Coolier - 新生・東方創想話

人鬼の闘い、人鬼の絆(下)

2005/08/29 03:33:25
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活を入れられると幽子は目を覚まし、そして笑いながら言った。
「本当に殺されたと思ってしまいました…さすが姉弟子様です。」
彼女を抱き起こしたまま、妖夢も同じように笑った。
「ありがとう。でも、あなたも大したものだった…姉弟子として誇らしいわ」
もう数年来の友人のように穏やかに笑い合うその二人の様子をじっと見つめ、やがて妖忌が口を開いた。
「さて…妖夢よ。多少は修行を積んだようじゃが、久方振りに儂と仕合ってみるか」
「?!」
妖夢が振り向くと、彼女の返事を俟たずして妖忌は刀を携え、幽々子に一礼して前に進み出ていた。
「よ…喜んでっ!」
妹弟子を大事に縁側へと運んでやってから、彼女は抑えきれぬ気持ちのまま駆け足に妖忌と相対した。幽々子への礼を忘れていたあたり、不敬ではあるが相当な熱意だ。やはり若い。そんな彼女に、妖忌はこっそりと苦笑を浮かべた。だが、それもすぐに消え、彼の表情と気配は戦いのものに…なりはしなかった。剣を構えても、それらは一切変わりはしなかった。
「?!」
妖夢の額にどっと汗が滲み出す。そう、それは力のすっかり抜けた、ごく自然体のさらりとした佇まいでしかなかった。威圧的な気配をぶつけられている訳ではなく、底知れない殺気を感じるわけでもない…なのに、何故か彼女は妖忌の佇まいを見ただけで恐怖していた。理不尽だとは思いながらも、足の震えを必死に押さえ、表情を繕おうとするだけで精一杯だった。
「ほう、少しは判るか」
気配はまるでただの温和な老人のようだが、表情の精悍さは隠し切れず。妖忌はにやりと笑ってそう呟いた。
その状況を見て、萃香が幽々子の横で瓢箪をぐびりと呷り、心地よさげにぷはぁと息をついて笑った。
「くー、腕が鳴る、血がうずく。全く、半分とは言え人とは思えんね」
のんびりして見える幽々子さえも、その瞳は常になく鋭く、相対する二人の様子を見守っていた。そして、ややあって妖忌が口を開き、ほとんど優しげとさえ言っていいような声で言った。
「それでは行くぞ、妖夢よ」
「!」
何かがどっと吹きつけた。すぐには判らなかったが、それは闘気だった。妖夢よりもずっと静かでありながら、幽子よりも遥かに獰猛な、明らかに矛盾をはらんだ闘気…いや、殺気か。
「…イヤァアアアアアッ!」
その間合いからはけして逃げられぬなどと考えるよりも先に、足が地を蹴って前方に跳び、裂帛の気合いと共に妖忌へとまっすぐ躍りかかり…その次に何が起こったのかは、妖夢にはよく思い出せなかった。ただ、気がつけば彼女は石畳に叩き付けられ、幽々子の膝に抱え起こされていた。刀の峰ででも打たれたのか、身体のあちこちにずきずきと痛みが走っている。もしかしたら、骨の一本や二本くらいは折れているのかも知れなかった。
「妖夢、ねえ妖夢ってば…!大丈夫?!」
少しぼんやりとしてから、妖夢ははたと正気を取り戻した。幽々子の膝は温かく、かすかに桜の香りがして、妖夢の心を優しく包む…が、正気に戻ると慌てて彼女はそこから起き上がろうとした。
「…はっ…ゆ、幽々子様。そんな、もったいのうございます…どうかお放しを、私は無事ですから」
「いいから、ほら…こっち来なさい」
ひょいと抱え上げられ、妖夢は幽子の隣に優しく横たえられた。
「ふむ、まさか前進を選ぼうとはな」
