Coolier - 新生・東方創想話

電気ブランとカッコウの卵

2013/09/20 13:22:17
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 明治13年、日本に初めてバーができた。電気ブランというカクテルで有名な、浅草の神谷バーのことである。このバーは今でも健在で、最近は改装中なせいでバーというより食堂に近い雰囲気になってはいるものの、浅草の観光名所の一つとして繁盛している。
 幻想郷が外の世界と切り離されたのは、明治時代初期の話である。とはいえ当時の幻想郷(となる予定の地域)は浅草などというハイカラな町の文化とは縁も無く、幻想郷にバーなどあるはずもなかった。

 しかし万年アルコール中毒の天狗と鬼の酒好きを侮ってはならない。外から流れ着いた僅かな情報や、外来人からのアドバイスを元に、妖怪の山にバーを作ってしまったのである。
 比較的どんちゃん騒がしく飲むことを好む彼らではあるが、静かにお酒を嗜むのを好む層も少なからずいた。そういった層の支持もあって、妖怪の山のバーは細々と続いている。

「そういえば、また文の悪評を聞いたぞ」

「へえ。心当たりがありすぎて、どれのことだかわからないわ」

 バーのカウンター席に、天狗二人が座って静かにお酒を嗜んでいる。鴉天狗の射命丸文と、白狼天狗の犬走椛である。
 彼女らはこのバーを気に入っており、月に一二回、一緒に飲みに来るのであった。
 この店では寡黙な中年男の鴉天狗が、サングラスをかけてマスターを務めている。とはいえ彼は大抵カウンターの向こうで椅子に座って居眠りか読書をしており、香霖堂同様あまり接客をする気が無い。何とも幻想郷らしいバーである。
 ちなみに今日は読書の日のようで、マスターは熱心に本のページをめくっている。
 暗がりでタイトルまでは見えなかったが、装丁から察するに、どうやら外の世界の本のようだ。

「なんでも上司の大天狗の湯呑に、雑巾の汁を絞って入れたそうじゃないか。それで大目玉くらったとか」

「あー、それね。あれはあのエロ親父がさりげなく尻触ってくるのがいけないのよ。まったく、なんでオスの大天狗は年取ると、セクハラ野郎ばっかになるのかしらね」

 呆れまじりに文はため息をつく。
 グラスをいじりながら、椛は不思議そうに聞いた。

「しかし何でばれたんだ? お前らしくもない」

「お茶が灰色になるくらいに汁入れてやったからね」

「……流石にやりすぎだろ」

 今度は椛が呆れ交じりにため息をつく。お茶というより、ほぼ雑巾のしぼり汁の入った湯呑を、笑顔で上司に差し出す文の姿は容易に想像がついた。
 当の本人は「何で私が叱られなくちゃなんないのよ」とカクテルに口をつける。

「そういえば、あの大天狗の父親もセクハラで有名だったな」

「うわ。やっぱ血よね、血」

 読書に耽っていたマスターが頷いて見せる。二人の会話に相槌をうったのか、それとも読んでいる本の内容がおもしろかっただけなのか、どちらかはよくわからない。 

「そういう文の親は性格悪いのか?」

「……失礼ね。椛も知ってるじゃない。こないだあんたが家に来たとき、母さんいたし……文をよろしくお願いします、なんてやめて欲しいわ。時代錯誤よ」

 そう愚痴る横顔は、本気で嫌がっているというよりは照れているだけのように見えた。
 もっともそう言っても怒るだけだろうから、椛はそれを指摘するような真似はしない。

「お前の母親のことは知ってるさ。父親の話はあまり聞かないな、と思って」

「んー。稀に見る糞野郎で、愛人と借金こさえて、しまいにゃ母さんにぶん殴られて家出てったわよ。しかも性格もかなり悪くてさ……」

「なんだ、やっぱり良く似た父娘じゃないか」

「んだとコラ」

 椛の皮肉に対し口ではそう言い返すも、比較的性格が悪い方なのは自他共々認めるところなので、本気で怒るようなことはしない。
 そもそも幻想郷の住民は皆自由気ままというか自己中心的で、お世辞にも性格が良いと呼べる者は非常に少ない。天狗で性格の良いのははたて位なもので、それも長年のヒキコモリによる純粋培養の結果だろう。

「家出てくときに言った台詞が『俺のこと、殴ってもいいぞ』だったんだけど、当時幼かった私にそんな度胸はなくってさ……今ぶん殴ろうにも音信不通だし」

 父親が荷を纏めて家を出て行った時のことを、文は鮮明に覚えていた。直前に文の部屋に来て、目線を合わさないままにそう言ったのだ。
 彼としても、家庭を滅茶苦茶にした罪悪感はあったのだろう。しかしその娘としては、最後だけそういう風に格好つけられたのが気に入らなかった。それゆえに、彼女の中では父親をただの屑野郎だと言って斬り捨てることもできずにいる。

「会いたいのか?」

「……まあ。私の中で片付いてない問題だし、会ってはっきりさせたい気もするけど」

「そうか」

 椛は手元に視線を落として何か考えている。
 それを遮って現実に連れ戻すかのように文が口を開いた。

「そういうアンタん家は?」

「健在だよ。こないだ勝手に私の下着を洗ってたから、ケツ蹴り飛ばして川に突き落としたが」

 淡々と告げる椛に、文は苦笑するしかなかった。

「……変態なのか、デリカシーが無いのか」

「後者であることを祈るよ」

 ちらりと時計をうかがって、椛が席を立った。

「さて、そろそろお開きと行こうか」

「えー。まだまだ全然酔ってないじゃない」

 文は不満そうな顔でカウンターのテーブルに突っ伏した。

「悪いが明日の朝は早くてね」

「くっそー。私の愚痴はまだまだこれからなのに……」

 大儀そうに文も席から立ち上がり、ポケットに手を突っ込んで財布を探す。
 その間に、椛がバーのマスターに声をかける。

「すいません、そろそろ勘定のほうお願いします」

 マスターは本を閉じて、無言のままに立ち上がる。
 彼が会計の金額を言い渡したところで、文が気まずさそうに口角をひきつらせた。

「あれ……財布忘れてきたみたい」

「すいません、個別会計でお願いできますか?」

「椛様ッ、そんな殺生な!」

 しれっと真顔な椛に対し、文が泣きつく。
 結局彼女は椛に会計を払ってもらった。




















 その日は満月のはずだったのだが、雨が降っていて月を見ることはかなわない。
 もし仮に雨が降っていなかったとしても、森の中を走る女に、夜空を見上げる余裕は無かっただろう。彼女は息も切れ切れで、足を無理矢理動かしているといった様子だった。
 その後ろをいくつもの影が追いかける。狼系の妖獣の群れである。
 彼女と彼らの身体能力の差は歴然で、すぐに追いつくはずなのに一定の距離が保たれているところを見ると、どうやら遊ばれているようだ。

『あっ……』

 女が木の根に足元を取られて転ぶ。
 苦しむ様子を見物するのに飽きたのか、妖獣たちは彼女の周りを囲んだ。 
 その中でも群れの長らしき大きめの個体が、左手で女の首を掴んで持ち上げる。 

『ぐ……』

 彼女は首を絞める妖怪を睨み付ける。その表情が気に食わないのか、彼は不快そうに眉をひそめた。
 首を掴んだ指が、僅かに緩む。
 次の瞬間、空いた右手が、女の腹部を貫通した。

『―――――――』

 絶叫が、夜中の森にこだました。
 雨粒に鮮血が混じる。
 妖獣は彼女を近くの木に向かって放り投げた。彼女は樹木に激突し、それにもたれかかる形になる。
 彼は歯をむき出しにして、かすれた低い声で呪いを吐く。  

『お前に後悔する時間をくれてやる。死ぬまでの間、自分がこの世に生まれ落ちたことを悔いることだな』

 その妖獣が合図すると、群れは一斉にその場から去っていった。
 死亡を確認するまでもなく、放っておいても生きながらえることはないだろう、と判断されたのだ。

『あ……ぐ……』

 ごぽり、と不快な音をたてて、彼女の口から赤い液体があふれ出る。
 だんだんと視界が霞んで、周りの風景がぼんやりとし始めた。

 朦朧としてきた意識の中で彼女は考える。
 あの妖獣の思い通りに、後悔などしてやるものか。短い人生ではあったが、他の誰よりも充実していたという自信がある。
 他の人間たちは、生きる意味に明確な答えを出せぬまま一生を終えるのがほとんどだが、自分は違う。使命を果たすため、というはっきりした目的があった。それこそが自分の生きがいだった。
 それに、こんな私にも見下したり同情したりしないで接してくれる友人にも恵まれることができた。
 決して悪くない人生だ。

 でも、一つだけ後悔があるとしたら――――




















「……夢か」

 稗田阿求は汗の浮いた額を袖で拭った。寝巻きにしていた白襦袢がぐっしょりと濡れている。
 夏の朝で空気も湿っていているくせに、喉はカラカラに乾いていた。風鈴の音が部屋の外で鳴っているのを、どこか遠くに感じた。
 とりあえず喉をどうにかしたいので、一先ず井戸に向かうことにする。女中が起きていたら、代わりに水を汲んでもらおう。
 そう考えて、阿求は布団から這い出て起き上がった。重い足取りで部屋のふすまを開けて、廊下を歩く。
 右手で頭を押さえながら彼女はつぶやく。

「にしても目覚めの悪い……」

 夢。
 しかし恐らくあれはただの夢ではないのだろう。きっと今までの阿礼乙女の内、誰かの最期だ。
 その性質上、阿礼乙女(もしくは阿礼男)は短い寿命を全うすることなく、そのほとんどは妖怪に殺されて一生を終えている。

