Coolier - 新生・東方創想話

ソプラノ歌手のサーブの声

2005/08/25 12:09:39
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 ミーンミンミンミン…。

 蝉の声が辺り一面に木霊する。
 『蝉』、というワードから分かるように季節は夏だった。
 だが、蝉が夏の象徴ってのも浅はかかもしれない。
 どっちかというと、暑い日の象徴に蝉、というのが正解の気がする。

 つまり、簡単に言うと今は暑い夏の日だった。

「暑いぜ…」

 黒白魔法使いこと、霧雨魔理沙が寂れた神社の縁側でけだるそうにぼやいていた。
 他人の家でくつろぐ、というのはどこか警戒心が出て難しい気もするが、そんな言葉は魔理沙には無駄だった。

「まったく、こうも暑いとやる気ってもんが起きないな」
「はぁ…ならなんであんたはここに居るのよ?」
 魔理沙がゴロゴロ転がっていると、奥から紅白な巫女が溜息をしながらお茶を持って顔を覗かせた。
 いきなり来てゴロゴロされちゃあ色々言いたくもなるが、言っても無意味ということを悟ったうえでの発言だった。

「ふっ、そいつは愚問だな。生物ってのは息をするだろう?
  そりゃあしないと死ぬからな。つまり私はここに来ないと死ぬんだよ」
「何がつまりなんだか…。まぁお茶くらいは出るけど」

 そう言って二人はお茶を飲みだす。
 神社の庭は雑草などで荒れていたが、霊夢は縁側から動く気配は無い。
 見て見ぬフリというのは社会的に悪いことだと思う。

「ふぅ…まったくこんなに暑いのにチルノは一体何してるんだ?」
「いや、チルノ関係ないからさ。まあレティあたりなら涼しくできるかもしれないけど。いたらね」
 霊夢はそう言って団扇を扇ぎだした。
 暑いのなら縁側じゃなく家内に入るなり幽霊のところに行けばいいのだが、
 断固として縁側にいるのは神社なら普通はここだぜ、という理由らしい。

「氷つくってもこの気温じゃすぐ溶けそうだしな。いやまあ無いよりはマシだが」
「まあ確かに。そういや最近あの氷精見かけないわねー。風邪でも引いたのかしら?」
「はっ。チルノが風邪? お前そりゃレミリアが笑顔で餃子食べるくらい有り得ないな」
「まぁアレは風邪引かないって言うしねぇ…」

 一見無意味そうで実に無意味な会話が繰り広げられる。
 暑い、とは人が持つ欲というものを削ぎ取る力があるかもしれない。
 善い欲も悪い欲も、元から無ければ何もやる気が起こらない。
 そんな太陽の魔力に魅入られて、何をするでも無く二人はお茶を啜っていた。

「暑いな…」
「暑いねぇ…」





──── 一方その頃

「おーい、橙! 大変だー!!」
「ん? この声はリグル?」

 一匹の蟲が慌てて一匹の猫に向かい走っていく。
 橙は湖のほとりで休憩中、といった感じに木の下で寝転んでいた。

「…で、そんなに慌ててどうしたのさ?」
「いや、重大なニュースなんだよ!」
「はぁ…暑いのに元気だねぇ…」

 そう言って橙は耳をふにゃっとする。
 こんなに暑いのになんでこんなにこいつは元気なんだ、といかにも言いたげな態度。
 橙は、あぁ、これが蟲の知らせかーとかなんとか思いつつ起き上がった。

「…それで、何があったのさ?」
「いや、実はさ…チルノが風邪引いたらしいよ!」
「な、なんだってーー!?
 って驚いた振りをしたけど今時そんな嘘じゃルーミアも騙せ無いって。
 うん。15点ぐらいかな」

 橙は興味ないね、と某ソルジャーのように手をあげる。
 事実、こんなに信憑性の薄い話は誰も興味を示さないのも尤もだった。

「なっ!? 信じないの!? マタタビに弱いくせに信じないの!?」
「リグルは…マタタビの魔力を知らない! あの魔力は…あの魔力はっ…!!」
「え、いやまあ知らないけど……ってうわーー!!」
「にゃーーー!!」
 飛び掛る橙。構えるリグル。戦いの火蓋は切って落とされた。
 だが、所詮1面ボスに2面ボス。
 その絵は微笑ましい姉妹喧嘩のようでもあった。

