「あぁ、なぜ私は生きているのでしょう…」
古明地さとりは憂鬱だった。
悩みなど無いし、辛い出来事も、悲しみに暮れることも、解決しなければならない問題も無い。
ただただ憂鬱なのだ。
「いっそのこと死んでしまいたい」
しかし今自分が死ねばこの地霊殿はどうなる。後を継がせる者などいない。後継ぎ不在のまま主を失えば地霊殿は維持できなくなり、皆各々の力で生きていかねばならなくなってしまう。
お燐やおくう、その他の何匹かの力あるペット達はそれでも問題無く新しい居場所を作ることができるだろう。
だが妖怪ではない普通の動物や、まだ妖怪と成ったばかりの力無い子達はどうなる。その子達はどうやって暮らしていけばいい。
そして何より、私が死に、地霊殿が失われれば、妹の、こいしの帰る場所が無くなってしまう。
冷静になって自分が死んだ後の事を考えると、自分の背負っているものの多さ、大きさが改めて見えてきて、軽々しく死にたいなどと考えたのが情けなく思えてくる。
それがさとりをさらに憂鬱にさせる。
「私が死ねば皆を路頭に迷わせてしまう…でもこんな私の元にいつまでも縛り付けておいても…あぁ…」
自室で自らを追い詰める主人を、火焔猫燐はドアの隙間から覗いていた。
「これは…ひとまずおくうに相談しないと…!」
主人はなぜ死にたいと言っているのか、何に苦しんでいるのか燐にはまるでわからない。
聞けば話してくれるかもしれない。だが今のさとりはとても話かけられる雰囲気ではないし、もし話してくれたとしてもそこから下手なことを言って悪化させてしまう可能性もある。
ならば先に空に話してみよう。理由を知ってるかもしれないし、それにもしかしたら少し時間を置けばさとりも多少なりよくなるかもしれない。そう思う一方で、これは時間が解決してくれる問題では無いとも思う。
どちらにせよ何と声をかければいいのかわからない以上いつまでもそこにいてもしょうがないので、さとりに気付かれぬよう音を立てぬよう忍び足で部屋から離れた。
自分が部屋を覗いていた事にさとりが気づいてないわけがないが、燐はそれでも気づかれたくなかった。
◆ ◇
「って感じなんだけど…何か知らないかね…?」
空を見つけた燐はすぐさまおかしな様子の主人の話をした。
「知らないなあ…。そもそも本当にそんなに酷いの?昨日は元気だったよ?」
原因を聞かれたところで空にわかるはずもない。さとりの憂鬱に理由は無いのだから。
「こんな話、嘘でしないよ。さとり様はかなりまいってるんだから」
「お燐が嘘を吐いてるなんて言うつもりは無いけど、信じられないなあ。さとり様がそんな…」
「じゃあ実際に見てみればいい。本当に辛そうなんだから」
「そうだね。そうしよう」
「あたいも行くよ。ほっとくと首をくくりそうで心配だし」
◆ ◇
さとりの部屋の前に戻ってきた燐と空は開いたままのドアから静かに中を覗く。
「ほら、本当だろ?」
さとりは机に肘をつき、頭を抱えながら何やらぶつぶつとつぶやいている。何度か「死にたい」と言っているのが聞き取れた。
「わかったらどうやって励ますか…って待て!」
燐が止める間も無く空は部屋にとび込み、さとりの前に駆け寄っていた。
なんと声をかけるかを相談するために燐は空を呼んだのだが、その空が部屋に入ってしまった以上外で待っていてもしかたがないので自分も部屋に入った。
「どうしたんですか、さとり様!」
「おくうですか…。どうもしませんよ…。私は…いつも通りです…」
さとりは頭を抱えたまま空の方を見ようとしない。
「どう見てもいつも通りじゃないですよ!そんな嘘、私にだってわかります!」
「ふふ…おくうにそんなこと言われてしまうなんて、私もいよいよ本当におしまいですね…」
「何があったんですかさとり様!話してくれないと私はわからないですよ!」
「何も無いです…何も…。だから私はダメなんです…」
「何も無いならそんな風になるわけないじゃないですか!お願いですから話してください!」
「本当に何も無いんです…。私は…」
さとりの言葉に嘘は無い。
次々と浮かぶ後ろ向きな思考によって悪化したとはいえ、根本的な理由など無いのだから。
だが空が信じないのも仕方の無いことである。
慕っている自分の飼い主、古明地さとりともあろうものが、理由も無く死にたいと言う程追い詰められるはずが無い。
しかし、どうしても話してもらえないのなら仕方ない。
「わかりました、理由が話せないのならもう聞きません。きっと難しくて、私には理解できないようなことなんだと思います。でもこれだけは言わせてもらいます。たとえお燐がさとり様を裏切ろうと。たとえこいし様が反乱を起こしてさとり様の命を狙おうと。たとえ全ての妖怪がさとり様の敵になっても、私は絶対にさとり様の味方です!だから絶対大丈夫です!!」
「おくう…」
空の自信に、難しい理由など無い。
