Coolier - 新生・東方創想話

カリスマ動物園

2013/09/18 15:09:04
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     一

「うぅ~……ひ、ひもじいよぉ」

 唐傘お化けの妖怪、多々良こがさは今日も飢えていた。人間からの自己承認を糧とする彼女は、人々を驚愕させることによって充足感を得られるのであるが、そのための試みはことごとく失敗に終わっているのである。

「お墓を追い出されてからもう二ヶ月……ずっとずっと、ひもじい毎日を過ごしているのかな」

 こがさが墓を追い出された理由は至極簡単であり、また当然であった。

「墓場に妖怪が巣食っていたとありゃ、ご先祖様に申し訳がねぇ。どうか一つ、巫女様。これであの妖怪を退治してくだされ」

 そうしてお金を渡されたのでは、博麗霊夢が黙っているわけがない。即刻その日のうちに墓場を追い出され、哀れこがさは流浪の妖怪となった。

「あぁ……もう、これ以上は歩けないのかな。このままあちきは、夜風に吹かれて露と消えるのかな」

 そうしてその場で膝を着き、ガクリと前のめりに倒れこむと、こがさは自分の境遇の惨めなことに耐えられなくなって、ついに泣き出してしまった。

「しくしく……あちきは本当にダメな妖怪なのかな。こんなダメな妖怪は、いないほうが良いのかな。きっとこれは、お天道様が、お前などいなくなってしまえと後生なことをおっしゃっているのかな。うぅ。なんて悲しいのかな……」

 めそめそと、涙を流せば流すほど切ない。どん底になった心は、少しも晴れる兆しはなく、まるでこの日暮れ空のように、彼女の心は暗たんとしている。
 そんなこがさのもとに、ぴょこぴょこと跳ねて近寄ってくるのは白いウサギ。一匹、二匹、三匹……気がつけば、五匹、六匹と次々に集まり、伏して動かないこがさの周りを時計回りに跳ね回るのである。

「うぅ~……ウサちゃんたち、放っておいてほしいのかな~」

 しかし、ウサギたちはそんなこがさの懇願には無頓着で、七匹、八匹と、さらに数を増やしてこがさの周りを飛び跳ねるのである。

「な、なにかな? ウサちゃんたち……あちきに用事があるのかな?」

 そう目の前にいるウサギに問いかけてみたが、ウサギのほうでもわからないらしく、小首を少し傾けると、また輪に戻ってこがさの回りを飛び跳ねはじめた。

「う、うぅ……もう、いい加減に我慢の限界なのかな!! あちきは、あちきは、真剣に困っているのかな!!」

 ガバッとその場に起き上がると、こがさは唐傘を振り回して、右に左にウサギを追い回した。しかし、ウサギの意外な俊敏さと、こがさのひもじさとがあいまって、とたんにクルクルと目を回してしまったのである。

「う、うぅ……今度こそ限界!! もうダメなのかな~」

 そうしてペタンと尻餅をついて、大きな竹に背もたれたこがさは、このときようやく、彼女が迷いの竹林にまで流れ着いてしまったことに気がついたのである。

(そっか。あちき、こんなところまで来ちゃってたんだ。行き場のない、さ迷う妖怪が行き着く場所には相応しいのかな……)

 そうして今度こそはと、まぶたの重たくなるままに任せて眠りに着こうとしたところに、なにやら賑やかな歌声が聞こえてきた。それが段々と近づいてくるのだから、いよいよクライマックスの予感がする。

(もしかして、これが天使の歌声というやつなのかな? あぁ、あちき、いよいよ天に召されるのかな。こんなあちきでも天国に連れて行ってくれるなんて、なんて神様って優しいのかな)

 そんなこがさの思いは残念。全然間違っていたのであった。

   まっかなたいように のぼるたつまきを
   おおきなかいじゅうは なみだでみつめてた
   じぶんのあしあとに りょうてをふりながら
   ひがしへあるいたよ あさひるよるまでも
   うみがみたい ひとをあいしたい
   かいじゅうにも のぞみはあるのさ

 怪獣のバラードを歌ってやってくるのは、天使どころの話ではない。その正反対、悪魔の中の悪魔、吸血鬼……カリスマ大妖怪として名高い、レミリア・スカーレットである。
 レミリアはぴょこぴょこと楽しそうに跳ね回っているウサギに誘われると、こがさの近くまでやってきた。そうしてこの行き倒れている妖怪を発見するや否や、彼女は叫んだ。

「こ、これは……なんてことなの!!」

 血相を変えたレミリアが手に持って掴んだのは唐傘であった。

「うん、ナウい!! 超イケてる!! 最強なカリスマの私にふさわしいハイカラさね!!」

 偶然拾ったこの新しい日傘に、レミリアは気分上々で、もう一曲と歌いはじめた。
 ところが、その歌を阻止する小さなモノたちがいた。ぴょんぴょんと跳ねて脚にからみつく、白い小さなウサギたちである。

「おい、こら、ケダモノ。邪魔よ、あっちへ行け。さもないと……がお~!! 食べちゃうぞ~!!」

 敏捷さが自慢の因幡てゐ直属の白兎たちも、吸血鬼の素早さの前には脱帽であった。大きな一つ目と真っ赤なベロに、ドギツイ紫色の唐傘を振り回して迫りくる妖怪を前にして、冷や冷やしながら逃げ惑うウサギたち。

(あ、今なんか、ちょっと満たされたかも)

 唐傘と少女、二つで一つの妖怪であるこのものたちは、期せずしてレミリアのウサギ狩りによって助けられたのであった。

「ふん、ふふん♪ パチェにちょうど良いお土産できたわ~」

 そう、鼻歌まじりに去っていくレミリアを、まさか放っておくわけにはいかない。

「うぅ~、唐傘かえして~……」

 ゾンビのようになりながら、よろよろとこがさはレミリアの後を追ったのであった。

     二

 レミリア・スカーレットが向かった先は永遠亭。ガバッと夕方に起き上がり、テラスで一人紅茶を飲んでいると、思い立ったが吉日生活。三日前から盲腸の手術で入院しているパチュリー・ノーレッジを見舞いに行くことに決めたのである。
 彼女が親友の入院見舞いとはいえ、わざわざ永遠亭を訪れる労を厭わなかったのには理由がある。起きても咲夜はパチュリーの世話のためにおらず、むさくるしいゴブリンたちの淹れた紅茶は美味しくても今一つ満足できず、図書館に行っても小悪魔が妖精たちと遊んでいるだけであり、妹のフランドールは外出を許可してからあまり家にはいなくなってしまったのであるから、つまりは退屈してしかたなかったのである。
 永遠亭に着くや否や、我が家も同然にズカズカと奥に進み、病室へ入るとレミリアは吼えた。

