Coolier - 新生・東方創想話

秋来ぬと

2013/10/16 15:54:28
最終更新
サイズ
7.17KB
ページ数
1
閲覧数
1690
評価数
5/19
POINT
1020
Rate
10.45

分類タグ

 初秋のある日、霊夢がふと思いたって訪ねてみると、柄にもなくやつれた魔理沙がいた。充血した目は落ちくぼみ、くまも濃い。すぐそれと分かるほどな不健康だった。

「あんた、ちゃんと寝てんの?」
「ほどほどにな」
「ごはんは?」
「ぼちぼちな」

 驚いて尋ねてみても、返る答えはぶっきらぼうで、イライラとトゲがこもっていた。霊夢も持ち前の短気に火がついて、声がきつくなりだした。

「ちょっと、こっちが心配して来てやったってのに、あんまりでしょうよ」
「いま忙しんだよ。また今度にしてくれないか」
「忙しい? 結果なんか見えてるのに」

 霊夢が鼻で笑うと、魔理沙の顔がいよいよ剣を増す。間に漂う空気は緊張の度を加え、秋風も避けて通った。
 魔理沙が声を荒らげる。

「なんだって? 三度目のって言うだろ! 次はうまくいくんだ」
「三度で済むの? やめて寝たほうがいいわよ」
「うるさいなア。帰ってくれ。また今度な」

 魔理沙は頬に赤みを差しつつ、手を振り追い返そうとした。だが、いらだたしげに閉まる扉の間へ、霊夢の足が伸びた。
 閉まる扉と霊夢の足が、狭い空間で押しあう。霊夢の顔も、魔理沙の顔も真赤だ。ふたりは薄い板を挟んでもみあう。ヒンジがキリキリと情けない悲鳴を上げた。

「アッタマきた! あんた、それっぽっちしか言うこと無いわけ?」
「充分言ったろ! 霊夢こそ、これ以上何を言いに来たんだよ!」

 ふたりの力は大差なく、扉をめぐる攻防は停滞するかに見えた。うんうんとうなりあった末、霊夢は右半身を壁に押しつけ、グイと力を入れ、ついに魔理沙からノブをもぎ取った。
 荒れる息を整えつつ、荒れる魔理沙を抑えつつ、ズカズカと室内へ侵攻する霊夢の額を汗の玉が駆け落ちる。
 廊下の果てにあったのは広場だ。だが、敷地いっぱいにゴミともガラクタともつかない物があふれかえり、足の踏み場もない。積み上げられた書物の山の間を、ほごの川が縫いくるう。壁に立てかけられたもろもろの道具も、手入れこそしてあれ、ただ雑然と位置を占めているだけだ。

「おい! さっさと帰れよ! ジャマだ、ジャマ!」

 追っついた魔理沙が霊夢の肩を乱暴に引く。だが、霊夢はキッとしてその手を振り払い、目の前に広がる薄汚いジオラマをさしながら、興奮した声で応じた。

「あんたね! 限度ってものがあんでしょうよ! 人が住む家じゃないわ、これ! うさぎ小屋よ! うさぎ小屋!」
「なんだっていいだろ? 霊夢の部屋じゃないんだから!」

