Coolier - 新生・東方創想話

夏の幻覚

2005/08/30 09:11:51
最終更新
サイズ
9.33KB
ページ数
1
閲覧数
729
評価数
2/44
POINT
1960
Rate
8.82
チリーン……。



「……あ、もう夕方なのね」

縁側に座る巫女は涼やかな風に揺らされた風鈴の音で目覚めた。
遠くを見れば、夕陽の色が赤く紅く、それは周りの景色すらも染めていた。
そんな景色の中、のっそりと固まってしまった体をほぐしながら彼女は、元々紅い館だとどれくらい紅くなるのかしら、と考えていた。意味は無い。
とりあえず寝てしまう前に嗜んでいたお茶の道具を片付けることにする。
元々そんなにも熱くなかったお茶は、すっかりとぬるく、いや冷えてしまっていて、飲みかけなのに少々勿体無いと思う。しかしそれで飲むほど彼女も卑しくは無かった。悔しくはあったけれど。
閉じてあった障子を開くと、今吹きつけるものよりも若干生温いと感じるものの、真夏とは比べ物にならない涼しい空気が感じられた。
台所の流しまで湯呑みと急須を運びながら、もう随分涼しくなってきたわね、と考える。もう寝るときも不快にならずにすみそうで、全く結構なことだ。

なんとはなしに何かを忘れているような気がして、境内に出てみる。
そこには、ぽつんと取り残されているように佇む箒。というか取り残されていたのか、この巫女に。
そういえば掃除の途中だったわね、と考えながら巫女は箒を拾う。じんわりと残る熱が、昼間にどれだけの日差しに晒されていたかを示してくれた。それでも、真夏の時のソレに比べればその熱は弱く、すぐに手に馴染んでしまう。
鳥居のほうを見れば、鳥居型に切り取られた夕陽。光がある、ときちんと瞳が機能しているからこそ判るものの、その紅さと相まってまるで鳥居が無いかのように見えた。
そんな紅い夕陽であるのに、感じるソレは熱ではなく涼やかさ。間違いなく、ここしばらく馴染みすぎたものの逝去を語っていた。
箒を、閑散とした賽銭箱に立てかける。さきほどまで座りながら寝ていたためなのか、巫女本人は座らなかった。何故か立ってその夕陽を眺めていたかったから。



チリーン……。



遠くて、風も弱弱しくて、幽かな音のはずなのに。何故かその鈴の音はしっかりと耳に届いた。高台でありながら、風もなく、無音であるかのように錯覚した為だろうか。
あるいはそれは幻覚で、ありもしないはずの音を聞いてしまったのだろうか。紅い夕陽につられてうっかりと紅くなっている空を眺めると、それもあるかもと思う。
カナカナカナ……ひぐらしが鳴いていた。先ほどの、幽かな音なんてかき消すほどの静かな大合唱。涼やかさを忘れるほどの音。
それでも、先ほどの音は真実だったのだろう、と巫女は思う。
疑うのならほら、夕陽に手をかざしてみるといい。手形に切り取られた紅い夕陽は、どこか物悲しいと見えるだろう。ちょっと前なら、切り取られたって猛々しいと視えるはず。
悲しく視えるのはきっと、寂しいからだ。あんなにも文句ばっかり言っていて、早く過ぎて欲しいとすら感じていたのに。人間っていうのは、本当に勝手なものだ。



チリーン…………。



ほら、また聴こえる。心が寂しくなるたびに、多分聴こえるんだろう。
そんな幻覚だ。きっと、誰もが聞いてしまう幻覚。
ひゅう、と吹き抜ける風は涼やかで。主張していない何かを主張している。そんな風に聴こえた。

ふと、夕陽のなかに黒い何かを見つけた。逆光になっているから黒いのか、それとも元々黒いのか。
きっと後者のほうだろう、巫女は溜息をついた。
とりあえず文句を聞いてやろう、そう思いながら、さっき片付けた急須を取りに中に入った。






・ ・ ・ ・ ・






紅い空の中、一筋の黒い流れ星があった。
箒に乗ったその人影は、赤い空の原因である夕陽を眺めつつも一人ごちる。

「もうすぐ陽が沈むな。さて、最後の仕事を終わらせなくちゃな」

風を切って空を走るその先に、目的地である博麗神社が見えてくる。
本来ならばもっと早くに訪れるはずだった。それがこんなに陽が沈むまで後回しにしてしまったのには訳がある。
流星の速さにすら挑戦した魔女である彼女の箒にかかれば、幻想郷なんていうのはちょっと広い庭、くらいなものである。まぁ全部を見て廻ったわけではないし、先まで行こうと思えばきっとそんなに時間は掛からない。
だがしかし、迷うというファクターを入れればそれは未知数へと変化する。
彼女は迷うことに対してそれほど耐性が無いのである。自身が迷わないからである。
力押しでどうにかしてきた彼女は、それでどうにかならないところは苦手にしているフシがあった。しかしそれでもきちんと抜けられるところは彼女の美徳ではあるのだが。