「正夢でなければいいけど……」

 そう言ってから彼女の背筋を寒気が這い回った。口に出してしまったから本当にそれが現実になってしまうのでは、という不安で胸がざわつく。

 そんなことを気にしていたせいか、彼女は廊下の向こう側を歩く足音に気づくのが遅れた。
 多少動揺しつつ目線をあげると、その男と目が合ってしまった。

「……」

「……」

 ほんの一瞬だけ気まずい雰囲気が流れる。
 しかし即座に顔を俯け目線をそらし、二人はお互いに歩むペースを下げずにすれ違った。
 阿求とて相手が誰であれ挨拶をするくらいの礼儀は備わっている。むしろ愛想は良い方と言えるだろう。
 しかし彼女はここ数年、自らの父親と会話はおろか、挨拶すら交わしていなかった。






















「いやー、この度は幻想郷縁起の編集、お疲れ様!」

「ええ。ありがとうございます」

 はきはきとした声に、落ち着いて澄んだ声が答えた。
 稗田家の客間に二人の少女が座っている。片方は阿求であり、四角いちゃぶ台を挟んで反対側に座るのは射命丸文である。
 彼女は幻想郷縁起を終えた阿求に、インタビューをしに来たのだった。

「えっと……とりあえず編纂を終えた感想は?」

 文は質問するとともに、自分の手帳として愛用している文花帖を開いた。
 目的のページにたどり着くと、彼女の手の上で万年筆が回る。

「そうですねー。無事に纏められてホッとしてるのが一番です」

「あー……何というか、すいません」

「べ、別に妖怪を責めているとか、そんなつもりはありませんよ!」

 阿求は両手を振って否定する。
 文は彼女の発言を「編纂途中に妖怪に殺されずに済んでよかった」と解釈したのだ。阿求にそんなつもりはなかったのだが。

「それに文さんは私の取材を手伝ってくれたんですから、たとえそうだったとしても、文さんが謝る義理はありませんよ」

「そう言ってもらえると、ありがたいわね」

 笑顔で文が答える。
 山の妖怪に取材をする際、文が案内役をかったり、妖怪に口をきいてくれたりしたのだ。
 そんな経緯や、互いの仕事の関係上、二人は顔を突き合わせることが多かった。
 普段インタビューの際には敬語で話す文であったが、阿求相手だと流石に面倒なのか、砕けた口調で話している。

「しかし何で私の危険度が高なの……?」

 幻想郷縁起には文の危険度は高、友好度は普通と記されている。里に最も近い天狗を名乗る射命丸としては、はなはだ不満な記述である。 

「不貞を働く奥様方にとっては極高でもいいくらいなんですけどね」

「いくら私でもそんな記事は書かないわよ……」

 肩を落とす文を見て、阿求はからからと笑う。普通の妖怪であれば危険度を高く見積もられるのを喜ぶのだが、人里に入り浸っている連中はそうでもないようだ。
 ため息を一つついた後、とりなおして文は質問を続ける。

「そういや、御阿礼の記憶ってどのくらい引き継がれるもんなの?」

「んーと、歴代の記憶が断片的に。あと編纂に必要な程度の、知識もですね」

「へえ、前世の記憶だけじゃないんだ」

「ええ。阿礼乙女は三歳くらいまで記憶の解凍に時間をかけるんですが、そこから一気に大人の遜色ない知識を手に入れるんです」

 このとき、一瞬だけ阿求が目線を下げたことに、文は気付かなかった。
 人の記憶とは中々膨大な情報量をもっているようで、それを当事者の脳を傷つけないように解凍するには三年程かかるらしい。徐々に思い出していく、というより記憶喪失の患者が、ふとしたきっかけで一気に記憶を取り戻していくのに近い。

「成程。それだけあれば、いい記事が書けそうね」

 わざと音を立てるようにして彼女は文花帖を閉じた。そんな彼女に、阿求はいぶかしげな目で、くぎを刺す。

「変な脚色しないで下さいよ?」

「そんな信頼無いのね、私……」

 再び肩を落とす文に対し、阿求は口元を隠して笑う。

「だってこの前も、アリスさんと魔理沙さんが女色趣味だって記事書いてたじゃないですか」

「あれは会うたんび会うたんび夫婦漫才する方が悪いのよ」

 何も悪いことはしていない、と言わんばかりに文は胸を張った。以前二人に会ったとき、文そっちのけで彼女たちが盛り上がったことに対する恨みも、もしかすると若干含まれているかもしれない。
 クスクスと阿求は笑った後、ちゃぶ台の下から風呂敷を取り出した。
 それをほどくと、何冊もの書物が出てくる。

「あ、これ頼まれてたものです」

「おお!」

 文が身を乗り出す。阿求以前の阿礼乙女や阿礼男が編纂した幻想郷縁起である。今生きている妖怪がいれば、中々面白そうな記事が書けそうだと思って、阿求に貸し出してくれるよう頼んだのだ。
 まだ製本技術が無かった時代のものもあるせいか、その中のいくつかは巻物である。
 「ご自由に手に取ってください」と言われると、文はその言葉に甘えてページを開く。本格的に読むのは家に帰ってからにするつもりなのか、適当に流して読んでいる。

「全部写本なんですけどね。うちにもオリジナルが無いのもあるんです」

「それはもったいないわ……ね」

 ページをめくる手がぴたり、と止まる。その様子に気づいた阿求が心配そうに声をかける。

「どうしたんですか?」

「いや、八代目の幻想郷縁起は、著者名が連名なんだと思って……」

「……それだけ、編集は別の人間がやっていますからね」

 少し阿求は気まずそうにした。
 八代目は幻想縁起の完成を目前にして、妖怪の中でも過激派のグループに殺されてしまったのだ。しかし編纂はほとんど終わっていたので、最後の編集だけが別の人間の手によって行われている。

 適当に眺めている間、文はもう一つのことに気が付く。幻想郷縁起は阿求の分を除いて、普通に考えれば八冊あるはずなのだが、七冊しかない。
 初代の幻想郷縁起に至っては、存在自体が見受けられないのだ。
 阿求が忘れたとは考えづらい。恐らくは別の人間が編纂できるほどの資料を纏める前に死んでしまったのだろう。
 こちらに関しては阿求に確認を取るようなことはせず、黙って風呂敷を畳んだ。いちいち聞くのも野暮だろう。

「それじゃあお礼に、これ」

 今度は文が横に置いてあった箱を、ちゃぶ台の上に置く。
 中身を開くと阿求の表情が輝いた。

「こ、これは……!」

「最近、新しくできた洋菓子屋さんのカステラよ」

 箱の中に入っていたカステラを見ると、阿求は唾をのみ込んだ。彼女は人里でも五指に入るほどの甘味好きである。

「阿求様ー、お茶をお持ちしました」

 見計らったかのようなタイミングで、女中がふすまを開いた。年配で、少し太っているが愛嬌の良い女性だ。

「丁度いいところに来ました。お菊、あなたも食べますか?」

 お菊と呼ばれた女中は、笑顔で答える。

「あたしは遠慮しときますよ。これ以上肥えたくないですからね」

「美味しそうなのに……」

「阿求様も油断してるとあたしみたいな腹に、いや、それ以上になっちゃいますよ?」

「ちゃ、ちゃんと量は考えて食べてます!」

 その様子を見て、文は自分の母親に似ているな、と思った。年をとったら、こういう愛嬌のあるおばあちゃんになりたいものだ。
 ついでに女中がお皿を持ってきたところで、二人はカステラを食べ始めた。

「うーん、甘さが程々で実に私好みです!」

 ほっぺたが落ちそうだ、と言うように阿求は頬を手の平でおさえる。

「ふむ、助六さんのオススメだけあるわね」

 文がそう言うと、阿求の動きがぴたりと止まる。

「その情報は知りたくなかったような気がします……」

 助六とは、代々蘭学を学んできた家系の人里の町医者である。腕は確かなのだが、米寿を超えているのにも関わらず、好色なことで有名な人物だ。

「あの人も甘味好きだから、いい店色々知ってるのよ」

「……あの方は、女の子と仲良くなるために甘味好きを名乗ってる気がします」

 顔をしかめて阿求は呟く。助兵衛助六とあだ名される彼の悪名は、稗田家まで轟いていた。
 物を口に含み始めて少し会話が途切れたところで、文は椛と自分の両親の話を思い出す。阿求の母親が既に他界していることは知っているので、父親について言及した。

「中々美味しいし、阿求のお父さんにも食べてもらいたかったわね」

「それ、は」

 阿求が言葉に詰まる。
 そういえば、余り阿求の父親の話を聞いたことが無いのを思い出した。

「仲、良くないの……?」

 そう文が聞くと、阿求は目線を下に落とした。

「いや、何と言うか……まあそうですね。別に喧嘩したりするわけじゃないんですが、気付けば喋らなくなってしまったというか……」

 それは喧嘩する間柄よりひどいのではないだろうか。阿求と父親の仲が良くないことを聞いて、文は胸の辺りが重くなるのを感じた。

「お父さんのこと、嫌いですか?」

 脳裏に自分の父親がちらついて、つい聞いてしまった。
 未だにたまに思い出す、あの男は今頃何をしているのだろうか。もう会うことはないだろうが、同じ空の下で彼が生きていると思うと、喉に魚の小骨がひっかかったような気分になるのだった。

「嫌いじゃないですし、今でも仲良くしたいって思うんですけど……向こうはそうじゃないみたいで、私が阿礼乙女なのが余り気に食わないみたいなんです」

 また暗い話になってしまったのを気にしたのか、阿求は取り繕うように明るい声を出す。

「でも、女中さんは皆私によくしてくれますし、こんな私と対等に接してくれる友達もいますから、辛いと思ったことは無いんですよ」

 そう言いながら寂しそうに目を細めて笑う彼女の顔が、文には記憶の中の誰かにダブって見えた。




















「と、いうわけなのよ」

「今仕事中なんだがなぁ……」

「仕事中って釣りしてるだけじゃない」

 釣り具を手に胡坐をかいて大きな石の上に座る椛の横、文が腕を組んで仁王立ちしていた。
 本日の妖怪の山は快晴で、川はその光を受けて輝いている。せせらぎの音も耳に心地よく、現代人にとっては非常に風情のあるものだったが、彼女たちにとってはいつもの光景にすぎない。

