Coolier - 新生・東方創想話

霧雨魔理沙が見せるもの ~想いと憧れ~

2013/10/14 16:29:03
最終更新
サイズ
60.04KB
ページ数
1
閲覧数
2633
評価数
6/14
POINT
680
Rate
9.40

分類タグ

「まぶしいわね、妖夢」
「ええ、まぶしいですね幽々子様」

目の前でぶつかり合ったレーザーと閃光のまぶしさに目を細め、二人は淡々とした口調でそう述べた。




ここは仙界の道場、神霊廟。
現代に甦りし豊聡耳神子とその従者、物部布都と蘇我屠自古が建てた住居兼修行場である。
ここには普段、前述の三人と時々訪れる邪仙霍青娥とキョンシーの宮古芳香の五人しかいない。
というのも、仙界は幻想郷ではない特殊空間に存在する為、入るには仙界のゲートを通らなければならず、仙界のゲートを生み出せるのはこの四人(芳香は青娥に連れられる)だけなのだ。
故に、例外を除いて一般の人妖は神霊廟に入ることはできない。
しかし今現在神霊廟にはたくさんの人妖と霊なる者達で賑わっていた。

というのも幻想郷の各地でこの霊廟に住まう者が此度の対戦を宣伝して回り、それを聞きつけた者達がぜひ見てみたいなどの理由で、予め開いてあった仙界のゲートを通って、この霊廟に集まったのだ。
ほとんどの人妖は道場の中から対戦見える位置から見ていたが、一部の者――とりわけ霊や霊に関係している者達――は霊廟の屋根からその対戦を観戦していた。

その中でも特に純粋な霊の二人、亡霊の西行寺幽々子と半人半霊の魂魄妖夢は、屋根から見て右斜め上、一番前のところで宙に足を投げ出して座っていた。

二人の目の前で行なわれている弾幕勝負、その対戦カードは宗教家達に先回りして人気を集めようとする人間代表の魔法使い霧雨魔理沙と、この世界の希望にならんとする宇宙を司る全能道士、聖徳太子こと豊聡耳神子である。
二人の対戦模様は簡潔に纏めると、レーザーと閃光がぶつかり合ったり、接近しては片方は箒、片方は笏で叩きあったりなど熾烈な戦闘を繰り広げていた。

目の前に繰り広げられている弾幕に目を遣りながら、幽々子は妖夢に左手を向けて「妖夢、おにぎりを頂戴」と言った。
「はい、幽々子様。どうぞ」と言って、妖夢は膝に置いてあった弁当箱からきっちり詰めてあるおにぎりの中から一つを取り出して、幽々子の掌に乗せた。ちなみに鮭入りである。
ありがとうと言って幽々子はおにぎりを持った手を口の前に持っていき、おにぎりの上の部分を齧って口に入れた。

「うん、おいしいわ。やっぱり妖夢の作るおにぎりはいつだっておいしいわ。おにぎりだけじゃなくて手料理も」

幽々子はおにぎりを再び齧って、一個目のおにぎりを飲み込んでからそう言った。

「そんな、いまさら褒めないで下さいよ、幽々子様」

妖夢は若干頬を赤くして小さな笑みを浮かべていた。ちょっと照れているようだ。

「あら、私は本心で言ったのよ。そんな心もとないような返事をするということは私を疑っているのね」

幽々子は真顔を妖夢に向けて言った。
どうやら今の妖夢の反応では幽々子は満足しなかったらしい。いきなり妖夢をからかってきた。

「そ、そんなこと、あるわけないじゃないですか!幽々子様を疑うだなんてそんなこと......」

妖夢はだんだん言葉を小さくしていきながら、顔を下に向けて俯いてしまった。

その様子を見ていた幽々子はふふっと笑って、

「からかっただけよ、本気にしないで妖夢」

と声を掛けて妖夢の頭を撫でた。
俯いていた顔をあげ、自分の頭から手を離した幽々子を呆然とした表情で妖夢は「幽々子様......」と呆けたように呟いた。
そして幽々子は諭すように言った。

「そんな当たり前のことを言わなくてもわかっているわよ。貴女が私を疑うだなんてこれっぽちも考えていないことぐらい。もちろん私も同じ。私も貴女を疑ったりしないわ。いえ、そうじゃないわね。私は貴女を信じてる。貴女がいなくなっても、私は貴女をずっと思い続けるわ。貴女と過ごした思い出を私は胸に込めて忘れないわ」
「私はね妖夢、私の言うことを真摯に受け止めてくれる貴女が好きなの。時折、嫌そうな顔をするけどそれは本心からじゃないでしょ?貴女は私を思ってそういう顔をする。今までも、そしてこれからも。どんなことがあろうと貴女は私はの為を思って行動してくれる。私はそんな貴女に感謝しているの。だから、ね、妖夢。そんな悲しい顔をしないで。私は明るい貴女が好きなんだから」

そう言い終えると幽々子は今日見た中でも一番の優しい笑顔を浮かべて妖夢を見ていた。
妖夢はその笑顔に見とれて何も言えなかった。その笑顔こそ、妖夢が大好きな幽々子の笑顔であった。何度となく見てきたその笑顔を白玉楼以外で見たのは初めてだった。妖夢はしばらく幽々子の笑顔を見たまま何も言えなかった。
やがて視線を下に逸らしてうつむき、絞り出すように「幽々子様、私も......」と言いかけたが

「妖夢、もう一つおにぎりを頂戴」

とさっきまでとは違う明るい声で幽々子に声を掛けられ、思わずきょとんとした表情で顔を上げてしまい、自分の言葉を続けられなかった。
そんな唖然とする妖夢に向かって幽々子は真顔で妖夢に顔を近づけ、左手を添えるように上げ、小さい声で話しかけた。

「今はこれ以上、さっきのような会話を続けられないわ。ここは人が多いし、何より天狗が目を光らせているわ。あられもない記事を載せられたらたまらないわ」

そう言われて妖夢は顔を上げ、辺りを見回たした。
すると確かに、地面の柱に隠れて魔理沙と神子の弾幕勝負を撮影している幻想郷最速を自負する鴉天狗がいた。
妖夢は顔と視線を元の位置に戻して、幽々子の言葉の続きを聞いた。

「もちろん、貴女の”想い”はまたいつか聞いてあげるわ。その時は私の”想い”もね。だから今はこの弾幕勝負を観戦しましょう。せっかくのお祭り騒ぎなんだから楽しまないとだめでしょう?そうでないとせっかく招いてくれたあの仙人さんに失礼でしょう?」

幽々子の話を聞き終えた妖夢は笑顔で「はい、そうですね」と力強く答えた。
その返事を聞いた幽々子はにっこり笑って顔を正面に戻した。
妖夢も顔を正面に戻して呟いた。

「そういえば布都さん、今ごろ何をしているんでしょうか......、」


ーー☆ーー


時は昨日に遡る。
昼を過ぎた白玉楼。
白玉楼は日本屋敷のような荘厳な佇まいで存在する幽々子と妖夢の住居である。
冥界にある為、絶えずここは幽霊で溢れかえっている。
そんな幽霊溢れる白玉楼の庭で妖夢は庭仕事に精を出していた。
剪定鋏で庭の木の枝を切って形を整える。
すると、門の方から「たのもー!」と大声が聞こえた。

「はいはい今行きますよー」

妖夢もその声に大声で答え、剪定鋏を下に置いて作業を中断して来客を迎えに行った。
妖夢は白玉楼の玄関門へと向かう。(ここでの玄関門とは「屋敷の」ではなく「土地」としての玄関門である)
近づくにつれ、以前に嗅いだ事がある臭いが漂ってきた。
この臭いはもしかして......
そう思いながらも妖夢は門に辿り着き、門を開けた。
そこには、妖夢が予想した通りの人物がいた。

「これはこれは妖夢殿、久方振りでござるな」

その人物は両手を袖に通して軽く礼をした。

「布都さんではありませんか。どうしたんです?わざわざ冥界に来るだなんて」

妖夢が対応した人物は、豊聡耳神子の従者である龍脈を司る風水師、物部布都であった。
妖夢とは以前、神子達が復活した神霊騒ぎの時に手合わせしたことがある。
以来、里や宴会などで度々会っては二人で雑談をしたりしていたが、ここ最近は会っていなかった。それに妖夢が布都と冥界で

顔を合わせるのはこれが初めてであった。

「いやなに、大した用ではない。そなたと、そなたが仕える主人を誘おうと思ってな」
「誘い?神社の宴会にですか?」

誘い、と聞けば幻想郷の住民たちは真っ先に宴会が思い浮かぶ。
人妖が跋扈するここ幻想郷では酒での交流、すなわち宴会が頻繁に行なわれるからだ。

「いや宴会ではない、そもそも誘いと言う表現が間違っていたな。正確には招待だ。お主たちを我が道場に「観客」として招きいれようと思っているのだ」
「観客......って見せものか何かやるつもりなのですか?」
「端的に言うと太子様の弾幕を見ていってほしいのだ」
「弾幕?誰かとスペルカード戦でもやるつもりなのですか?」

妖夢の問いに布都は頷き、説明を始めた。

「うむ、太子様によると最近人里の人間達の心がやけに浮ついていて秩序が乱れているそうでな。太子様はその浮ついた人心を掌握して秩序を取り戻そうと、太子様自らが人間達の希望となることを決めたのだ。そのために必要なのは人気だ。太子様は大勢の観客の前で自らの力をアピールすることで観客の人気を我がものにできると考えておられる。その力をアピールする最も効率的な手段がスペルカード戦――すなわち命名決闘法だ。太子様は明後日から予定では三日間程、そのための布教活動を行なう。その三日間、我が道場に来て観客として太子様の活躍ぶりを見て行ってほしいのだ。可能なら太子様に声援や歓声を送ってほしいのだが......まあそういう訳でだ、これでお主達を観客として呼ぶ理由がわかったであろう。できれば今この場で来るかどうかの返答を聞きたいのだが......どうだ?我が道場に観客として来てくれないだろうか?」

説明を終えた布都は僅かに首を傾げた。
妖夢は説明を聞いている間、ポカンとした表情で口を開けていたが、布都の説明が終わったことに気づくと、はっとした表情に変わり、少々慌てた声で言葉を捻り出した。

「え、えーと......取りあえず話を整理させてもらえないでしょうか」
「うむ、かまわぬ」

妖夢は布都の了承をもらうと、顎に手を当てて先程の布都の説明を自分なりに纏め始めた。やがて妖夢は上に上げていた視線を布都へと戻して話しはじめた。

「つまり......こういうことですか?神子さんは今の人間達の心を正しい方向へ導くために弾幕勝負をして、自分の実力を観客にアピールして人気を集める必要があると。で、その人気を生み出す観客として、貴方達の道場へ私達を招待したいと。そういうわけですね」

妖夢の話を聞いた布都は「うむ、その通りだ」と頷いた。
しかし妖夢は再び視線を上に上げて顎に右手を当てたまま、う~んと困り顔をしていた。
見かねた布都は袖に通していた手を下げ、右腕を前に出して話しかけた。

「どうした、何かわからぬことでもあるのか?質問なら遠慮なく受け付けるのだが......」
「ああ、いえ、別にそういう訳ではありません」

妖夢は布都の発言に申し訳なさを覚えて慌てて両手を前に出して布都の言葉を制止した。

「ただ、今すぐに返事と言うのがちょっと......私の一存では勝手に決めることはできませんし、かといって、幽々子様は今自室で読書をしてらっしゃいますから邪魔するわけにはいかないし......」
「あら、私がどうかしたのかしら」

