Coolier - 新生・東方創想話

咲花宴回顧録~紅~

2005/08/25 15:11:08
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※この話は拙作、咲花宴の番外編となっております。先に読んで頂けるとより一層楽しめます。
※咲花宴は作品集19にございます。
※この話にはオリキャラ分がタップリ含まれております。気を付けてください。
※まったく東方っぽくありません。
それでもよろしければどうぞ進んでください。











咲花宴回顧録~紅~







 最初は小さな花だった。
他の草に囲まれ、日の光の当たらない草だった。
このままでは枯れてしまう、もっと、もっと光を……。
もっと上に伸びれば光が当たる。
だから背を伸ばそう、何にも負けないように背を伸ばそう。
背筋を伸ばして、光を浴びよう。
いつの間にか他の草を追い抜いていた。
でも森には大きな木がある。
もっと光を、もっと光を浴びるためにはこの場所ではだめだ。
ここから移動しないと……。
だから移動した。
それから、長くは無く、短くも無い時が経った。

    1:雨の音・前

 その日も私は門番として立っていた。
私の名は紅美鈴、紅魔館の門番を務めている。
 だがここ2、3日はあまり身が入ってるとは言えない。
この前咲夜さんの為に花を摘みに行った時に意外な出会いをした。
幻想郷に住む鬼、伊吹萃香。
短い時間であったが酒も酌み交わした。
危うく挑発に乗って摘みに来た花を台無しするところだった。
ただ、その時に言われた言葉が胸に小さな棘となって刺さっている。

――「アンタは常に違う空気を見てたね、何か懐かしいものを見る目」

――「誰かといる事が懐かしくて大切なんだね、それは遠い昔に大切な誰かを失ったせい?
   だとしてもその大切な誰かは2度と戻らない」

 確かによく見ている。終わらない宴会の最中に何度かそう感じていた事は事実。
だとすればそれに気付いた萃香は大した観察眼と洞察力には敬意を覚える。
「ただ、痛いトコ突いてくれるなぁ」
 呟く声はどこにも響かない。
無意識に左胸、人間で言うなら心臓がある部分に手が触れる。
ちりん、と鈴が鳴る。
 ――もう、大丈夫。
そう自分に言い聞かせる。
 ぼんやりと地面を見ていると黒くて小さな丸ができた。
それは次第に数を増やし、地面を黒く塗りつぶしていく。
雨だ。
植物にとって日光と同じぐらい重要なもの。
ただ今の私にとっては嫌な記憶の呼び水でしかなかった。

雨が降る。

草木に活力を与える恵みの雨。

雨が降る。

全てを閉じ込めるように。

雨が降る。

「――」

雨が降る。

呟きは雨音の向こうに吸い込まれた。

それは
   100年以上前の
           大切な音。


    2:鈴の音


 ひかり、ヒカリ、光が欲しい。
枯れるのはイヤ、死ぬのはイヤ。
だから光を浴びて強くならなければ。
誰にも負けないように。

 強く、強く、強く。


 ちりりん、と鈴の音が聞こえた。

 緑の中国服が翻る。
虚空へと向かって突き出される腕は素早い。
腰を低く落とし、重心を安定させ、蹴りを放つ。
流麗でありながら木々のたたずまいにも似た重い存在感。
流れる動きで虚空を貫く技は前後左右に振られる。
正面へと突き出された右拳は引き戻され、背後への肘撃ちとなって――!
「めーいりんっ!」
 声とともに背中に衝撃。
同時に首筋に巻きつけられる腕。
「ちょ、邪魔しないでよ~」
 もう慣れ親しんだ衝撃、それは女性特有のやわらかさを伴っていた。
「まぁた1人で居残り修行? 努力家だねぇ~」
「鈴花ぁ、肘が当たるってば!」
 背中にしがみついてきたのは鈴花(リンファ)、ともに拳を学ぶ姉弟子。
18才になったばかりでまだ少女、といった風情である。
黒い髪を邪魔にならないように頭の両端で丸くシニョンでまとめ、髪と同じ黒い目は大きく、見る者をひきつける。
白い中国服に黒のスパッツをはいた出で立ちは大熊猫を少し連想させる。
彼女は幼くして両親を失い、自失しているところを師匠に拾われた娘だった。
今でも彼女は両親の形見である小さな鈴を両耳から下げている。
先ほどの鈴の音は彼女の両耳から聞こえたものだ。
「ん~、大丈夫だよ、美鈴はそんなことしないもん」
「不可抗力って言葉は知ってる?」
「後の先、って言葉もあるよ?」
「はいはい、練習で殴られてもしょうがないから今日はお終いにするね」
 美鈴は苦笑を浮かべて構えを解く。
空は赤く染まり、夜の帳を引くように日が沈み始めていた。