「はぁい、ぱっちぇ~!! 元気してた? さみしかった? 私の顔が見たかった?」
「全然。うるさいのがいなくてせいせいしていたところ」
「もう、パチェったら照れ屋さんね」
「いや、全然。そんなことな……」
「そうそう!! あれ、どう? どんな感じ?」
「なによ、食い気味に来ないでよ。つうかあれってなによ?」
「あれって言ったら、あれよ。あれ」
「あぁ。手術の様子がどうだったかって? 別に。本読んでたからわからない」
「違うわよぉ。ホラ、盲腸の手術の時って、ね?」
「ね? って……なに?」
「剃ったんでしょ?」
「は?」
「どんな気持ちだった?」
「くっそサイテー」

 そのサイテーという言葉が向けられた対象はなんだったのかはさておいて、そのとき廊下から疾風のごとき俊足で、しかし音もなく病室に入ってくる影がひとつ。

「お嬢様!! 咲夜はお嬢様のおそばから引き離されたこの三日間、少しも生きた心地がべろべろべろぐわぁ!!」
「うっさい。黙れ」
「ぎゃ!!」

 そう言ってレミリアが振りかざしたのは紫色の唐傘鈍器。頭蓋を真っ二つに両断する勢いで振り落とされた一撃に、十六夜咲夜は悶絶してその場に倒れ転げた……はずだったのだが、

「ふふ……残念、ミス・ディレクション」

 平気な姿で斜に構えて、レミリアの後ろに立っているのだ。

「お嬢様が私だと思って打ったのは、美鈴がパチュリー様の要望にこたえて入院見舞いとして持ってきた特大サイズのぬいぐるみ……二分の一スケールのジャイアントパンダ君だったのです!!」
「あんた、人の入院見舞いに何してくれるのよ」
「ぎゃ~!!」

 指から電撃を放ってパチュリーは、背後をさらけ出す無防備な咲夜にキツイ一撃を食らわせた。

「あ~……せっかくの私のパンダ君が駄メイドのせいでスプラッターよ。レミィ、裁縫得意だったでしょ? 直して」
「え~。もう、しょうがないなぁ。その代わり、あんたの入院見舞いに持ってきたこの傘は私のものなんだからね?」
「どうぞどうぞ。ていうか、なによそれ」
「新しい日傘。カリスマな私にふさわしいハイカラな日傘でしょ?」
「あ~、そうね~。最強に見えるわ~」
「やった。褒められた!!」

 そうしてパチュリーはむきゅむきゅして、レミリアはぬいぬいしているところに、恨めしそうなお化けがやってきた。

「か~え~せ~……私の唐傘、か~え~せ~……」

 それが病室の窓から、貞子張りに身を乗り出して言うのだから相応の迫力はあった。

「む、むきゅ!! な、なにコイツ」
「おぉう!! な、なに? 変質者?」
「あ!! あちき、ちょっと満たされたかも」

 せっかく二人が驚いていたというのに、満たされて笑顔になっては台無しである。

「なんだ。ただの妖精のイタズラか」
「こんな大きなぬいぐるみを裁縫するの、久しぶりだから疲れるわ。おい、咲夜。とっとと復活して代わりなさい!!」
「は、ハイ!! お嬢様のご命令とあらば今すぐ!!」

 そう言うと、先ほどまで黒焦げであったのはなんとやら、主人の呼び声に即時復活した十六夜咲夜は尋常ならざるスピードでジャイアントパンダを縫い上げはじめた。

「速いのは良いけど、雑にしないでよね?」
「むぅ……なんか私よりもうまいのがムカつく。咲夜、ちょっと手を抜きなさい」
「はい、お嬢様!!」
「ちょっと!! 妙な命令出さないでよ!!」

 そうしてすっかり忘れ去られたこがさは、窓から半身を乗り出して硬直している。

(う、うぅ。抜けないよぉ。窓、小さすぎ……)

 別に窓が小さいわけではない。そもそも人が出入りするようにはできていないだけのことである。
 それでも、ひもじい生活を続けたおかげか、健康的とは言えないくらいに華奢になったこがさの体躯は、ずるずると前にずり落ちて、「う、うきゃぁああ!!」というすっとんきょうな悲鳴を上げながら病室へと転がり落ちていった。

「い、いったぁ~い……たんこぶできちゃったのかな……」

 そうして頭を抱えてうずくまるこがさを、紅魔館の面々はかなりぞんざいに扱った。

「あんた、誰?」
「妖精じゃなさそうね。ところで、パンツ見えてるわよ」
「あんまり露骨にあざといのは、グッとこないんですよね」

 こがさは顔を真っ赤にして、股をバッと閉じると、

「あ、あの。あちきの唐傘、返してほしいのかな」

 と、照れた顔持ちでレミリアに言った。

「唐傘? ナニソレ」
「あなたが持っている、その傘のことなのかな。それは、あちきの傘なのかな」

 はて、と空とボケた表情をするレミリアを見て、ドン引きの表情でなじるのはパチュリー。

「なに、レミィ。追剥したの? つうか、人様から奪ったものを入院見舞いに持ってくるなんて、どんなトラブルメーカーよ。はた迷惑とか、そんなレベルじゃないんだけど」
「な、人聞きの悪い!! 誰も追剥なんてしてないわよ。これは……そう、拾ったのよ!! 竹林で落ちてるのを拾ったの!!」
「子供でもしなさそうな言い訳ね。そこまで落ちぶれるとは、紅魔館の主の威厳はどこからも感じられないわ。サイッテー」
「や、止めて!! そんな目で見ないで!! ただでさえフランから『かりちゅま』みたいに思われはじめてるのに……イヤー!!」

 そうしてガヤガヤと騒いでいると、ガラガラっとドアを横に引く音が部屋に響いた。

「あのさぁ、いくら個室だからってそんな騒がれると迷惑ウサよ。黙るウサよ。そういううるさいのは鈴仙が当番のときにやるウサよ」

 入ってきたのは、因幡てゐである。

「あ、ちょっと腹黒ウサギ!! 良いところにきた。私の身の潔白を証明しなさい!!」

 レミリアはてゐを見るや否や、ウサギたちから事情聴取して自身の主張が正しいことを説明するよう求めたのであるが、これはとんだ大間違いであった。
 レミリアの尊大な態度と口の悪さにムスッとしたてゐは、まずは配下のウサギたちを寄せ集めると、知っている限りのことを話させた。