妖夢が思幕に耽っていると突然後ろから声がした。
妖夢が振り返ると、そこには自分の主人である西行寺幽々子がいつの間にか立っていた。

「幽々子様!どうしてここに!お部屋で読書をしてらっしゃるはずではなかったのですか」

突然現れた自分の主人の登場に驚きを隠せず、上ずった声で口にした。
それを聞いた幽々子は淡々と言葉を紡ぐ。

「ええ、確かに私は自分の部屋で静かに読書をしていたわよ。そしたら何か変な臭いが漂ってきてね、気になったから途中で本を閉じてその臭いを追っていったの。そしたらここに辿り着いたって訳」

どうやら布都の発する死の臭いを嗅ぎつけたらしい。
幽霊部分が半分しか無い妖夢ですら感じ取れたのだ。
純粋な亡霊である幽々子にも嗅ぎ取れて当然である。

「は、はあ、そうですか」
「ええ、そう。で、臭いの源は貴女かしら?」
「私じゃないです。ここにいる布都さんです」
「布都さん?」

そう言って幽々子は不意に布都へと目を遣る。
目を向けられた布都は頷き、自己紹介を始めた。

「お初にお目にかかる幽々子殿、我は物部布都。現代に蘇りし聖徳太子様こと豊聡耳神子の忠実なる従者でございます。そなたのことは妖夢殿から度々伺っております」

布都は妖夢の隣にいるこの桜色の髪をした女性が妖夢の主人である西行寺幽々子だと確信して礼儀正しく頭を下げて礼をした。
布都の挨拶に幽々子は丁重に答える。

「始めまして。私が冥界の管理者である西行寺幽々子よ。貴女のことは妖夢から聞いているわ、皿回しがとても上手い仙人だってね」
「あ、いや、我は皿の扱いには長けてはおるが皿回しと言った芸事は......」
「あら、妖夢はそう言っていたわよ」
「幽々子様、私は布都さんのことを『皿の使い方が上手い方』だと言いましたが、皿回しが上手い方だとは一言も言っていませんよ」
「あら、皿の使い方が上手だということは定番の皿回しぐらいは簡単にこなせる人だと私は思っていたのだけれど」
「別にそういうわけでは...」
「それでその皿好きの仙人さんが何しに冥界へ?まさか死にに来たわけじゃないわよね」

幽々子はあっさりと話題を変えて布都にここへ来た目的を聞いた。
あっというまに振られてしまった妖夢は複雑な表情をしていた。
布都は急に話題が変わったことで一瞬、面喰らったがすぐに姿勢を正して幽々子に答えた。

「そうではない、お主達二人に観客として我が道場に来てほしいという嘆願があって来たのだ」

布都は詳しく手短に説明した。
説明を聞き終えた幽々子は「ふ~ん、そうなの」と間の抜けた声で言った。

「それで......いかがだろうか」

布都は改まって今度は幽々子に返答を促す。

「ん?招待を引き受けるかどうか、ね。もちろん受けるわよ」

しれっとしてあっさりとした幽々子の返事に布都は思わず瞬きを繰り返す。
流石の妖夢も主人のあっさり過ぎるその返答には呆気にとられた。

「ゆ、幽々子様......」
「何、何か問題があるわけ妖夢」
「いや別にそういう訳ではないのですが......ただそう簡単に決めてしまってよろしいのでしょうか」
「まったく妖夢ったら堅いはねえ。いいじゃないのここのところ退屈してたし、折角のお祭り騒ぎを見逃すはずがないでしょう。貴女はどうなの?行きたくないの?」
「いや私ももちろん行きたいですけど......」
「決まりね。そういう訳で貴方達の招待、喜んで引き受けさせていただくわ」

幽々子は布都の方へ振り向いてそう言った。
それを聞いた布都は袖に両手を通して一礼した。

「さようでござるか。我らの招待を引き受けてくださり、誠に礼を申し上げる」

そして顔を上げた布都は二日後の打ち合わせについて話し出す。

「では二日後に、一日目は巳の刻(午前十時)にて我が同胞である屠自古を遣わすので、それまでに準備を整えてお待ちくだされ。屠自古に道場へ通じる仙界のゲートの位置を案内させるので、屠自古の案内に従って仙界に入って道場の中へとお入りくだされ。道場の中へ入ったら好きなように行動してもよい。これといった観客席は用意しておらぬので屋根にでも座ってご鑑賞くだされ。もちろん二日目からは行きも帰りも自由にしてくれて構わぬ。これで説明は良かったであろうか、質問などはあるか?」

布都が説明を終えて質問を促すと、そうねえ、と言って幽々子は考える素振りを見せると布都に向かって質問した。

「そちらの主人さんの行動予定と仙界のゲートが開いている時間帯をお聞きしたいわ。そうでないとこちらから行く時間帯が決められないからね。行ったらいませんでしたという無駄はできるだけ省きたいの」

無駄という無意味な行動はできるだけ避けたい幽々子らしい発言である。
布都はしばし考え込み、やがて幽々子の質問に答え始めた。

「今のところ予定では一日目と三日目は太子様は道場に滞在して道場に来る挑戦者を迎え撃つということになっておる。二日目は太子様自らが道場を出て本格的に布教活動を始める、幻想郷のあちこちを回られてな。その間道場の留守は我が守ることになっておる。その日来た挑戦者も我が相手することになっておる。その辺の詳しいことは太子様に聞かぬとわからぬ。それで仙界のゲートが開いている時間帯だが、だいたい巳の刻から申の刻(午後四時)までといったところだな。その時間帯しか、仙界のゲートは一般的に開放されておらぬ。ゲートを使わずに仙界に入れる輩は早々おらぬからな。これで満足かな、幽々子殿」

布都は首を傾げ、幽々子に問う。
すると幽々子は

「そうねえ~まだ少し気になる事はあるけど別に大したことではないからそれでいいわ」

と曖昧な返事をした。

「さ、さようか。それなら別によいが......他に質問が無ければそなた達の了承を太子様にお伝えする為に我はこれで失礼しようと思うのだが......」

踵を返しはじめた布都の帰省宣言に幽々子と妖夢は顔を合わせ、妖夢が頷くと二人は前を向いて幽々子が言った。

「ええいいわよ、そろそろ貴女の主人の元にお帰りなさいな。長々と時間を取らせちゃってごめんなさいね」
「いやいや別に構わぬよ。これも太子様の布教活動の一環だと思えば時が経つのも忘れるということだ」

労うような発言をした幽々子に向かって右腕をひらひらと振った後、布都は両手を袖に通して半歩後ろに身を引いた。

「ではこれにて失礼いたす、二日後にまた会おう」

と別れの言葉を告げて布都は二人に背を向けて門を潜っていった。

「ありがとうございました布都さん。喜んで行かせていただきます」
「またね~皿好きの仙人さん。春はこちらにでも花見にいらっしゃいなさいな。その時はとっておきの皿芸を見せて頂戴ね~」

礼儀正しく礼をして別れの言葉をかける妖夢。
それとは対照的に手を振って暢気な声でこちらに来るよう誘う幽々子。
幽々子の言葉を聞いて布都は立ち止まって苦笑したそして表情を見られないように顔を二人に向けて軽く礼をした。
そしてすぐに顔を正面に向けて歩き出して階段を下りていき、二人の視界から布都の姿は見えなくなっていった。



布都が去っても幽々子と妖夢はしばらくその場に立ったままだった。
やがて何の前触れもなしに幽々子が笑い出した。
突然の主人の笑い声に妖夢は驚いて幽々子を見た。

「幽々子様、どうなさいましたか。急に笑い出すだなんて......」
「ふふふ。さっきのあの子、何だか妖夢に似てるなあって」
「私にですか?」

妖夢は幽々子の発言に首を傾げる。
幽々子は笑い出した時から顔の近くに持っていていた右袖を下ろして妖夢を見た。

「ええ、いろんなところがね。誰に対しても敬語で喋るところとか何に対しても生真面目なところとかね。あとそれでいてちょっと天然なところとかもね。まあ妖夢のほうが可愛いとは思うんだけどね」
「え、いや、ちょっと幽々子様......」

顔が即座に真っ赤になり塞ぎこんだように俯いてしまった。
その様子を見た幽々子はちょっとおだて過ぎたかな、とちょっぴり罪悪感を覚えて、妖夢の肩を優しく叩いた。

「ほらほら妖夢、そんなことしてないで早くお屋敷に戻るわよ。やらないといけないことがあるんだから」
「......はい幽々子様。って何をするんです?」
「明後日に持っていく弁当の食材確保よ。妖夢お願いね」
「わかりました......。ですが明日でも良いのでは?それに私にはまだ庭仕事が......」
「早めにやっておいたほうがいいでしょう?それに庭仕事は明日にでもしなさい。今はほら、弁当の食材確保よ。早く来なさい」

幽々子は言い終わるやいなや妖夢の右腕を掴んで屋敷の方へ引っ張って行った。

「あ、ちょっと幽々子様、引っ張らないでくださいよ~」

なんだかんだあって日常的な会話で元気を取り戻した妖夢は幽々子に強引に引っ張られながらも幽々子の横顔を見た。
その時見た幽々子の横顔は、とても楽しそうであった。


ーー☆ーー


歓声が聞こえた。
妖夢がはっとして回想から目が覚め、あたりを見回した。

対戦場となっている中庭で魔理沙が箒に座って観客からの歓声や拍手に応えて手を振っていた。
対する神子は少し離れた所で膝に手を当てて肩で息をしていた。
どうやら魔理沙が神子のスペルカードを一枚看破したようだった。
神子はやがて顔を上げて深呼吸して大声で二枚目のスペルカードを宣言した。
二枚目のスペルカード「無限条のレーザー」が発動する。
それを見た魔理沙がすぐさま箒に跨り、戦闘態勢に入った。
その時の魔理沙は楽しそうに、歯をみせて笑っていた。

その一連の動作を幽々子と妖夢はぼんやりと眺めていた。

「あの神子って人、なかなか面白いわね」
「そうですか?」
「ええ、そうよ」
「どこがです?」
「さあ、どこでしょうねえ」

くすくすと笑いながら幽々子は妖夢の問いを受け流し、再び妖夢に左手を差し出した。
それの意味を汲み取った妖夢は無言で、質問をかわされたときの複雑な表情のまま、弁当箱からおにぎり(ツナマヨ)を取り出して幽々子の左手に乗せた。
ちなみに弁当箱の中身が全ておにぎりになっているのは「たまにはいろんな味のバリエーションがあるおにぎりだけで味わいたいわ」と幽々子が言ったからである。その為、おにぎりの具材集めに翌日、妖夢は人里を奔走したという。

ありがと、と礼を言って幽々子はおにぎりを口に持っていき、おにぎりの頂点の当たりを口に入れた。
妖夢は幽々子におにぎりを手渡した後、正面を向いて弾幕勝負を観戦した。
少しの間妖夢は、対戦している二人の動きを観察していたのだが、その目はやがて一人の人物だけを追い始めた。

魔理沙である。
妖夢は無意識の内に魔理沙一人を対象的に見ていた。
妖夢自身は最初は意識しておらず、やがてそのことに気づいたのだが、その理由が分からなかった。
恐らく魔理沙が持つ「派出さ」に惹かれたのだろう。