 山奥にある小さな寺院、紅龍院(ホンロンイン)。
他の多くの寺院が自衛の為として格闘術を修めていたようにこの紅龍院も独自の格闘術を修めていた。
曰く、その流れるような連撃には何人たりとも止められず。
曰く、その技には気功の流れを汲み、見た目より遥かに重い一撃と化す。
曰く、その奥義は気功の粋を極め、大山ですら砂塵と化す。
曰く、その継承者は常に1人であり、門外不出である。
故に多くの弟子を取らず、少数ながらも一騎当千の猛者が集う、とまで言われている。
 美鈴と鈴花はその紅龍院で格闘術を学ぶ修行僧であった。

 その日の夜。
寺院の中庭には珍しく騒がしかった。
今日は外に出た仲間が大役を成し遂げ、凱旋した為の宴会が行われていた。
その大役とは要人の暗殺である。
何しろ証拠が残らないのだから格闘術による暗殺は恐れられ、また多くの国から重宝もされていた。
もちろん代価は相当の量を持って払われる。
紅龍院はそうして日々の生活を送る寺院でもあった。

 鈴の音が聞こえる。
「美鈴、飲んでるぅ?」
 この手の宴会では壁の花となる事が多い美鈴に赤い顔をした鈴花が酒瓶を抱えてやってきた。
「飲んでるよ~、ただ騒がしいのは苦手だもの」
 そういう美鈴の周りには酒瓶、徳利などが山と詰まれているが、大半はすでに空であった。
片や酒瓶を3、4本抱えてやってきた鈴花も相当な酒豪といえよう。
「あ~、美鈴って人見知りするもんねぇ……」
 美鈴はその言葉に静かに頭を横に振る。
「ん~、そういうんじゃなくて、見てるほうが好き、かな」
「まぁたカワイイ事言ってぇ、今夜私の部屋に来る?」
 美鈴の顔を両手で挟み、赤い顔で聞いてくる、その顔はすでにかなりの酒量に達しているようだ。
「まぁ、約束だものね」
 苦笑いで返す美鈴。

 鈴花は同性愛者であった。
両親を殺されたときに賊に蹂躙されたのがきっかけで男性に対して嫌悪感を持っている。
そして人の死に対して極度に過敏でもある。
それは目の前で両親を殺された事に対するトラウマでもあった。
そんな時に彼女は他人を求めてしまう。
それが同姓への逃避とも言える感情であった。
『馬鹿だね、私は』
 初めて夜を過ごした時に鈴花はそう言った。
美鈴にはそんな彼女に向けてこう返した。
『なら、今度から私が居るから、安心して』
 2人の絆がよりいっそう固くなった夜だった。

「じゃあいつもの時間に部屋に来てね」
 そう言い残して鈴花は宴会の席に戻って行った。
それからも修行仲間達が入れ替わりに美鈴に声をかけに来た。
みんなそれぞれ美鈴を気にかけているのである。
決して多くの人数では育まれない、家族のような絆が紅龍院にはあった。
要人暗殺なんていう決して表に出ない生業である。
それぞれがワケありでこの紅龍院に落ちのびてきた者達であるからこそでき上がった絆だった。
妖怪である美鈴ですら受け入れてしまうほど強い絆。
それは美鈴にとってこの世で生を勝ち取って以来、初めて安息が得られる場所であった。
「できるなら、この時間がずっと続けばいいのに……」
 美鈴は独り月に向かって呟いた。
宴は夜半過ぎまで続けられた。