(あのコウモリ、私たちをいじめた、嫌なヤツ)
(あの女の子、私たちと遊んでくれた、良いヤツ)

 以上の証言を得て、てゐは宣言した。

「ドン引きウサね。私でも口にすることをはばかられるような空前絶後の残酷無残な物語ウサ。倫理も道徳も、その吸血鬼からは微塵も感じられないウサ。軽蔑するウサ。極悪人ウサ。とっとと唐傘を返してやるウサ」

 そうして唐傘をレミリアの手から分捕ると、てゐはこがさに手渡した。

「わぁ、やった!! やっぱりこれがないとしっくりこないのかな。ありがとうなのかな、ウサギさん」
「うんうん。お礼は何か、かさばらないものをくれればそれで良いウサよ」

 そんなほのぼのとした光景とは対照的に、こちら紅魔館サイドでは阿鼻叫喚の惨状となっていた。

「ほら、やっぱり!! 私も親友をやめなくちゃいけないかも知れないわね。フランにも伝えなくちゃ。安心して、フランのことはこのパチュリーが責任を持って面倒を見るから」
「そ、そんな!! くぅ……この腹黒ウサギ、あることないこと言ったわね!! でも、や、やめて!! お願いだから、フランにだけは言わないで!! これ以上フランから嫌われたら生きていけないわ!!」
「スゴイ!! まさかレミィ、フランに嫌われてることを自覚してたとは。見直したわ!!」

 そうしてしばらくパチュリーは、レミリアをむきゅむきゅ言いながらいびっていたが、さすがにやりすぎた結果として、レミリアのカリスマは崩壊したのである。

「うぉお~ん、おろんおろん……ど、どうしたら良いの? 私はどうしたら良いの、パチェ?」

 泣きむせびながら教えを請うレミリアを前にしてすっきり爽やかな表情のパチュリーは、絶対の自信を持って答えた。

「レミィ、答えはシンプルよ。カリスマをゲットするしかないわ。現状はたしかに危機的な状況にある。でも安心して。大丈夫。私に策があるわ!!」

 この二人のやり取りを聞いていたこがさは、ガバッと身を乗り出してパチュリーに問いかけた。

「か、カリスマ!! あちきも、カリスマをゲットすることができるのかな?」

 とうとつな問い掛けに少し驚いたパチュリーだったが、ニヤリとほくそ笑むと、

「えぇ、もちろんよ。むきゅむきゅ」

 と嬉しそうに答えた。

「カリスマをゲットしたら、みんなあちきのことを恐れてくれるかな? ばぁって驚かしたら、ひぃって腰を抜かしちゃうようになるのかな?」
「そんなことをする必要はないわ。ただそこにいるだけで、人々からあがめ奉られる……これぞ夢のカリスマ生活よ」
「お、おぉ……すごいのかな、カリスマ生活!!」

 具体的にはなにがすごいのかは良くわからないが、なんだかすごそうな印象だけでついつい案にのってしまうのは、さすが幻想入りした妖怪というところ。レミリアもこがさも似たり寄ったりと心得て、パチュリーはもっともらしいことを言いはじめた。

「カリスマ生活は素晴らしいわ。でも、そんな素晴らしい生活を送ることができるようになるためには、相応の試練が必要となる……決して、簡単なことではないわよ?」
「か、覚悟はできているのかな」
「カリスマを取り戻すことができるなら、なんでもするわ!!」
「むっきゅっきゅ。その意気や良し。では、あちきちゃんに質問よ!!」
「はい!!」
「お化けはなんて言って人を驚かすと思う?」
「これはあちきの得意分野なのかな。こうやって、手を前に出して、指を下に向けて……お~ば~け~って言って、人を驚かすのかな」
「はい、三十点。赤点。不合格」
「ががーん!! そ、そんな……」

 ショックのあまりその場で膝をついて四つん這いになるこがさを横目に、レミリアは勝ち誇った表情でパチュリーの質問に答えた。

「ふふ、見てなさい。パチェ、簡単よ。こうやって、手を胸のところにそえて、爪を相手に向けて、そうして笑顔で……がお~!! 食べちゃうぞ~!! ってやるのよ」

 この、いかにもかわいらしいレミリアの回答に、こがさは思わず吹き出してしまった。

「な、なんなのかな。そのかわいいの。ぷふふ。とてもじゃないけどお化けに見えないのかな。そうでしょう?」

 だがしかし、こがさの予想は見事に裏切られた。

「八十点!! 合格!! 二重丸!!」
「えぇ~!!」

 貫禄のカリスマ得点に、レミリアはドヤ顔でこがさを見下ろす。

(これが格の違いというヤツよ……)

 その格の違いは十六夜咲夜を見れば明らかである。

「ぶ、ぐぶぅ!! ひゃ、百点満点……かはぁ!!」
「ひぃ!! ち、血を吐いたのかな!!」

 レミリアから放たれるあまりのカリスマパワーの強さに、人間の娘は血を吐いて倒れたのであった。

「ここが永遠亭で良かったわね。しかしレミィ……なかなかやるじゃない」
「ふふん。こちとらハロウィンで鍛えているからね。年期が違うのさ」

 熱く視線を交わす二人。だが、「しかし……まだ、甘いわ!!」と、まなじりを決して言うパチュリーの迫力に、思わずレミリアも、「むむむ!!」と身構えて言葉を待つ。

「レミィ。あなたのハロウィン仕込みのお化けぶりは、賞賛に値するものだわ。しかし、それはしょせん西洋風。ここは日本。その、文化の差を考慮に入れていないところに、減点の余地があったのよ」

 パチュリーの確信を持った言葉には、特別な説得力があった。さらには彼女が用いたのは平凡な言葉であったが、それ故に熱がこもっており、反論すべからざるオーラが宿っていたのだ。
 このパチュリーの妙な威厳に、おぉっと敬服すべきものを感じるあたりが、多々良こがさとレミリア・スカーレットのちょろいところであるが、そこもまた純粋素朴なところとして、チャームポイントの一つに数えられるあたり、この二人にカリスマの資質有りと言えなくはない。