容姿や服装ではない、魔理沙の放つ弾幕、そして箒を使った動きである。
弾幕自体は妖夢も何度か見ているのでそれは今知ったことではなかった。星屑や魔力弾、そしてレーザー。魔理沙の放つ弾幕はどれもがまぶしく、規模が大きかったので思わず見とれてしまうほど、綺麗で派手だった。
しかしそれは魔理沙と対峙した者ならば誰も抱く感想であった。勝負している時は気にしている暇はないが、終ったあとで振り返ってみると「綺麗だったなあ......」といった感想を抱いたりする。妖夢もその一人であった。

しかし妖夢はこれまで魔理沙の箒を駆使した体術を見たことが無く、今目の前で初めて目にした。
箒を逆手に持って殴るのはもちろんのこと、箒を思いっきり相手の真下から振り上げたり、自分自身を軸にして箒を地面と平行にして遠心力で回転する(傍から見れば駒のように見える)動作をしたり、さらには――箒はあまり関係ないが――箒を外側に持って空中で側転をしたりと、見るからに派手な動きだと言わざるを得ない攻撃であった。

妖夢は主にその動きに目を引かれた。
無理もない。自分と戦った時や別の人妖と魔理沙が対戦する光景を何度となく見てきたが、今まで見てきた弾幕勝負の中で、あのような動きは一度も見たことが無かった。
最近は魔理沙との弾幕勝負をしていなかったが、妖夢自身が最後に魔理沙と対戦した時は、いつも通り星屑をばら撒いたり極太レーザーを放ったりしていて、今妖夢の目の前で魔理沙がしているような動きは一切してこなかった。

だとすると最近編み出したものなのかと妖夢は考える。
それとも単に隠していただけなのか、いずれにしろ今日いきなりやれたことではないと妖夢は結論する。そこで妖夢はふと気付く。

――なんでこんなに魔理沙の動きだけを観察していたんだろう?――

あらかじめ言っておくが恋愛感情では断じてない。
ただ驚いただけである。
他人についてとやかく考えることなどほとんどなかった妖夢は何故今、しかも最近復活した仙人ではなくつきあいがそれなりにある魔法使いの方が気になってしまうのか、疑問でならなかった。
妖夢は何故考察するようになったのか、自分自身の思考を遡っていく。
やがて答えに辿り着いた。そしてそれはそのまま疑問となって思わず声に出して呟いた。

「彼女の体術はどうして弾幕以上に派手に見えてしまうのでしょうか......」
「そんなの決まっているじゃない」

自分の呟きに突然返答が来たことに妖夢はびくりと肩をわずかに跳ね上がらせて声のした方を向いた。尤も、その声が誰なのかは分かってはいたが。
妖夢が自分の方を見ていることに気づいていても、幽々子は正面を向いたままだった。その視線の先には神子に向かってレーザーを放つ魔理沙がいた。
幽々子は魔理沙を見つめたまま話し出した。

「確かにあの魔法使いの動きは見るからに派手だわ、観客にアピールするにはこれ以上ないほどにね。でもそれだけじゃあないわ、彼女にとって「魅せる者」は観客が本命じゃない。彼女は観客を通して唯一人の人物に、、自分の存在と実力をアピールしたいのよ。あの白黒は。その為に、彼女は魔法の研究と共に弾幕の開発に余念がないの。そしてあの箒を駆使した体術もその一つ。ああやって自分の存在を派手に魅せ付けて、自分の戦い方を観客に印象付けさせる。そうすれば人々の感想や意見が伝播していく。そして彼女が目標とする唯一人の人物へと辿り着く。そうして自分の実力をその人物に人々を通していっているのよ。『私はこんなにも強くなったぞ』って。......彼女がそう伝えたい人物が誰なのか、貴女にもわかっているわよね妖夢」

幽々子はそこで話を止めた。
問われて妖夢は正面に顔を戻して幽々子と同じように魔理沙を見つめる。
今現在魔理沙は神子が発動した「無限条のレーザー」を上にかわして魔力弾(ウイッチングブラスト)を放っていた。
その様子を見ながら妖夢は答えた。

「......霊夢、ですよね」
「ええそう」

幻想郷の結界を管理する博麗神社の巫女博麗霊夢。
彼女は人間ながら修業せずとも生まれ持った天武の才で妖怪に匹敵する力を持つ。
彼女は(様々の事情があって)――遠回しな言い方になるが――パワーバランスを保つ為に、人間と妖怪が気軽に勝負し合えるスペルカードルールを生み出した。彼女と出会った人妖はスペルカードルールを通して彼女と親交を深めている者が多い。もちろん霊夢自身は意図しておらず、望んでもいない。

そんな彼女と尤も親しく、最も彼女が生み出したスペルカードルールを楽しんでいるのが、霧雨魔理沙である。

魔理沙は事あるごとに霊夢に弾幕勝負を挑んではその多くが、自身の敗北という形で終わっている。
しかしそれでも魔理沙は諦めずに新しいスペルカードを生み出しては霊夢やその他親交が深い人妖に声をかけては弾幕勝負に興じている。
妖夢と幽々子も時々魔理沙との弾幕勝負に応じている。
そして魔理沙と幾度となく相対している者なら誰もが気付いている。
本人は明言しないが、どうしようもなく感づいてしまうのが、平和ボケして余計な洞察力を働かせてしまう幻想郷の住民の性なのか。
彼女、霧雨魔理沙は弾幕勝負を通じてこう言っている。

――私は本気の霊夢に勝ちたい。勝って、私の実力を、あいつに認めさせてやるんだ――

と。

もちろん妖夢と幽々子もその思いは汲み取っていた。だが魔理沙本人が何も言ってこない以上、追及すべきではないと感じており、二人もこの話題については一切触れてはいなかった。
そうであったが、今この場で初めて、幽々子はその話題を妖夢に振った。
彼女には何の意図があるのだろうか。

「幽々子様、何故......」
「何故そのようなことを?かしら。そうね......強いて言えば彼女の必死さに当てられたのかもしれないわね」
「必死さ?」

妖夢は一旦正面に顔を戻して魔理沙を見る。
確かに箒を振りまわす時や弾幕を射出する時等、魔理沙の表情や仕草から、必死さというものを感じる。妖夢は疑問を抱いた。

「どうしてあの人間はそこまで必死になるのでしょうか」
「貴女が今言ったじゃない、人間だからよ」

幽々子が正面を向いたまま答える。

「人間だから......そういうことですか」
妖夢は納得した声音で魔理沙を見つめたまま答える。

人間は妖怪に比べてはるかに寿命が短い。百年生きるか生きられないといったほどである。
加えて古の時代、力も体の頑強さも妖怪に劣っていた人間は一方的に妖怪に襲われ、多くの死傷者が出たりした。だが人間は様々な謂われのある武器や呪術を駆使して妖怪を倒していった。

そして人間が妖怪のような長命の存在へと昇華する為に生み出したのが種族「魔法使い」である。
捨食の魔法と捨虫の魔法、この二つを修得することによって人間は魔法が使えるようになり、妖怪と同じ長命を得た存在となる。

今や外の世界では悪の存在とされ、根絶してしまった魔法使いだが幻想郷には魔法使いが存在しており、魔法の知識が深く根付いている。

しかし魔理沙は魔法使いではない。
彼女は自分のことをよく「普通の魔法使い」と呼んでいるがそれは彼女が魔法を使えるだけで種族は人間である。その為彼女の『魔法使い』という名称は種族ではなく職業的な意味合いである。
だが人形遣いと七曜の魔女は「魔理沙には魔法使いになるだけの知識と実力、つまりは素質がある」と大鼓判を押している。
しかし彼女は「今のところは人間をやめるつもりは毛頭ない」と明言している。
その意味は二人の魔女を始めとする魔理沙の周囲の人妖は誰もがわかっていた。もちろん幽々子と妖夢も薄々わかってはいた。

しかし巫女は気付いているかは分からない。
彼女、霧雨魔理沙は「人間」として霊夢に追いつきたいのだ。

妖夢にはあまりそういうことに対しては実感が湧かないかもしれない。
妖夢は半分幽霊という特殊な存在である為人間の中でも普通の人間と比べて寿命が長い。
かくいう幽々子も亡霊となって人間の寿命の十倍以上もの時を過ごしている。
そんな彼女が何故魔理沙に共感するのだろうか。妖夢は幽々子本人に聞いてみた。

「幽々子様はどうしてそんなに魔理沙に肩入れしているのですか?」
「肩入れってわけじゃないけど気になってね。なんだか彼女を見てると自然と共感してしまうのよ」
「共感、ですか」
「ええ、何故だかわからないけど彼女を見ているとなんだか無性に......何と言うのでしょうかね、心が疼くと言えばいいのかしら。私の中で何かが引っ掛かるのよ。たぶん、昔の私......人間だった頃の私が彼女みたいだったかもしれないわね」
「それって幽々子様が人間だった頃に何かに必死になっていたってことですか?」
「ええたぶん」

そこで幽々子は一旦言葉を切り、妖夢の方へ顔を向けた。
その顔には憂いに満ちた微笑みが浮かんでいた。

「貴女が言う通り昔の私は何かに必死だったのよ。それが何かは全然覚えていないんだけど......生きることだったのか趣味だったのかそれとも誰かを助けるためだったのか......今となってはわからないわね。紫なら知ってそうだけどあの娘、昔の私のことを全然話してくれないのよねえ......」

憂いに満ちた瞳で古くからの友人の名前を口にして語り終えた後、幽々子は再び顔を正面に戻して俯いた。
しかしその目は目の前で繰り広げられている弾幕を見ていないことぐらいは妖夢にもわかった。
その目は人間だった頃の自分の”過去”を見据えているのだろうか、尤もそれはあり得ないことだとは思うが。

幽々子は亡霊に転じた時に生前、すなわち人間として生きたときの記憶を全て失ってしまった。尤も本人はそのことを歯牙にも欠けてはいなかったが。
しかもそれは千年以上前の出来事、故に覚えている人間はおらず、妖怪の中でも唯一人を除いていなかった。
その唯一人の人物が、境界の妖怪八雲紫である。
彼女は生前の幽々子と付き合いがあり、亡霊となっても二人の交流は途絶えずに千年以上、そして今現在でも旧友としてこの幻想郷に生きてきたのだ。

そんな仲の良い旧友二人はよく白玉楼で談笑しているのだが、紫は何故か決まって人間の頃の幽々子の話をしてこないのだ。
亡霊となった幽々子と過ごしてきた千年間の過去話はするのだが、それ以前の話となると途端に口を閉ざしてしまう。いつだったか幽々子が何度か聞き出そうとした時があった。しかし紫は適当にはぐらかしてしまい、しかもその時は決まって紫は悲しそうな、寂しい表情をするのだ。
そんな紫を見ることに幽々子は耐えられなかった。
だから幽々子はその話題を自然と避けるようになった。
もちろん紫は自分に気を使っていることぐらい気づいていた。
だから両者とも何も言わず、自然とこの話題を避けて行くようになっていた。