 売り言葉に買い言葉で、おたがいの顔に赤が差す。だが、腹が立っても、つかみかからないのが決めである。

「言わせておけば、この口はア! 表出なさい! へこましたるわ!」
「いいぜ、望むところだ」

 ふたりは狭い廊下を競って外に出た。間合いを測りつつ、宙へ浮き相対する。あたりを遮る木々にぶつからないよう、徐々に高度を上げながら、眼光するどく見つめあう。木々の枝に生い茂る葉が、ときおりその目元口元をかすったが、たちまち押しのけられてしまう。霊夢はしわを寄せた眉の下から、じっと魔理沙をねめつけた。
 パッと視界が青くなる。明るい太陽が、魔理沙の顔に影をなす。ついに空へ踊り出た。魔理沙の体が、すこし速さを増す。きれいな弧を描きながら、光弾を放った。その跡が、薄暗い森に慣れていた目に染みる。
 魔理沙が横に付けると、心得たもので、霊夢は2、3歩飛びのいて札を構えた。甲札が宙を飛ぶ。魔理沙はくるりと身軽に回って避けた。お返しとばかり、加速しながら赤いスカートめがけて弾を撃つ。チリチリとかすめた弾は、地に落ちてポカリと音を立て消えた。
 魔理沙が突っこんでくるのを身軽な跳躍でかわしつつ、霊夢は間へ乙札を投げ入れた。
 前に出ながらも右左へ自在に体を寄せる魔理沙とて勝手知ったものだった。誘導する弾はしっかり引きつけてから僅かな動作でかわす。まっすぐ進むものは左右に体ごと移動してかわす。お互いをよく見知った間だけに攻防は一進一退を極めた。ジリジリと息の詰まるような戦いが熱を帯びていく。
 先にしびれを切らしたのは魔理沙だった。カードを宙に掲げ、高速の光線を放った。霊夢はスカートギリギリの所で避け、鼻で笑った。

「なんちゃらのひとつ覚えってね。ようまあ飽きないもんだわ」
「うるせ!」

 行きかう光弾の中に自己の輝きを主張しながら、ふたりは付かず離れず、距離をとる。ふわふわと体を泳がせながら軽々と弾や札を放る霊夢にひきかえ、魔理沙の動きはおぼつかない。見た目そのものに健康を損なっているようで、だんだん息が上がってきた。
 ふらふらとした魔理沙の動きが、焦りを帯びていき、徐々にぶれが大きくなる。霊夢は間断なく雨を浴びせかけながら、ときおりを見て、札を投げこんだ。
 魔理沙の高度が下がりはじめ、靴先が樹冠をかすめた。舌を打つ。魔理沙はグッと左に転針し、霊夢の脇を突こうとするが、動いた先には先にはなにもない。振りかえると、霊夢の不敵な笑みは真後ろにあった。
 ピタリと額を御幣の先に抑えられて、魔理沙はぐったりとうなだれた。いつの間に移動したものか、まったく気づかなかったのだ。
 勝敗は決し、光弾は止んだ。魔理沙はしょぼくれて、霊夢が指さす方へ降りていった。

「さて」

 あざ笑うような霊夢の声に、緩慢な首肯を与えつつ、魔理沙は息を整えた。

「部屋の片付けはやめてくれよ。場所がわからなくなるんだから」
「そんなことしないわよ」

 情けない懇願を鼻先で笑って捨て、霊夢は魔理沙の肩をつかんだ。

「ほら、立ちなさい。移動するわよ」
「どこへ?」
「決まってんでしょ。ウチに来なさい」

 霊夢が言いだしたら絶対だ。魔理沙はうろたえながらも、引っ張られるままに飛びたち、また空へ出た。そのままズルズルと引っ張られるままに森を抜け、神社へ向かった。
 魔理沙を居間に押しこめると、霊夢はそのままどこかへ行ってしまった。ひとり残されて、することもなく、ただ畳の上に横になる。
 秋の風が障子を揺らすたび、イグサに染み込んだ匂いが鼻をつく。魔理沙はぼうっと横になったまま、シミだらけの天井を見た。見なれてはいるものの、改めて思うに、いやしくも幻想郷に仕えたる者の住む部屋であるのに、あまりにも生活臭がありすぎだ。魔理沙は小さく笑い、あぐらを崩して身を休めた。