妖忌が近寄り、妖夢の銀色のやわらかな髪にそっと手を乗せた。それは、妖夢の記憶にある通りの、節こぶだらけで大きくて、そして何よりもがっしりした手だった。彼女は思わず目を閉じ、幸せそうに微笑んだ。
「儂に隠れている力が多少ながらも判ったことと言い、唯一の可能性である前進を見出したことと言い…お前も少しは修行していたようじゃな」
「あ、ありがとうございます師匠」
妖夢が身体を起こしかけるのを指一本で押さえ止めると、妖忌は淡々と、容赦なく続けた。
「じゃが、まだまだ。足運びの未熟さといい体捌きの甘さといい、心の乱れといい目を覆わんばかりじゃ。ことに、何度も注意した戦いの最中に余計なことを考える癖がいまだに治っておらぬのは頂けんな。この未熟者めが」
「みょん」
ほめられて目を輝かせかけていた妖夢が思い切りへこんだ所で、妖忌は次に幽子に向き直った。
「この短い間にしてはなかなかの進歩よ。まあ、ちょうどよい目標も出来たことじゃろうから、なお一層励むがいい」
「はい…ありがとうございます、お師匠様」
そして、最後に幽々子に頭を下げる。
「幽々子様、挨拶が遅くなりまして申し訳ございません。そして、いきなりお騒がせした上お時間を取らせてしまい誠に申し訳ありませんでした。自分勝手に隠居した身、顔を出すべきではないと思いましたが…弟子の未熟を聞き、ついいてもたってもいられなくなってしまいました。これからすぐに失礼致します故、どうかご容赦下さいませぬか」
簡潔にそれだけ述べると、妖忌は幽子と萃香に視線を投げ、その場を去ろうとした。もっとも、萃香はそれをにやにやと見送りながら、酒と桜もちを手に、その場を離れるつもりは微塵も見せなかったのだが。
「あ、し、師しょ」
「…お待ちなさい」
手を伸ばしかける妖夢を遮って、幽々子の静かな声が妖忌の歩みを止めた。
「…は」
向き直った妖忌に、幽々子は静かに告げた。
「いきなり押しかけて来てはいさようなら?少々それはあんまりじゃないかしら」
「左様でございますな…お腹立ちはごもっともです。ご処分をお望みでしたら、如何様にも」
頷く妖忌をじっと見つめ、背後で何か言おうとしかけている妖夢や幽子をじりじりさせながら、幽々子はたっぷりと間を置き…そして、告げた。
「そうね…久しぶりにあなたのお味噌汁が飲みたいわね。今夜作ってちょうだい」
「…は?」
訝しげな妖忌の顔を見ると、ほんの少し視線を逸らし、幽々子は言葉を重ねた。
「はいさようなら、じゃあんまり味気ないでしょ」
「…は、確かに。それでは、喜んでお申し出を受けさせて頂きましょう。よいな、幽子?」
幽子は頷き、嬉しそうに妖夢と視線を交わし合った。と、それらを尻目に、幽々子はさっさと客間へと歩き出した。せっかちという言葉とは縁遠い彼女としては非常に珍しい振る舞いで、さしもの妖夢も目を丸くしたものだった。…彼女からは、逆側で見えなかったのだ。幽々子の頬が、少しだけ桜色に染まっていたのを。
残された三人の背後で、ふと萃香が牙を見せて笑い、口の中だけで呟いた。
「…紫の話じゃ、あのお嬢様は妖忌のことは苦手だったらしいだけど…苦手と嫌いは同じじゃない、ってとこかな。結局。いいお孫さんなんだわ」
そして、誰にも聞こえぬ呟きを、妖忌もまた心と口で発していた。
(お嬢様…本当に大きく、幸せそうになられた。妖夢をお傍に置いて行ったことは、やはり間違いではなかったのじゃな)
「…儂では、結局ああは行かなんだな。儂の剣では、完成し過ぎ、そして冷た過ぎた…」
「…?師匠、何かおっしゃいましたか?」
「ん?いやいや妖夢、何も言うておらぬぞ」
妖夢は師匠の顔を見、首をかしげた。
「そうですか、失礼しました」
「…ふふ…」