「いつも通り警備だが、どうせ好き好んで山に来る物好きなんてそういないからな」

 ため息と共に椛が答える。
 ちなみにこのしばらく後、巫女と魔女が訪れるのだが、それはまだまだ先のお話である。
 付け加えるなら椛は千里先まで見通す程度の能力のおかげで、わざわざ見通しの良い場所にいる必要無く、釣りをしていても許されるのだ。

「で。お前は一体全体何がしたいんだ?」

「そりゃ……何かしたいのよ。折角お父さんと一緒に住んでいるなら、仲良くしないのはもったいないじゃない」

 言葉に詰まりながらも、はっきりと文は答える。 
 ちゃぽん、と音をたて川魚が跳ねた。

「じゃあお前は自分の父親がまだ家にいたとして、仲良くできるのか?」

「それとこれは話が別じゃない。やっぱり、よそ様の家庭の事情に首を突っ込むのは反対?」

 椛はゆっくりと首を横に振った。

「別に。珍しいと思っただけさ。自分勝手な文がそこまで他人のために何かしたいだなんて」

「……まあ確かにそうよね」

 文の性格上、あまり他人の事情に首を突っ込むことはない。
 他人のゴシップに興味津々なのは鴉天狗の性質だが、それも表面だけを覗くだけで深くは関わらない。ましてや文は元々他人にあまり興味が無く、新聞記者になったのも比較的最近の話である。
 だが、あの寂しそうな笑顔を見てしまったのなら、そうはいかないと文は考える。

「でもどうしたらいいのかしらね。親子の仲を取り持つと言っても……」

「とりあえず、父親の方にも話を聞いた方が良いんじゃないか?」

「んー、確かにそうね」

 上物の日本酒でも持ってって挨拶でも行くか、と文は酒屋にいく算段を立てる。その算段の中に自分の酒を買う分も含まれているのは、天狗としての性だ。
 そんなことを文が考えていると、椛が急に顔をしかめた。

「また来たか……」

「お客さんが見えたの?」

「最近、やたら妖怪の山に挑戦してくる奴がいてな。おちおち釣りもできやしない」

 椛が説明する声を遮るように、快活な声が山に響き渡る。

「たのもー! そしてうらめしやー!!」

 文が後ろを振り向くと、森の中から一人の妖怪が現れる。
 一つ目と大きな舌がついた妙な紫色の唐傘をさしている、オッドアイの水色の髪をした少女だ。
 妙ちきりんな風貌だなぁ、と文は呆れとも感心ともつかない気持ちで彼女を見る。

「唐傘オバケの小傘、というらしいんだ。最近こうして道場破りのようなことをしにくるから、手を焼いているんだ。何度負かしても諦めないし」

 椛は手を振って「困ったもんだ」と嘆く。川に向かったままで振り向かない彼女に、小傘は傘を突きつけた。

「さあ、そこの白狼天狗! もう一度私と勝負よ!」

「というわけで、私の代わりに追い返してやってくれないか。文ならもうそんな気が起きないようにコテンパンにできるだろう」

「私の話を聞きなさい!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る小傘に対し、椛は全く目を合わせずに釣りを続行する。

「えー、山の警備は椛の仕事じゃない……」

 不服そうに文はぼやく。すると小傘が何かに気づいたようだ。

「むむっ、そこの烏天狗!」

「な、何よ……」

 いきなり目をつけられて驚いたのか、文は一歩後ろに退いた。ちょっとした緊張が漂う中、椛は我関せずと欠伸をしながら、釣り糸の先の浮きを見ている。

「あなた、一週間前に勝手に人の傘を盗って帰ったわね!」

「何故それを!」

「ふははは。この小傘の【傘を盗んだことを見破る程度の能力】を甘く見ないことね!」

 驚く文に、小傘は名探偵のように指を突きつける。本人も「あれ、そんな能力だっけ」と頭の片隅で思うも、割とどうでも良かったのでそのままドヤ顔をキープする。この能力があれば、コンビニで勝手に自分のビニール傘を持って帰ったのが誰なのか、すぐにわかるだろう。
 椛は相変わらずあぐらをかいて竿をもったまま、低い声で一言つぶやいた。

「お前、ホント性格悪いな……」

「ちがっ……あれは酔っ払ってただけだし! 後でちゃんと返したし!」

「ふふん。慌てて否定するところが怪しいわね」

 得意顔で腕を組む小傘を、文は睨みつけた。
 人里の居酒屋で日本酒をあおっていたら、珍しく酔っ払ってしまったときの話である。文の発言に嘘はないが、特にこの場では意味がない。

「それじゃあ弾幕ごっこに勝った方が正しいとすればいいんじゃないか?」

「ま、それでいいわ」

「それじゃあ一枚ね!」

 小傘が使用スペルカードの枚数を決める。
 何故弾幕ごっこに勝った方が正しいのかはわからないが、なんにせよ椛に上手く乗せられてしまった。

「私も阿求の件で少しむしゃくしゃしてますからね。憂さ晴らしには丁度良いわ」

「ふぅん。どっちの憂さ晴らしになるのかしらね!」

 文と小傘が同時にふわりと宙に浮く。一拍おいてから、二人は急加速して空を舞った。
 椛は獲物が近づいてきたのか、すっかり釣りの方に集中している。

「驚け驚け、うらめしやー!」

 彼女は傘を振り回して弾幕をばら撒いた。
 放射状に赤い光球が飛んでいく。密度も薄く、規則的な動きで読みやすいのか、文はそれを難なくかわしていく。

「この程度ですか?」

「ちょこまかと……羽虫はとっとと堕ちちゃえ!」

 小傘は文の挑発を受けて、一枚目のスペルカードを切る。







――――雨符「雨夜の怪談」








 水色の米粒弾が文に向かって飛んでくる。速度にばらつきがあり、動きも不規則で、先ほどの通常弾幕よりかは避けづらい。
 ただし、ただでさえ速い天狗の中でも、更に高い機動性を持つ文にとっては退屈でしかなかった。
 文は宙で縦に一回転して弾幕を避けると、右手にスペルカードを構える。

「これじゃ憂さ晴らしにもならないわね」

 これ以上付き合っても仕方ないな、と文は考え、早々にスペルカードを使用する。








――――竜巻「天孫降臨の道しるべ」









 文が扇を振るうと、大気がうねりをあげて竜巻を形成する。

「んなぁっ?!」

 小傘が驚愕の声を上げる。竜巻の風に巻き込まれた自分の弾幕が、小傘の方へ牙を剥いたのだ。
 この竜巻の前では半端な速度の弾幕では文の弾幕として利用されるだけである。これがマスタースパーク並の威力なら、風に妨害されずに飛んでいくのだが。

「くっ……」

 自分と相手、両方の分の弾幕を避けようと、小傘は必死であがく。
 しかし集中力が限界に達したのか、自分から弾の方へ突っ込んでしまった。動揺して動きが大きくなっているときはよくある事である。

 ピチューン、という独特の音と共に小傘は撃墜されると、丁度椛のいる川の方へ落ちていった。
 流石にこの高さから落ちたら、妖怪といえども無傷では済まないと思ったのだろう。文が扇を振ると、小傘は風に包まれて緩やかに岩の上へ着地した。数秒遅れて文も川辺に降り立つ。

「しかしあれだな。傘を盗んだと言われて相手をぶちのめすとは、中々歪んだ性格――――」

「だから盗んでない!」

 涼しい顔で椛は水をさした。とはいえ一応礼は言う。

「冗談はおいとくとして、すまんな」

 彼女が礼を告げると、文は怪訝そうな顔をした。

「礼を言うのはいいけど、この子は諦めずにまた来るんじゃない?」

「そうだろうね。ただし次から勝負を挑む相手は私じゃなく、文の方になると思うが」

「あ……成程」

 負けた小傘は、これから文にリベンジしようと付きまとうことになるだろう。椛はそれを見越していたのだ。
 してやられた、というように文は頭を押さえた。





















 轟々と雨粒が家屋を叩いている。その音はセミの鳴き声も、廊下を歩きまわる人々の足音も、すべての雑音を掻き消すほどだった。雨戸をしめ切っていなければ、今頃部屋の中は大惨事だろう。

「外は酷い雨ですね」

「ああ。田んぼや橋が流されてなきゃいいんだが……」

 文はこの前と同じように、稗田家の客間に座っていた。前回と違うのは、四角いちゃぶ台の向こう側にいるのが、阿求の父親という点だ。椛のアドバイス通り、文は阿求の父親と話に来たのだ。
 短髪の中肉中背の中年。口元に蓄えられた髭のせいで少し老けて見えるものの、そう年は食っていないだろう。見た目はあまり阿求に似ているとは言えないが、目元を見ていると若い頃はそこそこの好青年であったことが想像できる。

「急な訪問で申し訳ありません」

「いいや、どうせこんな雨の日は暇だから丁度いい。新聞屋さんにはいつもお世話になってるしな」

 すまなそうに頭を下げる文に、彼は両の掌を挙げてそれを制止する。
 文の新聞は天狗の新聞の中でも数少ない、人間の読者を有する新聞である(といっても一部の好事家たちにしか読まれていないが)。そして彼はその読者の一人だったため、文とはすれ違った時に少し立ち話をするくらいの仲だった。もちろん阿求のように友人関係というほどではないが、知り合い程度ではある。