今の幽々子の目にはそれが映っていた。
初めて幽々子が、過去の自分自身の事について紫に聞いた時の、紫の悲しげな表情を。

机の向こうで幽々子の顔を見ないように俯き、白い両手袋を嵌めた両手で紫色のスカートを力一杯掴み、必死に涙が零れ落ちないように耐える、旧友の姿。

あの苦しそうな旧友の姿を、もう見たくないと幽々子は願っている。
紫が悲しめば私も悲しむ。紫もそれはわかっている。
だがそれを共感せずにはいられない。自分のことならば尚更であった。
昔の私が、紫に酷い事をしてしまったのかと時折幽々子はそう考えてしまう事がある。
そして届かないとわかっていながら、その場にはいない友人へ、幽々子は問いかける。


――ねえ紫、どうすれば貴女のその悲しい顔を顔に変えられるの?貴女の心の底からの笑顔を見れれば、私はそれで満足できるの。昔の私が貴女に何をしたのか、私にはわからない。だけど、私のことを思って悲しむのはもうやめてほしいの。そんなこと、私にとってはどうでもいいの。私は貴女と笑い合うことさえできれば、それでいいの。だって私にとって貴女は――

一番大切な、友人なんだから


そう心の中で語り終えて幽々子は静かに目を伏せた。
その睫毛には、うっすらと涙が浮かんでいた。
そんな幽々子の姿に耐えきれず、思わず妖夢は「幽々子様......」と呼びかけようとした。
しかしその時、

一際大きな歓声が上がり、妖夢は歓声のした方向へ顔を向けた。幽々子も目を開けてそちらを見た。
そこには両手を膝について肩で息をしている仙人と、観客に向かって両手を広げて横に振る魔法使いの姿があった。
どうやら魔理沙の勝利という形で決着がついたらしい。

神子は膝から手を離して息を整え、魔理沙に近づいて行った。魔理沙が神子の接近に気付いて両手を下ろして神子に振り返り箒に座ったまま、会話を始めた。妖夢と幽々子からは魔理沙の表情は見えない。代わりに神子の表情は見えた。神子は笑ったり困り顔をしていたが負けたこと自体はそれほど根には思っていないようで、神子の表情はどのようなものであれ活き活きとしているように見えた。
しかし観客のざわめきと距離があってか、妖夢と幽々子には二人の会話は聞こえなかった。
やがて神子が左手を上げて宙に向けた。魔理沙がそちらを見、幽々子と妖夢もつられてそちらを見る。
そこには幽々子と妖夢が通って来たのとはまた別のゲートが空中に開いていた。
二人が通って来たのは観客用のゲートで、魔理沙が通って来たのは神子が設置した挑戦者用のゲートであった。
一緒くたにすると、観客の行き通りで挑戦者がうまく辿り着けない可能性があったからだ。
魔理沙は頷き、観客達にもう一度手を振ると箒に跨り、神子に別れを告げて宙に開いたゲートへ向かって飛んで行った。
魔理沙はたちまちゲートを潜り、姿が見えなくなった。
こうして仙人対魔法使いの弾幕勝負は終わりを迎えた。


ーー☆ーー


妖夢と幽々子はしばし神子と魔理沙のやり取りを眺め、やがて魔理沙が飛び去り、ゲートを潜ったところで妖夢が口を開いた。

「終わりましたね......」
「そうね。ところで妖夢、おにぎりを頂戴。いろいろ考え事をしすぎてお腹がすいてるの」
「わかりました幽々子様」

主人のあまりのも早い口調の転換に戸惑いを覚えつつも、要望に応える為にまずはおにぎりを二つ差し出した。幽々子はそれを両手で一つずつ受け取り、一個を丸ごと口に入れて丸飲みした。
その様子を見ていた妖夢はいつもと変わらぬ幽々子の姿であることに心の中で安堵した。
恐らく幽々子は自身の思いをひとまず心の奥底に仕舞ったのだろう。そうして、穏やかで幽雅な雰囲気を醸し出す、いつもの幽々子に戻ったのであった。

しばらく幽々子はおにぎりを妖夢から受け取っては食べてを繰り返していたが、神子が二人の従者に連れられて中に入ったのを見届けるとお手拭きで手を清めて立ちあがった。

「さてと」
「幽々子様、どちらに」
「あの仙人さんに挨拶しに行くのよ」
「神子さんですか?ですが今はお疲れになっているでしょうからまた別の機会にでも......」
「後から挨拶に行くのも面倒じゃない。済ませるものは済ましておいた方がいいのよ」
「強引ですね......」
「失礼ね。それじゃ行ってくるわ」
「あ、待って下さい、私も......」
「だーめ、貴女がいると堅苦しい会話しかできなくなるじゃないの。そこでおとなしく待ってるのよ妖夢~」
「あ、ちょっと幽々子様!」

妖夢の掛け声には耳を貸さず、幽々子は優雅に屋根から飛び降りて宙に浮き、神子が消えた方向へと飛んで行った。
妖夢は仕方なく幽々子の言いつけを守ることにした。
やることもないし、おにぎりでも食べようかと妖夢は膝に置いた弁当箱を覗きこんだが、そこにおにぎりは一つも残っておらず、すっからかんになっていた。
無意識の内におにぎりを幽々子に手渡していく内に、序々に無くなっていることに気づいていなかった。妖夢は仕方なくため息を吐くしかなかった。
さてこれからどうしようかと一人、屋根に座って考え込む妖夢に声を掛ける者がいた。

「見応えがある弾幕でしたね」

妖夢は後ろからの声に反応して振り返った。そこに立っていたのは妖夢にとって見知った人物だった。

「あ、閻魔様、お久しぶりです」

妖夢は膝に乗せていた空になった弁当箱を屋根に置いて立ち上がってその人物と対峙するように向き合って礼儀正しく礼をした。
その人物もまた黙って会釈を返した。

天秤が書かれた板を着けた帽子を被り、純粋な緑色の髪をした、悔悟棒をその手に持つ少女。
四季映姫・ヤマザナドゥ、楽園の最高裁判長こと地獄を統べる閻魔の一人である。
彼女もまた、魔理沙と神子の弾幕勝負を見物していたのだ。

「珍しいですね、此方(幻想郷)にいらっしゃるだなんて」
「少し長めの休暇が取れたので此方にやって来たんです。そしたら各地で弾幕を展開しているのを見かけましたので、説教のついでに見物して来たのです」
「やっぱり説教が本分ですか......」
「ええ、そのために此方に来ているようなものですし」

苦笑を浮かべる妖夢だったがまったく意に介さずに真顔のまま、映姫は語った。

映姫は普段、閻魔としての業務で忙しいため、休暇の時にしか幻想郷には訪れない。
その為、幻想郷の住民からして見れば、映姫は滅多に会えない有名人として捉えられている。
しかし滅多に会えない人物だからと言って必ずしも優雅な時を過ごせるような相手とは限らない。
映姫もその一人である。
何故かと言うと彼女が幻想郷に来る目的が「説教」だからである。
幽霊の舟渡しをさぼっている自分の部下はもちろんの事、地獄に落ちそうな人間や妖怪を見つけては善行を行い尽くすように説教をするのである。
そうする事で死後、地獄に落ちる魂を少なからず減らそうとしているのだ。
だがそれをどう受け取るのかはそれぞれ。大抵の者は説教をされるのを嫌がり、また閻魔様と一緒に居ると居心地の悪さを感じる為、映姫から身を隠そうとする者も少なくない。
それはあの八雲紫でさえ例外ではない。

映姫はちらりと左に顔を向けた。妖夢もつられて見る。
二人が見ているのは先程魔理沙が潜っていった、仙界のゲートであった。それを見つめながら映姫は語り始めた。

「あの人間の魔法使いは確実に成長しています。博麗の巫女を目標として魔法と共に心身を鍛え、少しずつ大人になってきているのです」
「はあ、大人に、ですか」

魔理沙が大人になった姿を想像して妖夢は苦笑いをした。映姫は視線を妖夢へと向ける。

「ええ、人間とはそういう生き物なのです」
「憧れ、すなわち自信が『憧憬』の念を抱く相手を見つければ、自然とその人物に近づこうと努力を始めます。その努力の上で学ぶことは様々です。その内容によっては社会というものを知り、世界の広さを思い知るのです。そうして様々な過程と障害を乗り越え、『一人前』となります。また、憧憬として目指していた人物との交流も築けたりするのです。これが他人を目指すことで成長する、人間という生き物なのです。そしてその成長を尤も典型的に表しているのが」

映姫は再び仙界のゲートへと目をやり、
「あの人間の魔法使いなのです」
と語り終えた。

「一人前......」

妖夢は呟く。
妖夢にとって一人前という単語は特別な意味を持つ。
妖夢は剣士としても従者としても一人前になる事を志している。
幽々子にはよく半人前と呼ばれ(尤も身体的にも半人前だが)からかわれたりするものの、時には優しい言葉で応援してくれてもいる。
妖夢はその主人の期待に応えることはもちろん、妖夢が師と崇めるあの人のようになりたいと一身に願い続けているが為に毎日の修行を続けている。
そこで妖夢は気が付いた。師に憧れ、日々邁進する自分、その境遇はまるで――

「私と同じですね」

妖夢のその呟きに、映姫は視線を妖夢へと戻した。

「魔理沙の成長ぶりは私と似ています。私もおじい、いえ師匠に憧れて修業しているんです。幽々子様を守る剣士として、幽々子様に使える従者として、師匠は完璧でした。私はそんな師匠のようになりたいと思っているんです。だから魔理沙も.......霊夢に追いつけるように私は陰ながらに応援していきたいと思っています。そして私も、師に近づけるように修業を欠かさずに行こうと思います」

妖夢の決意染みた発言は己に言い聞かせるよううなものでもあった。
映姫は眉一つ動かさずに聞いていた。そして真顔のまま語り始めた。

「ええ、確かにあの魔法使いの成長は貴女ととてもよく似ています。なんら不自然ではないでしょう」
「ですが......詳しく見るのなら違う点が幾つか見られます」

妖夢は表情を厳しくして妖夢を見据える。
それは覚り妖怪のように、心を読み取ろうとしているような、射抜くような視線であった。
その視線に見つめられた妖夢は一瞬どきりとしたが、なんとか返答した。

「違う点......ですか」
「ええ、今回はその中でも特に顕著な二つを指摘しましょう。それが今後の貴女にとって知る必要があるでしょうから」

映姫は右手に悔悟棒を持ったまま両手をぶら下げて二、三歩前に出て妖夢との距離を縮めた。妖夢はその場に立ったまま、唇を引き締めて閻魔の言葉を待つ。

「まず最初にはっきり言っておきます。これは貴女、魂魄妖夢と霧雨魔理沙、二人の成長の過程を比べた上での指摘です。そして今から言う二つの指摘は一つずつ、片方にとってはデメリットとなっています。それをあらかじめ頭に入れた上で私の話を傾聴して下さい」

映姫が前置きを述べた。
妖夢は返事をすること忘れてしまったかのように声を出さず、顔が少し青ざめ、両手の拳をぎゅっと握りしめていた。
映姫は返事をしないことに対しては咎めず、沈黙を肯定として受け取って、話し始めた。

「まず一つ目ですが、これは貴女に質問してみたほうがよろしいでしょう。私は憧憬となる人間がいれば憧憬となった人間を目標として、努力する人間がいると言いましたよね。ならその人間は憧憬の人間との間に何があるから努力するのですか?答えてみてください」