    3:轟音


 翌朝、まだ日が顔を出した直後に美鈴はたたき起こされた。
寝不足で頭が重い。
 隣にはまだ息が酒臭い鈴花も一緒に居る。
鈴花のほうは完全な二日酔いらしく青い顔をして気分が悪そうだ。
2人は朝早くに師匠に叩き起こされ、寺院の裏の山の中を歩いていた。
前を歩く師匠は昨晩の酒の影響はまったく無さそうである。
いつか師匠は『どんなに飲んでも一定以上酔わない』と言っていたのを思い出す。
「鈴花、大丈夫?」
 山道を歩きながら隣の鈴花に向かって話し掛ける。
「ごめん声だけで頭痛が倍になる……」
「あっそうご愁傷様」
「うぅ、人じゃない人は楽よねぇ……」
「それは言わない約束」
「ごめん。……あぁ脳を取り外して水洗いしたいわ」
 真っ青な顔を下に向けたまま鈴花がぼやく。
その会話を背中で聞いていた師匠が大声で笑う。
「鈴花、まだまだ酒に対する抵抗力が足りないなぁ!」
「う、師匠、大声はキツイです……」
「うむ、もちろんわざとだ」
 もともと落ちていた肩をさらに落とさせる鈴花。これ以上落としたら地面まで落ちてしまいそうだ。
 青い中国服を来た師匠はそろそろ老齢に入るかどうか、といった歳である。
正確な年齢は誰も知らないが体格はガッシリとしており、体には無数の傷跡が刻まれている。
短く切りそろえた頭髪は白いものが混じり始めているのを気にしていた。
彫りの深い顔立ちは慈悲深く、笑うと子どものように崩れるのが印象的であった。
 そしてその性格は豪快にして適当。
しかし時折り見せる優しさはこの男が生きてきた道を窺わせる。
鈴花にとっては父と呼べる存在であった。
「で、師匠、こんな朝早くからどこに行くんですか?」
 美鈴が呆れ顔で話をそらす。
これ以上鈴花に喋らすのは酷というものだろう。
それにすでに寺院からは遠く離れている。そろそろ山頂も見えてきた。
「ふむ、山頂にデカい岩が二つあるだろう? そこまでだ」
 そういって山頂を指差す。
確かにこの山の山頂には大きな岩が二つある。
高さは4~5メートル程で横幅は大人の男が両手を広げて2人分程である。
さすがに寺院からは木々に阻まれ見えないが、山頂を目指すならいい目印になる大きさだ。
よく足腰の鍛錬と称して走らされたものだ。
「で、そこで何をするんです?」
「それは着いてからのお楽しみだ」
 美鈴の疑問を軽く流す。
経験上、この男が答えをはぐらかす時は大抵ロクでもない事が起こる。
2人は嫌な予感を胸に山頂へと足を運んだ。

