Coolier - 新生・東方創想話

空と此岸の境目で

2013/10/24 18:11:07
最終更新
サイズ
6.29KB
ページ数
1
閲覧数
1640
評価数
9/21
POINT
1460
Rate
13.50

分類タグ

 向かいの家の呉服店の子が死んだ。

 たちの悪い熱病にかかって、人里の診療所に連れて行かれて、努力のかいむなしく命が途絶えたそうだ。幻想郷、いや、どこにでも良くある事だろう。葬儀は命蓮寺で行われるそうだ。準備に忙しく駆け回る親を後目に、私は小雨がはたはたと降る様子を感じながら本をめくっていた。
 病弱な子で、なかなか店から出てこない子ではあったが、何度か遊んだ事がある。しかし、私が貸本屋の看板を務めるようになってから、姿を見かける事はあまりなかった。私がほとんどその存在を忘れて、色んな仕事に勤しんでいて、それから……。
自分は、こんなに人に対して無関心だっただろうか? 例えば、親や常連の客、親友が死んだら、なんて、考えるだけでも悲しくなる。きっと取り乱してしまう事だろう。でも、それ以外の、数度遊んだだけの関係の子に関しては、驚くほど冷静だった。現に、小雨の音を聞きながら本を読める程度には――
 雨が、ばらりと水量を増した。――急に怖くなって、本を閉じる。あの子が見ている気がしたのだ。どうしてこんなに死に対して無関心なのか。どうしてもっと遊んでくれなかったのか。そういったあの子の念が、私を責め立てている気がしたのだ。悲しいとも、悔しいとも思えない自分が、とても人間としてできていないような、やさしくない人間なような気がして、本も片づけないで奥の部屋の布団にもぐりこんだ。家には誰もいない。あの子の幽霊が来るんじゃないか。そう思ってしまう自分が、また人間じゃないような気がして怖かった。



 窓の外で雨がざあざあと降っている。……いつの間にか、布団の中で眠っていたようだ。外はもう暗くなっている。首のだるさを感じながら起き上がると、夜は自分で食べるように、との旨の書き置きが目についた。その横におにぎりが二つ握られている。私はそれを手に取ると、一口食べた。中身は鮭だった。しょっぱくもなく薄くもない絶妙な味加減は、まさしく母のもので、なんだかずっとずっと遠くの味で、とてもとても久しぶりに食べたような気がした。

 おにぎりを二つお腹におさめると、がたがたと窓が鳴り始めた。雨風が強い。親は大丈夫だろうか? そう思うと同時に、命蓮寺、次にあの子の葬儀の風景が思い浮かんだ。――考えたくなかった。あの子の死に顔、悲しむ呉服店の夫婦、木魚の音。途端に恐ろしくなった。家に一人でいるのが耐えきれなくなり、衝動的につっかけを履き傘も差さずに外へ飛び出す。そのまま、親友の家に走っていた。足が水溜まりに嵌っても髪の毛が濡れそぼっても気にする事はなかった。ただただ、私はあの子の死から逃げるようにぐちゃぐちゃの道を走り続けた。



「急に誰かと思ったら、びしょ濡れの貴女だなんてねえ」

 玄関先で、阿求がクスクスと笑いながら手ぬぐいを差し出してくれた。私は、そこではじめて、なにかころりと憑き物が取れた気分になった。私は何に怯えていたんだろう。安心したような、みじめなような気持ちがびしょ濡れになった体に染み込んでゆく。阿求の、品がよい家に似つかわしくない濡れ鼠で来てしまったのも恥ずかしく思えた。



「……へえ。それで、怖かったの?」
「ええ」
 着替え終わった私の髪を梳かしながら阿求はまた笑う。
「死んだ人が怖いだなんて、よくある事よ」
「でも、申し訳なくて」
「いい? 小鈴。死者は生者の中にしか存在しないの」
「どういう意味?」
「生きる者にしか死んだ者は認識できない。死んだ人には生きている人が認識できないでしょう。死んだ人が怖いという事は、きちんと自分が生きている中で死を認識しているという事なのよ」
「……そうなのかな」
「まあ、中には妖怪じみた幽霊や死神もいるけれどね」
 阿求は丁度私の髪を梳き終えると、薄く笑って、今日は一緒に寝ましょうと提案してきた。もうそんな歳でもないけれど、一人で寝るのも心細いので承諾した。

「ねえ阿求」
「なあに」
「なんで人って死ぬのかな」
「生まれたら死ぬ、死んだら生まれる、そんな感じかな。幻想郷には死なない奴もいるけど」
「私、それになりたいなあ」
「不老不死って、キツいのよ。新たに生まれる事も死ぬ事もできないの。それに、大切な人がどんどん死んでも、自分だけはピンピン生きてるのよ」
「あ、やっぱりやだ」
「でしょ。死ぬという事はね、生きると同等なの。死んだら死者の世界があり、生者には生者の世界があって、私達はたまたま今生者の世界にいるだけなのよ」
「……ふうん」
 納得したような、そうでないような気持ちになった。阿求は色んな事をよく知っている。流石、御阿礼の子だな……そう思った時、ふと一つの念が頭をよぎった。
 そう、阿求も私もいつかは死ぬのだ。増して、阿求は私が大人になる前に死んでしまうかもしれない。今、ここに一緒にいてくれる人が、いつかはいなくなるのだ。
「……やっぱり怖い」
 私は布団の中で阿求の手をぎゅうっと握った。阿求はなだめるように私の手を握り返す。
「大丈夫、大丈夫」
 そう、繰り返し優しく言われているうちに、安心して瞼が閉じ、意識がどんどんと落ちていった。そして――