「で、今日は何の用なんだい? 新聞のお代は一昨昨日に払ったと思ったが……」

「いつも阿求には資料なんかでお世話になっていて……少なからずこの家にも迷惑をかけていますし、お礼をと思って」

「へぇ、そいつはすまないね」

 阿求の名を出したとき、彼が一瞬だけ目をそらしたのを、文は見逃さなかった。

「そのお礼なんですが……」

「おお!」

 文が風呂敷をちゃぶ台の上に置いてほどくと、阿求の父親は小さく歓声を上げた。

「電気ブラン、というお酒です。お口に合うと良いのですが」

「これは見たことが無いな……」

 彼は顎のひげをいじりながら、もの珍しそうにちゃぶ台の上に陳列された何本もの電気ブランのボトルを見つめる。

「元々外の世界のかくてるという種類のお酒の一種を、天狗が再現したものなので正確には偽電気ブラン、と言ったところですが中々美味しいですよ」

 先日文と椛が訪れたバーで購入した電気ブランである。
 あの天狗バーのマスターは香霖堂の店主のような外の世界好きの天狗で、手段は不明だが外の世界へ忍び込んだ際に電気ブランと出会ったのだ。それから幻想郷に帰った後、血のにじむような試行錯誤を繰り返し、やがて電気ブランの味をこの幻想郷で再現したのである。
 彼のその努力たるや、一冊の本が書けてしまうほどのハートフルストーリーなのだがここでは割愛する。

「それでは湯呑を……」

「あ、グラスを持参したので大丈夫です。それに西洋のお酒に湯呑だと、少し情緒に欠けちゃうじゃないですか」

「かたじけないね」

 彼の手につかまれたグラスの中に、なみなみと琥珀色の液体が注がれていく。
 ゆっくりとグラスは彼の口元へと運ばれる。少量だけ口に含んで飲み干すと、彼はグラスをちゃぶ台の上に置いた。

「お味はいかがです?」

「これは……中々アルコールが強いが、その割には甘くて美味いな」

 好みにぴったりの味だったのか、彼の口元は無意識の内に緩んでいた。文に礼を言うと、彼はまたグラスに口をつけた。

「しかし電気ブランとは変な名前だな。やっぱり口の中が痺れるほど、度が強いとかそういう理由かい?」

「そういう俗説もあるみたいですけどね。実際には電気ブランが名づけられた時代、電気という言葉が流行っていたんですよ」

 阿求の父親は眉間に皺を寄せて、首をひねってわからないという素振りをする。

「どういうことだ?」

「何と説明したらいいか……電気というのは明治時代、超だとかハイパーだとかの言葉と同じ感覚で使われてたんです」

 文の説明を聞いて少し考えた後、納得したのか彼は手をポンと叩いた。

「あー、成程。一時期里でも永遠亭団子とか永遠亭軟膏とかいう商品が流行ったな。永遠亭は関係なかったが」

「詐欺じゃないですか、それ」

「そのあと、永遠亭のウサギが名前の使用料を請求し始めたとか」

「流石だ……」

 使用料云々を言い出したのは多分あの悪戯ウサギだろう。そう文は決めつけた。
 ちなみに似た使われ方をした例と言えば、帝国という単語がそれにあたる。一時期、帝国という言葉が流行り、さまざまな企業が帝国という言葉を使った。帝国ホテルもその中の一つである。
 現代で類似した例を挙げるなら、遠赤外線とかマイナスイオンといった言葉たちだろう。遠赤外線パンツだとか、とりあえず付けとおけば、商品がなにかしらの効力を持っているように思わせることができるから便利だ。

「電気と言えば、あれも電気ですか?」

 文が部屋の隅に視線を向ける。
 そこでは和室に似つかわしくない、黒いランタンが部屋を照らしていた。現代の蛍光灯ほどの輝きはないものの、蝋燭よりかははるかに明るい。

「ああ。ありゃ魔力で動いてるらしい。町の寄合に来た魔女が要らないからってくれてな。何でも大気中の何かを集めて云々ってシロモンだそうだ」

 そのランタンは、何を血迷ったか町内会に出てきた七曜の魔女から譲り受けたものである。正確には大気に散在する雷精を集めて光る仕組みだ。
 ある種のソーラー発電のようなもので、丸三日チャージして三時間程度しか使うことができない。もっとも、夜暗くなればすぐ寝てしまう里の人間からすれば、十分すぎる代物だ。

「こういう雨の日は重宝しそうですね」

「ああ、外にも出られんから、大体碁の勉強をするくらいなんだが」

「囲碁を嗜まれるんですか?」

「おう。もしや新聞屋さんもやるのかい?」

「同僚には負けてばかりなのですが、一応」

 文が頬をかきながらそう答えると、彼の表情が急に明るくなった。

「おお! ではちょいと俺の相手をしてくれんか? 最近碁会に出られなくてな」

 彼女が頷くと、彼は部屋の押入れから碁盤を取り出そうと中を漁る。
 そんな彼の後姿を見ながら、文はこの家の親子関係が上手く行っていないのを不思議に思った。阿求と仲が悪いということは、父親の性格に難があると考えたのだがそうは見えない。話す限りは好印象だ。
 やはりそのあたりについて、直接聞いてみるしかないのだろう。

「あ、私が黒もらってもいいですか?」

 阿求の父親は頷きながら、碁盤をちゃぶ台の隣に置いた。二人はそれまで座っていた座布団を、碁盤の前にずらす。
 ちゃぶ台に置かれた電気ブランを飲みながら、二人は対局を始めた。酒が大分回ってきたのか、白い碁石を打つ彼の指は赤くなっている。
 序盤は酒の勢いもあってか、白の碁石も黒の碁石も、テンポよく置かれていく。

「いやー、ウチには碁が出来る奴がおらんからな。相手になってくれると助かる」

 その言葉に文は違和感を覚える。
 黒い石を小気味良い音を立てながら打つと同時に、彼女は切り出した。

「阿求とはやらないんですか? 彼女も囲碁ができるはずなんですが……」

 それまで止まることの無かった彼の手が、完全にぴたりと動かなくなった。
 少し間を空けて、彼は逃げるかのようにグラスへ手を伸ばし、口元へ運んだ。

「そう、だったかな」

 言葉に詰まりながら彼は答える。

「おかしいですね。彼女はかなりの囲碁の愛好家で、父親のあなたが知らないなんて」

「……」

 言い過ぎた気もするが、大丈夫だろうと文は彼の顔をうかがう。
 これだけアルコールが回っているのなら問題ないはずだ。

「……俺とアイツは、何年も会話していないんだ。そんなことできるはずないだろ」

 うつむけた赤い顔から、ぼそぼそと声が漏れる。

「何で、そんな風になってしまったんですか?」

 文が問いかける。それは詰問するような厳しい口調ではなく、どこか悲しげな声だった。

「多分、女房が生きていたら、こんな風にはならなかったんだろうな……」

 手元に視線を落として、彼は語り始めた。文に向かってい話している、というより独り言のようにも聞こえる。
 何時になってもやまない雨の音が、耳にまとわりついてうざったい。 

「俺の妻がアイツを産んだ後、どうなったかは知っていると思う」

 文は静かに頷いた。
 元々体の弱かった阿求の母親は、出産に耐えきることができず、阿求を産んだ後まもなく死んでしまったのだ。

「妻に先立たれて俺は絶望した。そんな中、あの子が生きていてくれることだけを支えにして、自分の心を騙し騙し日々を過ごしてきた」

 思えば妻が死んでから一度も泣いていなかった、と彼は続ける。阿求は中々ハイハイを覚えず、言葉も話せるようにならなかった。不安で押しつぶされそうになることもあった。それでもたまに娘が笑ってくれるだけで、救われるような気分だった。
 グラスの中の電気ブランを飲み干して、彼は次のボトルを開ける。まるで何かに憑りつかれたかのように。

「でも……アイツの三歳の誕生日のとき、アイツが阿礼乙女になってからだ……」

「前世での記憶が戻った時ですね」

 文は即座に阿求との会話を思い出した。受け継がれる記憶は膨大であり、その解凍には三年間かかると。記憶のダウンロードが終わる日のことだろう。

「あの子は中々言葉が話せなかった。俺はそのことを気に病んではいたが、何とか言葉が話せなくてもいいと吹っ切れ始めたころだ。それが三つの誕生日のとき……」

 頭を手のひらで押さえながら、彼は震えた声を絞り出した。

「急に正座で『今日から私は阿礼乙女です。よろしくお願いします、お父様』と言ったんだ。それまでおっとう、とすら言えなかったあの子が……ッ!」

「それは……」

「祝うべきことなんだ。喜ぶべきことのはずなんだ。だが俺には……あの子を気持ち悪いとしか……ッ……阿礼乙女という悪霊が、あの子に憑りついたようにしか思えなかったんだ!」

 彼がグラスをちゃぶ台に叩きつけた。
 後には彼が息を荒げる音と雨が建物を叩く音だけが残る。 
 文は想像してみる。懸命に育てた、言葉も話せないけれど愛しい赤子。しかしそれはある日を境に、並みの大人以上の知識を持って、理路整然と話すのだ。
 彼女はふと、育てていたクワガタの雌が、全く別の昆虫だときづいた時のことを思い出してしまった。

「しかし、それでも……」

 文はその感覚をを否定する。そんなことはない、と自分に言い聞かせるかのように。

「父親はな、常に我が子が本当に自分の子供なのか、不安なんだよ……俺にはアイツが、阿礼乙女という悪霊に托卵された子に見えるようになってきてしまったんだ。カッコウの卵を育てていた親鳥の気分さ」

「それでも阿求は阿求です。膨大な知識を与えられても、阿求は阿求です!」

 文は声をあらげて否定する。
 急に言葉が話せるようになったのは、あくまで知識が与えられただけで、本人の性格や思考はそのままだったはずだと。
 グラス一杯の電気ブランを飲み干して、彼は自嘲するように微笑む。

「そうだろうさ……知識と少々の前世の記憶が与えられても、大本はあの子のままだったはずだ。俺も冷静になって、アイツの父親として接しようと……したさ」

 そう言って彼は息を吐き出して、また言葉をつむぐ。 

「でも、理路整然としているアイツと話していると、違和感の方が先行していくんだ……当たり前だよな、こっちは自分の子供として接しようとしてるのに……あっちは大人の知識をもっているんだ……話すたびに気まずさを抱えるのが嫌になって……今のザマさ……」