 山頂に着くと日が完全に出ていた。
世の中ではこれから朝食になる時間である。
軽い休憩を兼ねた朝食を取り、大岩を前に師匠が語りだす。
「これから、お前らに奥義を見せる」
「「え?」」
 同時に間抜けな声で答える弟子2人。
唖然とした表情をよそに師匠は話を続ける。
「まぁ本来は継承者は1人なんだが今代は特別に2人だ。これは現継承者であるオレの独断でもある」
「えっとそれって良いんですか?」
 鈴花が疑問をぶつける。
「もちろん、良い。だってオレが1番エライからな」
 胸を張り答える師匠、対して弟子2人は揃って肩を落とした。
「では説明するぞ、つってもようは単純な話だ。体中のありったけの気を拳に乗せて放つ。ただそれだけだ」
 そう言って大岩に向き直る師匠。
「よく見ておけよ、これが奥義、破山砲だ」
 そう言うとシュウゥっと息を吸い込む音がする。
「せいっ!」
 大地を力強く踏み抜き、拳が突き出される。
轟音とともに大岩が振動、一瞬後には岩山が砂塵となり崩れた。
「まぁアレだ、気の力によって相手の体を高速で振動させ、相手を跡形もなく吹き飛ばすってワケだ、簡単だろ?」
「「どこが簡単ですかっ!!」」
 見事に2人の声が重なる。
「そうかぁ? ちなみに男より女の方が気功は向いてるらしいぞ、丹田に気を溜めやすいらしい」
 自分がやった事が大した事でも無さそうに師匠が説明を続ける。
「特に美鈴、お前は人間じゃない、妖怪だ。オレがお前から感じる気は人間が出せる限界を軽く超えていると思うが?」
「はぁ、ただ私の気はこの姿を維持するのでも使ってるんで、そんなに余力があるわけでもないんですが……」
 申し訳ない、といった顔で答える美鈴。
「それに鈴花、お前はこの技を記憶と感覚で理解しているハズだ、よく思い出せ」
「はぁ~? こんな技初めて見ましたよ。それに感覚って言われても……」
 腕を組んでブツブツと呟き、考え込み始める鈴花。
「ただ、この技は相手に当たらん。何しろ気を溜める関係上、始動が遅いからな」
「それって習う価値あるんですか?」
 思わず突っ込む美鈴。
 それは当然である。空振りするだけの技なんて技とは呼べない、ただの見せ物である。
「当たらなければ、当てればいい、ようは避ける暇を作らなければいいんだ。わかるな? 美鈴?」
 謎掛けのように美鈴に問う師匠。
「連撃に組み込め、って事ですか?」
「まぁそうなるな、組み方にも一工夫が必要だ、時間稼ぎと相手の行動不能、両方やらなくちゃならん」
「はぁ」
「そこでだ、おい鈴花、いつまで考え込んでやがる、バツとして木偶になれ」
 美鈴の傍らでまだ考え込んでいた鈴花が慌てて抗議する。
「えー! 本気ですか? あんなの喰らったら死んじゃいますよ!!」
「破山砲は撃たないから安心しろ、連撃への組み込み方を教えるだけだ」
「とりあえず一発目を喰らったら全力で回避してみろ」
「わかりましたよ、避ければいいんでしょ」
 鈴花は文句を言いながら師匠の前で軽く右半身を前に出し構えを取る。
「まぁ無理だけどな」
 ポツッと師匠が呟く。
「行くぞ!」
 気合を吐き出し、師匠が間合いを詰める。
美鈴は見逃すまいと視線に力を込める。
 鈴花の体中に緊張が走る。
 一打目は気合の入った掌底。
緊張する鈴花の胸の中心付近、心臓へ右手が吸い込まれる。
壁を殴りつけたような鈍い音がする。
驚愕の表情を浮かべて固まる鈴花に対して師匠は身をかがめ、背を向ける。
 二打目は靠だった。
主に鉄山靠と呼ばれる技は身を屈め、相手に背中を向け、靠と呼ばれる肩甲骨で相手を強打する技である。
牽制と強打を兼ねた技だが相手を一瞬見失う、直撃まで時間がかかる、などリスクも高い。
その靠が下から伸び上がり、鈴花を強打する。
一番堅い肩甲骨が鈴花の心臓を直撃する。
堅いもの同士がぶつかる音が響く。
あまりの衝撃に鈴花の体が地面から浮かび上がる。
彼女の両耳の鈴がちりりん、と鳴った。
 そして三打目――。
シュウゥゥ!と師匠が息を吸い込む音が聞こえる、鈴花はまだ空中で驚愕の表情のまま師匠を見つめる事しかできない。
放たれるハズだった拳を開き、師匠は落ちてきた鈴花を両手で受け止める。
 笑いながら美鈴の方を向くと、
「っとまぁこういう流れで組み込むワケだ。わかったか2人とも」
「えーっと回避できない理由がさっぱりわからないんですが……」
 苦笑いで答える美鈴は心底ホッとしていた。
……あんなの喰らいたくないわね、自業自得でも鈴花にちょっと同情しそう……。
 確かに回避が間にあわないスピードではなかった。
一つ一つの技が非常に重く、威力はありそうなものの、スピードが速かったわけではない。
二打目の靠に関しては見てから回避が間にあう程である。
 師匠は傍らに鈴花を下ろしながら美鈴の問いに答える。
「あ~今の技は二打とも相手の心臓を捕らえているんだ。人間は心臓を強打されると一瞬だけ心臓が止まる。
その間は身動きどころか 呼吸すらできない。まず一打目で靠への時間を稼ぎ、靠で相手を空中に浮かせると同時に気を溜める時間を稼いでるワケだ」
「ぐ、げ、師匠、これって……」
 衝撃で肺の空気を吐き出してしまったのだろう、鈴花が涙目で空気をむさぼる。
「じゃあ2人ともがんばれよ、今日の課題は隣のこの岩を崩す事だ。じゃあオレは戻るから」
 そう言って背中を向ける師匠。
「え、ちょ、待って下さいよ~、いきなりやれって言われてできる事じゃないですよ!」
 あまりの唐突さに慌てて引き止める美鈴。
「できるよ、お前達は院でも最強だ、オレが言うんだから間違いはない」
 そのまま振り返らずにスタスタと歩き去る。
「待って下さいってば~! ちょっと鈴花も何か言ってよ!」
 美鈴は傍らの鈴花に声を掛ける。
しかし鈴花は何も答えない。
まだ呼吸が戻ってないのか下を向いたままだ。
「じゃあな、夕飯には戻れよ~」
 師匠は振り返らずにヒラヒラと手を振って下山していってしまった。

