Coolier - 新生・東方創想話

椛と趣味 番外編

2013/10/24 23:09:54
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※注意
 今回の話は作品集188「椛と趣味」~「椛と趣味3」と作品集189「椛と趣味4」~「椛と趣味6」を読んでいないとわかりません。
 また、今までのネタバレがありますので、先に読まれることをお勧めします。























※上の注意書きは読まれました?























夏も終わるある日の夜、八雲紫は適当な本を読んで寛いでいた。
彼女は幻想郷最古参の妖怪であり、賢者とも呼ばれている。幻想郷の創造にも関わっている大妖怪だ。
式である八雲藍は出かけているので、屋敷には一人しかいない。
一人の時間を静かに過ごしていた彼女がページを捲った瞬間、博麗大結界が意図的に弱められた。
それを察知した彼女は本を置くと急いで場所を確認する。直ぐに判明した。幻想郷の最東端のある博麗神社だ。
「まったく、あの子は……」
八雲紫は博麗神社に住む博麗の巫女、霊夢に何か異常が発生したのかと心配しつつ、己の屋敷からスキマを通り最速で向かった。
スキマをくぐると目の前には博麗霊夢が立っていた。
何となく今回の原因は予想が付いていた。霊夢からの呼び出しである。
「ねえ、紫。ちょっと気になることがあるんだけど」
挨拶もなく、霊夢は紫に質問をする。
「あのね。挨拶位はしなさいな」
紫はため息交じりにいう。霊夢は「こんばんわ」と言わされた。
「こんばんわ」
と紫は返す。そして霊夢は用件を話す。
「結界を超えて、外の世界で現役の文化が入ってきて問題ないの?」
「え?」
「だから、外の世界で今動いている物や文化が幻想郷に入ってきても、問題は無いわけ?
 幻想郷は外の世界で排除された文字道理『幻想』が来る場所よ」
紫は質問された内容を一考する。
「基本的に問題無いわね。私たち幻想の住人が『迷信』と排除されなければ、だけど」
「そう、わかった。ならいいわ」
ふうっと安堵する霊夢。
「ちょっと、霊夢」
「何?」
紫に呼ばれ、霊夢は憮然とする。
「貴方、何故そんなことを考えたの?
 いままでもあったじゃない。例えば守矢神社の件や、妖怪の山のダムとか」
きょとんとする霊夢。
「ええ、そうだけど。でもさっき聞かれてね。言われてみれば、それがごく普通になっていたから気になったのよ」
「誰に聞かれたのよ」
「ちょっとね」
「ちょっとじゃないわ。ごく普通の事に気が付くのは難しいのよ」
「あ~、確かにそうかも」
紫は腰に手を当て、霊夢を問い詰める。
「簡単でいいから説明なさい。結界まで緩めたのよ。私には管理者として質問の原因を聞く義務があるわ」
霊夢は頭を掻きながら、経緯を話し始めた。
「今日、犬走椛って言う白狼天狗とここでオセロをしたんだけど、彼女が言ってたのよ。外の世界で現役なものを楽しめるのが不思議だって。
 そのときはお米や将棋とかも同じだし、外来人から入ってくることもあるから同じって言って、椛も納得して帰ったんだけど、逆に私がもやもやしちゃったのよ」
「ふうん、でオセロって何?」
「外の世界から来たゲームよ」
「……そう。さっき言ったけど、よほどじゃなれば問題ないわ。
 ところで霊夢。ゲームということは遊んだってことよね、天狗と」
「ええ。時々来るわよ」
はあ、と紫はため息を付く。霊夢には紫が何が言いたいのか通じていない。
「霊夢、あなた人間の知り合いを作りなさい。妖怪に乗っ取られたって言われるわよ。また」
「わ、わかったわよ」
「じゃあ、私帰るから。本当に結界を緩めることは危険なのよ、言うまでも無いでしょう」
「悪かったわよ。
 それとありがとう。すっきりしたわ」
軽く手を振る霊夢に笑いかけ、紫はスキマを通った。
スキマの中を漂いながら、紫はつぶやいた。
「白狼天狗の犬走椛か」
そして薄く笑う。
「面白い事考えるわね。今の件もあるし、藍に話しておこうかしら」