たださとりの力になりたい。
その思いは目を見なくとも、心を読まなくても伝わる。
「私が絶対さとり様を守ります!さとり様を守るため、私は絶対負けません!」
根拠なんて無い。それでも、その言葉はさとりの憂鬱を打ち砕くには十分だった。
「…ありがとう、おくう…」
気分の晴れたさとりは顔を上げ、空を見つめる。目の端がわずかに濡れている。
「いいんですよ、さとり様。さとり様の心を癒すために私達ペットはいるんです」
「…そうですね。貴方の様なペットがいて、私は幸せ者です。貴方もですよ」
最後の言葉は部屋に入ったはいいものの、結局どのような言葉をかければ良いかわからず、入り口で事の成り行きを見守っていた燐へ向けたものである。
「いやそんな…あたいは何もしてませんよ…」
さとりが苦しんでいたというのに、見ているだけで何の力にもなれなかった燐は褒められても素直に喜べなかった。
「そんなことはありませんよ、お燐。貴方が私の様子がおかしいとおくうに知らせてくれなければ、私はそのうち自害してました。だから貴方のお陰でもあるんです」
「でも…」
それでも燐はさとりを見ようとしない。
「ならここに来て、私を安心させてください。まだ少し、心細いですから」
さとりは椅子を引いて机から足を出すと、それを叩いて燐にそこに来るように呼ぶ。
最初は首を振って拒否したものの、さとりの穏やかな顔を見てついに安心したのか、猫の姿となってすぐにさとりの下に飛び込んだ。
「それでいいんです」
膝の上で丸くなった燐は撫でられる度に気持ち良さそうにごろごろと喉を鳴らしている。
「おくう、本当にありがとう」
「あっ…はい!私はペット当然のことをしたまでです!」
尻尾をパタパタと振っている燐を、空は羨ましそうな目で見ていた。
「貴方のおかげで憂鬱だった私の心もとてもすっきりしました。本当に助かりました」
「もしさとり様がまた今日のように憂鬱になっても、安心してください!私が絶対助けます!メランコリーバスター空にお任せです!」
そう言って空が即興でポーズを決めると、その姿を見たさとりは微笑んだ。
今、さとりには何の不安も無かった。
古明地さとりは憂鬱だった。
悩みなど無いし、辛い出来事も、悲しみに暮れることも、解決しなければならない問題も無い。
ただただ憂鬱なのだ。
「いっそのこと死んでしまいたい」
しかし今自分が死ねばこの地霊殿はどうなる。後を継がせる者などいない。後継ぎ不在のまま主を失えば地霊殿は維持できなくなり、皆各々の力で生きていかねばならなくなってしまう。
お燐やおくう、その他の何匹かの力あるペット達はそれでも問題無く新しい居場所を作ることができるだろう。
だが妖怪ではない普通の動物や、まだ妖怪と成ったばかりの力無い子達はどうなる。その子達はどうやって暮らしていけばいい。
そして何より、私が死に、地霊殿が失われれば、妹の、こいしの帰る場所が無くなってしまう。
冷静になって自分が死んだ後の事を考えると、自分の背負っているものの多さ、大きさが改めて見えてきて、軽々しく死にたいなどと考えたのが情けなく思えてくる。
それがさとりをさらに憂鬱にさせる。
「私が死ねば皆を路頭に迷わせてしまう…でもこんな私の元にいつまでも縛り付けておいても…あぁ…」
自室で自らを追い詰める主人を、火焔猫燐はドアの隙間から覗いていた。
「これは…ひとまずおくうに相談しないと…!」
主人はなぜ死にたいと言っているのか、何に苦しんでいるのか燐にはまるでわからない。
聞けば話してくれるかもしれない。だが今のさとりはとても話かけられる雰囲気ではないし、もし話してくれたとしてもそこから下手なことを言って悪化させてしまう可能性もある。
ならば先に空に話してみよう。理由を知ってるかもしれないし、それにもしかしたら少し時間を置けばさとりも多少なりよくなるかもしれない。そう思う一方で、これは時間が解決してくれる問題では無いとも思う。
どちらにせよ何と声をかければいいのかわからない以上いつまでもそこにいてもしょうがないので、さとりに気付かれぬよう音を立てぬよう忍び足で部屋から離れた。
自分が部屋を覗いていた事にさとりが気づいてないわけがないが、燐はそれでも気づかれたくなかった。
◆ ◇
「って感じなんだけど…何か知らないかね…?」
空を見つけた燐はすぐさまおかしな様子の主人の話をした。
「知らないなあ…。そもそも本当にそんなに酷いの?昨日は元気だったよ?」
原因を聞かれたところで空にわかるはずもない。さとりの憂鬱に理由は無いのだから。
「こんな話、嘘でしないよ。さとり様はかなりまいってるんだから」
「お燐が嘘を吐いてるなんて言うつもりは無いけど、信じられないなあ。さとり様がそんな…」
「じゃあ実際に見てみればいい。本当に辛そうなんだから」
「そうだね。そうしよう」