「そもそも、お化けの鳴き声には定型があり、またそのゆえんもある。それらのことを、ひとつひとつ明らめることができるのは、この紅魔館の頭脳、パチュリー・ノーレッジを差し置いて他にはないわ」

 そう断言されると、ますます信じて疑わないのがこの二人である。「うんうん」と大きく頷いて、すっかりパチュリーの講釈に夢中になった。

「そもそもどうしてお化けが人を驚かす必要があるのか……それはお化けが、つまりは妖怪が、もともとは神であり、その神が人々からの信仰を失い零落した姿として存在するという理解に立てば明白よ。つまり、人間たちに自分を承認してほしいから、人間を驚かすの。だから妖怪は、人間に危害を加えるとは限らない。むしろそれどころか、人間が素直に驚き、畏怖するならば、恩恵までも与える例がたくさんあるわ。これは人間に対する、恨み辛みや怒り憎しみから誕生する幽霊と、妖怪とが大きく違う理由でもあるわね。だから幽霊は、是が非でも人間に害をなさざるを得ない。そうしないと、存在意義を否定することになりかねないのだから」

 パチュリーの言葉を、「うんうん。その通り!!」と答えるレミリアも、「ほぇ~。勉強になるのかな。」とつぶやくこがさも、話の内容などは全然頭に入っていないのだから同じである。だからすっかり洗脳されて、パチュリーの思惑通りになるのだ。

「日本人は、むささびをももんがと呼ぶけれども、これは元来、噛み付くものという意味合いを持っていたの。だから獣肉は、ももんじーなわけ。噛み付くという言葉を古来に求めれば、それは『かもうがな』となる。東北の人々は特に、『か』という発音を弱くする傾向があり、次第に『もうがな』となった。それもまた、時代を経るにつれて変化して、段々と省略されていくの。そう、泥舟海運のサークル名が、気がつけば海運とだけ呼ばれるようになったように……」
「なるほどねぇ。それで、最終的には、どんな発音に行き着いたわけ?」
「それはずばり、『も~』よ。お化けは、『も~!! も~!!』と鳴いて、『噛み付くぞ!! 噛み付くぞ!!』と威嚇するのよ」

 レミリアとこがさは顔を見合わせて言った。

「なんだか牛みたいね」
「うん。かわいいのかな」
「どうせだったら、うんとかわいいほうが良いわね」
「着ぐるみを着たら、かわいくなるんじゃないかな?」
「そうね。それは良いアイディアだわ」

 あまり物事を深く考えない彼女たちは、すっかり妖怪の威厳を顧みないようになって、人間を畏怖させるという目的からはあさっての方向に走り出したのである。
 その姿を見て、ほっこりするのはパチュリー・ノーレッジと十六夜咲夜。

「お嬢様。こんな感じで……カキカキ……黒い斑点の入った牛さんパーカーを作ってはどうでしょうか?」
「うん。良いわね。小さい女の子がパジャマに着てそうでかわいいデザインだわ」
「メイド長さん、絵が上手なのかな。すごいのかな。でも、作るの大変じゃないかな?」
「お任せあれ。紅魔館のメイド長の肩書きは伊達ではありませんわ」
「でも、素材が必要でしょうから、そうね……八雲紫を呼びましょう。スキマを使えば、あっという間よ。なぁに、百万ドルもあげれば、素直に言うことを聞いてくれるわ。最近、西行寺の幽霊が、毎晩豪遊して八雲家の財政まで大ピンチだって噂だもの」
「幽霊はものすさまじいのかな。きっとあの女は、空腹のあまり無念で死んだ幽霊に違いないのかな」

 そんな会話を横で聞きながら、人間も精霊も妖精も妖怪も、大差ないものばっかりだと思うパチュリーは、穏やかな笑みをたたえながら、親友の勇壮な姿をこっそりとハンディカムカメラで隠し撮りするのであった。

     三

「ど~はど~らごんのど~、れ~はれぐらいのれ~、み~はみずちのみ~、ふぁ~はふぁるこんのふぁ~」
「ちょ、ちょっとコトリ。あなた、ずいぶんファンタジーな歌を歌ってるけど、それなに?」
「なにって、トーラ。ドレミの歌に決まってるじゃん」
「変な替え歌作らないの!!」
「変なこと言うの。変じゃない替え歌なんてないに決まってるじゃん」
「う~ん、ああ言えばこう言う」

 迷いの竹林と人里の間は、このごろ交流が盛んになって、往来がずいぶんと楽になった。人間の守護者たる者たちはもちろんのこと、永遠亭の面々も、人間に害をなすモノたちに、にらみをきかせているからである。特に湖畔だ果樹だといった、癒しと恵とを与えてくれる場所においては、しばしば人の姿が見受けられるようにまでなっていた。
 ここもまた、竹林と人里を結ぶ往来の道すがら、清い湖のほとりにて、談笑するのは里の娘である。少しばかり年の離れた姉妹か従姉妹か、一人は金髪のセミロングで二十歳ばかりの面倒見が良さそうな女性で、名前をトーラと言い、もう一人は十歳になるならないの黒髪を短くそろえた元気溌剌としている女の子で、名前をコトリと言う。
 何をするわけでもなく、ただ散策しながら会話を楽しんでいるこの二人のところへ、静寂を破る怪奇が忍び寄ってきた。

「がさがさ、がさがさ」
「ん? な、なに!? 見て、トーラ!!」
「わわ、え、えぇ??」

 そこには頭から足まですっぽりと覆う大きなパーカーを着た女の子が二人。白地に黒のまだら模様に、小さな角が二本付いていることから、

「う、牛さんかな、コトリ?」
「牛でしょ、トーラ」

 ということが判別された。

「ねぇ、コトリ。あっちの子、羽が付いてるわね」
「本当だ。う~ん……でも、作り物じゃない?」
「そうかしら? それにしては、妙にリアルだけど」

 そうしてコトリは、正体のわからないもう一方の牛を見詰めて、

「あ!! あの傘、見覚えあるよ」

 と、何やらひらめいた様子。

「本当? なになに?? だれだれ??」
「唐傘お化けだ。指名手配されてる」
「え!? そうなの?」
「赤ちゃんの面倒を無理矢理見ようとするんだ」
「あぁ、そうなの……あんまり害がなさそうな妖怪ねぇ」
「うん。誰も迷惑してないお化け」