「紫様、ちょっとよろしいですか」
翌日の夜。紫は椅子に座り、くつろいでいた。
「何?」
現れたのは紫とよく似た服を着た女、八雲紫の式である八雲藍だ。九つの尾を持つ彼女も人間ではない。九尾の狐である。
「後でこの新聞を読んでおいて貰えますか? 昨夜話された犬走椛が出ています。あとオセロも」
彼女は手に新聞を持っていた。
「今読むわ。貸して頂戴」
新聞が藍から手渡され、紫はそれを広げる。
顔見知りの鴉天狗である射命丸文が発行している『文々。新聞』だ。見出しは『趣味を探して三千里』、発行日は昨日だ。
犬走椛は人間の里や博麗神社でよくゲームをするようだ。霊夢も映っている。
「……ずいぶん動いているわね、彼女」
鴉天狗の新聞は面白おかしく脚色するが、『文々。新聞』は他と比べてまだ信憑性がある。誇張はあっても嘘は無いだろう。
「勝手に特集組まれているだけの様な気がします。本人からの話は無いですし」
「そうね。対局相手や子供の話ばかり、この写真は喫茶店かしら」
「そうです。ちなみに店主は外来人です。子供たちがいるのは上白沢慧音の寺子屋ですね。
 霊夢がやっているのがオセロ、外来人から伝えられたゲームです。やったことは無いですが」
「貴方、詳しいわね」
「慧音とは時々話しますから何度か寺子屋にも行きました。この犬走について聞いておきますか?」
紫は少し考え、
「別にいいわよ。単に遊んでいるだけでしょ。天狗が出歩くのは珍しいけど、ないわけじゃないし。
 新聞にも載ったことだし、妖怪の山の誰かが止めるでしょう」
「そうですね」
藍に新聞を戻す。
紫の予想は大きく外れることになる。