 涼しい風に、いつしかうとうとしていると、霊夢が戻ってきてどなりつけた。寝こみを襲われて泡を食う魔理沙だが、嗅ぎなれない臭いがする。眠い目をこすりつつ起きあがると、部屋の真中におひつが置かれている。
 ちゃぶ台を運び入れながら、霊夢は魔理沙をけり飛ばして場所を作り、茶わんと箸と湯のみを並べた。
 おひつの蓋が取り除かれると、待ちかねていたとばかりに湯気がパッと伸び上がり、部屋中いっぱいにみずみずしい炊きたての臭いを塗りこめていった。
 知らず知らずのうち、魔理沙は喉を鳴らしていた。良い匂いだ。しばらく炊きたてのご飯など口にしていなかった。犬のように喉を鳴らしながら、ちゃぶ台に寄り添う。
 霊夢が茶わんを置く。湯気の下で、ふっくらとつやのある米粒がひしめきあっている。取り上げると、高台伝いの熱気が指を焼く。箸で取り上げると、重みのある塊がふつふつと湧き上がり、湯気の色は濃くなった。つばを誘うコメの香りに、腹が鳴る。
 食う、舌の上に甘い香りが充満した。
 かむ、甘みはいよいよ増し、飢えに乾いた舌をしびれさせた。
 飲む、熱は食道を伝い、腹に落ちて収まった。
 魔理沙は夢中で飯を食った。なんの添え物もないが、ただ飯がある。湯気が食欲を根こそぎほじくりだしていくようだ。箸と口を動かせば、瞬く間に茶わんは空いた。
 顔を上げると、お茶を差し出す霊夢のあきれ顔があった。
 魔理沙は茶を飲むと、空の茶わんをずいと押す。霊夢が笑いながらおかわりを盛ると、魔理沙はまたがっついた。
 立て続けに3膳食べてしまうと、魔理沙はまた茶を飲み、ため息をついた。
 その様子を笑いながら見ていた霊夢は、茶わんを重ねて持ちながら、穏やかに口を開いた。

「美味しかった?」
「うん。美味かった」

 魔理沙は口数少なに答え、静かに湯のみの底をのぞきこんだ。霊夢の足音が遠ざかる。熱の収まった腹を安んじつつ、直近数日の生活を省みると、あまりにも彩りがなさすぎた。イモとジュース程度で毎日を暮らしてきたが、秋のさなかにこれではあまりだ。食べ物は、何もコメだけではない。よいものは、いくらでもあるだろう。あまりに根を詰めすぎて、1年1度の時季を逸してしまうのは寂しい。
 ふと顔を上げると、水の打たれた庭が見える。その向こうに、鮮やかに色づいた鎮守の森がなびけば、青々と晴れ上がった空が木漏れ日を注ぎ、どこまでも広がっている。音のない秋の風が、また涼しげに金糸を揺らした。
目にはさやかに見えねども 腹の音にぞ驚かれぬる
なんて言ったらぶっ飛ばされそうですけど、お腹は減るものです。食欲の秋です。
この頃梅干しがひどく美味しく感じられまして、どうにもやりきれません。
毎昼、私の茶わんは日の丸です。たまに黄色がふた切れ、み切れ、箸が進みますね。お茶漬けなんてもの味があります。

では。

追記
 文書変更(16-Oct-2013)
 文書改訂および変更(26-Oct-2013)
 文書改訂(28-Oct-2013)


 本作の「霧雨 魔理沙」氏の劣悪な食生活を描写した部分において、「パンとジュース程度」と表記した部分があったが、これは、実際の食生活と大きくかけ離れており、かつ、「同」氏の名誉を、著しく損なうと認められるものであったため、本日平成二五年一〇月一六日、当該部分を変更した。
 以上について、「同」氏に深くお詫びし、以降同様の事態を招かないよう、充分な注意を払い、再発防止に努めることとする。
大笠ゆかり
[email protected]
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.610簡易評価
1.80完熟オレンジ削除
日本人ならやはりお米ですね。パンやパスタが続くと無性に恋しくなります。
読んだらお腹が減りました。今夜はご飯を炊こうと思います。
3.80名前が無い程度の能力削除
人も肥ゆる秋ですなぁ。焼き芋食べたい……
4.100絶望を司る程度の能力削除
お茶漬けはね~至高の一品だと思う。
7.60名前が無い程度の能力削除
魔理沙がパン?13枚から今は何枚になったんだ?
10.90奇声を発する程度の能力削除
お米良いよね