「はぁはぁ…。とりあえず止めない?」
「マタタビっ!! マタタビはどこじゃー!?」
「ってまだバーサク状態かー!!」
 微笑ましい喧嘩が一転、EX中ボス対1面ボスになる。
 逃げ惑うリグル。
 理不尽な暴力ほど嫌なものはない。
 そんな言葉を考えつつ逃げるが、若干橙のほうが足は速い。
 追いつかれるのも時間の問題かと思われたそのとき、上空にうっすらとスキマができた。

「これを使って!」
 そのセリフと共に、上空から投げられるマタタビ。
 リグルはそれを掴むと同時に、橙に向かいニヤっと笑みを浮かべた。
「これで終わりだ!」
 流れる動き、と形容するにふさわしい動作でマタタビを投げつける。
「ぐわぁああー!!」
 断末魔とも言える叫びで橙は倒れていく。
 
 二人がこの戦いで得たものなど何も無い。
 あるとすれば一握りのマタタビくらいだろう。
 きっと、僕らは忘れることは無い。二人の勇士を。




「えーと、つまりチルノがここに来ないのは風邪を引いて寝込んでるからってこと?」
「…最初からそう言ってるじゃん」
 
 何事も無かったかのように、木陰で話をする二人。
 この会話の流れからすると、三人で遊ぶ約束をしてたがチルノが来ない。
 それでリグルが見に行ったところ、風邪を引いて寝込んでいたということだった。

「とりあえず様子見に行こうか…嘘っぽいし」
「まだ信じてないの!? ノンフィクションだよ!!」
「はいはい…」
 
 リグルの血圧が上がるのも尻目に、橙はふよふよと飛び出していた。
 こうまでして橙が信じないのも無理はなかった。
 猫は火燵で丸くなる、という格言に並んで馬鹿は風邪引かない、というものがある。
 馬鹿は遊んでばかりいるから体が丈夫とか、
 馬鹿は風邪を引いたことにすら気づかない、など理由は様々である。 
 だが、どちらの理由にしろチルノはその条件を満たしていた。

 つまり、馬鹿だった。
 曰く、湖を凍らせようとしたり、曰く、鏡で自分の横顔を見ようとして首を捻ったり。
 これに加え氷精って風邪引くの? という根本的な疑問もあった。
 結局これらから至る結論は『チルノは風邪を引かない』だった。

「たのも~」
「もっと普通に言おうよ!」
 二人は数分飛び、チルノ家まで来ていた。
 橙はチルノが住む家だからやっぱ氷かなぁ、など淡い期待を持っていたが、外見は至って普通なことに内心ガッカリする。

「はいはーい」
 中から落ち着いた感じの女性の声がする。
 チルノハウスなのにチルノ以外の声が聞こえ、橙はリグルを無言で睨んでいた。

「え!? 違うって! ちゃんとここはチルノの家だよ!
 何!? 疑心暗鬼ですか!? 今日は疑う心の濃い日ですか!?」
 足をバタバタさせながら必死に弁解する。
 その姿は、何故か見ていて悲しくなっていくものだった。

「えーと、チルノちゃんのお友達ですよね?」
 緑色の髪をした女性が扉の隙間から声をかける。
「だ、誰だ!!」
「知らないのかよ!」
 リグルが橙に向け手の甲をバシッと叩きつける。 
 絶妙のツッコミといえる。
 なんか今日はリグルのツッコミが冴えてるなぁ、と橙は思った。

「いえ、いいんですよ。…名前もまだ知れ渡っていませんし」
 しくしく、と泣く真似をする大妖精。
 ふざけてやっているのだろうが、哀愁が漂いすぎて二人は何も言えなかった。

「えーと、こちらはチルノと一緒の家で暮らしてるっていう通称大妖精さんです」
「あー、えーと、どうも、初めまして。橙と申します」
「うん、よろしくね。じゃあとりあえず中に入る?」
 そう言って、自己紹介を済ませて中に入っていった。