 父親が少しでも間違ったことを言うと、娘は知識があるのでそれを否定する。知識は大人並でも、精神が子供なのでそれを黙って放っておく処世術などは持っていない。
 そういった具体的な辛さもあれば、単純に大人びすぎた幼子が怖くなってしまうという、感覚的な問題もあった。

 この家が稗田でなければどれ程良かっただろうか。
 ひょっとしたら今頃二人で、ぽつぽつと語らいながら囲碁でも打っていたかもしれない。
 しかしそれは意味のない仮定だ。そうはならなかったのだ。

「なんとか、ならないんでしょうか」

 それは質問でも説得でもなかった。哀願と言った方が近い。
 彼は俯いたまま、低い声で答える。

「今更、どうしろと言うんだ」

 二人はそれ以上口を開くことができなかった。父子が疎遠なのは、阿求が稗田乙女であるというのが原因であり、それ自体は変えようがない。父親の思考ではなく、感覚が問題なのだ。好きだとか気持ち悪いだとかと感じる心そのものは誰にも否定はできない。
 文は自分に何もできないのか、と無力感と唇をかみしめた。
 雨粒が戸を叩く音だけが聞こえる。
 しばらくすると、その中に廊下を走る足音が混じり始めた。段々と大きくなってきたその足音は部屋の前で止まり、ふすまが派手な音をたてて開いた。

「阿求様はいらっしゃいますか?!」

 現れたのはお菊という、先日に会った稗田家の女中だった。
 ただしその血色の良い顔は前と違い青ざめていて、小刻みに体が震えている。

「どうしたんだ、そんなに慌てて」

 家の主がそう問いかけると、女中は早口に答えた。

「阿求様が見当たらないんです! しかも阿求様の履物が一足無くなっていて……」

「―――!」

 それが意味するところは一つだった。
 これほどの豪雨の日に、体の弱いあの阿求が外に出ているのだ。
 二人は数秒の思考の後、同じ結論にたどり着いていた。それはもしあの会話を阿求が聞いていたら、というものだ。親に気持ち悪いと、お前は悪霊だと言われた子がショックを受けないはずはない。
 そう考えると先ほどの会話のさなか、部屋の近くを誰かがこっそりと歩いていたような足音がしていた気がする。

「阿求ッ!」

 文は体を崩すように走りながら、玄関を目指して廊下を走る。下駄をはいて戸を開き、豪雨の中へ出る。
 黒い翼を広げて空に羽ばたこうと、離陸してある程度の高さに達した瞬間―――

「なっ?!」

 視界いっぱいの水色の弾幕が彼女を襲った。
 自慢の速度で回避しようとするも、急なことで動揺したのか数発がかすってしまった。

「ここで会ったが百年目よ、烏天狗!」

 弾幕を放ったのは、雨の中で不敵な笑顔を浮かべる小傘だった。文が稗田邸に入るのをたまたま見かけたらしく、待ち伏せしていたようだ。
 面倒な奴に出くわしてしまったな、と文は小さく舌を打つ。

「まだ三日前くらいに会ったばかりじゃないですか」

「私はリベンジの機会を一日千秋の思いで待ったのっ! つまり三千日は待ったということよ!」

「その計算でも十年も行かないですけどね」

 文の指摘に彼女は少し眉をひそめる。だがすぐに取り直して、指をぴんと突きつけた。

「とにかく勝負よ!」

「弾幕ごっこに付き合っている暇はありません。今なら見逃してあげますから、とっとと逃げなさい」

 調子外れなことを言い続ける小傘に対し、文はイラつきを隠せない。
 こんなところで足止めを食らっている場合ではないのだ。阿求がこの雨に打たれて、無事でいるとは考えづらい。

「私に負けるのが怖いようね……そうはいかないわ。今日は三枚で勝負よ!」

 小傘が一方的に弾幕ごっこの開始を宣言する。
 烏天狗の巡航速度なら付喪神一人振り切ることくらいわけはないが、文の目的は人里の何処かにいるだろう阿求を探すことだ。妖怪の山に逃げ込んでも意味がない。見逃してくれそうもないし、ここで手早く倒してしまうのが一番だろう。
 そう判断して、文は無言で天狗の団扇を取り出した。

「これでも喰らいなさい!」

 小傘は一枚目のスペルカードを使い、弾幕を展開した。







――――驚雨「ゲリラ台風」






 宣言と同時に、多量の青い光球が斜め前から叩きつけられる。

「んなっ?!」

 文は目を丸くして、一瞬呆気に取られる。そのせいでかなりギリギリの回避を強いられる。
 先日の弾幕とは、密度も速さも段違いだったのだ。

「本日の天気は大雨! 今の私こそがベストコンディションよ!!」

「……成程」

 妖怪にしろ神にしろ場所と状況によって、その力量が大きく変わる。
 狼男は満月の夜にこそ最高のパフォーマンスを発揮するし、土着神は固有の土地から引き離されれば、その辺の雑魚妖怪と大差なくなってしまう。
 唐傘オバケは雨の日にこそが、最も力を出せる日なのだろう。

「あっれれー、これが本気? 手を抜かずに戦いなさいよ!」

「この……」

 こんなところで何を手間取っている。早くあの子を見つけないと。
 そういった焦りが一層文の動きを鈍くしていた。
 イラつく文の姿を見るのが面白かったのか、小傘は更なる挑発を加える。

「そういやおかっぱ頭の女の子がさっき走って出てきたわね」

「それが、どうしたってのよ」

 妖怪らしい暗い笑顔で、彼女は言った。

「あの子を狙おっかな? 川に突き落としたりなんかしたら、とっても驚きそうだし」

 プツリと、文の中で何かが切れる音がした。

「雑魚妖怪風情が……」

「んー、何か言った?」

「一度だけ警告するわ」

 自分でも驚く程に低い声が出る。
 ぎらつく暗い眼光で、彼女は小傘を睨みつけた。

「手加減してあげられないから、逃げるんなら本気で逃げなさい」

 その視線と目があうと、小傘の背筋を冷たい何かが這い回った。
 一周回って逆に冷静になったのか、文は向かってくる弾だけを冷静に見極め、難なく弾幕を回避していく。

「きゅ、急に動きが何か良くなって……」

 今度は小傘が焦る番だった。
 その間に文はスペルカードを構える。

「行くわよ」














―――――「幻想風靡」

―――――岐符「天の八衢」

―――――逆風「人間禁制の道」

















 幻想風靡の黄緑の米粒弾が、岐符の緑の光球が、逆風の風と岩や木が小傘を襲う。
 必死で彼女はそれを避けようとするが、動きも大きく上手い避け方とは言えない。

「……ちょ、ちょっとぉ?! 3枚同時発動とか反則じゃない!!」

「そんなルールはありませんよ」

 避ける場所ができるように一枚一枚の密度を薄くしているため、一応反則には当たらない。
 とはいえ小傘がその事実に気づく余裕はなく、動揺したまま何種類もの弾幕を避けなければならなかった。

「ん、あれ?」

 気づけば弾幕の密度が薄くなっている。幻想風靡の米粒弾が新しく出ていない、つまりは文が何処かに消えてしまったのだ。
 何処に逃げた、と小傘が周囲を見回そうとすると、すぐ後ろから声が聞こえてきた。
 冷たい声だ。

「言ったはずです。弾幕ごっこに付き合っている暇はない、と」

「ぎッ……!」

 次の瞬間には、文の神速の蹴りが小傘の脇腹にめり込んでいた。数拍遅れて彼女はその衝撃で吹っ飛ぶ。
 空中だったせいもあり、壁にぶつかって止まることもなく、妖怪の山の方へ紫色の傘諸共すっ飛んでいった。付喪神の飛ぶ速度では、人里に戻ってくるまで、相当時間がかかるだろう。

「妖怪だから死にはしないでしょう」

 しかしやりすぎたような気もするので、後で何かしら埋め合わせをしよう。
 そう考えて、一時小傘のことを頭の隅に追いやる。

「さて……」

 上空から人里を見回してみる。見晴らしはこの上なく良いはずだが、雨のせいで視界が悪い。わかるのは川が轟々と音を立てて流れていることぐらいだ。

「くそっ……」

 彼女の父親と話していた時間からしても、阿求が人里を出ているとは考えづらいが、そうでないとも言い切れない。そうすると探すのはかなりの手間だ。
 小傘に待ち伏せを食わなければもう少し探しやすかったはずだ。というか小傘が阿求の居場所を知っていたかもしれない。そう考えると小傘を妖怪の山まで蹴り飛ばしてしまったのは失敗だ。あの程度の挑発に乗って、自分は何故ここまで冷静さを欠いているのか。
 そもそも自分が父親を問い詰めたりなどしなければ、阿求だってあんなひどい言葉を聞く必要もなかったはずだ。

「ああもう、何してんのよ私は……!」

 頭をガシガシと掻き毟る。やることなすこと裏目に出てしまう自分が憎くて仕方ないようだ。
 どうすればいい、どうすれば。今から自分に何ができるだろうか。

「随分困っているようだな」

「椛!」

 文の後ろに唐傘ををさした犬走椛が浮いていた。

「アンタどうして……」

「新しくできた洋菓子屋に行ってたら急に降ってきてな。仕方なく雨宿りをしていたら面白い物が見えたから、こうして出張ってきたわけさ」

 彼女は千里先まで見通す程度の能力。哨戒にはぴったりの能力だ。弾幕ごっこを行っているともなれば、即座に気づくだろう。

「読唇術もできるから、事情は大体わかってる。彼女は霧雨道具店の近くの橋にいるぞ」

「……恩に着るわ」

「なに。旨い洋菓子屋を教えてくれたのと、しつこい付喪神をコテンパンにしてくれた礼さ」

 微笑む椛に、文は「今度奢る!」と言い残して飛んでいった。
 飛んでいく彼女の後姿を見ながら、椛は気だるそうにぼやいた。

「一応あの傘娘を拾ってくか」

 雨が止むまで山に帰る気はなかったが、こう濡れてしまってはもうどうでもいい。
 飛ぶ直前、彼女は振り返って文が向かった方に目を向けた。

「……頑張れよ」

 理由はわからないが、文があれほど人のために必死になっている姿を見るのは初めてだった。彼女とは幼馴染だったが、子供の時はもっと他人に興味がなかったように思う。
 結果がどうなるかはわからないが、少しでも彼女達に幸福な結末が訪れることを、椛は願った。