その日の夕餉はとても賑やかで…妖忌の無愛想ゆえ多少ぎこちない所もあったが…それが終わると、それぞれ部屋に入って眠りについた。妖夢と幽子は、自分たちの部屋でだいぶ遅くまで話し込んでいたようだったが。
そしてその夜中、妖忌はふと目を覚まして瞠目した。布団の中に誰かが、しかも複数潜り込んでいるではないか。布団をめくってみれば、何たることか、そこには妖夢と幽子、それに幽々子までが寝息を立てていた。思わず心中では苦笑しながら、妖忌は彼女らの頭をそっと撫でてやった。

幽々子の寝顔は、幼かった頃によく縁側で、妖忌の広い背中に寄りかかって眠っていた時のようだった。あの桜の下で眠りに着く前のこと、悲しみを知る前、そして忘れる前に…。

妖夢の寝顔は、まだ修行で毎日べそをかきながらも、休憩の合間に師匠に見守られて、疲れ果てて眠り込んでいた時のようだった。どんな場所で修行をしても、妖夢は常に安心に包まれて眠っていたものだ。

幽子の寝顔は、もう死霊の影に怯えてはおらず、陽だまりの中でうとうとしているような幸せそうな顔だった。弟子に来てからしばらくは、夜安らかに眠れぬ日々が続いていたようだったが…。

何たることか、彼女らは三人とも別々に、夜中にこっそりと布団に潜りこんで来たのだ。普段こんなことをしない者達が同じ夜に全員とは…何かに誘われでもしたのだろうか。
ふと、妖忌は気付いた。めくった布団に、桜の花が散っている。それは、もうけして咲くことのないはずの桜の花、彼女の主が眠る…
「西行妖の花…か」
花を一枚つまみ上げると、妖忌は瞑目して深く息をついた。
「そうですか…幽々子様、あなたの悪戯でしたか」
そして、その口元に本当にほんの僅か、見間違いとも思えるほどの小さな笑みが浮かぶ。
「まったく、昔から敵いませんな…あなた様には」
窓から見える西行妖の大きな影を見つめながら、妖忌は傍で幸せそうに眠る幽々子のもう半身の桜色の髪を優しく撫でてやった。そして、次に弟子達二人の肩に手を回し、ぽんと叩いた。
「妖夢、せめて儂の代わりに幽々子様を頼むぞ…。儂ではお前のようには出来なんだ…本来はお前の役目ではなかったものをな。それに幽子、妖夢の未熟、お前の未熟で刺激してやってくれ…。お前の剣にも、きっとそれは代え難き糧となろう」
暮れて行く夜の中、彼女らが聞いていないことを知りながら、妖忌は言った。いや、聞いていないからこそ言った。互いの間で言葉にしては、彼女らが断るわけもないではないか。どうするか選ぶのは、結局彼女らでなくてはならないのだから。しかし、それでも言わずにおられぬ自分の未練に、妖忌の顔にはやはり笑顔は浮かばなかった。
そして、屋根の上では、そんな情景を眺めながら、月を背負った一匹の変わり者の鬼がなんとも言えぬ静かな苦笑を浮かべてただ杯を傾けていた。
「…何だか知らないけど、聞かなきゃ良かったかな。無粋だったっぽいや。…でも、やっぱ目に見えて不器用だよね、あんた。私らと同じようにさ…」














































人も鬼も不器用なもの。ならば、人でありながら鬼であるものは?
それは、きっともっと不器用なのだ。人として、鬼として純粋であるほど尚更に。
「こぉの、馬鹿弟子がぁあああ!」をどうしても入れずにいられなかったのは秘密です。さすが東方不敗。そりゃまあ、本編に登場したことないから負けてないし。
あと、萃香の扱いがちょっとオマケっぽくなったことを、再主役を期待していた方々にはお詫びしておきます。


ここまで読んで頂き、皆様本当にありがとうございました。なお、急な電波で上海龍狼伝を後回しにして書いてましたので、そちらをお待ちの方々、申し訳ありませんがもう少しお待ち下さい…いればだがorz


※花映塚はやりましたが、文花帖はまだ読んでいませんので、そちらと設定が食い違っても幽雅にスルーして下さいませ。
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コメント



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28.無評価削除
今さらながらですが、誤字のご指摘をありがとうございました。