Coolier - 新生・東方創想話

とはずがたり

2013/10/13 23:53:26
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 あれは十にも満たぬ幼子の頃の話でありましょうか。長く厳しい冬が明け、雪解け水が少しずつ流れ出てくる山道を、わたくしは当てもなく彷徨っておりました。両親に薪を集めて来てほしいと頼まれて麓の辺りを散策しておりましたが、いつもより薪が集まらず、普段決して向かうことのない中腹辺りにまで足を運んで更に探索を続け、その結果、見慣れぬ道に完全に迷い込んでしまったのです。時は既に夜に近づきつつありました。夜は妖怪の時間。今は亡き祖母が、口癖のように呟いていた言葉です。太陽が完全に隠れ、木々の隙間より溢れ出る月光の他には何の光もない山道は、幼き日のわたくしにとっては、大変不気味さを感じさせる空間でございました。両親に貰った竹筒の中を覗いて見ましても、中身はすっかり底を尽き、葉っぱに包まれた大きなおにぎりも、数刻前には平らげてしまっていて、口にできるものは何もありませんでした。空腹と喉の渇き、それに恐怖感とで今にも泣きだしそうになりながら、わたくしはただひたすらに歩を進めておりました。

 暫くして、わたくしは不思議な光景を目にして歩を止めました。木々が鬱蒼と繁り、人の入り込む余地など無いかのように感じさせる山の中腹にあって、ぽつん、とその空間だけが浮いておりました。まるで何かが棲んでいるかのような気配を感じさせる、小さな小屋でございます。山の中腹にこのような小屋があるなどと、当然ながら当時のわたくしは知りようがありませんでした。人里から遠く離れた場所にあるにもかかわらず、植物の蔓が絡みついている訳でもなく、どうしようもない程に荒れ果てている訳でもなく、誰かが世話をしているかのような小奇麗さを感じさせる小屋。その風貌は、安心よりもむしろどうしようもなく不安を煽ってくるものでございました。わたくしが長い間尻込みしておりますと、辺りは完全に闇に覆われてしまい、先程まで通ってきた道すらも分からなくなってしまいました。進めば地獄、されども戻れば恐らく、死。どうにもできなくなり、泣く泣くその小屋へ向かうことに致しました。

 小屋の前に立ちますと、小さな黒猫が、こちらをじっと見つめておりました。わたくしもその猫をじっと見つめ返しますと、首のあたりに小さな鈴が付けられているのに気が付きました。鈴が付けられているということは、飼い猫と言うことです。しかしながら、このような山の中腹に飼い猫が居るなどと、よくよく考えればおかしなことでございます。麓からここまで登ってくるとは到底考えられません。と言うことは、この小屋の中にこの猫の飼い主がいらっしゃるということ。わたくしは、そう解釈いたしました。そう考えれば、この小屋に入ることも、そう恐ろしい事ではないかのように感じられます。勇んで扉を開け放ちますと、黒猫はまるでわたくしを案内するかのように小屋の奥へ入っていきました。わたくしは恐る恐る、黒猫に着いて行くことに決めました。

 小屋の中は、不思議なほど落ち着く空間でございました。それほど頑丈なつくりの小屋という訳では無いにもかかわらず、中は春の陽気に包まれているかのように暖かく、冬が明けたとはいえ、未だに厳しい寒さを感じさせる外の空気に比べますと、とても贅沢なものに感じられました。冷たくかじかんでいた指を擦り合せますと、芯から暖かくなるような感覚に包まれ、思わずほう、と息を吐いてしまいました。蝋燭に照らされた廊下はほんのりと明るく、前を行く黒猫の影をぼんやりと照らし出しております。黒猫が歩くたびに鈴がちりん、ちりんと鳴り、何処か楽しげな雰囲気を感じさせてくれます。わたくしは先ほどまで覚えていた不安など無かったかのように、不思議な小屋の中を楽しみながら進んでゆきました。