「あたいも行くよ。ほっとくと首をくくりそうで心配だし」
◆ ◇
さとりの部屋の前に戻ってきた燐と空は開いたままのドアから静かに中を覗く。
「ほら、本当だろ?」
さとりは机に肘をつき、頭を抱えながら何やらぶつぶつとつぶやいている。何度か「死にたい」と言っているのが聞き取れた。
「わかったらどうやって励ますか…って待て!」
燐が止める間も無く空は部屋にとび込み、さとりの前に駆け寄っていた。
なんと声をかけるかを相談するために燐は空を呼んだのだが、その空が部屋に入ってしまった以上外で待っていてもしかたがないので自分も部屋に入った。
「どうしたんですか、さとり様!」
「おくうですか…。どうもしませんよ…。私は…いつも通りです…」
さとりは頭を抱えたまま空の方を見ようとしない。
「どう見てもいつも通りじゃないですよ!そんな嘘、私にだってわかります!」
「ふふ…おくうにそんなこと言われてしまうなんて、私もいよいよ本当におしまいですね…」
「何があったんですかさとり様!話してくれないと私はわからないですよ!」
「何も無いです…何も…。だから私はダメなんです…」
「何も無いならそんな風になるわけないじゃないですか!お願いですから話してください!」
「本当に何も無いんです…。私は…」
さとりの言葉に嘘は無い。
次々と浮かぶ後ろ向きな思考によって悪化したとはいえ、根本的な理由など無いのだから。
だが空が信じないのも仕方の無いことである。
慕っている自分の飼い主、古明地さとりともあろうものが、理由も無く死にたいと言う程追い詰められるはずが無い。
しかし、どうしても話してもらえないのなら仕方ない。
「わかりました、理由が話せないのならもう聞きません。きっと難しくて、私には理解できないようなことなんだと思います。でもこれだけは言わせてもらいます。たとえお燐がさとり様を裏切ろうと。たとえこいし様が反乱を起こしてさとり様の命を狙おうと。たとえ全ての妖怪がさとり様の敵になっても、私は絶対にさとり様の味方です!だから絶対大丈夫です!!」
「おくう…」
空の自信に、難しい理由など無い。
たださとりの力になりたい。
その思いは目を見なくとも、心を読まなくても伝わる。
「私が絶対さとり様を守ります!さとり様を守るため、私は絶対負けません!」
根拠なんて無い。それでも、その言葉はさとりの憂鬱を打ち砕くには十分だった。
「…ありがとう、おくう…」
気分の晴れたさとりは顔を上げ、空を見つめる。目の端がわずかに濡れている。
「いいんですよ、さとり様。さとり様の心を癒すために私達ペットはいるんです」
「…そうですね。貴方の様なペットがいて、私は幸せ者です。貴方もですよ」
最後の言葉は部屋に入ったはいいものの、結局どのような言葉をかければ良いかわからず、入り口で事の成り行きを見守っていた燐へ向けたものである。
「いやそんな…あたいは何もしてませんよ…」
さとりが苦しんでいたというのに、見ているだけで何の力にもなれなかった燐は褒められても素直に喜べなかった。
「そんなことはありませんよ、お燐。貴方が私の様子がおかしいとおくうに知らせてくれなければ、私はそのうち自害してました。だから貴方のお陰でもあるんです」
「でも…」
それでも燐はさとりを見ようとしない。
「ならここに来て、私を安心させてください。まだ少し、心細いですから」
さとりは椅子を引いて机から足を出すと、それを叩いて燐にそこに来るように呼ぶ。
最初は首を振って拒否したものの、さとりの穏やかな顔を見てついに安心したのか、猫の姿となってすぐにさとりの下に飛び込んだ。
「それでいいんです」
膝の上で丸くなった燐は撫でられる度に気持ち良さそうにごろごろと喉を鳴らしている。
「おくう、本当にありがとう」
「あっ…はい!私はペット当然のことをしたまでです!」
尻尾をパタパタと振っている燐を、空は羨ましそうな目で見ていた。
「貴方のおかげで憂鬱だった私の心もとてもすっきりしました。本当に助かりました」
「もしさとり様がまた今日のように憂鬱になっても、安心してください!私が絶対助けます!メランコリーバスター空にお任せです!」
そう言って空が即興でポーズを決めると、その姿を見たさとりは微笑んだ。
今、さとりには何の不安も無かった。
ほのぼのとしてて良かったです。
ほのぼのしていて面白かったです
書きたいことは簡潔なので、ちょっとそえるだけで全然違ったと思いますよ!!
>古明治さとりは憂鬱だった。
古明治→古明地
あまりにあっさりし過ぎという気もしますが、タイトルネタならこれくらいで良いのかとも思います。
お空はこういう役どころが似合いますね。ちょっと頭弱いけれど、素直で、まっすぐで……
なので「鬱鬱空」じゃなくて良かったと思いました……マジで。
もう一つ何か欲しかったです