 そんなことを二人で話し合っていると、のしのしと二頭の牛はゆっくりと、しかし力強い足並みで近づいてきた。
 そうして、二人の目の前まで来たとき、両手を前に出して言うことには、

「も~!! も~!!」

 という、鳴き声とも叫び声ともつかぬ、広く知られた牛の言語であった。

「あらあら。牛さん、怒ってるのかしら?」
「お腹すいてるんじゃない?」
「も~!! も~!!」
「はは、牛さんが追っかけてきた。 うひゃ、速いよ!! よ~し、負けない!!」

 そう言って走り出したコトリは、

「パカラ、パカラ!! ヒヒ~ン!! パカラ、パカラ!! ヒヒ~ン!!」

 と、馬のいななき声を真似はじめた。

「ははは、なぁに? こっちはお馬さん?」
「うん!! だって、牛より速いじゃん。お馬さんは、一番速いんだから」
「そうね。よ~し、私も、パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!!」
「パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!!」
「も~!! も~!!」
「きゃはは、楽しい!!」

 そうして駆け抜ける馬二頭と牛二頭。
 四頭が湖を出て進む先の平原には、地底のカラスとネコもどきがいた。

「こいし様、どこに行っちゃったのかな~。いつもの大きな木のところにいると思ったのに、あそこにいなかったら、もうわからないよ」
「そうだねぇ、お空。私たちもさとり様の命令だから探しているけど、どうやったって、見つからないと思うんだよねぇ」
「そうだよね、お燐。今までだって、見つかったためしがないものね」

 そこを通りがかるのは動物の群れ。

「パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!! パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!!」
「も~!! も~!!」

 走り抜けるリトル・ズーに驚いて二人は、目が点となってキョトンとしていた。

「あ、あれなんだろう? お空」
「……」
「お空?」
「わかった!! わかったよ、お燐!!」
「な、何がわかったの?」
「あれはきっとこいし様が無意識のうちに地底で飼っているケンタウロスの健ちゃんがミノタウロスの美乃ちゃんにイタズラをして追いかけっこをしたときの記憶をあの子たちに投影して操っているから追いかけたらきっとこいし様のところまでたどり着けるにちがいないんだー!!」
「す、すっげぇ、お空!! あんた天才か!? よ、よし!! そうと決まれば追いかけよう!!」
「うん、行くよ!! カー!! カー!!」
「ニャー!! ニャー!!」

 そうして駆け抜ける馬二頭と牛二頭とカラス一羽とネコ一匹。
 四頭と一羽と一匹が平原を出て進む先には妖精たちの多く住む森があって、そこではチルノと大妖精が二人で仲良く遊んでいた。

「よし、それじゃアタイが先行ね!! 最強氷龍帝チルノフ・アインハザードを召喚!! 攻撃!! 成功!! チルノフ・アインハザードの特殊能力が発動して大ちゃんの手札はすべて墓地に送られてそれ以降はドローできない!! やった!! 勝った!!」
「チルノちゃん、チルノフ・アインハザードは禁止だよ!! もう少しまともなカードを考えてよぉ」
「う~ん。難しいなぁ。どうせアタイが勝つんだから、どんなカードを使っても一緒だと思うんだけどなぁ」
「うう、たまには私に勝たせてよぉ」

 チルノと大妖精が興じているのは、妖精の間で大人気のカードゲーム「エア・ゲンソウキョー」である。ルールはない。カードは無限大。自由なカスタマイズができて頭がついていればだれでもできる手軽さが最大の特徴であるが、友情を壊すのが最大の欠点となっている。

 そこを通りがかるのは動物の群れ。

「パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!! パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!!」
「も~!! も~!!」
「カー!! カー!! ニャー!! ニャー!!」

 走り抜けるリトル・ズーに驚いて、二人は目が点となってキョトンとしていた。

「あ、あれなんだろう? チルノちゃん」
「……」
「……チルノちゃん?」
「わかった!! わかったよ、大ちゃん!!」
「本当!? あの人たち、何をしてるのかわかったの?」
「うん!! 追いかけっこしてるんだよ!!」
「それだ!! 間違いないね」
「よし、アタイたちもまじろう。楽しそう!! それじゃアタイたちは……ドラゴンね!! JAOOOOOOOOOO!!」
「じゃ、JAOOOOOOOO!!」

 そうして駆け抜ける馬二頭と牛二頭とカラス一羽とネコ一匹とドラゴン二体。
 四頭と一羽と一匹と二体が妖精の森を突き進むと、そこにはミスティアとリグルとルーミアが切株の椅子に座ってぼ~っとお茶を飲んでいた。

「ひまだねぇ、ミスチー」
「ひまだねぇ、ルーミア」
「ひまだねぇ、リグル」
「ひまだねぇ、ミスチー」
「ひまだねぇ、ルーミア」
「ひまだねぇ、リグル」

 すでに何周したのかも憶えていないほど、彼女たちはぼけっとして奇妙なおうむ返しを続けている。このままでは痴呆老人と変わらない。若年性の痴呆は悲惨である。哀れ雷獣にでもあてられたか、この状況は若い少女たちにとって危機的である。
 そこを通りがかるのは動物の群れ。

「パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!! パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!!」
「も~!! も~!!」
「カー!! カー!! ニャー!! ニャー!!」
「JAOOOOOOOO!! JAOOOOOOOO!!」

 走り抜けるリトル・ズーに驚いて、三人は目が点となってキョトンとしていた。

「驚いたねぇ、ミスチー」
「……」
「驚いたねぇ、リグル」
「驚いたねぇ、ミスチー」
「……」
「驚いたねぇ、リグル」
「「……ミスチー?」」

 返事のないミスティアを怪訝に思ったリグルとルーミアが声をかけると、突如としてミスティアは立ち上がり奇声を発した。

「チンチン!!」

 するとどうだろうか。何が彼女をそう駆り立てるのか不明であるが、動物の本性があらわになったか、「チンチン!! チンチン!!」と叫び声をあげてリトル・ズーに加わらんとした。

「「ま、待って!! ミスチー!! それ以上はいけない!!」」

 そうして駆け抜ける馬二頭と牛二頭とカラス一羽とネコ一匹とドラゴン二体と夜雀一羽と虫一匹と金髪のかわいい女の子一人。
 四頭と一羽と一匹と二体と一羽と一匹と一人が妖精の森から魔法の森との境目まで進むと、そこにはフランドールとこいしが不思議な交流をしているのだった。