指摘の始めから映姫に問われて戸惑いを覚えたが、妖夢はすぐさま左肘を右肘に当て、右手を顎に当てて考え始めた。

(憧憬を抱いた人間と憧憬の対象となっている人間。ようはその両者の違いですよね?その「違い」が「間」となって憧憬を抱いた人間を駆り立てる。その駆り立てる要素とは単純に――)

「差、ですよね」

妖夢が考えていた時間は僅かに十秒、答えはすぐに出た。映姫は妖夢の回答に頷いた。

「そう、差です。もっと抽象的に言うならば「実力の差」です」
「実力の差......」
「ええ、それは人それぞれ。知識だったり運動能力だったりといろいろあります。その「実力の差」を埋める為に憧憬を抱く人間は努力するのですしかし......」
「その実力の差というものは時と場合により受け取り方が人によって変化します。それが「啓示」と「絶望」です」
「啓示と絶望......啓示の方はなんとなくわかりますがその......絶望というのは......」
「今から説明いたします。そしてこの二つが、一つ目の指摘となりますので注意して傾聴して下さい」

映姫は一旦言葉を切り、目を閉じて静かに息を整える。それを見ている妖夢の手は緊張でじっとりと汗ばんでいた。
やがて映姫はゆっくりと目を開け、妖夢を見据えて話し始めた。

「貴女にもわかる通り「啓示」とは先程私が話したことです。しかし「絶望」これはほとんど実際に体験した人でないと認識されにくいです。「実力の差」、それは憧憬を抱く人間と対象の間に溝となって横たわっている。これが重要なのです。その溝となった差は絶えず広がったり狭めたりするのです」
「どういうことですか」
「人間は増長する生き物です。憧憬の対象となった人間はそのまま立ち止まって、相手が追い付いてくるのをそのまま待つと思いますか?」
「あ......」
「気付いたようですね。そう、人間というのはどこまでも高みを目指そうとする生き物、対象となった人間は自分を追いかける存在に気づいてもいなくても、さらなる実力向上を目指すのです。そのたびに差は広がります。そして抱いた人間はそれに気付き、さらに努力することでその差を縮めようとします」
「しかしいくら努力してもその差は一向に埋まらず、逆に広がっていく。つまりは溝の変化に辟易してしまうのです。そうなる事で抱いた人間は己の実力のなさに絶望してしまうのです。もちろん全部が全部そうなるわけではありません。さらに......言え、これはさすがに言わないほうがいいでしょう。ですが絶望により自決する人間もいるのです。そしてその場合、その死した人間の魂は決まって恨みの感情を抱いているので怨霊となるのです」
「しかし貴女の場合、その可能性は無いでしょう。これが一つ目の指摘です」

映姫は話し終えると妖夢の様子を伺う。
妖夢は顔は相変わらず青ざめてはいたが、しっかりと映姫の言葉を噛みしめているのを実感していた。
妖夢が口を開く。

「私の場合はあり得ない......どういうことです」

映姫はすぐには答えず、一度目を閉じた。そしてすぐに目を開けて、映姫は答える。

「絶望を感じる対象が無いということです。絶望を最もよく感じる手段は対象となっている人間の実力を、抱いている人間が目の当たりにすること。そうすることで確かな実力の差を実感し、自分はもう追いつくことができないのだと悲観してしまう。あの魔法使いが憧憬を抱いている人物は彼女にとって身近な人物です。ですから気軽に幾度となく自分の実力を確かめ合うことができる。そして場合によっては諦めを感じてしまう。それが起こり得るかどうかはあの魔法使い次第です。ですが.....」
「貴女の場合、それを確かめることができますか?」

そこまで言われて妖夢は漸く気付いた。
実力の差というのは対象となっている人間の実力を見て抱いている人間が対象との人間とどれだけの差が開いているか確認できる。それは直視できないため、、正確にはわからないが大まかに感じることができる。
映姫が言いたいのは、その差が憧憬を抱いている人間が精神的に許容できる範囲なのか。それは人それぞれだが、許容できる範囲であればそのまま差を埋める努力を続けることができる。
だができない場合、改めて自分の実力の無さを思い知り努力を諦めてしまう。一度や二度ならば平気でもいくら努力しても差が変化しない、またはさらに広がってしまったら、気丈な人間でも、諦めざるを得ないのである。

それがあり得るのは憧憬の対象となっている存在がいるかどうかである。
魔理沙にとって憧憬の対象となっている人物は身近にいる為、いつでもその人物と実力の差を確かめ合うことができる。
だが妖夢の場合、憧憬の対象となっている師の行方は分からず、実力を確かめ合うことはできない。
従者としては手本となる人物がいるのでそれに関しては問題ない。
だが剣士としてはどうなのか。
幻想郷には剣士と呼べる人物は妖夢を除いてほとんどいない。
宝剣を持つ仙人がいるが剣術をたしなんでいるのかどうかはわからないし、緋想の剣を扱う天人はどう見ても見よう見真似で剣を振りまわしているようにしか見えない。
つまり妖夢は対象の人物が不在であるが為に気兼ねなく修業を続けることができる。
これが魔理沙との決定的な違いだったのだ。

「でも......だからどういうことなんです。貴女はそれを私に教えて、何をさせようとしているんですか」

だからこそ妖夢はわからなかった。
魔理沙にとってはデメリットの可能性があることはわかった。
だが妖夢がそれを知ってどうするのか、妖夢には映姫の狙いがわからなかったのだ。
映姫は優しい光を湛えた眼差しで妖夢を見つめ、

「見守ってほしいのです」

そう言った。

「見守る......どういうことですか」

妖夢は首を傾げた。映姫は言葉を続ける。

「先ほどの説明であの魔法使いがいつ、自分の実力に悲嘆してしてしまうのかわかりません。あの魔法使いに限ってありえないと思うかもしれませんが周囲にはそう振る舞っていても心の内ではそれとは裏腹な感情を抱いているかもしれません。そしてそれがいつ形となって表れるか分かりません。その時に、同じ境遇である貴女にあの魔法使いを立ち直らせる後見人になってほしいのです」
「後見人ですか......私に務まるでしょうか」
「同じ境遇である貴女にしかできないことです。人は誰しも、自分と同じ境遇である人と出会うことで慰めを得、活力を取り戻します。霧雨魔理沙にとってその人物は他ならぬ魂魄妖夢、貴女を置いて他に居ないのです」

最後の言葉で多少語気を強め、右手に持った悔悟棒で妖夢を指す映姫。
妖夢は戸惑った。
魔理沙の後見人に指名されたことではない。それ自体は受け入れるつもりであった。
元々、努力家である魔理沙に対して思うところはあった。
日々魔法について研究し、その努力を人には決して見せない。それでいて他人や他妖怪とも気兼ねなく接し、明るく振る舞うことができる。
見習うところがあると同時に自分と似ていると言うことに気づき、初めて会った時は敵対する視線で見ていたが、時と出会いを重ねて行くうちに自然と(他人に悟られないように)暖かな視線で見るようになっていた。
だから妖夢自身も魔理沙を極力応援していきたいと思っていた。魔理沙との弾幕勝負に応じるのもそれが理由であった。
妖夢に断る理由は無かった。だが気になる事があった。

「わかりました、快く引き受けましょう。でもどうして閻魔様はそこまでして魔理沙に手助けを入れたいのですか?」

至極まっとうな質問であった。
一人の人間に加担するなど、死後人間の魂を平等に裁く閻魔としてはあり得ない事であった。
映姫は答えた。

「私個人としても興味があるのです。あの人間がどこまで成長するのか。成長しきった人間がどれほどの実力を持つのか、それは吸血鬼や神をも超えることができるのか......成長の過程を越えた人間のその先、見てみたいと思いませんか?」

映姫は表情を変えず、期待に満ちた瞳で仙界のゲートを見つめる。
そんな映姫の姿を見て、魔理沙はいろんな人から期待されているんだなと妖夢はこのとき実感した。
力のある人妖はもちろんのこと、あの閻魔をも魅了してしまうとは......霊夢とはまた違った魅力が、魔理沙にはあるのかもしれない。

やがて映姫は三度、妖夢に視線を戻して表情を引き締めた。

「さて、これで一つ目の指摘については理解しましたね」
「はい」
「ではここからが、二つ目の指摘へと入ります。心の準備はできましたか?」
「はい」

妖夢は緊張のあまりごくりと唾を飲み、両手を握りしめていた。
そう、二つ目の指摘こそ、妖夢自身にとっては一つ目よりも重要であった。
一つ目が魔理沙にとってデメリットとなるのならば二つ目は妖夢にとってだけ、デメリットの可能性となり得るものなのだ。
しっかりと傾聴しなければならない。妖夢は気を引き締めて映姫の言葉を待つ。
映姫は一度目を閉じ、深く深呼吸をした。そして言葉を出そうと口を開いた。
が――

「妖夢、貴女閻魔様と二人きりで何を話してるの?」

突然妖夢の近くから聞き覚えのある声がして映姫は何も言わずに口を閉じて、妖夢は声のした方を向いた。
そこにはいつ戻って来たのか、幽々子が不思議そうに妖夢と映姫を見ていた。

「ゆ、幽々子様、いつからそこに......」
「ついさっきよ。あの仙人さんとの会話が盛り上がっちゃってねえ、いろいろと長話をしてきたのよ。でも途中で貴女を待たせている事を思い出してね、私から話を切り上げて戻って来たの。今頃妖夢は怒っているんだろうなあって思いながら戻ってきたらこの場面に遭遇したってわけ」
「そ、そうですか......」

幽々子は屈託のない表情で経緯を説明した。対する妖夢は躊躇うような不思議な表情を見せた。
そして幽々子はどこか含みのある微笑みで妖夢に近づいてきた。
妖夢は背筋がゾクッとした。
この表情は知っている。幽々子が目の前の状況を面白がっていて、妖夢から根掘り葉掘り聞き出して妖夢自身をからかおうと企んでいる笑みだと。
その笑みから始まった会話では、妖夢がいつもからかわれて終わるというのが落ちだった。

やがて幽々子が妖夢の隣で立ち止まると近づいてきたときの笑みのまま、妖夢に問うた。

「ねえ妖夢、是非とも教えてくれない?閻魔様とどんな有意義な会話をしていたのか」

質問し終えた幽々子の顔には期待に満ちた表情が浮かんでいた。
映姫のとは違い、純粋に面白がってどんな話が聞けるのか、ワクワクしてるといった感じだ。
ちなみにわざわざ「有意義な」と付けたのは生真面目な妖夢が答えやすくするためにである(引き出す的な意味で)。
案の条、どうにか質問をかわそうと考えていた妖夢の心は揺らいでしまった。
そしてそれは言葉となって形になった。

「え、あ、いやその、どうしても話さなければ駄目、でしょうか?」
「当たり前じゃないの、でないと私、気になって夜も眠れないわ。貴女、自分が仕える主人が不眠症になってもいいの?」
「う、ううう......」

妖夢は困り顔で唸る。
幽々子の今の発言も、妖夢の性格と主人に仕える従者という立場を利用した言い回しであった。
これを聞いたのが吸血鬼に仕えるメイドだったら軽く受け流せるのだろうが、今だ従者ととしての立ち振る舞いが未熟な妖夢にとっては難しい事であった。