「紫様、ちょっと報告したいことが」
しばらく後。紫はソファーに横になっていたところ、藍が声を掛けた。
「報告?」
紫は横になったまま、顔だけ藍に向ける。
「はい。人里で人間と妖怪が一緒になって将棋などのゲームをしている姿が多く見られます。
 今までも無かったわけではないですが、ここ最近急増していますね」
「何でそんな事になっているのかしら?」
体を起こし紫は藍に尋ねる。紫の前にいる藍のテンションが、何故か少し高いように感じられた。
報告と藍、両方への疑問に紫の形の良い眉が顰められる。
「ええ、少し調べておきました」
藍は一拍をおく。
「原因は例の犬走椛と以前に見せた新聞です」
「あら」
紫はその名前に少し驚いた。
「妖怪の山は彼女を止めなかったようです」
「……珍しい」
「私も正直予想外でした。
 因みに彼女、人里で『将棋天狗』や『将棋のお姉ちゃん』と呼ばれています」
藍も苦笑いをする。
「人里の者からすれば『妖怪もゲームをやる』という認識になり、妖怪側も乗った流れです。
 とはいえ、相手をする妖怪は元から人間と交流のある者がほとんどで、新たに人里に現れた者は古くからある将棋や囲碁等が好きな者ですね。犬走もこれに入ります。
 命蓮寺に比べれば妖怪全体に対する影響は微々たるものですが、親密な者はより進むと予想されます」
「ふうん、勝敗は?」
「そこまでは解りません。ですが私が見た印象では、将棋や囲碁などの実力が直接絡む対局は妖怪側が勝っています。
 これは元から棋力が高い妖怪が多い為です。長期間嵌っていたのでしょうね。もっとも腕が落ちている者、下手の横好きや今回の件で始めた者もいますので絶対ではありません。それと人間でも化け物染みた棋力を持った者もいますので。
 逆に外の世界から入ってきたゲームは人間の方が上手いですね。多分、これは慣れの問題で直ぐに勝率は同じくらいになると思います。
 運要素が強いゲームは同じくらいでしょうか。当たり前ですが能力等のイカサマは禁止ですから順当です」
そこで紫にふとした疑問が過ぎる。
「賭博で揉めたりしないのかしら。博打好きは意外と多いわよね? 酒も入ることがあるでしょうし」
「基本的に賭けていませんね。賭けても精々茶菓子や酒程度です。
 博打は別枠と考えていいと思います。こっそり勝敗を賭けたりはしているでしょうけど」
かなり詳しく調べた様だ。すらすらと回答が出てくる。
「あなた、随分見て回っているみたいね」
「ええ、馴染みの豆腐屋、八百屋、盛り場あちこち回りました」
「食べ物関係ばかりじゃないの」
紫は呆れた様な声を出す。
「いいえ、他にも行きましたよ。
 それはともかく、少し犬走椛についても調べました。彼女は今でも時々子供達や里の者と将棋以外にも、チェス、オセロ、ジェンガ他にもやっていますね」
「じぇんが? そういえば霊夢もオセロとか言ってたわね」
「外の世界から入ってきたゲームです。ジェンガは買ってきていますから後で橙も呼んでやりましょう」
ああ、藍がさっきからテンションが高かったのは、そのジェンガなるものをやりたかったからか。紫はようやく合点がいった、
「そうね、ってルールは?」
「調査がてら、人里で何回かやってきました。なかなか面白いですよ」
「そう」
藍はこんな活発に動くタイプだったかと、紫は少し考えた、



「紫様、ちょっとよろしいですか」
紫が本をソファーで読んでいると、藍が声を掛けた。
「いいけど、どうしたの?」
「例の犬走椛ですが永遠亭に行きました。
 月の者達にどうこう言う訳ではありませんが、一応お耳に入れておこうと思いまして」
読んでいた本を閉じ、藍の方を向く。
「体の具合が悪いわけじゃあないわよね? 妖怪の山にも医者はいるし、彼女はどうしたの?」
「喫茶店の店主から詳しい話が聞けました。鈴仙が引っ張っていったようです」
「……月の者が何か考えているの? あまり意味なさそうだけど」
あちらの事情は承知しているので何かするとは考えていない。それでも高い実力もあって、紫は他の組織に比べて少し危険度が高いと認識している。故に藍も報告したのだ。
「そういった思惑はなさそうです。
 将棋天狗の噂を聞いた鈴仙が人見知りを直したいと犬走を尾行し、あっさり捕まって喫茶店で相談……というよりも愚痴ったようです」
「それで?」
「鈴仙は仕事中だったようです。愚痴を言っているうちに時間が経ち、さぼりで怒られるから犬走に付いてきてほしいと頼み、そのまま永遠亭へ、という訳です」
「……なんでそうなるのかしら? 行った方も行った方だけど」
「さあ? どちらにしてもさぼりですけどね」
藍も首を傾げる。
「鈴仙の人見知りも治っていないのね。人見知りを治す薬は……不味いのが出来そうね」
そこで紫はふと疑問に思った。
「ところで藍、どうやって店主から詳しく話を聞いたのかしら?」
「お店で客とオセロをしながらです。
 いやぁ、ルールも単純で子供の遊びだと思ってましたが、これも楽しいですね。気を抜くと直ぐに逆転されてしまいます」
「オセロ? 外の世界から来たゲームだったかしら。霊夢も言ってたけど」
「そうそう、永遠亭の待合室にはゲームが置いてあって、人妖共にやっているそうですよ」
藍のテンションが妙に高い。ごく最近、似た様なことがあったので紫は何となく予想が付いた。
「あそこは、両方来るからね」
「ええ、ところでお暇ですか?」
「まあね」
分かっていて、紫は肯定する。
「オセロを用意したのでやりましょう。覚えれば霊夢ともできますよ」
紫の返答も聞かずに、藍は早歩きで戻っていく。オセロを取りに行ったのだろう。
「……」
やっぱりと思う紫をその場に置き、大きな九本の尻尾を揺さぶりながら上機嫌の藍は奥へ消えて行った。



