Coolier - 新生・東方創想話

1400年越しの暇つぶし(上)

2013/09/22 00:28:08
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・うちの青娥さんはいつもこんなんです。







仙界にある神霊廟。その主、豊聡耳神子は自室で書物を読み漁っていた。格子がはめられた窓の側に文机と肘掛を持っていって、窓からの日の光を浴びながらのんびりと過すのが好きなのだ。布都と屠自古は、午後から人里に夕飯の買い物に出かけいて不在だった。こんな時には何かろくでもない来客がある予感がする。神子が振り返ると、果たして、青髪の邪仙が壁の穴から這い出てくるところだった。顔にはいつも通り不愉快な笑みを貼り付け、手には徳利とぐい呑みを持っている。

「青娥、暇つぶしに私にからみにくるの、やめてくれませんか。かなり迷惑です。」
「まぁひどい♡豊聡耳様ったらつれないんだからぁ。おいしいお酒持ってきましたのでおしゃべりにつきあってくださいな?」
「・・・(ため息)」
「さ。どうぞ。」

青娥は神子の手に杯を押し付けて酒を注いだ。神子はしぶしぶ酒で唇をしめらせた。その目がちょっと見開かれた。

「・・・美味い。幻想郷は酒が美味いな。」
「うふふ、ようございましたわ。」

青娥が煙管に火をつけた。神子が嫌そうな顔をする。

「よしてください。酒が不味くなる。」

青娥は神子にむかって息を吹きかけた。紫煙が神子にまとわりつく。神子が露骨に不快な顔をしたのを見て、青娥は喉の奥でくつくつと笑った。

「くわ科の植物の葉を乾燥させてすりつぶしたものです。陶酔感、幻覚作用がありますの。」

青娥は煙管を神子の方に差し出した。

「虚仮の世界も悪くないものですわ。豊聡耳様もおひとついかが?」
「結構です。」
「あら残念♪」
「付き合いきれないよ。気がふれているんじゃないか?君は。」
「人間誰しも千年生くれば気もふれますわよ。たとえ術で肉体を若く保とうと、千年の退屈と孤独に耐えうるほど人間の精神は強くはないのです。」
「君の場合は生前からイカれてるでしょ。」

無視して青娥は続けた。

「考えてみればこの幻想郷こそ虚仮の世界ですわね。古きもの、存在が疑われたものの楽園。魍魎跋扈人妖相交わい、そして酒が美味い。素晴らしいところだわ。為政者として治めたらどんなに面白いかもしれないのに。」
「そのつもりはないわ。」
「退屈は身を滅ぼしますわよ。」
「退屈しのぎなら酒飲んで月を眺めてたまに人里で喧嘩でもしていれば十分だね。」
「それはどうでしょうね。私は退屈のあまり、一国の為政者に取り入ったりその国の宗教観を覆したりいたしましたが?」
「ああ、私がこれから先、退屈に耐えかねなくなるかもしれないのも君のせいだったね。」
「豊聡耳様は私の最高級のおもちゃ。簡単には手放しませんわ。そのために私はあなた様に不死の道を勧めたんですもの。」
「要するに君は自分のおもちゃが何かを成そうと四苦八苦しているのを見て楽しみたいわけだね。まあ確かにこの地で政を成そうと思ったら、飛鳥時代のように仏教と蘇我を使ってそれぞれ個別の氏神を奉っていた豪族共を支配下に置くことより難しいでしょう。この地には規格外の実力者が多すぎます。それに往時に比べて圧倒的に手駒が少ない。蘇我馬子にしろ、それと親戚関係にある皇族にしろ、傘下の豪族共にしろ、皆優秀で換えの効く駒としてよく働いてくれました。ところが今の私にはそれがない。政を行ううえで、邪魔者は利用するなり排除するなりしなければなりませんが、私ひとりに出来ることは限られますし、なにより私は自分の手を汚したくないのです。」

黙って聞いていた青娥がニタリと笑う。

「あらあら。かつての側近の方々が懐かしいのです?」
「そういう訳では。」
「私達仙人は死神を退け続ける限り不死です。親しい者が衰えて朽ちてゆく、という事を永遠に繰り返すのですわ。不死とは呪いです。素質あるものだけが多くの代償を払って手に入れる、忌まわしき呪い。」
「そんなことは君にこの道をすすめられた時に容易に予想ができていたよ。でも私には金剛不滅の肉体が必要だった。短すぎる人間の天命を受け入れるなんて、まっぴらごめんでしたから。」
「豊聡耳様はよいのです。あなた様が御自分のご決断を疑ったり後悔なさったりすることなどありえませんもの。でも――――」

青娥は神子の方に身をのりだして囁いた。

「布都姫様は?刀自古郎女(とじこのいらつめ)様は?」



杯を傾ける手がとまった。

「刀自古郎女様は亡くなられて怨霊になられたときに何か不都合があったのでしょうか、人格が変わってしまわれました。刀自古郎女様と屠自古様ではまるで別人です。布都姫様と布都様は・・・変わりませんわね。昔から朗らかで聡明で優しい方ですわ。でもひょっとしたらご自身を永劫の苦しみに巻き込んだ豊聡耳様を恨んでらっしゃるかも。」

