少女を担ぎ、私は自身の住む庵へと急いだ。
 庵に辿り着き、すぐに少女を畳の上へと寝かせた。着ている服はあちこちが破れ、泥に塗れて雨でぐっしょりと濡れてしまっている。
 衣服を脱がせて身体を拭いていると、ふと妙な事に気づいた。服はあちこちが破れているというのに身体には傷ひとつ付いていない。僅かに血の痕が見受けられる事から、怪我をしなかったというわけでは無さそうだ。
 妖力や魔力の類が微塵も感じられず、この少女が正真正銘の人間である事が解る。
 ともあれ、現時点では他には何も分からない。
 そこら辺の事情も含めて、少女に訊いてみるとしよう。
 衣服の破れや汚れ等をとりあえず無かった事にしてから少女にもう一度着せて布団に寝かし、目覚めるのを待った。
 それから一刻か二刻か―――よくは分からないが、疲れからかうとうととし始めた頃。
 少女は目を覚ました。
「気が付いたか。気分はどうだ?」
「――え? あ、あなた、誰っ!?」
 少女は横に座った私を見るなり、怯えるようにして横に飛び退って距離を取った。
「ど、どうしたんだ?」
 少女の様子に面食らい、そう訊く事しか私には出来なかった。
 しかし少女は布団をぎゅっと握って私に怯える視線を向けるばかりで、一向に話そうとしない。
「何を怯えているのかは知らないが、私は敵ではない。安心してくれ」
 出来るだけやんわりと、そう少女に告げる。
「やだ、信用なんか出来ない。人は皆私に危害を加えるわ」
 少女は私に向けていた怯えの視線に敵意を混じらせ始めた。
 余程の事があったのだろう。
「そうか……。なら、そのままでいい。それからお互い自己紹介をしよう。それぐらいならいいだろう?」
 少女を少しでも安心させられるように、声に優しさを込めて。
「私は上白沢慧音という者だ」
 不必要に怖がらせる事はないと思い、妖怪である事実は伏せておいた。半分は人間なのだし、満月の日でもない。気づきはしないだろう。
「……藤原妹紅」
 まだまだ声に警戒や敵意は篭っているものの、今度は素直に答えてくれた。
「一応これで私たちは顔見知り程度の知り合いにはなったわけだ。だから、そう警戒しないで欲しい。それから、せめてあの場所に行き倒れていた理由だけでも教えてくれないか?」
「……別に、何処かを目指してたわけじゃないわ」
 しばらく少女は私を睨んでいたが、やがてゆっくりとした口調で話し始めた。
「ただあそこから逃げ出してきただけっ。何度も殺されたっ! だけど私は死ねなくて、痛くて痛くて、やめてと懇願してもあいつらはやめなかった!! 私はあいつらと同じ人間なのにっ、ただ死なないだけで、他は何ひとつとして変わらないのにっ!!」
 しかし、何がきっかけだったのか――妹紅という少女はまるで怒りを撒き散らすように、爆発させるような激しい口調でそう一気に捲くし立てた。
 突然の少女の豹変ぶりに呆気に取られ、私は少しの間言葉を返す事が出来なかった。
「死な――ない?」
 それでも、どうにかそれだけを訊くことは出来た。
「そう、私は死なないわ。村の連中はこぞって私を化け物扱いして捕らえ、何度も殺した。それまではとてもいい人達だった。なのに―――。だから、もう人は信用出来ない――」
 そうして、妹紅という少女は静かに泣き始めた。嗚咽を漏らし、時折しゃくり上げながら。
 私は近づき、妹紅を優しく、きゅっと抱き締めた。
 妹紅はすぐにそれに気づき、やめてくれと腕の中で暴れ始めた。
「さっきは怯えさせると思って言わなかったが、私は人間ではない。妖怪なんだ」
 暴れる妹紅を少し力を込めてぎゅっと抑えつけ、私は言い聞かせるように優しく語り始める。
「半分は人間だから見た目は人間と変わらないが……それでも、私は妖怪だ。だけどひとつだけ信じて欲しい。私は、人間が好きだ。だから絶対に裏切るような事はしない。絶対にだ」
 すると、妹紅はピタリと暴れるのをやめて驚いたような、どこかキョトンとした表情で私の顔を見上げてきた。
 私は表情を意に介さず、すぐに妹紅の眸に視線を合わせる。
 ――こうしなければ、この少女は私の言葉を信じようとしないだろう。
 漠然と、そう思いながら。
 やがて妹紅の眸からぽろぽろと涙がこぼれ始め、表情がそれに合わせて少しずつ歪み始めた。
 そして堰を切ったかのような号泣。
 妹紅はわんわんと泣き叫び、私の胸に顔を埋めてただただ涙を流し続ける。
「ほんとは、こうして誰かに助けて貰いたかった! 誰かに近づきたかった! だけど、だけど……私が不老不死とわかったら皆離れていった!! 私は人間なのにっ! 人間なのにぃっ!! わあああああああああ、ああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
「安心していい。私は絶対にそのような事はしない。貴女が一緒に居て欲しいと言うのなら、一緒に居る。寄りかかりたくなれば寄りかかってくれればいい。だからー―今は、安心して泣けばいいさ」
 しばらくするとその号泣は少しずつ収まりを見せ、それはやがて小さな寝息へと変わった。
 私は眠った妹紅を布団に寝かせ、自身も壁に身体を預けて眠りについた。