「……お昼御飯は抜きですか師匠」
 ガクリと地面に膝を着く美鈴。

 大岩を前にして途方にくれる美鈴。
師匠はすでに帰っている。
「こんなのどうやって壊せっていうのかしら」
 美鈴は大岩を見上げて溜息をつく。
大体、こんな岩を殴ったら腕が折れてしまいそうだ。
「鈴花、どうする?」
 隣の鈴花に声を掛けるも、返事はない。
「鈴花?」
「あぁ、ごめん聞いてなかった」
 鈴花の返事はそっけなく、まるで上の空のようだ。
「どうしたの? 当たり所でも悪くて頭でもおかしくなった?」
「バカ美鈴、そんなんじゃないよ、ちょっと考え事してただけ」
 美鈴の頭に軽く手刀でで突っ込みを入れて岩に向かって歩き出す鈴花。
「まぁやるだけやってみるよ、師匠ができるって言うなら、きっとできる」
 鈴花は大岩に向かって腰を落とし、構えをとる。
「はあああぁ!」
 気合を入れ、体内の気を集め始める。
全身の熱を一箇所に集めるようにイメージ。
下腹部にあるという丹田が熱くなるのを感じる
大きく息を吸い込み、呼吸を止める。
「せいっ!」
 裂帛の気合とともに拳が放たれる。
拳は風を切り、迷うことなく大岩に吸い込まれていく。
渾身の拳が大岩に叩きつけられる!
――ゴツ!
 何だかとても痛そうな音が聞こえた気がする。
「いっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」
 鈴花の絶叫が山頂から大空へと響き渡る。
 結局その日は大岩が砕ける事はなかった。


    4:命の音


 その夜は雨が降っていた。
月なんてどこにも見えない。
勢いは強く、外はまるで水桶でもひっくり返したかのよう。
いつもはうるさいぐらいに聞こえる虫たちの音も雨音にかき消されてしまっていた。
美鈴は自室で蝋燭の明りを頼りに本を読みながら聞くともなしに雨音を聞いていた。
 本って面白いな、と美鈴は思う。
書いた人が伝えたい想いを形として残す。
それは読む人に伝わり、新たな想いを作る。
そしてまた新たな想いが本という形で残り続けていく。
それはまるで大きな木になる実のようで、実からはまた木が生え、新たな実がなるように本は新たな想いを作り出していく。
本は人間という木で、英知はその木の実のようだ。
 読んでる内容といえば歴史書だ。
この国でなにがあったのか、そこに居合わせた人はどんな気分だったろうか。
それを考えるだけでなかなか楽しい気分にさせてくれる。
 とはいえ、そろそろ眠くなってきた。
雨の音を聞いてると眠くなる、と言ったのは誰だったかな? などと思いながら蝋燭の明りを消そうと手を伸ばした。

 かすかに音が聞こえた。
この土砂降りの雨の中でもかき消されない音となると結構な大きさなのだが、いかんせんどこから聞こえたのかわからない。
誰か酔っ払って壁にでもぶつかったのだろうか。
まぁいいや、昼間のせいで手も痛いし、寝よ。

 ドスン、と衝撃。
下から建物全体が揺れるような衝撃が来た。
酔っ払いがぶつかったにしては大きすぎる衝撃。
となるとケンカでもしているかな?

 でも、いったい誰がケンカなんてしているのだろう――?

 一度気になったら眠気なんてどっかに行ってしまった。
一言文句でも言ってやろうと階下に下りていく。

 何故かつんとした匂いを嗅いだ気がした。

 階下に下りた美鈴が目にしたのは、
いつもは灰色だった床が真っ赤に染まっていたのと、
赤い水溜りに倒れている師匠と、
全身を返り血で紅く染め上げて立ち尽くす鈴花だった。