「おはよう、藍」
「おはようございます、紫様。今日は早いですね」
とはいえ紫は夜行性だ。早いと言ってももうすぐ夕方である。
彼女は水の入ったグラスを藍から受け取ると少し飲み、目を覚ます。
「そうそう、紫様。
 少し前ですが話に出た犬走椛について、何故あちこち動き回っていたか理由が大体わかりました。後で聞かれますか?」
「あら、今報告して頂戴」
「解りました。結果から言うと彼女は暇だったからです」
「は?」
紫の顔が、意味が分からないと言っている様だ。
「元々将棋好きで、河童の河城にとりと休みの度に天狗大将棋を指していた様です。しかし河城は忙しくなった。
 山の神が来て以降、河童全体でダムや間欠泉地下センターの件がありましたからね。今まで河城は自分で休みの調整をしていましたが、そうもいかなくなった。
 結果、犬走と休みが合わなくなり、対局相手が居なったので休日やることが無くなりました」
「なるほど。思いがけない方向ね」
「また、彼女は下っ端の哨戒天狗です。仕事は外の見回りと訓練なんですよ。
 妖怪の山内部はわかりませんが、今の幻想郷は基本的に平和ですから見回りも暇です。訓練はそんな楽しいものでもないですし」
「そうでしょうね」
「仕事が暇、休みも暇。それらが切欠で自分の趣味について悩み始めたようです。そこで霊夢が登場しました」
「霊夢が?」
「ええ」
驚く紫を、藍が肯定する。
「ミスティア・ローレライという屋台をやっている夜雀がいます。これは彼女から聞いたことですが、夏に彼女の屋台で犬走と河城が呑んでいると、たまたま霊夢がやってきて犬走の相談に乗ったようです」
「……何をやっているのかしら、あの子」
妖怪退治の専門家が、暇を嘆く妖怪から相談を受けてどうするのか。しかも場所が妖怪の屋台。
紫は自分の米神をとんとん、と指で軽く叩いた。本気で悩んでいる。
「ちなみに霊夢は以前からミスティアの屋台を訪れるそうです。あそこ美味しいですし」
「食べたの?」
「ええ。話をしたらある意味で発端の場所だとわかりましたので、細かく話を聞くのに少々。評判の店なので一度食べてみたかったのは本当ですが、それだけの収穫はありましたよ」
味を思い出したのか、藍の顔が少し緩む。
「まぁいいわ。近いうちに連れて行きなさい。橙もね」
「解りました。
 その霊夢ですが、いくつか回答した中に『外の世界の将棋を調べたらどうか』というのがあったようです。元々将棋好きですから。他にも『観光巡り』や『人里散策』なども。
 それで犬走は将棋を巡って上白沢慧音、最近幻想郷に来た二ッ岩マミゾウ、人里にある外の世界の本も扱う貸本屋『鈴奈庵』、外の世界の道具を扱う『香霖堂』、命蓮寺などを訪れています。全て霊夢の紹介です。本人達に直接確認しました。
 更に慧音から人里に住む外来人を何人か紹介されています。その一人が犬走が主に将棋を指している喫茶店の店主です。以前に鈴仙が捕まり、私がオセロをした場所でもあります。
 他にも訪れていますが、そこそこ影響しそうなのはこの辺りですね」
「……本当に霊夢は何をやっているのかしら、命蓮寺なんて商売敵でしょうに」
紫は心底呆れたような顔をし、それを見た藍は苦笑する。
「霊夢らしいと言えばらしいですがね。
 その後は休みの多くでその喫茶店や慧音の寺子屋、博麗神社などを訪れてゲームをしています。寺子屋の子供と出かけたこともある様ですね。その内に十六夜咲夜や鈴仙と遭遇し、紅魔館や永遠亭にも訪れたようです」
紫はようやく椛の一連の行動に納得するように頷いた。
「なるほどね。
 ところで藍、彼女は下っ端と言ったけど、若いのかしら?」