尚も妖夢から会話の内容を聞き出そうと画策する幽々子。
妖夢は最早追い詰められ、自白寸前であった。
しかしそんな状態の妖夢に、救いの一言が掛かった。

「西行寺幽々子、それ以上の詮索は当事者である私が禁じます」

映姫だった。
妖夢の表情から限界が来ていた事を悟り、自ら幽々子を止めに入ったのだ。
幽々子は不満そうな表情で映姫は視線を移した。対する妖夢はほっとしていた。

「どうしてですか閻魔様」
「どうしてって当たり前でしょう、先程までの会話は魂魄妖夢にとっては知られたくない内容だった、そうでしょう?」
映姫はそう言って妖夢へと顔を向ける。それにつられて幽々子も妖夢を見る。
いきなり自分に注目が向いて戸惑った声で「は、はい、そうです」と返事をした。
妖夢の返事に映姫は頷いた。

「お分かりになったでしょう。本人が話すのを拒否した上で当事者である私も拒否する。これ以上の異論はありませんね」
「でも妖夢は私の従者よ。従者の身の上を周知しておくのは主として当然でしょう?」
「確かにそうですが、踏み込んではいけない領域というのがあります。好奇心でその領域を探り、人々に振れ回る事で、その領域を持つ人物が迫害を受ける対象となります。そうなれば自らの命を絶つ原因となります。貴女は立場を利用してその危険性を浮き彫りにしようとしています。それは貴女だって嫌でしょう?それに貴女だって自分以外に知られたくない事があるはずです。それを他人に知られてしまうのは貴女だって嫌でしょう?」
「う、うん、まあそうなんだけど......」
「当然ですよね、これで漸くお分かりになったでしょうか西行寺幽々子」

映姫は幽々子が逡巡したのを見て一気に叩みかけた。
幽々子は理屈が通った話で説得しないと決して後には引いてくれないのだ。だから映姫も、彼女にはほどほどに手を焼いていたのだ。
しばし顎に人差し指を当てて考えていた幽々子はやがて顔を上げて言った。

「そうね......妖夢の悲惨な顔なんて見たくないしね......わかったわ、引いてあげる。迷惑掛けてごめんなさいね」

そう映姫に謝罪すると、幽々子は妖夢の肩に手を掛けた。
妖夢は幽々子の顔を見る。そこには慈しんだ微笑みを浮かべていた。そして一言、妖夢に声を掛けた。

「ごめんね、妖夢」
「いえ、そんな、別に幽々子様が謝るほどじゃ......」

妖夢は主人に謝らせてしまった事に負い目を感じてしまっているようだ。
そんな妖夢の姿に幽々子はただ微笑んだ。
それを見た映姫はふうと息を吐いて肩の力を抜いた。

「では私はこれで帰ります。魂魄妖夢、私が言いかけた事は貴女自身で考えたほうがよろしいでしょう。では失礼いたします」

そう告げて映姫は幽々子と妖夢の横を通り過ぎていった。

「また会いましょうね~」
「本日はありがとうございました!」

暢気な幽々子の別れの挨拶と妖夢の力強いお礼の言葉を受けて、映姫は二人に見えないように僅かに微笑んだ。
映姫はそのまま歩き続け、その先で待っている大鎌を持った赤髪の死神と合流して彼女を伴い映姫は死神と共に屋根を下りて姿が見えなくなった。

映姫達二人が視界から消えた時、辺りには幽々子と妖夢以外には誰もいなかった。
やがて幽々子は妖夢の方を向いた。

「私たちも帰りましょうか」
「はい幽々子様」

幽々子は屋根から跳んで宙に浮いた。妖夢も下に置いてあった最早空になった弁当箱を両手に持ち、幽々子の後に続いて屋根から下りて宙に浮いた。
そしてリアルタイムで出口となっている仙界のゲートの出入り先を変更している布都と屠自古の元へと向かった。

魔法使いと道士が繰り広げた弾幕で割れた中庭の石畳。
その石畳から発せられる熱が、弾幕勝負の余韻として漂っていた。


ーー☆ーー


ゲートを抜けた幽々子と妖夢の目の前には見慣れた白玉楼の玄関門があった。
幽々子は何も言わずに門を潜る。妖夢も幽々子の後ろに歩く形で続く。
しばし無言で歩き続ける二人。やがて屋敷まであと半分という距離で、幽々子は唐突に立ち止まった。
妖夢は驚いてその場で歩みを止める。
それを音で確認した幽々子は「妖夢」と呼びかけた。「は、はい」と慌てて返事を返す妖夢。
幽々子は妖夢に背を向けたまま問いかけた。

「さっきの貴女と閻魔様の話し......それは貴女にとって重要なことなの?」

淡々とした幽々子の発言に妖夢はまだ気にしているのですかと思ったが、今の幽々子の質問が内容の事ではなく、妖夢自身にとって「利」があるのかどうかを聞いているのだと気が付いた。
妖夢は正直に答えた。

「はい、私にとってそれは重要な内容でした」
「それってもしかして――」

幽々子が振り向き、妖夢の顔を見て言う。


「私に原因があること?」


沈黙が下りる。
振り向いた幽々子は憂いに満ちた瞳を、妖夢に向ける。
妖夢は絶句した。
幽々子は潤んでおり、悲しみを湛えた微笑みを浮かべている事に。
だから妖夢は幽々子の質問には答えずに、訊き返すような体で質問した。

「どうしてそう思われるのですか......幽々子様らしくないです」

従者として妖夢は幽々子の傍に仕え、様々な表情を見てきたが、ここまで喜怒哀楽の「哀」をはっきりと見るのは初めてであった。
そしてそれは時折見せる幽々子の素の表情であると妖夢は感じた。
幽々子はすぐには答えず、一度目を閉じた。
数秒後、再び目を開けて幽々子は妖夢に向かって言う。目は潤んだままだった。

「時々、考えるの。妖夢は私に愛想を尽かしたんじゃないかったて、本気でそう思うときがあるの。無理難題を言ったり頼みごとを押し付けたりちょっかいを出したり......いろいろな事を貴女にしてきたわね。でも私にとっては貴女とともに"今"を過ごすための"触れ合い"だったの。貴女と過ごす時間が、私の日常だった。妖夢は私の事を大切に思ってくれて私は、そんな貴女の澄んだ心が好きだった」

そこまで語ったところで、幽々子の表情は途端に暗くなった。

「でもふと思うの。そう思っているのは一方的に私だけなんじゃないかって。いろいろ貴女に無理させて、そのたびに貴女は嫌な気持ちになる。それが積み重なって、貴女は私に対してはっきりと嫌悪感を抱いてしまう。私は何度も謝って、私に対して抱いているかもしれない負の感情を、どうにか薄めさせようと試みていた。でも、できなかった。いえ、したくなかったのよ。何故だかわかる......怖かったのよ。貴女がはっきりと私に対して嫌悪感をあらわにして私の元から離れて行くのが怖かったのよ。しばらくはそんなこと、忘れていたけれどついさっき貴女が閻魔様と密談していて閻魔様に詮索するのを禁じられた......それを聞いた時、私の妖夢に対する疑念がまた浮かび上がって来たの。そして考えてしまうの。さっきまでの閻魔様との会話で妖夢は私と......縁を切りたいとか言ったんじゃないかって。それを悟らせないために閻魔様はあのような解説で覆い隠そうとしていた......そう考えてるの。だら余計に私は分からなくなって、このモヤモヤした気持ちが一層濃くなってくるの」
「このままじゃいつまでたっても妖夢と本心から笑い合えない......だからこの機会に教えてくれない妖夢。貴女の本心を、私に抱いている気持ちを、感情を。大丈夫、どのような言葉だって、私は真摯に受け止めてあげるから」

そう言って幽々子はねだるように首を傾げて微笑んだ。その微笑みからはより一層の悲しみが伝わって来た。

妖夢はただ黙って聞いていた。
主の想いを、主の胸中を。
それを全部聞いて尚、妖夢の気持ちは一切変わらなかった。
幽々子に仕え始めたあの時から、妖夢の心は変わっていない。
妖夢の拳と肩が震えていた。そして絞り出すように声を出した。

「やっぱり......」
「?」
「いつもの......幽々子様らしくないです......」
「......」
「私の知る幽々子様はいつも笑顔でした......。私を気遣っている時も、私をからかっている時も私が落ち込んでいるも......いつだって幽々子様は私に笑顔を振り撒いてくださいました。私に無茶なお願いごとをしてきたときとかちょっかいを掛けてきたときとか諸々......幽々子様の発言が私に負担がかかるとわかった時、幽々子様に対して呆れたり、嫌に思ったりする時は数え切れないほどありました。でも......」

妖夢は話しながらも段々と顔が俯いていき、幽々子からは表情が見えなくなるまでに俯いてしまった。
幽々子は無表情で妖夢を見ていた。
妖夢が言葉を紡ぐ。

「でも、貴女の笑顔を見るたびにそんなこと、どうでもいいって思えてしまうんですよ。その笑顔が、思い込みかもしれませんけど、心の底から信頼しているように思えて、嬉しくなってしまうんですよ。わたしは、そんな幽々子様の笑顔が大好きなんですよ。私は初めて貴女の心の底からの笑顔を見たときに決心したんです。私は一生を懸けて、幽々子様をお守りするんだという事を。私は冥界一硬い盾、どんなことからも幽々子様をお守りします。だから......はっきりと言います」

妖夢が顔を上げた。
その表情からは決意がありありと感じられた。

「先ほどの閻魔様との会話は、幽々子様には一切関係いたしません。ですが、幽々子様を守るためにも、幽々子様の忠実な従者としてあるためにも、私にとっては重要なことだった。ただそれだけです」
「だから......そんなに気に病まないでください。幽々子様が悲しめば、私も悲しくなるんです。私も、幽々子様から離れたくないんです。幽々子様がどう思おうが私は......」

妖夢は唐突に、幽々子に向かって歩き出した。
妖夢自身も、何故そうするのかは分からない。だが、自身の心に突き動かされるがまま、妖夢は幽々子に近づき、幽々子の一歩手前で止まった。
幽々子は何もせず、ただ妖夢を不思議そうに見ているだけだった。
妖夢は突然幽々子の手を取り、両手で包んだ。
そして妖夢は最後の言葉を告げた。

「......私は、幽々子様の傍にいたいんです。幽々子様の前に立ってお守りする剣士として、従者として。......どうかお傍に
お仕えさせて下さい、お願いします」

妖夢は幽々子の手を取りながら、幽々子に向かって頭を下げた。
幽々子は黙って頭を下げる妖夢を見下ろしていた。そして妖夢が包んだままの手も。
やがて幽々子は妖夢に向かって命じた。

「顔をあげなさい、妖夢」

はい、と言って妖夢は命に従って顔を上げた。
幽々子は無表情のままだった。幽々子はゆっくりとした動作で妖夢が包んでいる両手を自身の右手から外して自由にした。
戸惑う妖夢をよそに幽々子は一歩妖夢に近づいて左手で妖夢を抱き寄せ、そして――

「ありがとう妖夢」

妖夢を抱き寄せ、そう囁いた。
主の一連の行動に目をぱちぱちとさせる妖夢。
「ゆ、幽々子様......」と呟きながら妖夢は幽々子の顔を見上げた。
そして驚いた。
幽々子の顔はいつの間にか泣き顔になっていた。両目からは涙が零れ、筋となってゆっくりと、頬を伝っていた。

「それが貴女の本心なのね」

幽々子が確かめるように聞く。
それに対して妖夢の返答はわかりきっていた。だからこそ、それを行動で示した。
言葉に出さず、代わりに幽々子の背中に両手を回して抱き締め返した。
それを肯定と受け取った幽々子は妖夢の顔を見て言葉を紡いだ。