 外観に対して異常なまでに長い廊下を抜けますと、少し拓けた空間に出ました。辺りを見回すと、どうやら居間の様でございました。中心に置かれた机の上には、四人分の食事がきちんと置かれており、それも、つい先ほど作られたかのように湯気を立てておりました。不意に、お腹が大きな音をたてました。何しろ、昼食におにぎりを二つ食した後には、他に何も口にしていなかったのです。炊き立ての白米、熱々の味噌汁、こんがりと焼けた焼き魚、鮮やかな緑色のお浸し。どれもこれもとてもおいしそうで、誰のものかわからぬ小屋の中に居ると言うことを忘れて、手を付けてしまいそうになります。駄目、と考える自分と、食べたい、と考える自分の合間に立って悩んでおりますと、不意に後ろから、もし、と声がかかりました。

 振り向きますと、大人の女の人が立っていました。家主の方でございましょうか。わたくしは、勝手に小屋に上がりこんでしまっていた事を思い出して、慌てて頭を下げました。彼女は、全く気にしていないと言い、朗らかに笑いました。笑顔がお綺麗だったので、同性でありながら暫しの間見惚れてしまいました。その方は、すばらしい美貌の持ち主であったと記憶しております。腰まで伸びた艶やかな金色の髪は、大きな蝋燭の火の光を映してきらきらと輝き、その節々には高価そうな布が幾つも結び付けられていました。知性を感じさせる切れ長の瞳に、長い睫毛。すっと通った鼻筋に、艶のある唇。どれをとっても、大変魅力的でございました。

 そのお方が不意に指を打ち鳴らしますと、何処からか、これまたお綺麗な女の人が現れました。傍らには、わたくしと同じくらいの歳に見える女の子が控えておりました。初対面なのに、わたくしはその女の子を何処かで見た事があるように思いました。まじまじと見つめると、女の子は恥ずかしそうに身をよじります。その動きに合わせて、耳と尻尾がゆらゆらと揺れました。さほど聡明ではなかったわたくしでございますが、その女の子の風貌が、先程廊下でわたくしを案内してくれた黒猫に良く似ているということは理解できました。加えて、その尻尾は、中間あたりから二又に分かれておりました。幼き頃より、妖怪についての知識は祖母に何度も何度も教えられていたので、その女の子が『猫又』と呼ばれる妖怪であることは、即座に理解できました。妖怪は恐ろしいもの。妖怪は忌避すべきもの。妖怪は相容れぬもの。そう教えられてきた自分にとっては、そんな恐ろしいものである妖怪がこのような可愛らしい女の子であることは、ある種衝撃的なことでございました。それでも、妖怪であるということは変わりがないことです。もう一人の女の人に目を向けますと、こちらには狐の耳と、立派な九本の尻尾がありました。九本の尾を持つ狐の妖怪、『九尾の狐』と言えば、伝説的な大妖怪でございます。わたくしは、自分が入り込んだこの小屋は、ともすれば、とんでもない魔境なのではと思い始めていました。

 そんな私を見かねてか、家主の方がわたくしに声を掛けました。貴女に危害を加えるつもりは無く、この辺りに迷い込んだ人に、宿を貸しているだけなのだ、と。猫又の女の子は、そういった人たちの案内役を務め、狐の女の人は、この小屋の家事の一切を取り持っているだけ、と。わたくしが、どうしてそのようなことをなさっているのですか、と問いますと、彼女は、ただの気まぐれだと言って微笑みました。その微笑みを見ると、私は何も言えなくなってしまったのでした。