「若いですね。外の世界を知らない世代です。私達からすればまだまだ子供ですよ」
「突拍子のない行動も、若さかしら?」
「さあ、度胸があるのは認めますけどね。ざっくりとですがこんな結果でした。
 ところで紫様」
「何?」
「二ッ岩から酒を、香霖堂でつまみを貰ったのですが、後で飲みませんか?」
「あなた、この調査楽しんでない?」
紫はジト目で藍を見る。覚えがあるのか、藍はばつが悪そうに軽く頭を掻く。
「まあ、しっかり仕事しているから良いですけど。ところで藍?」
「何ですか?」
「今思ったんだけど、貴方が犬走を調べていること、本人に気が付かれているのかしら?」
紫の問いに、藍は少し考える。
「わかりません。だいぶ聞き込みましたから知っていてもおかしくありませんね。とはいえ、あの界隈では有名になりつつありますから、私が聞いていたと言っても『人間の里であれだけ妖怪が有名なったら気になるでしょう』で終わりますし、人里で聞かれた時もそれで通しました。事実ですし。
 ところで、そこに置いてある『文々。新聞』はまだ読まれていないですよね? 起きたばかりですし」
「ええ」
紫はコップの水を飲むと、近くの机に置いてある『文々。新聞』を一瞥する。
「犬走、古明地さとりとも接触した様ですよ」
紫が流石に吹き出した。
相手は地底の妖怪、しかも地霊殿の主だ。地底の妖怪と交流が戻りつつあるが微々たるもの、地上の妖怪が地底に行くのは考えにくい。だが同時に古明地さとりが地上の幻想郷を訪れるのも考えにくいのだ。
「ど、どうやったの?」
むせりながら、紫は藍に問いかけた
「流石に地底絡みですから調査しました。とはいってもすぐ終わりましたが。今度も霊夢が原因です」
「……続けて頂戴」
本当に何をやっているのだ、そう紫の顔が言っていた。
「地霊殿の霊烏路空と火焔猫燐がさとりと遊べそうなものが無いか霊夢に相談しましたが、それを犬走に丸投げしました。彼女達は人里で買い物後、博麗神社に戻り河城と合流、霊夢を含めて五人で遊んでいます。
 少し経って、霊夢が犬走を神社に呼び出しました。その時にさとりが霊夢から貰った通信機能付きの陰陽玉で、犬走にこの件のお礼と通話での対局を申込みました。犬走はアドバイスに成功した様です。
 ちなみに『文々。新聞』にさとりの対局場所が博麗神社と載った為、さとりと個人的に付き合いたい人妖が訪れているみたいです。物好きはいますから」
心を読まれても構わないなど、紫や藍からすれば理解不能である。
「……ねぇ」
「はい」
紫は真剣な面持ちで藍の方を向く。察した藍も真剣な顔つきになる。
「将棋は置いておくとしても、殆ど霊夢が絡んでいない?」
「絡んでいますね」
「冬眠前に一度、その犬走椛と話をしてみても良いかもね」
「紫様が直接、ですか?」
「ええ。でもその前に何をしているか見てみましょうか」
スキマを開き椛を映すことを試みる。此方からは見聞きできるが、向こうからはわからない。正に監視としても最高の能力だった。
間もなく彼女と思しき剣と楯を持った白狼天狗が映し出され音も伝わる。博麗神社の上空で満足げな顔をした白狼天狗は、何故か天狗装束ではなく霊夢の巫女服を着ていた。ご丁寧に尻尾も通し赤い帽子も無い。
何故かぼろぼろになり逃げる射命丸文と、腰に手を当てすっきりした笑顔の霊夢も映っていた。
何をしていたのかと紫が首を傾げたところ、椛がくるりと振り向きスキマを覗いている紫と目が合った。椛は一瞬目を見開き驚いた後、警戒するように尻尾を逆立てた。
「え?」
完全に紫と藍の予想外の状況だった。
『霊夢』
椛が霊夢の名を呼んだ。よく見ると首からひもで陰陽玉をぶら下げている。通信機として使っているだろう。