「とまぁ、そういう訳だ。あれから随分と時間は経っているが、妹紅は相変わらず誰とも関わろうとしない。多分、今でもあの頃のままなのだろう」
 そこでこの昔話は終わり、とばかりに慧音は声の調子を若干明るくする。
 輝夜は珍しく神妙な顔つきでずうっと話を聞いていたが、永琳は話の途中から感動して涙を流し、鼻をぐしゅぐしゅと言わせていた。
「ほらほら、話は終わったんだからいい加減感動するのはやめなさい」
 若干呆れながら、輝夜は懐からちり紙を取り出して永琳に渡す。受け取った永琳は涙を拭いて鼻をかんでいる。それから永琳が落ち着くまで待ってから、慧音はある事を切り出した。
「丁度良い機会だ。二人に教えて欲しい事がある。いいだろうか?」
「いいわよ。けどもうそろそろ日も完全に落ちてしまうわ。手身近にお願いね」
「大丈夫、そう時間は取らせない」
 そこで慧音は一度目を閉じて息を吐き、表情を真剣なものに変えた。

「蓬莱山輝夜、そして八意永琳。教えてくれ。この子は―ー妹紅はいずれ私と別離する事になるだろう。その後、どれだけの悲しみと寂しさを味わえばいい? 何度裏切られればいい? 私は、それを知りたい」

 この言葉に秘められた、本当の意味。
 それを、輝夜と永琳はすぐに理解した。
 このような悲しい宿命を終わらせる事は出来ないのか、と。
「正直言って、難しいわ。既に妹紅の存在は蓬莱人そのもの。下手に扱えばその場で急速に寿命を迎え、結果死に至るわ。それに、元々は妹紅の自業自得だから私にも永琳にも救う義理なんてないわけだし。薬を作った永琳にも同様の事が言えるわ」
 言いながら、輝夜は小さく首を振って否定する。
「そう、か……。分かった。問い詰めるような形にして済まなかったな」
「いいわ。ま、一応考えるだけ考えておくわよ。もう日が落ちちゃったし、永琳、帰るわよ」
 輝夜はくるりと振り向き、手をひらひら振りながらそう答える。永琳は慧音に一度ぺこりと頭を下げ、先を歩く輝夜へと小走りで追って行く。

 相変わらず自身の膝で眠り続ける妹紅を起こさないように優しくおぶり、慧音はゆっくりと、瞬き始めた星空を眺めながら妹紅の住む庵へと歩き出した。
 いつか、背中で眠るこの少女は救われる。その希望を胸に秘めて――

-FIN-
なんと言いますかー……もう8月最後の日ですよコンチクショウ。
まだ8月だから夏でいいんだと言い訳しつつ、今回のお話を書きました。
健全とアウトの境に迫りつつ後半は滅多にやらないシリアスっぽい事をやろう、という事で書いてみましたがー……なんだこれ(苦笑

色々と捏造しつつ幻想郷非公式ワールドガイドさんを見て出来るだけ矛盾しないようにしましたが、多分色々とあり得ない事になってると思います(笑
さり気なく仕込んだガンダムW(多分劇場版)ネタは誰か気づいてくれるのかと……ていうかうろ覚えなんでむしろ間違ってそうで怖いわけですが(駄目すぎ

ともあれ、自分脳内のもこけーねはこんな感じです。てるよとえーりんもこんなんです。そして幻想郷に重い話は似合わないと思った。まる。
凪羅
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コメント



0.1670簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
前半と後半のテンションの違いにびっくり
前半の微(?)エロ展開には腹がよじれるほど笑わせて頂きました

さて、ヒトの血液量は体重のおよそ1/13で、その1/3を失うと
失血死するといいますが・・・さすが不死身、
空飛ぶぐらい鼻血出してもなんともないぜ!

それはそうと、「ガンダムW(多分劇場版)ネタ」って言うのはこれのことかな?
五飛、教えてくれ・・・・・・オレたちは、あと、何人、殺せばいい?
 ・・・・・・オレは、あと何回、あの子とあの子犬をを殺せばいいんだ・・・・・・
    byヒイロ・ユイ(新機動戦記ガンダムW Endless Waltsより抜粋)
25.無評価凪羅削除
いやはや、慣れない事するとやっぱ駄目っぽいなぁ(苦笑
けどこれも修行、次回書く時はもっと良い物書けるように努力します。
ぶっちゃけ書きたい事全部書けてなかったりするし。

んでガンダムWネタはそれです(笑
なんか真面目な話で後半締めようかなって思ったら何故かそのセリフが浮かんできてしまい、使ってしまいました(死