 机、台所、棚…。洋風で小奇麗な内装に、橙は感嘆の息を漏らす。
 キョロキョロと挙動不審にする橙を横目に、リグルは興味なさげにぼーっと歩く。
 いかにも、ふん田舎ものめ!と言わんばかりだった。
 
 そうしてある扉の前で大妖精は止まり、それにつられ二人も止まった。
「チルノちゃーん。お友達が来てるけど、通すよ?」
「うーん」
 中からの了承ともとれる返事を受け、扉を開ける。
 そこには、パジャマ姿のチルノが顔を若干赤らめて寝ていた。

「なっ!? 本当だったの!?」
「ってまだ疑ってたの!?」
 部屋に入ると同時に橙は驚き飛びのく。
 それに合わせるようにリグルは愕然とうな垂れる。
 チルノと大妖精の二人は目を丸くして二人のやりとりを傍観していた。

「今日はごめんねー。はは…見ての通りこの様でさ」
 上半身を起こし、ゴホゴホと咳き込みながら自分の状態を表す。
 パジャマ、熱っぽい、咳、と病人三大要素を見せ付けられ、二人は何も言えなかった。
 とは言っても、某図書館には常に二つほど満たしている病人の鑑とも言える人物がいるのだが。

「ははは、本当に風邪みたいだねー」
「うーん、あたいとしたことが一生の不覚だね」
 咳き込みながら喋る、目に見えての空元気。
 二人は申し訳なさそうにしながら早々に退散する決意をした。
 さすがにこの二人は一般的な良識は持ち合えていた。
 多分、この幻想郷でこの結論に至るのは少数派だろう。

「まあ私たちが居たら体あんまり休めそうにないからまた来るよ」
「うん。今日はごめんねー」

 そう言って部屋を出る。
 そこで橙は突然いい事を思いついた! と言って手をポンと叩く。
 その仕草がとても古いからか、リグルは素で返していた。

「え? 何?」
「よし! じゃあ今から風邪に効くものを集める勝負をしよう!」
「はぁ…また突飛なことを」
「でも暇だしちょうどいいと思うけど?」
 リグルは少し考え込むが、すぐに結論は出た。
「…確かにそうだね。じゃあ今日の暮れにここ集合ってことでいい?」
「どっちが勝ちかは、チルノが判断するってことで」
「勝ったらどうするの?」

 橙は考え込む。
 至る結論にどことなくオチは見える。
 だが、そこでぐっと我慢するリグルは大人への階段を一歩昇ったに違いない。
 そして橙は口を開く。皆が待つオチに向けて。

「…マタタビ?」
「はぁ…期待通りの答えをありがとう」
「え!? いいの!?」
「ダメだよ!! 私はいらないって!!」
「うーんじゃあ、さっきこの家でチラッと見かけた西瓜ってことで…」
「…まあそれでいっか」
「じゃあ…」
『よーい、どん!』 

 勢いよく飛び出す二人。
 ───大妖精の存在すら忘れて。
 家の人がいないと思って話していたが、すぐ後ろに大妖精はいた。
 気づいてないだけで会話は筒抜けだった。
 影が薄いとは悲しいことと再認識する。

「はぁ…リリーさんは最近目立っていいなぁ…」
 
 二人が飛び立った跡に残るのは、悲しい溜息だけだった。






 
 ──── 所変わって八雲ハウス
 マヨヒガ。マヨイガ? まあどっちでもいいか。

「ふむ…さすがに午後にもなるとちょっと暇だな」
 マヨヒガの一室にて一人の狐、八雲藍が考え込んでいた。

「紫様はどこかに行かれたし、橙も遊びに行っている…つまり一人か」
 何をやろうか、と考え込む間も無く一つの結論に至る。
 だが、それを実行するにはあまりにも膨大なリスクを伴っていた。

「紫様がどこで見張っているかも分からない…橙もいつ帰ってくるか分からない、か」
 頭の中で、とてつもない速さであらゆる状況をシミュレートする。
 だが、どの状況でもビデオ(カメラも可)を構える主人の笑顔が状況を打破してくる。