 あまりの事態は理解の範疇を超えて言葉どころか身動きすら縛る。
「美鈴……、起きてたの……」
 今にも泣き出しそうな顔で鈴花は美鈴を見つめる。
「え、鈴花? どういう……」
「わたしが、師匠を殺した、他の人も、みんな殺したわ」
 何かを振り払うように首を振り、鈴花が話し出す。
その彼女の耳元で、ちりん、と鈴が鳴った。
「師匠は、紅一門は、私の両親の仇だったの。だから殺した」
「……でも、鈴花は師匠の事を……」
「昼間見た連続技を憶えてる? あの連続技は崩山砲。あれだけは覚えてる、確かにあの時に両親が殺された技だったわ」
「そんな!」
 これ以上聞きたくない。
でも聞かなくちゃいけない。
二つの相半する心が美鈴の中を駆け巡る。
耳をふさいで絶叫したくなる。
「私はあの屈辱を忘れない。あの無念を忘れない。私自身が受けた痛みは晴らさなくてはならない。
 ……だから、こんな流派は根絶やしにされるのは道理でしょ?」
 表情というものが抜け落ちてしまった顔で鈴花がこちらに向き直る。
もはや自分の中の想いをこぼしているだけで、筋道の通った言葉になっていない。
「だから美鈴、あなたも殺すね」
 ダンッ!と石床を踏みつけて鈴花が地面スレスレに身を屈めて突進してくる。
 速い。
構えるまでに鈴花の右拳が美鈴のアゴを捕らえた。
「ぐっ!」
 大きくバックステップして構えを作り直す。
「鈴花っ! こんな結末でいいとっ!」
 喋る暇もなく鈴花が再突進を掛けてくる。
再び下から伸びてくる右拳を一歩だけ下がり、上体をそらして避ける。
伸びきった鈴花の右胴に反撃を叩き込もうとする。
「ふっ!」
 しかし鈴花はその勢いのまま右足を軸に回転、後ろ回し蹴りを放つ。
かろうじて左手でガード。
「よくない! だけど他にどうしようもなかった!」
 鈴花は速い。それは日頃の稽古でも十分に身に染みている。
だから刹那の反撃に全力を叩き込むしかない。
その為には絶好の好機を待たなくては――。
「だからって、こんなの誰も望んでない!」
 右手で相手の拳を受け流す。
鈴花はそのまま回転して足払いを繰り出す。
小さく飛び退いてその足払いをやり過ごす。
踏み込み、回転したままの背中に右肘を叩き込もうとするが、鈴花はさらに体勢を低くして地面に這うようにかわす。
「私だって望んでない! ならアンタがどうにかしなさい!」
 鈴花は地面に両手を突いて伸びがるようにして両足で蹴りを放つ。
避けきれずに両手でガードしたものの、両手が痺れが走る。
たまらず後ろによろめく間に鈴花は体勢を整える。
「なら私にどうしろと?」
 両腕の隙間から美鈴が問い掛ける。
「あんたが死ねば全てが終わる。それでいいじゃない!」
「止めてみせる! そんな事ぉ!」
 叫ぶと同時に間合いを詰める美鈴。
「なら止めて見せてよ!」
 美鈴が右足を突き刺すように蹴りを放つ。
鈴花は右に体をそらして美鈴に右拳を放つ。
避ける間もなく胴にまともに入った拳は美鈴の意識を持っていこうとする。
すんでのところで意識を保った美鈴の目の前にはすでに鈴花がいる。
蹴りを顎先に喰らって美鈴の頭が跳ね上がる。
好機とばかりに鈴花が次々と拳を放つ。
それらは面白いように美鈴を捕らえる。
 もはやガードは間にあわず、棒立ち状態となってしまった美鈴は保っていた意識が徐々に薄らいでいくのを感じていた。
いつもかぶっていた帽子も飛んで行ってしまった。
 徐々に美鈴の意識は闇に飲まれていく。

――死にたい?
死ぬのはイヤ、もっと光が欲しいもの。
――もう駄目そうだよ?
いやだ、イヤだ、嫌だ。
鈴花をこんな風にしたまま死ぬのもいやだし、自分が死ぬのもイヤ、でも大切な人を失うのはもっと嫌。
――でも彼女はもう駄目よ? あなたが死ねばその後に彼女はあなたの後を追う運命なのよ?
だったら私は……生きたい。生きて鈴花を守ってあげたい。
――あなたが守りたいものって、何?
大切な場所、大切な人、大切な想い。
――あなたが死んだら守れないわよ?
だから、私は生きる、生きて守る!

「だったら……生き残りなさい、あなたが守るものは他にあるわ」

 胴に衝撃。思わず崩れ落ちそうになる。
「ごめんね、美鈴」
 悲しげに呟く声は美鈴に届かない。
だが、その想いは届いたかのように美鈴が動き出す。
りん。と鈴が鳴り、身を屈めた鈴花が跳ね上がり、渾身の力で飛び回し蹴りを放つ。
崩れたところに頭部を狙って繰り出された蹴りは、気功が込められていてかすかな光が灯っている。
人間の繰り出す気功としては十分すぎる破壊力を備えた蹴りが美鈴の側頭部を狙う。
さすがに美鈴が妖怪であってもその生命を奪うには十分である。