「そう、妖夢がそんなにも私の事を大切に思っていてくれてたなんて......私は素直に嬉しいわ。貴女の本心が聞けて、今の私は満足してる」
「貴女が変わっても変わらなくても、貴女は貴女、妖夢はこの世界にたった一人しかいないわ。貴女の代わりが務まる人はいないと思う。貴女だけしか、今のこの立場を――私の忠実な従者という立場をこなすことができると思うの。だから――」

幽々子は右手を妖夢の後頭部に当ててゆっくりとした動作で自分の方へと引き寄せ、妖夢の顔を自分の胸に押しつけた。
妖夢は何も言わない。ただ黙って幽々子の言葉に耳を傾けた。そして、幽々子は言葉を紡いだ。

「――いなくならないで。ずっと、私の傍にいて。私の元から、離れないで。貴女は私の大切な、愛しい愛娘だと思ってるから――妖夢、貴女は一生、私の従者でいてくれる?」

言いながら幽々子の涙はまた零れ落ち、妖夢の頭に落ちた。
妖夢は肩を震わせながら答えた。

「はい......もちろんです。ありがとうございます。ゆゆ......こ......さま――」

妖夢は言葉の最後で幽々子の名前を言おうとしたが、こみあげてくる感情を抑えきれずに、支離滅裂となってしまい、我慢できずに涙を流して泣いた。
嗚咽を漏らしたりしゃくりあげながらも、幽々子を抱きしめる手を緩めなかった。
嬉しかったのだろう。主人が自分のことをそのように大切に思われていた事に、感極まったのだろう。
つながりを感じることは難しい。だが今この時二人は、確かにつながりを感じていた。

絶えず、自分の胸の中で泣き続ける妖夢を見下ろしながら、幽々子は梳くように妖夢の髪を撫でていた。
不意に、幽々子は妖夢から視線を外して少し離れた白玉楼の玄関門へと視線を向けた。
そこには門に半分体を隠している男の姿があった。
男は白髭を蓄え、腰に刀を携えていた。その姿はさながらに孤高の剣士といった様であった。
老人は幽々子の視線に気づき、じっと幽々子を見つめた。
幽々子は老人に向かって意味ありげに目配せをしていた。そして老人の目を見ながら老人に向かって心中で言葉を投げかけた。


――これで安心したでしょう?貴女が妖夢の事で気にしていたことぐらい、わかっていたわ。貴女が来ている事に気づいてわざわざ一芝居打って妖夢の本心を聞き出してあげたんだから――安心して修行の旅を続けなさい。私たちはもう大丈夫だから――


言い終えて幽々子はちょっぴりウインクをした。大体の事は伝わったらしく、老人は頷いた。
幽々子は門を潜った時に彼の存在に気付き、彼がちょくちょくここを訪れる理由を幽々子は知っていた。
ちょうどいい機会だと思い、彼の前で幽々子が一芝居打って妖夢の本心を聞き出し、彼の不安を取り除こうと考えたのだ。

幽々子が打った芝居を、幽々子をよく知る者から見たらオーバーだと言われてしまうだろうが幽々子は気にしないだろう。
なぜなら幽々子の言葉には一切偽りはなく、芝居とは言ったものの、それは「涙を流した」という一点だけである。
とどのつまり幽々子が妖夢に向かって言った言葉は全て幽々子の本心だった。
本心で語り合うことでいま一度お互い(幽々子自身と妖夢)の心情を確かめ合う――それは幽々子が密かに願っていたことだった。
彼女が密かに妖夢に対して『怖れ』を抱いていたのも本心だった。だからこそ幽々子は妖夢の本心を知りたかったのだ。
先程幽々子が流した涙は流したこと自体はわざとなのだが、その涙に込められた想いは、本物だった。
妖夢を想う彼女の気持ちも、本物なのだから。

幽々子は老人が門に隠れたことを確認すると、視線を妖夢へと戻して背中をポンポンと優しく叩いて声を掛けた。

「ほら妖夢、いつまでも泣いていないの。私の傍にずっと居るんでしょ、早くも立ち止まっている場合じゃあ従者として成長しないでしょう」

そう諭すように言うとすぐに妖夢は幽々子から離れ、乱暴に涙を拭うと、はにかんだように笑った。

「そうですね、いつまでもこんな調子じゃあ師匠に怒られてしまいますね」
「まったくその通りね。それじゃあ行きましょうか」
「え、どこにですか」
「ふふ、決まってるじゃない」

幽々子は妖夢の左隣に移動すると右手で妖夢の肩を抱き寄せ、自分の体と妖夢の身体を平行に密着させた。
たちまち妖夢の顔が真っ赤に染まって狼狽した。

「え?ちょ、ちょっと幽々子様!何してるんですか!」
「うふふ、慌てる妖夢の顔はやっぱり可愛いわね」
「何をおっしゃってるんですか!というか話を逸らさないでください!」
「だって約束したんでしょ」
「え?」
「私の傍から離れないって」
「いや、まあ、そうなんですけど、何というか......」
「あら、もしかしてこういうの嫌?」
「い、嫌じゃないですけど、その......」
「なに?」
「......は、恥ずかしいです......」
「別に誰も見てないからいいじゃないの」
「で、ですが......」
「まったく、前にも言ったでしょ。主人に甘えるときだってたまにはあっていいのよ、ね?」

駄目押しとばかりに幽々子は妖夢に明るい笑顔を見せた。
それを見た妖夢は途端に口をつぐみ、顔を真っ赤にしたまま地面へと視線を向けた。そして絞り出すように声を出した。

「......子供扱いしないでください」
「あらあら、妖夢はツンデレさんねえ」
「それよりどこに行くんですか?」
「どこって屋敷によ、そろそろ夕飯の時間だし」
「早すぎませんか?」
「たまにはいいじゃない」

幽々子は妖夢の左手をとって自分の腰に手を回した。
妖夢ははっとして幽々子を見た。
いつのまにか穏やかな笑みに変わっていた。

「......妖夢の手料理、楽しみにしてるわ」
「......お任せ下さい。腕によりをかけてみせます」
「ふふ、なら行きましょうか」
「はい」

そう言って二人は歩きだした。
互いに腕を密着させて改めて良好な主従関係を築いた二人は仲の良い姉妹のようにゆっくりと屋敷に向かって歩いていく。
幽々子は最後にちらと後ろを見たが、老人の姿は確認できなかった。
だがそれでも幽々子はフッと笑って正面に顔を戻して妖夢とともに歩いて行った。
その時幽々子の頭には明日からどのように妖夢をからかって過ごそうかというたくらみと過去の思い出で何を話そうかという妖夢との雑談内容を考えていた。
一方の妖夢は今日の夕飯のメニューと明日の仕事内容を考えていた。

二人が互いに想いを打ちとけあっても、白玉楼の日常は変わらないだろう。
それは二人にとっては暗黙の了解であった。
そして二人の生涯にとってはなんの妨げにもなりはしなかった。

二人にとって枷となるものは、何一つなかったのだから。


二人が並んで屋敷へと歩いていく姿を、老人は門から僅かに顔を出してじっと眺めていた。
やがて顔を正面へと戻して塀に寄りかかると、空を見上げて一息吐いた。

澄み切った青い夏空に所々白い雲が流れている。その空を眺めながら老人は想う。


――幽々子様も妖夢も、仲良くやっていけているようでなによりです。妖夢の気持ちを知り得ることができた幽々子様には感謝してもしつくしませんな――


老人は目だけを動かして再び二人を見る。
彼は半ば、妖夢に役目を押し付けるような形で白玉楼を出て行った。
その事に負い目を感じ、彼は度々白玉楼を訪れては妖夢を見守っていた。
今の立場に妖夢は不満を持っていないか、彼は不安に思っていた。
だがそれも今の幽々子の計らいで解消された。これで心置きなく、旅を続けられる。


――妖夢、近い内にまた来る。その時は手合わせしようぞ。お主の想いの強さ、来たる時に見せてもらうぞ――


老人はふうと一息吐いて頭を下げ、塀から背中を離すと、ゆっくりと石段を降りはじめた。
門から老人の姿が見えなくなるのと、妖夢と幽々子が屋敷の玄関に入り扉を閉めるのとほぼ同時であった。





誰もいなくなった白玉楼の庭。
辺りには木々を揺らす風が吹いて蝉の鳴き声が木霊するだけだった。



白玉楼の日常は何一つ変わらず、不変を保ったままであった。



  了
おまけ


帰り道 三途の川にて


「映姫様、気になっている事があるんですが聞いてもよろしいでしょうか」
「何でしょうか」
「映姫様が妖夢に言おうとしてた二つ目の指摘はどんな内容なんですか?」
「ということは盗み聞きしてたと言うことですか」
「たまたま聞こえただけですよ、あたいは地獄耳なんでね」
「ああそうですか、ですがそんなに気になる事ですか」
「まあそれなりに、ですけど」
「貴女にならさほど教えても問題は無いでしょう。ですが......」
「わかってますって、あの娘には教えませんって」
「ならいいでしょう。人間の魔法使いと半人半霊の庭師の成長の過程で異なり、魂魄妖夢のにとっては障害となろう二つ目の指摘、それは......」
「......」
「......想いです」
「え?」
「あの庭師は主人を敬う心があるゆえに邁進しているのです。故に自分の力量を正確に把握することができないのです」
「......それだけですか?」
「ええ、それだけです」
「あっさりしすぎてませんか」
「ええ単純です。だからあの娘もじっくり考えればいずれわかる事です」
「でもそれって魔理沙にも同じことが言えませんか?」
「どうしてですか?」
「あの娘はどうしても霊夢に追いつきたいっていう想いは何度も感じているんですよ」
「なるほど、そういうことですか。しかしそれは『憧憬』という一つの事がらに置いては同じ意味なので差し支えないです。私が言っているのはあの庭師は憧憬とは『別の想い』も含んで成長しているということです。そしてその思いがあるゆえに自分の力に固執してしまい、そして......」
「時と場合によっては命を落としかねない『見誤り』を引き起こす。そういうことですか」
「ええ、その通りです」
「そういうことでしたか、なんだかすっきりした感じです」
「私もです。ではそろそろ本格的に帰りましょうか」
「承知しました映姫様。ああ、今日はいい酒が飲めそうです」
「二日酔いで仕事をサボってはいけませんよ」
「わかってますって、そんなにお堅くならないでくださいよ」
「それは私にとっては褒め言葉ですね」
「違いないですねえ」

死神と閻魔は顔を合わせて笑いながら、霧深い三途の川の向こうへと歩いて行き、やがて霧に飲み込まれるように、その姿は霧の中へと消えて行った。


ーー☆ーー


どうも、作者としては始めまして。
毎日作品を読み漁っているゆゆみょん大好き、非現実世界に棲む者です。
このサイトを知ってから約半年、自分も投稿してみようという事で思いっ切って投稿してみました。
心綺楼の神霊廟ステージの背景でゆゆ様と妖夢はどういう会話をしながら観戦しているのかな~と思ってSS化して書いてみるかと思い立ったのがきっかけです。
構想に一カ月、入力に一ヶ月半。つらかったです。