「あ~ぶだ~くしょ~ん……あ~ぶだ~くしょ~ん……」
「何やってるの? こいし?」
「フライング・スパゲッティ・モンスターという神様を召喚しているのよ、フランドール」
「ふぅん。おいしそうな神様だね」

 こいしが意味不明なのはいつものことなので、フランドールのほうでも気にしない。どうして白い布きれを頭からかぶさり、全身だぼだぼの白づくめなのかも、彼女の奇行に慣れきったフランドールにとってはささいなことであった。

「はい、フランドール。あなたも着て」
「え? 私も?」
「うん。そのほうが、効果があると思う」
「ふ~ん。こいしがそう言うなら、良いよ」

そこを通りがかるのは動物の群れ。

「パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!! パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!!」
「も~!! も~!!」
「カー!! カー!! ニャー!! ニャー!!」
「JAOOOOOOOO!! JAOOOOOOOO!!」
「チンチン!! チンチン!!」
「っュっュ!! っュっュ!!」

 走り抜けるリトル・ズーに驚いて、二人は目が点となってキョトンとしていた。

「あれは、お空にお燐。それに現地住民たち……何してるんだろう?」
「……」
「それにしても、いつの間にみんなと仲良くなったのかしら。パルパルしいわ。やっぱりみんな、お空みたいに明るくて楽しくておっぱいが大きいセックス・シンボルな女の子とか、お燐みたいに親切でかいがいしくて世話女房な女の子が良いのね。どうせ私は、気持ち悪い不思議系わがまま少女ですよ~っだ」

 そんなことをこいしがブツブツ呟いていると、フランドールは突如、「ぜったい、お姉様だ!!」と、叫んだ。

「ふ、フランドール?」
「あんなことしでかすのはぜったいお姉様よ!! そうよ。きっとパチュリーにいびられて、何だかよくわからないままにその場のノリで生きた結果がよくわからない惨状を引き起こしているのよ!!」
「そっか。それは大変……追いかける?」
「うん、追いかける!!」

 そうして駆け抜ける馬二頭と牛二頭とカラス一羽とネコ一匹とドラゴン二体と夜雀一羽と虫一匹と金髪のかわいい女の子一人と文化祭のお化け屋敷にでも出てきそうな白いお化けもどきが二体。
 四頭と一羽と一匹と二体と一羽と一匹と一人と二体が魔法の森の奥へと進むと、そこにはキノコ狩りをしている魔法使いが二人いた。

「ぜ、ぜ、だぜだぜ。光るキノコに燃えるキノコ、凍ったキノコに腐ったキノコ。どんなキノコも、魔理沙さんなら一発判明。だぜだぜ~」
「あら? あのキノコはなにかしら? 見たことがないけど」
「ふむふむ。あぁ、あれはウンゼンフゲンダケだぜ。火山に投げ込むと、噴火するという恐ろしいキノコだ。でも、乾燥させて細かく砕いて、熱を加えると暖房になるという便利なアイテムでもあるんだぜ」
「へぇ。そんなキノコもあったのね。まだまだ、探索が足りなかったかしら?」

 そこを通りがかるのは動物の群れ。

「パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!! パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!!」
「も~!! も~!!」
「カー!! カー!! ニャー!! ニャー!!」
「JAOOOOOOOO!! JAOOOOOOOO!!」
「チンチン!! チンチン!!」
「うわああ!! なんか怖いのが追ってきてる~!!」
「そ~なのか~」
「あ~ぶだ~くしょ~ん……あ~ぶだ~くしょ~ん……」

 走り抜けるリトル・ズーに驚いて、二人は目が点となってキョトンとしていた。

「えっと。あ、あはは。なにかしら、あれ?」
「……」
「なんというか……珍妙不可思議だったわねぇ」
「あ、あいつら……」
「ん? どうしたの、魔理沙?」
「あいつら、超貴重なキノコを踏みつけて行きやがったのぜ!!」
「そ、そうなの?」
「見るんだぜ、この無残なキヌガサダケ君の姿をよぉ!! 滅多にないんだぜ、これ。キノコの女王とまで呼ばれるゆえんの、白い綺麗なレース状の菌網が、踏みつけられてズタボロなんだぜ。一年間もかけて探してたのに……どうしてくれるんだぜ、これもぉ!!」

 そうして肩をいからせている魔理沙に対して、「ほ、ほら。また、探せばあるかも知れないじゃん? ね?」と、アリスがなだめようとするものの効果はなかった。

「おこなんだぜ!! 魔理沙さん、本気でおこなんだぜ!!」

 そうして駆け抜ける馬二頭と牛二頭とカラス一羽とネコ一匹とドラゴン二体と夜雀一羽と虫一匹と金髪のかわいい女の子一人と文化祭のお化け屋敷にでも出てきそうな白いお化けもどきが二体と魔女が二人。
 四頭と一羽と一匹と二体と一羽と一匹と一人と二体と二人が魔法の森から出て博麗神社のふもとへと向かうと、そこには一人ぽつんとたそがれている博麗霊夢の姿があった。

「気が付けば、セミの鳴き声もほとんど聞こえなくなったわねぇ。まだ残暑の厳しい日があるけど、日に日に涼しくなっていってる」

 そう言うと霊夢は近くの樹に寄り、張り付いたセミの抜け殻を手に取り、溜息をついて言うのだった。

「セミって可哀想なものよね。ほんのひと夏のわずかな時間、それも繁殖のためだけに生きて死んでいくのだもの。哀れだわ。不憫だわ」

 しかしそう言った直後、霊夢はハッと、自分が誤っていたことに気が付いたのだった。

「たしかに、セミはひと夏の寿命しかないわ。そうしてその生命は、ただ子孫を残すというためだけのものでしかない。でも、よくよく考えてみれば、自分の子孫を残すという行為以上に、尊く大切なことはないじゃないの。それを思えば、むしろ人間こそ、無駄に長く生きているのだと言えなくもない」