「くっ…私には安息の時間は無いのか…!?」
 部屋の中で一人、膝をつく藍。
 すごく滑稽に見えるのは多分気のせいじゃないだろう。

「だが、ここでやらねば! いつ次の好機があるか!」
 そう言って、立ち上がる。
 決意に満ちた、そんな顔をしている。
 あたり一面には重々しい空気が満ちる。

「よし! やるか!」
 
 己のテンションを高め、集中する。
 今から行う事は一つの儀式のようなもの。
 それは一匹の幼虫がさなぎとなり、そして天に羽ばたく成虫になるような。
 生命の営み、という神秘を数分でやるのにはそれなりの力がいるのだろう。多分。

「テン「藍さま~!」」
「チッ」
 狙ったかのような絶妙なタイミングで橙が帰ってきた。
「(あ、危ないところだった。それに今の舌打ち…。奴は…やはりいたか…)」

「あ、藍さま。って固まってどうしたんですか?」
「橙…ありがとう…」
 そう言って藍はガバッと橙に抱きついた。
 何も知らない人が見たら、さぞ感動する光景だっただろう。
 だが理由が理由なだけに感動も何もあったもんじゃないが。

「藍さま…苦しいです」
「あぁ…すまない。それでどうしたんだ?」
 生と死の境界を見たものにしかできないような笑顔で問う。
 全てを包み込むような笑顔。
 まさに菩薩、とっても過言ではなかった。

「えーと、風邪に効くものってなんですか?」
「風邪…? む? 風邪を引いたのか?」
「いえ、友達のチルノが風邪を引いて…」

「(…チルノっていったらあの氷精だろ?
  …チルノが風邪を引くか? 否、引くはずがない。
  つまり嘘? 橙が嘘だと? それは有り得ない。
  子供が、親に嘘をつくパターンは…そうか! 寂しいときか!!
  あぁ…そういえば最近橙と遊んでなかったし…。
  これは橙からのメッセージなんだ! くそっ…こうまで放っておいた自分が憎いぜ!!畜生め!!)」

 誰もが驚くような高速思考を展開する藍。
 わずかの間にこれだけの考える力。
 やっぱり紫さんの式はすごいなぁ、と皆頷いた。

「そうだな、橙。…近いうちにハイキングでも行こうか?」
「え? はぁ…それは嬉しいですが…風邪に効くものを知りたいんですが…」
 
 橙は会話のキャッチボールができてなくて不安になる。
 例えるなら、ボールを投げたら相手がUターンして後ろに全力で投げるような。

「あぁ…風邪だったな。
 そうだな。一般的にはビタミンCやたんぱく質の摂取がいいと言われてるぞ」
「はい…?」
 橙は何のことかよく分からない、といった風に首を傾げる。
 ビタミンC? たんぱく質? あぁ、昔の偉い人ですか? とでも言わんばかりの表情。
 ビタ・ミンシー、タンパ・クシツと書けば頷ける気もする。
 なんかホン・メイリンに似てるし。気のせいか。

「えーと、簡単に言うと、果物や肉を食べるといいんだよ」
「え? それだけでいいんですか?」
「うーん、まあもうちょっといいのがあるんだが…ちょっと待っててくれ」
 そう言ってふすまを開ける。
 長年放っておいたのか、ふすまの中身は混沌としていた。
 カオス・オブ・ふすま。

「お! あったあった! 橙、風邪ならやっぱこれがいいぞ」
「こ、これは……!?」

 橙は驚愕の表情から一転、勝利の笑みへと変わる。
「ありがとう! 藍さま!」
 
 そう言って橙は外へ駆けていった。

「うん…ハイキングは楽しくなりそうだな…」
 誰にも聞こえないような声で囁く藍。
 その瞳には何故かうっすらとしょっぱい液体が溜まっていた。







 

 ──── 一方その頃竹林らへん

「うーん、やっぱ風邪といったら薬…つまりあそこだよなぁ…」
 
 リグルは、とりあえず明確な目的地を定めそこへ向かっていった。
 だが、不安も大きかった。
 竹林にそびえる、永遠亭。そこに住む薬師、八意永琳。
 あまりいい噂を聞かなかった。
 月になんかしようとしたり、弟子になんかしようとしたり。

「まあ、行くしかないよなぁ…」
 意を決して飛ぶ。
 結局迷ってもしかたがなかった。



「すいませ~ん!」
 永遠亭の玄関にて大きな声を出すリグル。
 あれ? 迷わなかったの? とかそんな疑問は却下します。
 リグルは強いんだ。殺虫剤なんかに負けないくらい。