注意:作品内で映姫が言っている「成長の理論」は自分勝手に独創した完全なオリジナル理論です。
なので反論されたら言い訳できません。

ここまでお読み下さり、誠にありがとうございます。
誤字、批判、感想など、何かコメントを頂けると私としては嬉しい限りです。
次回作もすでに内容がほぼ埋まってきたので時間があれば投稿できると思います。

それでは本当にありがとうございました。
これにて失礼いたします。

2013 10/16 指摘された誤字脱字を修正。3,5様、ありがとうございました。
非現実世界に棲む者
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.300簡易評価
1.60名前が無い程度の能力削除
いいゆゆみょんでした。観客にスポットライトをあてるという発想も、面白いです。
少々いやかなり「語り過ぎ」なところがあって、そこが話のテンポを悪く、また焦点をブレさせてしまっている感じでした(妖忌は脇役もいいところの端役なのでそれなりのセリフ量がふさわしい、布都と幽々子の会話に意味が無い、など)。
魔理沙は、描写にもある通り人を惹きつけること、これが最大の強みだという感じがします。派手で目を引く体術で霊夢にアピールできるポイントは、弾幕の強さよりは自分のカリスマとなるでしょう。
3.無評価名前が無い程度の能力削除
★誤字脱字系
導入パートより……「何をしているんでしょうか......」(しているんでしょうか……、同様の箇所あり)
布都登場~会話のパート序盤より……「酒での交流ーー」(酒での交流――)
同パートの幽々子台詞より……「妖夢ったら硬いはねえ」(妖夢ったら堅いわねえ)
同パート後半の布都台詞より……「行道して下され」(行動して下され)
種族魔法使いの解説より……「この二つを収得する」(この二つを修得する)
同パートより……「大小判を押している」(太鼓判を押している)
紫との関係説明の地の文より……「中の良い」(仲の良い)
中盤の妖夢と映姫の会話、映姫台詞より……「諦めを感じ手じまう」(諦めを感じてしまう)
同パート、映姫台詞より……「高見を目指そう」(高みを目指そう)
同パートより……「映姫優しい光を」(映姫は優しい光を)
幽々子と映姫の会話パートより……「映姫視線」(映姫は視線を)
ラスト近くのパートより……「主従関係を気付いた」(主従関係を築いた)

★文章で気になったところを二つばかり
「目の前でぶつかり合ったレーザーと閃光が発する光を眺めていた二人は淡々とそう述べた」
閃光は「光を発している」ものですし、目の前でぶつかりあって眩しいのに淡々としているというのは、ちょっと不自然な気もしますので
(眼前で衝突した弾幕の放つ閃光に、二人は目を細めながら言葉を交わした)
とかどうでしょう。

「白玉楼の日常は何一つ不変を保ったままであった」
言いたい事は解るのですが、「不変」を使うのであれば、「何一つ」は要らないと思います。
(白玉楼の日常は不変を保ったままであった)
(白玉楼の日常は何一つとして変わる事はなかった)
また、「不変を保つ」という言い回しは理数系の論文ぐらいでしか見ませんので、いっそのこと
(白玉楼の日常は不変であった)
というので、宜しいかと思います。


点数は感想の方と一緒に入れます。
5.50名前が無い程度の能力削除
★感想
全体として、不要な描写ではないかと感じるところが多かったです。
一番顕著なのは布都が白玉楼にやってきて会話するパートでしょうか。
前パートで思わせぶりなフリから入りましたが、長台詞で本筋に絡まない解説だけして終わってしまっています。
細かいところだとおにぎりの中身の括弧書きとか幽々子の心理描写の捕捉の括弧書きとか。
「ここはこういう意図で書いているんだよ」を伝えようとするあまり、地の文も色々くどくなっている面があると思います。
描写が適切であれば、読み手の方で考えるという事も出来ますので、過剰に書きすぎる必要
はありません。
むしろ、過剰になると大抵は解りづらくなります。

台詞全般も少し長いように感じます。勿論、キメの台詞というのはありますので、そういうところでキャラクターが熱くなって語るのはいいと思います。
ただ、台詞が全体的に長いと、どうしてもキメが光らなくなってしまいます。
上で書いた描写なんかとも合わせて、こういうのが重なると、どんどん枝葉の部分に本筋が埋没して、ストーリーを追うのが苦痛になってきます。

弾幕勝負を観戦する妖夢、幽々子が何を思うのか。
というところから始まる、二人の交流が見所になる作品だと思いますので、そこに注力して余計なところは切ってしまっていいと思います。
上の方も仰っていましたが、「観客視点」という発想は面白いです。
せっかく面白い事を考えられるのですから、そこを活かして書くようにすると、次回作はもっと面白くなると思います。


最後になりますが、一作目から長めの作品、お疲れさまでした。
新しい仲間が一人出来た事を歓迎します。
6.50名前が無い程度の能力削除
初投稿で60kbとは飛ばしてますね
>「別に誰も見てないからいいじゃないの」
読者がガン見してますゆゆさま

成長の理論とやらは作品の味で収まっていますし問題ないと思います
ただ他の方も散々仰ってますが、長台詞の多用がちょっとなぁと思いました
説明口調で長々喋っているので、虚空に一人で語りかけているように見えてしまいますし、読むのが面倒になってきます
対話なのだから互いの合いの手か地の文章を挟んでテンポよく話せば解消されるんじゃないかなぁ?
一人で喋りっぱなしの状況は「重い」です
あと、感嘆符の後ろはスペースを入れるのが通例だそうです
自分は気にしませんが、一応作法らしいので従っておくのが吉かと
7.80神社音削除
すごく良いゆゆみょんでした。魔理沙の性格もよく掴めていたと思います。
『成長の理論』は、綺麗に纏まっていて、とても感心できました。

ただやはり、誤字が多いのが気になりました。
加えて、長い一人台詞が多いと読みづらいかな……、と。
話のテーマが良いだけに、もったいない、と感じてしまいました。
それでは、次回作を楽しみにしています。
9.無評価非現実世界に棲む者削除
皆様方コメントをいただきありがとうございます。
もう......いたたまれないというか申し訳なさでいっぱいです。
以下コメレス

>>1様
コメントありがとうございます。
発想に対して褒めてくるだろうとは予想してましたが冗長でしたか。申し訳ない。
妖忌にいたっては一番の悩みどころでした。やっぱり多めにしたほうがよろしかったですか。
ゆゆ様と布都の会話については「もしゆゆ様と布都が会ったらこういう感じな会話になるのかな~」と思っての事で個人的に気に入ってるので、残させていただきます。

>>3,5様
長々と誤字脱字、指摘、アドバイス、感想とコメントしていただきほんとにありがとうございます!
貴女様には多大なご迷惑を掛けてしまいました......今後はそうならないように努力いたします。
未熟な私に歓迎のお言葉ありがとうございます。
次作も頑張りますのでその時はよろしくお願いいたします。

>>6様
自分でもこんなに長くなるとは思いませんでした。これでも10kb程削っております。
長台詞に関しては控えるように致します。
様々なアドバイスをありがとうございました。

>>神社音様
作者である貴方さまから高得点を頂き嬉しい限りです。
『成長の理論』はぱっとした思いつきなのですが、その上で妖夢と魔理沙はどこか似ているなという事に気付きました。
自分でも満足できるような作品であったなだけに、無駄が多すぎてくやしいです。


方々から次回作を期待されてますが、正直言ってこの作品よりも長くなると思います。
次回作は甘いというよりは苦いと思われる、マリアリ作品を予定しております。
ただ私自身パソコンを使える時間があまり取れず、容量も多いので分割するかもしれません。
尚、今後の教訓として皆様方がおっしゃっている今作の「余計な部分」は消さずに残させていただきます。
ではいつになるかわかりませんが、次回作もよろしくおねがいいたします。
11.無評価名前が無い程度の能力削除
あなたはスゴく真面目な姿勢で文章を書いているから、敢えて注意をしますけど、
コメの返信に"褒めてくるだろうと予想してました"とか、"長々とありがとうございました"とか
こういう言葉を使っちゃダメっす。

誠意があるのは通じるから、微笑ましいというか、全く不快にはならないけど、
真面目に書きたいのなら、この場合は礼状文例集とかを調べて使ってみると良いと思います

これからどれほど"成長"するか、今から楽しみです
あなたの次の投稿を期待しています
13.80いぐす削除
良い主従でした。幽々子と妖夢、二人を結ぶ絆の強さを感じます。
そして、個人的には独自解釈とおっしゃっている映姫様の成長の理論こそがこの作品の肝であり、それこそがこの作品の世界観を形作っている印象を受けました。

魔理沙を使って妖夢を評するという手法も、それを行ったのが映姫様という意味も含めて、しっくりと理解でき、かつ、とても引き込まれるものでした。
この点においては素直に感動させていただいたので100点とさせていただいた次第です。

但し、この物語の主役であるゆゆみょん、比較対象としての魔理沙、諭す存在としての映姫様に対し、登場キャラとして神霊廟組が選ばれたのはどうしてなのかという事。
それと、2つ目の理由こそが妖夢にとって重要とされていながら、それが本編中では明らかにならなかった事に若干の消化不良感があった事。
この2点で誠に勝手ながら10点ずつ引かせていただきこの点数とさせていただきました。

偉そうな事を言って恐縮ですが、自分はあなたの描く幻想郷が好きになりました。
個人的には、原作の雰囲気を壊さない程度の独自解釈というのは、その作者でしか堪能できない味だと思います。
原作の雰囲気を壊してしまっているか否かを判断するのは読み手という難しさがあるとはいえ、
だからこそ、そういった独自の雰囲気がある作品に惹かれたり……
それでは、次回作も楽しみにしています。
14.無評価非現実世界に棲む者削除
>>11様
またもご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。
以後気をつけます。

>>いぐす様
楽しめたようでなによりです。
様々なお褒めのお言葉をありがとうございます。
気になる点については以下のような内容で。

・神霊廟組を選んだ理由

あとがきにもある通りこの作品の書くきっかけは心綺楼にあります。
なので心綺楼での異変の概要と神霊廟という土地柄、次のように設定いたしました。

1.博麗神社や人里等は騒げば勝手に観客が集まってくるが、神霊廟は仙界という隔離空間にあるからゲートを開かない限りは観客は訪れない。

2.そこで観客を呼び込むために挑戦者を募り、対戦を所望した。
それで魔理沙が釣られて神子の所に乗り込むことを決意。それを見ていた神子が魔理沙の様子からいつ来るかの未来を読み、その日の日程を決定し、人間や妖怪に宣伝して回って仙界に入る為のゲートの設置場所を告知した。

3.各勢力等にも勧誘し、それに乗ったのが幽冥組と音楽姉妹だった。

といった感じです。
布都にしたのは単に妖夢と話しやすい、話の進み具合が良いかなと思ったからです。
あと個人的に幽々子と布都の絡みを書きたかったという願望もあります。

・二つ目の指摘を本編で明かさなかった理由

単純に長くなるし、だらだらと指摘を続けて述べても面白くないと思ったからです。
それに妖夢は他人に聞く事ばかりで自分で考えようとしないような節(小説版儚月抄より)があるので、ちょっとは自分で考えるような状況に追い込ませた方が妖夢のためになるかなと思ってあのような展開にいたしました。
申し訳ありません。

次回作もよろしくお願いいたします。
15.60名前が無い程度の能力削除
長文コメばっかりだなぁw
この作品、真摯な姿勢は伝わってきます。次も待っています