Coolier - 新生・東方創想話

人形になる夢

2013/10/20 10:16:37
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 布団に入って目を閉じると、天井から鵺の声が聞こえてきた。恐ろしい鳴き声を上げながら屋根の上を這っている様だ。私は今まで鵺を見た事が無かった。だから天井を這う生き物がどんな姿格好をしているのか分からない。また鵺の声も今まで聞いた事が無かった。だから聞こえてくる鳴き声が鵺の鳴き声だと分かる筈も無かった。けれど私は天井から聞こえてくる声が鵺のものだと知っていた。どうしてか分からないが知っていた。
 天井から鵺の声が聞こえてくる。鵺は何処からきたのだろうか。この永遠亭を囲う竹林に鵺が暮らしている等と聞いた覚えが無い。何処からか入り込んできたのだろうか。竹林で暮らす兎達に危害が及んでいないだろうか。
 天井から鵺の声が聞こえてくる。鵺は相変わらず屋根の上をあちらへこちらへ這っている。一体何をしようとしているのか。もしかしたら永遠亭へ入り込もうとしているのかもしれない。輝夜様や師匠、それに屋敷で暮らす兎達が襲われてしまうかもしれない。それにもしもこの部屋へと入ってきたら。そんな想像をすると肌に粟が立った。
 鵺の声が聞こえなくなった。徘徊する様な音も無くなった。目を瞑った暗闇の中、森閑とした静寂が広がって、物淋しい心地になった。瞼の裏の暗闇が何処までも広がっている。音は無い。何の気配も感じない。どこまでも広がる闇の中で私は一人、布団に入って目を瞑っている。いつまでも続きそうな一人ぼっちの静けさが妙に物悲しくて恐ろしかった。
 屋敷はこんなにも静かだったろうか。ふとそんな疑問が湧いた。幾ら夜とはいえ、こんなにも静かだっただろうか。いつもであれば例え真夜中でも誰かの話し声や廊下を行き来する足音が聞こえる筈なのに。どうして今日に限ってこんなにも静かなのだろう。
 先程鳴いていた鵺が酷く不吉な暗示の様に思われだした。今日に限って屋敷の中が死に絶えている。今日に限って鵺が鳴いた。あの鵺はどうしたのだろう。鳴き声が聞こえなくなってから大分時間が経ったのに未だに鵺の声は聞こえない。あの鵺はまだ屋根の上に居るのだろうか。屋敷のみんなは大丈夫だろうか。
 何だか不安になって目を開けると、天井の板の接ぎが月の光で薄っすらとしていた。身を起こして部屋の中を見回すと、物の影に暗闇が重なって部屋全体がぼんやりとしていた。箪笥が陰に沈んで取っ手だけがきらきらと光っている。暗がりの奥の化粧台に幽鬼の様な布が掛かっている。弱弱しい月の光で大まかな部屋の様子は分かるのに、闇がわだかまっていて細部までは分からない。普段過ごしている部屋が異形の巣窟に見えた。
 就寝時間に鳴るまでこの部屋に居てずっと騒いでいた子供達の声が耳の奥に残響している。笑ったり叫んだり、記憶の中ではしゃぎ回っている。布団の傍らに子供達と遊んだ人形や絵本が積み上がって真っ黒な山を作っていた。黒い山に触れると天辺に積まれていた絵本が崩れ落ちて音を立てた。また耳の奥で子供の笑い声が聞こえた。何だか誰も居ない部屋の中で子供達が走り回っている様な気がして寒気を覚えた。
 障子から漏れてくる月の光が雲に隠れてほんの一時瞬いた。その拍子に障子の向こうを何かの気配が音もなく影もなく過ぎ去った気がした。気の所為だろうとは思うのだけれど、もしも本当に鵺が入り込んでいたとしたら。そう考えると、段段と恐れが沸き上がってきた。
 そっと布団を抜けだして、足音を忍ばせながら障子を開ける。縁側も庭も月の明るい光に照らされて白く輝いていた。その向こうの竹林は月の光で表面だけは輝いているものの、茎の立ち並ぶ内面は光が届かず見通せない。竹林の奥で兎達が暮らしている筈だが、分厚い闇の緞帳に隠されて本当に兎達が今もつつがなく暮らしているのかは分からない。
 庭に沿って左右に伸びる廊下を見渡すが誰も居ない。いつもであれば誰かしらの姿が見えるのに、今日はぽっかりとした空白が生まれたみたいに誰の姿も見えなかった。その空白に何かが入り込んできそうで喉が締まる様な恐怖を覚えた。
 このまま部屋の中で待っているのも恐ろしい。それならば輝夜様の所へ行こうと思い立った。廊下へ一歩踏み出すと妙に冷たくて、全身に寒気が這い登ってきたので爪先立ちで歩く事にした。廊下を歩いていると、通り過ぎる部屋の幾つかから何かひそひそと話しあう様な声が聞こえてきた。それで屋敷の者達はまだ起きていると分かったのだけれど、部屋の中の光景を思い浮かべようとすると訳も無く薄気味の悪い不安が湧いてきたので、障子を開けて中に居る兎達の顔を見る事は出来なかった。
 輝夜様の部屋へ近づくと障子から電灯の明かりが漏れていて一息に安堵感が広がった。障子を開けると、輝夜様は布団に下半身を入れて本を読んでいた。私に気がつくと顔を上げて優しい微笑みを浮かべてくれたので、私は益益心休まってさっきまで感じていた恐怖を忘れてしまった。