「阿求!」

 橋の上で、阿求はぼうっと突っ立っていた。ハイカラな着物も、綺麗な髪もずぶ濡れだった。いつ川に飛び込んでもおかしくない雰囲気だ。
 文は橋の手前に着地して、彼女の元へ駆け寄る。

「帰りましょう。体が弱いんだから、こんなとこにいたら死んじゃうわ」

 文が阿求の手を掴むと、彼女はそれを乱暴に振り払った。

「阿求……?」

「帰るって、何処へですか」

 暗い光をたたえた瞳が文を見つめていた。いや、その目はもう目の前にいる文のことを見ていないのかもしれない。
 普段とは全く違うトーンの声に狼狽しながら、文は何とか阿求を説得しようとする。

「それは……あなたの家によ」

「私の家? 私はあの人の娘じゃなくて、悪霊の娘なのに?」

 自らを嘲り笑うように、阿求は歪んだ笑みを口元に浮かべた。

「あの人も私をカッコウの子供と喩えてたじゃないですか……きっと私みたいのじゃなくて、もっと明るくて、同年代の子供と同じように外を自由に駆け回る子が産まれたはずなんです。それを押しのけて、私が生まれてしまったんです」

「それは違うわ! あくまでそれは貴方が阿礼乙女として産まれなかった場合の仮定よ!」

 文はあくまで阿礼乙女としての記憶と知識が植えつけられる前と後の阿求を、同じ人物だと主張する。きっとそれは正しいのだろう。しかしその声は阿求の元まで届かない。

「事実そうなのかもしれません。ですが、これ以上私はあの人と同じ家にはいられません。あの人だって、こんな気持ち悪い生き物と一緒に居たくないでしょう」

 なんで、と文は胸をかきむしりたい気分になる。
 私とは違うじゃないか。せっかく血のかよった父親がすぐ近くにいて、一緒に暮らしているのに。もっと仲良くなれたかもしれないのに、どうしてここまですれ違ってしまったのか。

「阿求の父さんは、きっと急な変化に動揺しただけよ。きちんと向き合えば……」

「私だって、父さんと仲良くしたかったに決まってるじゃないですかッ!!」

 阿求の叫びに、文の体が一瞬こわばる。
 彼女の悲痛な叫びは、雨音にかき消されて、文以外の誰かが聞くことはない。

「だったら……」

「無理なんですよ……阿礼乙女は忌み嫌われ、疎まれるのが普通なんです」

「そうだったら、阿礼乙女の生誕祭なんてものがあるのはおかしいわ」

 阿求は静かに首を振った。

「そういう風な環境を、閻魔様など関係者が作り上げただけです。文さん。初代の、稗田阿一の幻想郷縁起がないことに気づいてましたよね。何でだと思います?」

 文は口元に手を当てて思い返す。
 確かに阿求から幻想縁起を借りたとき、確かに初代の分が欠けていた。文はその代では編纂する前に御阿礼の子が妖怪に殺されてしまったのだろうと推測した。
 そのことを話すと、阿求はそれを否定した。

「それはおかしいです。妖怪の弱点を集めた書物を作ろうとするなら、人間側は当然それを秘匿しようとしますよね? 二代目からは既に本が広まっていましたから、妖怪に襲われる危険性も増したでしょう。しかし……初代だけは妖怪側に知られることなく、幻想郷縁起を編纂することが可能だったはずなんです」

 そこまで聞いて、新聞記者が本職の射命丸文は気づいてしまった。何故、稗田阿一が幻想縁起を編纂できなかったのかを。
 確かに初代にだって確率こそ低いものの、妖怪に襲われた可能性はある。だが、それよりもっと危険な生き物がいるではないか。

「稗田阿一は……人間に殺されたんです」

 忌み嫌われるべき歴史を、彼女は打ち明けた。
 今でこそ幻想郷有数の名家として名を馳せ、生誕が盛大に祝福される阿礼乙女。しかしその初代は人間に殺されたことを。

「……それは、まだ阿一が赤ん坊のときですよね?」

「流石に……察しがいいですね。冷静に考えれば当たり前です。一度見たものを忘れず、大人並の知識を備えた赤ん坊がもし生まれたら……神の子として崇められるか、鬼子として殺されるかの二択です」

 詳しい話はこうだ。
 あるムラに突然、大人の言葉を話す三歳児が現れた。両親は大層驚き、ひとまずムラの長老に話を通しに行く。当時の長老はシャーマン的な役割も果たすもので、彼は阿一を鬼子と断じ、村に悪影響が出る前に殺すように命じた。もしかすると、阿一は長老を何らかの形で言い負かしてしまい、それが彼の神経を逆撫でしてしまったのかもしれない。
 その対応を知った関係者は驚き、二代目からは入念に根回しした土地に阿一を阿爾として転生させた。

「間抜けな話ですよね……転生させた人たちは、転生先の人々の反応を想像できなかったなんて……とにかく、阿礼乙女というのは気持ち悪いと思われて当然なんです……」

 誰よりも聡明なはずの少女は、静かに涙を流していた。雨の降る音だけが聞こえる。
 これでは呪縛ではないか。阿求は御阿礼という呪いに憑りつかれているようだ。

「阿求、もういいわ。話してくれてありがとう。でも、あなたは決して気持ち悪くなんかないわ」

 文はゆっくりと阿求を抱き寄せた。彼女を説き伏せる術を文は知らず、ただ抱きしめて誤魔化すしかなかった。
 阿求の肩が震えているのは、体調の悪さと、度し難い悲しみの両方だろう。
 しかし彼女の目は焦点があっておらず、文の声が届いているのかも怪しい。

 自分の肩に届くほどの身長もないこの少女は、小さい体にどれほどの孤独と自己嫌悪を抱えて育ってきたのだろう。
 同年代とは会話が合わず、親からは疎まれて。最近になってようやく友達との距離感をつかめたのだろうけど、それでも幼い頃に親に愛されたことがない、というコンプレックスはそう払拭できるものではない。それができるとしたら、それもまた親の愛情しかないのだろう。

「文さん、私……」

「ひとまず私の家でもいいから、屋内に入りましょう。こんなところで雨に打たれてちゃ、体がもたないわ」

 文の声は阿求に届かず、彼女はそれを言ってしまった。
 嗚咽まじりに、裏返りかけた声で。
 それは、阿求の中でずっと育まれ続けた感情だった。

「最初から、生まれてこなければ良かった…………!」

 文にはもう、彼女を抱きしめることしかできなかった。 





















 雨はまだ降りやまない。
 薄暗い八畳程度の部屋の真ん中に、文は立ち尽くしていた。その足元には布団に寝かされた阿求がいる。
 呼吸は浅く、汗の粒が浮き出ていて、顔はほんのりと赤い。服を白襦袢に着替えさせたが、それも既に汗で湿っている。
 あれから気を失った阿求は、文の手によって人里の診療所に運び込まれた。あれだけの豪雨に降られたのだ。熱が出るのも当然だ。

「私、は」

 俯いたまま文は一人ごちる。
 結局、自分には何もできやしなかった。自らの情けなさに、思わず笑ってしまうくらいだ。

「命に別状はねェよ。まあもう少し放っておいたらどうなってたか、わからんが」

「助六さん……」

 部屋の襖が開いて、割烹着のようなものを着た、しわくちゃの老人が出てくる。
 町医者の助六だ。

「ほら。いつまでもそんな格好してないで着替えとけ。おっさんのお古で悪いが」

 そう言うと彼は、文に向かって手ぬぐいとワイシャツを投げた。これで体を拭いて、早く着替えろということなのだろう。

「ありがとう……ございます」

「おめェさんまで風邪ひいちまったら笑えねーからな」

 そう言いながら助六は、持ってきた水の入った盥で、阿求の額に乗せられた手ぬぐいを濡らして絞り、もう一度額に乗せる。

「しかしあんたが近くにいてくれてよかった。この子が助かったのはあんたのおかげさ」

「いえ、そんな……私は」

 文は言葉に詰まる。阿求がこの雨の中出ていったのは、元をただせば文のせいでもあるのだ。とてもじゃないが、阿求を助けてやったという気分などにはなれない。

「あ、脱いだワイシャツはうちに置いてくれっと助かる。儂のオカズになるからの」

「おいコラこのエロジジィ」

 流れを無視してさらりと出てきた助六の変態発言に、ほぼ条件反射的にツッコミが入る。
 それを聞いて彼は笑った。

「ヒヒヒ、その意気だ。いつまでもんな辛気臭い顔されてちゃたまんねーぜ。女は笑顔が一番ってな」

 今の冗談は彼なりに自分のことを励ましてくれたのだろうな、と思うと文は頭が上がらなかった。六割くらい本気な気もするが。
 阿求の様子を見た後、彼は立ち上がって部屋を出ていった。部屋の前で立ち止まり、彼は振り返って一つだけ付け足す。