「竹林なんかで時間潰したのが不味かったな。まぁおかげで手土産も出来たし、取っ掛かりにはなるだろ」

箒にぶら下げている袋が、その手土産とやらなのだろう。しかし固く結んでいるとはいえ、小さな袋だ。
彼女の飛ぶスピードについていけていないのだろう、ぶらんぶらんと非常に不安定そうに揺れている。
しかも中身は重くて硬いものなのだろう、普通の布では押さえきれないのか、カタチがはっきりと見えていた。
そんなことはお構いなしだった。まるで考えていないのだろう。
風を切る。涼しくなったソレは、彼女の心を浮き足立たせるのには充分だった。
長い間空を飛んでも、火照った体が自然に冷やされていく快感は、きっと本人にしかわからないものなのだろう。彼女は実に楽しそうに空を飛んでいた。

「霊夢ー!」

空から叫ぶ。普段より三割り増しでの大声だった。さらに言うなら、境内に到着した後の着地のラフさも三割り増しだった。
ずだん、と音を立てて境内に降り立つ彼女は、本当に楽しそうだった。紅い夕陽に照らされていたとしても、力強さのみが残っていた。

「叫ばなくても聞こえてるわよ」

彼女が、箒から例の袋を取り外した時点で神社から巫女、霊夢がやってくる。
いつにもまして呆れていた。ただ、彼女は気にしなかった。とても気分がいいときというのは、どんな些細なことだって見落とすのだ。
どうせ静かな境内で一人物思いにでも耽っていたのだろう、と結論付けて彼女は袋の中身を取り出した。

「宴会だ」
「いきなりやってきてそれ?」
「私が事前通告したことなんてあったか?」
「無いわね。魔理沙はいつも突然に言い出すわ」
「だろ? なら問題ないな」
「そうね……ってそんなわけないじゃない!」
「いやだってなぁ、ほら」
「……もうお酒まで用意してるのね」
「一応手付金みたいなもんだ」

袋に入っていたのは酒である。それもかなりの上物。
竹林の奥にある永遠亭、迷いに迷ってようやく辿りついた魔理沙がぼったく……いや貰い受けたものである。
いつもはそんなにまで用意しない。まぁ神社にあるお酒では足りない為、ここでの宴会の参加者は酒を持ってくるというのはいつの間にか出来た暗黙の了解である。
ただ、それが守られることは少ない。霊夢が言うとおり、ここでの宴会は大概が唐突に行われるためである。

「ふーん……珍しい。それが魔理沙っていうのが一番珍しいわね」
「ま、確かにな。私も考えてなかったしな」
「ああそう、そんなことだと思ったわ」
「で、良いのか、悪いのか」
「どうせ良くないって言っても、こういうときの魔理沙は根回し済みでしょ? いいわよ」
「よく判ってるな」
「片付けを手伝いなさい」
「お断りだぜ」

まさに光の速度で即答する。芳しい答えが返って来るとは全く期待していなかったのか、霊夢ははぁと溜息だけをついた。
そんな霊夢を見て、魔理沙はニヤリと笑う。そして鼻歌交じりで神社の中に入っていった。何か酒だの食べ物だのを捜しに行くのだろう。いつものことだ。
神社に入る直前、魔理沙は吹きつける風を感じた。思わず、振り返ってもう落ちる直前の夕陽を見てしまう。



……チリーン……。



そんな、幻覚をした。






・ ・ ・ ・ ・





宴会はいつもどおりだった。
ただ、魔理沙はよほど人を萃めたかったのか、ありとあらゆる場所を巡ってきたようだった。
そしてここまで人や妖怪が集まる宴席などこれくらいだろう、と霊夢は杯を傾けながらその様子を眺めていた。

「よ。こんなとこでしみったれてる巫女」
「はいはい。そんなしみったれに声をかける物好き魔法使い」

境内で行われている宴会であるが、霊夢は賽銭箱の前に座っていた。
盛り上がっている宴席の中、こっそりと抜け出したのである。
誰にも見つかっていない、などとは露ほどにも思ってはいなかったが、それでも見つけられたことに対して少し驚いていた。