「はーい。今行きますよー」
 そう言って扉は開かれた。
 出てきたのはまだ若い兎。
 リグルは月の兎や詐欺兎ではないので安心していた。
 まあ月の兎はそれほど実害はないのだけど。

「えーと、永琳さんに用事があって来たんですけど…」
「あー、そうですかー。どうぞ、あがって下さい」
 そうして奥へ案内された。

 

 長い廊下を歩くこと数分、ある扉の前で止められる。
 中からはジャラジャラと不可解な音が響いていた。
 耳を澄ますと、中から声が聞こえてきた。

「あ、てゐ! それロン!」
「な!? 鈴仙のくせに生意気な!」

 中からは、異様なまでのテンションの鈴仙の声が聞こえた。
 多分、久しぶりに勝ったのだろう。
 面子が悪すぎるのも敗因の一つに違いない。
 私なら絶対にやらないな、うん。リグルはそう一人で納得していた。

「すいませーん、永琳様にお客様ですけど…」
「え? 私に?」
 そう言って中に入る子兎。
 皆が注目するその瞬間、てゐの腕は卓へ伸びていた気がするが誰も気づかなかった。
「あの、すいません。頼みがあるんですけど…」
 リグルはおずおずと頭を下げる。
 珍しい客に、永琳は内心驚いていた。
 
「ええ、ちょっと待ってね。ちょうど最後の局も終わったし、部屋を変えましょうか」
 そう言って立ち上がり、部屋を出る。
 それについていく形でリグルは歩いていった。
 そのとき、閉じた部屋の中から声が聞こえた。

「あれ? 鈴仙、ちゃんと自分の捨て牌見なよ」
「ん? 別に変なとこは…ってあーー!!」
「振りテンは満貫払いだよー」
「ちょ、ちょまーー!!」

 聞かなかったことにしよう。
 リグルは何事も無かったように、清々しく歩き出す。
 あぁ、私は立派な妖怪になろう。そう決意した夏の日だった。
 ちなみに立派な妖怪ほどイカサマをしてる気がするのは気のせいだ。
 
「えーと、今日はどういった用事で?」
「あ、はい。実は風邪薬を少々分けていただきたいのですが…」
「風邪、ね。まあ症状はどうあれ、どれにも効くようなのでいいかしら?」
「えーと、多分、いいです」

 くすっ、と微笑んで一つの袋を手渡す永琳。
 この笑みはあれだ。大人のお姉さんの笑みだ。
 きっと、何かの策略があっての笑みじゃない。
 うん、この場は信じよう。信じるしかないし。

「お代とかは…?」
「え? はは、そんなのいらないわよ。困ったときはお互い様ってね」

 うん。いい人じゃないか。
 こんな人が悪い人だなんて、まったく、噂は信じられない。
 ははは、でもなんだろう、この不安。
 以上、リグルの心情。

「ありがとうございましたー」
「お大事にね」
 そう言って、リグルは飛び立った。
 笑顔で手を振る永琳の後ろに、鈴仙がそっと近づき声を掛けた。

「師匠…あれ…なんの薬ですか?」
「え? 普通の風邪薬だけど…?」
「普通、ですか」
「ええ。普通、よ」

 悪魔の笑みか、天使の笑みか。
 その難易度の高い笑みができるのは、きっと幻想郷で数えれるくらいだろう。
 年を取るとできるようになる笑みなんだなー、と鈴仙はスキマ妖怪のことを思い浮かべていた。
 その10秒後、何故か鈴仙の上から墓石が落ちてくる。

 『血まみれの私を爆笑するてゐに、殺意を覚えました。』
              以上一文鈴仙の日記より抜粋
 



「で、袋の中身は、と…」
 リグルはチルノハウスへ向かう途中、気になる袋の中身を確認した。
 何が出てきても対処できるように身構えていたが、それは杞憂に終わる。
 そこに入っていた物を、確認するや否や笑顔に変わった。