「巻き込む・・・?何を言って・・・」

―ザ―

「彼女達は私の同志として、忠臣として、尸解の術を受けたのです。」

―ザザ―

「運悪く屠自古は失敗してしまいまいましたが・・・私を怨む理由なんてあるはずが・・・」

―ザザザザザザザザザザザ―

・・・・閨、・・・・・・汗、・・・・・・・・血、・・・・・・・・・・・壷、

身に覚えのない記憶が脳裏をかすめた。痛い。頭が痛い。耳鳴りが。


思わず頭を抱える私を、あやすような調子で青娥が言った。

「ねえ豊聡耳様。あなたどうしてあのおふたりを尸解仙にしようとなさったの?」
「なんで・・・って・・・あの二人が私にいつまでも付いてきたいと言って・・・」
「へぇ。」
「へぇ、って何?!だってそうでしょ?違うの?」

意に反して声が荒げられた。何かが決定的におかしい気がする。この邪仙の含み笑いは何なのだ?!嫌な予感に臓(はらわた)がよじれそうだった。

「忘れてしまったの?悪い人。」

青娥がこちらに手を伸ばしてきた。氷のように冷たい指先がこめかみに触れる。

―ガ、、、、、、―

こめかみに鋭い痛みが走った。鑿(のみ)がこめかみを穿った痛みを思い出す。思い出す?あれ?そんなことがあったはずは。

「うふふ。世の中には知らぬが仏、という言葉がありますけどね。」

何かに穴が空いた。そこから記憶が濁流のように溢れだした。衝撃にわが身を支える力を失った私は、青娥の腕の中に崩れおちた。青娥の顔に満面の笑みが広がる。さながらその巣に蝶を捕らえた蜘蛛のよう。

・・・・・・あれは・・・・・・誰、布都だ・・・屠自古もいる・・・・布都姫の目に映るのは・・・私・・・・それから青娥・・・・笑ってる・・・・・閨・・・刀自古に触れて・・・それから・・・・・・え?・・・あれ、え?・・・


―思い出した―

「思いだされました?神子様のことを心から愛するおふたりのこと。」

嫌悪感と不快感で臓(はらわた)がのたうった。罪悪感が食道をせり上がってくる。

「だめですよ。そんな顔しちゃ。」

青娥が神子の首に手をかけた。耳元に顔をよせて囁く。煙草臭い。

「私(わたくし)はどこまでも傲慢なあなた様が好きですの。」

首にかけた手に唐突に力がこもった。そのまま体重をかけて神子を床にたたきつけ、この勢いのまま首を絞める。

「かッ・・・は・・・、何をする、青娥」

青娥はさらに手に力を込めた。

「やめろ・・・んぐッ!」

青娥の細い指が喉笛にめりこんで嫌な音をたてた。神子の視界の端に黒い点がちらついた。意識が乖離していくのを感じる。神子は気力をかきあつめてスペルカードをきった。


仙符「日出づる処の道士」


放射線状に広がる光が神子の周囲を焼いた。青娥をからめとってバリバリと部屋の隅まではじき飛ばす。眩い光がやむと、部屋はひどい有様だった。青娥の手の圧迫から逃れたいばかりに、屋内でスペルカードを使うような軽挙にでたものだから、畳や天井の一部が焼け焦げてわずかに煙があがっている。調度品もめちゃくちゃに壊れていた。至近距離で直撃を喰らった青娥も全身ズタボロだったが、痛がる様子は微塵もない。それどころか頬が高潮し、目が輝いている。お気に入りの人形の首をもいで遊ぶ少女の笑顔。

「君は・・・何がしたくて今更こんな事を・・・。」

神子は憔悴しきった様子で青娥に問うた。その首にはくっきりと赤紫の痣がうかんでいる。

「1400年前に布都姫様に頼まれたのです。面白そうだったので引きうけましたわ。」
「馬鹿な。布都姫がこんな悪意のあることを君に頼むはずが・・・。」
「もちろん、布都姫様のお考えはあなた様も刀自古郎女様もみんな幸せになれるように、というものでしたわよ。でもねぇ・・・。」

青娥がじっとりと唇をなめる。上目遣いで神子を見つめた。

「素敵なおもちゃには素敵な遊び方があるのです。デザートは最後までとっておく。忘れた頃に食べるとより一層おいしい。そういうことですわ。」
「これは1400年越しの、私(わたくし)のちょっとした暇つぶしですの。」



痛いほどの沈黙がながれた。緊張感のある張り詰めた沈黙ではなく、憔悴からくる口を
開くもの面倒な、重たくて鈍い沈黙だった。

それをかき消すように、にわかに賑やかな足音と喋り声が聞こえてきた。青娥がそちらに
顔を向ける。そしてわざわざ神子の方に顔を寄せて、煙草臭い息を撒き散らしながら囁い
た。
「おふたりが帰ってきましたのね。私(わたくし)はこれにておいとまいたしますわ。うふふ。またおいしいお酒が手に入ったら遊びに来ます。ごきげんよう、愛しの豊聡耳様。」


壁に穴を空けて邪仙は帰っていった。私は文机の上に崩れおちた。ひどく疲れていた。
今なら死神の襲撃にあっても太刀打ちできまい。ふよふよと、欲の声がこの部屋に近づい
てくるのを感じた。この私を、真摯に慕う者の声だった。



「神子様、屠自古です。ただいま戻りました。」


部屋の前で刀自古の声がした。







(続)
下巻に続きます。
甘樫アカネコ
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