『妖怪の賢者とその式がこちらを見ていますが、何か聞いてますか?』
『はぁ? 紫と藍が? どこにいるのよ』
『どこにいるかがわからない。こんなの初めてですよ。だが室内ですね。後、賢者はコップを持っています』
『スキマから覗いているのね』
少し混乱気味の椛に、紫に対して呆れたように言う霊夢。
「見えているの?」
『ばっちり見えています。理由はわかりません』
紫の問いに、椛はしっかり受け答えをする。紫と藍側を認識していなければあり得ない行動だった。
「そういえば彼女の能力は『千里先まで見通す程度の能力』でしたか。多分紫様が繋げたスキマを通じて見ていると思います」
『なるほど、それで不思議なことになっているのですね』
状況を冷静に分析する藍に対し、ありえると肯定する椛。そして藍が思い出したかのように言った。
「声は? そうか」
『ええ、唇を読んでいます。
 ところで私に何が御用でしょうか?』
尻尾を立てたまま言葉使いだけは丁寧だ。視線も油断なく、ある意味で慇懃ともとれる態度だが、椛からすれば二人とも格上も格上なのだ。片方だけでも圧倒的に不利であり、警戒するなと言うのが無理な相談だ。
「用事ねぇ? 何と言ったら良いか」
予想をしていなかった展開に紫は頭を掻く。
「紫様、変わりますよ。
 私は八雲藍。知っての通り八雲紫の式だ。よろしく」
『はい、よろしくお願いします』
紫の前に藍がゆっくり出る。
「実は紫様に将棋天狗について、話をしていたんですよ」
『またですか』
がっくりと椛が肩を落とす。尻尾も垂れ下がる。
少しばかり嘘が入っているが藍はしれっと続ける。どうせ椛には分からない。
「私も人間の里に出入りするから噂や新聞、里の者の話で貴方が気になっていました。というよりも、気にならない方がおかしい。個人的にも八雲としてもね。
 特に最新の『文々。新聞』では古明地さとりと通信で対局したとある。あの古明地さとりも相手したとなると、流石にどういう相手か紫様も引っ掛かってね」
近くに置いてあった『文々。新聞』を手に取り椛に見せる。それを見るなり、椛はうんざりした表情になった。
「霊夢、いや、この場合は博麗の巫女と言った方が正しいか。繋がりもある様だし万が一が起きたら不味い。だったら後日話してみることを進言したんですよ。
 霊夢を危惧した紫様が、慌ててスキマを繋いだのは予想外でした」
『なるほど』
「事情をわかってくれて嬉しい。それと不快にさせた。すまない」
『いえ、此方こそ事情も分からず失礼しました。確かに重要なことです。納得しました』
ぺこり、と藍が謝る。それに対して、椛も頭を下げた。
「では失礼します。紫様、スキマを」
「え、ええ。失礼しました」
『いえ、私の方こそ』
「では、そのうちお会いしましょう」
再び頭を下げた椛を映した後、紫はスキマを閉じた。
ふう、と安堵の表情の紫と藍、二人は顔を見合わせた。
「スキマを通して此方が見通されるなんて、初めてだわ」
「そうかもしれませんね」
「藍、あなた能力を知っていたなら教えときなさいよ」
「まさか、こうなるとは思いませんでしたよ。ですが若さと下っ端と言う肩書で甘く見てました」
「私たち、油断したのね。
 それにしても能力の相性って、分からないものだわ」
「全くです」
二人して苦笑いを浮かべる。揃いも揃って下っ端の白狼天狗に驚かされた、いや驚かされっぱなしなのだ。
「ま、問題なさそうね、彼女」
「そのようですね」
「藍、お酒とつまみ出して。さっき言ってた二ッ岩と香霖堂から貰った奴」
「はい。肴は彼女の話にしましょう。まだまだ話していないこともありますし」
二人とも上機嫌で、身内だけの酒宴を始めるのだった。