 そのように思いを馳せれば、なんとセミの生涯は濃密で立派なものであろうか。

「でも、だからこそ、その大切な一生に、寿が授けられなかったことを、私は惜しみます」

 そう言う霊夢の頬には、一粒の涙がきらめく星の如きまばゆさを放って流れ落ちるのであった。

「こうして夏は過ぎ、季節は巡るのね……」

 そこを通りがかるのは動物の群れ。

「パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!! パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!!」
「も~!! も~!!」
「カー!! カー!! ニャー!! ニャー!!」
「JAOOOOOOOO!! JAOOOOOOOO!!」
「チンチン!! チンチン!!」
「うわあああ!! なんで、なんで怖いのが増えてるんだよ~!! 誰か助けて!! 撃たれる!!」
「そ~なのか~」
「あ~ぶだ~くしょ~ん……あ~ぶだ~くしょ~ん……」
「は、放せアリス!! ちくしょ~!! マスパぶち込んでやるのぜ!! マスパぶち込んでやるのぜ!!」
「止めなさいって。子供相手に大人気ない……」

 走り抜けるリトル・ズーに驚いて、霊夢は目が点となってキョトンとした。
 が、今さっき手に取ったセミの抜け殻が手から落ち、動物の群れに踏みつぶされたことを知るや否や、ブチブチブチッと血管の切れる音がした。

「待てコラガキ!! 私の涙、返せぇぇぇ!!」

 そうして駆け抜ける馬二頭と牛二頭とカラス一羽とネコ一匹とドラゴン二体と夜雀一羽と虫一匹と金髪のかわいい女の子一人と文化祭のお化け屋敷にでも出てきそうな白いお化けもどきが二体と魔女が二人と紅白の鬼神が一柱。
 四頭と一羽と一匹と二体と一羽と一匹と一人と二体と二人と一柱が博麗神社のふもとから大きな湖へと向かう途中に、ウォーキングをしている人影二つ……いや、一つ半。西行寺幽々子と魂魄妖夢である。

「よ~む~……お散歩なんてつまらないわ~。もう、何度となく見た光景ですもの」
「だ、ダメですよ!! 歩かないと、太っちゃいます!! 毎晩牛の丸焼きなんて、う、うぷ……思い出したら、気持ち悪くなってきちゃった」
「思い出したら、涎が出てきちゃったわ~。じゅるり」

 そこを通りがかるのは動物の群れ。

「パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!! パカラ、パカラ、ヒヒ~ン!!」
「も~!! も~!!」
「カー!! カー!! ニャー!! ニャー!!」
「JAOOOOOOOO!! JAOOOOOOOO!!」
「チンチン!! チンチ……うわああああああああ!!」
「やばい、死ぬ。私、死ぬ。ここで死んじゃう。絶対殺される」
「そ~なのか~」
「あ~ぶだ~くしょ~ん……あ~ぶだ~くしょ~ん……」
「お、おい。待てよ霊夢。話せばわかる。悪いのは全部アリスだ。私は、無罪だ」
「えぇえええええええ!! な、なんで私がぁ!!」
「お前たち、全員……従順になるまで御祓い棒でぶん殴ってやるからねぇ!!」
「まああああぁてえぇえええ!! た~べ~ちゃ~う~ぞおおおおお!!」
「や、止めてください幽々子様!! ダメ、食べちゃだめぇ!!」

 そうして一同、湖に向かってまっしぐらであった。

     四

「ふんふふん♪ ふんふん♪」

 鼻歌まじりで陽気に歩くのは、妖怪の山の黒猫妖怪、橙。この日は主人の八雲藍と、その藍の主人である八雲紫と一緒に、人里まで買い物に行っていたのである。

「えへへ。やっぱりみんなでお散歩すると、楽しいな」

 そうにこにこ顔で言う橙だが、彼女がこんなに愉快な気持ちになっているのには、他にも秘密があるのだった。この日はどうしたことか、紫が上機嫌で、橙の新しい靴を買ってあげると言ったのである。

「良かったね、橙。紫様が新しい靴を買ってくださって」
「橙はやんちゃだから、前のはもうすっかりボロボロになっちゃってたものね。でも、せっかくの新しい靴なんだから、大事に使わなくちゃいけないわよ?」
「は~い」

 そうして三人が人里から妖怪の山へ帰る途中、大きな湖のほとりにさしかかったとき、向こうから何やら人が走ってくるのが見えたのである。

「はぁ、はぁ、はぁ……もうだめ。疲れた。これ以上走れない」
「わ、わたしも……無理。はぁ~……しかし、よく走ったわね、コトリ」
「心臓痛い……死にそう」
「ははは……」

 走ってきたのは、コトリとトーラであった。二人はぜえぜえと大きく息を吐きながら、橙たちの近くまで来ると、そこで足を止めて話しはじめた。

「あ~……いつのまにか、こんなところまで来ちゃってたんだ」

 トーラは我ながら良く走ったと感心して、ぐるぐるぐるぐる歩きながら呼吸を整えている。その姿は、さながら動物園の折の中にいる獣である。そんな感想を、べたんと座り込んで立てないでいる、子供のコトリは思わず声に出してこぼしてしまった。

「なんか、ゴリラみたい」
「な、なんですって!!」

 喧嘩とは言えない。じゃれあいである。あるいはこの光景も、動物園の折の中の、人型人目人間として観賞にたえうるものかもしれない。

 そこに、少し遅れて到着したのは牛二頭。
 追いつくや否や、両手を前に出して、「も~!! も~!!」と威圧しはじめた。

「お前たち、怖いか? 怖いだろう。怖がらないと、またこうして追いかけて、しまいにはも~も~してしまうんだぞ」
「そうなのかな。も~も~してしまうのかな。それはそれは、恐ろしいことなのかな」

 トーラはこの、恐ろしい牛さんたちの脅迫に、すっかり恐れをなして言った。

「もうたくさん!! 一年分走ったわ。しばらくは懲り懲り。絶対明日、筋肉痛だし。二度とやだわ。恐ろしい恐ろしい」
「私も、もう十分!! これ以上走ったら、死んじゃう!! 怖い怖い!!」

 二人の人間の言葉を聞いて、牛たちはうんうんと成果の十分なことにご満悦。

「よしよし。素直にそうやって怖がれば良いんだ。怖がる人間にはご褒美をあげよう」

 そう言うと羽の生えた牛は、くいっと体の向きを変えると、すたすたと橙たちに近づいてきた。離れてぽかぁんっと見ていた橙と藍は、近づいてくるこの恐ろしいお化けに少し戸惑い気味だが、すぅっと二人の前に歩み出た八雲紫は、堂々とした様子で牛の格好をしたレミリアに対峙した。