「ふふふ…やっぱりいい人だった。うん、この勝負勝った!」
 喜び勇み、飛ぶスピードも若干上がっていた。






 
 ──── 数分後、チルノハウス前

「お、逃げないで来たかー!」
「ははは、そっちこそよく負けに来たねー」

 なんだかレベルの低い挑発が場を包む。
 両者ともふふふ、と笑みをこぼす。
 正直、とても妖しい状況だった。

「よし、じゃあ中に入りますか」
「よっしゃー、上等だー」

 ガチャ、扉を開ける。
 勝手知ったるなんとやら。
 さっき、初めて来たんじゃ…という虚しいつっこみは残念ながらなかった。
「あ、いらっしゃ…」
 ドタバタ、と二人の駆けて行く音に大妖精の声はかき消された。
「(え!? なんかさっきからこの子達私見えてないの!?)」
 大妖精は、影が薄いとは悲しいことと本日2度目くらいの再認識をした。
「近いうち、小悪魔さんと飲みに行こう…」
 もう、頼れる仲間は少なかった。
 

「チルノー! 風邪薬持ってきたよ!」
「え? え?」
 突然訪問した二人に驚くチルノ。
 二人の嬉々とした表情に、並々ならぬ執念を感じた。

「えーと、あたいの為に持ってきてくれたの?」
「うん。それでどっちがすごいか判断して欲しいんだけど…」
 そう言って、二人はゴソゴソとポケットに手をいれだした。
 
 だが、チルノはなんか嫌な予感がしていた。
 そう、これはただの予感。
 友人達が持ってきてくれた、いわば友情の結晶。
 それだけで嬉しいのだ。それを無下にはできない。

『さぁ、どっち!?』
 
 そうして開かれた両者の手のひらには似たような物体…。
 円柱のフォルムの先端が細くなるさま、それは銃の弾丸を思わせるような…。
 
 つまり、座薬だった。


「って、うをーい!!」
 チルノはちゃぶ台返しの要領でバッと両者の手を弾く。
「どっちがすごいかって!? 両方すげぇよ!!
 有り得ねぇよ!! 二個かよ!! 無理に決まってんだろ!!」

 取り乱す、というか取り憑かれる、のレベルの狼狽。
 両者揃って自分のために全く違うところから座薬を持ってくる。
 多分、誰でも狂うだろう。

「ちょ、ちょっと! 落ち着けティルノ!」
「ティルノってなんだよコン畜生!!」

 暴れるチルノ。
 使用されると思い、普段無いような力をだす。
 火事場の馬鹿力といえば納得できるような、できないような。
 まあでも多分、この状況なら誰でも普段の三倍の力は出るだろう。
 シャア専用チルノなら九倍の力。これはすごいが、あいにく普通のチルノだった。

「くっ…埒が明かないな…リグル、ちょっと押さえて!!」
「アイアイサー!!」
 普段見せないような完璧なコンビネーションをする二人。
 片手が空けば、そこにリグルが。片足が空けば、そこに橙が。
 
 二人に抗う術もなく、チルノはうつぶせに押さえつけられていた。
 三倍でもこんなもんだろう。きっと。

「…どうせだし、これ使おっか?」
「…うん」
 とんでもない結論に至る二人。
 チルノ危機一髪。というかチルノ危機。
 何回も誤変換で出た「散るの」になりつつある。

「ちょ、ちょっと二人とも! そんなリーサルウェポン近づけないで!
 い、いやー!! ヘルプ!! 大妖精!!」



その頃、大妖精は───
「分かります? 無視するんですよ? 一体私が何をしたって言うんですか!!」
「はぁ…ちょっと飲みすぎじゃないですか?」
「これが飲まずにいられるかーー! マスター! 鰻とお酒おかわり!!」
なんか某門番みたいに小悪魔に絡んでた。



 
 助けを呼ぶ声も虚しく、無慈悲にも兵器は近づく。
 現実はやはり残酷であった。
 チルノの中で今までの思い出が駆け巡る。
 蛙を凍らせたり、蛙を粉砕したり、蛙に飲まれたり…。