後日、藍は口角を引きつらせ笑いを堪え切れないという表情で、無言のまま『文々。新聞』を紫に差し出した。
さぞ楽しいのだろうと紫は期待して受け取る。彼女の表情は読み進める内に緩み、最後には決壊した。
見出しは『巫女と天狗のタッグ結成。本誌記者に掛けられた罠』、写真はわずか三枚。最初の一枚は布団にうつぶせで寝ている霊夢、次は剣と楯を持ち霊夢の巫女服を纏った帽子を被っていない椛、最後の一枚は同じく巫女服で臨戦態勢の霊夢だ。二人とも青筋を浮かべた、般若の如き怒りの表情である。
剣を持った椛の写真とお祓い棒を持った霊夢の写真は対称に配置されており、二人の迫力もあって見栄えが非常に良い。嫁の貰い手は減りそうだが。
椛は黒髪のかつらを被り、霊夢の布団を被ってうつ伏せに寝ることで体調不良の霊夢を装ったらしい。用意周到な事に、椛は自身の臭いを消す為に霊夢の服を着て、かつらにも霊夢の臭いを移しておいたため、射命丸は完全に騙された様だ。
つまり写真の一枚目は霊夢に扮した椛だったのだ。
珍しい霊夢の様子を取材しに来た射命丸は、完全に椛を霊夢と誤認し近寄った。そしてほぼゼロ距離で椛に襲われたらしい。
本気になった白狼天狗の瞬発力は侮れない。慌てた射命丸は外に飛び出ようとするが、そこに待ち構えていたのは本物の霊夢だった。射命丸は妖怪退治モードの霊夢とどこに隠していたのか剣と楯を装備した椛に完全に挟まれてしまった。しかも狭い室内の為、自慢の速さや『風を操る程度の能力』も半減だ。場所が博麗神社なので壁を壊して逃げると後が面倒なのも迷いを生んだ。逆に霊夢は自分の陣地であり、剣を持った椛は得意とする射程である。
それでもまだ片方だけなら何とか逃げることができただろうが、ここまで完全に嵌るともうどうしようもなかった。問答無用を叫ぶ二人にやられてしまったらしい。
『完全に策に嵌りました。皆さん、偽情報に踊らされないようにしましょう』と締めくくられていた。
「やりますね、二人とも」
くつくつと笑いながら、藍が言う。
「そうね」
紫は藍が気づいていない、射命丸の本心に気が付いていた。
椛が巫女服を着ていたことについて、彼女を気に入らない者は妖怪の山への裏切りと言い始めるかもしれない。それを防ぐ為に自らが嵌った策を前面に出し、誘導している。そんな不器用な優しさが『文々。新聞』に込められていたのだ。
しかし椛には、いや間違いなく他の者にも通じないだろう。通じるのは同じ捻くれ者だけだ。だって射命丸の普段が普段なのだから。
そこで紫ははっとする。
「私も気を付けなきゃ」
笑い事ではない。普段が普段なのは自分も同じなのだ。散々胡散臭いと言われている。
紫は『人の振り見て我が振り直せ』と思い少し反省するが、既に同じ穴のムジナになっていることに気が付くはずもなかった。
笑っていた紫が急に真剣な面持ちになり最後は凹んでしまった。
それを真面目な藍は主を理解できないことで悩んでしまうのもいつもの話。
今読んでみると、『椛と趣味2』の椛がテンション高くて子供っぽい。特に尻尾。
登場したのが大物ばかりだったので、普通の人妖と考えてたのですが、思いついてしまったので仕方がない。