 話題を変えるかのように、家主の方は机に座り、わたくしを手招きしました。机の上には四人分の食事があります。どうやら、わたくしの分も用意してくださっていたようです。わたくしが来ることをどうして知っていたのですか、と言う質問も、やはりはぐらかされました。未だに湯気を立てている夕飯は、とても美味しそうに見えます。しかしながら、人の家に入り込んで、その上食事まで頂くのは、礼に反することだと、わたくしは考えておりました。そのため、食事のご招待に応じることも躊躇してしまい、暫くその場で立ち往生してしまいました。そんな私の想いなど意に介さぬかのように、わたくしのお腹は再び大きな音を立てました。猫の女の子が、鈴の鳴るような声でくすくすと笑い、わたくしは恥ずかしさのあまり、押し黙ってしまいました。そんなわたくしの手を取って、狐の女の人が微笑みました。何も遠慮することはないと。そうして、わたくしはその不思議な小屋での食事に招かれることとなったのでした。
 
 頂いたご飯は、とても美味しいものでした。冷えた体に、温かいご飯が染み渡っていく瞬間はとても有り難く感じましたし、小屋の住人達と取り留めのないお話をするのも、とても楽しい時間でした。家主の方は、次々にお伽噺を語ってくれました。空を飛ぶ不思議な巫女の話。月を砕いた鬼の話。花を司る妖怪の話。まるで実際に見聞きしたかのように、身振り手振りを交えて、わたくしに語りかけます。そうしたお話を聞いていると、不意に、家主の方が真剣な顔つきになりました。どうなされましたか、と問いますと、彼女は、わたくしを見つめながら語り始めました。

 ――この地には、人間と妖怪が共存する楽園がある。自分はそこの管理人を務めていて、新たな守護者となる素質を持っている者を探している。貴女をぜひ楽園に招待したい、と。どうしてわたくしなのですか。そう問いますと、家主の方は困ったように微笑みました。近頃のこの国には、幻想を信じる者が居なくなってしまった、と。わたくしの様に妖怪の存在を信じる人間すらもはや消え去ろうとしていて、自分の楽園には新しい風がなかなか吹き込まなくなってしまった、と。ぽつぽつと語る彼女の横顔は、何処か寂しげな雰囲気を感じさせました。今すぐにどうするか決めてほしいと言って、彼女はわたくしをじっと見つめました。狐の女の人と猫の女の子も、こちらを見つめています。わたくしは葛藤いたしました。妖怪と人間が互いに手を取り合う楽園。それはとても素晴らしいものであることは理解できますし、憧れもします。わたくしと同年代の子供たちに祖母から聞いた妖怪の話を致しましても、信じてもらえることはついぞなく、わたくしはひそかに不満を抱いていたからです。しかしながら、わたくしには家族が居ました。父、母、それに祖母。貧しい暮らしでしたが、わたくしたち四人はどうにかして日々を生き抜いておりました。その思い出が、幻想を受け入れることに僅かな迷いを生じていたのだと、今では思います。彼女は、こちらを暫く見つめて、小さく息を吐き、わたくしの手を取りました。貴女には家族もいる、生活もある。無理にこちらに来なさいなどとは言えない。無理なことを言ってすまなかった。そういって、彼女は微笑みました。その微笑みがあまりにも悲しげに見えて、わたくしはそっと彼女の手を握りました。彼女は、わたくしの行動に対しても、やはり悲しげに微笑みを返すだけでございました。猫の女の子と、狐の女の人も、そっと微笑んでこちらを見つめています。そうしていると、彼女は不意にわたくしの額に手を当て、問いました。ここでの事を忘れたいか、忘れたくないか、と。わたくしは迷わず忘れたくないと答えました。短い時間ではありましたが、小屋の住人たちと過ごす時間は、とても心地の良いものだったからです。彼女はそれを聞いて嬉しそうに笑いました。そんな彼女の顔を見つめている内に、わたくしは不意に眠気に襲われました。そうして意識を闇に落とす直前の三人の笑顔が、とても印象的でした。