 そんな束の間、運命の時は訪れた。


「ひ、ひぎぃーーーーー!!」


 響き渡る声。
 それはソプラノ歌手が卓球少女と勝負をして、
 ソプラノ歌手がサーブを打つときに出す声に似ていたとか似てないとか。



「はっ!? 今私を呼ぶ声が!?」
「ん? どうしたの慧音?」
「いや、気のせいか…」
 遠くで誰かが何かを察知していたが、あまり意味はなかった。





「ふぅ…これで多分明日は元気だね」
「うん。じゃあ私たちはそろそろ行こうか」
 額から流れる汗を手でぬぐう。
 一仕事終わらした、というのが見てるだけで伝わってくる動作だった。

『任務完了(ミッションコンプリート)!!』
 バシッとお互いの手を打ち付ける。
 何故かこの少女達の後ろには夕日があった。
 一つのことを遂行するということ。
 それはとても立派なことで、とても難しいことだろう。
 だが、彼女達はやり遂げた。
 歴史に新たなページを刻み込む瞬間でもあったのだ。






──── 翌日

「まあ元気になったんだからさ? そんな怒らないでさ」
「そうそう。やっぱ風邪より、外で遊んだほうがいいって」
「いや、あたいは許さない! あの悪魔のような行為を!」

 元気になったチルノをなだめる二人の姿がそこにはあった。
 一晩寝て、治った。
 これは、薬の力か、チルノの力か。
 それは定かではないが、そこには元気なチルノ。
 多分どっちでもいいのだろう。

「まあまあ…あ! そうだ! 西瓜があるんだ!」
「あ! そういえばあったねぇ」
「…え? 西瓜?」
「そうそう。その西瓜あげるからさ。機嫌直そうよ。ね?」
「う…そ、そう。じゃあ今回だけは特別に許してあげる!」
「じゃあ西瓜食べに行こうか!」
「うん!」


そうして飛び立つ三人。
 
目的地は、そう──チルノハウス。




えーと、どうも。初めまして2BAと申します。
初投稿でこれはなんなんだ!? とかは大目に見て下さるとありがたいです。

とりあえず、この作品を書いてるときにテンションがアレになったりしたのが多分もろに影響してます。
なんか所々で文の書き方が違う気がするのはすべてテンションのせいなのです。
多分キャラがおかしいのもテンションです。

長ったらしい文、最後まで読んで頂いてありがとうございました。

2BA
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コメント



0.3560簡易評価
6.90名前が無い程度の能力削除
いやはやなかなかにGood Jobな作品でした
ツッコミストと化したリグル、イカサマ師てゐ、鬱屈した日々を過ごす藍など
それぞれのキャラがそれぞれにいい味出してるのが非常によいです

・・・とりあえず、チルノ、大妖精、鈴仙に幸アレ
9.90名前が無い程度の能力削除
葱でCaved!!!!でなかったのに一安心というべきか残念というべきか
16.80無為削除
ア○ルに葱を緑のラインまで挿入れればOK

ってえーりんが言ってた。
18.60削除
ツインに座薬。思わず吹く。
19.80ABYSS削除
面白かったー。
会話と地の文のテンポが非常に良くてすらすらと読めますね。

そういえばチルノは風邪を引くか…夏、夏風邪は馬鹿しか引かなげふんげふん。
23.80コヨイ削除
うちはしょうが湯だったなぁ。
チルノ飲んだら溶けるだろうけど。

オチがまさか座薬とは。
確かに聞きますけどね。
28.80名前が無い程度の能力削除
爆笑しました。
30.90梨橙削除
ティルノの怒涛のつっこみに爆笑!
タイトルもいい感じですね


31.70名前が無い程度の能力削除
ティルノとかリーサルウェポンとか

リグルと橙のコンビプレーか好きです。
35.90CCCC削除
最初から最後までハイテンションで突っ走るギャグ、GJ!w
師匠の言う「普通の薬」って天然なんだか悪意の賜物なのか区別がつきませんね。
45.90ダビデ削除
ちょwwwwwティルノってwwwwwうはっwww
59.90まんぼう削除
上手いですねえ……こういうギャグをテンポ良くかける人はうらやましいです。
60.100名前が無い程度の能力削除
・・・うめぇ
71.70おやつ削除
わ、ワロタ……
なんで今までこれ読んでなかったんだろ?
キャラそれぞれが素敵な関係を築いてますね。
92.100名前が無い程度の能力削除
ひぎぃ!
93.70名前が無い程度の能力削除
大妖精と不憫過ぎだろw