「そのワイシャツはどうせ捨てるつもりだった奴だ、返さなくていいからな」

「ありがとうございます……」

 彼がいなくなった後、文は適当に髪と体を拭く。その後彼女は渡されたワイシャツに袖を通す。
 胸元のボタンを閉じていると足元から、か細え声が聞こえた。

「文さん……私」

「阿求」

 すぐに文は布団の横に腰を下ろす。

「ごめんなさい……私、気が動転してて……それで……」

「いいの。むしろ嬉しいくらいだわ、あなたが本音をさらしてくれて」

 文は彼女の手を握る。熱のせいで暖かいが、指はとても細く、何とも心細い。
 彼女はまた何か言おうとして口を開くが、それは言葉のていをなさず、意識を保っているだけで精一杯のようだった

「今は休んで」

 この子は聡い子だ。恐らくそれは、彼女が阿礼乙女であるとは関係無しに。
 彼女は明日からは元の日常に戻っていくのだろう。生まれてこなければよかった、などと涙ながらに語ったことなどおくびにも出さないだろう。周りの人間は相も変わらず、彼女の悲しみに気づくことはできない。
 しかし彼女は確実にその悲しみに蓋をしたまま生きていく。消えることは決してない。
 私にできるのはそれを忘れるくらい、楽しい日々を彼女と過ごすことくらいだ。
 それでも彼女は最期の瞬間まで後悔し続けるだろう。文にはその確信があった。そういうように死んでいった人物を、文は見たことがあった。

「雨、やまないわね……」

 先ほどまでより弱くなっているものの、雨の音がまだ聞こえる。
 文は雨が嫌いだった。雨音には心をかき乱す何かがあるのだろう。
 その音に、ドタドタと誰かが走る足音が混ざる。そして部屋のふすまが開け放たれた。

「阿求ッ!」

 現れたのは阿求の父親だった。全身が雨でくしゃくしゃに濡れていて、肩は息切れのせいで大きく上下している。彼は布団に横たわる自分の娘の元に駆け寄って、そのそばに腰をおろした。

「阿求は……」

 情けないほどに動揺した彼に、文は説明する。

「命に別状はないそうです。二、三日安静にしていれば大丈夫だそうです」

「そうか……よかった」

 彼は崩れ落ちるようにして、胸を撫で下ろした。口から零れ落ちる吐息は、そのまま彼の不安が体から出ていくようだった。

「どうしてここが?」

「何の考えもなしに家を飛び出て、この子を探してたんだが……助六の診療所に灯りが点いているのをいるのを見て、それで……」

 息を切らしながらも、彼は泣き出しそうな顔をしていた。
 父親が来たのに気付いたのか、阿求がか細い声を振り絞る。

「お父さん……」

「阿求……寝ててもいいんだぞ?」

 心配そうに答える父親の手を、娘はゆっくりとした動きで握りしめた。

「ううん……聞いてほしいことがあるの……」

 切れ切れな息を挟みながら、必死に彼女は口を開こうとする。

「私、ごめんなさい……もっと子供らしい子供の方が……お父さんもよかったよね……私なんか……」

「違うッ! そりゃ最初は戸惑って、今でも聡すぎるお前が自分の子か不安になるときだってある」

 走ってきたせいで乱れた息を整えながら、彼は言葉を紡ぐ。

「でもお前が居なくなって、俺は不安で、怖くて仕方なくって……」

 それは決して理路整然とした言葉ではないが、彼のありのままの本心だった。
 娘が雨の中に消えてしまった後、彼はずぶ濡れになって村中を駆けた。それは世間体だとか、親の義務だとかではない。ただただじっとしては居られなかったのだ。娘が居なくなって、初めて本当に彼女が自分に残された最期の肉親であり、彼女のことを愛していたのだと気付いたのだ。

「お父さん……私、お父さんの娘でいても……いいのかな……」

「当たり前だ!」

 彼は叫んだ。
 それを見て、阿求は目を細めて微笑む。
 父親はようやく気付いた、理解ではなく実感として。彼女がいかに聡明であろうと、その精神はまだ年端もいかぬ少女だと。子供にとって重要な、親からの愛を注がれずに育ってしまったことに。
 何と自分は愚かだったのだろう。自分の娘の世話を、仕事が忙しいと言い訳しながら女中に押し付けて。これでは父親どころか、人間失格だ。

「お父……さん……」

 阿求はまた何か言おうと口を開いたが、まだまだ熱がひどいのだろう。彼女は意識を手放して、寝息を立てながら瞳を閉じた。
 しばしの間、彼は口を開こうとせず、黙ってうつむいていた。

「ええと……」

 文が彼に声をかけようとするが、何を言えばいいのかわからなかった。
 しかし阿求の父親の方が口を開いた。
 それは震えた声だった。

「なあ……新聞屋さん。俺、今からでも父親になれるだろうか」

 その問いに対し、文は確信を持って答えることができた。

「遅くなんかないですよ。逃げたりなんかせず、ちゃんと向かい合えば、絶対に分かり合えます」

 阿求と父親は本当は互いに仲良くなりたいのに、ずっとその距離を縮められずにいた。それは両方共がずっと逃げ続けてきたからだ。
 そんな二人が親子でないはずがない。
 少し臆病で傲慢で、中々自分から歩み寄れないところなど、そっくりではないか。見た目はあまり似てはいないが、性格はよく似ているのだ。分かち合えないなど、そんな心配はいらない。
 文は穏やかな心で、そしてちょっぴり呆れ気味にそう思うのだった。

「おぉ……」

 彼は肩を震わせて、呻くようにして泣いた。その涙は後悔か、自己嫌悪か、それとも嬉しさからか。
 これ以上ここにいても野暮だな。そう考えて文は部屋を後にした。襖を後ろ手で閉めて、そして少し文は動きを止めた。

「嫉妬、しちゃうわね……」

 自分の言葉は全く届かなかったのに、父親の言葉で阿求は救われたような表情をした。自分は何もできなかったというのに。当事者なのだから当たり前と言えば当たり前だが、それでも文は少しだけ悔しかった。
 ため息をついて少し微笑んだ後、文は助六に礼を言ってから、診療所の玄関に向かった。

「おや?」

 戸を開くと、さっきまで轟々と降っていた雨は止んでいた。台風一過というやつだろうか、空はまぶしいくらいの晴天だった。
 それを見て、文はにやりとした。このまま帰るのは妙に癪だ。
 そういえば、と新聞の〆切も芳しくないのを思い出した。流石に文と言えど、今回の一件を記事にはできない。何かネタを探さなければ。

「さて、どっかに取材でも行こうかしらね」

 地面を蹴り飛ばし、鴉天狗は青空に向かって羽ばたいた。




















「あー、流石に俺もいい年だな」

 阿求の父親は一人ごちながら、自分の家の縁側を歩いている。雨に打たれたせいで自分の方も、少し風邪をひいてしまったようだ。
 永遠亭から支給されている薬箱はどこにやったか、と考えていると向こう側から誰かが歩いてくる。阿求だった。
 三メートル程度の距離をとって、二人は立ち止った。視線がぱちりと合い、少し気まずい沈黙が流れる。
 先に口を開いたのは彼の方だった。頭を掻きながら、視線をそらしながらだが、言葉を確かに発した。

「お、おはよう。阿求……」

 彼女はちょっと目を丸くした後、微笑んで答えた。

「おはようございます、お父さん」

 そのまま二人はまた歩き始めた。普通の家庭なら、極々当たり前の光景だったが、二人にとっては当たり前ではなかった。

「よし……」

 阿求の姿が振り返っても見えなくなった頃、彼は小さくガッツポーズをとった。
 とりあえず挨拶はできたな、と考えた後、吹き出してしまった。これではまるで、行きつけの店の従業員に、恋でもした乙女のようではないか。
 自分の姿が滑稽ではあったが、それ以上に彼は嬉しかった。まずは一歩目だ。
 小さい一歩だが、それは何年も止まったままだった時間が動き出した証拠であった。これからきっと囲碁について話したり、歴史の話をしたりするのだろう。

「よっと」

 据え置きの草鞋を履いて、彼は庭に出た。
 妻に思いを告げたのは、そういえばこの庭でだった。ロマンもへったくれもなかったが、妻はあなたらしくてよかった、と言ってくれた。

「なあ、お前……」

 彼は今は亡き妻に問いかける。
 今まで阿求のことをほったらかして、やっぱり怒っているだろう。本当にすなかった。しかしこれからは、父親としての責務を果たしていくつもりだ、と。

「久々に、墓参りにでも行くかな……」

 阿求と疎遠だったことが何となく後ろめたくて、ついつい妻の墓参りに行くことを避けてきてしまった。しかしこれからは違う。阿求の話を墓前でできるのだ。

 こうやって今まで逃げていたことに向き合えるようになったのも、あの新聞屋のおかげだ。今度ウチに来てくれたら、一番高い酒でも奢ってやるのもいい。
 青い空を見上げて彼は思う。今日も彼女はこの青空のどこかを駆けているのだろうか。





















『新聞が嫌いって、どういうことだ?』

 部屋には男性の鴉天狗と、人間なら十もいかないであろう見た目の少女が、畳の上に座っていた。男の方は胡坐をかいていて、少女の方は正座をしている。
 文とその父親だ。
 彼のひげがきちんと剃られているいるところを見ると、周りの妬みと陰謀で新聞記者を廃業する前なのだろう。

『……』

『みんなお前に期待してるんだぞ』

 父親は額を押さえて、何も喋ろうとしないため息をついた。
 文の両親はどちらも有名な新聞記者で、彼らの書く新聞は毎回、大会の上位にいた。当然文もその将来を期待されるサラブレットであったが、彼女は天狗の書く新聞が嫌いだった。
 内輪にしかわからないジョーク、あえて歪曲され報道されるスキャンダル、大会のためにねつ造される事件。彼女には天狗の新聞が、内へ内へと閉じこもる汚らしいものにしか見えなかった。
 今の文々。新聞に人間の読者がいるのも、彼女が天狗向けに記事を書いていないからだろう。