 目を覚ましますと、そこには見慣れた天井が在りました。家族がこちらを心配そうに見つめています。話を聞くと、どうやらわたくしは家の近くで倒れていたようでした。薪を取って帰ってきたときに、疲れのあまり倒れてしまったのだと家族は解釈しているようでしたが、わたくしは、恐らく彼女たちが何かしらの力を使って自分をここに運んでくれたのだな、と思いました。あそこでの経験は夢だったのではないか、と一瞬は思いましたが、手と額に残る微かな温もりが、あれは確かに現実だったのだと教えてくれていました。それから一月程経ち、春が訪れました。わたくしは、以前通った道を辿り、再びあの小屋がある場所に向かいました。木々が鬱蒼と繁る空間の中に、確かにあの小屋はありました。しかし、以前と違い、その小屋には蔓が好き勝手に巻き付いて、誰かが棲んでいるなどとは到底思えない風貌になっていました。中に入り、長い廊下を抜けると、居間だったものの残骸がそこにありました。それから、幾らその小屋の中を探しても、彼女たちを見つけることは出来ませんでした。小屋を出て途方に暮れるわたくしの前には、ただ咲き誇る桜だけが在りました。

 そうして、あの出来事から既に数十年の月日が経ち、わたくしも随分老け込んだように感じます。彼女たちはずっと、人間と妖怪が共存する楽園を謳歌しているのでしょう。今でも、あの時向こう側に行くことを選択していれば、と考えることがありますし、今すぐにでも彼女たちに会いたいとも思います。しかしながら、同時に、わたくしはもう二度と彼女達には会えないのだなと言うことをなんとなく理解しております。何故なら此処には、幻想はないから。わたくしが幼き頃に抱いていた幻想も、ぼんやりと靄がかかってしまい、思い出すことはできません。そんな世界を受け入れたわたくしにも、もはやあの楽園を想う資格はないのかもしれない、と思います。人は忘れることで生きてゆく生き物。だからこそ、世界は永遠に幻想を失ったのでしょう。
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コメント



0.700簡易評価
1.無評価削除
八作目です。今回の作品は、自分でもよく分かりません。衝動書きです。
ここまで読んでくださった方がいらっしゃれば、感謝いたします。
乱文で、申し訳ありません。批評、御指摘等あれば、言ってくだされば嬉しいです。
2.90名前が無い程度の能力削除
最後の一文がなんとも言えず切ない。
幻想郷への憧れはいつまでも捨てたくないものですね。
3.80名前が無い程度の能力削除
異色の作品ながら(幻想郷リクルーティングなおとぎ話)、しっとりとした雰囲気が良く出ていて、入り込める物語でした。
この女性は、食事のシーンなど見ればわかるとおり、与えられることを良しとしない、遠慮がちな人格なのでしょう。その点では、やっぱり外の世界の住人なのだと感じます。
4.100名前が無い程度の能力削除
綺麗な話。でも少し切ない話。
こういうの、大好きです。
8.100名前が無い程度の能力削除
語り手の視点から見る幻想郷がとても新鮮な感じでした。
終始ほのぼのとしていながらどこか哀愁を感じさせる語りが良かったです。
9.100非現実世界に棲む者削除
外から見た幻想郷は楽園に見えるけど、得てして届かないからこそ楽園といえます。
誤字報告
小奇麗→小綺麗
面白い作品でした。
10.100奇声を発する程度の能力削除
こういうお話好きです
11.100絶望を司る程度の能力削除
綺麗で切ない。それが幻想という物なのかもしれません。
15.100名前が無い程度の能力削除
どこか穏やかで切ないですね
霊夢もこのように選ばれたのでしょうか?
16.100名前が無い程度の能力削除
素敵なお話でした・・・。
24.70名前が無い程度の能力削除
綺麗で、柔らかなお話ですね。
25.100名前が無い程度の能力削除
子供の時にだけ貴方に訪れる不思議な出会い。某曲のそれを思いだしました。だからなんだって話ですがw
いらんことを忘れることで人間の脳は負荷を軽減するみたいですが、現代で幻想がいらんことのように扱われるというのは、なんとなくさみしい。