「輝夜様、何だか今夜は怖いです。床を一緒にさせていただけませんか?」
「ほほ。構わないわよ。いらっしゃい」
 私が輝夜様の布団に潜り込むと、輝夜様は本を閉じて明かりを消した。辺りは暗闇に満ちたけれど、輝夜様は私が怖く無い様にしきりと何か話してくれた。隣に眠る輝夜様の温かさが心地良くて、輝夜様のお話を聞きながらうつらうつらとしていった。
 輝夜様の声をいつまでも聞きたいと思いながらまどろんでいると、思いがけず輝夜様の声が途切れてしまった。同時に輝夜様の眠る辺りからごわごわとした感触があって嫌な予感がした。辺りの静寂が押し迫ってくる様な気がして、私は思わず隣で眠る輝夜様に抱きついた。すると輝夜様の肌ではあり得ないざらついた布の感触が返ってきて、私が驚いて飛び起きると、布団の中に輝夜様を模した粗末な人形が一体置かれていた。代わりに輝夜様の姿は消えていた。
 部屋の中を見回しても輝夜様の姿が見えない。もしも輝夜様が布団を抜け出し部屋の外へ出れば、まどろんでいたって気がついた筈だ。それなのに私が気が付かない内に輝夜様の姿が消えた。何か不思議な事が起こって輝夜様が煙の様に消えてしまったとしか思えなかった。急かす様な不安がこの部屋に居てはいけないと警句を発している。胸の鼓動が大きな音を立てている以外は一切の物音が消えている。足音を立てる事すら憚る様な静寂の中、私は恐ろしい思いで部屋の外へ出た。
 するとすぐそこに師匠が歩いていた。
「師匠」
 駆け寄ると、師匠が振り返って笑みを見せる。
「どうしたの、優曇華」
「輝夜様が居なくなってしまいました」
「姫なら居間に居るけれど?」
 師匠が不思議そうな表情を浮かべる。嘘を言っている様には見えない。何だか一気に安心して肩の力が抜けた。どうやら私の気が付かない内に部屋を出て居間へ行ったらしい。まどろんでいただけの様に思っていたけれど、もしかしたら少しの間寝入っていたのかもしれない。眠っている間に輝夜様が外へ出て行ったのだとしたら、気が付かなくても何ら不思議は無い。
 つらつらとそんな事を考えて安堵していると、師匠が私の横を通り抜けた。そのまま私の背後を歩み去っていく。私も前へ進もうと歩き出した時、背後から聞こえていた師匠の足音がいきなり途絶え、ぱさりと布が空気を吹く音が聞こえた。振り返ると師匠の姿が消えていて、廊下に師匠を模した粗末な人形が落ちていた。
「師匠?」
 師匠の姿を探して辺りを見回すが、師匠の姿が何処にも見えない。さっきの輝夜様と同じだ。もしかしたらまたいつの間にか眠ってしまって、師匠が居なくなった事に気が付かなかったのだろうか。何だか奇妙な不安が胸にわだかまって、心がぼやけだした。自分が何を感じていて、どうすれば良いのか分からなくなった。
 不安に動かされる様に当ても無く廊下を歩いていると、障子から明かりの漏れる部屋があった。近付いてみると、中から輝夜様の笑い声が聞こえてきたので、そこが居間だと分かった。居間の中からは輝夜様と師匠とそれから屋敷に住む兎達の笑い声が聞こえてくる。みんなの笑い声を聞いている内に胸の奥が悲しみでずきりと痛み、頭ががんがんと鳴り出した。
 耐え切れなくなってその場を駈け出し、自分の部屋へと戻る。部屋の中は相変わらず真っ暗で、物音一つ聞こえない。何だか酷く疲れていて、不思議な程体が重かった。人形や絵本を踏みつけながら布団に入り込み目を閉じる。やり残した事が沢山ある気がしたけれど、疲れの所為で頭がぼやけだして何だかどうでも良くなった。髪の毛が妙にごわごわとしていて気持ちが悪い。天井から鵺の声が聞こえてきた。
鈴仙は輝夜と永琳に憧れて、仕草やセンスを真似てそうなイメージ。
烏口泣鳴
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コメント



0.280簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
つまりキョロ充(リア充たちの腰巾着的存在)で、寂しがり屋だけれど人付き合いは苦手、というか人に関心が無いんですね。
5.70名前が無い程度の能力削除
まあ、とにかく間が悪く、一人で空回りするときもあるよね
7.70名前が無い程度の能力削除
こう言っちゃなんだけど、ストーリー自体は大した事がないけれど、描写に読者を引き込ませるものがある
実力か、それともセンスってやつなのか
ともあれ少なくとも私の好みでした
10.80名前が無い程度の能力削除
よくわかんないけどこの理不尽感好き
11.70名前が無い程度の能力削除
文章、描写はとても良かったです。でもやはりカタルシスのあるオチが欲しいですね。
13.80名前が無い程度の能力削除
鵺妖怪の不気味さ
私はこの残響だけを残す感じが好き

鈴仙・仕草やセンスを真似てそうな・腰巾着的
以前そういう話もあったなぁ ピアノが出て来るお話 作者はどなただったか