 夢を見た。
 あの子が笑っていた。
 三途の川を隔てて、彼岸の花に囲まれて。

「小鈴ちゃん、あの世とこの世は、同じ地続きなんだよ」
 あの子の顔が、風に揺らぐ髪の毛が、穏やかに笑う口元がぱらぱらと本の隅に描かれた絵のように動いてゆく。
「だから、大丈夫。生まれ変わったら、また会えるよ」
 待って、待ってよ。私、貴女ともっとお喋りすれば良かった。沢山遊べば良かった。貴女が寂しくないように、もっと色んな事をしてあげれば良かった――





 眩しい朝日が瞼を包む。私は、阿求の手を握ったまま寝てしまったようだった。昨日とはうって変わって、空はどこまでも静かに澄んでいる。
 悪い夢だった。今更悔やんでも、もう遅いのに。そのまま、枕に顔を押し付ける。私は、私は、私は――

「何かあった時でも悔やまないように、今を一生懸命生きればいいだけよ」

 阿求の寝ぼけたような声で我に返る。起きているのか眠っているのかよく分からない阿求の手は、とても暖かかった。思わず握ってみると、ううんむにゃむにゃ、と返された。寝言だったのかな。それとも、阿求なりに色々察してくれたのだろうか。……でも、死者を弔うためにせめて自分達は一生懸命生きるというのは、はじめてとても納得が行った。
 私が、あの子のぶんまで、いや、あの子が生まれ変わったら次は寂しい思いをさせないために、一生懸命生きればいいのだ――阿求が死んでも、私が死ぬ番になっても、生きている人には精いっぱい優しくしよう。そう、思えた。よく考えれば、幻想郷には此岸も彼岸も冥界も地獄もあるのだ。そしてそれは全て、私達に隣り合わせている。ただ、私達がこの場所にいるだけで、きっとあの子も、隣り合わせたどこかにいるのだろう。


 阿求、そして御家の人にお礼をしてから大きい屋敷を出ると、眩しい太陽と、青い空が広がっていた。あの子も、きっとこの空を見ているんだろう。私の心も晴れやかだった。死ぬのが怖いなら、生きる事もできない。阿求のところにもっと遊びに行こう、親をもっと労ろう、常連さんをもっと大事にしよう。自分の生に後悔を残さないために、誰かの生をもっと彩れるように。



 阿求はやはり、あの時寝ぼけたふりをしていたんだと思う。きっと、今しか会えない人物だからこそ、私に伝えてくれたのかもしれない。そして、いざその時になったら私に資料を全部預けて、魔理沙に取られないようにしてよね……なんて。今はもう怖くもなく、そんな事が想像できてなんだか笑えてしまう。


 空を見上げると、白い雲が、あの子の笑顔に見えた。
阿求ちゃんとスヤァしたいぞ!!
伏見やまと
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.600簡易評価
1.100非現実世界に棲む者削除
大切な人の為に生きることこそ善行である。
この二人のお話はいつも清廉としてて心地よいです。
2.90おちんこちんちん太郎削除
ちょっと大人な阿求ちゃんだね。死よりもむしろ、死に対して冷めた自分を恐れると言うのは、人間味があるね。
4.80名前が無い程度の能力削除
阿求の達観が恐ろしいです。彼女はほば常に死ぬ側の人間なのだから。
5.100名前が無い程度の能力削除
後味の良いお話でした
6.100名前が無い程度の能力削除
描写が美しく、そして後味のとてもスッキリとした作品。
怖くなって真っ先に向かったのが、誰よりも先にいなくなってしまって、そして誰よりも近くにいるはずの友人阿求のもと、というところにまだまだ達観できていない子供らしさが見えた気がした。
個人的に、夢の中の女の子の姿と阿求の姿がかぶって見えたような気がした。
7.90名前が無い程度の能力削除
 若くして命の尽きる阿求と(一応)普通の人間である小鈴。
 この話を読んで、この二人の組み合わせは、寿命を題材とした新たなお話になりうるのではないか。
 そんなことを思いました。
10.100奇声を発する程度の能力削除
描写も良く素敵でした
13.100名前が無い程度の能力削除
阿求が普通の人間よりも死に近い存在だと思うと感慨深いものですね
14.100名前が無い程度の能力削除
死が怖いんじゃなくて、他人の死に無関心な自分が怖い。
目の付けどころが面白いなあ、と感じました。
何はともあれこの二人の組み合わせはもっと流行るべきだと思います!