 それに文はさして他人のことにも興味は無かった。どこぞの誰が誰と付き合おうと、誰かのあれそれがそうこうしても、彼女にとってそれはどうでもいい話だった。それを嬉々として新聞にする彼らの方が分からない。

『何でお前に文という名前を付けたと思ってるんだ』

『……』

 より良い文章が、より良い記事が書けるように。そんなことは幼い文も知っていた。
 その期待も彼女にとっては苦痛でしかなかった。空を速く飛ぶことの方がよっぽど気持ちがいい。周りの子供たちが新聞の真似事をする中、文は白狼天狗と遊んだり、ただただ空を飛んだりしていた。

『文ッ!』

 何も言わない娘に、父親は強い調子で声を出した。文はぎゅっと唇を真一文字に閉じたまま、部屋を出て外へ駆けた。

『待ちなさい!』

 文は振り返らない。
 襖を開けると、何故かそのまま外に繋がっていた。

 走り続ける彼女の姿はいつの間にか、今の文と大差ないものになり、周りは傾斜の厳しい妖怪の山ではなく、森になっていた。気付けば雨の降る夜になっている。
 悲鳴が聞こえる。そちらの方へ文は走っていく。その途中には既にこと切れた人間の死体が転がっていた。
 さらに先へ進むと、木にもたれかかった、血まみれの女性がいた。
 文は無表情に彼女を見つめる。傷からするに、最近幅を利かせている狼の妖怪に襲われたのだろう。あの傷ではもう助かるまい。

『……』

 暗闇でよく見えなかったが、紫色の髪から察するに、阿礼乙女とかいう奴だろう。
 最期の言葉くらいきいてやるか、と文が近づくと、彼女は天気の話をするかのように口を開いた。

『あなた……妖怪さん? お名前は?』

 文は目を見開いた。彼女にそんな風なことを喋っている余裕は無いはずだ。明らかに虚勢を張っている。
 幾度か死に逝く人間を見たが、死にたくないと喚くか、愛する家族の名を呼ぶくらいだ。それまで他人に興味のなかった文は、この人間に少しだけ興味を抱いた。

『文。射命丸、文』

『奇遇ね……私も同じ名前なの……稗田阿弥っていうの……』

 微笑むようにして彼女は話す。
 口から垂れ流された血反吐が似つかわしくなくて、いっそ滑稽にすら見えた。

『あなた、阿礼乙女よね』

『ええ……そのせいで、死ぬことになってしまったけれどね……』

『阿礼乙女に生まれて、後悔してる?』

 何でもいいから彼女のことが知りたい。そう思っての質問だった。
 稗田阿弥は瞳を閉じて語る。

『後悔なんかしてないわ……おかげで充実した人生だったもの……ああ、でもそのせいで……阿礼乙女だったせいで……』

 阿弥はふい、と視線を雨を降らせる空に向けた後、もう一度文を見た。

『両親と仲良くできなかったのは……悔しいわ……』

 彼女は目を細めて、寂しそうに笑った。





















 淀んだ意識の中、聞きなれた低い声が聞こえた。

「おい、起きろ馬鹿」

「なんだ、椛か……」

 バーのカウンターには涎の跡がある。酔いつぶれて、そのまま眠ってしまったのだ。少し頭が痛い。
 随分と昔の夢を見たものだな、と文は懐かしい気持ちになる。
 稗田阿弥という人物と出会わなければ、きっと文は他人に興味がないままで、新聞を書くこともなかっただろう。記者にならなければ、沢山の人妖と会うこともなかったかもしれない。
 あの二分にも満たない出会いが、文の人生を大きく変えたのだ。

「あれ、何でこんなところにいたんだっけ……」

「阿求とその父親が、仲良くなれた祝いだとかいって私を誘ったのはお前の方だろ」

「そうだった、そうだった」

 段々と頭がはっきりしてきた。あの二人が仲直りしたのがあまりに嬉しくて、それを誰かにわかってもらいたくて椛を飲みに誘ったのだった。

「そういえばさ、あの付喪神は?」

「ああ。あいつなら、またお前に弾幕ごっこを挑みに行くそうだ」

「暇せずにすみそうね」

 やりすぎたかと申し訳なく思っていたのだが、そこまで元気なら心配ない。この前みたいな卑怯な手ではなく、今度は正面から叩きのめしてやろう。くっく、と文は喉を鳴らして笑う。

「しかし今回、お前も大分熱くなってたな。なんでだ?」

「うーん」

 理由は一つではないだろう。割と数少ない友人である阿求が悩んでいるのもほっとけなかったし、自分が父親と上手く行かなかった分、阿求には仲良くして欲しかったというのもある。
 その辺は椛もわかっていて、しかしそれではここまで文が精力的に動いた理由には一歩たりないと、椛は思っているのだろう。
 そしてその一歩を埋める理由は、先程夢に見た、先代の稗田阿弥にある。

「といっても、お前全く役に立ってなかったがな」

「うぐっ!」

 最終的には阿求と父親は勝手に仲直りしたわけで、文は特に何か直接貢献できたわけではない。むしろ一歩間違えれば、あの二人の仲を完膚なきまでにブチ壊すところだった。
 痛いところを疲れてショックを受けている文に、椛は微笑みかける。

「とはいえお前がいなければ、あの二人はいつまでもあのままだったろうしな。というわけでご褒美だ」 
 椛が懐から封筒を取り出して、すっとテーブルの上に置く。不思議そうに文はそれをつまんで持ち上げた。

「これは?」

「……この中に、行方知れずになってたお前の父親の居場所が記してある」

「――――!」

 急に封筒が重くなったように、文は錯覚した。
 椛は淡々と続ける。

「今更掘り返す問題ではないし、そのまま捨ててくれても構わない。どうするかは文の自由だ」

「椛……」

 文が阿求のために動いていた一方、椛も独自のルートを使って文の父親の消息をつかんでいたのだ。
 その辺の男よりよっぽどイケメンだな、と思うと文の口角が勝手に緩んでいく。

「ああもうっ! 愛してるわ、椛!」

「やめろ、あんまり引っ付くな! 気色悪い!」  

 抱き着こうとする文を、椛は何とか押しのける。酔っているせいかはわからないが、彼女の頬は何処となく赤かった。

「よし、今日はとことん飲むわよ!」

「さっきまで潰れてたじゃないか……」

「あら。熱くなった理由を聞きたいって言ってたじゃない」

 やはり少し興味があったのか、ため息をついた後、椛は追加の酒を注文した。

「マスター、さっきのをもう一杯頼む」

 寡黙な店主ががのっそりと立ち上がり、後ろの酒棚に手をかける。

「そうこなくっちゃね」

 父親と会って、どうしたらいいのかは文にもよくわからない。ぶん殴ればいいのか、和解すればいいのか。長い間、別々の人生を歩んできたのだ。わざわざ関わり合わなければならない理由はないのかもしれない。
 しかし少なくとも、封筒を破り捨てて、無かったことになどしないだろう。あの親子も正面から向き合い始めたのだ。文が逃げるわけにはいかない。

 自分も真っ向から、あのくそったれの父親と向かい合うのだ。
 阿求達親子のことを考えると、何だか勇気が出たような気がした。

「マスター、電気ブランもう一杯!」







小傘が想像以上に悪役してくれません
こんばんわ、真坂野まさかという者です
父親が阿求を気持ち悪いと思うだけの短編ホラーのつもりがどうしてこうなった 

原作設定一部スルーしてます、ごめんなさい
誤字脱字報告批判感想何でもいいので、コメントが頂けると嬉しいです
真坂野まさか
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コメント



0.670簡易評価
2.90名前が無い程度の能力削除
あとがきにある通り、小傘がもう一つ舞台装置の域を脱せていないような
若干曲者な椛がいい仕事してますね
いいもん読ましてもらいました
4.90奇声を発する程度の能力削除
良いお話でとても面白かったです
7.100非現実世界に棲む者削除
良い作品でした。
8.100名前が無い程度の能力削除
父親が阿求乙女を恐れる心理描写に瞠目いたしました。
素敵なお話ですね!若干視界がかすみました。
9.90とーなす削除
私的には小傘にもうちょっと悪役以外の役目を持たせてほしかったですね。急に出てきたと思ったら、文に突っかかってくるだけで、特に物語的な活躍してない……。
もう一つ難を言うならば、せっかく表題にもなってる「電気ブラン」ですが、「絶対にこのお酒」じゃなきゃ駄目! という感じがしなかったのが残念。あれだけ電気ブランのエピソードに文章を割いたのに、メインの「父子の確執」にはあまり絡んでこなくて、そこらへんがちぐはぐに感じられました。
しかし、その電気ブランのおかげで作品の世界観がきっちり固まったような印象もあるので一概に否定はできないですが。

というような部分で引っかかりを感じましたが、最終的にはそんなことどうでもよくなるくらいのいい話でした!
これから阿求と父親が囲碁を打つような場面も、きっと増えるはず。
12.90名前が無い程度の能力削除
椛、マスター、助六と味のある皆さんが印象的。楽しく読ませていただきました。
18.80名前が無い程度の能力削除
父親と娘の関係は面倒くさいもの。
…天狗が戦後日本の人間、あるいは先進国の人間、みたいな核家族形態で育児をすると、強烈な仮定を置くなら、ですが。
19.90愚迂多良童子削除
東方で登場人物の親を考えることってあんまりないから、阿求の悩みはちょっと意外だった。阿求って人間らしからぬキャラクターだから、人間臭さがより鼻に付く。
小傘がなんのために出てきたのか今一分からないけど、面白い作品でした。
純粋培養のはたても見たかったなー。
21.903削除
文、そして阿求の父親の話が上手く絡み合っていたと思います。
阿求の記憶の復活から父親が自身の子を恐れてしまう、
なるほどありそうで無かった話だなーと思って読んでいました。
小傘の扱いだけがやや残念かな? 単なる障害物にしかなっていない気がします。
それ以外は特に粗もない完成度の高い作品だったと思います。