「ところで」

魔理沙が口をあける。それはとても自然に聞こえた。
喋ろう、と思ったのではなくて、なんとなく言葉が出てしまった、という音。そう霊夢には聞こえた。
その声にあわせたかのように、風が吹いた。強くはない、しかして弱くも無い。正に吹いた、としか形容出来ない風。
涼やかに吹き抜けるそれは、先ほどの魔理沙の言葉すらも流してしまったかのよう。
それでも次の言葉は紡がれる。流されたかわりに、風に新しく言葉を吹き込まれたかのごとく。

「もう、秋だな。涼しくなってきたぜ」
「そうね。秋ね」

二人は同時に、空を見た。煌々と星が瞬いている。
宝石が散らばったかのような光が、二人の目に入る。
けれども二人は、違うものを見ていた。きっとおなじものを視ていた。

「ところで」

そんなものを視ながら、霊夢は口を開いた。
声は風のように流れ、耳を素通りしていくかのように紡がれた。
きっと自然が後押ししてくれたのだ。喋る、と意識しない言葉は、きっと自然が言わせたものだから。

「何で、今日宴会なのかしら」
「いきなりなんだ、理由なんて……多分無いぜ」
「嘘ね」
「どうして」
「だって、視えたでしょ、聴こえたでしょ? そういうこと」
「は、なるほど。でもま、多分それより頭悪い理由だぜ」
「いいじゃない、それでも。話半分に聞いてあげるわ言ってみなさい」
「ま、さっきの言葉だよ。もう夏が終わるからな」
「あぁそう」
「要するに、さ」

立ち上がる魔理沙。鳥居を背にして、霊夢と向き合う。
さっきまでの顔は霊夢は知らない。けどいつもの魔理沙の顔じゃなかったろう。
でも今は、同じ顔だった。いつもと同じ、不敵な笑顔。

「夏にありがとう、ってな。最後にひとつ、大騒ぎをしてやろうってことだ。つまり――」
「恩返し、ね」

霊夢も立ち上がる。さっきまでのどこか落ち着いた気持ちが、どこかに飛んでいったみたい。
きっと先ほどの風が、持っていってしまったのだろう。静かな気持ちは後からでも充分間に合うと、ちょっとばかりフライングした秋の風が持っていってしまったのだ。
だって今はまだ夏だから。熱くて暑くて、でも生命に溢れた、そんな眩しい季節だから。
そんな季節に、太陽に、風に、自然に。貰ったものを返してやろう。

「アンタが返す、ってことをするなんてね。明日早速雨降りそうね」
「は、違うぜ。アレは私のものだ。ただ少し、貸すだけだぜ。来年また返してもらう為にな」
「そうね。また来年も」

二人は今も騒がしい、宴会の中心部に走り出す。魔理沙は今季の元気を、全て出し切るかのように、全力で。霊夢は少しゆっくりと。
さぁ、しんみりするのはこれまでにしよう。
もうすぐ終わってしまう彼らに、最大級の敬意を払おう。
また来年、暑くて騒がしい、だけども元気で生命力に溢れた季節が訪れるように。



チリーン。



二人の耳に届いた幻覚は、心なしか元気を取り戻していたかのようだった。


もう夏も終わりですね。大分涼しくなってきて、夜も寝やすくなってきました。

風鈴というのは、夏をイメージさせるものであると思います。
涼しくなるのは確かなのですが、でもそれは夏の涼しさであろうと。
そして夏の夕陽と秋の夕陽はまったく違うとも思います。
何が、とは言いませんが、色んな何かが。

きっと夕陽と風はみんなお見通しなんでしょうね。季節が変わるたびに一喜一憂したりする我々を。



それでは。
ABYSS
http://www2.ttn.ne.jp/~type-abyss/
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1800簡易評価
4.70床間たろひ削除
もう夏も終わりますね、ってゆーか夜は結構肌寒いですよ?
子供の頃は夏が終わるのを認めたくなくて意地でも半袖を着ていたけれど
やっと秋を楽しめるようになりました。具体的には栗ごはんとか。
去りゆく夏へ感謝の気持ちを風鈴の音に乗せて。
今を感じさせる良いお話です。ありがとうございました。
5.90豆蔵削除
 毎日忙しく生きてる私は、季節の変わり目にも
気が付きませんでしたヨ・・・
 だからこそ幻想郷に恋焦がれるのでしょうが、
この作品はそんな世界の魅力がいっぱい詰まっていました。
 温かい感触をくれた霊夢達とABYSS様に多大な感謝を。