「おい、スキマ妖怪。ちょっと紅魔館まで、スキマを開いてちょうだい」
「なによ、ぶしつけに。せっかくの一家団欒なんだから、邪魔しないでちょうだい」

 若輩の吸血鬼など、何するものぞというこの威厳は、おぉっと感心させられるものだ。八雲紫と言えば、妖怪の大賢者として名高い。式たちの手前、体たらくは見せられないという意気込みがうかがえる。
 だがその意気込みが、あだとなった。

「なによ。百万ドルもあげたんだから、サービスしなさいよ」
「わ、ばか!! 声が大きい!!」

 そっと後ろを見る紫は、幸いにも式たちにレミリアの発言が聞かれていないことを確認してホッと胸を撫で下ろした。

(毎日、幽々子の大食いグルメに付き合わされて金欠だからって、スキマでぼったくったなんて言えないわ)

 紫は少し悩んだ後に、はぁっとため息をついて一言、

「アメリカのウィルソン大統領はかつて、『人は誇り高いがゆえに戦わないことがある。』と言ったわ。私もそれに習いましょう」

 とだけ言い、スキマを広げて紅魔館への往来を許したのである。

「お、サンキュー。最初っから、そうやってれば良いのよ。ふふん♪」

 そう言ってレミリアは、スキマを通じて紅魔館へと向かうと、中から両手一杯に荷物を抱えて戻って来た。

「はい、まずは水筒。次に、タオル。ミクちゃんとキティちゃんと世界一カリスマのあふれる美しい夜の女王であるレミリア・スカーレット様のタオルだったらどれが一番良い?」
「あ、私はキティちゃんで」
「私はミクちゃん~」
「……そう。どうぞ」
「あ、あちきは世界一カリスマのあふれる美しい夜の女王であるレミリア・スカーレット様のタオルがいいのかな」
「はい、どうぞ!! あ、あとね、キティちゃんのぺろぺろキャンディーあるから、食べて」
「助かるわ。ちょうど甘い物が食べたくなってたのよ」
「よしよし。怖いか? 甘い物が怖いか?」
「はい、怖くて怖くて仕方ありません」
「よし、あげよう。甘い物をあげよう」

 そうして次々とゴールする者たちに、水とタオルと飴とを提供し、一同がそろうと正体を明かして、大化かし大会は終了したのである。
 道中、大いに身を案じられたミスティアも無事だったのは幸いである。おそらくレミリアが紅魔館でバーベキューをすると言いはじめなければ、決死の覚悟で主君を止めようとする魂魄妖夢ごと、あの亡霊はミスティアを一飲みにしていたであろう。これがどれほどのレミリアに対する感謝につながったかは、言うまでもない。
 この一件によって、レミリアのかりちゅま名声は大いに高まった。パチュリーとて、なにも親友をだまして道化を演じさせたわけではない。今のご時世に適った生き方として、かりちゅまをそれとなく勧めようとする彼女なりの高察……のはずである。
 そのレミリアのかりちゅまに感化されて、今また一つの妖怪が、新しい存在として生まれ変わろうとしていた。
 多々良こがさは、感動していた。この二ヶ月間、脚を棒にして人を驚かせ続けるよりも、よっぽど多くの充足感を彼女は得ることができたからである。あるいは、今までのように必死になって人間を驚かそうとするよりは、こうして人々を楽しませることにより自己承認を得る道のほうが、もっと確実で効率的なのではないだろうかと、気がついたのである。
 そうした可能性をこがさが感じたとき、彼女の唐傘は、静かにおぼろげな光りを放ち、その存在を消滅させんとしていた。

(悲しむべきことではない。喜ぶべきことなんだ)

 そう、自分自身に言い聞かせる唐傘は、どこか穏やかな笑みを浮かべているように見える。

「ねぇねぇ、トーラ。ところで、この袋に書いてある数字ってなに? 20000810って、わけわかんない」
「本当だ? なんだろうこれ」
「あ、それはきっと、賞味期限ってやつなのかな。外の世界の食べ物には、いつまで食べても良いですよっていう、日付が書いてあるのかな。だから、えっと。ちょうど十三年まえくらいなのかな」
「ふ~ん……ええええええええええええええええええええええ!!」
「あ、あちき、満たされた」

 と同時に、唐傘は元に戻った。
 どうやらまだしばらくは、唐傘お化けの多々良こがさのようである。
紅楼夢出ます。
2013/10/09 修正しました。
道楽
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コメント



0.340簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
なんというか、勢いで突っ込んだというか、徹夜で書き上げたノリというか……そういうのも嫌いじゃないぜ!!
2.70名前が無い程度の能力削除
紫が金の亡者で草。
勢いがある作品(小並感)
3.30名前が無い程度の能力削除
これだけ好き勝手やったら悔いはないだろうね
5.90名前が無い程度の能力削除
なんというカリスマ。なんというカオス。小傘でなくこがさなのは、(口調等含め)別のキャラクターであることを示しているわけですね。

しかしレミリアのこの謎の資金はどこから出ているのでしょう。やっぱりカリスマ?
7.80名前が無い程度の能力削除
これでいいのかーそうなのかー
一昔前の不条理ギャグのノリがツボでした
9.100名前が無い程度の能力削除
感動しました(爆笑)
10.100名前が無い程度の能力削除
いやこれすんげぇわこれ
この作品と同じものを書くのに要求される経験値の膨大さに恐れを抱いてしまう
貴方の書く真面目な作品をぜひ拝見したいです
11.無評価道楽削除
みなさんコメント、ありがとナス!!
非常に特定少数の読者(イベントに参加する顔のわかる十人くらいの人)を想定して書いたので、大多数の人はつまらなかったと思いますが、数人ほど、楽しんでもらえる方がいたようなので、一応スペースはせー07ab。打ち上げで渡すように、二部か三部はとっておく予定なので、修正した後のものを、希望される場合は、そそわで見たとかなんとか言っていただければ、お渡しします。
12.100名前が無い程度の能力削除
10万ドル→100万ドル・・・つまりベネットを10人動かせる力かすげえな!
何はともあれ楽しめました!カリスマすげぇ!
16.803削除
前半は若干パワー不足かと思いましたが、
後半の怒涛のラッシュでかなりやられました。具体的には笑ってました。
同じ展開をちょっとづつ変えて繰り返す……というのはお笑いの定番でありますが、
このSSの後半部分はまさにそれですね。
キャラ崩壊もここまで行くと清々しい。ナイスです。