 美鈴の顔が持ち上がる。
 覚悟を決めた顔だった。
力強く一歩前に出て気功の込められた蹴りの打点をずらす。
それだけで鈴花の蹴りは無力となってしまった。
 左手を突き出す。
渾身の力を込めた左手は鈴花の左胸、心臓に向かって吸い込まれる。
 体を回転、靠を繰り出す。
堅い骨に当たる感触はその奥にある心臓をショック状態に持ち込み、鈴花自身を浮き上がらせる。
 シュウゥゥゥ!
大きく息を吸い込む。
「ああああぁぁぁぁぁぁっ!」
 生きるために蓄えた気の力が丹田に集められ、急激に熱を持つ。
集められ、熱を持った気が丹田から右腕を駆け抜け、右拳に伝わる。
天高く掲げられた拳から気が迸り、鈴花を打ち抜いた。
妖怪本来の怪力と、気功の力で鈴花の体を右拳が貫通する。
鈴花の左胸から赤い血が噴き出し、美鈴を赤く染め上げていく。
「……うん、これで、いいよ……」
 体内の血が逆流し、口から盛大に血を吐き出す鈴花。
ショックの為か全身がガクガクと痙攣している。
「私の、巾着……。あげるね? ごめんね?」
 すでに目の焦点はあってなく、顔は失血のために青くなっている。
口から撒かれた赤い血がより凄惨さを醸しだしている。
「ごめんね?」
 グチャリ、と血を吐いて鈴花は動かなくなった。
美鈴はゆっくりと鈴花を床に下ろし改めて鈴花を見る。

 花が咲いていた。
血の花に染まった中で鈴花は――笑顔だった。

「う、ぐ、ああああああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 泣いた、泣いた、ひたすら泣いた。
泣く事しかできなかった。
顔はすでにグシャグシャだった。
鈴花に殴られた箇所が脹れてひどい顔だった。
だが人目もはばからずに泣いた。
しかしすでにこの紅龍院に美鈴以外の命はなかった。
誰もこなかった。


    5:新しい足音


 日が沈む。
美鈴は寺の正門を見上げていた。
ゆっくりとここで過ごした歳月を思い出す。

 涙が枯れ果て、声が潰れ、拳が砕けるかと思えるほど石床を殴りつけ、石床さえも割れ、地面が見えた頃に美鈴は泣き止んだ。
そのまま院の裏に1人ずつ墓を掘って埋めた。
雨が降っていたが大して気にならなかった。
不眠不休で墓を掘り、家族とも言えた仲間達を1人ずつ弔った。
雨は明け方に止んだが気にしていられなかった。
人数は多くなかったが、結局その日の昼過ぎまでかかった。
全員を弔ったあとにさすがに疲れて休憩した。
鈴花が最期に残した巾着には手紙と、2つの飾りが入っていた。

「美鈴へ
 あなたがこれを読んでるって事は私はもう死んでるでしょう。
 結局、最後に勝ったのは美鈴だったね。
 私はこの手紙を書き終えたら私の復讐をします。
 師匠は確かに親の仇でした。その事は本人から聞いたので間違いありません。
 私を強姦したのは違う人達らしいけど、あなたがこれを読んでるって事はもうすでに関係はないね。
 師匠が言ってました。『後継者は本当は1人であり、孤独である』と。
 たぶんこの状況を予想していたのでしょう。そしてどちらが生き残っても良かったのでしょう。
 師匠から伝言です。『お前ら2人は今日から紅の姓を名乗れ。俺ができるのはこれぐらいだからな』だそうです。
 紅美鈴と紅鈴花だって、なんだか姉妹みたい。
 今まで、一緒に居てくれてありがとう。そしてごめんなさい。
 最後にあなたに贈り物をします。いらなかったらあなたの手で捨てて下さい。
 美鈴、愛していたわ。

 追伸 後追いなんてしないように、紅一門の名折れだからね」

 ちりん、と鈴が鳴る。
贈り物の1つは彼女が両親の形見だと言った鈴。その2つある鈴の1つだった。
美鈴はそっと耳に付けた。

 もう1つは星飾り。
真ん中に龍と書かれたそれは紅一門の証である事を示す家紋であった。
美鈴はそれをお気に入りの帽子に縫いつけた。
忘れぬ為に、誇る為に。

 いろいろな事があった。
ここに流れ着いた時の事。
自分が人間でない事を明かした日の事。
鈴花と一緒にイタズラをして師匠に怒鳴られて一晩中掃除をした事。
暗殺に激怒した国が攻めて来た事。
それを守り抜いた事。
初めて鈴花の過去を聞いた日、そして初めて夜を共にした日の事。