最後まで読んで頂き、有難うございます。
今回で八作目になります。

ヒントとなったコメントは、『椛と趣味4』の24さんです。
『椛と趣味6』に返事は書きましたが、改めてお礼を申し上げます。

ちなみに博麗神社にて椛の剣や楯は炬燵や別の布団などで封をしていました。椛が元々着ていた服も同様です。

独自解釈は椛の能力でスキマも見通せることです。
藍のセリフにもありましたが、相手から見えなかろうとスキマで通じてしまった為、椛の能力で見通せてしまったのです。

射命丸は危惧する位なら記事にするなの一言ですが、そこは彼女ですので。

コメントの返信を
沙門さん
前回のコメントに対して『椛と趣味6』のあとがきに追加しています。
あの時、今回の話は全く考えていませんでした。

予定は未定、これは変わらずです。
感想や指摘、お待ちしています。よろしくお願いします。

-追加-
一文追加 誤字修正 あとがき追加
沙門さんの指摘を受けた箇所を修正:『地底から霊夢から』は『霊夢から』としました。 他気になった箇所を修正
烏天狗⇒鴉天狗

ご指摘、ありがとうございました。
ガラスサイコロ
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コメント



0.530簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
ホントや。よくよく見ると、きっかけはだいたい霊夢なんですね。
宴会以外で、複数の勢力をまたいで頻繁に交流を持っているのはこれまで霊夢と魔理沙くらいのものだったので、椛はある種特異点(主人公の条件!)のような感じでしたが、裏に霊夢の(意識しない)誘導があるとは。
うまくできているものです。
4.90名前が無い程度の能力削除
外の世界に詳しいはずの紫が、オセロなど外来のゲームを知らないのは些か不自然に感じました。
ところで、文が嵌められた話について詳しく。
5.70沙門削除
 1話から読んでいた私に隙は無かった。と、1度は言ってみたかったんだよねー。
 とうとう大御所の紫様にも目を付けられましたか。頑張れ椛。
 藍様が色々可愛かったです。ゆかりんとオセロしてる時は、尻尾をバッサバッサしてたのかなー?
 ちと気になった部分を、>地底から霊夢から
 から、が2度続いたので、目が引っ掛かりました。~地底で霊夢から、とかでいいのでわ。あと命蓮寺が妙蓮寺になっているところがありました。
 私みたいなのが言うもんじゃないですけどね。でわ次回作を楽しみに待ってます。
7.80絶望を司る程度の能力削除
見事に嵌められてますな~wwだけど、不器用な優しさに気付いた椛はどんな反応するんだろ?
10.100名前が無い程度の能力削除
このシリーズは話が広がってきたけど、深刻なことにならずに力を抜いて読めるのが好きなので、文ちゃんには引き続き頑張ってほしいです。
11.100名前が無い程度の能力削除
そういえばこの作品ってあんまり勝敗を明記しませんね。そういうところも含めて面白いと思います。星くんとか一応軍神の代理だし将棋とか強そうなんで見てみたいです。
15.90名前が無い程度の能力削除
実際はカテゴリはまだ現役でも死蔵や紛失で入ってくる(故意に入れてる)ケースのほうが多いんでしょうね
極論なら外来人が入ってくるからといって人類が幻想になったかという話で
2での椛との話が疑念に浮かんだきっかけでしょうかね
さておき、椛と気が合いそうなマイペースな藍様がいいですね、人生楽しそうで