 様々な事があった。
どれも忘れ難い出来事だった。
幾たびの出合いと別れがあった。
決して忘れない。
紅美鈴の名にかけて。

 寺院の階段を下りていく。
まずはどこに行こう? 寿命なんてわからないが時間はたくさんある。何しろ美鈴は妖怪なのだから。
――心の向くままに旅をしなさい。それは私へと繋がる運命だから。
 どこからか声が聞こえた。
鈴花と闘っている時も聞こえた声だ。
声の主が誰かは判らない。幼い少女のような声なのは判った。
「まぁ気の向くまま、心の向くままに歩いてみよう」
 振り向かずに、階段を下りる。
夕日が赤く、紅く美鈴を染め上げる。
長い階段を美鈴は1段1段ゆっくりと折り始めた。


    6:雨の音・後


「美鈴? 何やってるの? 雨が降っているのに傘も差さずに立っているなんて」
 不意に後ろから声が聞こえる。
いい声だな、と思う。
鈴が転がる様で、それでいてどこか深みのある声。
振り向くとそこには傘を差した紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が立っていた。
「風邪引くわよ、それで仕事を休まれたらこまるわ」
「……少し、昔を思い出してました」
 咲夜に向かって笑顔で答える美鈴。
ずっと雨の中を立ち尽くしていたのだろう、今はトレードマークとなった帽子どころか全身ずぶ濡れだった。
「ふぅん」
 そう言ったきり咲夜は黙っている。
ざぁざぁと雨が降りしきる中、2人の少女は沈黙したままそれぞれに思いを馳せる。
先に口を開いたのは美鈴だった。
「そういえばご用件はなんです?」
「あぁ忘れていたわ、お嬢様から言付けがあって来たのよ」
「で、お嬢様は何と?」
「『雨の中でずぶ濡れになってる門番が居るから傘を届けなさい、ついでに、着替えて今日のお茶を一緒に飲むように』ですって」
「珍しいですね、お嬢様が私をお茶に誘うなんて」
「まぁそんな日もあるかしらね」
 そこまで話して美鈴は咲夜の手にもう1本傘が握られている事に気がついた。
「咲夜さん傘持ってるんなら貸してくださいよ」
「いいけど、涙は隠せなくなるわよ」
 そう言われて、初めて美鈴は自分が泣いている事に気が付いた。
「これは、雨ですよ」
「そうね、雨ね」
 美鈴へと傘を渡すと咲夜はさっさと館の中に戻ろうとする。
「とりあえず着替えて早く来なさい。私と違ってあなたの時間は有限なのだから」
 背を向けて戻ろうとした咲夜を美鈴は呼び止める。
「咲夜さん! 咲夜さんは今、幸せですか?」
 咲夜は振り返らない。
「昔よりかは遥かに幸せよ」
 どこがどう幸せなのか一切言わない。しかし答えとしてはこれ以上ないくらいに完全で、瀟洒とも言えた。
「だから私はこの紅魔館の門番です!」
 咲夜に向かって美鈴は大声で答える。
咲夜はそれには答えず歩き去っていく。
見送る美鈴の顔は雨と違う物で濡れていたが、いつもの太陽の光を連想させる笑顔だった。

「ま、ザルだけどね」
「何か言いましたかー!?」
「いいから早く来なさい!! いいかげんにしないと的にするわよ!?」
 美鈴は慌てて傘を広げて詰め所へと走っていった。



    ――――了――――
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
でも後悔はしていない。
どうも河瀬 圭です。
今回は自分の文章力の無さを痛感しました。
オリキャラなんか出しちゃってますが、自分の作り出したキャラクターの魅力が引き出せたか、というと疑問が残ります。
あと全然東方っぽくないです。
まぁ舞台設計上仕方ないのですが……。
いつチラシの裏を送りつけられるかとビクビクしております。
何か思うところがあっていただければ幸いです。
では。

05・08.30誤字修正しました。
河瀬 圭
[email protected]
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コメント



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9.無評価おやつ削除
話の雰囲気がすごく好きです。
甘くできそうなのに甘くないところが特に。
鈴花と美鈴の、それぞれが失くしたものが痛かった……

オリキャラって難しいですね……
まず既存のキャラと違ってバックボーンがない。
一話の話で出すなら、そのキャラを読者に馴染ませるのにかなりの量の文が必要と思います。
それだけに一話使っても良かったのかなと思いました。